「古本の 傷みいとおし 夜長かな」
最近、朝に20分くらい自分の時間を持つようにしています。
それは、ヨガの時間だったり、中国茶を淹れる時間だったり、読書をしたり。
この一呼吸で頭がすっきりして、一日の集中力がアップするんですよね~。
今、カリフォルニアは日中はまだ夏の気候。朝晩は、秋の涼しさ。
惜しむ夏をあじわいつつ、来る秋の過ごしやすさに体もほっとしてます。
今回のカップルは、おじさんとおばさん(笑) ほっこりしていただけると嬉しいです。
読んでみてください。
*********************************
「名もない小さな古本屋」
駅の近くに小さな、だけど品揃えが豊富で、質のいいものがたくさん置いてある古本屋
がありました。置いてある商品も古本だからもちろん古いのですが、お店もとっても古く
看板は色あせて、もうお店の名前も見えないほどです。
店主は白髪が目立ち始めた地味だけど、愛嬌のあるやさしいおじさんです。おじさんは
まだおじさんじゃないときからこの古本屋を営んでいました。
おじさんはいつも店の一番奥にあるレジに腰掛けて、古本をうずだかく積み上げて
大好きな読書をしているのです。売り物を私物化している? いいえ、ここに売っている
のは全部古本ですから、そんなことはお構いなしです。もちろん、おじさんだって、お店
にやってくるお客さんが立ち読みをしたってお構いなしです。なんせ全部古本なのです
から。
だけど、おじさんが本当に望んでいることは、ここにある古本たち一冊、一冊がしか
るべき場所にもらわれて行くことなのです。おじさんの古本屋にはひっきりなしにお客
さんがいるのに、売り上げはさっぱりなのです。おじさんはどうしてだろう・・、
と考えます。しばらく立ち読みしていたお客さんの携帯が鳴った途端に、本をもとあっ
た場所に戻して、店を出て行ってしまうのです。
お客さんたちは、どうやらこれから一緒に出かける相手が駅につくまでの時間をおじさ
んの古本屋でつぶしているようなのです。さっきまでそこで童話を読んでいた女の子が、
店の前を男の子と手を組んで通り過ぎて行きました。お店をいったん出て行ってしまった
お客さんが、さっき読んでいた本を買いに戻ってきてくれることなど絶対にないのです。
おじさんのお店にある本は、待ち合わせまでの時間のお相手だけすれば、もう用が済んで
しまうのです。おじさんは少し寂しい気がします。
「どうしたら、ここにある本たちは誰かのものになることができるんだろう。わたしがい
けないのかしら」
おじさんは、しまいには、自分を責めるのです。
おじさんは、古本たちに愛情を持っています。古本たちもおじさんのことが好きだろう
けど、おじさんの元を離れないのは困ってしまいます。おじさんは古本たちにしてやれる
ことを一生懸命考えました。
その日の晩、おじさんはおばさんが待つ小さな家に帰り、おばさんに相談しました。お
ばさんは、大きな街の大きな書店に勤めています。そこにはたくさんのお客さんがやって
きて、レジで並ぶ人を整理するために、ロープが張られているそうです。おじさんの小さ
な古本屋では考えられないことです。
「いったい何が違うんだい? わたしの店で売っている古本はお前のいる本屋の半分かそ
れ以下の値段をつけているのだよ」
「さあ、なんででしょうね。でも挙げられるとすれば、あなたの売っているものは古本で
、私の働いている店で売っているのは新しい本、ということかしら」
「そりゃそうさ。そこで、古本を売られたら困るよ。わたしの仕事がなくなってしまう」
「だから古い本は古本屋にまかせているわ」
「そりゃ良かった。でもわたしの店にだってお客さんはいっぱい来るんだよ。なのに、買
っていってくれないんだ。楽しそうに立ち読みしているのにだよ。それはどうしてなんだ
い?」
「さあ、なんででしょうね。私の勤めているお店に視察に来たらどうかしら。違いが分か
るかもしれないわよ」
「スパイだとばれたらどうしたらいいんだい。わたしは捕まりたくないよ」
「ほほほ。スパイだなんて大げさよ。お客さんになって、来て見たら? という意味よ」
「ああ、そうかい。安心したよ。では明日は古本屋は休みにすることにしよう」
「そんなことしていいのかしら?」
「なぜだい?」
「あなたのお店にはたくさんのお客さんが来るんでしょ? そのひとたちが困らないかし
