海見えて

海見えて

海見えて ぼくの形に 枯ひまわり  ・・・えぞを 
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海見えて・・9  1991年 12月 20日 発行

 卯根倉ーその九ー 鉱夫長屋での生活 (2) ー えぞを記

 ゴムまりを持った影コが急いで広場を立ち去った。
まるで わたしの気まぐれが再び変わるのを怖れているように。

私はこのことを後悔しまいと思った。自分がゴムまりを失う事により
何を得ようとしたのかを知ろうとした。

長屋では 便所も炊事の洗い場も 共用である。棟から突き出た
吹きさらし廊下の外れにある便所は特に寒い夜は苦手の場所だった。

卯根倉小学校分校は 二教室だけ、今朝、出征兵士が出発したので
平日なのに日の丸の旗が 職員室の前の長い竿に掲揚されていた。

爪先立つと左下に鍛冶屋の高い屋根と 太い煙突も覗けて見えた。
この建物は去年の夏までは 出入りを許された大好きな場所だった
(父が生きている時)・・・の意・・・ 子どもも特権階級だった。
土間に散る火花 鉄滓 肺に沁みるるグリスと鉄の匂い 連弾する金槌音
さらに 職人の汚れた腕でフイゴから創り出すあの炎の新鮮さ。
鍛冶場には私を陶酔させるものがある。

外便所を出て、長屋の廊下へ入ると 周囲がいっぺんに暗い。
雪が深いので長屋の玄関側は 長い長いトンネルで繋がっている。
この冬囲いは夏も一部を除き 撤去されない。
窓を作れば 雪が吹き込むので 僅か板やムシロなどの隙間が
採光源となっている。

入り口のすぐ裏から大きな手が出てきて 私の両眼を蔽った。
後ろからの腕の高さと体臭で すぐ相手が誰かわかった。
「こら!ヨシ造 やめれや」とわめいたら ヨシ造はあわてて自分の
家の方に逃げ出した。彼は学年で一番からだが大きい。
走るのが遅く 履いている下駄の鼻緒も緩すぎたのか直ぐ追いついた。
その時 彼の次兄が出てきた。 
「ヨシ造 遊んでいないで ちっちゃい子の面倒みれ!こいつ何度言ったら
わかるんじゃ」と弟の顔を睨んだ。 その目を無視してするっと抜けようとしたら
あっという間に「バンバンバン」と頭と頬を叩かれ 肩をつかまれた。
見ている方が間が悪くなり帰りかけたら ふくれっ面のヨシ造が
「ちょっと入れや」と言った。  「いやぁまた今度」 「いいべ ちょっと入れ」
と重ねて言った。           ( つづく)

遠音記

書写しながら・・卯根倉物語は 二人の子といっしょに何度も聞いた。
まるで絵本の読み聞かせのように・・せがんで・・
しまいには 自分達も 其処の住人であったかの様に 
その世界に埋没し錯覚さえした。
何度も何度もせがんでは この物語を聞いた。

いま書写しながら・・何故8-9才の子がこんなにも克明に覚えているのか
この時だけでは無く 戦時中の飛行する敵機や暮らしぶりなど細かに覚えていた。
まるで 歴史の証人でもあるかのように。

不思議に思い 書きながら考えた・・思い当たることがある。 
見た物を脳の何処かに 写真のように記憶する能力があったのでは・・

それ以外に秘密を説くことが出来ない。のちに、その正確な村の様子は
むかしの 卯根倉の住人によって証明された。
 


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