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2006年1月24日 (火)

「夏の名残りの薔薇」

_1176恩田陸 文藝春秋

舞台は、山奥の堅牢なホテル。

沢渡家の招待客たちは、それぞれに思いを抱きながら、ロビーの正面に置かれた大きな柱時計が時を刻む音を聞いている。

アガサ・クリスティーの世界を思わせるよう。

ホテルを舞台にしたというとあの「バートラムホテルにて」を思い出すし、集まってきた一族というと、どこか「ホロー荘の殺人」を思わせる雰囲気もある。沢渡家の風変わりな祖父は「ねじれた家」の当主に似ているようだし。

事実、客の中には「クリスティーの小説に出て来る探偵みたい」といわれる人物(たまごのような・・と言うとあの人しかないよね・・笑)も登場しているから。

では、古き良き時代(?)の本格ミステリかというと、これがそうではなくって。

演劇的で実験的な物語だと恩田さんも書いている。

主題、そして第一変奏から第六変奏とまるで音楽のように構成された物語。その中でスポットライトを当てられた登場人物が、それぞれの記憶や、視点、その思いから事件を奏でている。

うっとりとそれに聞きほれていると・・騙されてしまう。いや、ここは聞きほれて騙されてしまうのが、きっと正しい楽しみ方なのだと思う。

あいだに挿まれるのは、古いフランス映画「去年マリエンバードで」。

ホテルを舞台にした、1組の男女の1年前の記憶をめぐるお話なのだけれど、これがまたなんとも魅力的な雰囲気を出している。

でも雰囲気だけでこの映画が使われているのだと思っていると、えっ、と驚くラストが待っているから。

ぜひぜひ、この映画を一度見てみたい。ヴェネチア映画祭の金獅子賞を取っている作品だとか。

この本には、巻末に恩田陸フリークへのクイズや、恩田さんへのスペシャルインタビューも載せられているのが楽しい。恩田さんの好きなミステリーやプロットのこと、キャラクター作りのお話とか。

クリスティの作品で「終わりなき夜に生まれつく」がお好きと書いてあったなあ。うん、同感。嬉しい。

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2005年8月24日 (水)

「長い日曜日」

_1128 セバスチアン・ジャプリゾ 創元推理文庫

映画「ロング・エンゲージメント」を観ました。

映画と原作、どっちを先に見るか、読むか。最近どちらかと言うと、観てから読む・・の方が多いかもしれないなあ。

この作品も、映画が良くって、でもちょっと分からなかったところとか、もっと知りたいところとか、あったのですよ。たとえば他の4人のフランス兵と、彼のまわりの人々。謎解きの部分ももっと詳しくとか。

映画のDVD特典の監督さんのお話にも原作との比較とか、いろいろ語られてたし。

「長い日曜日」(長い婚約の日曜日っていうのかな、原題は)、この作品が書くにあたっては実質10年の歳月がかけられたそうですけど。映画と同様、しっかりとした健気なヒロインを軸に彼女のまわりの人々、マネクと4人のフランス兵、彼らの妻、愛人。たくさんの人々が登場しながらもそれが雑然と語られるのじゃなくって。ひとつひとつが、繋がりあい、そしてしっかりとまとまっているのですね。見事な構成力!というのでしょうか。一気に読んでしまいました。

マチルドの家族や、環境も少し映画とは違っていますね。映画では彼女はあの大きな楽器を弾いていましたが(可愛かったですよね、あのシーン)原作では絵を描いていました。

マネクのまわりの兵士のお話は、原作を読んで分かったことも多かったですね。映画でも名前のあとに家具職人とか・・付け加えてくれて工夫されてましたけど。最初誰が誰やらわからなくなってたところとかありましたからねぇ。

それにしても、やはり思うのは、戦争というものが人々に与えるものの大きさ、です。肉体はもちろんですけど、心に与えるもの、その人の人生を変えてしまう。

同じではいられないのですね、誰もが。

そういう意味でもマチルドとマネクだけじゃなく、ここに登場するすべての人々が戦争に翻弄された、この物語の主人公でもあるのだなあって思いました。

著者のジャプリゾさんですけど、シナリオライターとしても有名であの「さらば友よ」や「雨の訪問者」を書かれたそうなのですよ。知りませんでした。2つとも懐かしい作品だわ~。

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2005年8月 9日 (火)

「夏への扉」

_1124 ロバート・A・ハインライン ハヤカワ文庫

うちの店の文庫担当のKちゃんは、とても勉強家で。自分の担当の売り場をどうやったら良くできるか、お客様に足を止めてもらえるか、毎日努力している様子には頭が下がる思いだ。

うちの書店員が選んだ「夏に読みたい文庫」っていうのを並べてみようと思うンですけど、何か1冊選んでくださいよ~って言われて。

「夏の庭」やら「夏と花火と私の死体」とか後から思うといろいろあったのですけど。

でも即答したのがこれですね。私の中の永遠の夏の1冊です。

本の舞台は夏ではないのです、雪に埋もれたコネチカット州の古びた民家。たくさんのドアのどれかひとつが夏に通じていると信じている愛猫のピートと、自分もまた人生の冬を迎えたダニィ。恋人に裏切られ、仕事もなくした彼が選んだ夏への扉は・・

SF的な要素、冷凍睡眠やタイムトラベル、万能ロボット、そういうのも楽しいのですけど。なにより登場人物がとっても魅力的で。ついつい肩入れいちゃいます。

そうして思わず引き込まれるストーリー展開と、嬉しいラスト。これを読まないとね、私の夏は終わらないなあ。

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