1:2013/06/03(月) 02:43:25.50 ID:
たったら書く

4:2013/06/03(月) 02:46:54.40 ID:
俺は4人姉弟の3番目に生まれた。
父と母は所謂内縁関係で、自営業の会社もうまくいかず、物心ついた時から家庭は荒れていた。
父は仕事もあまりせず、昼から酒を飲んでは暴れるような人だった。
5:2013/06/03(月) 02:48:44.37 ID:
見栄をはって人に奢ったりツケで飲んできたりして母はよく泣いていたな。
買い物に言ってもお菓子一つ買えなかったよ。
そんな父だったが外面は良く、剣道の先生でもあった。
6:2013/06/03(月) 02:50:14.99 ID:
俺も小学校にあがると無理やり剣道させられた。嫌いで堪らなかった。
それに剣道ってこれがまた金がかかるんだ。
とにかく金がないってことは心から余裕を奪う。
だからこの頃から俺は将来普通に就職して普通の暮らしを手に入れることが夢だったんだ。
8:2013/06/03(月) 02:53:11.12 ID:
今でも忘れない。小学校3年生のクリスマス。とても寒い日で教会に行った帰りに母さんが2500円のマフラーを買ってくれた。
我が家では決して安い買い物ではなかったはずだ。
今でも捨てられないお守りだ。このマフラーに誓った。きっとみんなで幸せになるって。
幼いながらに勉強したり努力を始めたわけだけど、何をやってもうまくいかなかった。
中学校にあがる頃には自分が特別な人間ではないんだなって気がついてた。
10:2013/06/03(月) 02:56:35.11 ID:
体は弱いし、勉強はできなかった。でも努力して一つずつできるようになれるのは嬉しかった。そしてこの頃将来は理系の大学を出て研究者になることを目標にした。
文にしてみれば1行だけど、公立高校への進学すら怪しいと言われた俺には途方もない目標だったんだ。
でも負けたくなくてひたすらに勉強し続けた。
そして受験期になるとすごい話が舞い込んできた。
付近で一番の新学校が剣道の推薦で俺をほしいと言うのだ。
後でわかったことだけど色んな人がその高校の監督に俺を推してくれたそうだ。
11:2013/06/03(月) 02:58:07.98 ID:
始めて剣道してたことに感謝したね。
高校にあがるとすごく苦労したよ。
当然だ。俺が入れる様なレベルの学校じゃなかったんだ。
授業を一回聞いただけじゃさっぱりわからなかった。
「なんでわからないのかわからない」とか言われるんだ。悔しかったね。
絶望的な才能の壁を感じた。
12:2013/06/03(月) 02:59:22.63 ID:
毎日毎日ものすごい量の予習に復習、そして課題。
推薦で入った以上剣道も同学年では一番強くなければならなかった。
このときが一番家庭が荒れていて精神的にも一番苦しい時期だったと思う。
剣道にも限界を感じていた。
低血圧に低血糖で体力はなかった。
できるだけ食べるようにしたが身長は165cm、体重は58kgと小柄だった。これで体脂肪率は一桁だったからもはや絞れるところはなかった。
これでも、ここまでやっても俺は強くなれなかった。スピードもパワーも並だった。
3ヶ月サボったやつに試合で引き分けた時は泣いたね。
13:2013/06/03(月) 03:00:52.54 ID:
3年の夏、目立った成績も残せず引退することになる。監督には申し訳なかった。
そしてあれだけ嫌いだった剣道だったのに自分のすごく多くの部分を占めていたんだと理解した。終わった後自分から何かがごっそり抜け落ちたみたいになったね。
それでも呆けている時間はなかった。大学入試に向けてひたすら勉強したんだ。
この学校を選んだことに感謝した。本番までに俺は着実に成績を伸ばした・・・が合格することはできなかった。
高校のネームバリューで格安で予備校にいけることになったので親に頭を下げて浪人した。
この後一年の勉強を経て国立大学の工学部に合格した。
14:2013/06/03(月) 03:02:17.94 ID:
大学に進学してからは目まぐるしく日々が過ぎた。
大学とバイト先を往復する毎日だった。剣道はもうする気がなかったよ。
バイトで忙しいのは事実だったが自分に限界を作ってしまった人間にはもう無理だと思ったからね。それに一番の目標はしっかり職に就いて生活を安定させることだったから。
この頃が人生で一番充実していたと思う。
4年になると研究室に配属されて更に忙しくなった。
実験レポートバイトの繰り返し。そして大学院の試験。
でも家計がとても苦しいのはわかってた。家に負担をかけないだけじゃなくて家にお金を入れないといけない程に厳しかった。母は隠してたつもりみたいだったけどわかるんだよ。
集中できない中での入試だったけど大学院の試験にはギリギリで合格した。
15:2013/06/03(月) 03:03:34.03 ID:
下から5番目くらいだったかなあ。

