2008/07/19(土)
458 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/17(木) 20:19:49.49 ID:85xBeEbx0
あんたの書く真紅はいつも俺を泣かそうとするんだ
※その2です
あんたの書く真紅はいつも俺を泣かそうとするんだ
※その2です
534 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:11:33.39 ID:+uP5qurX0
「あら、おはようジュン君」
病室のドアを開けると、窓辺で肘をついていためぐが
こちらを向いた。
「ああ、おはよう」
「今日も来てくれたのね。掛けて」
椅子をぽんぽんと叩く。
めぐはベッドには上がらず、窓の手すりに座り込んだ。
「どうしたの?」
「え」
「いや、元気だな、と思って…」
めぐが変な顔をする。
「?ああ」
自分がこうして立っている事だ、と気づく。
541 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:19:29.96 ID:+uP5qurX0
「朝は窓を開けると、涼しい風が入ってくるから」
そう言って目を閉じる。
「…今日、水銀燈は?」
「水銀燈?いるわよ」
窓の外、ちょうど右下に当たる部分に視線を落とし、
手招きするめぐ。
「…?」
首をかしげるジュン。
少し間をおいて、のっそりと黒い影が現れる。
「………」
「ほら、ジュン君よ」
気だるげにこちらを見つめる水銀燈。
「……こんにちはぁ…」
やる気が感じられない。まるで、毎朝低血圧で、一時間目だけ
眠る高校生のようだ。
「ああ、こんにちは」
543 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:26:23.25 ID:+uP5qurX0
窓を閉め、エアコンをつける。
「テレビでも見ましょうか。暇でしょ?割とここって」
「え、いや」
「遠慮しなくていいのよ、私も遠慮するつもりないし」
パチッと電源を入れる。
ふと、水銀燈が何かに気づいたように窓を開けた。
「どうしたの、水銀燈」
めぐが声を掛ける。
「何でもないわ」
言いながら、カララ、と窓を開ける。
「………」
ひょいと手すりを乗り越え。水銀燈はさっさと飛び立ってしまった。
「変な子ねえ」
不思議そうに窓辺を見ているめぐ。
「……?」
ジュンは首を傾げた。
546 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:33:13.77 ID:+uP5qurX0
「奪われた…」
その感覚は水銀燈にも伝わってきた。
ローザミスティカが2つ。
雪華綺晶が動いたのだ、と瞬時に理解する。
誰が退場したのだろう。
真紅か、金糸雀か、翠星石か。
それとも、雛苺のローザミスティカを持っている誰かが倒れたのか。
いずれにせよ、奪ったのが雪華綺晶なら、彼女はそのうちここに来る。
「………」
めぐを渡すわけにはいかない。それは大前提である。
手段は考えてある。雪華綺晶を封じ込める手立て。
「……いいわ、いつでも来なさい」
水銀燈は空を見上げ、ふうーっと大きく息を吐いた。
549 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:38:42.35 ID:+uP5qurX0
テレビではワイドショーをやっている。
「…」
ベッドの上。
めぐが頬づえをつき、ぼんやりと眺めている。
それをチラチラ見るジュン。テレビの内容など頭に入っていない。
面白いのだろうか。
「つまらないわね」
めぐが口を開く。
「そう思わない?ジュン君」
そう言ってこちらを向いた。
「…うーん、あんまり面白くは…」
「でしょお?」
呆れたようにははは、と笑う。
552 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:45:31.51 ID:+uP5qurX0
「私こんなのどうでもいいのよ。こんな病室にいたってつまんないし」
テレビの中で、何かメガネをかけた男性が喋っている。
それにふん、ふんと相槌を打つ女性。キャスターのようだ。
「貴方と散歩がしたい」
タオルケットをまくり、あぐらをかくめぐ。
「えっ?」
ジュンは口をあんぐり開けた。
「駄目かしら。こうして手を繋いで…」
近寄ってきて、ジュンの両手を包みこむめぐ。
「あわっ、ちょ、ちょっと」
思わず手を引っ込める。
「あら、驚いた?別にいいじゃない、手を繋ぐくらい」
きょとんとしている。
「そ、そうなの?」
「そうよ、それとも何か期待したのかしら」
膝をベッドから降ろし、ぐっと近づくめぐ。吐息が
ジュンの頬にかかる。
555 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:49:33.28 ID:+uP5qurX0
「い、いや、あの…」
「ウブなのねぇ」
くすくすと笑う。
一通り笑った後、めぐはベッドに上がり、タオルケットを
ぐしゃぐしゃと丸め始めた。
「たとえば、貴方は週に2回、この病院の316号室までお見舞いに
来てくれるの」
「え」
「何持ってきてくれるのかしら。私、イチゴとか好きよ、この時期なら」
構わず続けるめぐ。
「でもお菓子は駄目よ。ケーキとか煎餅とか。私は病人だし、
塩分と糖分は、控え目にしなきゃね」
手を止める。
「そうしてね…っ」
口を押さえるめぐ。
瞬間、ごほっ、ごほっ、と何度も咳込み始める。
558 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 00:51:39.28 ID:yD9Hoo5W0
羨ましすぎるJUMちょっと表でろ
559 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:51:58.84 ID:+uP5qurX0
「うっ、げほっ、げほっ」
前のめりになり、ベッドに突っ伏す。
「め、めぐさん」
ガタッと立ち上がるジュン。
「大丈夫よ、ええ、大丈夫」
口元を押さえたまま、けほ、けほ、と小さく咳込む。
収まってきたようだ。
「…朝の涼しい…そうね、今みたいな時間帯に、
貴方が私と一緒に中庭を歩いてくれている」
ティッシュで口を拭くめぐ。
「それを水銀燈が見守りながら、飛んでるの」
枕の脇に、丸めた紙を置く。
「ちょっとぶすくれてる水銀燈に、『ごめんなさいね、もう少ししたら
歌ってあげるから』って私が声をかけるとね、あの子は口を尖らせて」
「……」
561 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:54:40.24 ID:+uP5qurX0
「『何言ってんのよ、勝手になさい』とかって吐き捨てるのよ」
ふふ、と笑うめぐ。ジュンは心配そうに見つめている。
「歩き疲れたら、中庭のベンチに座って、私は疲れて眠っちゃうの」
顔を上げ、ジュンの目を見つめる。
「その時は、肩くらいは貸して頂戴ね。ジュン君?」
「………」
「…………」
二人の会話が止まる。ジュンがもう少し慣れた回答をしていたら、
この後の展開は、また違っていたかもしれない。
562 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 00:54:59.99 ID:JYBCLeWjO
めぐ良いなぁ
565 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 00:57:06.43 ID:Lg30nKxV0
ああ・・・
最後の2行・・
566 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 00:57:27.66 ID:Jk7MbRBk0
選択肢を間違えたのか・・・
571 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:03:05.54 ID:+uP5qurX0
めぐの顔色が変わったのは、テレビから「心臓」という言葉が聞こえた時だった。
気づいたジュンがテレビを見ると、
大きく『心臓移植について』というテロップが、画面に映し出されていた。
「………」
めぐが胸を押さえた。
「ねえ、ジュン君」
めぐの瞳は、テレビではなく、窓を見ている。
「どうして、心臓移植を外国でする事が多いか知ってる?」
ジュンが首をかしげる。
「?」
「日本で待ってても、ドナーが現れない可能性が高いからなの」
「………」
それは何となくわかる気がする。
「日本はね、15歳以下の子からの臓器提供が認められていないの」
576 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:10:20.53 ID:+uP5qurX0
「15歳?」
「そうよ。心臓は全身を受け持つポンプだから、同じくらいの年齢の、
同じくらいの機能の心臓じゃなきゃダメなの」
「ポンプ…」
イメージがつかみにくいが、理屈は分かる。
「だから、15歳から19歳くらいまでで、脳死判定を受けた人」
「脳死……脳だけ駄目になるっていう」
「そう。そして、家族の承諾も必要。極端な話、
『二度と目覚めない植物状態から、心臓を抜き取って、生命活動が停止しても
構いません』っていう許しを得なきゃいけない」
「……それって」
「許しをもらっても、心臓が患者に適合するか、調べないといけない」
そこまで言うと、めぐは両手を組み、うつむいた。
「数が少なすぎるのよ。それだけじゃない…」
「……」
「お金もかかる。日本でやるならおよそ2000万弱。分かるかしら、このお金」
手遊びを始める。
579 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:18:19.60 ID:+uP5qurX0
「テレビで見た事あるのよ。ちょうどこんなワイドショーでね。
子どもを殺された親がいて、殺した犯人に、裁判で4000万くらいの請求してたのよ」
「4000万…」
「私それ見てショックだったわ」
両肘を抱えるめぐ。
「人の命って、お金に換えられるんだって。親が決めたのかしら。4000万って。
それとも、弁護士から、『大体相場はコレくらいの額なんです』って言われたのかしら」
「……」
「私には分からない。でも、親は少なくともその額を受け入れてしまった。
納得してしまったんだって」
「……」
ジュンは何も言えず、ただ聞いているしか出来ない。
581 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:24:09.66 ID:+uP5qurX0
「同じよね。私が生きるには、少なくとも誰かが一人死ななきゃならない」
「………」
「私今から馬鹿な話するから、嫌だったら部屋から出てっていいわよ」
めぐはベッドにぼふっと倒れ、天井を見つめる。
「私の病気が治るには、数千万のお金をはたいて、どこかの誰かに
『ごめんなさい死んで下さい』って死んでもらわないといけない」
「……」
「きっと、パパは私のためなんかに数千万も払いたくないって思ってるわ」
「……」
「こうしてお金に直すとね、分かるのよ。自分の価値が。
そして、生きようとする事がどれだけ難しいか」
目を閉じる。
「仮に移植したとしても、5人に1人は5年以内に死んでるのよ。
長生きなんて……」
「そんな……」
思わずジュンは反応する。
585 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:28:02.11 ID:+uP5qurX0
「も、もっと楽しい事、考えようよ、ほら」
「…楽しい事?」
めぐが首をこちらに向ける。
「水銀燈もいるじゃないか。い、今は外に行ってるけど」
「楽しい事って何?」
めぐの声が淡々としている。
「………」
「ジュン君、教えて。私にとっての楽しい事って何?」
半身を起こすめぐ。
「え」
ジュンは思わず口をつぐんだ。
「どうしたの?教えて。私何をどう楽しめばいいの?」
目が笑っていない。
「…答えられないのね。どうしたの。反射的に口をついて出た言葉?
