何日かで1知識 「国家のエゴ」①
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「国家のエゴ」①



「国家のエゴ」(佐藤優著、朝日新聞出版)より
2015年8月30日第1刷発行


  1 いま、戦争を正面から考える
  ――私が若い読者に伝えたい、いくつかのこと


  日本は戦前も戦後も「強い国」


 映画『風立ちぬ』が教えてくれることは、二つあると思います。
一つは、この作品に「描かれなかったこと」を自分で補うことが、ここで問題提起したような戦争の諸相を考えるきっかけになるということです。
二つ目は、日本が「強い国」だということです。日本人は自国の力を過小評価する傾向がありますが、その認識は違います。
 日本は朝鮮、中国、東南アジア各国に、大義名分は何であれ、軍隊を送り戦争をしました。戦後は、日本が侵略した国々への賠償外交、開発途上国へ長期、低金利で資金を貸し付ける円借款、資金や技術を許与するODA(政府開発援助)などとセットで、アジア各国に日本企業が進出し、そこから利益を挙げました。日本国家としても、政治的・経済的影響力を及ぼしてきたことは確かです。
 その意味で、日本は戦前戦後を通じて「強い国」、言い換えれば、帝国主義国であり続けているのです。

 日本が帝国主義的であるという点について補足的に説明します。現在の国際関係について、私は、帝国主義的な力関係で成り立っていると認識しています。
 では改めて、帝国主義とは何か。まず、古典的な定義を見ていきましょう。


  二つの『帝国主義論』

 20世紀初頭に活動したイギリスの経済学者、ジョン・アトキンソン・ホブソンの著書に『帝国主義論』があります。資本がどんどん大きくなってくると、鉄豪事業や製鉄業など、巨大産業が生まれます。さらに事業を拡大するには、一人の資本家の力だけで資金を調達することができません。そこで、株式会社をつくる。すると、経済の貨幣的側面である金融の力が大きくなり、金融資本が誕生する。最初は海外に製品を輸出していたけれども、やがて、産業資本や金融資本そのもの、あるいは生産設備自体を輸出し、さらに利潤を追求する。
 そのときに、資本は国家の庇護を必要とし、国家は資本がもたらす富をあてにする。両者の利害は一致し、国家と資本が一体化したものが、帝国主義である。ホブソンはおよそこのようなことを述べています。
 ホブソン論を踏襲したのが、ロシアの革命家、レーニンの『帝国主義論』なのですが、新たに植民地と戦争について詳しく論じています。国家と資本が一体化して海外に進出し、利潤を追求する過程で、進出先の国家や地域を植民地化し、自国の価値観を一方的に押し付つけたうえに、利益を吸い上げる。やがて世界は限られた帝国主義国によって分割される。
 しかし、世界はそれで安定することはなく、すでに植民地を獲得している帝国主義国とこれから植民地の獲得を狙う後発の帝国主義国との間で、植民地再編をめぐる戦争が起きる。その争いは全面戦争になる、と述べました。
 それが二度の世界大戦だと言えますが、第二次世界大戦後、植民地は次々と独立を果たしました。
 この話を前提に、現在の帝国主義について考えてみましょう。1991年にソ連が崩壊し、第二次世界大戦終結から続いてきた東西冷戦が終わり、これで平和が訪れると期待が高まりました。このころ、アメリカの政治学者、フランシス・フクヤマは、ヘーゲルの『精神現象学』を下敷きに『歴史の終わり』という本を刊行しました。
 
 フクヤマは、共産主義イデオロギーに対し、資本に裏付けられた民主主義が勝利を収め、今後、それに代わる優れた政治制度は生まれないだろうという意味で「歴史の終わり」としたのです。この本は世界中で広く読まれ議論を呼び起こしました。日本語版は英語学者で保守の論客、渡部昇一さんの翻訳で1992年に刊行されました。
 しかし、歴史は終焉することはありませんでしたし、世界が退屈にもならなかったことは、その後の世界情勢を見れば明らかです。
 強い国は相変わらず自国の利益を最大化しようと振る舞い、その病理を私たちは克服することができずにいまに至っています。そんな状況を「新・帝国主義の時代」と私は名付けています。
 帝国主義国とは、国際社会において、自分たちで秩序をつくることができる強い国家のことを言います。国際社会は、ゲームのルールをつくることができる国(帝国主義国)と、そのルールに従わざるを得ない国に二分されます。
 帝国主義の数はそんなに多くはありません。まず、アメリカ、中国、ドイツとフランスを中心にした広域的国主義国のEU(欧州連合)が挙げられます。それからロシア、イギリス、もちろん、日本も帝国主義国です。
 帝国主義国の特徴は、相手国の立場を考えずに、自国の利益だけが最大になるよう行動することです。その勢いに相手国が怯み、国際社会も黙っていると、その間にどんどん権益を広げていきます。しかし、相手国が抵抗し、国際社会も非難し始めると、譲歩します。
 たとえばウクライナ危機(ウクライナにおける親欧派と親ロシア派との武力衝突)をめぐってのEUとロシアとの綱引きは、明らかに国際社会の動向を睨みつつ行われています。

 日本と隣り合う帝国主義国の中国の海洋進出が著しいことを考えてみてください。2013年1月30日には、尖閣諸島の領有権をめぐり、中国海軍のフリゲート艦が火器管制レーダーを、海上自衛隊の護衛艦に照射した事件も起きました。一時期の極度に高まった緊張状態は緩んだと思いますが、日本と中国が絶対に交戦しないとは言い切れません。今後は海南島や南沙諸島の情勢も注目する必要があります。「イスラム国」とめぐる情勢も、テロが日本で起きる可能性は排除できないわけですから、決して遠い地域の出来事だとは言えません。
 戦後七十年を経たいま、これまで見てきてように、戦争について正面から考えざるをえないような日々を、私たちは生きています。早合点してほしくないのは、日本が戦争のできる国になるべきだと主張しようとしているわけではない、ということです。


>>帝国主義国としての国際社会における日本の役割を国民一人ひとりが考えていかねばなるまい

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