この曲は、ほんの少しだけややこしいところがあります。2種類のタイトルがあり、そのどちらにもヒット・ヴァージョンがあるのです。
オリジナル・タイトルはHe Will Break Your Heartだったのですが、ファースト・ラインそのままのHe Don't Love You (Like I Love You)というタイトルでも大ヒットしています。
それではまずオリジナル・ヒット・ヴァージョン、カーティス・メイフィールドとともにインプレッションズのファウンダーだったジェリー・バトラーが独立してからのシングル。
ジェリー・バトラー He Will Break Your Heart
◆ その場でマイナーX2 ◆◆
つづいて、70年代のリヴァイヴァル、トニー・オーランド&ドーンのヴァージョン。こちらのタイトルはHe Don't Love You (Like I Love You)です。YouTubeのクリップはいいものがなかったので、サンプルをアップしました。
サンプル Tony Orlando & Dawn "He Don't Love You"
ジェリー・バトラー盤が日本のラジオで流れたかどうかは知りませんが、トニー・オーランドのヴァージョンでこの曲を記憶している方が多いのではないかと思います。少なくとも、当時、FENではよくかかっていました。
とくに際だったところがあるわけではありませんが、シングル盤の作り方の基本に忠実で、ヒットも当然と思います。イントロは輪郭が明快で耳を引くようになっていますし、コーラスから入って、ヴァースがあとにくる形ですが、そのファースト・ヴァースへの接続部分のごく短いインストゥルメンタル・パートの造りもきれいです。
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面倒なところはどこにもない循環コードを利用した曲ですが、詰まるところ、魅力はその循環コードにあるわけで、トニー・オーランド盤はコードをもっともはっきりと意識させるようなかたちになっています。
以前、「That Thing You Do! by the Wonders (OST 『すべてをあなたに』より その1)」という記事で、「その場でマイナー」を2回使うのは60年代的ではない、パスティーシュだから60年代的特徴を誇張している、という趣旨のことを書きました。
ところがですね、このHe Will Break Your HeartまたはHe Don't Love Youは、気がつけば、ヴァースとコーラスの両方で「その場でマイナー」を使っているのです。キーをAとすると、A-A7-D-Dm-Aという進行が二度出てくるのです。
二度使うのは異例ですが、しかし、これは「その場でマイナー」の「正しい」用法です、ってだれが決めたといわれそうですが、断言しちゃいます。なぜか?
この曲の場合、Aのセヴンスの音はG、ここからDに移行するのでこのGより半音低いF#の音が入ります。そして、「その場でマイナー」なので、Dの3度のF#が半音下がってF、ここからAに戻るので、さらに半音低いEの音が入ります。結局、この進行はペダルポイントのように、GからEまで半音ずつ下がっていくことになり、ここが魅力的に響くメカニズムになっているのです。だから、どうせやるならセヴンスの音を入れたほうが、階段が一段増えて、響きがよくなります。
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また、トニー・オーランド盤は、もうひとついにしえのポップ・ミュージックが好んだ操作をしています。終盤にかけての半音転調です(こういう場合は「移調」といったほうがいいようだが、ポップ・ミュージックでは習慣的に「転調」といっている)。古めかしいといえば古めかしいし、いかにもレトロスペクティヴな面白みがあるともいえるわけで、どうとるかはリスナーの考え方しだいです。
それはそれとして、トニー・オーランド盤ですごく魅力的に感じるのは、ファースト・ヴァースで、トニー・オーランドが「Fare thee well, I know you're leavin'」というのに対して、ドーンが「 I know you're leavin'」と応じるところで、こういう女声コーラスは大好きです。
◆ リハーサルを重ねてきた男 ◆◆
各ヴァージョンを検討する余裕はなくなってしまったので、歌詞のことをほんの少々。コーラスもファースト・ヴァースもとくにどうということはないのですが、セカンド・ヴァースからすこしだけ面白くなります。タイトルの通り、新しい恋人のところに行こうとしている彼女に、彼はぼくほどきみのことを愛してはいない、という設定で、セカンド・ヴァースは以下のようになっています。
Says the things I wish I could say
But he's has so many rehearsals
Girl, to him it's just another play
「彼はあらゆる名台詞をあやつる、ぼくにもあんなことが云えたらいいのにと思うよ、でも彼は何度もリハーサルしてきたんだ、彼にとってはきみはつぎの芝居にすぎないんだよ」
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サード・ヴァース(トニー・オーランド盤ではヴァースとはメロディーやコードを変えていて、ブリッジのように扱っている)でも演劇の比喩はつづきますが(bow、exit)、セカンドのような興趣はありません。
カーティス・メイフィールドの曲は、歌詞が気になったりはしないのですが、唯一、この曲はちょっとだけ耳を引っ張られました。That handsome guy that you've been datingもちらっと気になったりしますが、意味としてはとくにどうということはありません。
まだふれていないヴァージョンが数種類ありますが、それは次回に持ち越しとさせていただきます。
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ジェリー・バトラー
Best of the Vee-Jay Years (Ocrd)
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トニー・オーランド&ドーン
Definitive Collection
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