病気持ちでもないのに、綺麗事抜かすのはやめてくれない?」
はは、と呆れたように笑うめぐ。
「ジュン君ごめんなさい、帰ってもらえる?」
冷たく張りつめた声。ジュンの全身が震えるには、十分な言葉だった。
588 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:32:07.19 ID:+uP5qurX0
何か世界がぐらぐらと揺れている。椅子に座っている感覚も、病院の床の
冷たさも、両の膝に乗せている拳も、全ての感覚が引いていく。
「あ、う」
怒らせた、と直感で分かっていた。
だが次にどうすればいいか、ジュンには分からない。立ち上がればいいのか、
謝ればいいのか。
何をしてもこの冷たい感覚は拭えない。変わらない。
どかっとお腹を殴られたような感覚が襲った。
「うっぷ」
思わずお腹を押さえ、ごほ、ごほ、と咳込むジュン。
「帰って!!」
本を投げられたのだ、と分かった。
バサッと、もう一冊本が飛んできて、今度はジュンの顔面に当たった。
593 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:37:31.77 ID:+uP5qurX0
ああ、またか、と水銀燈は思っていた。そして、やっぱりか、とも考えた。
窓越しに見えるその光景は、予想していた通りのものだった。
「はあ」
ジュンが何か地雷を踏んだのだろう。手当たり次第にジュンに投げつけている
めぐは、看護士とのやり取りを見ている水銀燈には
さして驚くような事ではなかった。
「………」
病室の外から移動し、中庭の木の枝に座る水銀燈。
めぐはいつもそうだった。こうやって、与えてくれる人に地雷を教える事もせず、
ただ遠ざけている。
せっかくの、という言い方がしっくりくる。せっかくの出会いは、こうして
彼女自身が切り離してしまう。
めぐは諦めている。だから、自分に都合の良い「物」しか受け入れない。
自分に対してもそうだ。自分を死なせてくれる存在が現れた。白馬の王子様のように、
現実から逃がしてくれる存在が現れた。
それだけなのだ。めぐは対話など望んでいない。
「………」
598 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:42:56.57 ID:+uP5qurX0
自分たち薔薇乙女はどうだろう、と、水銀燈はふと思った。
自分たちを作ってくれたお父様は、アリスを求めている。7分の1でしかない
自分を、愛してくれているのだろうか。
腕が飛び、ネジが止まり、胸を貫かれ、奪い合い、敗者は動かなくなる。
動かなくなった6体の人形はガラクタ置場に打ち捨てられ、残りの1体はお父様と
幸せに過ごせるのだろうか。
変わらない。自分たちは愛されているわけではない。
お父様の都合の良いようにしか扱われない自分たちもまた、「物」でしかない。
真紅がジュンに向けている感情は、一体何だろうか。放っておけない弟を
見るような、ただし、真紅自身も、ジュンに依存しているような関係。
翠星石が、蒼星石に向ける感情も、相互依存に近かったような気がする。
600 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:46:13.26 ID:+uP5qurX0
「………」
長い時を生きてきた中で、7体それぞれ、経験してきた事は違う。
薔薇乙女としての宿命を捨て、互いを大事にしよう、というような。
違う。そんな事、考えるような事ではない。
アリスゲームは進んでいる。残っているのは4体か、3体か。
「………」
ふと、何か光る物体が飛んできているのに気がついた。
「あら?」
目を凝らすと、それがピンク色なのが分かる。
「ベリーベル…?」
それは水銀燈の目の前まで来ると、何度もチカチカと光り続けた。
602 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 01:47:54.20 ID:6bfitI7f0
めぐのメンヘラっぷりに引いた…JUM(´・ω・) カワイソス
605 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:52:57.90 ID:+uP5qurX0
「………」
病室を追い出されたジュンは、廊下を虚ろな表情で歩いていた。
ふらふらしながら、壁づたいに入口を目指している。
『あの子は自分が見捨てられた存在であると分かってしまった』
『鬱屈した、どろどろになってしまった、とても醜い自分をぶつける相手が欲しかったの』
『救ってもらいたいなんて、思っていない』
『だから誰にも相談しない。頼らないし、聞き入れない』
『その内分かるわ。貴方はたまたま見つけた、相性のいいオモチャと変わらないってね』
水銀燈の言葉が、何度も頭の中でフラッシュバックする。
めぐの、あの冷たい瞳を見た時、まるで凍りついた断崖を目の前にしているかのような
錯覚に陥った。
昔アルバムか何かで見た、ヒマラヤの、雪と氷の断崖絶壁。
自分ではどうにも出来ない、向こうの見えない壁。
607 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:57:08.41 ID:+uP5qurX0
「………」
自分はちっぽけだ、とジュンは思った。めぐは単純に、感情の問題だけで
生きる事を諦めているのではない。
数字的な根拠が出てしまえば、人はどうしたって現実を思い知る。
『裁縫やイラスト、ちょっと女性的な趣味を全校生徒の前で晒されたので、
学校に行きたくないです』というのとは、次元が違う、諦め。
「ふう…」
ジュンは天井を仰ぎ、ため息をつく。。
「……桜田…君…?」
ふと、自分を呼ぶ声がした。
608 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:02:10.18 ID:+uP5qurX0
「え」
ジュンは声の聞こえた方向を見る。
栗毛のセミロングにセーラー服。
「桜田君…だよね」
一瞬よく分からなかった。
「あ」
次の瞬間、ジュンの全身に震えが走る。
「久し振りね、去年の10月以来かな」
ぞわわ、と鳥肌が立つ。忌わしい記憶。
「分からない?同じクラスの桑田」
分かる、桑田由奈だ。
紛れもない。
何故?
どうして彼女がここにいる?
病院に何をしに?
