「ザ・ビートルズ 解散の真実」⑤
「ザ・ビートルズ 解散の真実」(ピーター・ドゲット著、奥田祐士訳)イースト・プレス)より
You Never Give Me Your Money The Battler for the Soul of THE BEATLES PETER DOGGETT
Chapter 4
レノンが脱退しておよそ半年が過ぎたこの時期になっても、ビートルズは相変わらす稼働中のユニットを装っていた。実情は異なるのではないかという懸念も、間近に迫った映画『レット・イット・ビー』の公開と、四人はまもなく一緒に仕事をするというスターキーとハリスンの発言によって鎮められた。
1970年の2月26日にアメリカでアルバム<<ヘイ・ジュード>>がリリースされたのにつづき、映画『レット・イット・ビー』は4月28日にニューヨーク、そしてその一週間後にはロンドンでのプレミア公開が決まっていた。3月6日にはシングルの<レット・イット・ビー>が臨時発売されるが、なにかを物語るかのように、全英チャートでは首位獲得を逃している。にもかかわらずマッカートニーのエレガントでゴスペル色が濃いナンバーは、いまだに未完成だったサウンドトラック・アルバムに対する期待を、全世界的にかき立てた。
過去五年間、作者の承認抜きで、ビートルズの曲に新たな要素がつけ加えられたことは一度もなかった。そして今、レノン、マッカートニー、ハリスンの曲に大きく手が入れられているおいうのに、その三人はだれひとり、現場に顔を見せていなかった。
中でもマッカートニーの< The Long and Winding Road >にリチャード・ヒューソンがほどこしたアレンジは、ほかをはるかに圧っして過激で物議をかもすものだった。オリジナルのレコーディングは自意識過剰の感傷的な仕上がりで、あまりにも女々しかった。だが無調性をひと足ししてこのムードを覆す代わりに、ヒューソンは大胆にも、それを強調することにした。
確かにレノンはすでにグループを脱退していたが、その決断を公表せず、それによって妥協の余地を残していた。マッカートニーは四人のビートルズの中で、最後にグループを脱けたメンバーだった。だが彼はグループの解散を、自分の手柄にする--あるいは自分の責任にすることにしたのである。
>>解散に関する、レノンとマッカートニーの真逆の行動が全てを物語る