ら」
「お客さんといっても、買っていってくれないお客さんだよ。かまやしないさ」
おじさんは、おばさんに相談した結果、おばさんの勤めている大きな街の大きな書店に
行くことにしました。
書店はデパートのように大きくて、いろいろな分野の本がフロアごとに分かれて並んで
います。大きなポスターや、売り文句があちこちに貼られていて、同じ本がたくさん、た
くさん積み上げられています。
おじさんはその本を一冊手に取ってみました。印刷し終わったばかりのインクの匂いが
する、きっちりかっちりした本です。
「まだ個性がないね」
おじさんは本に言いました。
本は「ふん!」とおじさんに返しました。
「そうか、これから誰かにもらわれていって、そこからなんだもんね、君は」
本は「大きなおせわ!」とおじさんに返しました。
「おやおやそうかい。誰にも読まれなかったらでも、君寂しいだろ?」
「売れているんだもの! そんなことあるわけないじゃないの!」
本はそう言ったきり、おじさんのことを無視してしまいました。
「いい人が買っていってくれるといいね」
おじさんはその本をそっとおいて、別のフロアに行きました。
絵本が置いてあるフロアにおばさんがいました。せっせ、せっせと次から次へと新しい
絵本を並べているところでした。
「精が出るじゃないか」
おじさんは、おばさんに話しかけました。
「あら? 来ていたのね」
おじさんが口を開きかけたところに、子供の手を引いたお母さんが、おばさんに「すい
ません」と話しかけました。お客さんです。
おじさんは、そっとそこを離れました。レジを見ると、たくさんの人が並んでいます。
エスカレーターで下に下りると、そこでもレジにはたくさんの人が並んでいます。またエ
スカレーターで下りていくと、そこにもたくさんの人が並んでいました。
おじさんは、外に出て、そのデパートのような書店を見上げました。
「いったい何冊おいているんだろう。はかりきれやしない」
おじさんはしばらく書店を見上げていました。自動ドアからおじさんの横をその書店の
紙袋を持った人たちがたくさん出て行きます。その書店の紙袋を持っていない人がどんど
ん入っていきます。きっとその人たちは、その書店の紙袋を持って出てくることになるの
でしょう。
おじさんは、その書店にあって自分の店にないものについていろいろとリストに上げて
みました。それは3日も4日もかかる作業でした。その間、おじさんは古本屋を予告なし
に閉めたままにしてしまいました。それもこれも古本屋のためです。おばさんは、そんな
おじさんの行動に何か言いたそうでした。だけど、おじさんはこれでもがんこなところが
あるのです。良くなるように何かしたいと思ったら、やらずにはいられないのです。
おじさんのリストはこうでした。
・ どの本も紙がピンとしている
・ 本があいうえお順に置いてある
・ 同じ本をたくさん置いてある
・ レジにロープが張ってある
・ なんでおもしろいかを示したカードをあちこちに張ってある
「できる」
おじさんは確信しました。どれもできることばかりです。
おじさんは、まずアイロンを店に持ち込むために古本屋に行くときのかばんに入れまし
た。おあつらえ向きのロープも一緒に入れました。それからカードをいっぱいとカラフル
なペンを買ってきました。シールもいっぱい買ってきて、そこに「あ」「い」「う」「え
」「お」と書きました。でもおじさんは、そこで眠りに落ちてしまいました。
おばさんは机の上で眠りに落ちてしまったおじさんにブランケットを掛けてあげました
。
おじさんは起きると、「しまった、しまった、遅刻だ!」と言うと、朝ごはんも食べず
に重いかばんを持って出かけてしまいました。
おじさんは、古本屋に着くと、シャッターを自分が入る分だけ開け、おじさんが入ると
また閉めてしまいました。そして、古本屋の中でせっせ、せっせと働き始めたのです。
それは一人でやるには大変な作業でした。今まで何年も、何年も、整理整頓などしてこ
なかった古本屋です。おじさんはかばんの中に入れたシールがまだ途中までしか済んで
いないことに気が付きました。
「まいった、まいった。そこからか・・・」
シールを出してみると、あの行までしか終わってなかったのが、「わ」まで書かれてあ
り、さらには「A」から「Z」のアルファベットのものまであったのです。それはおばさん