「ねえ……」
その先、ジュンは何をしたか、憶えていない。
612 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:05:33.84 ID:+uP5qurX0
土石流のような吐き気に襲われ、必死で口を押さえ、とにかく走った。
頭の中が真っ白だった。
桑田由奈の言葉も、廊下でびっくりしてよける患者も、驚いたように見ていた
入口の車椅子の老人も、ジュンの頭には入って来なかった。
613 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:07:00.60 ID:+uP5qurX0
「そう、真紅と金糸雀が…」
ベリーベルから、あらかたの事情を聴き終えた水銀燈は、頭の中を整理する。
金糸雀は1つ、真紅の中には、雛苺のローザミスティカ含め、2つ。
ローザミスティカは2つ、誰かに奪われた。
つまり、3体目の退場は真紅、という事になる。
「…おバカさんねぇ…」
ちくりと心が痛んだ。雪華綺晶を、現実世界に引きずり出せば、何とかなったかも
しれない。その情報を、自分は意図的に伏せたのだ。
「………」
向こうから、誰かが走ってきている。
「あら…あれは」
ジュンだった。様子がおかしい。
ふらふらと蛇行したかと思うと、彼は水銀燈のいる木から
3本ほど向こうのベンチの傍に倒れ込んだ。
「…?」
水銀燈はゆっくりと近づいていく。
615 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:13:50.36 ID:+uP5qurX0
「ぉ………」
胃の中から溶けるような逆流が起き、ジュンは涙を流す。
びちゃ、びちゃ、と何度も吐く。
「ごほっ、げほっ」
顔を上げる事が出来ない。
立ち上がる事も、何故か身体が拒否している。
「…うぅ…うぅ…」
吐瀉物を前に、ジュンは突っ伏している事しか出来なかった。
ジィィ~という蝉の鳴き声が、ジュンの世界に響き続ける。
自分をまるで嘲笑っているかのように。
616 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:14:59.49 ID:+uP5qurX0
「どうしたのぉ?」
甘ったるい声が、ジュンの耳に届いた。
事情を断片的ながらも聞き出し、水銀燈はベンチに
体育座りをしていた。
その傍らで横になったジュンは、つらそうな顔をして寝転んでいる。
「…」
涙を流し終え、焦点の合わない虚ろな目。
今の水銀燈には、こうして横で体育座りをしている事しか出来なかった。
雪華綺晶が来る。めぐを奪いに。
だが、今のジュンを放ってはおけない。
618 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:17:26.73 ID:+uP5qurX0
「ごめんな…」
30分ほど経っただろうか。ジュンが口を開いた。
水銀燈が横を見ると、幾分呼吸の落ち着いたジュンが、視線だけを
こちらに向けていた。
「もう少し寝てなさい。どうせ時間は…」
いや、そんなに残されていない。
「………いいよ、もう。一人で帰れる…」
身体を起こし、震えながらもジュンは腰を上げる。
「…そう、じゃあ家まで頑張んなさいな」
真紅の事を言おうかとも思ったが、やめておいた。
いずれ分かる事とはいえ、今のジュンにそれは酷い仕打ちだ、と考えたのだ。
620 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:18:38.52 ID:+uP5qurX0
遠ざかるジュンの姿を見て、水銀燈は胸の奥がちくちくと
痛いのを実感していた。
これはアリスゲームだ。自分がとった行動は正しい。
マスターを守るため。そして、アリスになるための。
白と灰色の混ざった入道雲が、空をだんだんと覆い始めている。
昼が近付いているはずなのに、足元が暗くなってきた気がする。
「………」
自分の中のローザミスティカは3つ。
今、雪華綺晶がどう動いているのか、分からない。
だが、めぐを守るためには、放ってはおけない。
サアア、と風が吹き始めた。ゴゴゴ、という音は、入道雲の辺りから
聞こえる。白く純粋な、しかし確実に空を侵食していく大自然。
「…荒れそうねぇ」
ぽつりと、水銀燈は呟いた。
675 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:22:28.84 ID:+uP5qurX0
「違う…」
ガチャリ、バタン、ガチャリ、バタン、と繰り返される音。
「いない……」
もう数十枚は開閉しただろうか。
雪華綺晶は、nのフィールドの扉を、片っぱしから開けていた。
金糸雀の落ちて行った方向をすぐに追ったものの、
nのフィールド内で探索を続けるのは限界があった。
水銀燈の所に向かう前に、どうしても金糸雀を捕まえておく
必要があった。より確実な方法を採るために。
「………」
だが、この調子では、何日もかかってしまう。それは避けたかった。
見通しが立たないのであれば、先にしておくべき事がある。
もうそろそろ、だ。
「いない、見つからない……」
ガチャリ、バタン、ガチャリ、バタン、と無機質な音が響き続けた。
677 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:27:23.57 ID:+uP5qurX0
ガララ、と窓を開ける水銀燈。
部屋の中央、ベッドの上で、タオルケットが丸く盛り上がっている。
「めぐ…」
声を掛けるも、反応がない。
「……」
水銀燈は諦めて壁にもたれかかった。いつもの事だ。
めぐはヒステリーを起こした後、必ずこうして布団をかぶる。
拗ねているのではない。
彼女の心は、この時後悔と自己嫌悪で埋め尽くされている。
幼稚な自分に、そこから動けない自分に対しての。
そういう時、水銀燈はいつもこうして病室の中にいる。
一度声を掛け、反応があれば話を聞いてやる。
反応がなければ、ずっとそのまま傍にいる。
いつの頃からか、水銀燈が決めた事だった。
680 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:33:08.17 ID:+uP5qurX0
「……」
ぎしっ、と音を立てて、ベッドの上の、丸まった物体が
動いた。
「水銀燈…?」
めぐが泣き腫らした目で、こちらを見つめている。焦点が
合ってない。
「少し寝てなさい。みっともないわ」
「…そうね、私…」
めぐは体育座りをし、マントのようにタオルケットを羽織る。
「私馬鹿だわ」
憔悴しきった顔を、膝にこすりつける。
682 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:39:00.46 ID:+uP5qurX0
「またやっちゃったんでしょう」
「……」
水銀燈の問いに、答えない。
「…ローゼンメイデン…」
「え?」
膝に顎を乗せ、両肘を抱えたまま、めぐはため息をつく。
「あの子は私と同じ…」
「同じ?」
水銀燈が問い返す。
「私は現実から逃げている。受け入れたくない現実があるから」
「?何を言い出すの、めぐ」
「あの子もそう」
それには答えず続けるめぐ。
「現実から逃げて、世界から外れた場所で生きている」
「……」
「私ね、水銀燈」
「何?」
「あの子と契約している真紅、という人形を見て思ったわ」
膝を抱えるめぐ。
685 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:43:47.68 ID:+uP5qurX0
「真紅はジュン君を大切に思っている」
「……」
「何とか前を向いてもらいたい。でも」
スウウ、と病室が影に覆われる。窓の外を見ると、
灰色の雲が広がってきているのが分かる。
「本当はね、人はそんなに強くないのよ」
「……」
「たった一人で立ち上がれる人なんて、この世に殆どいないと思うの」
遠くで、ゴロゴロ、という音が聞こえる。
「立ち上がれる人は、きっと、もう他人を信頼出来なくなってしまった人」
膝を握る手に力を込める。
「真紅は、ジュン君が立ち上がろうとしたその時に、私の肩を使ってくれればいい、
それまでずっと、私はあの子の傍にいる、そう言ったわ」
「……」
水銀燈は目を背けた。
「それが、人を助けるっていう事だと、私は思うのよ」
688 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:50:06.32 ID:+uP5qurX0
「……」
「ほんのちょっと、肩を貸してあげるだけでいいのよ。それだけで、
人は頑張れる生き物だもの」
「…」
「ジュン君は、きっとそうして、誰かに救ってほしいって、思ってるんだわ」
「…どこが同じなの?死にたいって」
からからと窓を開け、外を眺める水銀燈。
「貴女は全てを拒絶して」
生ぬるい風が吹き込んできて、思わず水銀燈は身震いする。
「違うの、ごめんなさい」
水銀燈の背中に声を掛けるめぐ。
「貴女には随分天邪鬼な事をしてしまった」
水銀燈が振り返る。
「ごめんなさい、私、死にたくなんてない」
