トップページ - Yoko's Jewelry News
FC2ブログ

Couple's Short Story 「名もない小さな古本屋」

「古本の 傷みいとおし 夜長かな」

最近、朝に20分くらい自分の時間を持つようにしています。
それは、ヨガの時間だったり、中国茶を淹れる時間だったり、読書をしたり。
この一呼吸で頭がすっきりして、一日の集中力がアップするんですよね~。
今、カリフォルニアは日中はまだ夏の気候。朝晩は、秋の涼しさ。
惜しむ夏をあじわいつつ、来る秋の過ごしやすさに体もほっとしてます。

今回のカップルは、おじさんとおばさん(笑) ほっこりしていただけると嬉しいです。
読んでみてください。

*********************************

「名もない小さな古本屋」




駅の近くに小さな、だけど品揃えが豊富で、質のいいものがたくさん置いてある古本屋

がありました。置いてある商品も古本だからもちろん古いのですが、お店もとっても古く

看板は色あせて、もうお店の名前も見えないほどです。

 店主は白髪が目立ち始めた地味だけど、愛嬌のあるやさしいおじさんです。おじさんは

まだおじさんじゃないときからこの古本屋を営んでいました。

 おじさんはいつも店の一番奥にあるレジに腰掛けて、古本をうずだかく積み上げて

大好きな読書をしているのです。売り物を私物化している? いいえ、ここに売っている

のは全部古本ですから、そんなことはお構いなしです。もちろん、おじさんだって、お店

にやってくるお客さんが立ち読みをしたってお構いなしです。なんせ全部古本なのです

から。

 だけど、おじさんが本当に望んでいることは、ここにある古本たち一冊、一冊がしか

るべき場所にもらわれて行くことなのです。おじさんの古本屋にはひっきりなしにお客

さんがいるのに、売り上げはさっぱりなのです。おじさんはどうしてだろう・・、

と考えます。しばらく立ち読みしていたお客さんの携帯が鳴った途端に、本をもとあっ

た場所に戻して、店を出て行ってしまうのです。

 お客さんたちは、どうやらこれから一緒に出かける相手が駅につくまでの時間をおじさ

んの古本屋でつぶしているようなのです。さっきまでそこで童話を読んでいた女の子が、

店の前を男の子と手を組んで通り過ぎて行きました。お店をいったん出て行ってしまった

お客さんが、さっき読んでいた本を買いに戻ってきてくれることなど絶対にないのです。

おじさんのお店にある本は、待ち合わせまでの時間のお相手だけすれば、もう用が済んで

しまうのです。おじさんは少し寂しい気がします。

「どうしたら、ここにある本たちは誰かのものになることができるんだろう。わたしがい

けないのかしら」

 おじさんは、しまいには、自分を責めるのです。

 おじさんは、古本たちに愛情を持っています。古本たちもおじさんのことが好きだろう

けど、おじさんの元を離れないのは困ってしまいます。おじさんは古本たちにしてやれる

ことを一生懸命考えました。

 

