自民党の宮沢洋一税調会長は29日、日本経済新聞のインタビューで、2017年度税制改正で専業主婦世帯を優遇する所得税の配偶者控除の見直しを検討すると表明した。
同控除を廃止し、共働き夫婦にも適用する新しい控除を18年1月にも作る案が有力だ。
伝統的な家族観や社会構造の変化にあわせ、女性の社会進出を阻む壁をなくしつつ、結婚を税制面で後押しする狙いだが、与党内には慎重論もある。
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税務当局は旧民主党をそそのかして、愚かな国民を「子供手当て」で釣って、扶養者控除をはずした。
その結果が「子供の貧困」なんですよ。
自治体が子育て世代への補助金を導入したのは、子供手当て導入からですから。
これは、以前指摘しておりますので前のエントリーを見てね。
子供手当て導入で、若年層の扶養者控除がなくなり、主婦層が働かざるを得なくなる。
その結果、今度は配偶者控除の廃止ですか。
今度は「主婦手当て」ですか?
扶養控除、配偶者控除を無くせば税収は何もしないでも増えます。
税務当局が周到に準備して来た、予定の行動でしょう。
子供の貧困?
このところ「子供の貧困」と「6人に1人」を流行らせようと、ある種の人々が動いているようですな。
最近も、NHKの番組が問題になっているようで、ネット上で大騒ぎとなっております。
しかし、これは相対的貧困という概念が導入されてから出て来た話。
絶対的貧困は減らすことができるが、相対的な貧困は減ることがない。
相対的な問題ですから。
貧困ビジネスにとっては「無敵の数字」だからですね。
厚生労働省様が、国民生活基礎調査において、この数字を出しておりますので、
貧困学者達は「この数字が目に入らぬか」「厚生労働省様の数字なるぞよ」「へへええ」という具合になってます。
以下が、最初の「へへええ」です。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/10/h1020-3.html
そうです。これが発表されたのは、あの偉大なる鳩山由紀夫内閣の時代ですな。
その後、この件に関する教育も実に熱心でして、やたらとセミナーがある。
2年前までは何とか行かないで済ませましたが、去年は「サボるな」との厳命が出て、2回もセミナーに出席しましたよ。
分厚い資料も戴いたのですが、どこかに入ってしまって出てきません。興味が無いもので・・。
セミナーの最初はビデオを見せられました。
それはNHKの番組でして、テーマは「子供の貧困」。
今回のうららちゃんのではなく、もう少し前の番組です。
最初はその番組を見てグループ・ディスカッションをせよという。
グループは、知人だと同じ方向に話がまとまるので、初めて合う人ばかりの集団。これは、いつもの事。
「どう、思った?」
・・・困ったな、つっこみ所ありすぎじゃない・・・と何と言おうかと躊躇っていると・・・・
私の向かいに座った、ごく普通の老年のおばさんが、「NNKでしょ。また捏造じゃないの?」とぼそり。
すると「あまりにも不自然よね」と、皆が言い始めた。
本物の貧困家庭を日々訪問している人達に、NHKの番組を見せて、意見を求めたらいけません。
ボロが出捲くりまんがな。
母子家庭だから貧困というだけで、行政にも相談しないし、補助も申請しない。何故なの?
グループ・ディスカッションの後に、それぞれのグループの結論を発表するのが普通ですが、
何故か突然中止に・・・。
やはり主催者も危険を感じたのでしょう。
そこで、貧困学者が登場。
現場に近いところでは、机上の空論は即座に撃沈されるが、
現場から遠くなると、相変わらず学者の机上の空論が罷り通る。
こうした学者の珍説に、現場から遠い行政は、ころりと騙されてしまう。
皆が驚いたのは、この学者はマンションに長く住んでいて、
隣の部屋の人間と「一度も話したことが無い」とのこと。
一般人なら、それも分るが、貧困問題や福祉を研究テーマとする学者がそれでは話になりません。
それで、どうやって実態を把握するのでしょうか?
