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西国三十三カ所 日本海へday2 JR加古川線 社町駅から 第二十六番 法華山 一乗寺経由 JR播但線 野里駅
今日からが本番です。
今日は加古川線の社町駅からスタートし、第二十六番 札所の一乗寺でお参りをして、姫路市内にある播但線の野里駅まで行きました。
社町駅を出ると、すぐに巡礼道に合流しました。
畑の中を抜ける幅2mほどの素敵な旧道です。
しばらく行くと背丈ほどもある、大きな道標が立っています。
左:清水寺、右:法華山( 一乗寺)の他に、姫路や加古川などの地名も読み取れます。
加古川線の踏切を渡ると、今度は低い丘を越える、森を抜ける古道です。
古道の脇には天明七年の石仏や供養塔などもあります。
さらに、集落を抜ける旧道に入ると庚申堂の前にはまた大きな道標があります。
どこも素晴らしい道で、今日は良い日になるとおもいました。
歩き始めて1時間、加東市と加西市の市境を越えました。
ここで、今まで歩いてきた旧道と国道327号線が合流しました。
特に山が迫っている様な地形ではありませんが、最低限に拡幅された元の旧道です。
道幅の狭い対面二車線で、歩道が無いだけではなく、路肩も殆どありません。
そんな狭い国道を切れ目なく大型トラックが通ります。
臭くて埃っぽいだけではなく、常に後ろを気にしていないと撥ねられそうです。
原因はすぐにわかりました。
道沿いに西濃運輸、福山通運、ヤマト運輸などの大手から、名前を知らない中小の運送会社の流通センターが並んでいます。
どこの営業所も広大な駐車場に大型トラックが並んでいて、ひっきりなしに出入りしています。
近くに工業団地でもあるのでしょう。
ついさっき、今日は良い道を歩けると思ったのですが、これは最低の道です。
恐怖の区間は1km続きました。
なぜか運送会社が無くなると、道幅が広がって歩道も付きました。
この辺りは鶉野という地名です。
川西航空機の工場と日本海軍の飛行場の広い跡地があって、資料館には川西が作った「紫電改」が展示されているそうです。
巡礼路から数百メートルしか離れていないので、寄り道するつもりでした。
しかし、恐怖の道を無事に通過して、ほっとしたのでしょう。
巡礼シールに沿って歩いてきたら、いつの間にか通り過ぎてしまいました。
途中にとても広いまっ平な畑がありました。
雲の白、野菜の緑、空の青がとても綺麗で何枚も写真をとりました。
後で地図を見ると、広い畑の向こう側が飛行場だったようです。
線路の向こうに五重塔が見えます。
小さいので遠くにあるような気がしますが、それにしては細かいところまでよく見えます。
なんとなく縮尺がおかしい感じです。
北条鉄道の法華口駅まで行くと、駅舎の横に高さ7mの一乗寺三重塔の模型が建っていました。
大正4年建築の木造駅舎では、パン屋さんが委託されて改札をしています。
鶉野や一乗寺の観光案内もありました。
法華口駅から30分ほど歩いた県道沿いに、黒い杉板張りの造り酒屋らしき建物があります。
反対側に”ふく蔵”とだけ書かれた矢印があって、見ていると一般の車が中に入っていきます。
”ふく蔵”とは何だろうと思って敷地内に入っていくと、ぐるっと建物を回り込んだ反対側に、オシャレな売店と食堂がありました。
平日昼間だというのにレストランは予約のお客さんで賑わっています。
お遍路中は、ほぼ毎日コンビニのおにぎりとパンを昼 食にしています。
遍路路は住宅街を抜ける旧道が多いので駅前以外に食事のできるところは殆どありません。
食堂にはいれば、どんなに早くとも最低30分はかかります。
それなら、歩きながらおにぎりを食べる方が良いのです。
前回、美味しいお昼を食べたのはいつだったろうと思いながら、ふく蔵で利き酒セットと松花堂弁当を頂きました。
