最近、中国の飲食チェーンが日本に出店する例が増え始めています。コロナ前にはモンゴル火鍋の小肥羊、四川火鍋の海底撈などがあり、コロナ後にはドリンクスタンドの蜜雪氷城、カフェチェーンの「COTTI」などが出店してきています。さらには、ローカルチェーンのマーラータンや蘭州ラーメンのチェーンも複数が出店しています。
注目されるのが、ドリンクスタンド「蜜雪氷城」、アパレル越境EC「SHEIN」、フィギュア玩具「ポップマート」、電子機器「アンカー」が原宿に出店をしていることです。原宿はファッションとポップアートの街ですが、地価の高い原宿になぜ出店をするのでしょうか。
面白いことに、この4社は原宿に出店するねらいがそれぞれに違っています。原宿という多面性のある街を活かして、在留中国人、日本人、インバウンド中国人旅行客、インバウンド東南アジア人旅行客の4つのカテゴリーで認知を高めようとしています。日本企業よりも原宿を理解して、原宿の持つ特性をうまく活用しているのではないかと思えるほどです。
今回は、このような中国チェーンが原宿に出店して、どんな戦略を背景にしているのかをご紹介します。(『 知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード 』牧野武文)
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※本記事は有料メルマガ『知らなかった!中国ITを深く理解するためのキーワード』2024年7月22日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:牧野武文(まきの たけふみ)
ITジャーナリスト、フリーライター。著書に『Googleの正体』(マイコミ新書)、『論語なう』(マイナビ新書)、『任天堂ノスタルジー横井軍平とその時代』(角川新書)など。中国のIT事情を解説するブログ「中華IT最新事情」の発行人を務める。
「原宿」に中国企業が注目
関東圏にお住まいの方は、原宿という街がどういう場所であるかはよくご存知だと思います。一言で言えば、日本のポップカルチャーの発信地です。メインの通りである竹下通りはもはや観光地化をしていますが、一歩裏通りに入れば無数のアパレル店があり、表参道の方に歩いていけば、ハイブランドのブティックが並ぶという、サブカルチャーからメインカルチャーまでがグラデーションのように楽しめる街です。
この街に中国企業が注目をしています。現在、主だったところだけでも、激安ドリンク「蜜雪氷城」(ミーシュエ)、激安アパレル「SHEIN」(シーイン)、フィギュア玩具「ポップマート」、電子機器「Anker」(アンカー)が出店をしています。面白いのは、それぞれに誰をターゲットにするかという戦略がそれぞれに異なっていることです。
このような企業は、誰をターゲットに原宿に出店しているのでしょうか。また、何をねらって、地価の決して安くない原宿に出店しているのでしょうか。
「ガチ中華」ブームを参考にしている?
このことを考えるのに、参考になるのが「ガチ中華」飲食店です。ガチ中華とは、中国人の中国人による中国人のための飲食店で、東京圏では池袋、大久保、西川口など大きな中国人コミュニティーがある場所に多く存在します。その地域に住む中国人のための飲食店であるため、日本人向けに味をアレンジはせず、本場の中国の味がそのまま楽しめるということから日本人もいくようになっています。注文も中国語しか通じないという店が少なくありません。
個人経営の飲食店の場合、顧客数がさほど大きくなくても営業をしていけるため、中国人コミュニティーがある場所にはこのようなガチ中華飲食店がたくさんあります。このような“ガチ中華”飲食店は、在留中国人に提供することが主体で、最近、日本人が行くようになってきているという状況です。
一方、ガチ中華でありながら、日本人の取り込みにも積極的なチェーンもあります。ひとつは2000年代に日本に進出したモンゴル火鍋の「小肥羊」(シャオフェイヤン)です。渋谷、六本木、新宿、池袋、銀座という主要な繁華街に出店し、在留中国人だけでなく、日本人も多く訪れます。また、四川火鍋「海底撈」(ハイディーラオ)も池袋、新宿など主要繁華街に出店し、中国人だけでなく日本人も多く訪れています。
また、日本のガチ中華ブームを見たからなのか、蘭州ラーメン、マーラータンのチェーンも各地に進出し、こちらは中国人よりもむしろ日本人の方が多いぐらいでないかと思います。
このようにガチ中華と言っても、中国人をねらうか日本人をねらうか、そのバランスをどうするかで各社いろいろ戦略があるようです。その中で、原宿というのはどういう位置づけになるのでしょうか。
ターゲットが集まる「原宿」
原宿という街は、いろいろな側面を持っています。表参道側に少し歩けば、ハイブランドのブティックが並ぶ高級商店街であるため、高級感のある地域でもあります。一方、竹下通りは中学生、高校生が食べ歩きをするダウンタウンという言葉がぴったりの場所です。高級感があるのに、若い世代が多く訪れ、大きな流量があるという街は多くありません。普通は高級であれば流量は少なく世代は高く、逆に流量が多くて世代が若ければ高級感がなくなるかのいずれかなのです。ここが原宿の面白いところです。
