申相玉の『闇からの谺』を読み終えた。いや、もう、なんていうか、面白すぎてやめられない。拉致されて、脱走を試みて、投獄されて、服従したふりをしながら脱出計画を練って、オーストリアでアメリカ大使館に飛び込むという、ほとんど映画のストーリーのよう。きっと北では捏造だとか言ってるんだろうな。どこまでホントだよって思うくらい面白い(たぶん、ほとんど本当だと思うけど)。
拉致されてから、映画を作らせてもらえるようになるまで五年の月日がかかっているんだけれど、その間に(投獄されたりしながら)必死で取り入る方法を考えていて、しかも取り入り方がうわべじゃないところがすごい。
申監督も、先に拉致されていた女優の崔銀姫も韓国人だから、民族的に北の人たちと根っこが同じっていうのは当然あるんでしょうけど、それ以上に映画を作ることに対して並大抵ではない情熱があって、本気で北の映画業界をどうにかしようと若手の育成に励んでいたりする。そうすることで、映画好きの金正日に、北朝鮮がかかえている社会主義国の矛盾を訴えようとしている。
その心意気は、ある程度まで金正日に通じた様子で、北を宣伝するという名目は常についてまわるものの、かなり希望通りに外国へ行き、大規模なロケまでしていたみたい。
先日『プルガサリ』を見て、紫禁城とおぼしき大きな建物が出てくるので「北朝鮮にこんな歴史的建造物なんかあったっけ?」と首をひねっていたのだけれど、みたい、じゃなくて本当に紫禁城を使ってたらしい。
このままこの人が北で仕事を続けたら、あるいはもっと開けた国になってたのかも、なんてことまで妄想してしまうんだけれど、そうなったらなったで、申監督に許された権力がウザくなって、気まぐれに「同志の働きは立派だったので引退して老後を楽しまれるといい」とかいって、いきなり田舎に幽閉されたりしそうな気もするんですが(笑)
そんなこんなで、とにかく面白かった(絶版じゃなかったら買ってしまいそうw)。
『闇からの谺』を図書館に返すついでに今度はこんなのを借りました。
北朝鮮「楽園」の残骸
2003年初版(購入可能)
1999〜2003年、NGOのスタッフとして北に入り、病院などを修理する活動をした東ドイツ出身の青年が書いた本。カラー写真多数。図書館から帰る道々、バスの中でほとんど読んでしまった。
金賢姫や申相玉の本は二十年くらい前の本なので内容が古いんだけれど、この本はこれまで読んだものの中では一番内容が新しく、いかに北朝鮮とはいえ、そうとう変化があったんじゃないか……と思うと、想像以上に変わってないところがすごい!
ただ、テレビの普及率が格段に上がったようだ。金賢姫が韓国に連れてこられて、どんな田舎の農家へ行ってもテレビや冷蔵庫があることに驚くのだが、それを知ってか知らずか(たぶん知ってて意識して)、北では必死になって国民にテレビを配ったらしい。初任給をテレビの現物支給で払うなどしたと、この本に書いてある。もちろんテレビでやってるのはプロパガンダ番組ばっかり。
著者は東ドイツ人なので、自分もかつては社会主義国で、さまざまな思想教育をうけながら暮らしていたのに、その目からみても驚きの連続だったようだ。この本もけっこう面白かった。っていうか、不謹慎で申し訳ないんだけど、北朝鮮、面白すぎ。
金正日の料理人〜間近で見た権力者の素顔
2003年初版(購入可能)
1982〜2001年にかけて、北で料理人として金正日に仕えた日本人の手記。
申相玉の『闇からの谺』に、1983年ごろ平壌の安山閣というレストランに日本人の料理人がいたという記述があるが、この本の著者である藤本健二氏のことだろうか?(この本には申相玉との接触については記載がない)
安山閣のバーには藤本氏より前に日本人のマスターとママ、二人のホステスがおり、他にタイ人のホステスが七人いた。タイ人ホステスは日本で仕事があると言われ、来てみたら北朝鮮だったという。売春をさせられる予定だったが、安山閣に従業員を紹介していた日朝貿易商社が売春を斡旋するような店に従業員を紹介できないと言ったので、それは取りやめになったとある。
藤本氏は拉致ではなく、自ら進んで北に渡っている。最初は一年の契約で、二度目は三年契約で。金正日の宴会に何度も呼ばれて寿司を握った。一時帰国中に酔って北でのことを話したら、それを盗聴されており、始末書を書かされた。それで五年は帰らないと約束させられた。
それがきっかけで金正日とさらに親しくなり、本格的に将軍様おつきの料理人になる。十年間契約で。日本の妻と離婚し、北で喜び組の娘と結婚する。八部屋もある立派なマンションで暮らすことに。
良い暮らしをしているとはいえ、監視されていることには違いない。海外に仕入れに行く時も常に監視されている。ところが拉致されたわけではないので、最初のうち、本人はほとんど気にしていない様子なのが面白い(暴力的な罰を受けなかったせいもあるだろうが)。
どちらかというと、日本への買い付けに同行した北の指導員が、入国審査にひっかかって、そのせいで藤本氏までもが警察につかまり、北へはもどらないと誓約させられるところが恐い。正直言うと、日本にはそういう面はないものだと思っていた。その後、氏は日本の警察にがっちり保護され、北の工作員に出会わぬよう、職を転々としている。
ただ、それは保護を本人が願い出た形になっているようで、その後なぜか再び北朝鮮行きを決意し(工作員に強制されたわけではないらしい)、保護を取り下げて機上の人になる。簡単に出国できてしまうあたり、やっぱり日本だなと思った。
しかし、その後の北での生活は、あまり楽しいものではなかったようだ。些細なことでスパイ容疑をかけられ、一年以上も軟禁生活を強いられ本格的に北の恐ろしさを感じたように見える。もっとも、申相玉の例などを見ると、この程度で済んだだけマシだと言える。
再び金正日の料理人に復帰する。二度と帰れないと覚悟するが、高英姫夫人がとりなしてくれたおかげで帰国する。夫人の顔をたてて一度は北にもどり、仕入れを理由に日本へ帰国。それ以来、北とは縁を切る。
というわけで、二冊読了。どちらも写真資料が豊富で軽く読める(内容は重いが)。藤本氏の本は他に何冊かあるようなので図書館で取り寄せをかけているところ。
北で生活した外国人の手記を読んでいると、東方見聞録でも読んでいる気分になる。金正日がフビライ・ハンで、拉致(?)された外国人はマルコ・ポーロだ。すすんで服従すれば厚くもてなされるが、帰国を願い出ても自由にはならない。手元におきたいだけで、無理強いしている感覚は金正日にはないのかもしれない。命からがら逃げ出した人たちが証言する北での暮らしは作り話のようにおかしなことばかり。
マルコ・ポーロと違うのは、今が二十一世紀だっていうこと!
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