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第33回佐賀県書道展に寄せて
高校時代のひと時、私は中林梧竹の書の魅力に取りつかれていました。
電車通学だった私は下校の途中、時おり駅の近くにある小さな文房具店に立ち寄り、書に関する法帖や、書籍を見るのが何よりの楽しみでした。当時、清雅堂からは幾種類ものコロタイプの法帖が刊行されていて、高校生の私にはどれもこれも高価なものばかりでした。しかし、毎月のお小遣いを少しずつため、お目当ての本をいざ購入できた時の喜びは、今も鮮明に覚えています。
六朝や唐時代の代表的な数々の古典から、迷いに迷いながら法帖を買い求める中で出会ったのが、中林梧竹の興福寺断碑の臨書本でした。長鋒の羊毛を駆使した、あの独特の味わいに、高校生の私は不思議な衝撃を受けたものです。
中林梧竹の書の、何が私を魅了するのだろうと思いつつ、次に出会ったのが、海老塚的伝氏が著わした評伝書『書聖梧竹と書の鑑賞』でした。個性的な文章とともに、梧竹信仰といっても良いほど、海老塚氏の梧竹に対する愛が濃厚に綴られたこの本を、ひところの私は就寝前に数頁ずつ読み進め、翰墨の世界に繰り広げられる種々の場面に心躍らせていました。
この度、高校時代に魅了されていた中林梧竹と、明治の元勲で書家でもある副島蒼海を顕彰する佐賀県書道展の審査をお手伝いする機会をいただき、誠に光栄に存じます。
漢字、かな、調和体(近代詩文)、少字数書、墨象、篆刻、刻字と、幅広い部門のあるこの展覧会は、佐賀県で最も規模が大きく、全国から参加ができるとお聞きしています。梧竹や蒼海の書のように、私たちに大きな感動を与えてくれる意欲作を期待しています。
審査委員長 富田淳
(九州国立博物館長)
(九州国立博物館長)