そこに最初に目をつけたのは台湾台中市の「春水堂」(チュンスイタン)でした。春水堂はタピオカミルクティーを考案した中国茶カフェであることから、世界的に知られるようになりました。ヒントになったのは、経営者が大阪のバーで飲んだカクテルだとも言われます。春水堂は日本でのブランドイメージを高めるために高級感のある地域に出店をしていきました。2014年に原宿に出店すると、銀座、六本木、代官山に出店をして行きます。東京の中ではいずれも高級感のある地域です。春水堂はこのような地域を選んで出店することで、高級感のあるブランドイメージをつくることに成功しています。
同じ時期に、台湾高雄市を拠点とする「貢茶」(ゴンチャ)が原宿に出店しました。貢茶はターミナル駅の駅ナカ、駅チカに戦略的に出店していき、流量を取る戦略で展開をしていきます。また、遅れて原宿に出店した「Coco都可」(ココトカ)は、下北沢、秋葉原といった若者が集まる街を中心に出店をしていきます。
つまり、高級感、流量、若者という三者三様の戦略で店舗展開をしていきます。この3つの戦略の重なる場所が原宿であったわけです。各チェーンともに、日本人をターゲットにして、出店場所でブランドイメージをつくっていきました。
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ファストファッション「SHEIN」の戦略
完全に日本人をターゲットにして原宿に出店したのがファストファッション「SHEIN」(シーイン)です。SHEINは、昔から衣類製造で有名だった広州市番禺区の下町工場を組織化して、短時間で製造させる体制をとることにより、低価格で最新流行のファッションを販売できることで米国で成功をしたアパレル越境ECです。
SHEINに関しては、品質面や知財面でさまざまな批判をする人が多いですが、私個人としては他のファストファッションと比べて著しく劣っているようには思えません。私は男性なので、女性服の観察眼は鈍いので見落としている可能性はありますが、私のような中年男性から見ると、著名なファストファッションの品質もSHEINの品質も、どちらもそれなりにしか見えないのです。一言で言えば、ワンシーズン着たら次のシーズンはもう着られない感じです。ファストファッションはデザイン的にも流行を追いかけるので、去年のデザインの服は服としては着られても、恥ずかしくて着られないわけですから、ワンシーズンもてばいいという考え方のようです。そのようなファストファッションの世界で、SHEINの品質だけが著しく悪いという印象は私にはありません。
SHEINは米国進出をする際に、女子大生をターゲットにしました。女子大生はおしゃれを楽しみたいけど、学校の課題が忙しく、ゆっくりとショッピングを楽しむ暇もなかなかありません。また、アルバイトをする時間も多くは取れないので使えるお金も多くありません。そこで、米国の最低時給の2時間分を価格の上限にするという価格戦略を採用しました。
製造は番禺区の下町工場ですから、いきなり大きなロットの製造をすることはできません。家内制手工業に毛の生えた程度の工場ばかりですから小ロット生産しかできないのです。この小ロットしかつくれないという弱点を強みに変える発想をしました。本社のデザイナーたちがデザインをすると、協力工場がまず100着をつくります。これを売り出して売れ行きをリアルタイムで計測し、機械学習で予測をし、50着から300着の追加発注をします。下町工場では小ロットであれば短期間で納品ができます。売れ行き情報は本社と下町工場でリアルタイム共有されるため、工場側では売れ行きを見て「そろそろ追加注文がかかる」という予想がつき、材料などの準備に入れます。
このような小ロット、短期納入というやり方では、売れない商品の余剰在庫がほとんど発生しません。アパレル業というのは、一昔前までは10着つくって7着捨てるみたいなところがあり、余剰在庫と廃棄費用で商品価格が高くなっていました。しかし、消費者が「高いのは質がいいから」と勘違いをしてくれていたため、それで成り立っていたのです。しかし、価格に対する要求が厳しくなると、そのような無駄の多い生産体制では太刀打ちができず、ユニクロのようなSPA(Speciality store retailer of Private label Apparel)=製造小売業にしていく必要が出てきました。自分でつくって自分のお店で売ることで無駄な在庫を減らす垂直統合をするわけです。ユニクロは工場と店舗を持つことでSPAとなりました。SHEINは下町工場を組織化し、越境ECで販売するというSPAのバリエーションのひとつになっています。
<返品が前提?店舗では「販売しない」戦略>
米国や中国では、ECが広く受け入れられています。日本でもECは広く使われるようになっていますが、米国や中国での受け入れられ方とは大きな違いがあります。それは返品率です。中国では通常のECでも20%程度、ライブコマースの衣類になると80%近くになることもあります。米国でも25%から40%ぐらいが返品されると言われます。一方、日本での返品率は5%から10%程度です。