 その日の晩、おじさんはおばさんが待つ小さな家に帰り、おばさんに相談しました。お

ばさんは、大きな街の大きな書店に勤めています。そこにはたくさんのお客さんがやって

きて、レジで並ぶ人を整理するために、ロープが張られているそうです。おじさんの小さ

な古本屋では考えられないことです。

「いったい何が違うんだい? わたしの店で売っている古本はお前のいる本屋の半分かそ

れ以下の値段をつけているのだよ」

「さあ、なんででしょうね。でも挙げられるとすれば、あなたの売っているものは古本で

、私の働いている店で売っているのは新しい本、ということかしら」

「そりゃそうさ。そこで、古本を売られたら困るよ。わたしの仕事がなくなってしまう」

「だから古い本は古本屋にまかせているわ」

「そりゃ良かった。でもわたしの店にだってお客さんはいっぱい来るんだよ。なのに、買

っていってくれないんだ。楽しそうに立ち読みしているのにだよ。それはどうしてなんだ

い?」

「さあ、なんででしょうね。私の勤めているお店に視察に来たらどうかしら。違いが分か

るかもしれないわよ」

「スパイだとばれたらどうしたらいいんだい。わたしは捕まりたくないよ」

「ほほほ。スパイだなんて大げさよ。お客さんになって、来て見たら? という意味よ」

「ああ、そうかい。安心したよ。では明日は古本屋は休みにすることにしよう」

「そんなことしていいのかしら?」

「なぜだい?」

「あなたのお店にはたくさんのお客さんが来るんでしょ? そのひとたちが困らないかし

ら」

「お客さんといっても、買っていってくれないお客さんだよ。かまやしないさ」

 おじさんは、おばさんに相談した結果、おばさんの勤めている大きな街の大きな書店に

行くことにしました。

 書店はデパートのように大きくて、いろいろな分野の本がフロアごとに分かれて並んで

います。大きなポスターや、売り文句があちこちに貼られていて、同じ本がたくさん、た

くさん積み上げられています。

 おじさんはその本を一冊手に取ってみました。印刷し終わったばかりのインクの匂いが

する、きっちりかっちりした本です。



「まだ個性がないね」

 おじさんは本に言いました。

 本は「ふん!」とおじさんに返しました。

「そうか、これから誰かにもらわれていって、そこからなんだもんね、君は」

本は「大きなおせわ!」とおじさんに返しました。

「おやおやそうかい。誰にも読まれなかったらでも、君寂しいだろ?」

「売れているんだもの! そんなことあるわけないじゃないの!」

 本はそう言ったきり、おじさんのことを無視してしまいました。

「いい人が買っていってくれるといいね」

 おじさんはその本をそっとおいて、別のフロアに行きました。

 絵本が置いてあるフロアにおばさんがいました。せっせ、せっせと次から次へと新しい

絵本を並べているところでした。

「精が出るじゃないか」

 おじさんは、おばさんに話しかけました。

「あら? 来ていたのね」

 おじさんが口を開きかけたところに、子供の手を引いたお母さんが、おばさんに「すい

ません」と話しかけました。お客さんです。

 おじさんは、そっとそこを離れました。レジを見ると、たくさんの人が並んでいます。

エスカレーターで下に下りると、そこでもレジにはたくさんの人が並んでいます。またエ

スカレーターで下りていくと、そこにもたくさんの人が並んでいました。

 おじさんは、外に出て、そのデパートのような書店を見上げました。

「いったい何冊おいているんだろう。はかりきれやしない」

 おじさんはしばらく書店を見上げていました。自動ドアからおじさんの横をその書店の

紙袋を持った人たちがたくさん出て行きます。その書店の紙袋を持っていない人がどんど

ん入っていきます。きっとその人たちは、その書店の紙袋を持って出てくることになるの

でしょう。

 おじさんは、その書店にあって自分の店にないものについていろいろとリストに上げて

みました。それは3日も4日もかかる作業でした。その間、おじさんは古本屋を予告なし

に閉めたままにしてしまいました。それもこれも古本屋のためです。おばさんは、そんな

おじさんの行動に何か言いたそうでした。だけど、おじさんはこれでもがんこなところが

あるのです。良くなるように何かしたいと思ったら、やらずにはいられないのです。

 おじさんのリストはこうでした。

・ どの本も紙がピンとしている

・ 本があいうえお順に置いてある

・ 同じ本をたくさん置いてある

・ レジにロープが張ってある

・ なんでおもしろいかを示したカードをあちこちに張ってある

「できる」

 おじさんは確信しました。どれもできることばかりです。

 おじさんは、まずアイロンを店に持ち込むために古本屋に行くときのかばんに入れまし

た。おあつらえ向きのロープも一緒に入れました。それからカードをいっぱいとカラフル

なペンを買ってきました。シールもいっぱい買ってきて、そこに「あ」「い」「う」「え

」「お」と書きました。でもおじさんは、そこで眠りに落ちてしまいました。

 おばさんは机の上で眠りに落ちてしまったおじさんにブランケットを掛けてあげました



 おじさんは起きると、「しまった、しまった、遅刻だ!」と言うと、朝ごはんも食べず

に重いかばんを持って出かけてしまいました。

 おじさんは、古本屋に着くと、シャッターを自分が入る分だけ開け、おじさんが入ると

また閉めてしまいました。そして、古本屋の中でせっせ、せっせと働き始めたのです。

それは一人でやるには大変な作業でした。今まで何年も、何年も、整理整頓などしてこ

なかった古本屋です。おじさんはかばんの中に入れたシールがまだ途中までしか済んで

いないことに気が付きました。

「まいった、まいった。そこからか・・・」

 シールを出してみると、あの行までしか終わってなかったのが、「わ」まで書かれてあ

り、さらには「A」から「Z」のアルファベットのものまであったのです。それはおばさん

の字でした。

 おばさんの書いてくれたシールを本棚に貼って、ハリのない本たちにアイロンを掛けま

した。おじさんは何度も繰り返しているうちにうとうとしてきてしまい。こげくさい匂い

でハっとしました。「あ!」と気が付くと、カバーがこげていました。

「いけない、いけない」



 おじさんは、本を焦がしたことを大変に後悔しました。なんせ、その本は一冊しかない

のです。

「ごめんよ」

 焦げてしまった赤いカバーをはずしました。カバーのない表紙を開けると、落書きが書

かれていました。それはまるで、好きな人と離れ離れになってしまった人が書いたような

ものでした。なぜなら表表紙の方には見慣れた日本の地図が。そして、裏表紙には、世界

地図で見たことのある外国の地図が書いてあり、その外国の地図の方に線が引っ張ってあ

り「ME」という文字があったのです。

 おじさんも何度も何度も読んだことのある本で、その本は上・下に別れている方の上の

方で「ノルウェイの森」という本です。

 おじさんは、自分の古本屋に「ノルウェイの森・下」がないか、探し始めました。おじ

さんがいつも座っているレジに積み上げられたところも、本棚の上から下まで、右から左

まで全部です。でもいくら探しても「下」はありませんでした。

「はぐれちゃったんだね」

 カバーをはずされたその本に向かって言っても、その本は平気なフリをします。

「いつかみつけてあげるよ。そして、君の横に置いてあげようね」

 そう言うと、やはりそれが良いのか、本はコクリとうなずきました。

おじさんは、床に座り込み、その本をじっくり読みました。じっくり読んでいるうちに

薄い紙が挟まっているのを見つけました。

「しおりかしら?」

 開いてみると、それは男の子から女の子に宛てた手紙でした。おじさんはびっくりしま

した。表紙にあった落書きといい、本に挟まった手紙といい、この本は思い出をいっぱい

抱えているようなのです。

 おじさんは、本に挟まった手紙を幾度も読み、そしてちょっぴり切なくなりました。こ

の本を売りに来た人がどんな人だかはもうとても思い出せません。その人が女の人だった

か、男の人だったかもです。

 その時、お店のシャッターが開いて、おばさんが入ってきました。

「帰ってこないから心配したのよ」

「ああ、おまえか。ついついいつもの癖で本を読み始めてしまったら止まらなくてね。こ

れ見てごらん」

 おじさんは、本と手紙をおばさんに見せました。

 おばさんはしばらくじっと、手紙を読むと、目を上げておじさんに言いました。

「また誰かの手に渡って行くのかしらね」

「そうだよ。時間がかかるだろうけどね。なんせ、お客さんはなかなか買ってってくれな

い」

 おじさんは、苦笑いしながら言いました。

「そうかしら? お店の外を見てみて。待ち合わせまでの時間がつぶせなくて困っている

お客さんがいっぱいいるわ」

「それは、わたしのお店のお客さんかい?」

「そうよ。今日で5日も閉めているから、心配しているわ」

「役に立っているのかね、この店も」

「間違いないわ。古本たちは、ゆっくりと旅立っていくものよ。さ、明日お店を開けられ

るように準備しましょう」

 おじさんは、おばさんと一緒に古本たちを本棚に並べていきました。さっきの「ノルウ

ェイの森・上」も他の古本と紛れて棚に収まっていきます。ちょっとすっきりしました。

「これどうする?」

 おじさんは、売り文句を書くためのカードをおばさんに見せます。

 おばさんは、一枚取ると、青いペンでさらっと書いておじさんに見せました。

“ごふめいな点は店主までお気軽に。ごゆっくりどうぞ”

