桃の芳香
- 2012/07/28 11:04
- Category: 未分類
夏、といえば、俺の場合、桃である。
祖父母が岡山に住んでいて、畑で桃をたくさん作っていた。
毎年夏休みは祖父母の家に遊びに行っていて、毎日桃を食べていた。
皮を剥いてそのままかぶりつき、残った種のまわりの芯の部分を庭に置いておくと、
次の日の朝にはカブトムシやクワガタがくっついている。
初孫だった俺は祖父母に大事にされて可愛がられたが、2人とも亡くなってしまった。
だから、夏の記憶には、いつも桃の甘い香りがする。
スーパーに行くと入口に今が旬の桃がたくさん置かれていて、芳香を放っている。
金曜日の夜はこれを買って帰り、冷蔵庫でよく冷やして、休日に食べるのが
最近のささやかな楽しみになっている。
その香りが、いろんなことを想い出させてくれる。
一昨日も会社の帰りにスーパーに寄って桃を選び、ペットフード・コーナーへ寄って、
うちのグルメキングのために猫缶をあれこれ物色していると、「まあ、美味しそうなのを
買ってもらって」と後ろから声を掛けられた。 振り返ると、老婦人が立っていた。
「家猫さん?」と言うので、「そうです」と答えると、そのご婦人はこう続けた。
「私はねえ、捨て猫に餌をあげてるのよ。 近所のお家が引っ越しをした時に
置いていかれてしまってねえ。」
「かわいそうですよね、捨てられるなんて」と言うと、「本当ねえ、ご近所の何軒かで
世話をしてるのよ。 やっぱり、命、だから。」
桃と猫缶を提げて歩きながら、置いていかれた猫のことを考える。
猫は、自分の運命を受け入れるからな。 捨てられたことはもちろん理解している。
でも、だからといってどうすればいいのかわからず、じっとうずくまって、目を閉じる。
猫は寡黙だ。
よく冷えた桃の皮を剥いていると、レオがやってきて匂いを嗅ぐ。
この仔は小さい時、メロンが大好きだった。
カットメロンを買ってきて、小さく切ってひとかけらずつ手で与えると、
すごく喜んで、シャクシャクとおいしそうな音をたてて食べた。
その姿がかわいらしくて、俺もよく一緒に食べた。
「桃、食べる?」と言ってレオの口元に持っていくと、少し舐めるだけで満足する。
そして、隣に座って、俺が食べるのを見ている。
大人になってからは人間の食べ物を欲しがることは無くなってしまったが、こうやって
この桃の匂いを嗅いで、俺がそうだったように、幸せな匂いとして憶えて欲しい。
そうやって1つずつ想い出が増えていけば、この仔の一生は豊かなものになるだろう。
いつか将来、暑いときが来ると甘い匂いがしたなあ、と想い出せるようになって欲しい。
そして、それを想い出すと幸せな気持ちになる、そうであって欲しい。

祖父母が岡山に住んでいて、畑で桃をたくさん作っていた。
毎年夏休みは祖父母の家に遊びに行っていて、毎日桃を食べていた。
皮を剥いてそのままかぶりつき、残った種のまわりの芯の部分を庭に置いておくと、
次の日の朝にはカブトムシやクワガタがくっついている。
初孫だった俺は祖父母に大事にされて可愛がられたが、2人とも亡くなってしまった。
だから、夏の記憶には、いつも桃の甘い香りがする。
スーパーに行くと入口に今が旬の桃がたくさん置かれていて、芳香を放っている。
金曜日の夜はこれを買って帰り、冷蔵庫でよく冷やして、休日に食べるのが
最近のささやかな楽しみになっている。
その香りが、いろんなことを想い出させてくれる。
一昨日も会社の帰りにスーパーに寄って桃を選び、ペットフード・コーナーへ寄って、
うちのグルメキングのために猫缶をあれこれ物色していると、「まあ、美味しそうなのを
買ってもらって」と後ろから声を掛けられた。 振り返ると、老婦人が立っていた。
「家猫さん?」と言うので、「そうです」と答えると、そのご婦人はこう続けた。
「私はねえ、捨て猫に餌をあげてるのよ。 近所のお家が引っ越しをした時に
置いていかれてしまってねえ。」
「かわいそうですよね、捨てられるなんて」と言うと、「本当ねえ、ご近所の何軒かで
世話をしてるのよ。 やっぱり、命、だから。」
桃と猫缶を提げて歩きながら、置いていかれた猫のことを考える。
猫は、自分の運命を受け入れるからな。 捨てられたことはもちろん理解している。
でも、だからといってどうすればいいのかわからず、じっとうずくまって、目を閉じる。
猫は寡黙だ。
よく冷えた桃の皮を剥いていると、レオがやってきて匂いを嗅ぐ。
この仔は小さい時、メロンが大好きだった。
カットメロンを買ってきて、小さく切ってひとかけらずつ手で与えると、
すごく喜んで、シャクシャクとおいしそうな音をたてて食べた。
その姿がかわいらしくて、俺もよく一緒に食べた。
「桃、食べる?」と言ってレオの口元に持っていくと、少し舐めるだけで満足する。
そして、隣に座って、俺が食べるのを見ている。
大人になってからは人間の食べ物を欲しがることは無くなってしまったが、こうやって
この桃の匂いを嗅いで、俺がそうだったように、幸せな匂いとして憶えて欲しい。
そうやって1つずつ想い出が増えていけば、この仔の一生は豊かなものになるだろう。
いつか将来、暑いときが来ると甘い匂いがしたなあ、と想い出せるようになって欲しい。
そして、それを想い出すと幸せな気持ちになる、そうであって欲しい。
