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歩き遍路日記(ズルはせずに全部歩いています) 2022年03月
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2022-03

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秩父札所三十四観音霊場 day3 札所26番圓融寺から30番法雲寺経由 三峰口駅まで(3月15日)

3回目の秩父34観音巡礼は2泊3日です。
3日間で一気に結願を目指します。

第1日目の今日は秩父鉄道影森駅すぐ近くの二十六番圓融寺からスタートします。
秩父鉄道沿いに南西に向かい、三十番法雲寺を打った後、秩父鉄道終点の三峰口まで歩きます。

影森駅から圓融寺に向かう巡礼道は山際の地道を通ります。
朝まで雨が降っていましたが、古道はフカフカで水はけがよく、水たまりはありません。

圓融寺には岩井堂という奥の院があります。
もとは岩井堂が26番札所だったそうですが、今は圓融寺に観音様がお引越しされています。

納経所で岩井堂への道を尋ねると、隣の昭和電工の敷地内にあるので、受付に寄ってくださいと言われました。
工場の敷地内に入れるのは珍しいのでモニュメントなどを拝見し、岩井堂の建っている山すそに向かいます。

山の登り口には、琴平神社がありました。
琴平神社ですが、聖徳太子と二宮尊徳が祀られています。

岩井堂へは、300段以上ある階段を一直線に登ります。
最初から急な階段ですが、半分以上上がったところからさらに角度が急になります。
石段の左右が真ん中よりも少しだけ手前に出ている作りなので、見上げると、より一層急に見えます。
岩井堂は江戸中期に作られた清水寺のような懸崖造りのお堂でした。

お堂の裏にある大岩のほうから男性の声が聞こえてきます。
こんな朝早く、どこから来たのだろうとみていると、壮年の男性3人が降りて来ました。

「お堂の裏から続く道を行くと、金銅製の大仏と秩父修験道のお堂がある。
珍しいものなので見に行くと良いですよ」
、と薦められました。

裏山は岩場の多い尾根道で江戸時代に作られた金銅製の大仏様がありました。
さらに進むと、崖の上には今まで見たことがない不思議な修験道の四阿が建っていました。

堂内の正面には熊野大権現、金毘羅大権現、観世音菩薩、象頭山大権現とともに大天狗、小天狗が、天井の梁には仏教、竜神などの神様とともに北辰なども祀られています。
中央の柱には修験者が修行する際、周回を数えるために使った車がはめ込まれています。
十二回が一区切りの修行らしく、数取りのための十二支の干支が刻まれています。
堂内の周囲の梁には日本百観音巡礼結願成就の木札が多数奉納されていました。

岩井堂から27番まで、修験者が修行をした道を、尾根伝いに歩きました。
岩井堂、27番、28番の観音堂、先ほどの大仏など、もとはどれも江戸時代の修験者が江戸の町で寄付を募って建てたものだそうです。

山道に護国観音と書かれた案内板があります。
上の方から先に行った三人組の男性の声が聞こえてきました。
声のする方に上っていくと、突然高さ16mの巨大なコンクリート製観音様の足元にでました。
こちらと、高崎、大船と合わせて関東三大観音像だそうです。
三人組の男性は、秩父巡礼のガイドをしている先達さんたちでした。
春のシーズンに備えて、山道の状態を確認しに来たそうです。

先達さんと知り合いになった絶好の機会です。
秩父の巡礼者は、どんな服装で、どんなお経を納めているのか尋ねました。

秩父では四国とは違い、笠や金剛杖を持って歩く人はほとんどおらず、私の様に白いおいづるを着ているだけで、信心深い人と思われるようです。
奉納されるお経は、開経偈、般若心経、十句観音経の組み合わせが多いそうで、私の選んだお経とほぼ同じでした。
しかし、団体旅行の場合は、旅行会社によって、奉納するお経の量が違うそうで、特にお経の多いのがクラブツーリズムだそうです。

観音様の山を下りてすぐの二十七番大淵寺の観音堂で一緒にお参りをしました。
先達さんは四国でバス巡礼の先達さんが持っていたものと同じ携帯用の木魚を持っていました。
ガイドをする先達さんはお経がバラバラにならないように、皆さん木魚をたたくのでしょう。
初めて他の人と一緒にお経を1セット唱えました。

二十八番橋立堂は武甲山の山際にある石灰岩の大岩の下にあります。
ガイドさんたちから、お寺の裏にある橋立鍾乳洞は垂直に登る珍しいものなので、是非見て行ってね、と言われました。
狭い洞窟内の、50㎝四方程度の踊り場に梯子が何段も掛かっていて、次々と上に登っていきます。
本来有料なのですが、ガイドさんの推薦なので無料で入れてくれました。

お寺の横にあるお蕎麦が美味しいそうで、ガイドさんたちに誘われました。
今日は30番まで行ってから、一旦戻って12番まで行かないといけません。
もうすこしお話を伺いたかったのですが、ガイドさんたちと分かれて、先に出発しました。

この先でお昼をたべるなら、道の駅か農協のお蕎麦屋さんが良いそうです。
私が選んだ農協のお蕎麦屋さんは地元でとれるそば粉を使った立派な施設でした。
そば打ち体験もできるようで、お昼を食べに来た地元の方で賑わっていました。