さて、そもそも貧困の概念は同じ基準によるものしかないはずだと思います。、
絶対的貧困というのは、これ。
2008年、世界銀行は、貧困線を「2005年の購買力平価(PPP)が1.25$以下の層」と設定。
これが使われている。
1ドル120円とすると、1.25ドルは150円。
1日150円×365日=年間の可処分所得が5万4750円。
これが絶対的貧困のラインである。
以下のホームページに貧困線の地図が出ているので参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%A7%E5%9B%B0%E7%B7%9A
極めて分かりやすい。
まず、解決すべきは、この貧困でしょ。
しかし、この絶対的貧困だけでは、日本では貧困ビジネスが成立しない。
そこで出てきたのが、相対的貧困という概念。
他人より相対的に貧困であれば、それは貧困なのだと認定してしまう。
この貧困をほっとくと、差別に繋がり、貧困の連鎖を生み、苛めの原因にもなる・・というのが、日本の貧困学者の主張。
さて、この相対的貧困率 というのは、先進諸国の貧困学者の手により、以下のようにOECDで決めている。
OECDでは等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割って算出)が全人口の中央値の半分未満の世帯員を相対的貧困者としている。
ここで中央値を使っているのは正しい・・というより、日本の厚生労働省様が平均値ばかりを使うのがおかしいのだ。
日本の平均所得が450万円とか言われても、まるで実感が無い数字なのである。
日本人の所得を高い順に並べて、一番高い人と一番低い人との中間はいくらになるのか?
これが中央点であり最新調査では年収244万円となる。
この中央点の半分未満が相対的貧困者というのだから、年収122万円以下ということになる。
この相対的貧困者は人口の16%で、日本の貧困率はメキシコ、トルコ、米国に次いで世界第四位で、年々、悪化していると貧困学者は煽る。国民の6人に1人は貧困層であるという。
しかし、気になるのが、平方根で割っていること。
なんで、割るんでしょうね。私なんかも、下の分析のような疑問を持ってしまいますけど。
http://walking-elephant.blogspot.jp/2009/11/blog-post_15.html
現実の生活は繋がっているのです。
しかし、生活者なら自分の周囲を見渡してみれば、分かるでしょう。
最近は老人だけの世帯と老人一人暮らしの世帯が実に多いという現実を。
あの老人達は引退しているわけですから、もう会社から給料はもらえない。
多くの老人の収入は年金しかない。
そして、国民年金を受給している老人は平均が1人5万円程度。
年間で60万円ですから、相対的貧困ということになる。
せめて、障害でも持っていれば、あと1万5000円程度は増えますけど、それで78万円。
厚生年金なら、もう少しは良いが、少ない人は7万円、多くても12万円程度、
12万円なら年間144万円で、相対的貧困ではないということになりますが、10万円以下なら相対的貧困です。
私の母は、父が死去した後は、月額7万円の遺族厚生年金を受け取っている。
年間84万円なので、明らかに相対的貧困。
子供と同居していて、年間84万円も入れば、使い道もなく、要領の良い孫達に「お婆ちゃん、あれ買って」と強請られて使う程度。
このように同居していても、子供が老人扶養として申告していなければ、単身世帯ということになる。
今は子供は結婚すると家を出るのです、
老夫婦だけの家族となり、たいてい夫が先に逝くと老妻の単身世帯となる。
その単身世帯のはずの老婆が、いつの間にか娘の家に近くに引っ越す。
こういうパターンが多いのです。
どれだけ近所に住んでいるかで・・・私らは訪問するか、家族に任せるか決めますから。
6人に1人というのは、老人も入れた数字です。
だから6人の1人が貧困と言われても、何事の不思議なけれどもと思うわけです。
老人の数字は良くわかりますが、子供の数字は不思議ですけど、厚生労働省様の発表ですからへへえ・・・と疑ってはならないのでしょう。ね。「こんな社会の誰がした」と怒り狂う人たちを刺激してはいけませんから。
でも、最近は内閣府はこんな文書出しているのですよ。
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/soshiki/toukei/dl/tp151218-01_1.pdf
