写真を撮るのに協力してくれる人がいるとありがたい。
何しろ「人相手」だから。
この年になっても、まだまだ人のさまざまであることの実態が分かっていないと感じることが多々あります。
その様々な、それぞれの表に見せる顔や姿態に覆われているから、私のような凡庸な観測者にはなかなか実の姿を見つけることができないのです。
人の在り様の「虚実皮膜」を見定められるようになるまでに私が達することは、もはや絶望的な様です。
かつては「寺町の父」という異名もあったのに(笑い) それこそ「虚」でしたね。
何か『悟りを啓く』ように達観できることを望むことが第一の間違いなんでしょう。
むしろ、その人の多様なことに驚き、その性を味わい楽しめればいいのかなと、思います。
事実は小説より奇なりですからね。
この人の百面相を見るだけで、私の「分かろうとする」無駄な努力はもうお手上げですから。
それだけ人間は複雑だという事で。まして今は秋ですからね。
大体、私は人の心の機微には大変に疎い方で、それで「人の写真」を撮るなんて言うのは、あまりに無謀というモノかもしれません。
職場でもいろいろに形成されている仲良しグループが全然見えていなくて、良く女性軍のあっちからもこっちからも不評をかこっていました。
そういう意味では、こうして女性にお願いして写真を撮るのは、敢えて地雷原に踏み入るような、暴虎馮河の極みといえるかもしれませんね。
でも、知らなければ知る努力をするしかないわけで、敵の胸中に入るというのも大事な事。
といっても人生の大半を終えるような今の時期にまだこんなことを言っているようでは、到底その才能はなさそうです。
知らぬが仏で通るしかないかな。
別に恋愛をするわけでもないのでやけどまでは負わないわけですしね。
それに小説を書いて人情の機微を描こうというのでもなし。
- 2024/11/24(日) 00:00:05|
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