秩父鉄道に沿って30番に向かいます。
向こうの山が全体に黄色く霞んでいます。
スマホをみると、花粉で画面がザラザラしていました。

三十番法雲寺の寺宝は楊貴妃からもらったという鏡です。
室町時代に奉納された木札と一緒に外から見えるガラスケースに入っています。
木札には秩父33度同道30余人という当時のグループツアーの物、西国板東秩父百カ所巡礼只一人という室町時代に百観音を全部歩いた人の物もありました。

秩父鉄道三峰口駅まで歩いて前半戦は終わりです。
一旦、御花畑駅まで電車で戻り、先日コロナで閉まっていた12番札所にお参りしました。

夕食はテレビにも出たという、レトロな洋食屋さんでカツカレーを食べました。

誕生日 影森 水蒸気
誰の誕生日
でしょうか
影森駅から
スタート
雨上がりで
水蒸気が
すごい
案内図 地道 26番
今日前半の
ルートは
こんな感じ
26番への
地道
26番圓融寺
奥の院へ 昭和電工 石碑
26番奥の院
まではかなり
離れている
昭和電工の
工場の中へ
フェロクロム
とは何だろう
ここが発祥
小山 金毘羅神社 聖徳宮
敷地内に
山と神社と
お寺がある
金毘羅神社 聖徳宮
二の金 急階段 構造
報徳社では
ないが二宮
尊徳を祀る
階段上部は
角度がさらに
急になる
両端が手前に
出ていて更に
急に見える
案内図 岩井堂 2
案内図
山道を右へ
行くと27番
奥の院岩井堂
もともとの
26番札所
ご本尊
ご不在の
観音堂
岩 裏山 大仏
大岩に道が
刻まれている
修験の道 大仏が見えて
来た
大仏2 修験堂 入口
台座には
江戸の人々
の名前がある
秩父修験堂が
見えてきた
修験堂は
堂と言っても
壁のない四阿
木札 熊野金毘羅 象頭山
梁の上は
百観音結願の
奉納木札
円形は熊野
金毘羅権現
観世音菩薩
・・祠内に
大小天狗様
これは象頭山
北斗星 不動明王 金毘羅
不動明王 北辰尊星
妙見大菩薩
金毘羅大権現
奉納の石碑
岩 修験関係 護国観音
岩の多い
修験の山道
修験の祠 護国観音像
やまから 遥拝 観音様
護国観音から
27番に向かい
山を降る
27番大淵寺
護国観音遥拝
の目印の足型
下から見る
護国観音様
紫の円の中
大正 歩きだけ 2
秩父鉄道を
跨ぐ大正時代
の跨線橋
行き止まり
だが徒歩巡礼
はOK!
28番に向かう道
ここも車は
入れない
28 裏山 ガイドさん
28番橋立堂 お堂裏の
大きな岩の
中が鍾乳洞
先達の
ガイドさん
入口 3月 2
橋立鍾乳洞
入口
内部は
大岩の中に
空いた複雑
・・な迷路
3 4 出口
発見された
のは古いが
手すりも
・・梯子も
ないのに
どうしたのか
出口
この岩 29へ 梅
この岩の中
にあれがある
とはビックリ
29番へ
ここも車両は
通行禁止
橋立ダム お猿 29
浦山ダム
見学できる
らしい
静かなので
お猿がたくさん
29番長泉院
のお庭
鳩山 花キ トイレ
鳩山一郎が
50円を寄付
した記念碑
29番は花の
木が多い
らしい
ここのトイレ
の整備良好
札所30番路 あらかわ亭 てんぷらは別売り
札所三十番道
の道標
農協直営
あらかわ亭
食券制
てんぷらは
別売り
蕎麦打ち 2 花粉1
そば打ち体験
専用の工房が
あるそうな
向こうの山に
黄色い霞が!
近づくにつれ
色が濃くなる
30番入口 蝋梅 まんさく
30番入口 蝋梅
黄色い花が
多い
まんさく
観音堂 グループツアー 100カ所
30番法雲寺
境内
室町時代の
団体巡礼の
木札
室町時代に
百観音歩いた
人の木札
鏡 縁起 観音堂
楊貴妃から
もらった鏡
縁起 観音堂
江戸古道 駅 転車台
明日はこの道
に行きたいが
通行止め
秩父鉄道終点
三峰口駅
SLの転車台
があるらしい
ヘッドマーク 転車台 12番
記念SLの
ヘッドマーク
転車台 12番野坂寺
パリ―食堂 店内 カツカレー
パリ―食堂 店内 カツカレー

データ
2022年3月15日 
影森駅から三峰口駅
16.2km 5hr54min

御花畑から12番
3.0km 1hr37m

0920 秩父鉄道影森駅発
0931 二十六番圓融寺
0957 岩井堂
1007 修験堂
1039 護国観音
1104 二十七番大淵寺
1125 二十八番橋立堂、橋立鍾乳洞着
1151 鍾乳洞発
1220 二十九番長泉院
1254 そば処あらかわ亭着
1322 発
1418 秩父鉄道白久駅通過
1430 三十番法雲寺
1516 三峰口駅着

1600 御花畑駅発
1615 十二番野坂寺
1739 働coliving着
1 2 札所地図

緑色の地図で3日目のルートは紫色で表示してあります
(画像はクリックでおおきくなります)

