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医療AI開発と薬局運営、話せるメディカルが挑む両軸の医療DX

話せるメディカル代表の木下将吾氏

ヘルスケアスタートアップの話せるメディカルは9月1日、「はなせる薬局 渋谷店」を新規オープンしました。

同社の主力サービスの一つが、従業員向け健康相談サービス「話せる薬剤師」です。このサービスでは、専門性を持った薬剤師が担当し、医師やカウンセラーよりも気軽に相談できる環境を提供しています。また、これをビジネス向けに展開した医療相談窓口代行サービスでは、医療機関やECサイトなどに代行した柔軟な窓口代行を実施。患者さんや顧客をオンラインでサポートすることで、業務効率化を図り、人件費の削減にも貢献します。

そんな話せるメディカルが新たにオープンさせたのが、東京都渋谷区の保険調剤薬局「はなせる薬局」です。オンラインでも提供する「話せる」をモットーに、患者さんに寄り添う薬局として新たな展開を開始しました。単に薬を渡すだけでなく、患者さんとの対話を通じて、より良い健康サポートを提供することを目指しているそうです。

今回は同社代表の木下将吾氏に、日本のヘルスケア業界の課題やその解決策、起業のきっかけなどを聞きました。

「人と医療の距離を縮めたい」ヘルスケア業界の課題

薬剤師資格を保有する木下氏は、かつて製薬企業の営業職として北海道で働いていた際、ヘルスケア業界、特に日本の医療システムに多くの課題が存在することを肌で感じたといいます。

まず、木下氏が注目した課題は、人々の生活と医療機関との物理的な距離です。とりわけ地方や過疎地域では、医療へのアクセスが困難なケースが多々あります。

例えば、北海道のある地域では、病院が閉鎖され、救急車で遠方まで搬送しなければならない事態が発生していたそうです。冬季には雪が原因で救急車の到着に時間がかかるなど、季節的な要因も人々の医療へのアクセスに影響を与えています。

これらの経験から木下氏は「健康のための医療はもちろん重要ですが、それ以上に一人ひとりが、どのような生活を営みたいのかという観点から医療サポートを提供したい」と考え、同社を創業しました。

さらに、木下氏は日本の医療従事者と患者の関係性にも課題があると指摘します。というのも、日本では特定の医師や医療機関への強い信頼関係よりも、適切な治療やソリューションを求める傾向が強いからです。

「医療従事者を単なるソリューションではなく、信頼できる人生のサポーターとして位置づけていきたい」(木下氏)。健康や医療を人々の生活の中に自然に溶け込ませることで、医療や深刻な病気の早期発見にもつなげられると木下氏は語ります。

「医療を生活の一部へ」リアル・オンラインで事業展開

話せるメディカルの事業は、当初とは異なる形で発展を遂げました。

最初のアイデアは、従業員向けの医療相談や健康相談サービスでした。この構想のもと約半年間にわたり50社以上にアプローチ。経営層からは好反応を得られたものの、実際の契約締結となると現場からなかなか承認が得られず、苦戦していたといいます。

そこで木下氏は事業モデルの抜本的な見直しを決意します。

サービスの本質は変えずに、提供先を一般企業から他の医療サービス提供企業へと転換し、AIによるシステムモデルの確立を試みたのです。この戦略的なピボットが功を奏し、始まったのが「医療相談窓口代行サービス」でした。

話せるメディカルWEBサイトより「医療サービスの患者・ユーザー向けLINE(R)窓口サービス」

大手オンラインクリニックや健康サポートサービスと提携。その裏側でAIシステムを基軸とした、薬剤師による健康相談や医療アドバイスを提供するビジネスモデルが確立されたのです。

「ほぼ24時間体制で医療相談に対応可能な体制を整えたことが強みとなりました」(木下氏)。

木下氏の構想はオンラインサービスにとどまりませんでした。それが今回オープンさせたリアルの薬局「はなせる薬局」です。木下氏は次のように振り返ります。

「オンライン相談のサービスをやっているスタートアップで、実際にクリニックや薬局を営んでいる企業はあまり耳にしません。しかし、開局して一週間ぐらいの短い間で、お客さまと薬剤師のコミュニケーションからさまざまなことを感じ取りました。

 