めぐの肩が小さく震えている。
「独りで淋しく死んでいくなんて、本当はとても怖い」
「めぐ…」
「私だって誰かに手を取ってほしい、引っ張っていってほしい」
顔を伏せるめぐ。
「誰かに……」
嗚咽が漏れ始める。
「ごめんなさい……ジュン君……」
ぽつ、ぽつ、と、雨音が聞こえ始めた。
692 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:55:37.71 ID:+uP5qurX0
ざあああ、と雨が降り続ける。
「……う……」
うっすらと開く、二つの瞳。
頬に、何かちくちくとこそばゆい感覚。
「ここは…」
金糸雀は身体を起こし、きょろきょろと周囲を見回す。
「みっちゃんの…マンション…?」
視線の先、ベッドに、自分のマスターのみつが眠っている。
「みっちゃん」
ふらふらしながらも、近づいていく。
「みっちゃん」
ベッドによじ登り、ゆさゆさと揺する金糸雀。
「……」
返事はない。
ただ、呼吸による身体の動きが、生きている事を示している。
「ごめんね、みっちゃん…」
徐々に記憶が甦ってくる。
695 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:02:53.10 ID:+uP5qurX0
nのフィールド、白い水晶の中で、みつが眠っていた。
驚いて駆け寄る金糸雀の全身をたちまちイバラが縛り、首を締め上げられ、
意識を失った。そこまでの記憶だった。
チカチカ、と、黄色い光が目の前を飛んでいる。
「ピチカート」
何度も頷く金糸雀の顔が、次第に凍りついていく。
「…真紅が」
金糸雀は肩を落とした。
真紅のローザミスティカがおそらく奪われた事、
ピチカートが、落下していく金糸雀を追い続け、その先にある扉から
この部屋まで連れてきた事。
それが終わり、nのフィールドに繋がる、この部屋の鏡をピチカートが割って、
入口を遮断した事。
「ありがとうかしら、ピチカート…」
697 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:07:15.36 ID:+uP5qurX0
翠星石が事実上離脱し、マスターも3人囚われている現状。
真紅は、あとは水銀燈のマスターと、ジュンだけだと言った。
「……」
雪華綺晶は、今何をしているのだろう。
水銀燈の所に向かったのか、それとも、逃した自分を、
必死になって探しているのか。
とにかく、自分だけではどうしようもなかった。
ジュンか水銀燈に、助けを求めに行かなくてはならない。
「行かなきゃ…」
窓を開け、傘を広げる。
自分にやれる事。みっちゃんを取り戻すために。
「待ってて…!」
雨が降りしきる中、金糸雀は勢いよく飛び立った。
700 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:12:18.15 ID:+uP5qurX0
「………」
赤い光が水銀燈の傍を飛び回っている。
事情を聴き終えた水銀燈は、じっと腕組みをしていた。
ベッドの上では、先ほどの嗚咽が嘘のように、めぐが静かに
眠り続けている。
「…まずは、そうね…」
nのフィールドに入り、金糸雀を探さなければならない。きっと、
雪華綺晶も彼女を探しているはずだ。
後はここに来るだけとはいえ、厄介な攻撃をしてくる金糸雀を、
あの狡猾な妹が放っておくわけがない。
「……」
それは逆に言うと、金糸雀を味方につけておけばある程度の
策を練る事が出来る、という事でもある。
「でも…」
ちらっとめぐを見やる水銀燈。
今、めぐを一人にしておくのは危険だ。
とすると、金糸雀の捜索は諦めなければならない。
ゴンゴン、と窓を叩く音。
水銀燈は思わず振り向く。
「開けてほしいかしらー!」
びしょ濡れの金糸雀が、何度も窓を叩いていた。
702 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:14:20.28 ID:+uP5qurX0
「そういう事よ、金糸雀。雪華綺晶は必ずここに来る。だから、
今言った事を踏まえて攻撃してほしいの」
窓を背にする金糸雀を、ベッドに座った水銀燈が見つめている。
「……でも、本当にそれ大丈夫なのかしら。現実世界も、
nのフィールドも、関係ないような気がするけど…」
「あの子は、器なしでは、nのフィールドから出られないと言ったわ」
「……」
「だったら、現実世界で器を攻撃すれば」
「でも…」
金糸雀はうつむく。
「でもじゃないわよ、やんなきゃ貴女のマスターだって、帰ってこないのよ」
「あれは、ヒナの身体…」
「………」
水銀燈はイライラを隠せない。
703 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:17:06.31 ID:+uP5qurX0
「あのねえ、あんたの気持ちは分かるわよ。でも、雛苺は自分から、
真紅にローザミスティカを託したんでしょう。もう自分がこの世界に
いられないから」
「……」
「だったら――」
「あっ」
金糸雀が声を上げた。
「え」
瞬間、しゅるる、という音がして、自分の身体がイバラに縛られているのが分かる。
めぐも同様に、いつの間にか身体をイバラに覆われている。
「しまっ………」
伸びているのは鏡の中から。その瞬間、凄まじい力で水銀燈とめぐは
鏡の中に引きずり込まれた。
「水銀燈!」
金糸雀はすぐさまその後を追い、続いて5体の人工精霊が鏡に飛び込んだ。
706 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:21:43.27 ID:+uP5qurX0
「あっ、ぐっ…」
苦しそうにもがく水銀燈。
「お姉様、取引しましょう」
「な、何が」
鏡の向こうには、白い水晶が5つ。その中央、自分たちを縛っているイバラの先に、
雪華綺晶が座っていた。
「今、私の中には、彼女から奪ったローザミスティカが2つある」
すっと、右端の水晶を指さす。
「し……」
四肢をバラバラにされた真紅が、こちらを睨んでいる。
「雪華綺晶…あんた…」
身動きが取れない。
「素直にマスターを渡していただけるのであれば、このローザミスティカは差し上げます。
ただ、それが難しいのでしたら、私は―――」
キュイイイイイ、と音がして、次の瞬間、後ろから衝撃波が襲った。
「あっ」
「くっ」
雪華綺晶が吹っ飛び、めぐと水銀燈を縛っていたイバラが千切れ飛ぶ。
「めぐっ」
めぐは幸い吹っ飛ぶ事もなく、5体の人工精霊が彼女を守っていた。
「メイメイ…レンピカ…」
軽く後方に吹き飛ばされた水銀燈が、体勢を立て直す。
目の前を黄色い影が横切り、ギイイイイイ、と今度は鈍い音がした。
708 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:25:49.54 ID:+uP5qurX0
「ぶっ」
真正面からまともに衝撃波を食らい、雪華綺晶は更に奥へと吹き飛んだ。
「みっちゃん、返してもらうかしら!!」
バイオリンを持った金糸雀が、雪華綺晶の前へと立ちはだかる。
「……」
雪華綺晶はくるくると回って姿勢を取り直し、金糸雀を凝視している。
「終わりのない追走曲!!」
再び衝撃波。だが、雪華綺晶は落ち着いてそれを避ける。
「くっ」
弾き続ける金糸雀。
「金糸雀、いい事教えてあげましょうか」
ヒュン、ヒュン、とよけ続ける雪華綺晶。
金色の目が、心なしか鋭くなったような気がする。
711 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:30:32.81 ID:+uP5qurX0
「めぐ」
金糸雀たちを横目で追いながら、めぐをゆさゆさと揺する水銀燈。
だが、一向に起きない。
「どうしたの…?めぐ…?」
マスターが眠らされている以上、金糸雀とて、そう攻撃は続けられない。
水銀燈の頬に、冷や汗が流れた。
713 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:33:37.99 ID:+uP5qurX0
「どっ、どうして当たらないの」
何度も衝撃波を飛ばす金糸雀。
「どうして翠星石を閉じ込めたか」
徐々にこちらに近づいているような気がする。
「どうして、一人でいる貴女を、先に襲わなかったのか、いいえ」
すれすれの所でよけ続ける雪華綺晶。
だが、それはまるで遊んでいるかのようだ。
「どうして貴女のローザミスティカを残したか」
「はぁっ、はぁっ」
「私は最後に、貴女が手に入れば良かった」
嬉しそうに笑う。
「だって、貴女の能力があれば、誰にだって勝てるもの」
「み、みっちゃん…」
イバラがヒュンッ、と飛んできた。
717 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:39:11.36 ID:+uP5qurX0
「あっ」
ガランガラン、と遠くに飛ばされるバイオリン。
「たとえ水銀燈と取引したって」
「う…」
「そう、今の貴女のように、使い方さえ間違えなければ」
しゅるる、とイバラが伸び、金糸雀を拘束する。
「マスターを先に眠らせたのはこのため。どう?