でもそのときにはもう決めてた。就職するって。

夢への未練はあったけど一番大切なのはやっぱり家族だったから。

みんな反対したけど「もう勉強したくない」で通した。

中学生から志してきた夢をばっさり切り捨てるにはお粗末な言い訳だったけど、察してか家族は何も言わなくなった。その選択は今でも後悔はしていない。
16:2013/06/03(月) 03:05:32.91 ID:
かくして俺は今の会社に入ることになった。

この頃は俺も荒んでいたんだろう。同じ研修生と衝突することも多く浮いていた。
努力しない人たちが腹立たしかった。

俺が特別できない人間で努力するしかなかったから、同じものを他人にも要求していたんだろうね。自分が擦り減っていくのも気づいてなかった。

ここまで書き溜め
見てる人もいなさそうだし全速で書き上げて落とそう
17:2013/06/03(月) 03:07:17.24 ID:
見てる
18:2013/06/03(月) 03:07:43.17 ID:
見てるがうつ病にはいつなるの?
20:2013/06/03(月) 03:11:15.87 ID:
国立理系だし、ここまで問題なし
21:2013/06/03(月) 03:11:50.16 ID:
就職して1年半、とても忙しい部署への異動がきまった。
直後、原因不明の咳や手足の震え等があったが、この時それが何なのかわからなかった。
そしてとうとう過労で倒れ、入院した。
ただの疲労だったのですぐに退院したが職場では簡単な書類の整理等しかさせてもらえなかった。

異動直後で業務がよくわかっていなかったのと東日本大震災でごたごたしていたという理由もあるが。

そこで俺は不安になったんだ。
「家族の助けになるどころか心配かけてる」「俺は家族にとっても職場にとってもいらない人間なんじゃないか」

そんな考えばかりに押しつぶされて、遂に何もできなくなった。
うつ病だった。
咳や震えはストレス性のものだった。
24:2013/06/03(月) 03:15:53.97 ID:
辞職することも考えたが休職することで落ち着いた。

しかし休養期間中は本当に狂い死ぬかと思ったね。

何もしないなんてそれこそ「要らない人間」になったと思ったからだ。

だから1ヶ月の休みの後にリハビリと称して職場で簡単な仕事をするようにした。

身分は休職中のままだ。
25:2013/06/03(月) 03:17:29.10 ID:
みてる
26:2013/06/03(月) 03:19:12.43 ID:
見てくれてる人ありがとう
今は誰かが構ってくれるのがとても嬉しいよ
27:2013/06/03(月) 03:21:47.15 ID:
それから薬は本当に危険だね。

飲んでしばらくはいいんだけど切れそうになるとまたおかしくなりそうになるんだ。

そしてずっと飲み続けていると薬が切れること自体が怖くなってくる。

薬に溺れると殺されるよ
29:2013/06/03(月) 03:26:03.86 ID:
そして俺は日中笑顔で仕事をして、夜間家で狂うという生活を送ることになった。

これはそれから更に2年経った今現在まで続いている。

家にいる間はひどいもんだったから家族も何も言わなくなった。

どう接しても無駄だとわかったんだろう。
28:2013/06/03(月) 03:25:05.58 ID:
自分も鬱がよくなってきて仕事始めたらブラックだった
気がついたらワーカーホリックみたいになってて
忙しすぎて薬飲むの忘れて、結果的に薬いらない体にはなった。

収入は増えたけど生活が荒んだよ。支出も増えてしまった

給料は少なくても、心身に負担がかからない仕事の方がいいって気がついた
今は休職中
30:2013/06/03(月) 03:27:59.27 ID:
>>28
貴方の心を動かしてくれるものがあるならきっとまたやり直せるよ
31:2013/06/03(月) 03:30:38.30 ID:
そんな俺にも一つだけ救いがあった。

