新規就農方法の一つとしての“第三者継承”
従来からの新規就農の方法のひとつとして、全国各地域にある農業公社(以下、公社)から離農跡地を購入する方法があります。しかし、離農跡地の施設の改修費用・施工費用などのコストが大きくなり、新規就農者の働ける年齢までの償還期間を考えると新たに土地を取得して農業や酪農を始めることに二の足を踏むケースも考えられました。
そこで最近注目されているのが、離農を予定している農業者と新規就農希望者の間での農場の売買による事業承継です。
新規就農希望者は取得予定の農場で数年間働きながら技術や経営ノウハウを習得し、地域の方とのコミュニケーションなどを行っていきます。その後、離農を予定している農業者と就農者の双方で農場を売買して事業継承が完了となります。
では、実際に農業法人を設立して次の世代に移譲した事例を見ていきましょう。
法人化によるスムーズな第三者継承
北海道釧根(せんこん)管内で酪農業を営むAさん(58歳)は妻と娘2人の4人家族。2人の娘は首都圏の大学に進学し将来酪農業を継ぐ予定がなく、「あと何年営農するか、将来農場をどうするか」を検討していました。Aさんの住む町では新規就農希望者の研修施設があり、毎年入所者がいましたが、近年は入所する数が離農する件数に追いつかないのが現状となっていました。Aさんの施設はそれほど老朽化しているわけではないため、できれば就農希望者の負担をかけない有利な価額で譲渡して農場経営を移譲したいと考えていました。
そこでAさんは、農業法人を設立して“会社ごと”就農者Bさんに売り渡す方法を取ることとしました。Aさんは就農者Bさんとともに農業法人の役員として報酬を受給しながら営農指導行い、その間は法人の株式の過半数を所有し法人の議決権を持つこととしました。Aさんは就農者Bさんとの共同経営を開始して3年後に経営の執行権を譲りました。株式も少しずつ売却し、会社の議決権を徐々に就農者へ移行していきます。最後に残った農地や施設の売却代金(過去にAさんが農業法人へ売却した分)について分割で後継者であるBさんから支払いを受ける契約を交わし、Aさんは退職金を受給し勇退しました。
このように、法人化することで農業技術面でのノウハウだけではなく、経営面でも徐々に権利を移行させることが可能となります。農場を売渡して終わりというわけではなく、数年をかけて緩やかにノウハウ等を継承すると共に、売却代金についても役員報酬等で数年かけて受け取ることで、後継者側の金銭的な負担も軽減することが可能となります。
農業法人における第三者継承の注意点
まず、あげられるのが農業法人側の資金面の課題です。先代経営者から施設や農地を購入する際、また先代経営者への退職金を支払う際に多額の資金を必要とする場合があります。法人の資金調達の方法については連載第7回で取り上げているように、各種融資や第三者機関からの出資等様々な方法があります。必要となる資金の金額や調達方法について検討しておくことが重要です。
また、第三者承継で発生する課題として最も大きいのが「売買における価額設定」です。当初の大まかな価額を決めておいても、移譲間際に売る側が価額を引き上げることも考えられます。その結果、価額が折り合わずに破談してしまうケースもあり得ます。
お互いにとって不幸な結果を生まないためにも、初期の段階で担い手協議会のような第三者機関を介入させることが望ましいと言えます。公正な価額をつけて合意文書を作成するなどの対策が後のトラブルを回避する有効な手段となるでしょう。
総括:農業を持続していくための法人化
これまで全9回にわたり農業法人について解説してきました。法人化によるメリットや実際の手続きなど実務面も解説してきましたが、特に大切なのは、“どうして法人化するのか”という目的です。設立する目的を明確にしなくては法人化による効果やメリットを得ることはできません。
本来、会社組織そのものには事業の継続性が求められます。これまで培ってきた農場の強い基盤を次の世代へバトンタッチし、将来の長きにわたって地域の発展に結びつけてゆく視点が大事だと思います。この連載が「農業を続けていきたい」、「農業を担っていきたい」と思う皆様の何らかの糧となれば幸いです。
「明日を拓く農業経営」のシリーズをお読み頂き、誠にありがとうございました。
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