みんなが寝静まった頃に 【不養生のススメ】(06) 患者が望まぬ“胃ろう”の悲劇
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【不養生のススメ】(06) 患者が望まぬ“胃ろう”の悲劇

20170929 05
先日、日本の看護師に、誤嚥性肺炎で入院中の独居の80代認知症患者の悲惨なケースを相談された。患者は、認知機能と嚥下機能の低下によって、口から食べることが困難だった。会話すら難しく、“胃瘻”とは何かもわからなかった。ところが、突然見舞いに来た内縁の妻の「治療をして生きていてほしい」という希望で、医師は胃瘻を開始した。患者はチューブを引き抜かないように拘束され、つなぎ服を着せられた。拘束すると、拘束するバンドから抜け出そうと体を動かし、皮膚が擦れて床ずれができた。患者は直ぐに寝たきりとなった。看護師は、「この一連の流れは本人が望んでいるのだろうか? 意思確認ができない状態で、無理に胃瘻を始めて管理することは、一体誰の為なのだろうか?」と悩んでいる。実は、アメリカでも認知症患者に胃瘻をすべきかどうかの議論が盛んだ。抑々、胃瘻とは人工的に皮膚と胃の間に穴を開けてチューブを通す処置である。1979年に、アメリカで開腹せずに内視鏡を用いて胃瘻を造る手技が開発された。胃瘻を比較的安全で容易に造ることが可能となった。認知症になると食べ物の味や香りがわからなくなる為、食への関心を失ったり、空腹を感じなくなったり、食べ物を飲み込み難くなるな等の摂食問題が頻繁に起こる。ハーバード大学医学部のスーザン・ミッチェル教授らによる2009年の『ニューイングランドジャーナルオブメディシン(NEJM)』の報告によると、22の医療介護施設(※ナーシングホーム=NH)にいる323人の重度の認知症患者を調査したところ、86%が摂食障害を起こしていた。つまり、認知症が進行すると、誰もが摂食障害に陥る可能性があるのだ。

これらの摂食障害は、栄養不足による体重減少や脱水等の問題を引き起こす。そこで、摂食障害のある認知症患者にも、栄養投与の為に胃瘻が利用されるようになった。ところが、最近の研究で、認知症患者に胃瘻をしても延命効果が無いことが示された。例えば、2012年のブラウン大学の研究者らの報告によると、全米のNHにいる約3万6000人の対象者の内、5.4%が摂食障害の発症後1年以内に胃瘻を導入した。結果、胃瘻の導入もそのタイミングも延命に効果は無かった。それどころか、胃瘻は認知症患者に害を及ぼすことが報告されている。胃瘻の主な合併症は、栄養剤の漏れ、嘔吐や下痢と皮膚の炎症等がある。重度の認知症患者は、合併症による苦痛を上手く伝えられないことが多い。その為、患者の負担になる治療が行われる一方で、痛みの軽減は不十分であり、混乱や不安等の症状が悪化することがある。「認知症は心の病気であって、体の機能はそのまま保たれている」と誤解されがちだ。重度の認知症の平均寿命は、進行癌の患者の平均寿命と似ている。前述のミッチェル教授らのNEJMの報告によると、重度の認知症患者では、摂食障害以外に肺炎や発熱発作が頻繁に起こり、6ヵ月以内に死亡するリスクが高い。18ヵ月の観察期間に、重度の認知症患者の半数以上が死亡した。何故、それでも胃瘻をするのだろうか? 理由の1つは、家族が愛する人の飢餓による死を受け止めることを恐れる為だ。アメリカ人の家族も日本人の家族も同じである。但し、ミッチェル教授らのNEJMの報告では、認知症の経過や予後がわかっている代理人を記した事前指示書を持つ患者は、苦痛な治療は受けなかった。代理人の多くは家族である。やはり、患者は判断力がある内に、認知症を理解している家族に自分の意思を示すことが重要なのだ。最近、多くのアメリカ人高齢者は、事前指示書に胃瘻による人工栄養の有無等延命治療の希望を示している。『疾病予防管理センター(CDC)』が発表した『国立衛生統計センター(NCHS)』による高齢者対象の調査では、在宅ケア患者の28%、NHにいる患者の65%、ホスピス退院後の患者の88%が事前指示書を記録していた。その割合は、加齢と共に増加している(※左上表)。NHのデータは2004年、在宅ケアとホスピス退院後の患者のデータは2007年であり、現在は更に増加している可能性がある。

CDCは、「1990年に制定された“患者の自己決定法(PSDA)”という連邦法が、事前指示書が広がった背景にある」とみている。PSDAは、全ての国民に、病気で自己決定ができなくなった時、受けたい医療と“拒否したい医療”を決めるよう奨励している。そして医療機関に対し、患者には事前指示を行う権利があることを書面で伝えること、事前指示書を有しているかどうかを確認すること等を義務付けている。『東京都立松沢病院』の新里和弘医師らによる2013年の報告では、認知機能が衰えた70人に胃瘻の導入の意向を質問すると、「されたい」「してほしい」と答えた希望者は1人もおらず、81.4%は「嫌です」「しません」「絶対嫌です。それより死んだほうがマシです」「穴なんか開けたくないねぇ」等と拒否した。質問中、機嫌の良かった患者でも、「お腹に穴を開けて」という質問には表情が真剣になり、首を振り、嫌悪感を露わにする者もいた。しかし、現実には本人の意思に反して行われる胃瘻が後を絶たない。東京大学の会田薫子特任教授らは、2007年の報告に、医師が進行期の認知症患者に胃瘻をする5つの理由を報告している。

①国民皆保険制度により、高齢の患者が長期に入院することが可能。
②治療の制限をすると、医師が訴えられるリスクがある。
③感情的な障壁。日本の医師は“飢餓”による死を嫌う。
④患者ではなく、家族が終末期の意思決定をする文化。
⑤胃瘻による診療報酬(※病院の収益)。

つまり、日本の医療と法体制は、病院が胃瘻で儲け易い環境なのだ。扨て、読者諸氏は、“最早これまで”となった人生の最終幕に胃瘻をして、手足を縛られ、床ずれに苦しむ日々を過ごしたいでしょうか? これは高齢化が進む日本社会全体の問題なのだが、議論は遅々として進まない。


大西睦子(おおにし・むつこ) 内科医師・医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同大学血液内科入局。『国立がんセンター』・東京大学医学部附属病院を経て、2007年に『ダナ・ファーバー癌研究所』留学。2008~2013年にハーバード大学で肥満や老化に関する研究に従事。現在はマサチューセッツ州ケンブリッジ在住。著書に『カロリーゼロにだまされるな 本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)・『健康でいたければ“それ”は食べるな ハーバード大学で研究した医師の警告』(朝日新聞出版)等。


キャプチャ  2017年9月号掲載

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