別格第十七番札所 五穀山 神野寺
(ごこくざん かんのじ)
住所 仲多度郡まんのう町神野字神野45−12
電話 0877−75−0875
距離 13.5km 標高差 +151m -8m
縁起によると、弘仁十二年(821)に弘法大師が嵯峨天皇の勅命により満濃池の修築を行った際、池の守護として建立したのが寺の始まりとされる。池の修築に係る由来は第七十四番札所甲山寺で記したのでここでは省略するが、甲山寺と同様、寺の建立費用は朝廷から授かった報奨金で賄ったとされる。中世時代には寺は当地の豪族である矢原家の保護を受けて隆盛し、一時は広大な寺域を誇っていたが、天正九年(1581)長宗我部元親が矢原家を攻めた際の兵火により全焼。その後、長きにわたり廃寺となっていたが、昭和九年に弘法大師一千百年御遠忌の記念事業として堂宇が再建。昭和三十年には満濃池堤防のかさ上げ工事により現在地へと移転される。境内はいたって狭く、本堂以外に目立った建物もないが、一段高いところにある弘法大師像の前に立つと巨大な満濃池が眼下に広がるため、清々しい開放感が楽しめる。弘法大師像は別名「満濃大師」と呼ばれ、高さ3.3mの銅像である。寺には大師堂がないため、お遍路さんは本堂の次にこの満濃大師を参拝することとなる。寺には大師の不思議話もなければ、恐ろしい縁起も伝承もなく、ごくごく普通の寺である。そのせいか、寺には八十八霊場とは異なる、どこか親しみやすい素朴さ感じる。子供の頃に遊んだ田舎の寺のようである。かりんののど飴が寺で売られていたが、まんのう町は日本有数のかりんの名産地。池の堤防では日曜祭日にかりん市が開かれる。金倉寺からは一直線の道を南下するが、途中には讃岐うどんの店が多く見られ、どこに寄ろうか迷いがち。ぶらっと立ち寄るか、下調べして目指すかは個人の好き好きだが、どちらでも楽しめると思う。さすがに讃岐うどんの本場である。
御詠歌 ちまちだにいまもそそぎてのりのしの 恵みあふるる満濃の大池
御本尊 薬師如来像
御真言 おん ころころ せんだりまとうぎ そわか