海見えて・・9 1991年 12月 20日 発行
ーサンタクロースが来た!ー(1) 遠音記
幼い頃の記憶は殆ど曖昧だが 時に鮮明な部分として残り
現在の体験と同次元になる瞬間がある。
例えば 野一面に咲くたんぽぽ 夜明けに聞く「コケコッコー」の声
縁側のしだれ柳 セキチクの花 様々な雲の形、透けて見えるウサギの耳
薄氷 数え上げれば限りが無い。
トマト畑で 人差し指を上に伸ばし じっとしていた日 太陽がじりじり灼きつけ
目の上を流れる汗 竹柴(たけしば)と間違えて 私の人差し指に止まった
不幸なトンボ 書き出せばペンが止まらない。
どの記憶も 一つのもの悲しさを伴い訪れる。胸の奥が微かに痛む。
11月半ばクリスマスや 画廊のパネルデザイン・ ロゴデザイン
ツリーの ディスプレイをパルコ店内に設置したと 電話が入り
娘の作品を、見に行く。街は何処もクリスマス一色になっていた。
子育ての中で 心躍るクリスマスの夜が有るが
今日は自分の記憶に残る 昭和17年から19年の三回のクリスマスを
ー遠音5歳から7歳までの記憶を書きたい。
赤平市字茂尻の教員住宅は 板の間の台所と六畳・八畳に
縁側が付いていた。4歳から12歳まで此処で育つ。
子どもは4人、一つの布団に二人づつ睡っていた。
クリスマスの夜 直ぐ下の弟と約束する。
サンタの正体を見極めるまで 決して睡っては行けないと。
弟は指切りしたまま眠り 間を置かず私も眠りの橇に乗ってしまう。
翌朝 母の手編みの靴下から はみ出して入っているプレゼントに
歓声を上げるが サンタのおじいさんに会える一年に一度の
チャンスを逃したことを口惜しがる。
やがて(サンタは本当にいるの?)という疑いを持つようになっていた
私は 睡らぬように 弟をつつく。
石炭ストーブの燃える音、時々石炭を補足する時の十能(じゅうのう)
デレッキの音が睡っている子を 起こさぬようにと 気遣っている。
鉄瓶や湯沸かしの音、両親の秘やかな会話、足下に入っている
湯タンポのほんのりとした温もり・・・これらがメトロノームの様に深い眠りへ
誘おうとする。7歳と4歳の子は 必死にこれらと戦う。
「もう睡ったろうか・・」 「静かになったようだね」 やがて襖が静かに開く。
すーっと入ってくる電灯の明かり。
母が私の顔をのぞき込むのが、母の呼吸の温もりで分かる。
これが親をだました 最初だったかも知れない・・ (つづく)