「死ねばいいのに」(京極夏彦著、講談社)
「俺が話尋き回った連中は、みんな死ねばいいのにって言ったら、嫌だって言ったんすよ。それがきっと普通なんすよ。だって、みんな生きたいに決まってるじゃないすか。未練ありますよ。未練たらたらっすよ。みんな、満ち足りてねーもん。ああだこうだ理屈捏ねて、自分は不幸だって言うじゃないすか。それが当たり前なんすよ。人間って、みんなダメで、屑で、それでも生きてるもんすよ。あんたの言う通り生きるために生きてるんすから、死にたくなんかねーよ。それなのに、アサミは違ったんすよ。そんなのアリすか?俺怖くなったんすよ」
>>もう、何も要らない、これで満足ですって、言える日が来るのだろうか
「書楼弔堂」(京極夏彦著、集英社)より
「勝負、正否、優劣、真偽、好悪とみなさん白黒をつけたがるではありませんか。高遠様もそうです。今の在り方が善いか悪いか、好きでしているのかそうでないのか、そんなことどうでもよいことではごさいませんかなあ」
「そう違いはないですよ。生まれてから死ぬまでの間、生には決着や結末はない。それはすっとだらだらと続くもの」
「人間は、先程の書きかけの書物と同じです。未完なのですよ高遠様。未完で良いのです。本は書き終われば、或いは読み終われば完です。しかし、生きていると云うことは、ずっと未完と云うこと」
ならば明日のことなど判りますまいと弔堂は云った。
>>未完でない生を終えてみたい
「書楼弔堂」(京極夏彦著、集英社)より
「皆が右に進んでいると致しましょう。そしてあなた様はただ一人、左の方に進んでいる。右に目的を見出すなら左に進むのは逃げていることとなりましょうな。でもあなた様は、左に進みたいから進んでいるのです。目的は左にある。ならばそれは逃避ではない。皆が右を向いて走っているからと云って、あなた様の目的も右の方にあるとは限りません。右を向いて左に進めば、後ろ向きに進んでいることにもなりましょう。ならば目的からの距離はどんどん離れることにもなりましょうな。隙間が大きくなる。それが--」
闕如として感じられるのですと主は云った。
>>皆と違っても、自分の目的に向って進まなければならないこともある
「書楼弔堂」(京極夏彦著、集英社)より
「葵の御紋のその上に、錦の御旗を掲げることで、義が不義に忠が不忠に変じてしまうこともある。官軍賊軍は絶対的な評価ではなく、天辺に何を戴くかで、がらりと変わってしまうものなのでは--ございませぬかな」
「勝先生のご苦労は正にそこに起因するのだろうと、まあ私などは思うのでございますよ。天子様も、徳川様も立てなければいかん。島津も毛利も立てねばいかん。みんな義である。不義はない」
「凡て義であるのであれば、全部立ててしまえ--と、それがあの方の遣り方でございましょう。そのために、切り捨てて良いものはばっさりと切る。立てるものは立てたまま、切って良いものは切って、それから組み直す。勝先生は沢山の義を、もう一枠大きな国と云う区切りの中に置き直し、組み立て直そうとなされたのではありますまいか」
>>勝海舟の義を考えてみる
「書楼弔堂」(京極夏彦著、集英社)より
「私は情報を売っている訳ではなく、本を売っております。ですから読みたいだけ、内容が知りたいだけと云う方には、無料でお貸し致します」
「一度読めばもう要らぬと云うようなお方にとって、その本は本として無価値なのでございましょうし、ならばそういうお方に売り付けるような商売は正しくないと心得ます。それに、本当に欲しい本なら買いましょう。多くのお客様はそうでございます。ご苦労の上お銭を工面されるお方もいらっしゃいますし、値切るお方もいらっしゃいます。探し求めていた本と出逢われた方は、態度顔付きで判るものです。そうした方は何が何でも欲しいのだと、それは熱心に入手する方法をお考えになる。そう云うお方にお買い上げ戴いてこそ、本は本として、成仏することが出来ましょう」
「人として十全なる生を全うすることこそが成仏。ならば、本を人に擬える時、本としての在り方を全うしてこそが、本の成仏」
>>本を成仏させてあげたい