つまり、米国や中国ではECというのは「買う」のではなく「取り寄せてみる」感覚なのです。自宅で開封をして中身を見て、そこで初めて商品をよく吟味をして買うか買わないかを決めます。一方、日本ではECで注文した段階で「買う」であり、返品することに大きな抵抗感を持っている人が多いのです。
逆に言うと、中国や米国のECは返品が前提になっており、だからこそ多くの人が気軽に利用するようになっています。中国の場合は、法律で7日間は理由を問わず返品ができる期間として定められているほどです。この過剰なまでの消費者保護が、ECの利用拡大につながっています。
ですので、SHEINでも米国の女性たちはアプリを見るだけで買ってしまい、届いてから質感があまりに違うとかサイズ感が合わないとかであればすぐに返品してしまいますが、日本人はそういうことに罪悪感を感じるため、注文する前になんとか品質を見極めようとします。しかし、アパレルの場合、生地の質感などは現物に触れなければわかるはずもありません。これが理由でアパレルECをなかなか利用してもらえません。そのために、「現物に触れられる」ための店舗がSHEINの原宿店なのです。
この原宿店では、販売をしていません。これは非常にうまい方法です。見るだけなので店員がうるさく寄ってくることもなく、落ち着いて商品を見ることができます。しかも、店舗内のあちこちにアプリインストールのQRコードが貼られていますから、一点でも気になった商品を見つけた人はアプリをインストールしてみるでしょう。つまり、店舗で売るのではなく、アプリユーザーを増やすためのツールとして利用しているわけです。しかも、ここでアプリを入れた人は、現物を見たことがあり、店舗にきたことがある人ですから、購入する可能性がきわめて高い優良顧客になります。
米国では越境ECの環境を整えるだけでビジネスが軌道に乗りましたが、日本はそれだけでは利用が進まないという特殊な環境であるため、それを補う施策として店舗を展開しているわけです。
Next: 大人向けの“ガチャ”「ポップマート」は原宿をどう使っている?
中国の人気玩具メーカー「ポップマート」の戦略
ポップマート( https://www.popmart.co.jp/)は、盲盒(マンフー、ブラインドボックス)で大成功した大人玩具のメーカーです。Mollyシリーズというフィギュアを発売する時にただ発売するのではなく、箱を開けてみるまでどれが入っているかわからないというブラインドボックスでコレクション心をくすぐり大成功をしました。中国では誰でも知っている企業で、アジア圏でも人気が出てきています。
このポップマートも原宿に店舗を出しています。さまざまなフィギュアが展示され、ちょっとしたフィギュア博物館のようになっていて、ポップマートというブランドを知らない人、ポップマートが中国企業であることを知らない人も、中に入ってフィギュアを見ていきます。
在留中国人だけでなく、日本人もターゲットにして店頭販売をしています。そして、ポップマートにはもうひとつ大きな狙いがあります。それは日本へのインバウンド旅行客です。
「令和4年国・地域別外国人旅行者行動特性調査」(東京都産業労働局)では、東京を訪れたインバウンド旅行客に東京のどこを訪れたかを尋ねています。
これによると、渋谷、新宿、銀座などの繁華街、観光地として人気のある浅草の次に秋葉原や原宿という特徴のある街がランクインしています。国別のデータもあるため、インバウンド旅行客を100として、国別の指数も計算してみました。数値が大きいほど原宿にきている人が多いということになります。
すると、インドネシア、タイ、フランス、香港、台湾という中国と関わりのある国のインバウンド旅行客が原宿にきているのです。東南アジアで中国製品と関わりがない国はありません。また、フランスは欧州の中で中国文化との親和性が高い国です。このような国の人が原宿に遊びにきて、ポップマートに寄ってくれることが期待できます。
しかも、ポップマートはD2Cでも販売をしていますし、世界各国のECにも出品をしています。日本旅行をする間にポップマートの店舗に寄れば、帰国後そのような母国のECを通じてポップマート製品を買ってくれる可能性があるわけです。ポップマートが、ポップカルチャーの発信地である原宿に店舗を持つということは、特にアジア圏に対するブランド構築で大きな意味を持っています。
電機メーカー「Anker」は原宿をどう使う?
「Anker」(アンカー)は、もはや日本ではデジタル製品をよく買う人の間では定着したと言っていいブランドです。当初は中国企業であることから、SNSでは「怖くて使いたくない」「爆発する」など散々な言われようでしたが、低価格であり品質が高いことから短期間に信頼されるブランドになっていきました。特に保証ポリシーが素晴らしかったことが――
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