会社の同期の友人で一番中が良かった人がいる。

趣味もあうし一緒にカラオケにいったりしてる時間が唯一楽しい時間だった。

俺がどんなにおかしくなっても見続けてくれたよ。

本当に感謝している。

でも結局俺はダメだった。
32:2013/06/03(月) 03:31:22.87 ID:
え?
33:2013/06/03(月) 03:32:50.61 ID:
誰がどんなに優しくしてくれても「最後はどうせ見放すに違いない」と決め付けて、距離をとった。

それでも苦しくて助けを求めて、そしてまた拒絶する。

そんなことを繰り返すうちにみんな少しずつ離れていった。
36:2013/06/03(月) 03:37:36.71 ID:
2年経った。今では勤務に制限がついているとはいえ一応復職している。

何度か狂った場面を見られたことがあるが、ちょっと変な人くらいにしか思われてはいないだろう。

でも今、俺の周りには誰もいない。仕事上での付き合い以外に人と接することがなくなってしまった。

一番の友人にもとうとう見放されてしまった。

当然だ。むしろよく2年も相手してくれた。本当に感謝しかない。
彼女にとっては数いる友人の一人に過ぎなかっただろうに
37:2013/06/03(月) 03:38:13.84 ID:
気持ちには限界がある。俺は三年荒んで受験失敗したが精神病院行って落ち着いたぞ。
39:2013/06/03(月) 03:41:55.48 ID:
文章からして真面目そうだね。
努力してきたんだろう。たまにはバカになって息抜きしろよ
38:2013/06/03(月) 03:41:03.86 ID:
この間に我が家も激変した。

姉と妹は結婚や就職した。父も人が変わった様に仕事を良くしている。

俺が心配することなんて何もない。

俺は本当に要らない人間になってしまった。
41:2013/06/03(月) 03:46:28.57 ID:
やりたいこともなく、やらなければいけないこともない。

俺の周りには誰もいないし、誰も俺なんかに期待していない。

俺を落ちこぼれの出来損ないと馬鹿にしたやつらを見返してやりたかった。

努力すれば報われるって信じてた。

苦しんだ分だけ幸せになれるはずだった。

どうしてこんなことになったんだろう。
42:2013/06/03(月) 03:49:03.02 ID:
そういう前提が間違ってたってことだよね
43:2013/06/03(月) 03:49:57.07 ID:
俺の人生やり直すことが出来たとしても、同じ様に努力して、同じ様に壊れただろう。

何がだめだったのかわからないんだ。

もう生きる気力もないし、死ぬ気力もない。
44:2013/06/03(月) 03:55:09.39 ID:
贅沢な願いじゃなかったと思うんだ。

誰かの役に立てる人間になりたかった。

子供ができたら買い物でお菓子の一つも買ってやって、寒いならマフラーでも買ってあげて、勉強したいならどこまでも応援したかった。

みんなで幸せになりたかった

これで、終わり
一時間で終わりだなんて薄っぺらなものだね
なんにも手に入らない人生だった

聞いてくれた人たちありがとう
みんなはきっと幸せになってください
45:2013/06/03(月) 03:59:25.23 ID:
俺も会社で突然泣き叫んだりして結局会社を退職したんだが、
そのときは本当に同僚や先輩に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
それと同時にみんながんばってるのに自分は何もできず落ちこぼれたという思いで
毎日消えてしまいたいと思ってばかりいたよ。
47:2013/06/03(月) 04:03:44.56 ID:
>>45
今の職場ではまだ何とか取り繕ってますが
同期が頑張ってる話聞くと「お前はだめだ」って言われてるみたいで体の震えがとまらなくなります。
結婚式にすら祝いに行ってあげられない
49:2013/06/03(月) 04:08:09.20 ID:
俺も結婚式とかまわりから疎外感を感じるから
なんだかんだ理由つけてできるだけ行かないようにしてた。
本人には後ででもお祝いの気持ちを伝えてあげればいいんじゃないか。
53:2013/06/03(月) 04:15:13.52 ID:
>>49
後ろめたい気持ちでいっぱいだよ‥
50:2013/06/03(月) 04:11:47.68 ID:
俺は誰の役にもたたないから、なるべく迷惑かけない程度にしてこうと考えて
少し楽になったよ

確かに結婚式は生き難い。行ってない
葬式は行ってる

>>50 
今は同じ様に出来るだけ迷惑かけないようにする日々です  
51:2013/06/03(月) 04:12:43.07 ID:
薬とかは飲んでるのか?