薬局でもオンラインでも処方箋を提出して薬を買える時代になりましたが、こういうコミュニケーションを必要としているお客さまはいるのだと。今までのオンライン健康相談を服薬指導に置き換えるだけでも、すごくバリューが出るのではないかと強く感じています」(木下氏)。

リアルの薬局を開局するという決断には、2つの狙いがあったそうです。まず、患者の生の声を聞き、医療相談サービスの改善や新規の事業開発につなげることです。 また、テクノロジーだけでは解決できない医療の課題に直接触れることで、より実践的なソリューションを見出したい考えもありました。実際に運営している薬局は、同社のオンラインサービスとシームレスに連携しています。

製薬会社から人事コンサル、起業家支援まで。独立を見据え経営を学ぶ

東京都渋谷区、青山通り沿いのビルでオープンした「はなせる薬局」。薬局としては珍しく、調剤作業場がガラス張りで開放されている。

木下氏の医療への興味は幼少期に芽生えました。

若い頃にモトクロス競技者だったために怪我しがちで先生や看護師さんに「ありがとう」と言う機会が多かったことが、医療の道を志すきっかけとなったそうです。さまざまな医療職の中から薬剤師を選んだ背景には、小さな薬で痛みが治るという不思議さへの魅力と、血液を扱う仕事への苦手意識がありました。

大学卒業後、木下氏は米国本社で創業約150年の歴史がある製薬企業のイーライリリーに就職。就活では世界中の製薬会社の開発ポートフォリオを調査し、将来の市場規模の大きさを見極めたといいます。

営業職として入社した木下氏は、北海道札幌市東区という大きな市場を担当することに。このときの経験が、医療現場の実態や地域特有の課題を肌で感じる貴重な機会となったそうです。

その後、木下氏は将来起業することを視野にキャリアの舵を切り、経営で重要とされる「人」について知見を身に付けるため、HR関連のスタートアップに転職します。

「HR業界では、人事コンサルティングや企業の採用支援などに携わりました。この経験を通じて、経営や意思決定の重要性を学ぶとともに、起業の準備も徐々に始めていきました」(木下氏)。

そこからさらに、木下氏は起業家支援を手掛けるゼロワンブースターに転職。事業開発支援に携わりながら、自身の起業準備も進めていったのです。こうした多様な経験を経て、2023年に現在の事業を立ち上げるに至ります。

医療を身近に。新しいヘルスケアスタートアップの挑戦

話せるメディカルは、現在のAIモデルと実店舗の薬局を基盤としつつ、さらなる成長と進化を目指しています。

まずは、オンラインサービスの拡充です。木下氏は、現在の健康相談サービスをより使いやすく、日常生活に溶け込むようなものにしたいと考えています。

例えば、Amazonのように日常的に使用するアプリを通じて、簡単に健康相談ができるような仕組みを構想していると言います。医療をより身近なものにし、「オンラインと感じさせない」サービスの実現を目指すものです。

また、データ活用による顧客体験の向上も重要な戦略です。木下氏は収集したデータそのものに価値があるとは考えていません。そのデータをサービス改善や顧客体験の向上にいかに活用するかに重点を置いています。これにより、個々の利用者に合わせた適切なアドバイスや対応が可能になるのです。

「話せるメディカルの長期的なビジョンは、医療を特別なものではなく、日常生活の一部にすることです。

 

人は、健康なうちは健康について意識しないものだと思っています。でも、ヘルステックというと、人々のベクトルを医療の方にぐっと引き寄せるイメージが強いんですよね。逆に、私たちは、『その人がやりたいことをできるようにサポートするようなヘルスケアサービス』になりたいと思っています。

 

それで困った時、例えば頭が痛いとか何か体調が悪かった時に、『相談をする』という段階を一つ踏んでから医療という選択肢に目を向けていただける、そんな仕組みを作りたいな、と。信頼が置ける人と話せるって、すごく大事ですから」(木下氏)。

現在、テクノロジーの活用と人と人との触れ合いのバランスを取りながら、新規事業の検討や既存サービスの改善を進めているそうです。将来的には医療、薬剤師、看護師も含めた医療・健康・ヘルスケア関連のさまざまなサービスを展開するスタートアップとの連携にもトライしたいという木下氏。

ヘルスケアスタートアップの新たな可能性の開拓者として、より人々の生活に寄り添うかたちで医療関連サービスの普及を目指します。

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