研究者が企画した講座を通して、リアルな研究を体験
2024年7月から8月にかけて、環境創造センターに所在する福島県、日本原子力研究開発機構(以下、JAEA)、国立環境研究所福島地域協働研究拠点(以下、福島拠点)の三機関連携による、研究体験講座(コミュタンサイエンスアカデミア ネクスト)(以下、研究体験講座)が開催されました。
福島県では、近隣他県に比べて理系の大学や研究施設が少なく、研究に関心のある高校生が実際の研究に触れる機会が限られています。
この講座は、高校生たちに科学への興味を喚起し、研究への意識を高めることで、福島県の未来の環境回復と創造を担う人材を育成することを目的としています。
対象は、福島県内のSSH(スーパーサイエンスハイスクール※)指定校である、安積高校(郡山市)、会津学鳳高校(会津若松市)、福島高校(福島市)の生徒たちで、各校が7月6日、7月26日、8月1日・2日にそれぞれ参加しました。
※SSH(スーパーサイエンスハイスクール)は、理科や数学に重点を置いた特別な教育プログラムで、未来の科学技術人材を育成するために文部科学省から指定された学校が対象となっています。
各日程では共通して、福島県やJAEAと協力し、7つの異なるコースが提供され、各コースで5時間にわたる研究体験が行われました。
生徒たちは自身の興味に基づいてテーマを選び、研究者が企画した講座を通じて、実際の研究を体験しました。
国立環境研究所福島拠点が担当したコースでは、「環境に関するデータサイエンス」をテーマに、R言語を用いて福島県の市町村統計をデータ解析する演習が行われました。
生徒たちは、自ら仮説を立て、散布図を描き、相関係数を計算し、データに基づいて考察しました。
講座を担当したのは、五味 馨室長(福島拠点 地域環境創生研究室)です。
シミュレーションを活⽤した持続可能な将来社会ビジョンづくりを専門としています。
この記事では、各高校を対象とした講座の様子をお伝えします。
7月6日 安積高校
7月6日(土)、安積高校SSHクラスの2年生38名を対象に、初回の研究体験講座が開催され、福島拠点のコースには7名が参加しました。
講座は五味室長を中心に、中村 省吾主任研究員がサポートしました。
まず、生徒たちはデータサイエンスの基礎を学びました。データサイエンスは、統計解析を用いて、異なる事象間の関係をデータから調べるものです。
五味室長は「環境や社会を分析する上で統計解析を使う目的は、現状を正しく把握し、適切な改善策を選ぶこと」と述べ、所得と寿命の関係やCO2排出量とGDPの関係を例に挙げて説明しました。
続いて、統計解析用プログラミング言語「R言語」の使い方を学びました。
R言語は統計解析やデータ処理に特化しており、生徒たちは基本的なコードを書いて実行し、初等的なデータ解析に必要なプログラミングのスキルを練習しました。
午後からは、実際の福島県の市町村データを使って、解析の演習を行いました。
生徒たちは2人1組になり、福島県の人口やエネルギー、ごみ排出量などのデータを使って仮説を立て、相関係数を計算し、散布図を描いて結果を考察しました。
相関係数は、二つの事象がどの程度関係しているかを数値化した指標です。
最後に、各グループが結果を発表しました。
あるチームは、家庭のエネルギー消費量と電気・ガス・水道・廃棄物処理業の総生産額に注目し、仮説を検証しました。
相関係数は0.61と弱い相関でしたが、主要な発電所がある南相馬市、いわき市、広野町を除いた場合、相関係数は0.94と高くなりました。
この結果から、エネルギー消費量と総生産には強い相関があると結論づけました。
参加者のなかにはR言語を理解できたという生徒もいましたが、一部は難しさを感じたという声もありました。
それでも、多くの生徒がプログラミングを楽しみ、講座へ関心を示してくれたと感じています。
また、今回の学びを「高校の探究活動に活かしたい」という意見もあり、講座が役立ったことを実感しました。