最近も、NHKの番組が問題になっているようで、ネット上で大騒ぎとなっております。
しかし、これは相対的貧困という概念が導入されてから出て来た話。
絶対的貧困は減らすことができるが、相対的な貧困は減ることがない。
相対的な問題ですから。
貧困ビジネスにとっては「無敵の数字」だからですね。
厚生労働省様が、国民生活基礎調査において、この数字を出しておりますので、
貧困学者達は「この数字が目に入らぬか」「厚生労働省様の数字なるぞよ」「へへええ」という具合になってます。
以下が、最初の「へへええ」です。
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/10/h1020-3.html
そうです。これが発表されたのは、あの偉大なる鳩山由紀夫内閣の時代ですな。
その後、この件に関する教育も実に熱心でして、やたらとセミナーがある。
2年前までは何とか行かないで済ませましたが、去年は「サボるな」との厳命が出て、2回もセミナーに出席しましたよ。
分厚い資料も戴いたのですが、どこかに入ってしまって出てきません。興味が無いもので・・。
セミナーの最初はビデオを見せられました。
それはNHKの番組でして、テーマは「子供の貧困」。
今回のうららちゃんのではなく、もう少し前の番組です。
最初はその番組を見てグループ・ディスカッションをせよという。
グループは、知人だと同じ方向に話がまとまるので、初めて合う人ばかりの集団。これは、いつもの事。
「どう、思った?」
・・・困ったな、つっこみ所ありすぎじゃない・・・と何と言おうかと躊躇っていると・・・・
私の向かいに座った、ごく普通の老年のおばさんが、「NNKでしょ。また捏造じゃないの?」とぼそり。
すると「あまりにも不自然よね」と、皆が言い始めた。
本物の貧困家庭を日々訪問している人達に、NHKの番組を見せて、意見を求めたらいけません。
ボロが出捲くりまんがな。
母子家庭だから貧困というだけで、行政にも相談しないし、補助も申請しない。何故なの?
グループ・ディスカッションの後に、それぞれのグループの結論を発表するのが普通ですが、
何故か突然中止に・・・。
やはり主催者も危険を感じたのでしょう。
そこで、貧困学者が登場。
現場に近いところでは、机上の空論は即座に撃沈されるが、
現場から遠くなると、相変わらず学者の机上の空論が罷り通る。
こうした学者の珍説に、現場から遠い行政は、ころりと騙されてしまう。
皆が驚いたのは、この学者はマンションに長く住んでいて、
隣の部屋の人間と「一度も話したことが無い」とのこと。
一般人なら、それも分るが、貧困問題や福祉を研究テーマとする学者がそれでは話になりません。
それで、どうやって実態を把握するのでしょうか?
さて、そもそも貧困の概念は同じ基準によるものしかないはずだと思います。、
絶対的貧困というのは、これ。
2008年、世界銀行は、貧困線を「2005年の購買力平価(PPP)が1.25$以下の層」と設定。
これが使われている。
1ドル120円とすると、1.25ドルは150円。
1日150円×365日=年間の可処分所得が5万4750円。
これが絶対的貧困のラインである。
以下のホームページに貧困線の地図が出ているので参照。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%A7%E5%9B%B0%E7%B7%9A
極めて分かりやすい。
まず、解決すべきは、この貧困でしょ。
しかし、この絶対的貧困だけでは、日本では貧困ビジネスが成立しない。
そこで出てきたのが、相対的貧困という概念。
他人より相対的に貧困であれば、それは貧困なのだと認定してしまう。
この貧困をほっとくと、差別に繋がり、貧困の連鎖を生み、苛めの原因にもなる・・というのが、日本の貧困学者の主張。
さて、この相対的貧困率 というのは、先進諸国の貧困学者の手により、以下のようにOECDで決めている。
OECDでは等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割って算出)が全人口の中央値の半分未満の世帯員を相対的貧困者としている。
ここで中央値を使っているのは正しい・・というより、日本の厚生労働省様が平均値ばかりを使うのがおかしいのだ。
日本の平均所得が450万円とか言われても、まるで実感が無い数字なのである。
日本人の所得を高い順に並べて、一番高い人と一番低い人との中間はいくらになるのか?