の字でした。
おばさんの書いてくれたシールを本棚に貼って、ハリのない本たちにアイロンを掛けま
した。おじさんは何度も繰り返しているうちにうとうとしてきてしまい。こげくさい匂い
でハっとしました。「あ!」と気が付くと、カバーがこげていました。
「いけない、いけない」
おじさんは、本を焦がしたことを大変に後悔しました。なんせ、その本は一冊しかない
のです。
「ごめんよ」
焦げてしまった赤いカバーをはずしました。カバーのない表紙を開けると、落書きが書
かれていました。それはまるで、好きな人と離れ離れになってしまった人が書いたような
ものでした。なぜなら表表紙の方には見慣れた日本の地図が。そして、裏表紙には、世界
地図で見たことのある外国の地図が書いてあり、その外国の地図の方に線が引っ張ってあ
り「ME」という文字があったのです。
おじさんも何度も何度も読んだことのある本で、その本は上・下に別れている方の上の
方で「ノルウェイの森」という本です。
おじさんは、自分の古本屋に「ノルウェイの森・下」がないか、探し始めました。おじ
さんがいつも座っているレジに積み上げられたところも、本棚の上から下まで、右から左
まで全部です。でもいくら探しても「下」はありませんでした。
「はぐれちゃったんだね」
カバーをはずされたその本に向かって言っても、その本は平気なフリをします。
「いつかみつけてあげるよ。そして、君の横に置いてあげようね」
そう言うと、やはりそれが良いのか、本はコクリとうなずきました。
おじさんは、床に座り込み、その本をじっくり読みました。じっくり読んでいるうちに
薄い紙が挟まっているのを見つけました。
「しおりかしら?」
開いてみると、それは男の子から女の子に宛てた手紙でした。おじさんはびっくりしま
した。表紙にあった落書きといい、本に挟まった手紙といい、この本は思い出をいっぱい
抱えているようなのです。
おじさんは、本に挟まった手紙を幾度も読み、そしてちょっぴり切なくなりました。こ
の本を売りに来た人がどんな人だかはもうとても思い出せません。その人が女の人だった
か、男の人だったかもです。
その時、お店のシャッターが開いて、おばさんが入ってきました。
「帰ってこないから心配したのよ」
「ああ、おまえか。ついついいつもの癖で本を読み始めてしまったら止まらなくてね。こ
れ見てごらん」
おじさんは、本と手紙をおばさんに見せました。
おばさんはしばらくじっと、手紙を読むと、目を上げておじさんに言いました。
「また誰かの手に渡って行くのかしらね」
「そうだよ。時間がかかるだろうけどね。なんせ、お客さんはなかなか買ってってくれな
い」
おじさんは、苦笑いしながら言いました。
「そうかしら? お店の外を見てみて。待ち合わせまでの時間がつぶせなくて困っている
お客さんがいっぱいいるわ」
「それは、わたしのお店のお客さんかい?」
「そうよ。今日で5日も閉めているから、心配しているわ」
「役に立っているのかね、この店も」
「間違いないわ。古本たちは、ゆっくりと旅立っていくものよ。さ、明日お店を開けられ
るように準備しましょう」
おじさんは、おばさんと一緒に古本たちを本棚に並べていきました。さっきの「ノルウ
ェイの森・上」も他の古本と紛れて棚に収まっていきます。ちょっとすっきりしました。
「これどうする?」
おじさんは、売り文句を書くためのカードをおばさんに見せます。
おばさんは、一枚取ると、青いペンでさらっと書いておじさんに見せました。
“ごふめいな点は店主までお気軽に。ごゆっくりどうぞ”
二人はニッコリ笑いあって、そのカードを何枚か書いて、お店のあちこちに貼りました。
「これどうする?」
おじさんは、レジの前に張るはずのロープを出しました。
「いらないわね」
おじさんは「そうだね」と笑って言って、アイロンと一緒にかばんにしまいました。
整理整頓をし終わったおじさんの愛する古本屋を後にして、おじさんはおばさんと肩を
並べて小さな家に帰りました。
「わたしは古本が好きだよ」
おじさんがおばさんに言うと、おばさんはニッコリと頷きました。
「名もない小さな古本屋」 真名耀子
![グラタン](https://blog-imgs-24.fc2.com/y/o/k/yokojewelry/IMGP3502.jpg)