 二人はニッコリ笑いあって、そのカードを何枚か書いて、お店のあちこちに貼りました。

「これどうする?」

 おじさんは、レジの前に張るはずのロープを出しました。

「いらないわね」

 おじさんは「そうだね」と笑って言って、アイロンと一緒にかばんにしまいました。

 

 整理整頓をし終わったおじさんの愛する古本屋を後にして、おじさんはおばさんと肩を

並べて小さな家に帰りました。

「わたしは古本が好きだよ」

 おじさんがおばさんに言うと、おばさんはニッコリと頷きました。



「名もない小さな古本屋」        真名耀子


グラタン

Tag:小説Couple’sShortStory

Short Story 「助走期間」

「染まる色 決めかねて今 春惜しむ」

今年のカリフォルニアの春は来ているのか、来ていないのか。。。雨も多く、肌寒い日が続いています。
なのに、カレンダーではもう春から初夏へ。 今年も後半戦に入りました。
今回のショートストーリーはカップルのお話ではないので、ただのショートストーリー。
ジャンルは、友情? もしくは、自分、かな?
どうぞ読んでみてください。

*************************************

「助走期間」



 3年もあれば一つや二つ歴史を作るなんて簡単でしょう? 歴史といっても、自分の人生においての・・
という意味なんだけど・・。
 素敵な異性に出会って恋に落ちて、付き合って、結婚して、子供ができて。ほら、こんな素敵な出来事の
連続だって、3年以内に起きている人、たくさんいるんじゃないかしら?
 それから世の中に名前が知られるようになるのだって、3年あればできてしまうわ。3年前の私は、今の
私がこうなっているなんて想像しなかったけど、つまりはきっかけなのよね。人との出会いも、仕事との出会いも・・・。
でも私が言いたいのはきっかけだけじゃ何も始まらないってことなの。きっかけと情熱があって、やっと歴史
の1ページに一行目が刻まれるんじゃないしら。

 ここ1,2年で大ブレークした人気女優がインタビューで語っている雑誌の記事だ。
 そうなんだぁ、などと暢気なことを私は思う。 この3年間は、私の人生に何かをもたらせただろうか。自分に
当てはめてみると、この3年間は私の人生に歴史といえるようなものは何もなかった。始めたことも、成し得た
こともない。つまり、全てが何かの途中であって現状維持を貫いてそこに努力があったのかというとそれもない。
 3年どころかそれ以上、同じ時間に起き、同じ時間に食べ、同じ場所に行き、同じ仕事を同じ人間とし、同じこ
とを思う。おなじ、おなじ、おなじ。

 そういえば、大学時代からのバイト仲間だった親友の美也子に「そもそもあなたに男運がないのは周りにいい
男がいるかどうかの問題じゃなくて、あなた自身に刺激もなければかといって安らぎもないからよ」などとあけす
けに言われたばかりだった。
 部屋を見渡す。
 夏になろうと、冬になろうと、模様替えさえしなかった。3年間同じカーテン、同じカーペット、ソファーには同じ
クッション。それもこだわりもなく選んだバーゲン品で、お世辞にもセンスがいいとはいい難い。

 ここ数年で新しく買ったものは・・・とぐるりと周りを見渡して、まず目に付いたのは、例の女優のインタビュー記事
が書いてある雑誌。これは今日買ったばかり。毎月10日に発行されてこの雑誌を私は、きちんきちんと、5年以上
買っている。つまり、この習慣も貫いていることの一つだ。

 雑誌の横には、大きなマグカップ。これも随分長く愛用しているものの一つだ。使い古しのマグカップで濃い目の
コーヒーをすすり、着古したTシャツと、スウェットパンツ姿でメイク落しをしながら、古ぼけたテーブルで雑誌を読む。
そして、どの記事を読んでも感想はいつも「そうなんだぁ」で終わり。
 
 日々のルーティンワークが変わらないのも、愛用品を使い続けることは何も問題はないはずだ。だが、簡単に5年、
10年の単位で時間を流しっぱなしの水のごとく無駄に過ごしている人間としては、3年で歴史が作れるなんて言わ
れたら焦ってしまう。

 インタビュアーに向いて、語っている最中のその女優の写真が使われているのだが、その女優は活き活きと輝い
ている。確固たる自信が満ち溢れて、内面から来る美しさとはこういう強さのようなものなのかな、と思った。
 この女優は時に癒し系、時に悪女系を演じ分ける演技力の長けた女優だ。刺激と安らぎを両方備えている。両方
ない女から見るとまぶしくてしょうがない。

 はて、私の3年後はどうなっているものか? 軽く3年後の今日もこのテーブルでコーヒーを飲みながら同じ雑誌を
読んでいる想像できる。
 この記事を読んだことといい、この間大学からの友人の美也子に言われたことといい、これがいわゆる代わり映え
のしない人生にスポットを当てるきっかけってやつなのかもしれない。その証拠に、今回の記事を読んだ感想は、
「そうなんだぁ」の次に「じゃあこれからの3年間で本気になればなんだってできるかも?」なんて私らしからぬ前向き
なことを思ったのだ。

