悠久の流れ~『長江哀歌』
三峽好人
STILL LIFE
中国の巨大国家プロジェクト、三峡ダム建設。世界一の巨大ダムの底に沈み
行く運命にある古都・奉節を舞台に、変わりゆく中国と変わらない市井の人々
の「生」を描く。2006年、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞作。監督は中国
第六世代の旗手、ジャ・ジャンクー。キネマ旬報の外国語映画ベストワン、朝日
ベストテン映画祭でも外国語映画第一位など、日本でも高く評価された。個人
的には「一般受けはしない作品」というのが率直な感想。とても地味な映画です。
中国の第五世代の監督たち、陳凱歌チェン・カイコーや張芸謀チャン・イーモウ
らの映画のいくつかは観てきたが、第六世代と呼ばれる若手の作品は初鑑賞。
作為や装飾のないシンプルな映像が、貧しくも逞しく、淡々と生きる人々を温か
く見つめている。
原題の「三峽好人」とは「三峡の善い人」という意味、Yahoo!の中日翻訳
では「三峡善玉」となる。英語タイトルは「STILL LIFE」=静物。紙幣に印刷
されるほど美しい三峡の景観と、静かに、息を潜めるように生きる市井の人々
を表現しているのだろう。そして邦題は「長江哀歌(エレジー)」。ウェットで
感傷的な、日本的感性に訴える優れたタイトルだと思う。
主人公は山西省からやってきた男女。一人は16年前に別れた妻子を捜す
男。もう一人はダム建設の出稼ぎに行ったまま、2年も戻らない夫を捜す女。
二人のエピソードは同じ場所で同じ時間を過ごしながらも、交錯することは
ない。
男も女も、配偶者の「今」を知っても感情はほとんど動いていないように見
える。喜びも悲しみも、痛みも全て諦観したような表情。激することも号泣す
ることもなく、淡々と事実だけを受け入れ、自分に出来る最善の道を選択す
る二人。それは国家という大きな枠に取り込まれ、悠久の歴史を閉じる運命
を受け入れるしかない、三峡の風景そのもののようでもある。
いつもランニング姿か上半身裸で、着の身着のままのような男が、携帯電話
を持っているアンバランスさ。数年で番号の桁数が増えるほど、携帯は爆発的
に普及したのだろう。加速度がついて変わり行く中国を、人々は黙々と受け入
れているように見える。しかし、数千年の歴史が僅か数年で破壊される状況は、
いつかどこかで歪みを生むのではないだろうか。
2002年の映画『小さな中国のお針子』でも、三峡ダムの底に名もない村が沈む
描写があった。治水のため、発電のため、国家の繁栄のため・・・。どんな大義
名分があろうと、失った風景は二度と取り戻せない。大切なものを置き去りにし
て、底辺の労働者を犠牲にして、河は水かさを増してゆく。
緑が目に沁みるような美しい映像は、大きなスクリーンで観たかったと思わ
せる。男が再び三峡に戻ったとき、風景はどんな顔をして、彼を迎え入れるの
だろう。
(『長江哀歌』監督・脚本:賈樟柯ジャ・ジャンクー/2006・中国/
主演:チャオ・タオ、ハン・サンミン)
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trackback
山峡好人 これもまた期待に期待を重ねていた作品だが、それ以上の素晴らしさで却ってなんと言っていいのか判らない。 褒め言葉を並べ立てることになってしまうのだが、本当に見ごたえのある面白い作品なのである。 急激な発展開発を進めて行く中国政府と実際にそこに住む...
2008-06-17 09:56 :
藍空放浪記
2006年ベネチア国際映画祭でグランプリを獲得した作品。3つ★半。
私は待ち人来たらず(←ちょっと違うが)みたいのとか、ダムで沈み行く町...
2008-06-17 17:25 :
ポコアポコヤ 映画倉庫
雄大なスケール感、大らかな視点。
ダム建設が進む長江の山峡。古都・奉節(フォンジェ)を舞台に綴られる二人の男女の物語。16年前に別れた妻子に再会するため、山西省からやってきた炭鉱夫サンミン。2年間音信不通の夫を探しに、やはり山西省からやってきたシェン・...
