「桜田門外ノ変」
演技には不満は無いが・・。 私は「宇宙戦艦ヤマト」の世代なので、子供の頃から
伊武雅刀氏はお気に入り俳優だった。(余談1)だが
井伊直弼役は好ましくは思っていない。
概ね出演俳優たちは実際の登場人物たちの年齢に近い俳優が演じている。唯一、大きく歳が隔たっているのが
伊武雅刀氏の
井伊直弼である。
38歳の
関鉄之助を42歳の
大沢たかお氏が演じるのに対し、44歳の
井伊直弼を61歳の
伊武雅刀氏が演じるのだ。他の配役も概ね史実と俳優との年齢差は5歳程度だが、井伊役だけ突出して俳優が歳上である。
たしかに現存する井伊の肖像画はどれも50代60代のような貫禄なのだが、昔の絵師は鼻から口元にかけての豊麗線など顔の皺を必要以上にしっかり描き込むし、威厳をもたせるためにやや老け顔で描く事が多い。この事からの誤解だろう。井伊の生活水準を考えたら、老け加減は現代人と変わりは無いはずだ。(余談2)
年齢と風貌と若々しさから選べば、六角精児氏か宅麻伸氏あたりが井伊を演じても良かったのではないかと思う。
それから井伊の描写が期待していたほど少なかったのも残念で、もし私が井伊の子孫なら憤懣を抱くかもしれない。物語は水戸藩士の視点で描かれているのでやむを得ないのだが、水戸徳川と井伊家の対立をもう少し丁寧に描いても良かったのではないかと思う。
開国か攘夷かの論争は台詞少なめだったし、家柄が絡む対立もあったはずだ。水戸は将軍家の親戚で徳川姓を名乗り官位も従三位と高い。井伊は譜代の重鎮で老中より上の大老として国政を担うが官位は水戸より低い正四位上。主君筋と家来筋の線引きは明確。
実務権限は無いが上座に座って理想論を幕閣へ偉そうに説教する水戸と、下座に座って極力穏やかに謙譲の態度を示しながら水戸様へ反論する実務トップの井伊、必要最小限の描写ではなく、もう少しだけ時間を割いて緊張感ある演出をやってほしかった。(余談3)
とはいえ、井伊は官僚組織のトップゆえ、どこか高級官僚的な掴み所のない態度で水戸と接したのが実像かなと思うときもある。そんな演じ方は伊武氏が上手い。
他の時代劇では、襲撃の密告書簡を井伊自ら開封した事実から桜田門外の変当日の登城は決死の覚悟で臨んだかのように描写されることもあるが、本作でも描写されているように刀の柄を雪や雨露から防ぐためにカバーで覆って抜け難くしてしまったのは失態。これによって不意を突かれた井伊家家臣の多くが水戸浪士の犠牲になった。
襲撃の備えを全くしていなかったのは明白。伊武版井伊では登城の間際に用人の注進で密告書簡を開封するも「いつもの暗殺話か」と一笑にふす。もちろん井伊大老が残した日誌や文書から決死の覚悟で難局に臨んでいたが、不満分子を徹底弾圧したこともあり過激派の力を軽く見てしまったのが実態、伊武版井伊の調子が本当のところだろう。
(余談1)デスラー総統の声優が一番だ。あの当時、伊武氏はまだ20代半ば、なんという貫禄。
今でも忘れない台詞がある。イスカンダルのスターシアが抗議の電話をかけてくる。デスラーは余裕の語調で「ホットラインが錆びてしまうかと思ったよ」「抗議、抗議、貴女からの電話は抗議ばかり。たまには優しい言葉が聞きたいものだな」「ガミラスは生きる事に貪欲なだけだ」
当時9歳の私は、なんてお洒落な大人の会話なのだ、と憧憬の念を抱いた。ヤマトのキャラの中で、デスラー総統が一番お気に入りだった。それだけに、後のシリーズでヤマトの坊や古代ごときに友情を感じる情けないデスラーは嫌だった。
(余談2)吉田松陰も活躍したのは20代後半なのに肖像画では40男のように見える。
ところで
井伊直弼は十四男なので家督を継ぐ事は本来ありえない。しかも庶子なので養子の口すら無かった。ゆえに少年自体から30過ぎまでは武芸と勉学と藝術に励んでいた。もともと頭が良く才能豊かだったので文武両道芸達者多趣味だったらしい。家督を継ぐ可能性は殆ど無く兄弟が多かったことから武芸も怪我を恐れず思いっきり精進でき、有り余る時間から趣味にも没頭できたので、あらゆる分野で玄人肌職人肌だった。
そんな生活なので、現代人から観ても井伊は歳より若く見えた可能性もある。
(余談3)NHK制作の「桜田門外の変・時代と格闘した男」では
井伊直弼を長門裕之氏が、水戸御老公を佐藤慶氏が扮した。
水戸御老公が押し掛け登城をした時、井伊は「不時の御登城なれば、必ずやお弁当のご用意があるであろう。その儀に及ばぬ」と水戸に茶も食事も出さず、満面に嫌悪の情を浮かべて「待たせておけ」と独り言。水戸を4時間も待たせた。
長門井伊は反骨の情を隠さず毅然とした語調というよりは、喧嘩腰に近い態度で水戸様に反論した。井伊の子孫が観たら「カッコイイ」と思うかもしれない。
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