害虫の薬剤抵抗性獲得で天敵の導入が拡大
「県南のナスの促成栽培で天敵が広く使われています。特に県南部の玉野市から岡山市にかけての備南地域では、生産者のほぼ100%が天敵を導入していますよ」(西さん)
岡山県内のナス産地でここまで天敵の活用が広まったのには理由がある。ナスの最重要害虫と言っていい「ミナミキイロアザミウマ」が農薬への抵抗性を獲得し、防除できなくなってしまったからだ。食害によって実に傷がつくと商品価値が下がり、最悪の場合、規格外になって売れなくなる。
2010年前後にこの問題が顕在化し、同県の農業研究所や農業普及指導センター、JAなどが実証圃場(ほじょう)を設けた。実際にナスを栽培しながら天敵の効果を確認し、生産現場での導入を後押ししていった。
土着昆虫はゴマで増やす
使われる主な天敵は「スワルスキーカブリダニ」と土着の「タバコカスミカメ」の2種類だ。スワルスキーカブリダニは、増殖して製品化した「天敵製剤」を買ってきて、その散布方法の指示に従ってハウスの中に放つ。体が小さいため、ナスのヘタの裏側といった細かな隙間(すきま)まで入り込んで、ミナミキイロアザミウマを食べてくれる。
難点は、製剤の価格が高いこと。製剤1本が1万円台の後半くらいで、10アールに1、2本を使う。
「化学合成された農薬に比べて、1回の散布の費用は高くなりますが、化学農薬を何回も散布することを考えれば、労力面を含め比較的安くなりますね。特にミナミキイロアザミウマは薬が効きにくくなっているので、1年の作付けで30成分くらいの農薬をまくのが、この製剤を使えば10~15成分まで減らすことができます。1回分のコストは高いけれども、トータルで防除にかかるコストを考えると、比較的抑えられます」(西さん)
タバコカスミカメは天敵製剤にもなっているが、西日本であれば、野外にもともと生息している。そのため、ハウスだけでなく露地栽培でも使われる。ゴマに寄ってくる性質があるので、生産者は畑でゴマを育て、タバコカスミカメが集まったゴマを切ってハウスの中に持ち込む。そうすれば、ナスの株に移って、ミナミキイロアザミウマを食べてくれる。体が大きい分、細かな場所には入り込めないものの、量をこなしてくれる。
「天敵の効果を保つために、天敵温存植物の『スカエボラ』や『スイートアリッサム』などをナスの株元に植えることをお勧めしています」と西さん。天敵は花粉もエサにしているため、ナスの栽培期間を通じて花をつけるこれらの植物を植えることで、天敵の定着が良くなる。
なお、2種類の天敵よりも前から使われてきた土着の天敵昆虫に「ヒメハナカメムシ」がいる。ミナミキイロアザミウマを食べてくれるけれども、生息の密度が低く、生産者にとって効果を肌で感じにくい。そのため、高い密度で活動する2種類の天敵の導入が進んだ。
ブドウ栽培でも天敵
果樹の生産が盛んな岡山県では、マスカットやピオーネといったブドウ栽培でも、2000年代から天敵が使われている。葉をかじって光合成不足を招き、糖度を下げてしまう「ナミハダニ」にやはり農薬が効きづらくなり、土着の天敵で製剤にもなっている「ミヤコカブリダニ」を使うようになった。
実をかじって傷つけてしまう「チャノキイロアザミウマ」にも薬剤への抵抗性を獲得するものが出てきていて、「天敵を使おうと農業研究所で実証試験中」とのことだ。
春先に使える農薬が少ないイチゴの悩みを解決へ
同県では、イチゴの表面を傷つける「ヒラズハナアザミウマ」の防除も課題になっている。この害虫が増えるのは春先で、ちょうどイチゴの受粉のためにハチを使う時期と重なる。そのため、ハチの生息する環境下で使える農薬が少なく、防除が難しいのだ。ハチの巣箱を持ち出して農薬を散布する方法もあるが、その間ハチによる受粉ができなくなるので、うまく受粉できなかったイチゴが不格好な形になりかねない。
そこで使われるのが、土着の天敵で製剤になっている「アカメガシワクダアザミウマ」だ。すでに県南のイチゴの促成栽培で導入が進みつつある。
輸出をしやすくする効果も
天敵の活用には、農産物の輸出をしやすくする効果も期待できると西さんは話す。
「輸出するときは、輸出先国の残留農薬の基準が重要になってきます。日本では使える農薬でも輸出向けでは使えない場合があるので、天敵の導入で農薬を削減できれば、輸出をしやすくなるかもしれないという意味でもメリットになると思います」
さまざまな利点のある天敵だが、その最大の難点は、生き物だけに安定した効果を出すのが難しいことだ。
「天敵が過ごしやすい環境を圃場の中に準備してやる必要があります。天敵温存植物のようなエサを与えて、圃場に居ついてくれる環境を、誰もが再現できるように示す。そういう状態を実現するための技術をいま、追求しています」(西さん)