2008-06-17 19:49 :
かえるぴょこぴょこ CINEMATIC ODYSSEY
{/hiyo_en2/}北京オリンピックが近いから、日本のOLYMPICも改装してるのかしら。
{/kaeru_en4/}関係ないだろ。
{/hiyo_en2/}そもそもオリンピックとOLYMPICって関係あるのかしら。
{/kaeru_en4/}関係ないだろ。
{/hiyo_en2/}あなたと私は関係あるのかしら。
{/kaeru_en4/}...
2008-06-17 21:08 :
【映画がはねたら、都バスに乗って】
三峽好人(STILL LIFE)
2006年/中国/113分
at:テアトル梅田
ジャ・ジャンクー監督作品は、前作「世界」についで2作目。
「世界」は、中国の北京郊外に実在するテーマパーク「世界公園」を舞台にした物語。ダンサーとして世界各国の衣装を身につけて、世界公
2008-06-23 11:06 :
寄り道カフェ
『どんなに世界が変わろうと、人は精一杯に生き続ける。』
コチラの「長江哀歌<エレジー>」は、”大河・長江の景勝の地、三峡。ダム建設によって水没していく古都を舞台に、市井の人々の「生」の瞬きを描いた中国の若き名匠の最高傑作。”で、2006年ベネチア国際映...
2008-08-06 20:04 :
☆彡映画鑑賞日記☆彡
原題:三峡好人 Sanxia haoren/Still Life
1993年着工2009年完成で世界最大の水力発電となる三峡ダム、反面で名勝旧跡の水没、2020年までに230万人もが退去を余儀なくされるという、哀しみも・・
それぞれの思いを抱いて人探しする男と女の物語・・・一人目は
2008-08-10 13:49 :
茸茶の想い ∞ ~祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり~
あらすじ三峡ダムの建設のため、水没していく運命にある町、奉節。そこへ船に乗って一人の男がやってくる。16年前に別れた妻子を探しに、山西省からやってきた炭鉱夫だ。様変わりしてしまったこの町で、働き口を見つけ、妻探しを続ける。一方、2年間音信不通の夫を探し...
2008-08-18 10:09 :
虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映画 ブログ
コメントの投稿
真紅さま~こんにちは!
冒頭のポスターは、初めて見ました!
基本的に中国映画は好きなことが多いというか、ソソられることが多いのですが、このところ、餃子だの、汚い空気が日本に流れて来るだの・・・良い話が無いので、ちょっと映画界にも若干影響があるのかな・・・。あまりミニシアター系の中国映画が、昔ほど色々来なくなったような・・・。
ジャ・ジャンクーの他の作品にも、この主人公のオバチャン?お姉さん?が出ています^^
今回はちょっと中年ぽさを出してましたが、他ではお姉ちゃん的な役もやっているので、いつか機会があったら、ご覧になって見て下さい♪
私は凄く好きって程の作品を作る監督さんでは無いのですが、ファンの方も多いみたいですよ^^
冒頭のポスターは、初めて見ました!
基本的に中国映画は好きなことが多いというか、ソソられることが多いのですが、このところ、餃子だの、汚い空気が日本に流れて来るだの・・・良い話が無いので、ちょっと映画界にも若干影響があるのかな・・・。あまりミニシアター系の中国映画が、昔ほど色々来なくなったような・・・。
ジャ・ジャンクーの他の作品にも、この主人公のオバチャン?お姉さん?が出ています^^
今回はちょっと中年ぽさを出してましたが、他ではお姉ちゃん的な役もやっているので、いつか機会があったら、ご覧になって見て下さい♪
私は凄く好きって程の作品を作る監督さんでは無いのですが、ファンの方も多いみたいですよ^^
悠久
真紅さん、にーはおん。
私も中国映画は第5世代作品からはまったクチです。
が、チャンやチェンはエンタメ大作に向かい気味なので、今はジャジャンクーが頼りです。
物理的な意味じゃなくテーマ的にとてもスケールの大きい映画だったとしみじみ思うのです。
先の大地震の時、この映画のことを思い出さずにはいられませんでした。
私も中国映画は第5世代作品からはまったクチです。