これが中央点であり最新調査では年収244万円となる。
この中央点の半分未満が相対的貧困者というのだから、年収122万円以下ということになる。
この相対的貧困者は人口の16%で、日本の貧困率はメキシコ、トルコ、米国に次いで世界第四位で、年々、悪化していると貧困学者は煽る。国民の6人に1人は貧困層であるという。
しかし、気になるのが、平方根で割っていること。
なんで、割るんでしょうね。私なんかも、下の分析のような疑問を持ってしまいますけど。
http://walking-elephant.blogspot.jp/2009/11/blog-post_15.html
現実の生活は繋がっているのです。
しかし、生活者なら自分の周囲を見渡してみれば、分かるでしょう。
最近は老人だけの世帯と老人一人暮らしの世帯が実に多いという現実を。
あの老人達は引退しているわけですから、もう会社から給料はもらえない。
多くの老人の収入は年金しかない。
そして、国民年金を受給している老人は平均が1人5万円程度。
年間で60万円ですから、相対的貧困ということになる。
せめて、障害でも持っていれば、あと1万5000円程度は増えますけど、それで78万円。
厚生年金なら、もう少しは良いが、少ない人は7万円、多くても12万円程度、
12万円なら年間144万円で、相対的貧困ではないということになりますが、10万円以下なら相対的貧困です。
私の母は、父が死去した後は、月額7万円の遺族厚生年金を受け取っている。
年間84万円なので、明らかに相対的貧困。
子供と同居していて、年間84万円も入れば、使い道もなく、要領の良い孫達に「お婆ちゃん、あれ買って」と強請られて使う程度。
このように同居していても、子供が老人扶養として申告していなければ、単身世帯ということになる。
今は子供は結婚すると家を出るのです、
老夫婦だけの家族となり、たいてい夫が先に逝くと老妻の単身世帯となる。
その単身世帯のはずの老婆が、いつの間にか娘の家に近くに引っ越す。
こういうパターンが多いのです。
どれだけ近所に住んでいるかで・・・私らは訪問するか、家族に任せるか決めますから。
6人に1人というのは、老人も入れた数字です。
だから6人の1人が貧困と言われても、何事の不思議なけれどもと思うわけです。
老人の数字は良くわかりますが、子供の数字は不思議ですけど、厚生労働省様の発表ですからへへえ・・・と疑ってはならないのでしょう。ね。「こんな社会の誰がした」と怒り狂う人たちを刺激してはいけませんから。
でも、最近は内閣府はこんな文書出しているのですよ。
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/soshiki/toukei/dl/tp151218-01_1.pdf
団塊世代が学校で習った終戦の詔と昭和の刀狩り
8月10日は終戦の日である。以前にも書いたと思うが、8月10日は夏休みの最中なので、その前の東京のお盆(新盆)あたりに、学校では「終戦の詔勅」について習った。
「その日、先生は皇居前で切腹するつもりで、日本刀を持って出かけたのだが、陛下のお言葉を聞くうちに涙がどんどん出てきて、最後の言葉を聞いて、死ぬのは後回しにして、ここで頑張らないと申し訳ないと、そのまま帰って来たのだ。だから、その時にどういう話を聞いたかを皆に話しておかなければならないと思ってる」。
その後の話はいつもの通り。
わが国が宣戦布告したのは、帝国の独立を保つためであり、アジアの安定を図るためである。
欧米諸国のように、他国の主権を排して領土を侵すごときは志にあらず。
しかし敵は原子爆弾のような非人間的な兵器を使い無辜の民まで殺傷する暴挙に出た。、
わが軍がこれに対抗すれば、民族の滅亡のみならず人類の滅亡に至るまでの戦争になる。
そこで、皆の気持ちは分るが、耐えがたきを耐え。忍びがらきを忍びて、
連中のポツダム宣言を受け入れることにした。
無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ
尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス
延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
そして全国民が心を合わせて国体を維持できれば、
復興の道は厳しいと思うが、これを乗り切っていけるであろう。
朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ
先生は、この最後の部分が重要である・・と強調。
今は臥薪嘗胆の時期であり、やがて日本の戦争の意味が理解される。
アジア、アフリカで独立運動が起こり西欧諸国の植民地支配は終わったではないか?
朝鮮戦争の後、マッカーサーは言うことが変わり、
日本の戦争は自衛戦争であったと米国議会で証言したではないか?