もう力が湧いてこないでしょう」
もがく金糸雀に、コツ、コツ、と近づいていく。
「!!」
瞬間、雪華綺晶は飛び上がった。左足に、黒い羽根が数本刺さる。
「痛ッ…」
次の瞬間、左半身に衝撃が跳ねた。
718 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 14:40:40.31 ID:yD9Hoo5W0
待ってたぜ流石は銀様!!そこに痺れるぅ!憧れるぅ!
720 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:42:12.18 ID:+uP5qurX0
「あっ」
大きくのけぞり、雪華綺晶は吹っ飛んだ。
「……」
金糸雀は驚いて、飛んでいったのと反対方向を見やる。
「金糸雀!何やってるの!早くしなさい!!」
水銀燈が駆け寄ってきて、イバラをほどき始める。
722 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:47:49.18 ID:+uP5qurX0
ほどき終えた所で、吹っ飛んだ雪華綺晶を追う水銀燈。
「水銀燈!」
後を追おうとするが、めぐから目を離すわけにはいかない。
「……」
ギッ、と音がした。自らのネジが切れようとしているのが分かる。
「使えて…あと一回って、とこかしら…」
バイオリンを握りしめる。
その刹那、ドッと音がして、金糸雀の身体が揺れた。
724 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:54:36.26 ID:+uP5qurX0
水銀燈は、雪華綺晶を追って飛び続けていた。
おかしい。
吹っ飛んだ方向のどこにも雪華綺晶が見当たらない。
「何故…?」
こんな事はあり得ない。どこかで体勢を立て直して、自分に向かってくるのが――
「自分に…?」
水銀燈は後ろを振り返る。
自分が雪華綺晶ならどうするだろう。本当に自分に、真っ向勝負を挑んでくるだろうか。
「いえ――」
違う。雪華綺晶の狙いは―――
「!!」
水銀燈は身を翻し、元来た方向に全速で向かった。
726 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:57:01.04 ID:+uP5qurX0
水銀燈が元の場所に着いた時には、イバラに貫かれ、倒れている金糸雀を横目に、
雪華綺晶がめぐを愛おしそうに撫で続けていた。
「なっ……」
黒い羽根の突き刺さった左腕をだらんと垂らし、雪華綺晶がこちらを見やる。
「約束の刻ですわ、黒薔薇のお姉様」
「めぐ!!起きて!!そんな奴に惑わされないで!!」
「無駄ですわ。彼女は」
「無駄…?貴女めぐに何をしたの」
じり、と一歩近づく水銀燈。
「それ以上近づけば、首を引き千切りますわ」
首に回しているイバラを指さす。
728 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:58:30.76 ID:+uP5qurX0
「くっ……」
「彼女の方から、この世界に迷い込んできたのです、お姉様」
「はっ?」
「酷く悲しそうで、迷子になって、自分の名前すら思い出せない」
「…な、何ですって…」
「だから彼女は、自分から眠る事を選んだ。力を使う必要はなかった」
めぐの寝顔を見つめる雪華綺晶。
ふと、水銀燈は視界の隅で動くものに気づく。
「夢の世界を選んだ人間を、現実世界に―――」
雪華綺晶の言葉がそこで途切れ、身体が白い水晶に打ちつけられる。
衝撃で、だらんと垂れていた左腕が引き千切れた。
「金糸雀!」
倒れた姿勢で、なおバイオリンを構えた金糸雀が、こちらに笑顔を向けた。
「逃げて!!早く…!!逃げ…!」
めぐに駆け寄る水銀燈。
「逃がしませんわ」
残った右手から、雪華綺晶がイバラを放つ。
めぐを捕え、そのイバラは水銀燈の胸を狙う。
「……っ!!」
尻もちをつき、水銀燈は思わず目を閉じた。
730 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 15:00:43.32 ID:+uP5qurX0
「…?」
何ともない。
「ちっ…」
5体の人工精霊が、水銀燈のイバラを防いでいる。
「あ…あんたたち……」
「水銀燈!!」金糸雀が水銀燈の腕を引っ張り、蹴飛ばした。
「きゃあっ」
バランスを崩し、nのフィールドを落下してゆく水銀燈。
「ああああああぁぁあああぁぁ……」
遠ざかってゆく、白い水晶。
「めぐぅ!!めぐっ……!!」
何度も叫び続けるが、次第に周りが霧に包まれてゆく。
ドンッ、という音と共に、全身に衝撃が走り、水銀燈は気を失った。
744 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 16:54:09.46 ID:+uP5qurX0
「………」
ぐいっと金糸雀の頭をつかむ雪華綺晶。
喉を貫いているイバラ。目を見開いて停止している金糸雀の身体が
光り始め、ローザミスティカが現れた。
「く……」
それを手に入れ、負傷を確認する。
左腕は、もう使い物になりそうもない。左の脇腹と、足に刺さった羽根を抜く。
球体関節を集中的にやられたせいで、左足も動かない。
だが、手にした物もある。
命令の遂行を終え、ホーリエ、ベリーベル、ピチカートは自分のものになった。
そして、4人目のマスター、柿崎めぐ。
これで、残る水銀燈も、限りある力をやすやすとは使えまい。
ギシ、と身体に痛みが走る。
「しばらく動けそうにはないですわね…」
焦る事はない。残るは桜田ジュン、そして水銀燈のみである。
無理に今日、こちらが動く必要はない。
雪華綺晶は安心したように笑い、横になって目を閉じた。
747 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 16:58:24.10 ID:+uP5qurX0
「う………」
ゆっくりと開く瞼。
水銀燈は、ぼんやりと思考を取り戻していく。
映るのは、暗闇の中、かすかに見える天井。
「…?」
病院ではない。何か、埃っぽい。
鈍い痛みを感じながら、半身を起こす。
「ここは…」
目の前に、大きな鏡がある。だが、自分の姿がよく見えない。
きょろきょろと見渡しても、何が何やら分からなかった。
「…めぐ…金糸雀…?」
何の反応もない。代わりに、ぷんとカビ臭いニオイが鼻をついた。
「めぐ?めぐ??」
慌て始める水銀燈。
「ど、どこなの。返事して!めぐ!!」
鏡が揺らめき、蒼と紫の発光体が、それぞれ飛び出してきた。
749 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:01:54.54 ID:+uP5qurX0
「メイメイ!レンピカ…!」
その光で、何やら物置らしき場所だと分かる。
メイメイがチカチカと光り続ける。
「……何ですって」
水銀燈は信じられないといった風に、いやいやと首を振った。
「…どうして」
金糸雀のローザミスティカは奪われ、めぐも眠りにつかされた。
ホーリエたちは雪華綺晶につき従い、あとに残されたのは自分だけ。
「…私のせいだというの?」
結果的に、自分が雪華綺晶の誘いに乗り、真紅を見殺しにした事で、
このザマである。
自分がアリスになるため。そして、めぐを守るため。
そのための行動だったはずだ。
750 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 17:05:08.39 ID:yD9Hoo5W0
それでも…JUMなら…JUMなら何とかしてるれる!
