【佐藤祥子の「力士、燃ゆ」】(05) 遠藤(追手風部屋)――寡黙な業師の大殊勲
大関・照ノ富士の連覇で幕を閉じた5月場所。優勝争いを独走する照ノ富士を脅かしたのが、前頭八枚目の遠藤だった。十三日目に大関・貴景勝に土を付けた遠藤は、十四日目、成績の振るわない大関・正代に代わって照ノ富士戦を組まれた。土俵際で下手投げを打って照ノ富士の巨体をひっくり返し、際どい勝負となる。軍配は照ノ富士に上がったものの、行司差し違えで遠藤が勝ち星を拾った。マスク着用で声援も禁止されている筈の観客たちが、思わず驚きの声を上げてしまう程の大殊勲だった。日本大学相撲部時代の実績があり、2013年3月に幕下付け出し十枚目格で初土俵を踏んだ遠藤。同年9月には新入幕。端正なマスクで注目を浴び、現在の大相撲人気を呼び起こす起爆剤ともなった。それ以来、幕内在位も45場所、年齢も30歳となり、ベテランの域に達する関取だ。早くからCM出演を果たし、“人気先行”の感もあったが、相撲の巧さは角界のうるさ方からも一目置かれる程。インタビューや取材では寡黙でポーカーフェイスを装い、アナウンサー泣かせとしても有名だ。貴景勝を破った十三日目、ヒーローインタビューを受けた遠藤は珍しく饒舌だった。「今日はどうしても勝ちたかったんです。わかる人にはわかると思う」と笑顔を見せた。長年、付け人を務めてくれた兄弟子が引退を決め、この日が最後の相撲だったという。恩返しも兼ねての白星を、兄弟子への餞けとしたのだった。今でも忘れられない光景がある。新入幕の頃、女性人気を掘り起こす為に、相撲協会は遠藤と隠岐の海らイケメン力士を引っ張り出した。女性ファンをお姫様抱っこするというミーハーな企画に駆り出された遠藤は、「色紙に言葉を」と求められると、長い時間を掛けて真剣に悩み、筆を執った。色紙に流麗な文字で書かれた言葉は“生きることに必死”――。23歳の青年が認めた意外な言葉に驚いたものだ。後に取材者泣かせと言われるまでに寡黙になっていくのだが、それは「言葉を誰よりも大事にする男だからだ」と得心している。
佐藤祥子(さとう・しょうこ) 相撲ライター。日本相撲協会認定・相撲健康体操指導員。1967年生まれ。週刊誌記者を経て、1993年からフリーに。著書に『相撲部屋ちゃんこ百景』(河出書房新社)・『知られざる大鵬』(集英社)等。
2021年7月号掲載
佐藤祥子(さとう・しょうこ) 相撲ライター。日本相撲協会認定・相撲健康体操指導員。1967年生まれ。週刊誌記者を経て、1993年からフリーに。著書に『相撲部屋ちゃんこ百景』(河出書房新社)・『知られざる大鵬』(集英社)等。
2021年7月号掲載
【WEEKEND PLUS】(130) 骨抜きになった民放再編提言…水面下で放送族議員が綱引き
インターネット上での動画配信が広がる中で、地方民放局の存在意義が揺らいでいる。その将来像について、自民党の元総務大臣である石田真敏議員が先月、政府に提言するという噂が民放業界に流れ、「どこまでドラスティックなものになるか各局が戦々恐々とした」(民放関係者)。しかし、そこで石田提言に圧力をかけたのが、自身も総務大臣を務めた佐藤勉議員(※同党総務会長)だったという。佐藤氏は地方を回りながら、ローカル局の考えを直接聞いたことで、再編を穏健に進める方針になった。これを意識した為か、明るみに出た石田提言は「差し障りのない骨抜きされた内容になっていた」(同)。後輩の石田氏が先輩の佐藤氏に忖度した格好だ。とはいえ、佐藤氏にも「ローカル局が各県毎にしか番組を放送できない県域免許を見直すべき」との持論があり、「自らが再編を進めたいが為に石田氏の提言を踏み潰しただけ」との観測もある。地方局の不安の種は尽きない。
2021年7月号掲載
【WEEKEND PLUS】(129) 私権制限に積極的なリベラル勢力…過激な要求を強める野党の危うさ
