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農業が儲かる新しいフードシステムは「データ」が鍵 ~21世紀版の農村共同体をつくれ~

連載企画:農業×科学

農業が儲かる新しいフードシステムは「データ」が鍵 ~21世紀版の農村共同体をつくれ~

スマート農業の技術を支えている光センシング。赤外線、マイクロ波、可視光線などを利用することで、植物や土壌などからさまざまなデータを引き出すことができる。光によって引き出されたデータは、解析システムによって意味ある情報に変換され、あらゆる分野で利用しやすいものとなる。ところが、光センシングの専門家である一般社団法人ALFAE(アルファ)代表理事の亀岡孝治(かめおか・たかはる)さんは、日本の農業や食産業はデータを活用したフードシステムを構築できていないと主張する。データを活用するとはどういうことか。亀岡さんに解説してもらった。

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■亀岡孝治さんプロフィール

一般社団法人ALFAE代表理事、三重大学名誉教授、信州大学社会基盤研究所特任教授。農学博士。1978年、東京大学農学部農業工学科を卒業し、カナダのサスカチュワン大学工学部農業工学科博士研究員を経て、三重大学へ。研究テーマは、農業ITと農作物・農産物の品質同定のための色彩画像処理とFTIR/ATR法による分光解析、圃場(ほじょう)における農業IoT、農産物・食品・調理におけるマルチ分光センシングの応用、デジタル農業を起点とする食・農エコシステムなど。2018年、日本農業工学会賞受賞。

手作業でも「スマート農業」は可能

スマート農業は、精密農業という概念がベースになっている。

精密農業とスマート農業は同じ意味として解説されることもある。しかし亀岡さんは、スマート農業は精密農業の次のステージにあるものとして、明確に分けて考えている。

「精密農業という言葉は、まず生産者が育てたい作物があり、農業機械を利用して生産効率を高める、という意味で使われていました。センサーやIoTといったデータ機器が発達した今、農機は、それ自体がコンピュータ化しています。トラクターを走らせながら圃場のデータを計測し、クラウド上に送ってマッピングするといったことが可能になってきました。つまり、機械化一貫体系の農業から、データ一貫体系の農業に移ってきたということです」(亀岡さん)

これまでの精密農業は、生産性の向上や作業の効率化を目的とした機械化であり、データ計測は効率化のための従属的なものだった。それがスマート農業においては優先順位が逆転し、機械の性能よりも、機械から得られたデータをどう利用するかに重点が置かれている

亀岡さんは日本型の「スマート農業」と区別するために、あえて「スマートな農業」という表現を用いている(画像提供:亀岡孝治)

ところが、日本においては、依然として生産技術としての機械化がスマート農業だと考えられている。「日本のスマート農業は、機械やデバイスで生産・管理をすることばかりに気が向いていて、データの活用にはあまり力を入れていないように思います」と、亀岡さんは指摘する。植物や圃場などから得られるデータは、儲かる農業の出口戦略のために重要なファクターだ。

「欧米ではデジタル農業(Digital Farming)という言葉も使われています。機械よりもデータが重要だという考え方です。極端な話をすれば、機械を使わずに素手で草丈を計測してもいいわけです。ただし計測したデータはスマホでExcel(表計算アプリ)などに入力して、クラウドに上げる。そうやってデータを作り上げていくだけでも、十分スマート農業と言えるのです」(亀岡さん)

機械一貫体系の精密農業からデータ一貫体系のデジタル農業へ(画像提供:亀岡孝治)

スマート農業が理想の6次産業を実現する!?

データは、生産、加工、流通、販売、消費をつなぐツールとして活用できる。
したがって、スマート農業と6次産業の関連性は深い。

例えば、亀岡さんが色・形の平均値を算出して作成したシャインマスカットのカラーチャート。さらに、画像データの下の階層に成分表などのデータを入れ込めば、画像をクリックしただけでその色のブドウにどれくらいの糖度や酸度が含まれているかの情報が得られる仕掛けを作ることもできる。成分表のデータは、小売業者や消費者への情報提供としても利用できる。

左:色・形の平均値を算出して作成したシャインマスカットのカラーチャート、右:色と糖度・酸度の関係(画像提供:亀岡孝治)

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またトマトのケースであれば、糖度・酸度のデータに加え、うまみ成分であるアミノ酸が加工用トマトにどれだけ含まれているかといったデータを用意して、食品加工メーカーに営業をかけるという利用法も考えられる。

逆に、どのようなトマトが消費者や食品加工メーカーから喜ばれるのか、データを通して吸い上げることもできる。データが表す顧客のニーズを栽培に反映させ、より商品価値の高いトマトを作れるようになる。

「2次産業、3次産業で何が求められているかを知ること。つまりマーケティングですね。どんな商品が売れるのかを調査しておかないと、生産者は何に注意して栽培したらいいのかわかりません。そこを全部データでつなげることができるわけです。消費者や食品加工会社などのニーズを、スマホやタブレットなどのデバイスで生産現場に持っていける時代になりました」(亀岡さん)