0730 池袋特急秩父5号
0859 西武秩父駅着
0907 秩父鉄道御花畑発
0919 影森駅着

1536 秩父鉄道三峰口発
1556 御花畑着



スケジューリングで考えたこと
二回目の巡礼で、雨天増水時には通れない江戸巡礼古道がありました。
この先の巡礼古道にも同じような箇所があると考え三日間連続して良い天気になる機会を待ちました。
春先の天気は雨と晴れが繰り返します。
宿を予約したのは出発の2日前です。

1日目は距離が短いのですが、30番まで歩き終えた後、一回秩父駅に戻り、巡礼初日にお休みだった12番札所に行く必要があります。
戻りの秩父鉄道に上手く乗れないことを考え、あまり遅くならないように始発の次の特急に乗りました。

宿泊
働Co-living

秩父から巡礼道に向かうバスは、西武秩父駅、秩父鉄道秩父駅のどちらも止まります。
どちらかの駅に近い宿をさがしました。
秩父市は安いホテルがなく、ドミトリーもあまりありません。
ここはマンションを改装して作った新しいドミトリーです。
コロナで一部屋貸し切り料金同じというプランがありました。
トイレもシャワーも収容人数に比べて数が多いのが良いです。
パブリックスペースには、炊事施設も備えてありました。
<前日の日記へ><翌日の日記へ>
 

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

秩父札所三十四観音霊場 day2 札所16番西光寺から25番久昌寺経由 影森駅まで(3月10日)

2回目の秩父34観音巡礼も日帰りです。
天気のよい一日を選んで0650発の西武線特急で秩父に向かいました。

この日の予定は西武秩父駅から歩いて、十六番西光寺へ行き、そこからスタートします。
コース前半は1回目と逆方向に、市街地から山すそに向かって歩きます。
後半は前回歩いたコースと同じ向きで北側の山の尾根を歩き、二十五番久昌寺を打ったあと、秩父鉄道影森駅まで行ってフィニッシュです。

最初のお寺、西光寺には南無大師遍照金剛の額が掛かっています。
四国八十八所のお砂踏みもあるなど、秩父では珍しい真言宗のお寺でした。

十八番神門寺で聞いた古道をしばらく行くと、遠くから「まんじゅうやさん」という看板が見えました。
屋号ではなくて「まんじゅうやさん」という看板は珍しいと思い近づくと、国定忠治のポスターが貼ってあり、上州屋と書いてあります。
秩父武州の上州屋とはまた珍しいと、店内をみると饅頭は無く、各種の米が積まれています。
ここは米屋さんかと覗き込んでいると、なかから女性がでてきました。

「おまんじゅうはありますか?」と尋ねると奥のガラス戸の中に入れてくれました。
今の時間は”すまんじゅう”しかないんだそうです。
「餡子入りはないのですか?」
と尋ねました。
「すまんじゅうだけど餡子は入ってますよ。
麹を発酵させて作るので、すまんじゅうと言います」
と言われ3個入300円を買いました。

あとで調べると、”すまんじゅう”とは麹を発酵させて酢を作り、その膨張力で生地を膨らませる秩父のソウルフードです。
酢で膨らませた生地は甘さの中に酸っぱさがありました。
コンビニで売られている冷凍のあんまんよりちょっと大きいサイズですが、弾力のあるしっかりした生地のため、コンビニあんまんの2倍ほどの重さがありました。

二十一番観音寺をお参りし、江戸巡礼古道の道標に従って二十二番童子堂に向かいました。
そろそろお昼が近いのでお昼ごはんの情報と、二十三番音楽寺へ向かう古道への行き方を納経所で尋ねました。

22番から23番へ行く古道は山の尾根を通る道ですが、古道の入口はもと来た道を少し戻ったところにあるそうです。
また、山すそに一軒だけあるお蕎麦屋さん以外は食事する所はないそうです。

23番に向かう巡礼古道の道標にそって歩いていれば、そのうち戻る方向に向かうのだろうと思って道標にそって歩き始めました。
しかし、ずっと同じ向きに歩き、いつまでたっても山に入りません。
google mapで現在地を確認すると23番のすぐ側まで来ています。

何かおかしいと思い、巡礼古道の道標をよく見ると、「江戸巡礼古道」にそっくりですが、「明治巡礼古道」と書いてあります。

一体どこで江戸巡礼古道が明治巡礼古道に変わってしまったのでしょう。
地図を頼りに蕎麦屋さんに行き、お昼をたべながら情報収集をすることにしました。

初めて食べた秩父のお蕎麦は、薄い灰緑色でザラザラした舌ざわりです。
蕎麦屋の女将さんが、食後にデザートとゆで卵をお接待してくださいました。

江戸巡礼古道への分岐は21番のすぐ後、22番に行く前にあるそうで、すでにかなり先に進んでしまっています。

女将さんに
「折角なんで江戸巡礼古道があるところはそちらを歩きたい」、
と話しました。
すると、女将さんが、
「うちは古道の通っている山のすそにあるので、そのあたりまで良くキノコを採りに行っている。
お店の裏山を、道に迷ってもいいから、とにかく登って行けば尾根道に出ますよ」
と教えてくれました。