751 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:08:20.66 ID:+uP5qurX0
真紅も、翠星石も、蒼星石も、金糸雀も、雛苺も、めぐも、
全て奪われた。
「…………」
後悔と、絶望。
「…私」
何よりも、自責。
「……私は」
放心状態で座り込んでいる水銀燈。
チカ、チカ、と瞬く人工精霊たち。
「…何?」
狭い部屋の奥に、扉がついている。
「………」
水銀燈はゆっくりと立ち上がり、扉を開けた。
753 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:13:37.06 ID:+uP5qurX0
薄暗い廊下。左手に幅の狭い扉があり、正面にまた扉。右手からうっすら光が
差し込んでいて、ざあざあという音が聞こえる。
家だ、と分かった。どこかで見た事のある。
「…真紅たちの家?」
右に曲がると、階段があった。
トン、トン、トン、と、上がっていくと、扉が4つついている。
先行して、メイメイが飛んでいく。
「あ、ちょっと…」
メイメイが止まった扉の前。
「……?」
中から、何か呻くような声が聞こえた。
「何?」
「………ぅ…」
この声は。
「……桜田…ジュン…?」
慎重にドアノブを回し、水銀燈はカチャリと開けた。
755 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:22:42.02 ID:+uP5qurX0
暗闇の中で、ベッドの上の毛布が盛り上がっている。
「う……うぅ……」
「…」
水銀燈はゆっくり近づき、顔を覗こうとする。
だが、頭まですっぽりかぶってしまっているらしく、
表情は確認出来なかった。
「ジュン…」
「………」
「どうしたの」
声を掛けると、ジュンが毛布をめくる。
「……」
「どうしたの?」
「…水…銀…燈?」
目が赤い。
「泣いているの?」
「……何で、ここに…?」
「え」
水銀燈は視線を伏せる。
757 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 17:25:11.12 ID:Lg30nKxV0
ジュン踏んだりけったりだな
759 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:28:59.67 ID:+uP5qurX0
「ああ、何でもない…ごめんな…今日は…」
再び布団をかぶる。
「僕のせいで、めぐさん傷つけちゃってさ」
「……」
「真紅たちも、どっか行っちゃったみたいだし…」
「………」
「やっぱり、僕は外に出ちゃいけなかったんだよ」
「…そんな事」
「クラスメイトに会っただけで、また吐いて」
「…違うわ」
「いいんだ、帰ってくれ、今日はもう誰とも話したくない」
「待って、違うのよジュン」
毛布をゆさゆさと揺らす水銀燈。
760 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 17:32:13.51 ID:yD9Hoo5W0
毛布ごしとは言え羨ましえん
761 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:35:03.47 ID:+uP5qurX0
「私が全部悪いのよ!!真紅の事も!何もかも!!」
必死になって叫ぶ水銀燈。
「…真紅の事?」
「私、雪華綺晶と会ったわ」
「え」
「7番目のドール。そして、雛苺の身体を奪った張本人」
「…どういう」
「それは全部説明する。時間がないの」
ジュンが、ようやく半身を起こした。
766 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:40:17.06 ID:+uP5qurX0
「…………」
呆然とした表情で、ジュンが固まっている。
「…う…嘘…だろ?」
「嘘じゃないわ。これはさっきまであった本当の事よ」
うつむいたまま、水銀燈は顔を上げようとしない。
「真紅が…バラバラにされて…」
「そうよ」
「翠星石が囚われて…」
「…そうよ」
「金糸雀も、めぐさんも、捕まって…」
「…もう、ドールもマスターたちも、私と貴方しか残っていないの」
「……」
「それは全部私のせい」
「…でも」
「お願い、私は…」
「…無理だよ、僕は頑張れない」
「え」
再び毛布をかぶってしまう。
768 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:42:23.99 ID:+uP5qurX0
「僕は弱いんだ。真紅たちが助けてくれたって、結局こうだ。
今更、そんな得体の知れない人形相手に、僕が何を出来るっていうんだよ」
「そんな事ないわ」
ベッドによじ登り、揺する水銀燈。
「やめろよ、やめてくれ」
「やめないわ。そんな事言わせない」
「嫌だ、やめろったら!」
毛布越しに、思い切り右腕を振り回すジュン。
「きゃっ」
水銀燈は勢いで床に転げ落ち、後頭部を打った。
「はっ…」
ジュンは身体を起こし、水銀燈を見やる。
「うぅ…」
「ご、ごめん…でも…」
「……ジュン」
震えながら起き上がる。
「……あの後ね、めぐは言ってたわよ」
769 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:44:09.43 ID:+uP5qurX0
「…?」
「あの子は、私と同じだって…」
再びベッドに登り、ジュンの傍へ寄る。
「水銀燈…やめてくれ」
「受け入れたくない現実があるから、逃げている。
世界から外れた場所で生きている」
目を背けるジュン。
「人はそんなに強くない」
「……っ」
「真紅が言ってたそうよ。雪華綺晶に壊される前、
病室で」
「『ジュンの苦しみなんて、ジュンにしか分からない。
あの子が乗り越えていくしかないの』」
「いいよそんな言葉は。僕には無理だって言ってんだろ」
「『私はジュンの傍にいる』」
「……」
「『あの子が逃げ出したら追っかけていく。一人にならないように。
死にたがっていたら、落ち着くまで手を握っていてあげる』」
「……」
772 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:46:59.96 ID:+uP5qurX0
水銀燈はジュンの肩をつかむ。
「わ…」
振り向かせたジュンの両手を握りしめる水銀燈。
「『いつかあの子が立ち上がろうとした時に、私の肩を使って、支えにして、
立ち上がってくれれば、それでいい』」
「………」
「もう一度言うわ、人はそんなに強くない」
「……」
「貴方は、きっと、誰かに救ってほしいって、思ってるんだわ」
「………」
「私だって、誰かに手を取ってほしい、引っ張っていってほしい」
「……」
「ごめんなさい」
「………」
水銀燈はジュンの顔を見上げる。
「それがめぐの言葉」
776 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:53:00.03 ID:+uP5qurX0
「………」
「ね、お願い、あの子は貴方を必要としているの」
「やめてくれよ、そんなの…」
水銀燈の手を振りほどく。
「助けて、お願い」
なおも水銀燈はジュンの肩をつかんでいる。
「助けて。お願いだから助けてよ」
涙声になっている。
「私がいけないの。私が」
鼻をすする。
「真紅もめぐも、奪われてしまった」
「……」
シャツをぎゅうっとつかみ、必死にこちらを向かせようとする。
「助けて。ジュン助けて」
ぐいっと肩口を引っ張る。
「わ」
バランスを崩し、仰向けに倒れ込むジュン。
778 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:59:26.30 ID:+uP5qurX0
「お願い、私に…」
ジュンの胸の上に登り、かたかた震えながら泣き続ける水銀燈。
「私に…私に出来る事なら何でもするから…」
「……」
「うぅ…ううう……っ」
「…」
「だから助けて、助けて…」
大粒の涙が落ちる。
「………」
「…どうして答えてくれないの」
「……」
ジュンは目を逸らしてしまう。
「どうして何も言ってくれないの、ジュン」
「………」
「どうして……」
水銀燈は顔を伏せ、声を上げて泣き続けた。
780 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:03:18.42 ID:+uP5qurX0
部屋の隅。
「………」
すっかり暗くなり、雨も止んでいるようだ。
水銀燈が膝を抱え、赤い目をこすろうともせず、床に視線を向けている。
「………」
ジュンはベッドに横になり、壁を見つめていた。
「…帰るわぁ」
おもむろに立ち上がり、部屋を出ていく水銀燈。
「………」
バタンという音と共に、部屋が真っ暗になった。
ジュンは目を閉じる。
782 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:07:03.70 ID:+uP5qurX0
――――私ね、淋しくなったり、つらい事があった時は、こうしてると安心するの
――――つらい事があった時、ジュンの膝に乗って、こうして全身を預けていると安心する
――――たぶんね、貴方が優しい人間だって知ってるから
784 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:10:49.40 ID:+uP5qurX0
――――貴方と散歩がしたい
――――駄目かしら。こうして手を繋いで
――――朝の涼しい…そうね、今みたいな時間帯に
――――貴方が私と一緒に中庭を歩いてくれている
――――歩き疲れたら、中庭のベンチに座って、私は疲れて眠っちゃうの
――――その時は、肩くらいは貸して頂戴ね
――――ね、ジュン君?
