海見えて

海見えて

海見えて ぼくの形に 枯ひまわり  ・・・えぞを 
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十五夜さんと丹頂。

まんまるお月様に
子どもの頃、母は弟の採ってきたススキやホオズキを活けて
なにがしかの菓子を供えていた。私たちは翌朝、供え物を頂いた。 

母は必ず季節ごとの 子どもにまつわる行事を楽しんでいたように思う。

母の子ども時代、薄幸だったその秘密を知っているのは・・
6人弟妹の中、私だけだった。 (親不孝をしたかな?)と・・
まん丸お月様を見ながら ふとそう思った。

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  お隣さんが 「河川敷に夫婦の丹頂が来ているよ」と
  声をかけて下さった。私のカメラで 望遠ぎりぎりまで伸ばして
  撮った。  あまり近づくと飛び立ってしまう。
  彼らには 人間を怖れる遺伝子が組み込まれているらしい。
  牛や イヌ ネコ キタキツネ カラスなどとは仲良しである。

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      ミズヒキ
 
       低地~山地の林内や 林縁・・・ 日本全土に分布

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   わたしの、身近な野の草花は 遂に終わりを迎えた。 今咲いている物は
   除草が行われた後に、再生された草花が 丈低く咲いているのみ。


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近衛兵宿営地と、東京国立近代美術館工芸館

 明治新政府が樹立した当初、脆弱な体制だった明治政府が、
「天皇の警護」を名目に薩摩・長州・土佐藩から約1万人の献兵を受け、
創設されたのが「近衛兵(このえへい)」です。
園内は近衛歩兵第一連隊と第二連隊の宿営地だった。

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父の兄が 私をとても可愛がってくれたと母から聞いていた。
私を見せるために 帰郷した両親と私。
農村の薄暗い部屋で 囲炉裏を囲む食事に怯えて
幼子のわたしは食事をまったくとらなくなっており
叔父が 卵掛けご飯を根気よく食べさせてくれたと。


その叔父が 近衛兵として招集された。
眉目秀麗で・・学業にも規範が有り、
家庭にも条件が有ったと言う事だった。

当時は個人の家庭だけでは無く 村の誉れでも有った由。
やがて叔父は 結核にかかり・・除隊になって帰宅する。
粟粒結核だったために・・妻も二人の幼子もあっという間に死亡。


そんな過去を聞くにつれ・・わたしは 一度その建物を見てみたいと
考えていた。

1989年 上記の建物の前に立っていた。
周囲は警備の人たちや、警察があちこちに立ち 何事かと
訝るわたしに 坂の下の門を指さした ガードマン
「何ですか?」・・「皇居の門です」 札幌から来たというガードマンは
北海道を懐かしみ・・昭和天皇の崩御のためです。と・・
わたしは いわゆる 「お登りさん」だった。

建物の中は 特に警備も無く、守衛もいず するすると入り
その建造物の 一つ一つの美しさに見ほれてしまった。
中は 「静謐」と言う言葉が最も適していた。

次の年も行ってみたが 工事が始まり 修復作業が進められ
やがて  東京国立近代美術館工芸館 になると言う事であった。


時は流れて・・すっかり忘れて居たが・・
マッチ1本の灯りに照らされて・・浮かび上がる映像。

新しい工芸館 - 国立工芸館  調べたら・・
東京国立近代美術館工芸館は2020(令和2)年10月25日、通称を国立工芸館(NCM)として
皇居のほとり北の丸から、工芸のまち石川県金沢市の本多の森に移転し・・


えぞをさん わたしのユニークな体験を・・こんなことを書いていって
良いのだろうか?

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早稲田大学 演劇博物館


アジアで唯一、演劇を専門的に扱う博物館として知られる。

雑誌『早稲田文学』の成立に貢献した英文学者坪内逍遥の古稀と、
彼の1909年(明治42年)から19年間の歳月をかけた『シェークスピヤ全集』全40巻の
翻訳事業の完成を記念して、
1928年(昭和3年)10月に早稲田大学早稲田キャンパス内に設立された。『ウィキペディアより転記


今から36年前・・東京の京王ホテルで あることで招待を受けるために
上京した。 見たいところをリストアップして・・梅のおにぎりを持った。
何故かというと・・少ない時間で一つでも多くの美術館を訪ねたかったから・・
何の時間を削るかというと 食べることだった。