最近、朝に20分くらい自分の時間を持つようにしています。
それは、ヨガの時間だったり、中国茶を淹れる時間だったり、読書をしたり。
この一呼吸で頭がすっきりして、一日の集中力がアップするんですよね~。
今、カリフォルニアは日中はまだ夏の気候。朝晩は、秋の涼しさ。
惜しむ夏をあじわいつつ、来る秋の過ごしやすさに体もほっとしてます。
今回のカップルは、おじさんとおばさん(笑) ほっこりしていただけると嬉しいです。
読んでみてください。
*********************************
「名もない小さな古本屋」
駅の近くに小さな、だけど品揃えが豊富で、質のいいものがたくさん置いてある古本屋
がありました。置いてある商品も古本だからもちろん古いのですが、お店もとっても古く
看板は色あせて、もうお店の名前も見えないほどです。
店主は白髪が目立ち始めた地味だけど、愛嬌のあるやさしいおじさんです。おじさんは
まだおじさんじゃないときからこの古本屋を営んでいました。
おじさんはいつも店の一番奥にあるレジに腰掛けて、古本をうずだかく積み上げて
大好きな読書をしているのです。売り物を私物化している? いいえ、ここに売っている
のは全部古本ですから、そんなことはお構いなしです。もちろん、おじさんだって、お店
にやってくるお客さんが立ち読みをしたってお構いなしです。なんせ全部古本なのです
から。
だけど、おじさんが本当に望んでいることは、ここにある古本たち一冊、一冊がしか
るべき場所にもらわれて行くことなのです。おじさんの古本屋にはひっきりなしにお客
さんがいるのに、売り上げはさっぱりなのです。おじさんはどうしてだろう・・、
と考えます。しばらく立ち読みしていたお客さんの携帯が鳴った途端に、本をもとあっ
た場所に戻して、店を出て行ってしまうのです。
お客さんたちは、どうやらこれから一緒に出かける相手が駅につくまでの時間をおじさ
んの古本屋でつぶしているようなのです。さっきまでそこで童話を読んでいた女の子が、
店の前を男の子と手を組んで通り過ぎて行きました。お店をいったん出て行ってしまった
お客さんが、さっき読んでいた本を買いに戻ってきてくれることなど絶対にないのです。
おじさんのお店にある本は、待ち合わせまでの時間のお相手だけすれば、もう用が済んで
しまうのです。おじさんは少し寂しい気がします。
「どうしたら、ここにある本たちは誰かのものになることができるんだろう。わたしがい
けないのかしら」
おじさんは、しまいには、自分を責めるのです。
おじさんは、古本たちに愛情を持っています。古本たちもおじさんのことが好きだろう
けど、おじさんの元を離れないのは困ってしまいます。おじさんは古本たちにしてやれる
ことを一生懸命考えました。
その日の晩、おじさんはおばさんが待つ小さな家に帰り、おばさんに相談しました。お
ばさんは、大きな街の大きな書店に勤めています。そこにはたくさんのお客さんがやって
きて、レジで並ぶ人を整理するために、ロープが張られているそうです。おじさんの小さ
な古本屋では考えられないことです。
「いったい何が違うんだい? わたしの店で売っている古本はお前のいる本屋の半分かそ
れ以下の値段をつけているのだよ」
「さあ、なんででしょうね。でも挙げられるとすれば、あなたの売っているものは古本で
、私の働いている店で売っているのは新しい本、ということかしら」
「そりゃそうさ。そこで、古本を売られたら困るよ。わたしの仕事がなくなってしまう」
「だから古い本は古本屋にまかせているわ」
「そりゃ良かった。でもわたしの店にだってお客さんはいっぱい来るんだよ。なのに、買
っていってくれないんだ。楽しそうに立ち読みしているのにだよ。それはどうしてなんだ
い?」
「さあ、なんででしょうね。私の勤めているお店に視察に来たらどうかしら。違いが分か
るかもしれないわよ」
「スパイだとばれたらどうしたらいいんだい。わたしは捕まりたくないよ」
「ほほほ。スパイだなんて大げさよ。お客さんになって、来て見たら? という意味よ」
「ああ、そうかい。安心したよ。では明日は古本屋は休みにすることにしよう」
「そんなことしていいのかしら?」
「なぜだい?」
「あなたのお店にはたくさんのお客さんが来るんでしょ? そのひとたちが困らないかし