 そんな風に思えるきっかけがあっても、はたして情熱をどこに注ぐべきものなのか。内面から光溢れる女優曰く、
きっかけだけじゃあ始まらないらしい。私だって人生の歴史を刻んでみたいのだが、情熱を傾けたくなるようなもの
は見当たらない。

  美也子に男運がないのは刺激も安らぎもないからだ、と言われたのはいわば、ぶったらぶち返されたようなものだった。
 好意を寄せてくれる人がいるというのに、振ってばかりで蜜を吸っては花から花へ飛んでいく蝶のような美也子に
「きっと後で今が華だったことに気づくのよ。そのうち誰も相手してくれなくなって、年を取って行くんだよ」と私は言っ
たのだ。
 今のうちに気づかないと後が痛いわよ、と美也子を思ってのことだが、恋人もいない30代も折り返し地点目前の
私たちにとって、誰も相手してくれなくなり、年を取っていくことは恐怖なのだ。私の美也子を思っての言葉は、
美也子に抵抗心のようなものを与え、ならばそんなことを言うおまえはどうなのだ、と攻撃にでることにしたのだろう。

 気持ちは20代とまったく変わらないのに、明らかに周りの目は「30過ぎの・・」に変わっている。年を取るほどの
魅力というものが備わればいいのだが、いつまでもかわいい、と言われる女の子にしがみついていたいのだ。
そんな無駄な恋慕にきっぱり別れをつげられないのもやっかいだ。年齢相応が何かをあきらかに見失っている
自分がいる。

  学生時代のバイト仲間だった私と美也子は、毎週決まって木曜日に飲みに行き、「あと1日で週末だね」と週に
1回、月に4回、年に50回。そしてそれを10年間やってきた。
 元々4人グループで始まったこの週に一回の飲み会も、時が経つにつれ、一人減り、別の子が入ってきて、
しばらくすると、その子と、元からいた4人のうちの一人のそりが合わずに、一人減り、その一人が減ったら、
新しく入ってきた子が自分の友達を誘うようになり、そのうち、その友達も友達を呼ぶようになり、彼氏がいる子は
彼氏まで呼ぶようになり、毎回なんだか大きなイベントみたいになってきて、毎週幹事が必要になり、それを交代で
回すようになったが、そういうことは私には向いておらず、ストレスになってきた。     
 純粋にガールズトークを楽しみたいだけの私と美也子がそーっと、その会から抜けて(といっても二人とも元祖の
メンバーなのだが)二人だけでひっそりと続けることにした。

 単調な日々の繰り返しでも木曜日だけは、朝から華やいでいた。今日は美也子と飲むぞ!と思うと、嫌なことが
あっても、美也子に話すネタの一つが増えるだけで、なんでもなかった。包み隠さずなんでも話してきたのは、
美也子もそうしてきてくれたからだ。
 これが私と美也子の歴史でもある。そして私たちの友情史上ではじめて、私たちはまるで恋人たちのように
冷却時間を設けることにした。

  今日は木曜日だ。私は一人で雑誌を読んでいる。美也子にはすでに3週間あっていない。美也子に話したい
ネタがつまっている。話したくてたまらない。
「ねぇ、〇〇って女優知ってる? ここ1,2年で急に売れてきた人なんだけど、雑誌のインタビュー記事でさ3年も
あればなんでもできるって語ってるの。ま、たしかにそうかもしれないけどさ、3年なんて無意識に過ごしていると
何の変化もないままあっという間にすぎちゃうもんよね」

 そんな風に止めどなく語って、なんの変化がなくたって、別にいいじゃん、となんとなくお互いの現状を認め合って
そしてまた来週の二人の木曜会を楽しみにして、を繰り返すのがなんとも居心地がよいのだ。
 しかしその居心地の良さがいつになっても時代を築けない原因だったとは考えられなくはないだろうか? 
「きっかけと情熱・・きっかけと情熱・・これからの3年間で本気になればなんだってできる」

私は念仏のように唱えた。現状に満足をしているような、していないようなそんな状態を十数年も続けている。
変化し続けることが美徳とは言い切れないが、若い時のままにしがみついているのは美しくはない。それは
分かっている。
 そしてふと今まで考えてもなかったことを思いついた。

「帰ろう!」

 大学の時に東京に出てきてかれこれ二十年。実家は長野で小さな古道具屋をやっている。よく言えば
アンティークなのだが、いわばリサイクルショップを営んでいるようなものでただの中古品を扱っている店だ。
 父は間違っても目利きではないが、買い付けてきたものに囲まれて過ごす生活を愛していた。父も高齢
になり、夏に帰った時には店をたたむと言っていた。寂しそうだったのを覚えている。その店を私が継げば
いいではないか。

 古美術は奥が深く年を取れば取るほど経験を生かしていける仕事だ。私は勝手に店を継ぐ気まんまん
になっていた。
 その週末に私はさっそく実家に帰ることにした。善は急げだ。実家に電話すると母が出て「あと1か月も
すればどうせ、お正月休みで帰るのに、どうしたの?」と言われたが、店のことは会うまで何も話さないこと
にしておいた。
 