・・・・団塊世代は以上ような授業を受けたが、今回、指摘しておきたいのは日本刀である。
豊臣秀吉の時代に刀狩りが行われた。
その後、明治初期に廃刀令があったが、民間では終戦に至るまでは、私物として日本刀を保持していたのである。
ですから8月10日には日本刀を持って皇居に切腹するつもりで駆けつけたのである。
この先生は居合の名人で、その後も許可を取って日本刀を所有していたが、
他の先生は米軍の刀狩に合い、大切な刀を没収されたようで、
授業でも、以前、保有していた日本刀の思い出話をしていた教師が今、覚えているだけで3人は居る。
ポツダム宣言によって日本は無条件降伏をした。
この中に日本軍の持っている武器全てを連合国側に引き渡すと言う一文があり、その武器の中に日本刀が入っていた。
彼らは日本刀に対して脅威を持っていた。
軍の持っている日本刀だけでなく、民間人の持っている日本刀も含まれていた。
進駐軍は全力をあげて刀狩りを行ったのである。
この民間人の武装解除の中で、朝鮮進駐軍が日本人の子供を襲ったわけである。
さて、日本刀を持つということは、その殺傷能力の高さから
保有者には心の強さと高い精神性を要求される。
日本刀を保有していた先生達は外見では細身に見えるが、
体は鍛え抜かれており、下腹の出たような軟弱は居なかった。
怒る時も全く感情的にならず、気迫が凄い。
弛んでいると、気迫が体の中に入ってきて、身が引き締まるのがわかる。
そして、かなり抑制して振り下ろされる拳骨が実に痛いのである。
そして、当時は文武両道のバランスが重視されていた。
文を極めるために武が犠牲になるなら、文はたいがいのところで止めておかねばならない。
その逆も然りである。
このバランスが壊れたのが受験勉強が始まる昭和27年生まれ以降の世代である。
さて、以上のような子供時代の事を思い出したのは、青山氏の動画を見たからである。
ここで日本刀について触れられているが、日本刀を保有する人間の気迫と精神性が
すでに日本人の心の中から失われているのではないかと心配ではある。
「その日、先生は皇居前で切腹するつもりで、日本刀を持って出かけたのだが、陛下のお言葉を聞くうちに涙がどんどん出てきて、最後の言葉を聞いて、死ぬのは後回しにして、ここで頑張らないと申し訳ないと、そのまま帰って来たのだ。だから、その時にどういう話を聞いたかを皆に話しておかなければならないと思ってる」。
その後の話はいつもの通り。
わが国が宣戦布告したのは、帝国の独立を保つためであり、アジアの安定を図るためである。
欧米諸国のように、他国の主権を排して領土を侵すごときは志にあらず。
しかし敵は原子爆弾のような非人間的な兵器を使い無辜の民まで殺傷する暴挙に出た。、
わが軍がこれに対抗すれば、民族の滅亡のみならず人類の滅亡に至るまでの戦争になる。
そこで、皆の気持ちは分るが、耐えがたきを耐え。忍びがらきを忍びて、
連中のポツダム宣言を受け入れることにした。
無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ
尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス
延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ
そして全国民が心を合わせて国体を維持できれば、
復興の道は厳しいと思うが、これを乗り切っていけるであろう。
朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體ノ精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ爾臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ
先生は、この最後の部分が重要である・・と強調。
今は臥薪嘗胆の時期であり、やがて日本の戦争の意味が理解される。
アジア、アフリカで独立運動が起こり西欧諸国の植民地支配は終わったではないか?
朝鮮戦争の後、マッカーサーは言うことが変わり、
日本の戦争は自衛戦争であったと米国議会で証言したではないか?