裏山に入ると、はじめのうちは踏み跡とピンクのテープがありましたが、そのうちどちらもなくなりました。
山の中は枯れ木だらけで比較的歩きやすいのですが、その中に野ばらが混じっているようで、血だらけになって登っていくと、ようやく尾根にでて古道に合流しました。

二十三番音楽寺の横には広大な梅林があります。
梅林の中に散策路があり、二十四番法泉寺を通って二十五番久昌寺まで続く古道に続いています。
このまま25番まで古道を行けるとおもったのですが、途中に道路工事があり、舗装路にでてしまいました。

二十五番久昌寺には閻魔大王からもらったという地獄の通行手形が刻まれた石があります。
納経所でこれを版刷りしたものをお守りとして売っています。
写真を見ると、一番四萬部寺で買った牛王宝印ととても似ている気がします。
全体の形、宝珠の位置、寝ぐせのような跳ね、などそっくりです。
昔のお守りや呪符は、みんな似ているのかもしれません。

納経所で納経をお願いすると、窓口の女性が納経帳をもって部屋の中にはいり、机に座って書いています。
普通は窓口に座ったままサラサラと書いて返してくれるのですが、何故かとても時間がかかっています。
そして朱肉に納経印を付けるポンポンという音が何度もしています。
あまり参拝者が来ないので、墨や朱肉が乾いてしまったのかな、と思いました。
ようやく書き上げた納経帳を私に手渡しながら、女性がこんなことを言いました。

「私はここで納経帳を書くのは今日が初めてです。
上手く書けているでしょうか?
上手くないようでしたら書き直します」

どんな字なんだろうと思って納経帳を見ると、丁寧で良い字が書いてありました。

「四国の有名なお寺は、点を打っただけのような字を書くところもありますよ。
こんなに丁寧に書いてある字なら皆さん喜びますよ」
と言うと、女性は喜んでくれました。
しかし、一回書いた納経帳を書き直すことはできないのですが・・・

ここから秩父鉄道影森駅までは約3kmです。
次回は影森駅そばの26番からスタートです。

16番 酒樽のお堂 お大師さま
16番西光寺 巨大な酒樽
を使ったお堂
南無大師
遍照金剛
88カ所ご本尊 道案内 いりくんでいる
四国88カ所
のご本尊
電柱に貼った
各種の道標
市街地は札所
が沢山ある
はま 道標 札所
心求はまの
道標
熊谷と本庄
の分かれ道
17番の納経所
ここもアニメ
18番 町の中の古道 まんじゅう
18番 町の中の
古道
まんじゅう
やさん
国定忠治 いりぐち こめ
国定忠治の
ポスター
入口 店内は米
が山積み
すまんじゅう まんじゅう 今日のルート
ガラス戸の中
すまんじゅう
饅頭の
中の餡子
今日歩く
江戸巡礼古道
19 19番 秩父橋
巨大な一枚岩
に建つ19番
一枚岩を削り
作った石段
秩父橋
拡張工事中
古い橋げた 明治18年建造 う回路
明治の橋げた
の除去作業中
明治18年
建造記念碑
がけ崩れで
う回路へ行く
20番 本堂 木札
20番に到着 本堂 木札
がけくずれ 21へ 21
この先が
がけ崩れ
21番への
江戸巡礼古道
21番
板絵 明治巡礼古道 古道
21番板絵 この道標から
明治になる
明治の
巡礼古道
明治1 3 おじぞうさま
明治古道も
風情があって
悪くはない
・・のですが
やはり江戸
では無い
明治期は
お地蔵様が
人気かな
23? 童子堂 山門
次23番とは
どうも迷って
いる感じ
22番童子堂 山門の中には
可愛い
仁王様が
仁王様 23 そば
こんな感じ 23番本堂 田舎蕎麦
こぶし家
いりぐち たべかけ お接待
こぶし家入口 くるみ蕎麦
(食べかけ)
お接待の
ゆで卵など
武甲山 裏山1 2
こぶし家から
の武甲山
裏山の道
最初はまだ
道の気配あり
ピンクテープ
でかろうじて
道とわかる
テープはあるが むり 尾根道
テープはあるが
その先の
道はなし
迷い中
あたり一面藪
登り切ると
尾根道がある
道標1 2 車
巡礼道の道標
や江戸巡礼
古道の立札
・・があり
正しい道に
出たらしい
車が入った
跡がある
メープル 童子堂跡地 23
楓を植林する
ために車が
入ったらしい
22番の跡地
があった
らしい
向こうに
23番が見える
23 鐘 お地蔵様
23番到着 鐘のレリーフ
が有名
お地蔵様
境内の梅 梅林 武甲山
境内の梅
樹齢254年
境内に続く
梅林
遠景は
武甲山
梅 梅林のなか 24へ
梅林の端に
巡礼路あり
24への道標
長尾根道 古道 橋
長尾根道
という名前
ここから古道 橋を渡る
農家の軒下 こどう 22夜
農家の軒下
を通る道
古道 22夜とは
何の意味か
弁財天 注意書き 道標
弁財天 注意書きあり
迂回路が
オススメで
・・雨の日
は通れません
24番へ 石柱 武甲山
24番へ 古い石柱の
道標
武甲山
がけ 河 念仏坂
路肩が崩れ
ているようだ
河を渡る
増水時通行
不可の箇所
次は念仏坂
を登るらしい
念仏坂 24 階段
念仏坂 24番に到着 車だと階段
を登るらしい
酒蔵資料館 工事現場 道がない
秩父錦酒蔵
資料館
工事中
ここで道が
切れてしまう
判らずに
この辺りを
グルグル
合流 25山門 25
ようやく
巡礼道に
合流
25番山門着 25番納経所
おてはんいし 刷り物 1番法印
閻魔様から
頂いた地獄の
通行手形
配布用の
地獄通行手形
1番札所の
牛王法印
自販機 秩父鉄道 ビール
秩父鉄道は
もうすぐ
PASMOが使える
・・らしく
設備だけは
できている
帰りのビール