 実家のある駅について外に出たとたん東京とは違う澄んだ空気のきれいさに気づかされる。

「やっぱ帰ることにして正解だ」

 胸一杯にきれいな空気を吸い込んで思う。バスで向かうはずだったが、車で弟が迎えに来てくれていた。
弟は地元の区役所に勤めている。

「ねーちゃん!」

 十も離れた弟だが、今年の始め結婚して奥さんは妊娠中だ。かわいい弟夫婦と、その姪か甥も近くに住んで
いるなんてやっぱり地元に帰るのは正解だ。私は再確認した。

「おめでとう! 母さん赤飯炊いて待ってるよ」

 私の顔を見るなり、開口一番弟に言われ、何も話していないのにと思う。

「そうなの? おおげさだなぁ、帰ってきたというだけで」

「で、どこよ?」

「どこって、何が?」 

「義兄さんになる人つれてきたんだろ?」

「はぁ??」

 そこで合点がいった。完全に誤解されたのだ。

 車の中で店を継ぐつもりでいることを話すと、弟はきまり悪そうにした。早合点したことに対してだろうと
思って、気にしなくてもいいのに、という気持ちを込めて明るい声で、「私一人でも、帰ってくることを喜んでよ」
と言った。「うーん。でもねぇ」弟の言葉は切れが悪い。

 家の前についてそれがどうしてだか分かった。 店はとうになくなり、増築のための骨組が組まれていた。

「店のあったところをさ、二世帯にしようってことになってほら、孫も生まれるからその前に、って」

 長女の私にはなんの相談もなかったのが悲しい。これもなにも正月に話そうと思っていたらしい。
夏に店をたたむという話はしていたのだし、弟が一緒に親と住んでくれれば本来ならこちらとしてもありがたい
と思うべきなのかもしれない。

 弟夫婦と両親はこの地で歴史を刻んでいこうとしている。弟は結婚をし、子供を授かり、地元の両親との
同居生活に踏み切った。まさに3年で歴史を築いている一例だ。その姉は、一人東京で現状維持を続けている。
 赤飯が空しい味がしたのは、私だけではないはずだ。両親も行き遅れている娘がやっと相手を紹介する
ためにわざわざ帰ってくると思いこみ、私は自分の歴史に残る第一歩かもと思って意を決して来てみたら
カラ振りだったのだ。

 長野に着いた途端にここが私の居場所なんだ、と思ったのが遠い昔のようだ。もう気持ちは東京に向かって
いた。住み慣れた東京の模様替えも何年もしていないようなマンションで、毎日、毎日おなじことを繰り返し、
着古したスウェット着て、古ぼけたテーブルで雑誌の記事を読んで「そうなんだぁ」と思う。そんな日々も何年も
何年も実は続いているが、今しかできないことではないだろうか。

 私は翌日には東京行きの新幹線の中にいた。缶ビール片手に車窓眺めながら乙だね~、などと思う私はもう
若い女の子なんぞではない。そこに携帯のメール着信音が鳴った。美也子からだ。冷却期間から3週間目だ。

「このあいだごめんね。いいすぎた。実家から今帰ってきたとこなんだけど、やっぱり東京がいいね。
また木曜会しない?」

 実家にかえってきっと私と同じような週末を過ごし、自覚したのだろう。やっぱり帰る場所は歴史があろうと
なかろうと、ここだって。  同じことの繰り返しだろうと、変哲のない人生だろうと、ハイライトが3年間に何も
なくたって、今更焦ることなんてない。

「こっちも実家から東京に向かっているところ。東京はやっぱホッとするね。今度の木曜からまたやろう。
何年でもおばあちゃんになってもやろうね」

 美也子に返信すると、それに対しての返信がすぐに返ってきた。

「還暦過ぎても喜寿がすぎても米寿がすぎてもやろうね!!」

 そこまで歴史なしのままは避けたいが、いつか私と美也子にも人生のハイライトが訪れるだろう。
ほどなくして、新幹線は東京駅に着いた。人ごみをかきわけ私は家路につく。なぜか気持ちは晴れやか
だった。美也子と仲直りができていつもの木曜日が帰ってくるからかもしらない。初めてこの現状維持という
名の長い長い助走期間が続いていくことがそう悪くはないことに気づいたからなのかもしれない。





「助走期間」   真名耀子


Sakura






Tag:小説真名耀子Couple’sShortStory

Couple's Short Story 「可能性の隙間」

「離れ行く 誰を想いし 花木蓮」

ここ一年で、何人かの仲良しさんが引っ越されてお別れがありました。
近々またお引越しによるお別れがさらにいくつかあるわけなのですが、新しい生活のわくわく感も
覗かせてもらえるのも楽しみです。
置き土産で私の元に来た思い出の品々も居心地よく収まってくれているとちょっと嬉しい気分です。