第二十六番 法華山 一乗寺のある坂元町に着きました。
徒歩近道、自動車道と二本の矢印が書かれた看板のでている分かれ道があります。
徒歩近道は道標や石仏などが多数残されている古道です。
舗装路が終わると、イノシシよけの柵があります。
柵を越えて未舗装の山道にはいると、一乗寺の常夜灯がありました。
旧参道を登り切ると山門があります。
ここから舗装路に合流します。
山の方を見あげると、少し上のほうに古い道が見えました。
距離を書いた道標や東門コースと書いた案内板もあります。
山門から先も未舗装の古道が続いているのかもしれません。
登ってみると最近使われていないようで倒木がたくさんあります。
さらに進むと、崩れかけた古い神社の上で道がなくなりました。
マップを頼りにお寺の方向に藪漕ぎしつつ降って行くと本堂に続く道がありました。
本堂の天井に古い木の板が花の様な形に打ち付けてあります。
納経所のお坊さんに、こういうわけで山の中で迷ってようやくたどり着いたという話をした後で、花の様な板について聞いてみました。
「あれは昔の木札の様ですが、なんで花のような形で打ってあるんですか」
今の巡礼者は「奉納西国三十三カ所霊場巡拝」と印刷された紙のお札に名前や住所を書いて納札入に入れます。
昔は、木の板に同じようなことを書いて、本堂の梁などに釘で打っていました。
なぜ天井に、花の様な形で打ってあるのでしょう。
「昔は誰でも巡礼に来れるわけではなくて、村の代表者が数名で巡礼したんだよ。
来れなかった村の人たちから、木札を預かってきて、村単位で花の形にして打ったんだ」
最後に、一乗寺の見どころを尋ねました。
「国宝の三重塔があるんだよ。
下からだけじゃなくて、上からも、横からも見えるので結構有名なんだよ。
料金所から真っすぐ階段を登って来ると、すぐ横にあるからだれでも気が付くんだけど、山から降りて来たので見てないんだね」
そして、出口の料金所でお金を払って行ってね、と言われました。
料金所の人に道を尋ねた後、そんな話をしてお金を払うと、そういえばお遍路さんが通って行った覚えが無いけど、山から来たんですか、と驚かれました。
一乗寺から先、ゴールの野里駅のすぐ手前まで、畑の中を抜ける静かな道が続きました。
この地域は古い道標を大切にする文化があるのかもしれません。
かなり多くの道標が残されていました。
約13kmあるいて残り2km、大きな川を渡る橋にでました。
橋の上から夕陽で輝いている姫路城が見えます。
昔の人たちも、ここで姫路城を見て、もうすぐ目的地に到着と思ったのでしょうね。
データ
2023年03月02日(木)
29.8 km 8hr52min
0759 社町駅発
0812 大きな石の道標
0814 加古川線踏切
0840 高岡稲荷神社(大久保喜市郎像)
0847 庚申堂(すぐほっけ山道標)
0853 国道352号に合流、加西市市境
0901 ファミリーマート 加西繁昌店
0916 歩道の無い区間終了
1042 北条鉄道、法華口駅
1050 発
1117 富久錦酒造ふく蔵
1230 発
1250 一乗寺古道分岐
1300 一乗寺古道イノシシよけ柵
1310 一乗寺山門
1340 第二十六番 法華山 一乗寺
1356 一乗寺料金所
1405 一乗寺川沿いの遊歩道出口
1407 西の惣門跡
1417 道標
1432 山陽自動車道くぐる
1458 ここまで山陽自動車道
1635 高木橋
1651 野里駅着
0656 姫路駅発
JR山陽本線 新快速 長浜行き
0706 加古川駅着
0715 加古川駅発
JR加古川線 普通 西脇市行き
0757 社町駅着
1705 野里駅発
JR播但線 普通 姫路行き
1714 姫路駅着
スケジューリングで考えたこと
今回のお遍路は前半に予備日が一日作ってあります。
