第18回目 光で脳を操作する
光で脳を操作、なんて聞くとSF映画の話か何かだと思われるかもしれません。しかし、驚くべきことに、光に反応するタンパク質を使った「光遺伝学(オプトジェネティクス)」による神経活動の操作は、今日の神経科学分野で広く行われています。
「オプトジェネティクス」とはスタンフォード大学のカール・ダイセロス博士らが考案した用語です。オプトは「光学」、ジェネティクスは「遺伝学」を意味するため、日本語では「光遺伝学」と訳されます。光遺伝学では、私たちヒトを始めとする動物の網膜にも発現している「ロドプシン」と呼ばれる、光に反応するタンパク質を利用しています。その一つであるチャネルロドプシン2は水辺に生息する藻で見つかったイオンチャネル(イオンを通す穴)です。この陽イオンチャネルは青色の光を受けると陽イオンを細胞内へ流入させます。するとチャネルを発現している神経細胞は活動を増加させます。一方で、別の種類の光感受性ポンプであるハロロドプシンやアーキロドプシンは橙色や緑色の光に反応してこれらが発現している細胞を抑制します。光遺伝学の特徴はその速さです。これまでの様々な技術とは異なり、光遺伝学を使うことで、神経活動をミリ秒単位で瞬間的に増減させる、すなわち「操作」できるようになりました。
動物の脳内には、興奮性神経細胞や抑制性神経細胞を始めとして様々な種類の細胞が存在しており、複数の細胞種から成る脳領域が連携しあうことによって行動を制御しています。光遺伝学のもう一つの利点は、特殊な遺伝子改変動物などを使用することで、特定種類の神経細胞だけを瞬時に活性化したり抑制したりできることです。例えば,マウスにおいて、快感情の中枢として知られているドーパミン神経細胞にチャネルロドプシン2を発現させた後、レバーを押したときにドーパミン神経細胞に青色の光が照射されるようにすると、マウスはレバーを積極的に押し続けるようになります。また、電子音を鳴らしたあとに微弱な電気ショックを与えるということを繰り返すと、ラットはその音を怖がるようになりますが、不快を感じた時に活動する扁桃体の一部を、電気ショックの瞬間だけ光遺伝学を使って抑制すると、ラットは音を怖がるようにはなりません。ここでは全て紹介しきれませんが、光遺伝学を用いた神経活動の操作は、このような快・不快感だけでなく、特定の運動や視覚体験を人工的に引き起こしたり、動物の食欲や攻撃性を操ったりすることも可能であることが報告されています。
光遺伝学の登場により、実際の神経活動に限りなく近い時間単位で、神経活動を操作することができるようになりました。この技術は特定の神経活動を操作することで生きている動物の行動を人工的に制御できるという驚くべき事実を明らかにしてくれただけでなく、脳内に存在する無数の細胞それぞれの役割を別々に検討する機会を与えてくれました。光遺伝学によって明らかになる詳細な神経メカニズムは、様々な疾患の理解や治療法の確立に役立つことが期待されています。
文責: 小澤 貴明
所属学会: 日本神経科学学会 公益社団法人日本心理学会
所属機関: 大阪大学蛋白質研究所