保守よりリベラルのほうが強権的になり得ることが、先に閉じた通常国会で浮き彫りになった。新型コロナウイルス対応で、より強い私権制限を求めた立憲民主党等に対し、自民党は終始慎重だった為だ。嘗て大学紛争封じ込めの強権措置を盛り込みながら一度も使われなかった『大学の運営に関する臨時措置法』を引き合いに、「自民党は口先だけで“伝家の宝刀”は抜けない」とする声もある。しかし一方で、普段は人権や多様性の尊重を訴えるリベラル勢力が、簡単に強権主義に変わる可能性を示唆した。人権外交でも、菅義偉政権は中国に対する配慮から、新疆ウイグル自治区や香港での人権抑圧問題での批判や制裁に及び腰だった。一方で、野党系の『人権外交を超党派で考える議連』内から、人権侵害に関与した外国人に日本政府が制裁を科す“日本版マグニツキー法”の制定を求める意見も出ている。こうしたテーマが、次期衆院選の論点の一つになりそうだ。
2021年7月号掲載
【木曜ニュースX】(81) みずほ証券、「退職者に留学費用返せ!」の赤っ恥訴訟
「お前に使ったカネを全部返せ!」――。女に袖にされた男がしばしば悔し紛れに口にするセリフだが、これを言ったらもう終わり。互いを責め合うだけの痴話喧嘩になるのが必定だからだ。そんな痴話喧嘩を目下演じているのが、『みずほフィナンシャルグループ』社長の坂井辰史が就任までトップを務めた『みずほ証券』と、同社を辞めた元社員2人。2人は、みずほ証券が“グローバルで活躍できる視野の広い人材を育成”することを目的とした公募留学制度を利用、アメリカの大学でMBAを取得して帰国したと思ったら、早々に同社を退社してしまったのだ。その為、留学費用の返金を求められているのだ。此方Aは2007年の入社で、債券市場本部等に所属後、留学制度に合格。2015年から約2年弱、ノースカロライナ大学で学び、MBAを取得する。しかし、約半年後には“一身上の都合”を理由に同社を辞めてしまう。外資系証券への転職が決まったからだ。彼方Bは2011年の入社。アドバイザリーグループ等を経て、2016年から約3年弱、バージニア大学に遊学し、MBAを取得した。こちらは帰国から約ヵ月後に同じ理由で退社した。転職先は投資ファンドだ。何しろ、MBA取得のキャリア留学である。その費用は半端でない。渡航費から授業料、果ては現地での家賃等、締めて約2440万円と3045万円。しかも留学制度利用者は、みずほにしてみれば、キャリアアップ支援を行なっていることの広告塔でもある。
ところが、早々の退社――。みずほ側が憤るのもわかるというもの。但し、もうそうなると、今度は悪口合戦だ。Aは本人尋問で転職理由を問われて、Aから見て優秀と思われる先輩のシニアの社員が、所謂閑職に追いやられるのを目の当たりにしたと言い、Bは「本来はそうならない筈だった」という帰国後の配置先への不満から、人事部に不信感を抱くようになったと言う。要は、みずほ証券に“愛想を尽かした”と吐露されてしまっているのだ。そんな恥部を晒してまで費用返還を迫ったみずほ証券。昨年10月と今年2月の地裁判決は、其々、2件ともみずほ証券の完全勝訴だった。同社は留学予定者に対し、渡航前に「帰国後5年以内に退職か、解雇の場合には費用全額を退職日までに弁済する」という誓約書にサインさせており、特約付の消費貸借契約が成立していると裁判所が認定したのだ。こうしたケースは、労働者に労働関係の継続を強要させない為の労働基準法16条(※賠償予定の禁止)に関わるが、誓約書の存在と“概ね5年以内”は不当に長いわけではなく、違法とは言えないとした。これに対し元社員側は、誓約書は「相手を心理的に拘束し人材流出を予防するツール」と反論とするが、確かにそれはその通りだろう。ただ、一般の感覚で言えば、元社員の所業は“恩を仇で返す”に相応しい。しかし、みずほ側にも優秀な社員たちを繋ぎ留める術がなかったというわけだ。事実、元社員側は2013~2016年の間で8名の留学生のうち4名が5年以内に退社していることを挙げている。一方のみずほ証券は、「2013年より前に107名が制度を利用したが、5年以内の退社は3人のみだった」と主張。逆に言えば、年を追う毎に早期退社が増えている格好。職場の荒廃ぶりは、語るに落ちたということか。 《敬称略》 (取材・文/フリージャーナリスト 横関寿寛)
2021年6月号掲載
テーマ : 刑事事件・裁判関連ニュース
ジャンル : ニュース