データ
2022年3月10日  23.1km 8hr29m
0819 西武秩父駅発
1013 おまんじゅう 上州屋
1035 十九番龍石寺着
1153 二十二番童子堂着
1210 田舎そば こぶし屋着
1257 発
1320 尾根道に合流
1331 二十三番音楽寺着
1558 二十五番久昌寺着
1649 秩父鉄道影森駅着

札所地図

緑色の地図で2日目のルートは紺色で表示してあります
(画像はクリックでおおきくなります)

0650 池袋駅 特急秩父3号
0814 西武秩父駅着

1705 秩父鉄道 影森駅発
1708 御花畑駅着

1724 西武秩父駅 特急秩父40号
1847 池袋着


スケジューリングで考えたこと
16番西光寺から歩き始めて、この日はどこまで行くのかを考えました。
緑の巡礼地図をみると、25番久昌寺までで一旦止めて、次回は26番圓融寺から再開するのがよさそうです。

25番の最寄り駅は秩父鉄道の浦山口駅で、お寺から1.6km離れています。
26番の最寄り駅は秩父鉄道の影森駅で、お寺から600mです。
25番から影森駅までの距離は3kmです。

選択肢は、浦山口駅から帰る、影森駅から帰る、26番を打ってから帰る、の3通りです。

次回のスケジュールを考えるため、緑の地図の札所間距離を見ると、26番から30番までは11.5kmです。
これは古道にも奥の院にもいかない距離なので、実際に歩くのはもっと長いはずです。
また、次回は初日に行けなかった12番野坂寺にもお参りしなければなりません。
トータルの歩行距離は短いですが、電車の本数が少ないので、なるべく先に進んだ方がよさそうです。
とはいえ、26番には奥の院があるので、この日にお参りせず、次回に回した方が楽しそうです。

こんなことを考えて、この日は25番を打った後、26番最寄りの影森駅まで歩くことにしました。
<前日の日記へ><翌日の日記へ>
 

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

秩父札所三十四観音霊場 day1 札所1番四萬部寺から15番少林寺まで(3月1日)

去年行ったお遍路は本当に楽しくて、今年もまた行きたいと思いました。
しかし、些細なことが決められないで、どうしようかと考えているうち、結局春になってしまいました。

些細な事というのは、重ね印です。
お遍路に限らず、巡礼の二周目以降は同じ納経帳を使います。
重ね印というのは、すでに墨書きがしてあって納経印も押してある同じページに、また納経印を押すことです。
折角綺麗に押してある納経印が、ごちゃごちゃになっていき、最後にはページ全体が真っ赤になります。
車やバスで100回周って錦のお札を使いたい人なら、真っ赤になるのが最終形態ですから、それでいいでしょう。
しかし、歩き遍路の私はせいぜい年に一回です。
まばらに重ね印が押されている納経帳を見せてもらいましたが、なんだかもったいない気がしました。

それで初心者と思われてもいいから、次回も新しい納経帳で周ろうかなと、そんなことを考えているうちに、秋からの良いシーズンを逃してしまいました。

突然、そうだ今度は日本百観音を周ってみようと思いつきました。
発心とはそういうものかもしれません。

そういえば、四国88番札所大窪寺の公認民宿八十窪の大女将さんが、「私は若いときに四国も百観音も周った」と言っていたのを思い出しました。
百観音巡礼を調べてみると、東国と西国が33カ所、秩父が34カ所で合計100カ所の観音様のお参りをするようです。
さらに調べてみると、東国、西国はどちらも全長1000km以上ですが、秩父は全長100km、一週間ほどで歩けることがわかりました。
また秩父には四国の黄色い地図のような必携のガイドブックはありませんが、歩きで周る人向けに、各札所で地図をくれることがわかりました。

ここまで調べたところで、一度歩きに行ってみることにしました。
春先で天気が安定していないので、まずは日帰りで1番札所から行けるところまで行ってみます。
四国88カ所霊場はご本尊とお大師様の二ヵ所にお参りしますが、観音霊場はお堂が一つだけなので、お経を少し多めにしました。
開経偈から始め、三帰、三竟、十善戒、般若心経、十句観音経、本尊真言です。
十句観音経は四国ではお供えしなかった観音様用のお経です。
お線香お灯明は大変なので止めました。 服装は南無観世音菩薩のおいずるだけにしました。
金剛杖の代わりにトレッキングポールを持っていきました。