785 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 18:11:32.76 ID:yD9Hoo5W0
めぐ…
788 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:19:16.74 ID:+uP5qurX0
物置の鏡の前。
レンピカとメイメイが飛び交う中心に、水銀燈が立っている。
「……めぐ、待ってなさい」
胸に決意を秘め、進み始める。
「待てよ」
突然後ろから声がした。
「僕も行く」
水銀燈が振り返る。赤い目をこすりながら、ジュンがその眼を
見据えていた。
789 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:21:24.30 ID:+uP5qurX0
「ジュン……!」
「ごめんな、水銀燈」
たたた、と駆けよる水銀燈。しゃがみ込むジュン。
「わぷ」
水銀燈は、ジュンの首に手を回した。
肩口に顔をこすりつけ、ぎゅっと両手に力をこめる。
「ぷ…ど、どうしたんだ」
「しばらくこうさせて頂戴」
「え……」
「そしたら、私戦えるから」
そう言って、目を閉じる水銀燈。
「……」
ジュンは何も云わず、彼女の行為に身を任せた。
792 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:26:23.94 ID:+uP5qurX0
数分ほどそうしていただろうか。
「……」
水銀燈はジュンから身体を離し、しばらくジュンの眼を見つめる。
「…な、何?」
「………」
ふう、と息を吐き、その場に座り込む。
「今から作戦を説明するから、頭に叩き込んでもらえるかしら」
「え」
「気を抜いたら駄目よ。いいわね」
鋭い瞳に、ジュンは言葉を発せられなかった。
849 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:29:10.40 ID:+uP5qurX0
「本当に上手くいくのかな」
水銀燈に手を引かれ、nのフィールドを飛び続けるジュン。
「あら、信用出来ないの。なら、代案くらいは用意出来てるんでしょうね」
じろりと睨む水銀燈。
「い、いや、言ってみただけだよ」
「そう」
先を行くレンピカ、メイメイが、チカ、チカと輝いた。
「近いわ」
853 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:33:43.65 ID:+uP5qurX0
6つの白く巨大な水晶を背後に、雪華綺晶がうずくまっている。
「……」
人工精霊3体がかりでも、左足を直すのに手間取っていた。
「…これでは」
少し焦りが滲む。殆ど回復していない身体。今、水銀燈たちが襲ってきたとしたら。
「……」
後ろで停止している翠星石のローザミスティカを奪おうかとも考えたが、
水晶を消すにも力を使う。
何より、壊れた部分を直すのに必死で、他の事をしている余裕はない。
ローザミスティカは3対3。金糸雀の力があれば、五分以上に戦える。
「いざとなれば……」
背後で眠るめぐに視線を送り、ニィ、と笑う。
その直後、雪華綺晶は、何かが空気をつんざく音を聞いた。
858 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:38:29.99 ID:+uP5qurX0
瞬間、ダラララッと音がして、雪華綺晶の身体が回転する。
「あっ」
5メートルほど吹っ飛び、雪華綺晶には何が何だか分からなかった。
見ると、自分の左半身に、黒い羽根が無数に突き刺さっている。
「くっ」
水銀燈だ。
雪華綺晶は体勢を整え、飛ぼうとする。
「きゃあっ」
がくっと身体が左に傾き、視界の隅に、千切れた足が見えた。
「な……」
白いブーツを履いた足。見れば自分の左足がない。
吹っ飛ばされたのだ、と理解するまでに、数秒かかった。
「こっちだ雪華綺晶!!」
視線の先に、桜田ジュンが映る。6つの水晶の中央付近で、こちらを向いて
大声で叫んでいる。
862 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:43:12.59 ID:+uP5qurX0
瞬時にバイオリンを構え、そちらに飛びかかってゆく。
ヒュッと蒼い光が視界を遮り、ひと際キィン、ときらめいた。
「ああっ!!!」
目が眩み、思わずバイオリンを持った手で目を押さえる。
「……!!」
姑息。
いや、重要なのはそこではない。
「こっちだ!!」
声がする。雪華綺晶はそちらに向けて、弦を思い切り弾いた。
発せられた衝撃波が、ズンッ、と、何かに当たる感触。
ようやくチカチカしながらも、目を開く。
「!!!」
その先にあったのはジュンではなく、自分が作り上げた白い水晶。
根元がピキピキ、と割れ、ついには雪華綺晶の方へと倒れ込んできた。
864 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:46:21.86 ID:+uP5qurX0
「ちっ」
まだチカチカする目を我慢しながら、雪華綺晶は背後に飛び上がる。
「かかったわね!!」
「!?」
声のする方向に一瞬水銀燈が見え、更に空気を裂くような音。
「ひっ」
反射的に右手で顔を庇い、カカカッと右手、上半身、右足に羽根が刺さる。
「痛ッ……」
ドカッと腹に大きな衝撃が走る。蹴られたのだ、と感じるも、
吹っ飛んでいく自分を止める手立てが、ない。
何とかしなければ。何とか。
「あぐっ」
ドゥンッ、と音がして、雪華綺晶は壁に叩きつけられた。
867 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:51:36.91 ID:+uP5qurX0
「ぐ……」
身体中に激痛が走る。立ち上がれない。
いや、そもそも左腕と左足がないのだ。
目を開くと、真っ白なベッド、純白のカーテンに、薄暗い天井が見えた。
「……病室?」
ほどなくして、目の前の手洗いの鏡から、水銀燈とジュンが出てきた。
動けない雪華綺晶を確認し、水銀燈は鏡を羽根で割った。
「さあ」
床で苦痛に顔を歪める雪華綺晶を、水銀燈は冷たく見下ろしている。
「終わりの始まりよぉ、7番目」
872 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:57:26.48 ID:+uP5qurX0
右腕。
右足。
左肩。
腰の左側。
馬乗りの体勢で、水銀燈は雪華綺晶を押さえ込んだ。
「………」
雪華綺晶の瞳は、観念した様子で水銀燈、ジュンと
視線を移した。
「……雪華綺晶」
どこか淋しそうに見えたその瞳。ジュンは思わず声を漏らす。
「…ここは?」
ぼそりと呟く。
「現実世界よ。有栖川病院の316号室、貴女が何度も盗み見てた、ね」
水銀燈は吐き捨てるように言った。
877 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:08:20.90 ID:+uP5qurX0
「…私を」
更に続ける。
「…ここで消滅させるのですか」
「そうよ?何か問題でも?」
その冷徹な瞳は、窓からの逆光で暗く沈んでいる。
「……そうですか」
「メイメイは優秀でね、貴女の吹っ飛んだ方向にこの扉を
設けさせたのよ。凄いでしょう?どう?」
ハッ、と水銀燈は嘲笑った。
「その前に、一つ…うっ」
水銀燈の右手が、雪華綺晶の喉をつかんだ。
「何をほざく気かしら。今更この口が」
「……ぐ」
「お、おい水銀燈」
「すっこんでなさいジュン」
「……」
「この子は自分のために、雛苺の身体を奪った。
翠星石の優しさを利用した。動かなくなった蒼星石を操った。
真紅の身体をバラバラにした。金糸雀の喉を貫いた」
右手に力を込める。
「私は許さない」
879 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 23:09:17.03 ID:Jk7MbRBk0
あれ・・・めぐ・・・
883 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:13:38.01 ID:+uP5qurX0
「……」
雪華綺晶の右手が、何かを求めるように動いた。
「…たし…は…」
「……は?」
「そうです…私は…自分がアリスになるためだけに……」
反射的に右手を緩める。
「利用出来るものは利用した…踏み台にした……でも」
「…何よ、言って御覧なさい」
「…それの…何が悪いのですか…?黒薔薇のお姉様…?」
水銀燈の目がピクッと動く。
「私には…正直理解出来ない…のです…」
「何が」
「私は器を与えられなかった…でも、お父様に会いたかった…だから…」
「……」
「そのために自分に出来る事をした…」
「………」
「今ここで、私を消滅させるのなら、私はそれで構いません…。
手足の無い人形など、お父様は望んでいないでしょうから…」
水銀燈の力が緩み、雪華綺晶は幾分落ち着いた表情で喋り続ける。
「でも……」
抵抗する様子はない。
890 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:24:39.26 ID:+uP5qurX0
「お姉様…貴女のマスターは」
「…」
「彼女は今、夢を見ている」
「…夢、ですって…」
「夢の中で、自分の父親、貴女、そして、そこにいる、桜田ジュンと、
幸せな時を過ごしている」
名前を呼ばれ、ジュンはハッとする。
「私が見せているのです」
「……」