今のように パソコンもスマホも無い時代に 何で調べたのだったかも忘れた。

今日の朝ドラに・・若き日の坪内逍遙が出てきた!
その人が中心では無いから・・変な汚い・・青年のイメージが大きく
万太郎夫妻と一緒に住む 長屋の住人とだけ 受け取っていた。


「演劇博物館を見たい」 その一心で 訪ねた先が早稲田大学だった。

不勉強な私は・・ただ驚いて 古い階段を上がって行った。
誰も居ないその空間は・・知識も無い事も有り・・
資料も 書架の中に古色蒼然として並べてあるだけで何の説明も無く
展示されている 有名な舞台の衣装も古ぼけていた。 
肩に入っていた力が一気に抜けていった。

そして忘れた・・  今日まで。


ブログも とうとう書く事が無くなり・・お休みするのも悪くないなどと
考えていた。

「自分の事を書きなさい」 夫の口癖だった。

マッチ一本を灯したあかりが見える・・・

そう・・ マッチ一本の灯りを書けば良いのだ・・


   イヌホウズキ

     道端や 空き地  原産地 北アメリカ


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一匹の蠅

戦中戦後に子ども時代を過ごしたから
ノミ・・シラミ・・はてはナンキンムシまで・・洗礼を受けた。
なのに・・
昨日は 一匹の蠅に翻弄されて・・
しまいにとうとう体に 蕁麻疹の反応が出てしまった。

精神の弱さだろうと知っているが・・どうにもならない。

はえ叩きを持って終日過ごすが・・うまくいかない。
そう言うとき・・夫がいたらなぁ~と・・つくづく思い・・

ブログも書けなかった。

ところが 今日も昨日のでは無い 蠅がいる。
あ・あ~~

     
    スベリヒユ
 
      道端や 畑の縁・・一年草 日本全土に分布

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6月と9月の違い

ターシャ・テューダーは 6月を輝きの季節と言った。
よく似た気候のこの地を わたしもまた 輝きの季節と呼ぶ。

いま9月・・大地からの収穫の時なのだろう・・
豊かな実りを約束されていない この地方は ただ寂しいだけ
そう思いながら・・暮らしている。

送り主さまへ。
ドクダミのお花は とうとう咲きませんでした。

    9月23日 撮影
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この押し花は 今から15年前 空知川河畔より8月に採取したものです。
北海道と言っても ひとくくりに出来ない・・その証拠のような植物です。

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弟子屈の(テシカガ)路傍を 秋の風が吹きすぎる・・

    ススキ  株立ちになっていないので オギ かもしれない。要・観察!

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弟子屈町は夢の町


弟子屈町は  どう読むの?
テシカガって言うんだよ。 アイヌ語で 「岩盤の上」の・・意味

弟子屈町は北海道の道東に位置し、総面積774.70km2のうち 阿寒国立公園の
面積が56%を占める全国有数の観光の町である。

一見小さな町に 思いの外の絶景が随所にある。
○○一と呼ばれるものがたくさん有る。

摩周湖の透明度は勿論のこと
 
屈斜路湖にある 藻琴半島・・あちこちに温泉の源泉が出ているためか
温かな島で 北海道で唯一「ミンミンゼミ」が鳴く。

屈斜路湖を母とする釧路川は・・一級河川で 唯一ダムの無い川。
やがて 釧路湿原へと向かい、太平洋に注ぐ。
無数の川を集める屈斜路湖は 唯一の川・・釧路川・・にだけ
注ぎ出ている。 

第三展望台・・摩周湖に背を向けて遙か彼方を見ると
わたしの大好きな・・屈斜路湖が見える。屈斜路湖は日本一大きな
カルデラ湖
手前の白い山は・・硫黄山。

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もう殆ど野や河原に見えなくなった 
「カワラハハコ」
此処にはたくさん咲いていた。 国定公園の中なので場所は特定しない。
低地・・高山の日当たりの良いところ、北海道本州中部以北に分布


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弟子屈には 全部で6箇所・・もっとかも知れない・・の足湯がある。

たくさん歩いたので とても気持ち良く、足の疲れが取れる。

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予定の行程が終了する頃、しぶきを上げて 雨が降る。
道東は 一雨ごとに寒くなる・・

今日、出会った動物たち・・タヌキ、キタキツネ、 エゾシカ 、タンチョウ

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丹頂と摩周ブルー

両親と子どもだろうか?