・・・・団塊世代は以上ような授業を受けたが、今回、指摘しておきたいのは日本刀である。
豊臣秀吉の時代に刀狩りが行われた。
その後、明治初期に廃刀令があったが、民間では終戦に至るまでは、私物として日本刀を保持していたのである。
ですから8月10日には日本刀を持って皇居に切腹するつもりで駆けつけたのである。
この先生は居合の名人で、その後も許可を取って日本刀を所有していたが、
他の先生は米軍の刀狩に合い、大切な刀を没収されたようで、
授業でも、以前、保有していた日本刀の思い出話をしていた教師が今、覚えているだけで3人は居る。
ポツダム宣言によって日本は無条件降伏をした。
この中に日本軍の持っている武器全てを連合国側に引き渡すと言う一文があり、その武器の中に日本刀が入っていた。
彼らは日本刀に対して脅威を持っていた。
軍の持っている日本刀だけでなく、民間人の持っている日本刀も含まれていた。
進駐軍は全力をあげて刀狩りを行ったのである。
この民間人の武装解除の中で、朝鮮進駐軍が日本人の子供を襲ったわけである。
さて、日本刀を持つということは、その殺傷能力の高さから
保有者には心の強さと高い精神性を要求される。
日本刀を保有していた先生達は外見では細身に見えるが、
体は鍛え抜かれており、下腹の出たような軟弱は居なかった。
怒る時も全く感情的にならず、気迫が凄い。
弛んでいると、気迫が体の中に入ってきて、身が引き締まるのがわかる。
そして、かなり抑制して振り下ろされる拳骨が実に痛いのである。
そして、当時は文武両道のバランスが重視されていた。
文を極めるために武が犠牲になるなら、文はたいがいのところで止めておかねばならない。
その逆も然りである。
このバランスが壊れたのが受験勉強が始まる昭和27年生まれ以降の世代である。
さて、以上のような子供時代の事を思い出したのは、青山氏の動画を見たからである。
ここで日本刀について触れられているが、日本刀を保有する人間の気迫と精神性が
すでに日本人の心の中から失われているのではないかと心配ではある。
海外企業との契約の件
今日は朝の10時から米国の地方都市に本社を置き、世界的のビジネスを展開している、あまり有名ではない会社の日本支社で打ち合わせ。あまり有名では無いのは日本企業の裏方だからで、やってる仕事は「ああ、あれか」と誰でも知っている。
この会社が、新しい仕事をするので、私の関係する零細企業と業務委託契約を締結することになった。
日本の会社の裏方としてある特定専門分野の仕事をするが、実際の業務は、本当に仕事の出来る国内企業に委託する。
今や日本で仕事が出来るのは中小零細企業ですから、そうなるのだが、もう一つは真面目な正直者であること。
最近は、これが決め手になるようです。
・・・・というのは、個人及び企業のマイナンバー制度導入の背景となっているのが、反社会的な勢力と関係を持つ個人、企業の排除だから。
これを徹底的に調べていくと・・・・ブラック企業はいくら安くても排除。
グレー企業、社員はホワイトでも、社長がグレーな連中と付き合いあれば、いくら仕事できても駄目。
そうすると、儲けるのは不器用であるが仕事が出来る正直者の会社が・・・躊躇無く選ばれるのだ。
時代が変わってきているようです。
しかし・・・連中の分厚い契約書なんとかならんのか?
この会社が、新しい仕事をするので、私の関係する零細企業と業務委託契約を締結することになった。
日本の会社の裏方としてある特定専門分野の仕事をするが、実際の業務は、本当に仕事の出来る国内企業に委託する。
今や日本で仕事が出来るのは中小零細企業ですから、そうなるのだが、もう一つは真面目な正直者であること。
最近は、これが決め手になるようです。
・・・・というのは、個人及び企業のマイナンバー制度導入の背景となっているのが、反社会的な勢力と関係を持つ個人、企業の排除だから。
これを徹底的に調べていくと・・・・ブラック企業はいくら安くても排除。
グレー企業、社員はホワイトでも、社長がグレーな連中と付き合いあれば、いくら仕事できても駄目。
そうすると、儲けるのは不器用であるが仕事が出来る正直者の会社が・・・躊躇無く選ばれるのだ。
時代が変わってきているようです。
しかし・・・連中の分厚い契約書なんとかならんのか?