このように、2次産業、3次産業、消費者から得られるデータを活用し、栽培・生産管理、マーケティングなどを一貫体系で横断して経営することが、6次産業が本来目指すべき形である。

6次産業化(1次×2次×3次)としての農業(画像提供:亀岡孝治)

6次産業は、生産だけではなく加工、販売まで一貫して生産者が行うことによって、利益を上げようという仕組みである。
ほとんどの農家にとってはハードルが高く、6次産業から撤退する生産者も少なくない。
しかし、生産者自ら商品開発や販売促進に携わらずとも、2次産業、3次産業の企業などとのつながりを強めていくことで、儲かる農業の実現を目指せる。
そのつながりを作るツールとして、デジタル化されたデータが大きな役割を果たす。双方向性のあるデータによってつながるフードシステム「食・農エコシステム」を形成することが、今の日本に求められていることであると、亀岡さんは考える。

儲かる農業を持続可能にするフードシステムとは

食・農エコシステムの概略図(画像提供:亀岡孝治)

「食・農エコシステム」は、欧米から広まりつつあるサイバー・フィジカル・システム(Cyber-Physical System、以下CPS)の概念が基になっている。

CPSとは、インターネットなどのサイバー空間と、物質的な現実世界であるフィジカル空間を融合し、持続可能な経済発展や社会課題の解決を目指すという、新しい社会システムの基本構想である。

農業に限らず、商業、医療、福祉、日常生活など、社会のあらゆる活動に導入されるべきものとして、日本政府が提唱するSociety(ソサエティ)5.0(※)の土台にもなっている。

※ デジタル化の進展によって実現が期待される未来の社会像。数字は社会像の変化を段階的に表したもので、現在の情報社会は4.0とされている。

サイバー・フィジカル・システムの概要(総務省ホームページより

これまでの社会は、特定の分野や組織などの効率化を図るための道具としてデジタル化されたデータが用いられてきた。一方、CPSでは分野横断的にデータを連携させ、社会全体で共有することで、より消費者ニーズに応えられる商品やサービスを提供できるようになるという絵図が描かれる。

CPSの構想は、現実世界の膨大なデータをIoT機器などによって収集し、桁違いの情報処理スピードを持つAIによって実現されつつある。

農業においては、気象条件や産地といった地域性の要素が非常に大きい。そのため、国などの広いくくりだけではなく、農村を単位とした独自に形成される地域社会にも重きを置かなければならない。

食と農をデータで結ぶ「食・農エコシステム」の構築は容易ではない。そのシステムに生産者が入っていくためには、圃場周辺にICT環境を整える必要がある。高額なIoT機器の導入、システムを管理するラボラトリーの設置、クラウドを利用するための情報通信基地、そしてそれらシステムを活用するための知識の導入。これらは多額の費用がかかり、一つの事業体だけで進められるものではない。
では、生産者としてどこから手をつけたらいいのか。

そこで亀岡さんが提案するのが、地域で共同体を作ってプラットフォーム化することだという。

21世紀版の農村共同体をつくれ

かつて日本の農村には、不足する労働力を地域住民で融通し合う、助け合いのシステムが成り立っていた。田植えや稲刈りなどの農繁期において、1戸の農家だけでは作業が間に合わないため、共同体を形成していたのだ。

プラットフォーム型6次産業化の全体イメージ(画像提供:亀岡孝治)

「昔ながらの共同体を、最新の技術を用いてプラットフォーム化していく必要があります。21世紀版の農村共同体です」と亀岡さんは提案する。

一つの事業体では難しいICT環境の整備も、地域でグループを作り、共同利用にすれば1戸当たりの費用負担は軽減される。

また知識や情報の共有もできるようになる。かつての農村共同体は、労働力の融通だけではなく、栽培方法、気候や土壌などの環境、病害虫の発生状況といった、地域ごとに重要な情報交換をする場としても機能していた。
農家同士、横のつながりが希薄になってしまった今、亀岡さんは改めて共同体の必要性を説く。最新のICT機器を活用することで、生産者それぞれが持つ経験知をデジタル化、クラウド化して、地域で利用しやすくすることができる。

スマート農業を進める目的の一つとして、熟練農家の勘などと呼ばれる個人の経験知を、数値などのデータで可視化することが挙げられている。それを一人の生産者のものとせず地域全体にまで広げ、地域そのものをクラウド化、プラットフォーム化していくことで、個では実現できない農業が可能になる。

このプラットフォーム化した農村共同体をベースに6次産業化を進めていく考え方もある。「プラットフォーム型6次産業化は、単なるCPSでは構築できません。すでにEUでも検討され始めていますが、食・農を取り囲む社会(Socio)の部分を組み込んだSocio Cyber-Physical Systemとして構築する必要があります」(亀岡さん)

人一人の頭では処理しきれない情報や知識も、共同体で複数人の頭脳を連結させれば、新しい農業システムへの取り組み方も分かるかもしれない。
知恵を出し合うということ、それ自体が農村共同体の培ってきた知恵だと言えよう。

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