気が付けば、11月も下旬、前回の更新から1か月半も経ってしまいました
10月8日、無事
義母が「特養」に入居しました
一緒の中にいても「あなただれ
」でいるし
ごはん食べて~トイレ行って~あとは自室で寝てるだけ の生活なので
自宅にいようが特養にお世話になっていようが
義母的には「変わりない日々」を送っている・・・らしい
というのも、コロナ禍で「面会禁止」になってしまっているのです
前を通りかかるのですが「禁止」と大きく張り出されてるのでそのままでいたら
インフルエンザの予防接種をかかりつけ医(義母たちの)で受けた時に
特養の所長さんとばったりあって「禁止」と書かれているけれど
今は感染状態も治まっているので、少しだけなら会えますよ~と
この時、義母入所からほぼ1か月(11月4日)
現在(11月22日)の状況では「チラッと面会」もできそうにないですけどね
預けっぱなしでも
いけないかなと顔を出しましたが
やはり
分かりませんゎ
「見たこともない」と言われました
そんな状態なので、此方としても「お任せ」という気持ちが強くなっちゃいます
入所した時よりぐんと冷え込むようになったので
冬用のコートや入れ歯洗浄剤の追加や
義父の使っていた「ちゃんとシャンプーできるリンス」…ちょっと古いかも~
などを追加で持ち込み
「会っていきますか
」と言って貰えたけど
会っても分からないし、実はもっと心配なことがあったので…パス
家には、今年13歳になった黒猫
がいます
義父には追いかけられたり
したので、義父を見ると逃げていたけど
義母は「猫さん猫さん」と最後まで名前を覚えなかった
けど可愛がって貰っていたの
その胡が、今年の夏、膀胱炎になったのを皮切りに
体調が思わしくない日々が続いていて
仔猫の時から、食べることに命かけている
胡だったのが
ごはんを半分しか食べない…吐く…と体調不良
仔猫の時からの病院に掛かっていたんです
「膵炎」だろうということで治療もして
一時は良くなるんだけれど、また吐いたり食べられなかったり・・・
今まで予防接種くらいしか病院に行ったことが無かったのに
そんなことがあった9月~10月、の2か月
そして、10月31日、「入院治療」することになりました
その後、色々とあって、病名が判明したのが、11月11日のこと
猫に多い「消化管型悪性リンパ腫」という診断
完治することは無く、「寛解状態」を長く保つ…その為の治療に入りました
命には限りがある、動物の寿命の方が短い、人の4倍の速さで生きている
そんなことは分かっていても、限りがあると宣言されると
何故、そんな病気になってしまったのか
させてしまったのか
もっと早く気づいてあげられなかったのか
数々受けた検査(レントゲン・CT…)で早く分からなかったのか
10月8日にレントゲン検査受けていたんです、その時は「異常なし」だったのに
こんなに急に腫瘍が大きくなるのか
見落としたのでは
でもね、その時一緒に画像見たんです、本当に何も無いような画像だったのです
自分の「乳がん告知」の時よりも狼狽えている私がいました
主人が初回の告知の時に、説明を聞きながら貧血起こしたけど
あの時は「しっかりしてよ
」と思ったけど、今なら分かりますゎ
動物の場合、「治療を受ける・受けない」という選択肢もあるけど
少しでも長く一緒に居たい、少しでも元気になれるのなら
ということで、治療を受けることに決め、現在抗がん剤治療中です
それがね、「シクロホスファミド」も使うんですよ
はい、私も使いましたゎ、点滴でね
でも、ニャンコの場合は「飲み薬」しかもかなり大きい
それから「プレドニゾロン」はい、ステロイド薬ね
これも使うんです、これも大きめの錠剤…徐々に減量しますが
それと、もう一つは「静脈注射」はい「点滴」です
もらしたら大変なので「軽く抑制をかけて」…要するに麻酔です
自分の抗がん剤治療の時のことを思い出して
なんとなく怠い~少しでも横になりたい~ってあったけど
にゃんこは日本語話してくれないから、そんな気分は分かるかしら
と心配しています
今のところ、やはり
食欲が落ちるみたいで
昨日からあまり食べない・・・けど、一種類のは食べるの
好きなものを食べさせて、体力温存して、治療を受けるようにさせてあげたい
なので、今とっても「ワガママ」な猫
に仕上がっています
治らない病気になってしまったことは悲しい・悔しい
けれど、タイミング的にはとても良い時
だって、10月以降、2日に1日は通院、しかも絶食なので9時台に連れて行く
もし義母が入所せず自宅にいたら、通院するにも義母のことをやってから
義母のデイサービス関連の諸々も結構手がかかったし、着替えからですもの