町会の役員会
毎月、やってることなので、あえて書くこともないのだが・・・・
月に1回、地域における自治体の長
(地方自治法で規定されている地方地縁による団体であって、地域コミュニティの中心になって活動しているものの長・ぶっちゃけ町会長)
は区の行政側の各担当者と会議を行なっている。
そこで協議されたことは、町会長の胸の内に仕舞い込んでいるわけではなく、翌日か、翌々日かには役員会を開いて、
配布された資料を説明し、協議内容を説明した上で、役員の意見を求めて、そこで協議して、町会よしての意見をまとめる。
さらに、そのポイントをペーパーにして町会員に回覧する。
大抵の問題は行政と自治体側の協議で決まるのであるが、
自治体と行政の話し合いだけでなんでも出来るわけではない。
行政の施策は法により規制されているからである。
こういう時は、区議に入ってもらい、さらに深く話し合うことになる。
一般にマスコミは「住民は要望を議員を通して行政に訴える」というように解釈しているようだが、そうではない。
行政は法に則り動いているのであって、法を作る役目の議員が、法を無視して、無理を通せるわけが無いし、
そのような事があれば住民側が黙っていないのである。
議員に協力して戴くのは、法の精神と、その精神にそった解釈である。
「遂条解釈」の部分が、行政側と住民側と異なる部分がある場合、そもそも、何のためにこの法律を作り、どのように協議したかが問われるのである。
・・・であるから、議員がどの政党に属するかはそもそもどうでも良い話である。
重要なのは現場で発生している問題の本質を分っているのか?
現実的の問題解決に「使える頭脳」を持っているか?である。
月に1回、地域における自治体の長
(地方自治法で規定されている地方地縁による団体であって、地域コミュニティの中心になって活動しているものの長・ぶっちゃけ町会長)
は区の行政側の各担当者と会議を行なっている。
そこで協議されたことは、町会長の胸の内に仕舞い込んでいるわけではなく、翌日か、翌々日かには役員会を開いて、
配布された資料を説明し、協議内容を説明した上で、役員の意見を求めて、そこで協議して、町会よしての意見をまとめる。
さらに、そのポイントをペーパーにして町会員に回覧する。
大抵の問題は行政と自治体側の協議で決まるのであるが、
自治体と行政の話し合いだけでなんでも出来るわけではない。
行政の施策は法により規制されているからである。
こういう時は、区議に入ってもらい、さらに深く話し合うことになる。
一般にマスコミは「住民は要望を議員を通して行政に訴える」というように解釈しているようだが、そうではない。
行政は法に則り動いているのであって、法を作る役目の議員が、法を無視して、無理を通せるわけが無いし、
そのような事があれば住民側が黙っていないのである。
議員に協力して戴くのは、法の精神と、その精神にそった解釈である。
「遂条解釈」の部分が、行政側と住民側と異なる部分がある場合、そもそも、何のためにこの法律を作り、どのように協議したかが問われるのである。
・・・であるから、議員がどの政党に属するかはそもそもどうでも良い話である。
重要なのは現場で発生している問題の本質を分っているのか?
現実的の問題解決に「使える頭脳」を持っているか?である。
まだやってんのか
自治の問題と政局とは別の話である。
区のイベントには区長と各地域自治体の長(町会長等)と区議が揃うし、
具体的な区政の問題解決は行政と自治体とで折衝するものの、場合によっては区議が絡むし、
全体の方針は区長も絡む。
区議会の世界には、与党も野党もない。
なぜなら、具体的な問題をどのように解決するかであるから、
一緒に考えて議論すれば、良い解決方法が出てくる。
ただし、こうした議論の輪の中に入らないのが共産党である。
区議会で「野党は共産党だけであとは与党である。情けない」と、彼らは嘯くが、
本当に情けないのは共産党である。
彼らは具体的な問題解決の話し合いに参加できないのである。
党の方針と、学習会と、イデオロギーが邪魔をして。
しかし、都議はどうなっているのか?
都議会のはぐれ狼というか、3人で会派を作ってる、
単なるサンコイチみたいな「輝け東京」の1人の若手議員が書いてます。
http://your-party-tokyo.jp/
-----------------------------------------------------
舛添前知事の初登庁時には、都議会議長を始めとする各会派の幹事長クラスが、
車から降りた場所で新都知事をいの一番で出迎え、にこやかに握手を交わしておりました。
※127名の都議すべてが並ぶスペースはないため、各会派の代表者のみが出席するのが通例
そして今回もこの通例に基づき、
都庁職員から7月27日夕刻の時点で
「知事初登庁のセレモニーが9時半からなので、お集まりください」
との連絡を受けておりました。
ところが状況が変わったのは開票日の翌日、8月1日のことです。
「9時半からの都議による出迎えセレモニーはなくなりました。副知事などの行政サイドのみで行います」
「…なぜですか??」
「他の会派の先生がすべて参加されないとのことですので、行政主体のイベントになりました」
まー、なんとあからさまですことっ!!