東京から秩父には西武鉄道で行きます。
終点の西武秩父から1番札所へ行くバスは1時間に一本で、このバスに接続する列車も一本だけです。
池袋0650発の始発特急に乗り、1番札所四萬部寺に到着したのが9時ちょっと前でした。
四国同様に、一番札所には巡礼用品の売店があります。
四国一番霊山寺の売店は鉄筋コンクリートの立派な建物です。
秩父一番はというと、木造の物置の様な売店でした。
しかし、品揃えはなかなかの物です。
白衣、菅笠、お杖、輪袈裟、お札、納経帳などの必需品から、ちょっとしたお土産物まで揃っていました。

そしてこの売店が納経所を兼ねています。
店に入ると、外で掃除をしていたお寺の方が戻ってこられて納経してくださいました。
ここで、観音霊場用のお札、ずっと探していた無地の輪袈裟と、道中お守りの牛王宝印を買いました。
牛王宝印は熊野大社の八咫烏をデザインしているそうで、なかなか霊験がありそうです。

お坊さんに歩き巡礼の道を尋ねると、B5サイズの手書きの案内図に鉛筆で書きこみながら教えてくれます。

四国の歩き遍路は遍路道を歩きます。
遍路道はお遍路さん以外には見つけにくい道ですが、歴史的な物や国土省が建てた遍路石、へんろみち保存協会が貼った遍路シールなど各種の歩き遍路用の道案内があり、歩き遍路をサポートしてくれます。

秩父でも徒歩巡礼者のためにいくつかの道案内が用意されています。
歴史があって多数残されているのが宝永年間(1700年ごろ)に”心求はま”によって建てられた道標石です。
丸っこい石に草書体で「右しまんぶ道」のように刻まれています。
未舗装の古道や旧国道を歩きたい場合、秩父市と札所連合会が建てた「江戸巡礼古道」という道しるべが役に立ちます。
また「巡礼道」と書かれた小さい札やシールも役に立ちました。

札所2番はここから約200mほど登った坂の上にあります。
車一台が通れる幅の舗装路ですが、路肩が弱い危険な箇所があるらしく、歩行者だけが通れる道です。
四国で何度も通った明治期の国道に似た道でした。

札所2番は無住のお寺です。
秩父には無住の札所が何か所かあります。 このような場合、山を下りた所に札所を管理するお寺があり、そちらで納経してくれます。

2番からの下り坂は、この日唯一の未舗装古道でした。
岩でごつごつしていた四国や熊野とは違い、はじめての秩父の古道は茶色い土の道でした。

この後は、ほぼ平坦な道になります。
市街の中心地に向かっていくのですが、旧道には、四国お遍路同様に食堂もコンビニもありません。
数少ない食堂や蕎麦屋さんを探して大きな通りに出ましたが、コロナのためか全部閉まっていました。
昼食難民になることも考え、ソフトチョコスティックパンとパックの牛乳、南部せんべいを持って来たのですが、これがお昼ごはんになりました。

この日は、札所15番まで歩きましたが、実は12番には行かずに通過しています。
11番のお坊さんが「12番の納経所は今閉まっている。いつ再開するかわからない」、と教えてくれたのです。
何やら内紛でもあったのかと、13番のお坊さんに聴くと、「このコロナのご時世だからいろんなことがあるんですよ」と言われました。
「ご本人が罹られたんじゃないのですが、やっぱりね~。もうすぐ再開されると思いますよ」、ということで、おぼうさんが濃厚接触されたそうです。

この日は秩父市の北側にある札所一番から、武甲山に向かって歩きました。
昔の人たちと同じように少しづつ大きくなっていく武甲山を見ながら歩くのは楽しかったです。
ほとんど未舗装の古道がなく、短い区間に札所が固まっているのは、四国88カ所のはじまりとよく似ている気がします。

最後に秩父神社によって、5日間の道中安全を祈願しました。

特急 1番 2
西武線特急
La View
札所1番
四萬部寺山門
観音堂
はたご 1 しるべ
旅籠1番 江戸時代創業 ひだり2番
の標石
心求はま 2番へ 2番
心求はまの
標石
2番に向かう
舗装の旧道
2番真福寺
無住です
板絵 梅 山道
全てのお堂
に縁起の板絵
2番の降り
未舗装の古道
山道 雪 道標
巡礼路初の
未舗装古道
先日の雪が
残っています
この道標も
わかりやすい
みちしるべ といれ 2
山の中の
道標
巡礼路上の
綺麗なトイレ
この道標が
一番有用です
3番 橋 武甲山
5番語歌堂
無住です
小川にかかる
歩行者用の橋
武甲山
678 板絵 路
6~9番札所
順番が難しい
6番荻野堂 四国の道にも
ありました
7番 武甲山神社 道案内
7番法長寺
四国の志度寺と
縁があります
武甲山山頂の
神社の里宮
6~9番は
判りにくい
武甲山 10番 道案内
武甲山 10番大慈寺 街中に札所が
密集してます
あにめ 2 ちず
四国でも
アニメで
・・・
町おこしを
していました
緑の表紙の
札所連合会
の案内図
地図 牛王宝印 秩父神社
各札所毎の
案内図
1番で買った
牛王宝印
秩父神社
おみやげ
欄間を修復
しています
左甚五郎作の
お猿もいます
秩父ビールと
秩父餅

データ
2022年3月1日  23.1km 8hr09m
0916 札所一番 四萬部寺発
1630 札所十五番 少林寺着
札所地図

緑色の地図で1日目のルートは水色で表示してあります
(画像はクリックでおおきくなります)