古本にまつわるショートストーリーの最終章です。
了、と言っても登場人物の人生はどこかで続いている。春が廻ってくるように。

併せて読んでみてください。「お元気ですか」「ここで私は...」「変更線」「Let it go」

エブリスタという投稿サイトに連載という形で載せてみました。
使い方、試行錯誤 そこで、順番通りに読むこともできます。→こちら

************************



「可能性の隙間」



 通っているジムで顔見知りになった溝内さんに、スカッシュをした後でお茶でもしましょうと誘われた。

というのも、先々週ジムであったときに、最近村上春樹にはまっているものの『ノルウェイの森』をまだ

読んでいないと聞いて、持ってるから貸すということになっていたのだ。

 溝内さん、とさんづけで呼んでいるがはっきりした年齢は知らない。20代半ばかもしかして前半かも

しれない。軽く見積もっても一回り程下かな、というところ。私と歩いていても恋人と間違う人はいない

だろう。会社の後輩か、年の離れた弟か従弟にでも見られるのがいいところだ。

 私は、ロッカールームに戻ってシャワーを浴びた後、彼とジムの目の前にあるスターバックスに入った。

喫煙者の彼のために外の席に向き合って座り、バッグから『ノルウェイの森・上巻』を出し、差し出した。

 この本は普段小説などという類をほとんど読まない私が、夫の愛読書を読んでみようと買ったものだった。

愛読書というからには、夫は上・下巻で持っていたはずだが、彼の書棚には初版本下巻だけがあって、

私はその下巻とペアになるように、初版本にこだわって古本屋を探し回ったのだ。私が彼を理解しようと

勤めた努力の跡とも言えるものだった。苦労して捜し求めて買ったものの読まずじまいのうちに、

私たちは4ヶ月前に別居した。
 
 夫婦の関係は目立って大きな問題があったわけではないが、小さなほころびが目立ち始めて、

繕っても繕っても間に合わなくなってきた。別居するその日にはじめてページを捲った時に、前の持ち主

のものと思われる手紙が挟まっているのに気付き、表紙の裏に落書きがあるのを見つけた曰くつきの一冊だ。

 私は溝内さんにどうしてこの本を買ったのかを話す流れとして、夫との別居についても触れた。家族にも

職場にも別居のことについては話していない。なのに、なぜか溝内さんには絡んだ糸をするすると解かれる

ように話せた。

 暗黙の了解の恋愛対象外というのは楽だ。恋愛感情を抱き始めて、好奇心で一杯になった相手よりもずっと

素直に自分をさらけ出せるのは、見栄が消えている証拠だろう。 その本にまつわる話を少しずつ話し始めながら

ラテを啜ろうとしたが、猫舌の私にはまだ熱く、体を温めるためというより手を温めるためのカップになった。

「それでこれがその本なんですか」

「そういうこと」

 溝内さんが、興味深げに赤い表紙のカバーを捲って落書きを眺めていた。

表紙のカバーをとった裏側に、日本地図があり、真ん中のあたりに星印がついている。そして、背表紙側の

カバーをとった裏に、アメリカ地図の落書きがあってと矢印がひっぱってあり“Me”と書かれている。この落書きの

意味が分かる文通していたのだろう、日本にいる男の子がアメリカにいる女の子宛てに書いた20年前の夏の日付

のある手紙が挟まっていた。

 溝内さんは、薄い2枚の便箋に書かれた手紙を読んで、 「どうなっちゃんでしょうね、この二人・・・」 と、つぶやく

ように言った。 本に挟まっていた手紙の内容は別れ話などというものではなく、一時離れ離れになってしまった恋人

に男の子が近況を伝え、また手紙を書くという言葉で締めくくられている。  

 ただ、どうしてその手紙を挟んだままその本を持ち主が手離したのか分からない。文通が途切れたのか続いた

のか...見知らぬ二人の過去の話でこちらは知る由もない。 つぶやいた後、溝内さんは続けた。

「この本読んだのってつい最近なんですよね。なんで買ったときすぐ読まなかったんですか?」

「初版本にこだわって、古本屋を探したんだけど、手に入れたのは探し始めて随分経った時だったの。

読みたいというより、夫の持っている初版本の下巻の片割れ探しを一生懸命探してたという感じだったのかな・・・。

で、見つけたらそれで満足しちゃったのかも」

「下巻は、だんなさんが持っているんですよね。どうして下巻だけだったんだろう?」

「上巻を誰かに貸してそのままになっちゃった、っていうのが本人の言い分」

 溝内さんは、肩をすくめた。

「この本はあぶれちゃったわけですかね」

「そういうこと」

 私と溝内さんは、夫の持っている下巻とペアになれずにあぶれてしまった上巻を眺めた。
 
沈黙があって、手に包んでいたラテを啜る。熱かった時は舌をやけどしそうになり、温かかったうちに

一口も味わわなかったトールサイズのラテ。今はすっかり冷めてしまった。もっとおいしかったはずを想像

しながら、口に含む。

「どうして、と思うことがいっぱいあって、混乱しちゃうな。でもどうしてだかなんて、その時の当人だって分から

ないこともありますよね。僕も過去にありますよ。伝えそびれて、損しちゃったことって」

「損?」

 そこで溝内さんは頭を掻いて、 続けた。

「どうも適当な言葉が思い当たらないんですけど、自分にとって不利益なことというか・・・。あ、また不利益

なんていうといい例えじゃないのかな・・・。そんな硬いことじゃないんだけど、なんというか、そういう意味をなして

いないつもりなのに、自分で自分の望んでいない道を結果的に選んでしまうのがいわゆるすれ違いというか

ボタンの掛け違いとでもいうのかなぁ、なんて思って」

 彼が「僕も」と先に言ったのは、夫と別居することになった私に言ったのか、それとも、この古本に挟まった

手紙の男女のことを言ったのかははっきりしなかった。

「伝えそびれたことってどんなこと?」

 私はすかさず聞いた。

「なんだかおかしいんですけど、自分の恋愛史に残るような大きなことなのに、随分長いこと忘れていました。

この本に挟まっていた手紙を読んで、フラッシュバックしたみたいに思い出したんですよ。昔こんなことあったなって」

「話して」

「いいですか、つまらないですよ」

「OK。つまらない話ね。楽しみ」

 溝内さんは、プレッシャーだな、と頭を掻きながら始めた。