夜の「リハパン履き替え」一つにとっても、余裕がないことは間違いない
それと、もし、子供たちに仕送りの真っ最中だったとしたら
それも金銭的に余裕がなくて、治療を諦める…ということになっていたと思う
実際には、子供たちが手を離れた時に保護したんですけどね
人間には「限度額適用認定証」という制度があって治療費も助かったけど
犬・猫・鳥・・・にはそのような制度自体がありませんもの
13歳9か月は人間年齢70歳くらい
病院の先生は「高齢猫」というけど、見た目は毛で覆われてるのでシワ・シミもない
歩き方や、ジャンプのヘリ方が「年取ったなぁ」と思わせていたけど
まだまだ元気で居てくれると思っていたのに
義母の介護が「終わったーー
」なんて思っていたから
神様が「もう少し修行しろ」って新たな介護を与えたのかしら
願わくば、治療が順調に進みますように
少しでも楽に・愉しく過ごせますように
今も足元ですやすや寝ている胡が愛しく可愛いです
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- 2020/11/22(日) 16:44:03|
- 愛猫
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頻脈の原因を「アレルギー」ということで一件落着させ
待ちに待った退院
2007年7月20日
入院期間は10日間、予定通りの入院生活でした
入院中の良い点、私の場合「食事つくりからの解放」
黙っていても決まった時間に栄養バランスの良い食事が出るって素晴らしい
もともと料理が得意ではないのでね、これは本当に良いことでした
治療以外で辛かったこと、それは可愛いにゃんこと離れていたこと
当時推定6か月の子猫~ちょっと大人になりかけのこだったので
遊びは夢中になるし、寝姿は文句なし可愛いし
入院中は携帯の画像で我慢していました
こんな気持ちを知ってか知らずか、当猫は私の実家に預けられ
兄・義姉・姪・祖母に至れり尽くせりの生活を送っていたそうな
「私のこと忘れちゃうかな
」と心配しましたよ
退院は主人の車で、ガタゴトと揺れると大きな創の所が「イタタ」でしたが
なんといっても我が家は最高です。 たとえ汚れていても、狭くても
主人曰く「いちおう朝掃除機掛けた」そうですが……ちと汚な
当時は実家の隣に住んでいたので、入院中の洗濯物を回し
手紙とかの整理を休み休みしながら、午後のお茶を目当てに
迎えに行くと
義姉と祖母が「今日、病院行ったのよ」と
「朝から吐いちゃって診てもらったけど。異物かな~って」
「ごはんは食べないし、遊びにはのって来ないし、元気さもイマイチ」と
動物病院の先生は「お母さん(私のこと)が入院中で、今まで我慢していたのかも」
という診断らしくて。まぁ、そうなの!可哀そうだけど、なんか嬉しいわ
でも、「ジジ~~ただいま~」っていっても「チラッ」ってみただけで
走ってくるわけでもなく
母としてはとっても寂しい
キャリーケースに入れて自宅に戻ったころ思い出したのか
ウ~~ンとかにゃ~~んって甘えだして。もう、忘れんぼさんなんだから
ナデナデしたり、ごはんをあげたりしていたら
トイレに行こうとするので、まあ落ち着いたのかなと私は横になって休んでいたら
トイレの方から、いつもとは違う叫び声のような声が
慌てて行くと(お腹はイタタですが小走りで、母は強い)
が出しづらかったのか唸っています
おいおい、お母さんが便秘で苦しんだからって、真似しなくても良いんだよ~
よく見ると、
の中に白くて長~~いヒモが
これは、動物病院の先生が恐れていた「誤飲」ではありませんか
電話したら「出たものを一応持ってきてください」ということなので
まみれの20㎝位の奴を洗って、ニャンコもキャリーに入れて
義姉が丁度出かけてしまっていたので自分の創もちと痛いのに
10分の道のりを頑張って車も運転しました
本ニャンは出たらすっきりしたのか、今までの分を取り戻すべく甘えるし
「全部出たのか分からないので、十分注意してみてください」と言われ
「こういう子は今後も誤飲の危険はありますからね」って釘刺されました
はい、確かにその後もオモチャの羽やらお腹に入れています
まさか、退院した日に車の運転をするとは思わなかったわ
確か2週間くらいは運転は控えてとか言われたけど
可愛いニャンコのため、母は頑張ったんですよ、痛かったこと痛かったこと
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- 2013/11/20(水) 17:32:38|
- 愛猫
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