>>51 
医者にも職場にももう完治間近と思われているので薬は飲んでもかわらない程度しか出ていません 
そしてそれも飲んでいません  
52:2013/06/03(月) 04:15:02.13 ID:
世界が狭いなー。
もっと広く浅く世間をみてみなよ。
付き合いなんて、薄っぺらいくらいでちょうどいい。
56:2013/06/03(月) 04:22:30.66 ID:
>>52
他人を信じてあげられないのに人が恋しいんです
明らかにおかしくなってしまってるんでしょうね
55:2013/06/03(月) 04:20:59.96 ID:
他人への負の感情はわかないの?
妬み、嫉妬、恨み、憎しみとかそんなの
58:2013/06/03(月) 04:28:24.96 ID:
>>55
それは努力し続ける人のものです
努力することを放棄した自分には許されないものだと思ってます
今はただ寂しい
59:2013/06/03(月) 04:30:38.66 ID:
おまえの失敗の原因は
中途半端に寛解しかけで、復職したことだな。

一度仕事やめて、ゆっくりしろ

>>59 
残念ながら一度辞めた人間には厳しい職についています 
それに仕事は最後の拠り所なんです 
これをなくしたらその時が自分の最後と覚悟しています  
60:2013/06/03(月) 04:31:16.58 ID:
他人に期待しすぎなんだよ。
お前が思うほど他の人はお前のことなんか見てないよ。
自分自身もそうだろ?
62:2013/06/03(月) 04:39:47.36 ID:
>>60
わかっているつもりでもどこかで納得できてないんでしょうね‥
64:2013/06/03(月) 04:47:02.74 ID:
「仕事は最後の拠り所」「これをなくしたらその時が自分の最後」って!!
その考えが自分を苦しめてるんだぞ?

>>64 
最初の上司がこの仕事に必要なのは覚悟だと言っていました。 
それにやはり何もしていない時間が一番辛いのですよ 
もう後には引けないんです 
自分でも馬鹿だとは思ってます  
65:2013/06/03(月) 04:49:29.32 ID:
>>55みたいな感情は多かれ少なかれ誰にでもあるし、
むしろもっと怒ってもいいんじゃないだろうか
紙に書いたりするとスッキリするよ
68:2013/06/03(月) 05:03:26.84 ID:
>>65
もしかしたら居場所がある人を妬ましいと思うことがあるような気もします
自分が認めようとしないだけでやはりそういった感情はあるのでしょう

今日も仕事なので少し寝ることにします。
みなさん聞いてくれてありがとう。
スレがもし残ってたらまた覗きに来ますね
79:2013/06/03(月) 11:40:59.08 ID:
俺は本当に要らない人間になってしまった

この一行が全てだな

今まで人のために生きてきたようだからこれからは自分のためにいきればいい

好きな人ができたら結婚して家族に尽くせばいい

いるいらないを今決めるのは軽率だ
まだまだこれからだろ
83:2013/06/03(月) 12:38:33.98 ID:
笑えることを探しなよ

普通は高校生とか大学生の時に見つけるもんなんだけど>>1は寄り道して来なかったから見つけられなかったのかもな

仕事終わりにTSUTAYAでビデオ借りてビール飲みながら見るのもよし
当てもなくドライブに行くのもよし
音楽を聞くのもよし

自分だけの居場所があると人生ちょい違うものだよ
97:2013/06/04(火) 00:56:00.86 ID:
>>1は今が一番辛い時期かもね。

俺も鬱患って10年、周りから誰もいなくなった。
ただ生きてるだけの穀潰しだけど、まだ生きてる。

お互いいい方向に向かえるといいな。
69:2013/06/03(月) 05:04:32.02 ID:
死ぬしかない状態でもないのに詰んだなんて言わないよ