最後に、五味室長は「生徒たちはオリジナルの仮説を立て、結果を考察する姿勢を見せてくれた。データ分析の入り口として、良い経験になったと思う」と振り返っていました。(日下部直美)
7月26日 会津学鳳高校
7月26日(金)、2回目の研究体験講座は、会津学鳳高校SSコースの1年生33名から、5名が福島拠点が担当するコースに参加しました。
この日も五味室長を中心に、戸川 卓哉主任研究員がサポートに入りました。
初回同様、午前中は基礎学習として、統計解析の考え方やR言語の基本的な使い方を学習します。
R言語は統計解析に特化した言語であるため、習得するためには統計解析の知識も必要です。
五味室長のお手本を見ながら、統計の基礎知識とR言語によるプログラミングを学びました。
午後は実際の統計データを使用し、仮説を立てて検証しました。
今回も、福島県内のいろいろなデータから、グループごとに統計解析を行った結果を発表しました。
あるグループが観光客とごみ排出量の関係を調べたところ、観光客数が多い地域はごみの排出量が多い傾向にあることに気づきました。
ところが、時間の経過という視点を取り入れてグラフを描いたところ、2018年と比べコロナ禍の2021年は観光客数が少ないにもかかわらずごみの量はあまり変化がないことがわかりました。
これに対し、五味室長は「2018年と2021年の大きな違いは、コロナ禍で移動の制限があり旅行者の数に変化があったこと。最初は高い相関がみられた観光客数とごみの量の関係でしたが、時系列の分析を追加したことで考察が広がりました。とてもいい視点を取り入れたと思います。」とコメントしました。
プログラミング未経験の参加者が多かったようで、難しかったという感想もありましたが、自分が入力したコードの通りにグラフが描かれたことでプログラミングの楽しさを感じてくれた参加者の声もありました。
中には今回の経験が「自分の将来の進路を考える上で有意義な時間だった」という感想もあり、プログラミングの体験のみにとどまらない大切な学びとなったようでした。(伊藤由美子)
8月1日・2日 福島高校
最終回となる研究体験講座は、8月1日と2日に開催され、福島高校のスーパーサイエンス部1年生から29名の生徒が参加しました。
生徒たちは2日間にわたり、それぞれの関心に基づいて選んだコースを1日ずつ体験しました。
福島拠点のコースには、1日目と2日目それぞれ2名の生徒が参加しました。
講座は五味室長の指導のもと、1日目は辻岳史主任研究員、2日目は大西主任研究員がサポートを行い、各演習が進められました。
1日目の福島県内市町村のデータを使った演習では、エネルギー消費量と経済活動、エネルギー消費量とごみ排出量に相関があるという仮説を立て、その解析が行われました。
その結果、両者の相関係数は約0.9で、強い相関が確認されました。
2日目には、観光者数とごみの排出量の相関を郡山市と福島市で比較しました。
郡山市では相関係数が約0.14と低かった一方、福島市では約0.67とやや相関が確認されました。
今回の講座では、初めてプログラミングに触れる生徒が多く、理解に苦労している様子もありましたが、解析における仮説の立て方からは、生徒たちの鋭い着眼点が伺えました。(日下部直美)
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概要
- イベント名
- 環境創造センター三機関連携研究体験講座(コミュタンサイエンスアカデミア ネクスト)
- 開催日時
- 2024年7月6日(土):福島県立安積高等学校SSHクラス2年生
2024年7月26日(金):福島県立会津学鳳高等学校SSコース1年生
2024年8月1日(木)、2日(金):福島県立福島高等学校スーパーサイエンス部1年生 - 会場
- 環境創造センター
- 対象
- 福島県内SSH指定校(安積高校、会津学鳳高校、福島高校)
講師
五味 馨
京都⼤学⼤学院⼯学研究科、2016 年より国立環境研究所 福島地域協働研究拠点に着任。専⾨は地域統合評価モデルによるシミュレーションを活⽤した持続可能な将来社会ビジョン。