ら」
「お客さんといっても、買っていってくれないお客さんだよ。かまやしないさ」
おじさんは、おばさんに相談した結果、おばさんの勤めている大きな街の大きな書店に
行くことにしました。
書店はデパートのように大きくて、いろいろな分野の本がフロアごとに分かれて並んで
います。大きなポスターや、売り文句があちこちに貼られていて、同じ本がたくさん、た
くさん積み上げられています。
おじさんはその本を一冊手に取ってみました。印刷し終わったばかりのインクの匂いが
する、きっちりかっちりした本です。
「まだ個性がないね」
おじさんは本に言いました。
本は「ふん!」とおじさんに返しました。
「そうか、これから誰かにもらわれていって、そこからなんだもんね、君は」
本は「大きなおせわ!」とおじさんに返しました。
「おやおやそうかい。誰にも読まれなかったらでも、君寂しいだろ?」
「売れているんだもの! そんなことあるわけないじゃないの!」
本はそう言ったきり、おじさんのことを無視してしまいました。
「いい人が買っていってくれるといいね」
おじさんはその本をそっとおいて、別のフロアに行きました。
絵本が置いてあるフロアにおばさんがいました。せっせ、せっせと次から次へと新しい
絵本を並べているところでした。
「精が出るじゃないか」
おじさんは、おばさんに話しかけました。
「あら? 来ていたのね」
おじさんが口を開きかけたところに、子供の手を引いたお母さんが、おばさんに「すい
ません」と話しかけました。お客さんです。
おじさんは、そっとそこを離れました。レジを見ると、たくさんの人が並んでいます。
エスカレーターで下に下りると、そこでもレジにはたくさんの人が並んでいます。またエ
スカレーターで下りていくと、そこにもたくさんの人が並んでいました。
おじさんは、外に出て、そのデパートのような書店を見上げました。
「いったい何冊おいているんだろう。はかりきれやしない」
おじさんはしばらく書店を見上げていました。自動ドアからおじさんの横をその書店の
紙袋を持った人たちがたくさん出て行きます。その書店の紙袋を持っていない人がどんど
ん入っていきます。きっとその人たちは、その書店の紙袋を持って出てくることになるの
でしょう。
おじさんは、その書店にあって自分の店にないものについていろいろとリストに上げて
みました。それは3日も4日もかかる作業でした。その間、おじさんは古本屋を予告なし
に閉めたままにしてしまいました。それもこれも古本屋のためです。おばさんは、そんな
おじさんの行動に何か言いたそうでした。だけど、おじさんはこれでもがんこなところが
あるのです。良くなるように何かしたいと思ったら、やらずにはいられないのです。
おじさんのリストはこうでした。
・ どの本も紙がピンとしている
・ 本があいうえお順に置いてある
・ 同じ本をたくさん置いてある
・ レジにロープが張ってある
・ なんでおもしろいかを示したカードをあちこちに張ってある
「できる」
おじさんは確信しました。どれもできることばかりです。
おじさんは、まずアイロンを店に持ち込むために古本屋に行くときのかばんに入れまし
た。おあつらえ向きのロープも一緒に入れました。それからカードをいっぱいとカラフル
なペンを買ってきました。シールもいっぱい買ってきて、そこに「あ」「い」「う」「え
」「お」と書きました。でもおじさんは、そこで眠りに落ちてしまいました。
おばさんは机の上で眠りに落ちてしまったおじさんにブランケットを掛けてあげました
。
おじさんは起きると、「しまった、しまった、遅刻だ!」と言うと、朝ごはんも食べず
に重いかばんを持って出かけてしまいました。
おじさんは、古本屋に着くと、シャッターを自分が入る分だけ開け、おじさんが入ると
また閉めてしまいました。そして、古本屋の中でせっせ、せっせと働き始めたのです。
それは一人でやるには大変な作業でした。今まで何年も、何年も、整理整頓などしてこ
なかった古本屋です。おじさんはかばんの中に入れたシールがまだ途中までしか済んで
いないことに気が付きました。
「まいった、まいった。そこからか・・・」
シールを出してみると、あの行までしか終わってなかったのが、「わ」まで書かれてあ
り、さらには「A」から「Z」のアルファベットのものまであったのです。それはおばさん