0650 池袋特急秩父3号
0814 西武秩父駅着
0820 西武観光バス [T3]札所一番経由 皆野駅行
西武秩父駅 2番のりば
PASMO支払い可
0850 札所一番バス停
1703 西武秩父駅着
1724 特急ちちぶ40号
1847 池袋着


スケジューリングで考えたこと
西武秩父駅から札所一番に行くバスの本数が少ないので、始発特急に乗らないと時間が無駄になります。
緑の地図ではわかりにくいのですが、札所10番から16番までは西武秩父駅と秩父駅から10分ほどの距離に固まっています。
納経所の営業時間は3月から夕方5時までになったので、4時台に10番~16番の適当なところで切り上げようと思っていました。
どこで切っても次回は札所25番でストップします。

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京都市内北西 御室仁和寺から八幡市 石清水八幡宮 徒然草52段検証の旅


”少しのことにも、先達はあらまほしき事なり”、という有名な言葉があります。

どんなことでも、その道の指導者がいてほしいものだと、いうような意味なのですが、もとは徒然草第52段に出てくるお話です。

京都の北西にある仁和寺というお寺に年をとったお坊さんがいました。
仁和寺は江戸時代まで天皇家の人が代々トップになってきた由緒正しい大寺です。

このお坊さんは、

京都市の南、八幡市にある石清水八幡宮がとても人気があるんだけど、こんな年を取るまで自分はまだ行ったことが無い,いつか行ってみたい

と常々思っていたそうです。

ある日、思い立って一人で徒歩の日帰り旅行にでかけます。
グーグルマップで経路を調べると仁和寺から石清水八幡宮まで、最短で片道約20kmです。
お坊さんは往復するのですから、一日で徒歩40kmの大旅行になります。

お坊さんは極楽寺、高良神社などを見て、帰宅します。
 どちらも石清水八幡宮の境内にあります。

そして、

「念願を果たした。石清水はほんとに良かった。
でも、他の人たちは皆、山にのぼっていくけどなんでだろう。
私も興味があったけど、石清水八幡宮のお参りに来たので、山にはいかなかった。」

と言うのです。

お坊さんが見た高良神社は石清水八幡宮の末社(摂社といいます)です。
極楽寺は今はありませんが、一の鳥居をくぐったところにある神仏混交時代のお寺です。
実は石清水八幡宮の本社はお坊さんが登らなかった山の上にあるのです。
それで、こんな小さなことでも、先にやった事がある人は有り難い、聞けばよかったのに、という落ちになります。

私はこの話が好きで、お坊さん同様、思い立って、一人で仁和寺から石清水八幡宮まで徒歩でお参りに行ってみました。

スタートの仁和寺は華やかで素敵なお寺です。
解説を読んで知ったのですが、本堂は江戸期に京都御所紫宸殿を移築したものでした。
どうりで御簾をかける金具や、菊の御紋章など、そこかしこに御殿らしき風情がありました。

石清水に行くには、ここから真南に歩いていきます。
歩きだしてすぐに、徒然草の著者、兼好法師旧居の石碑がありました。

兼好法師は仁和寺と同じ町内会というくらい近くに住んでいたんですね。
徒然草には”先達は・・”の第25段以外にも、仁和寺のお坊さんを笑いものにしている文章が幾つかあります。
片や天皇家につながる由緒正しいお寺の高級なお坊さん、こちらは6位の平官僚です。
常日頃、見下ろされていたり、虐められていたので、兼好法師は徒然草で仁和寺を笑いものにしたかったのかもしれません。

兼好法師旧居の横あたり、真っ平らな京都盆地の中に小山がありました。
よく見ると、登山口があり、双ヶ丘(ならびがおか)とかいてあります。
自然の山を利用した古墳のようで、人の手のあまり入っていない山道がたくさん残っていました。
頂上からは仁和寺の全景が見えました。

このあたり一帯の地名は御室(おむろ)といいます。
血圧計などを作っているオムロンはここが発祥だそうで、石碑がありました。

もうすこし南に行くと、木島坐天照御魂神社(蚕ノ社)という神社があります。
蚕ノ社と言っても、桑の森があるわけでも、お蚕様を祀っているのでもなくて、機織りをしていた秦氏の神様だそうです。
ここには、不思議なものがいくつかありました。

一番不思議なのは、三角形、三本足の鳥居です。
三本足の鳥居とは、実物を見るまでどんな物か想像できませんでした。
三本足の鳥居は、今は枯れてしまった病気平癒のパワースポットだった池のなかにあったようです。
WIKIには日本中にいくつかある三本足鳥居はこの鳥居が発祥で、キリスト教の一派の遺物という説もある、と書いてあります。

ここを出ると、ルートはしばらく天神川という細い川の横を通り、まっすぐ真南に向かいます。
九条の辺りで、天神川の左に大きな桂川がみえてきました。
さらに南下して十条の辺りで桂川と天神川が合流します。
ここで自転車道路併用の舗装してある土手と、桜並木のある未舗装の土手の選択になります。

結果を知らなければ、だれでも未舗装を選びます。
桜並木の土手を1kmくらい歩いて行くと、川に突き当たって道が無くなりました。
泣く泣く1km戻って、自転車道路を再び南下します。