「初恋って覚えてます?」

 確かに恋愛の話を聞く準備は出来ていたが、その質問の唐突さに、驚いてうまく言葉が返せなかった。

「どうかな・・・」

「僕は初恋を2回しましたからよく覚えています」

「それって、初恋って言わないんじゃない?」

 笑いながら返したが、彼は至ってまじめに返した。

「2回という言い方が悪いかな。同時に二人にしたというのが正しいかな。変ですか?」

「そうねぇ。純粋なようでいて、不純も少し混じっていて、でも人間らしいというか、男の本能からなのか、

その先を聞くまでは変かどうかは言えないけど」

「ですよね。いや、実はこの一方の恋を僕は人に話すときの初恋と言っていて、もう一方の恋の話をするのは

初めてです。でも、なんでだか榎本さんには自然に話せるような気がして」

 それは、さっき私が彼にならするすると話せると感じたことと一緒だった。

「少なくとも、私がどう感じようと、溝内さんのこれからの生活には影響しないものね」

 厭味ではなく、これは素晴らしいことだ、という意味で言った。

上下関係があるわけでもない。横のつながりがあるわけでもない。赤の他人でもないが、これといった

固定概念や先入観も持たずに、接した部分だけの印象がそのままの目の前の存在になる。

「いや、これで変な人だと思われたら、もうジムで会ってもスカッシュはおろか、挨拶もしてくれないだろうな。

だとしたら、僕にとって大きなリスクですけど」

 溝内さんはそう言いつつも、目が笑っているところを見ると、私に同感しているのが見て取れた。

しゃべりながら煙草を1本取り出して、肩をすくめて火をつける。白い煙が風の向きで私のほうに流れたのを、

溝内さんは、手で遮って、「僕がそっちに座ります」立ち上がりかけながらそう言った。

「あ、いいの、いいの。私も1本もらっていい?」

 席を移ろうと腰を上げた彼のテーブルについた手に触れてそう言った。彼はさっと、手をどけて、代わりに

たばこがあと、数本残っているボックスを差し出した。1本取って、銜えたら火をつけてくれた。

 溝内さんと同じステージに立って話を聞いて見たくなって、吸わないたばこを指に挟んですこしふかしてみる。

「たばこ吸うんですか?」

「今だけね」

「似合わないなぁ。榎本さんは、オーガニックなイメージなんだけど、まあ、いいや。えっと、僕の初恋は2回だった

というところを話したんですよね」

「そうそう」

「中学から高校になるころだったかな。初体験はもうしたかって男子の間ではその話題ばかりでしたよ。

焦りも少しはあったかなぁ。好きだからエッチしたいのか、それとも性への興味に勝てないから対象となる

女の子を好きだと思い込んでいるのか分からない時期があって・・・。あ、大丈夫です? こんな話」

「これって、初恋の話だっけ、初体験の話しだっけ?」

 私たちは、笑った。同世代の女の子にこんな話はしないのだろうな、と思うと、こういう話が聞けるのは

役得なのだろうと思えた。

「ま、一緒だとしたら一番いいんでしょうね。初めて好きになった相手と、初めて経験する。実際僕は運よくそうなれた」

「初恋が実ったってわけね」

「でも、さっき言ったみたいに、好きだからしたいのか、それとも、経験したいから好きだと思い込んでいるのかは

確信なんてないんですよ」

「そうねぇ」

 そういえば、好きな人に裸を見られるなんて、死んだ方がましだ、と真剣に思っていた時期があった。

顔を見て、同じ空気を吸って、言葉を交わし、時々手が触れて、それだけで舞い上がってしまうほど好きな人に

裸を見られるなんて、恐ろしい行為だと思った。誰か別の人に見てもらって「悪くないよ、君の体」と言ってくれたら

好きな人に見せられると本気で考えたことがある。

 初めての相手になるはずだったボーイフレンドにOKを出さなかった理由は、ただ恥ずかしさが好きな気持ち

より勝っていたからで、他に理由なんてなかった。

溝内さんの話を聞く限り、その当時のボーイフレンドも、もしかすると好きだという気持ちよりも、セックスに対する

興味が勝っていたのかもしれないわけだ。

「でも、する前には確信がなかったけど、僕は彼女と経験することによって刻印を押し合ったような気持ちに

なったんです “僕は君の最初” “君は僕の最初” そうしたら、急に愛情が芽生えてきたんです。周りの

男友達は、いろんな女の子と関係を持つファンタジーを抱くけど、僕は違ったんです。彼女をずっと守りたい。

関係を持ってやっと本当の初恋の人になったような感じでした。それからは四六時中彼女のことを考えていましたね」

「同級生とかだったの? かわいかった?」

「中・高一貫教育だったんですけど、同じ学校の1つ先輩でした。きれいでしたよ」

「へぇ、ませているのね。男の子が先輩と付き合うなんて」

「初めてやるなら、年上がいいって、仲間にそそのかされたんです」

「あらまぁ」

「きっかけは、知っている先輩に彼女のメールアドレスを教えてもらって、さも用事があるかのようにラブレター

の5段階前くらのメールをしたんですけど、アドレスを打ち間違えて誤送信しちゃったんです。でも、別の誰かに

届いていて『人違いじゃないですか?』って返信してきてくれたんです」

「へぇ」

「僕は、間違ってますよ、って教えてきてくれたことに感動を覚えたんですよ。だって

当の彼女に無視されたんだって勘違いしたら、絶対に落ち込んでいたし・・・。それで、感謝の意味もあって、

自己紹介も含めてそのメールの主に返信したんですよ。誤送信したのは好きな人に宛てたメールだったとか、

そういうことには触れずにですけどね」

「で、その誤送信先の相手はどんな人だったの?」

「アメリカにいる日本人の高校生の女の子でした。すごい確立ですよね。間違って送ったメールが、海の向こうの

日本人で、それも同じ年頃の子のところに届くなんて」

「運命感じちゃうわね」

「そうなんですよ。まさにそうでした。でも複雑ですよ。学校に行けば、好きになった子がいて、もしかして告白すれば

うまくいくかもしれない。そして、家に帰ってメールをチェックするとアメリカに住む女の子からのメールが届いている。

アメリカに住んでいる女の子は、メグミといって、アメリカではMegと呼ばれていたそうです。僕はメグ・ライアン見る

度に彼女を思い出してましたよ」