選挙で自分たちの応援した候補が負けたら、勝った方の新知事はお迎えしないそうです。
そんな流れで、他の会派が出ないならスペースもあるだろうということで、
我々の会派はメンバー3人が全員参列させていただいたわけです。
その後の知事による各会派の控室への挨拶回りでも、都議会自民党は幹事長と政調会長が欠席。
(他の会派はきちんと幹事長が対応)
ナンバー3の総務会長が
「たまたまいたから、対応しただけ」
というコメントとともに、知事へ渋々と挨拶を交わしている姿が報道されました。
さらに都議会議長(自民党)への訪問の際も、議長が恒例の記念撮影を断ったようです。
…小池百合子新知事は、
「知事になったからには現実的に、連携できるところは連携したい」
というメッセージを出しています。
都民の意を受けた都知事にあからさまな対立姿勢を示しているのは、一体誰なのか。
これはぜひ、都民の皆さまに覚えておいていただきたいと強く思います。
-----------------------------------
まだ、やっているようです。
区のイベントには区長と各地域自治体の長(町会長等)と区議が揃うし、
具体的な区政の問題解決は行政と自治体とで折衝するものの、場合によっては区議が絡むし、
全体の方針は区長も絡む。
区議会の世界には、与党も野党もない。
なぜなら、具体的な問題をどのように解決するかであるから、
一緒に考えて議論すれば、良い解決方法が出てくる。
ただし、こうした議論の輪の中に入らないのが共産党である。
区議会で「野党は共産党だけであとは与党である。情けない」と、彼らは嘯くが、
本当に情けないのは共産党である。
彼らは具体的な問題解決の話し合いに参加できないのである。
党の方針と、学習会と、イデオロギーが邪魔をして。
しかし、都議はどうなっているのか?
都議会のはぐれ狼というか、3人で会派を作ってる、
単なるサンコイチみたいな「輝け東京」の1人の若手議員が書いてます。
http://your-party-tokyo.jp/
-----------------------------------------------------
舛添前知事の初登庁時には、都議会議長を始めとする各会派の幹事長クラスが、
車から降りた場所で新都知事をいの一番で出迎え、にこやかに握手を交わしておりました。
※127名の都議すべてが並ぶスペースはないため、各会派の代表者のみが出席するのが通例
そして今回もこの通例に基づき、
都庁職員から7月27日夕刻の時点で
「知事初登庁のセレモニーが9時半からなので、お集まりください」
との連絡を受けておりました。
ところが状況が変わったのは開票日の翌日、8月1日のことです。
「9時半からの都議による出迎えセレモニーはなくなりました。副知事などの行政サイドのみで行います」
「…なぜですか??」
「他の会派の先生がすべて参加されないとのことですので、行政主体のイベントになりました」
まー、なんとあからさまですことっ!!
選挙で自分たちの応援した候補が負けたら、勝った方の新知事はお迎えしないそうです。
そんな流れで、他の会派が出ないならスペースもあるだろうということで、
我々の会派はメンバー3人が全員参列させていただいたわけです。
その後の知事による各会派の控室への挨拶回りでも、都議会自民党は幹事長と政調会長が欠席。
(他の会派はきちんと幹事長が対応)
ナンバー3の総務会長が
「たまたまいたから、対応しただけ」
というコメントとともに、知事へ渋々と挨拶を交わしている姿が報道されました。
さらに都議会議長(自民党)への訪問の際も、議長が恒例の記念撮影を断ったようです。
…小池百合子新知事は、
「知事になったからには現実的に、連携できるところは連携したい」
というメッセージを出しています。
都民の意を受けた都知事にあからさまな対立姿勢を示しているのは、一体誰なのか。
これはぜひ、都民の皆さまに覚えておいていただきたいと強く思います。
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まだ、やっているようです。
プロフィール
Author:友遊
団塊世代の中小零細企業の代表。現場と市場視察が大好き。政財官の鉄のトライアングル、中央集権、日本的経営を支持する守旧派。既得権益死守。相互扶助を基盤とする協同組合支持。実業の世界とは、金融経済に対する実体経済の世界を意味する。
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