新幹線にほぼ並行している、国道171号に入ると民家はなくなり、道の両端は工場団地になります。
埃っぽくて臭い道を約7kmほど歩くと、名神高速大山崎ジャンクションに突き当たりました。
グーグルマップの徒歩ルートはグルグル回っているジャンクションの上を通っています。
半信半疑でまっすぐ行くと、車道の脇に幅の広い歩行者用の側道がありました。
ジャンクションを通り抜けると、三河川が合流している中洲にでました。
中洲には無料エレベーター付きの大展望塔があって、賑わっていました。
桂川、木津川、宇治川の三河川は合流して、ここから淀川と名前を変えます。

ここからゴールの石清水八幡宮までは約2km、案内板もあります。
山の上にはそれらしき建物が見えました(ほんとうは違いました)。

仁和寺から22km、所要310分で石清水八幡宮一の鳥居に到着しました。

ここからお坊さんゆかりの場所を見に行きます。
お坊さんが見た二ヵ所の施設の内、極楽寺は現存していません。
以前お寺が有った場所には徒然草52段で有名な極楽寺跡と書かれた看板がありました。
一方、高良神社は現存しています。
こちらは広い参道から横に入ったところにある、いかにも末社風の小さな白木のお社です。

どちらも一の鳥居を越えてすぐの場所にあります。
しかしここからその先に、すぐ二の鳥居が見えています。
そして、二の鳥居の後ろには石段があり、もっと神社が続いていそうな気配がプンプンします。
はるばる20km歩いてきて、これで終わってはがっかりですし、当然先があると考えると思います。

この話は兼好法師の創作で、近所にセレブのお坊さんが住んでるんだけど、セレブって実は間抜けなんだよ、面白いだろ〜っと言ったのではと思います。
また、いくら昔の人が健脚といっても、皇族のお供をしていたような老僧が、一日で40km歩くのは無理な気がします。

さて、石清水八幡宮ですが、ここの竹からエジソンが電球1号機のフィラメントを作ったそうで、エジソンの記念碑がありました。
碑文には、天才とは1%のヒラメキと99%の努力である、という例の言葉が刻んでありました。
近くにいた親子が、エジソンを拝んで帰ろうか、と言ってたのには驚きました。

駅の近くにはライト兄弟よりも先に飛行機を作った日本人を祀った飛行神社があリます。
乗り物毎に変わった旅行のお守りを売っているそうですが、すでに閉門でした。
ガッキ―主演のドラマで出てきたそうで、CAさんにその話をしてプレゼントすると喜ばれると友達が話していました。


あーそういえば、一番はじめは一之宮で始まる手まり唄をご存じでしょうか。
調べてみると”十(とお)”はいろんなバージョンがあるようですが、”九つ”までは大体同じ歌詞のようです。
この中で、八つ八幡の八幡宮というのがあります。八幡(やわた)の八幡宮ってどこだろうと思ったら、石清水八幡宮のことでした。

仁和寺からスタート 御所1 御所2
仁和寺から
スタート
菊の御紋
門 ここから 兼好法師
ここから南下
していきます
兼好法師
旧居跡
御室駅 オムロン 山道の気配
御室駅 オムロン発祥
の地
この感じは
登山道入り口
双ヶ岡 階段 山
双ヶ岡 最初は階段 自然が残
っています
仁和寺 京都中心部 河沿い
仁和寺全景 京都市中心部 天神川沿いに
南下します
蚕神社 池 三本足
蚕ノ社 から池 三本足鳥居
河1 河2 土て
幅の狭い川が 広くなって 桂川と合流
行き止まり 自転車専用 横から
桜並木の先は
道がない!
自転車道路
まで戻って
行き止まりを
眺める
河広い 長岡 河広い2
川幅はかなり
広くなって
長岡京市を
通過
川幅はさらに
広がって
八幡市 ジャンクション 謎の記号
八幡市到着 高速道路の
広い側道
土手上の
謎の記号
淀川 展望大 景色
合流して
淀川になる
無料の
展望塔
展望塔からの
景色
到着 一の鳥居1 2
ほぼ到着 到着! 一の鳥居
極楽寺跡 説明 高良神社
すぐに極楽寺
跡、右側建物
の辺り
極楽寺跡
説明
すぐに
高良神社
説明 2の鳥居 坂
高良神社
説明
すぐに
二の鳥居
くぐると
上り坂
八幡宮 御神楽 エジソン
八幡様 破魔矢授与の
踊り
エジソンの
記念碑
走井餅 2 飛行神社
名物走井餅 店内 飛行神社
エンジン
エンジン

データ
2022年1月10日 24.7 km 6h56min
25












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運動が少し好きな普通のおじさんの歩き遍路日記です。

お遍路をしようと思い、スケジュールを立てる際、ネットにアップされている先輩方のブログがとても参考になりました。

私も後から来る人のためにデータを残そうと思いブログを始めました。

「ズルはしていません」というのはバスや電車でワープはしていませんから、ポイント間の所要時間や一日の歩行距離は大体あてになりますよ、という意味です。

長い文章は、お遍路に行きたくても行けない母親のために書いています。

歩き遍路って、札所のない所は何をしているんだろうか、毎日歩いていて飽きないだろうか、など疑問に思った方も、本文を読んでいただけると、疑問の答えの一部が見つかるかもしれません。

 

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