この先天気がよく、順調に歩けたら、予備日に観光ができます。
竹田城に行く予定ですが、鶉野飛行場も候補地に加えました。
最寄り駅は北条鉄道の法華口駅で、ここからレンタルサイクルです。
姫路と法華口を結ぶバスは2時間に一本です。
結局、時間が足りずに鶉野にはいけませんでした。
今日は加古川線の社町駅からスタートし、第二十六番 札所の一乗寺でお参りをして、姫路市内にある播但線の野里駅まで行きました。
社町駅を出ると、すぐに巡礼道に合流しました。
畑の中を抜ける幅2mほどの素敵な旧道です。
しばらく行くと背丈ほどもある、大きな道標が立っています。
左:清水寺、右:法華山( 一乗寺)の他に、姫路や加古川などの地名も読み取れます。
加古川線の踏切を渡ると、今度は低い丘を越える、森を抜ける古道です。
古道の脇には天明七年の石仏や供養塔などもあります。
さらに、集落を抜ける旧道に入ると庚申堂の前にはまた大きな道標があります。
どこも素晴らしい道で、今日は良い日になるとおもいました。
歩き始めて1時間、加東市と加西市の市境を越えました。
ここで、今まで歩いてきた旧道と国道327号線が合流しました。
特に山が迫っている様な地形ではありませんが、最低限に拡幅された元の旧道です。
道幅の狭い対面二車線で、歩道が無いだけではなく、路肩も殆どありません。
そんな狭い国道を切れ目なく大型トラックが通ります。
臭くて埃っぽいだけではなく、常に後ろを気にしていないと撥ねられそうです。
原因はすぐにわかりました。
道沿いに西濃運輸、福山通運、ヤマト運輸などの大手から、名前を知らない中小の運送会社の流通センターが並んでいます。
どこの営業所も広大な駐車場に大型トラックが並んでいて、ひっきりなしに出入りしています。
近くに工業団地でもあるのでしょう。
ついさっき、今日は良い道を歩けると思ったのですが、これは最低の道です。
恐怖の区間は1km続きました。
なぜか運送会社が無くなると、道幅が広がって歩道も付きました。
この辺りは鶉野という地名です。
川西航空機の工場と日本海軍の飛行場の広い跡地があって、資料館には川西が作った「紫電改」が展示されているそうです。
巡礼路から数百メートルしか離れていないので、寄り道するつもりでした。
しかし、恐怖の道を無事に通過して、ほっとしたのでしょう。
巡礼シールに沿って歩いてきたら、いつの間にか通り過ぎてしまいました。
途中にとても広いまっ平な畑がありました。
雲の白、野菜の緑、空の青がとても綺麗で何枚も写真をとりました。
後で地図を見ると、広い畑の向こう側が飛行場だったようです。
線路の向こうに五重塔が見えます。
小さいので遠くにあるような気がしますが、それにしては細かいところまでよく見えます。
なんとなく縮尺がおかしい感じです。
北条鉄道の法華口駅まで行くと、駅舎の横に高さ7mの一乗寺三重塔の模型が建っていました。
大正4年建築の木造駅舎では、パン屋さんが委託されて改札をしています。
鶉野や一乗寺の観光案内もありました。
法華口駅から30分ほど歩いた県道沿いに、黒い杉板張りの造り酒屋らしき建物があります。
反対側に”ふく蔵”とだけ書かれた矢印があって、見ていると一般の車が中に入っていきます。
”ふく蔵”とは何だろうと思って敷地内に入っていくと、ぐるっと建物を回り込んだ反対側に、オシャレな売店と食堂がありました。
平日昼間だというのにレストランは予約のお客さんで賑わっています。
お遍路中は、ほぼ毎日コンビニのおにぎりとパンを昼 食にしています。
遍路路は住宅街を抜ける旧道が多いので駅前以外に食事のできるところは殆どありません。
食堂にはいれば、どんなに早くとも最低30分はかかります。
それなら、歩きながらおにぎりを食べる方が良いのです。