 彼は、テーブルに指でMegと書いた。

「日本にいる彼女はなんて子だったの?」

「智子」

「メグちゃんに智子ちゃんのことは触れずじまい?」

「うーん・・。悩みましたね。メグとは、メールだけの付き合いで、リアルに会う機会なんてないんです。

バッタリ会う可能性もない。だからいくらでも演じようと思えば演じられる。でも彼女が、アメリカでの高校生活

がどんなものであるかとか、今日何があったとか、食べたものとか、見たものとか、何でも書いてきてくれる

ようになってきて、なんだか唐突にこっちが好きな人の話を書くのはおかしな気がして・・・。それに僕が特別に

思っている人が他にいることを書いたら、メグのメールが来なくなるんじゃないかと思った、というのもありますね。

ずっとメグとの可能性の隙間をキープしてました」

「メグちゃんとの恋がもう一つの初恋?」

「そういうことです。メグが詩を書いてくれたことがあって、内容は、日本にいるあなたと、アメリカにいる私の時間の

差は、永遠に縮まることはなく、アメリカにいる私があなたの半日後ろを、歩き続けるだけ・・・という感じだったかな。

そんな切ない内容のメールがメグから来たのは初めてで、メグからの告白のようにも感じました。メグが日本に

来ることもない、僕がアメリカに行くこともない。二人が近づくことはない。だけど、僕は二人の間の時間が永遠に

縮まらないなんてことはないよ、と伝えてあげたかった。飛行機に乗ってどっちかが、会いにいけばいい。

二人の中間点で落ち合ったっていい。でも高校生の僕には、そんなことムリな話で、出来たとしても数年後の

話でした。本当のこと言うと、メグと僕の間には、時間の隔たりはなく、いつも一緒の時を過ごしている錯覚も

あったんですよ。お互いに、見たことのないものや知らないものを見せてあげたい、という気持ちでメールを通して

伝え合ってました。会ったことはないけど、一番近い存在になってましたね」

「そのメグちゃんとはどうなったの?」

「詩をもらったあとに、いつもどおりのメールの中にまたメールするって書いたんだけど、それっきり。

いくらなんでもおかしいと思って、こっちからメールを送ったんですけど、僕が今まで送っていたメールアドレスは

もう使われていないようでした。あちらからのメールを待ち続けるしかなくなってから半年経って、やっと忘れられ

ました。そして彼女からもらったメールも、僕が送ったメールも、全部消去したんです」

「なんで? 半年経って何かあったの?」

「メグとメールが途切れてから半年後が僕の誕生日だったんですけど、僕の誕生日になったらメールじゃなくって

電話するっていうのが、まだメールを出し合っている時の約束でした。電話はとうとうなかったんです。

智子に『付き合いたいならはっきり言って』なんて言われたっけな」

「でもメグちゃんの電話を待ってたんだ」

「ということなのかな。その日智子といても、携帯の電源は切りませんでした。僕は可能性の隙間をキープ

したままでした。でも掛かってきてたら、智子との先はなかった。まあ、智子とも彼女が高校卒業するときに

別れちゃったんですけどね」

 彼は苦笑した。

「初恋の話をする前に、伝えそびれて損したことがあるって言ってたわよね。それは、メグちゃんとのこと?」

 彼は、冷え切ったはずの、コーヒーを啜って、たばこの火を消した。

「僕はメグが書いてくれた詩について、詩なんて書くなんてロマンチストだね、とか茶化したようなことを書いて、

その詩を読んで本当に感じたことを何も伝えなかったんです。告白を無視されたように感じたのかもしれない。

だから、僕がなんてことない内容のメールだけ送ったことに、彼女は踏ん切りをつけたのかなっていうのが、

今の僕の解釈。素直にその詩に対して僕が思ったことを書いていたら、今頃メグとどこかで一緒にいたかも

しれないと思うこともあります。知らないうちに、別れ道の選択を僕はしてたのかな。真相は知りませんけどね」

「写真とかはないの?」

「文字の羅列の交換だけです。でも、彼女とは顔も見たことがない、声も聞いたことがないのにメールだけの

付き合いだったとは感じないんですよ。僕の中では秘密の大切な大切なソウルメイトでした。

手離しちゃいましたけどね」

 どうしてだかなんて、その時の当人だって分からないことがある、と彼が言っていたのを思い出した。

「今、メグちゃん何してるかしら」

「実は彼女の苗字も知らなかったし、アメリカの細かい住所も知らなかったし、なんだか今となっては、

彼女は本当に存在していたのかなぁ、なんて思うこともあるんです。本当は高校生なんかじゃなくって

すごいおばさんだったりして。あ、すいません」

「ちょっと、失礼ね~。私への当てつけのつもり?」

「いえいえ。そんなんじゃ。あはは」

 彼は、20年前の男の子が書いた手紙を折りたたんで、もう一度本に挟んだ。

「初恋の話をありがとう。ねぇ、良かったらこの本もらってくれない?」

「苦労して探した本じゃないですか」

彼は少し驚いたように言った。

「うん。でも夫の下巻には別のペアがあるみたいなの。だから、この本はもうちょっと旅をしないとね。

この本にとって溝内さんは、旅先としてはぴったりのようなの」

 彼は納得するように、何度か小さく頷いた。

 赤い表紙のノルウェイの森を両手に持った溝内さんを見て、私はやっと歩きだせる気がした。

「あ、そうだ。私たち、苗字だけしかお互いのこと知らないわよね。私、美和っていうの。美和さんってこれからは呼んで」

夫の苗字の下に隠れた本当の自分を声に出して言えた気がした。

「みわさん・・ですか。始めは慣れないかもしれないけど、頑張ります。僕は、溝内要です・・・って、

改めてだとなんだか照れますね。あ、すっかり遅くなっちゃいましたね。送りましょうか? 車をジムの駐車場に

止めてますからちょっと待っててもらえれば・・・」

「ううん。歩いて帰れるわ。またね、要くん」

 あの本が旅をしていつかペアを見つけてくれればいいな、と要くんの背中を見て思った。

 そして、あの本と同様に私も旅をする。私は、真冬の空気の中を颯爽と胸を張って歩いた。私はその空気を

切って歩く自分が好きだな、と思えたことが嬉しかった。  






「可能性の隙間」    真名耀子


ノルウェイの森

Tag:小説真名耀子Couple’sShortStory