東日本大震災から1年後、12人の詩人たちの自作朗読とインタビューを朝日新聞デジタルで連載しました。いま装いを新たに再掲します
いまは高橋睦郎
言葉だ 最初に壊れたのは
そのことに私たちが気づかなかったのは
崩壊があまりにも緩慢だったため
気づいたのは 世界が壊れたのち
たかはし・むつお 1937年北九州市生まれ。64年に『薔薇(ばら)の木 にせの恋人たち』で詩壇へ。俳句、短歌、評論のほか、演劇やバレエの台本、能・狂言やオペラの新作も手がける。88年高見順賞、2010年現代詩人賞、15年現代俳句大賞ほか受賞多数。00年紫綬褒章
詩の傍(cotes)で吉増剛造
アーリス、アイリス、赤馬、赤城、――
イシス、イシ、リス、石狩乃香、――
兎! 巨大ナ静カサノ、宇!
ルー、白狼、遠くから、かすかに、本当の声が、聞こえて来て居た、、、
よします・ごうぞう 1939年東京都生まれ。慶応大学文学部卒。「黄金詩篇(しへん)」で高見順賞。「『雪の島』あるいは『エミリーの幽霊』」で芸術選奨文部大臣賞。『表紙』で毎日芸術賞。作品は難解とも言われるが、現代詩の最前線を走り続けてきた
音紋三角みづ紀
背後にひろがる
景色が声あげた
残されたものものは
とうに発していた
きちんと見せてね、と
子らがのぞむなら
うしなった真昼において
みすみ・みづき 1981年生まれ。病気療養中の20歳ごろ、詩作を本格化し、第1詩集「オウバアキル」で中原中也賞。音楽などのステージ活動も。今回は、打楽器奏者・井谷享志氏の伴奏のもとで朗読。14年、「隣人のいない部屋」で萩原朔太郎賞を最年少受賞
廃炉詩篇和合亮一
「廃炉まで四十年」(現時点)
ところでわたしの言葉の
原子炉を廃炉にするには
何年かかる
のだろう
この地球を この虹を この雲を
わごう・りょういち 1968年福島市生まれ。福島県立高校の国語教諭。99年に「After」で中原中也賞。「地球頭脳詩篇」で晩翠賞。震災後の福島をツイッターで発信した作品を「詩の礫(つぶて)」などにまとめた。「福島県教育復興大使」も務める
料理する、詩をかく伊藤比呂美
大震災だ、大津波だ
人が死んだあっという間に
それから原発事故だ
長い恐怖が襲ってきた
東京にいくたび
そこは
薄暗くむし暑く
ぴりぴりしていた
東京の人たちは
いとう・ひろみ 1955年東京都生まれ。セックスや出産など日常生活に素材をとりながら、自由な表現で詩の可能性を広げてきた。詩集「河原荒草」で高見順賞、親の介護を描いた長編詩「とげ抜き新巣鴨地蔵縁起」で紫式部文学賞、萩原朔太郎賞。米国カリフォルニア州と熊本市の両方に生活の拠点がある
海辺の樹辻井喬
なんという名前だったのか
ある日急に見えなくなってしまった樹は
夕方になるとたくさんの小鳥が
翼を休めに集まってきて
波の音を背景にしながら
ひとしきりその日の出来事を話し合った後で
つじい・たかし 1927年生まれ。詩集「群青、わが黙示」で高見順賞、小説「父の肖像」で野間文芸賞など受賞多数。12年に文化功労者。堤清二の本名で実業家としても活躍。セゾングループ元代表で、1970年代以降の消費文化を育てた。13年、86歳で死去
丘・種小池昌代
春の泥水を浴びて生きる
馬の首が乾いていた
米のなかに
祖母の泣き顔
一粒一粒拾って食べる
また、漬物、つくってください
重い鉄鍋、洗わせてください
小鳥に餌、やってください
こいけ・まさよ 1959年東京都生まれ。詩集「もっとも官能的な部屋」で高見順賞、詩集「ババ、バサラ、サラバ」で小野十三郎賞、「コルカタ」で萩原朔太郎賞。小説も多数執筆しており、「タタド」で川端康成文学賞。「たまもの」で泉鏡花文学賞を受賞
急停車するまで佐々木幹郎
ガラス窓を見つめていると
「電車が急停車するときがありますので
吊り革や手すりにおつかまりください」
という注意書きのシールが貼られていて
わたしは いま吊り革につかまっているのだが
ささき・みきろう 1947年奈良県生まれ。12年、東日本大震災の被災地を訪ねての思いなどを平易な言葉でしなやかにつづった詩集「明日」で萩原朔太郎賞。詩集「蜂蜜採り」で高見順賞。紀行文も多く、「アジア海道紀行」で読売文学賞随筆・紀行賞
カミワスレ水無田気流
地図に映えるは無量の偏光
ナキガラガイが鳴る地層
地図に消えゆく波涛のしらべ
太陽暴徒がすぎさりし日に
塵と花とのさかれる荒野
みなした・きりう 1970年神奈川県生まれ。詩集「音速平和」で中原中也賞。著書に「無頼化する女たち」、本名・田中理恵子名による「平成幸福論ノート 変容する社会と『安定志向の罠(わな)』」など。女性や貧困をめぐる社会問題に詳しい
方舟・2011稲葉真弓
わたしのパソコンのモニターに
ひとつ加わった水色のファイル=「方舟」
九ミリ四方のちいさな箱に
あの日からの言葉を乗せて
海原のようなきょうという日を漕いでいく
いなば・まゆみ 1950年年愛知県生まれ。23歳で女流新人賞を受賞して上京。92年の「エンドレス・ワルツ」で女流文学賞を受賞。08年に「海松」で川端康成文学賞。11年、東京生活を捨てて志摩半島で過ごす女性を描いた「半島へ」で谷崎潤一郎賞。14年に紫綬褒章。同年8月、64歳で死去
祈り谷川俊太郎
一つの大きな主張が
無限の時の突端に始まり
今もそれが続いているのに
僕等は無数の提案をもって
その主張にむかおうとする
(ああ 傲慢すぎる ホモ・サピエンス 傲慢すぎる)
たにかわ・しゅんたろう 1931年東京生まれ。52年に最初の詩集『二十億光年の孤独』。本作は同詩集に収録されている。62年「月火水木金土日の歌」で第4回日本レコード大賞作詞賞、75年『マザー・グースのうた』で日本翻訳文化賞、2010年『トロムソコラージュ』で第1回鮎川信夫賞など
花を奉る石牟礼道子
春風萌すといえども われら人類の劫塵いまや累なりて
三界いわん方なく昏し
まなこを沈めてわずかに日々を忍ぶに なにに誘わるるにや 虚空はるかに 一連の花 まさに咲かんとするを聴く
いしむれ・みちこ 1927年熊本県天草生まれ、水俣育ち。『苦海浄土――わが水俣病』で水俣病の現実を描いた。全詩集「はにかみの国」や新作能「不知火」など。第1回大宅荘一賞に選ばれるも辞退。紫式部文学賞、朝日賞など。本作は2011年夏に発表したもの