前回、美味しいお昼を食べたのはいつだったろうと思いながら、ふく蔵で利き酒セットと松花堂弁当を頂きました。
第二十六番 法華山 一乗寺のある坂元町に着きました。
徒歩近道、自動車道と二本の矢印が書かれた看板のでている分かれ道があります。
徒歩近道は道標や石仏などが多数残されている古道です。
舗装路が終わると、イノシシよけの柵があります。
柵を越えて未舗装の山道にはいると、一乗寺の常夜灯がありました。
旧参道を登り切ると山門があります。
ここから舗装路に合流します。
山の方を見あげると、少し上のほうに古い道が見えました。
距離を書いた道標や東門コースと書いた案内板もあります。
山門から先も未舗装の古道が続いているのかもしれません。
登ってみると最近使われていないようで倒木がたくさんあります。
さらに進むと、崩れかけた古い神社の上で道がなくなりました。
マップを頼りにお寺の方向に藪漕ぎしつつ降って行くと本堂に続く道がありました。
本堂の天井に古い木の板が花の様な形に打ち付けてあります。
納経所のお坊さんに、こういうわけで山の中で迷ってようやくたどり着いたという話をした後で、花の様な板について聞いてみました。
「あれは昔の木札の様ですが、なんで花のような形で打ってあるんですか」
今の巡礼者は「奉納西国三十三カ所霊場巡拝」と印刷された紙のお札に名前や住所を書いて納札入に入れます。
昔は、木の板に同じようなことを書いて、本堂の梁などに釘で打っていました。
なぜ天井に、花の様な形で打ってあるのでしょう。
「昔は誰でも巡礼に来れるわけではなくて、村の代表者が数名で巡礼したんだよ。
来れなかった村の人たちから、木札を預かってきて、村単位で花の形にして打ったんだ」
最後に、一乗寺の見どころを尋ねました。
「国宝の三重塔があるんだよ。
下からだけじゃなくて、上からも、横からも見えるので結構有名なんだよ。
料金所から真っすぐ階段を登って来ると、すぐ横にあるからだれでも気が付くんだけど、山から降りて来たので見てないんだね」
そして、出口の料金所でお金を払って行ってね、と言われました。
料金所の人に道を尋ねた後、そんな話をしてお金を払うと、そういえばお遍路さんが通って行った覚えが無いけど、山から来たんですか、と驚かれました。
一乗寺から先、ゴールの野里駅のすぐ手前まで、畑の中を抜ける静かな道が続きました。
この地域は古い道標を大切にする文化があるのかもしれません。
かなり多くの道標が残されていました。
約13kmあるいて残り2km、大きな川を渡る橋にでました。
橋の上から夕陽で輝いている姫路城が見えます。
昔の人たちも、ここで姫路城を見て、もうすぐ目的地に到着と思ったのでしょうね。
加古川線 社町駅から スタート |
畑の中を 抜ける 素敵な道 |
身長よりも 大きな道標 は珍しい |
加古川線の 踏切を渡る |
低い丘を 越えていく 古道 |
天明年間 のお地蔵様 |
刈り入れが 終わった 田んぼの様 |
中に古い 祠がある |
古そうな 供養塔 |
大正十五年 建立の 修法大師 |
高岡稲荷 神社 |
享保8年に 新田開発を した人の像 |
東すぐ 清水社 |
西 すぐ 法華山 姫路 |
銅像の人が 開拓をした 田畑かも |
国道に合流 して加西市 に入ります |
最悪の道路 歩道が無く 臭くて怖い |
トラックの 列が途切れ ません |
最悪の原因 は狭い国道 に運送会社 |
・・の流通 センターが 並ぶこと |
のどかな 田舎道に 戻りました |
大規模な 自転車道が あります |
自転車道の 案内図 |
小さい石仏 があります |
古道は集落 を抜けて 行きます |
稲荷神社も あります |
鶉野 向こう側が 飛行場跡 |
広々と しています |
鳥がいます が鶉で しょうか? |
右法華山 左清水口 の道標 |
線路の向こ うに塔が 見えます |