が、チャンやチェンはエンタメ大作に向かい気味なので、今はジャジャンクーが頼りです。
物理的な意味じゃなくテーマ的にとてもスケールの大きい映画だったとしみじみ思うのです。
先の大地震の時、この映画のことを思い出さずにはいられませんでした。
2008-06-17 18:53 :
かえる URL :
編集
latifaさま、こんにちは!コメントとTBをありがとうございます。
↑のポスターは、どこか英語圏の国のものでしょうね。
中国とか台湾の映画を観ると、アジア人でよかったなと思います。
いや、アジア人と言うか、漢字がわかる国に生まれてよかったな、と。
昔は、もっとたくさん中国映画が入ってきていたのですか? 知りませんでした。
ジャ・ジャンクーの映画は初めて観ました。
すごく古典的な映像でありながら、ビルが発射したりして面白かったです。
映画のアクセントになっていましたね(目が覚めたとも言う、笑)。
最近、あまりアジア映画を観てない気がするので、また挑戦してみますね。
ではでは、またです~。
↑のポスターは、どこか英語圏の国のものでしょうね。
中国とか台湾の映画を観ると、アジア人でよかったなと思います。
いや、アジア人と言うか、漢字がわかる国に生まれてよかったな、と。
昔は、もっとたくさん中国映画が入ってきていたのですか? 知りませんでした。
ジャ・ジャンクーの映画は初めて観ました。
すごく古典的な映像でありながら、ビルが発射したりして面白かったです。
映画のアクセントになっていましたね(目が覚めたとも言う、笑)。
最近、あまりアジア映画を観てない気がするので、また挑戦してみますね。
ではでは、またです~。
かえるさま、ニーハオ。コメント&TB、謝々です~。
第五世代の監督方はもう「巨匠」ですよね。
かえるさまに頼りにされるなんて、ジャ・ジャンクーも喜びますよ!
テーマ的にスケールが大きい、本当にその通りですね。
四川方面、私も思いました。中国は、今正念場ですね。。
ではでは、またお伺いします!
第五世代の監督方はもう「巨匠」ですよね。
かえるさまに頼りにされるなんて、ジャ・ジャンクーも喜びますよ!
テーマ的にスケールが大きい、本当にその通りですね。
四川方面、私も思いました。中国は、今正念場ですね。。
ではでは、またお伺いします!
私、どうもこの監督とは相性悪いみたい(笑)
確かに風景や、何かをものがたらせている映像は美しいんだけどね。前作「世界」でも感じたけど、この監督のリズムと何をか語らん映像、その映像表現は巧いなって思うけど、勿体つけないで!ってつい思ってしまうと子ある(笑)観ていてしんどかったわ。
確かに風景や、何かをものがたらせている映像は美しいんだけどね。前作「世界」でも感じたけど、この監督のリズムと何をか語らん映像、その映像表現は巧いなって思うけど、勿体つけないで!ってつい思ってしまうと子ある(笑)観ていてしんどかったわ。
シュエットさま、こちらにもコメントとTBをありがとうございます。
これね、私の母は「半分は寝ながら観た」と申しておりました(笑)。
確かに映像は美しかったのですが、前のめりに観ていないと何も受け取れない映画かもしれませんね。
娯楽作品とはかなり距離があります。北極と赤道くらいあるかもしれない。
まぁ、監督はお国がアレですから、ちょっと勿体つけないと各方面に具合が悪いのかもしれません?
ではでは、後ほどお伺いします~。
これね、私の母は「半分は寝ながら観た」と申しておりました(笑)。
確かに映像は美しかったのですが、前のめりに観ていないと何も受け取れない映画かもしれませんね。
娯楽作品とはかなり距離があります。北極と赤道くらいあるかもしれない。
まぁ、監督はお国がアレですから、ちょっと勿体つけないと各方面に具合が悪いのかもしれません?
ではでは、後ほどお伺いします~。
題
TBありがとう。
中国語の現代、英語タイトル、そして邦題、その三つの違いもなんとなく面白いですね。
中国語の現代、英語タイトル、そして邦題、その三つの違いもなんとなく面白いですね。
kimion20002000さま、こんにちは。こちらこそコメントありがとうございます。
私は、この邦題結構好きなんです。ウェットな日本人向けですよね(笑)。
ではでは、またお伺いします~。
私は、この邦題結構好きなんです。ウェットな日本人向けですよね(笑)。
ではでは、またお伺いします~。