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トウキビなどの刈り入れ後に 落ちた種を拾いにか?
数十羽の丹頂が 飛来していた。
道東の人々は 丹頂を見て誰もが幸せを感じている。

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「お天気が良いから摩周を見に行こう」と 娘からの電話が入る。

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1時間ほどで到着、 晴天で出かけたけれど 此処は曇り空。
湖面は雲を映して全面摩周ブルーとはいかない。
此処のパーキングは 無料

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撮っている人は日本人。 撮って貰っている人は全員外国人。
道東は、外国からの観光者が多くなっている。たくさん美しい思い出を
みなさんのお国に持ち帰り「日本は美しい島国だった」とお伝え下さい。

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小さな島の向こうに見える山は 摩周岳。 娘も息子も ぐるりと
巡ります。息子はマラソンの練習、 娘は膝を痛めたので
トレッキングポールをついて登山をしている。

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心も体も癒やす食べもの

13才の時に肺結核にかかった。
物資の豊かでは無い時代のこと・・母が何処からか4合瓶に
入った 蜂蜜を分けて貰って来た。

それで結核が治ったとは思って居ないが
老年期に入ってから ふと思い出して・・・

病院へ行くほどでも無い・・頭痛、寒気・肩こり、倦怠感 胃腸の不快感
などの症状が起きるとき 主に朝の起きがけにおきるのだけれど・・

蜂蜜に 体温ほどの湯を注ぎ  ゆっくり飲む。一口づつ・・ゆっくりと・・

動くことが出来るときは ショウガがあれば絞り汁を少し足したり

葛に蜂蜜を入れて・・これはレンジで作ると便利。

これが 絶大なる効果を生む!

お腹を壊したあとで・・シーンと胃の辺りが痛むときなど・・
一口ずつ・・ ほんとうに ゆっくりと・・飲んだり、或いは食べたりする。

今回もワクチンの副作用なのか微熱が出て 下肢がだるくなったが
これで解決。
吉野のくずは 奈良を旅した時に出会い・・無くなるとネットで「くずの館」へ注文。
蜂蜜は 山田養蜂場から届く。




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   エゾフウロ
    
     海岸や原野 ・・北海道 (主に太平洋側)・・本州中部以北

    

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さて・衣替えを

下半身がサワサワと寒い。  微熱が続いている。これがワクチンの副作用か
と思いながら・・電気毛布のスイッチを入れた。

今朝も微熱が有り、寒い。 タイツをはき、もこもこの靴下を出して来た。

もう夏の白い衣類は 真っ白に仕上げて、沁み一つ残さぬように
洗い上げた。

今日は本格的に衣替えをしよう・・ 旅へ出かけるための衣類の選択もしよう・・。


 30年前 この町を終の棲家とおもって降り立ったとき
 この町はユウゼンギクの里・・と思った。

 道端や草地に 各色の彩りで咲く ユウゼンギクが溢れ咲いていた。

 しかしその風景が 何時の間にか消えてしまい 野から根を少し持って来た
 この花だけが生き残った。


     ユウゼンギク
       
        道端や空き地  原産地は北アメリカ  (メリケンコンギク、シノノメギク)



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北の魚・ハタハタ

ワクチンの副作用が無く~上腕に打った注射跡が少し痛い
程度で・・こんなんで効果があるのかな?って思ふ。

お薬が今日で切れるので 町立病院へ行く。

待合室の人は・・何故こうも何もしないでうつむいているのだろう・・
いつも思う事・・

スマホで (イヤホンで)映画の続きを見たり 音楽を聴いたり
ノートを持参 旅の計画立てたり・・
LINEへ返信したり・・ そこで無ければ出来ないことを
次々片付けるのにちょうど良い。

   帰りにスーパーにより「見つけた!」 大好きな ハタハタ
   みりん、お酒、お醤油 ショウガ きっちり煮付ける
   海から揚がったばかりの魚は、生臭さが全くない。

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    本当に美味しくて、ご飯のお代わりをした  
    何ヶ月ぶりだろう。



      堤の色は すっかり 秋色。。キンエノコロ

      道端や空き地 畑地  全国に分布 ムラサキエノコロも有るそうな~見てみたいなぁ~


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      みぃのコロ 健在ーどこへでも一緒。

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