法華口駅の 高さ7mの 三重塔模型 |
北条鉄道の 説明 |
鶉野飛行場 の説明 |
法華口駅 近隣の 観光名所 |
一乗寺の 案内板が 出ました |
冨久錦 株式会社 |
謎のふく蔵 への矢印 |
ふく蔵入口 | 利き酒 セットと 突き出し |
地元の食材 で作られた ふく蔵弁当 |
梅が咲いて います |
畑の中を 直交する道 |
法華山と 清水の 道標 |
車道と古道 の分かれ道 |
距離表示の 道標も ありました |
五輪塔が 固まって あります |
椿の生垣 | 仁王般若経 と書かれた 石仏 |
イノシシ柵 を通ると 古道です |
常夜灯が 一対ある 参詣道入口 |
坂を登った 先に山門が 見えます |
一乗寺山門 ここで車道 と合流する |
見上げると 距離表示の ある道標 |
東門コース と書かれた 道案内板 |
上の方に お地蔵様も ある |
荒れている 山道 |
倒木が多数 ある |
崩れかけた 古い神社の 上にでる |
道が無くな った斜面を 降りて行く |
神社の一部 のように 見える |
古い神社の 入口の 鳥居 |
意味不明の 銅像もある |
お寺の方向 広い道が 続いている |
ようやく お寺らしき 建物を発見 |
本堂天井の 木札 |
花の形に 打たれて いる |
本堂を出ると 目の前に ある三重塔 |
石段途中より 第二十六番 一乗寺本堂 |
石段途中に ある三重塔 |
石段の一番 下から見あ げた様子 |
入口に到着 | 右:清水寺 左:書写山 の道標 |
一乗寺説明 |
お寺から 惣門に続く 遊歩道 |
法華山 一乗寺 惣門跡 |
普通の 畑を抜ける 道 |
直(すぐ) 法華山 |
直書写山 |
静かな集落 を抜ける |
すり減った 道標 |
遠くに高速 が見える |
広い畑が 続きます |
自転車専用 道路も あります |
少しづつ 住宅が増え てきました |
城跡の様で すが全く 判りません |
川を渡る 大きな橋 |
姫路城が 輝いて 見えました |
JR播但線 野里駅到着 |
昭和の頃 の電車が 走る播但線 |
第二十六番 法華山 一乗寺 |
データ
2023年03月02日(木)
29.8 km 8hr52min
0759 社町駅発
0812 大きな石の道標
0814 加古川線踏切
0840 高岡稲荷神社(大久保喜市郎像)
0847 庚申堂(すぐほっけ山道標)
0853 国道352号に合流、加西市市境
0901 ファミリーマート 加西繁昌店
0916 歩道の無い区間終了
1042 北条鉄道、法華口駅
1050 発
1117 富久錦酒造ふく蔵
1230 発
1250 一乗寺古道分岐
1300 一乗寺古道イノシシよけ柵
1310 一乗寺山門
1340 第二十六番 法華山 一乗寺
1356 一乗寺料金所
1405 一乗寺川沿いの遊歩道出口
1407 西の惣門跡
1417 道標
1432 山陽自動車道くぐる
1458 ここまで山陽自動車道
1635 高木橋
1651 野里駅着
0656 姫路駅発
JR山陽本線 新快速 長浜行き
0706 加古川駅着
0715 加古川駅発
JR加古川線 普通 西脇市行き
0757 社町駅着
1705 野里駅発
JR播但線 普通 姫路行き
1714 姫路駅着
スケジューリングで考えたこと
今回のお遍路は前半に予備日が一日作ってあります。
この先天気がよく、順調に歩けたら、予備日に観光ができます。
竹田城に行く予定ですが、鶉野飛行場も候補地に加えました。
最寄り駅は北条鉄道の法華口駅で、ここからレンタルサイクルです。
姫路と法華口を結ぶバスは2時間に一本です。
結局、時間が足りずに鶉野にはいけませんでした。
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