の字でした。
おばさんの書いてくれたシールを本棚に貼って、ハリのない本たちにアイロンを掛けま
した。おじさんは何度も繰り返しているうちにうとうとしてきてしまい。こげくさい匂い
でハっとしました。「あ!」と気が付くと、カバーがこげていました。
「いけない、いけない」
おじさんは、本を焦がしたことを大変に後悔しました。なんせ、その本は一冊しかない
のです。
「ごめんよ」
焦げてしまった赤いカバーをはずしました。カバーのない表紙を開けると、落書きが書
かれていました。それはまるで、好きな人と離れ離れになってしまった人が書いたような
ものでした。なぜなら表表紙の方には見慣れた日本の地図が。そして、裏表紙には、世界
地図で見たことのある外国の地図が書いてあり、その外国の地図の方に線が引っ張ってあ
り「ME」という文字があったのです。
おじさんも何度も何度も読んだことのある本で、その本は上・下に別れている方の上の
方で「ノルウェイの森」という本です。
おじさんは、自分の古本屋に「ノルウェイの森・下」がないか、探し始めました。おじ
さんがいつも座っているレジに積み上げられたところも、本棚の上から下まで、右から左
まで全部です。でもいくら探しても「下」はありませんでした。
「はぐれちゃったんだね」
カバーをはずされたその本に向かって言っても、その本は平気なフリをします。
「いつかみつけてあげるよ。そして、君の横に置いてあげようね」
そう言うと、やはりそれが良いのか、本はコクリとうなずきました。
おじさんは、床に座り込み、その本をじっくり読みました。じっくり読んでいるうちに
薄い紙が挟まっているのを見つけました。
「しおりかしら?」
開いてみると、それは男の子から女の子に宛てた手紙でした。おじさんはびっくりしま
した。表紙にあった落書きといい、本に挟まった手紙といい、この本は思い出をいっぱい
抱えているようなのです。
おじさんは、本に挟まった手紙を幾度も読み、そしてちょっぴり切なくなりました。こ
の本を売りに来た人がどんな人だかはもうとても思い出せません。その人が女の人だった
か、男の人だったかもです。
その時、お店のシャッターが開いて、おばさんが入ってきました。
「帰ってこないから心配したのよ」
「ああ、おまえか。ついついいつもの癖で本を読み始めてしまったら止まらなくてね。こ
れ見てごらん」
おじさんは、本と手紙をおばさんに見せました。
おばさんはしばらくじっと、手紙を読むと、目を上げておじさんに言いました。
「また誰かの手に渡って行くのかしらね」
「そうだよ。時間がかかるだろうけどね。なんせ、お客さんはなかなか買ってってくれな
い」
おじさんは、苦笑いしながら言いました。
「そうかしら? お店の外を見てみて。待ち合わせまでの時間がつぶせなくて困っている
お客さんがいっぱいいるわ」
「それは、わたしのお店のお客さんかい?」
「そうよ。今日で5日も閉めているから、心配しているわ」
「役に立っているのかね、この店も」
「間違いないわ。古本たちは、ゆっくりと旅立っていくものよ。さ、明日お店を開けられ
るように準備しましょう」
おじさんは、おばさんと一緒に古本たちを本棚に並べていきました。さっきの「ノルウ
ェイの森・上」も他の古本と紛れて棚に収まっていきます。ちょっとすっきりしました。
「これどうする?」
おじさんは、売り文句を書くためのカードをおばさんに見せます。
おばさんは、一枚取ると、青いペンでさらっと書いておじさんに見せました。
“ごふめいな点は店主までお気軽に。ごゆっくりどうぞ”
二人はニッコリ笑いあって、そのカードを何枚か書いて、お店のあちこちに貼りました。
「これどうする?」
おじさんは、レジの前に張るはずのロープを出しました。
「いらないわね」
おじさんは「そうだね」と笑って言って、アイロンと一緒にかばんにしまいました。
整理整頓をし終わったおじさんの愛する古本屋を後にして、おじさんはおばさんと肩を
並べて小さな家に帰りました。
「わたしは古本が好きだよ」
おじさんがおばさんに言うと、おばさんはニッコリと頷きました。
「名もない小さな古本屋」 真名耀子
![グラタン](https://blog-imgs-24.fc2.com/y/o/k/yokojewelry/IMGP3502.jpg)