「彼女は現実に絶望して、自らこの世界を放棄した」
「違う、めぐはそんな事する子じゃないわ」
「違わない…」
バキッと雪華綺晶を殴る水銀燈。
「ふざけないで!!どんなに自暴自棄になったって、あの子は…!」
「…眠らせたマスターの力、奪ったローザミスティカの力」
「やめなさい、雪華綺晶」
「私が力を送っている限り、彼女は幸せを感じながら、このまま
生き長らえる事が出来る」
「……」
『こうしてお金に直すとね、分かるのよ。自分の価値が。
そして、生きようとする事がどれだけ難しいか』
ジュンはようやく気付いた。
893 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:30:03.97 ID:+uP5qurX0
自分や水銀燈が思っているよりも、ずっとめぐは頑張っていたのだ。
生きようとしていたのだ、と。
『心臓が弱いのなら、移植の手立てはないのか』
そうして調べたのが、あの言葉。
『たとえ心臓が弱くても、日常生活に気をつけていれば―――』
それを研究して、出てきたのが、あの何気ない言葉。
今更ながらに、めぐの一言一言が、ジュンに重く突き刺さってくる。
897 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:38:49.61 ID:+uP5qurX0
「…桜田ジュン」
ジュンが顔をあげる。
「どうするのかしら、貴方は」
「…何」
「娘の顔すらまともに見ようとしない、父親」
「………」
「一歩間違えば侮蔑、でも言葉上は憐憫の眼差しを向けている、第1ドール」
「な……」
「過去に縛られ、現実から逃げ出してしまった、貴方」
雪華綺晶は無機質な目で、ジュンを見つめた。
「あの子は幸せな夢を見続けている。届いてほしかったものに手がようやく、
ようやく届いた」
「……」
899 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:39:27.27 ID:+uP5qurX0
水銀燈の肩が震えている。
「誰もいない、この世界に呼び戻すつもり?何のため?」
「…僕は」
「下らない正義感?それとも、幼稚で一時的な感情のために?」
「…黙りなさい、雪華綺晶」
レンピカを呼び、黄金色の鋏を召喚する。
「桜田ジュン」
水銀燈が鋏をピタリと喉に当てる。
「貴方はどうせまた逃げる。そうすれば、あの子は一人、淋しく死んでいくだけ」
ぐっと押し当てられる切っ先。
水銀燈は深呼吸をした。
「冷たい肉の塊になってしまった頃に、ようやく巡回の看護士が発見するのよ」
水銀燈は力を込め、その切っ先を思い切り喉に押し込んだ。
907 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:56:26.77 ID:+uP5qurX0
ここから先は、エピローグになります。
残り時間とレス数的に微妙なのと、
キリがよいので、これ以降は新スレ立てます。
ローゼンメイデンの話「316号室のめぐ」エピローグ
1 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:00:34.80 ID:GsULn9tf0
『こんにちは。この間はごめんなさい。水銀燈から話は聞きました。
貴方が私を救いに来てくれたのだと、彼女は言っていました。
他にも、色々あったのだと。だから、水銀燈は、手紙を書いてあげてと
私に助言をしてくれました。何かしら、私の知らない所で何があったのかしら。
隠し事は良くないわ。キチンとお姉さんに教えなさい。
でも、疲れたのならしっかり休んでね。16歳の私でさえ、佐原さんたちと
話すのが嫌でしょうがなかったんですもの。
貴方はまだ14歳ですものね。
いいのよ、ゆっくり休んで、水でも飲んだらいいわ。
でも、一つだけお願いしちゃっていいかしら。
近いうち、またこの病院のこの部屋に来てほしいの。
貴方はまたしんどい思いをしてしまうかもしれない。
でもね、今度は違うわ。
疲れたら、私のベッドに座っていいのよ。寝転がってもいい。
でもね、変な気起こしちゃダメよ。私の心臓は繊細なのよ。
ちゃんと優しく扱ってね。
4 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:02:02.99 ID:GsULn9tf0
嘘よ。
嘘ばっかりよこんなの。
私にそんな器量、あるわけないじゃない。調子こいてたわ、
ごめんなさい。
私は知っての通り、身体が弱くて、心も狭くて、ただの淋しがりよ。
だから本当は…寄り添ってほしい。私に。
私は貴方と一緒にいたい。
別に変な意味ではありません。
ジュン君にならおっぱい揉まれてもいいです、とか、そういう
変態チックな事を伝えたいのではありません。
思春期の貴方には自制してもらって、私は好き勝手させてもらうわ。
じゃあね、また、ちゃんと来てね。
有栖川病院 316号室 柿崎めぐ 』
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 00:05:51.02 ID:mpG8rkQU0
なんという手紙
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 00:06:30.56 ID:CM4rHAIG0
さすが毒めぐ
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 00:10:29.98 ID:Jxfh+OSa0
わざわざおっぱいとか書いて思春期の少年を悶々とさせるとかwwwwwwww
なんというドS……
14 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:11:59.00 ID:GsULn9tf0
10日後。
自室のベッドに座り、ジュンが手紙を読んでいる。
「何してるです?」
パソコンを弄りながら翠星石が尋ねる。
「ん」
ペラッと2枚目をめくるジュン。
「手紙」
「誰からです?」
「お前の知らない人」
その言葉に頬を膨らませた翠星石は、椅子を降り、ベッドに
よじ登ってジュンから手紙を奪おうとする。
「おい、何すんだよ、見づらいだろ」
「いぃーから見せろです。翠星石も読みたいですぅ」
ぐぎぎ、と紙を引っ張る。
「わかった、一緒に読もう、それでいいだろ」
やれやれ、とジュンはため息をついた。
18 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:20:08.22 ID:GsULn9tf0
あの時、喉を貫いた所で、雪華綺晶は消滅した。
そこから出てきたローザミスティカは、本来水銀燈の物に
なるはずであったが、水銀燈はそれを拒否した。
理由は未だに分からない。あれほどアリスゲームにこだわっていた
水銀燈に、何が起きたというのだろうか。
話の見えないジュンをしり目に、水銀燈は3つのローザミスティカを持って、
nのフィールドに向かい、金糸雀、真紅のそれぞれに、
ローザミスティカを戻してしまった。
四肢をバラバラにされた真紅、喉に風穴が開いていた金糸雀が
それで目覚めるはずもなく、二人はジュンの部屋の鞄の中で眠っている。
唯一ローザミスティカを奪われずに残っていた翠星石を、次に起こし、
その翠星石の力を借りて、マスターたちを起こしていった。
ジュンはその時の事を思い出す。
24 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:33:34.28 ID:GsULn9tf0
「………ここは…?」
めぐがうっすらを目を開ける。
「めぐ」
水銀燈は上から覗き込み、不安そうな表情になる。
「……水銀燈?私…」
「喋らないで」
顔が横を向き、ジュンと目が合った。
「あら……」
「め、めぐさん」
「私…ベッドに寝てたんじゃ……」
「え」
半身を起こすめぐ。
「パパは?今日家に連れて帰ってくれるって言ってたのに」
きょろきょろと見回す。
「……パ……」
驚きが、徐々に諦めに変わっていく。
「そっか……」
その沈んだ瞳を、ジュンは忘れられない。時おり見せた、
あの笑っていない眼差し。
「………」
『誰もいない、この世界に呼び戻すつもり?何のため?』
フラッシュバックする、雪華綺晶の言葉。
26 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:38:56.37 ID:GsULn9tf0
翌日。
ジュンは病院の入り口に立っていた。
「………」
だが、正直どの面下げて会いに行けばいいのか、分からない。
ドクン、と、桑田由奈の顔が思い出される。
「う…」
視界がぐらつく。
違う、自分はめぐに会いに来たのだ。
ぶんぶんと首を振り、そう言い聞かせて、ジュンは中に入っていった。
29 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:45:38.15 ID:GsULn9tf0
「あら」
ちょうど病室の中には、看護士の佐原が食事を運んできていた。
「あ、いらっしゃいジュン君」
ベッドの上から、めぐが手を振る。
「それじゃね、めぐちゃん」
にこっと手を振り、佐原が廊下へ消える。
「水銀燈は?」
「ここよ」
真下を指さす。
「へ?」
「出てらっしゃい、水銀燈」
言葉の後、ずりずりと水銀燈が、ベッドの下から
這い出てきた。
「…どうして私がこんな事……」
口を尖らせている水銀燈。めぐは気にせず煮つけを頬張っている。
「ふうーっ」
食事を終え、めぐは食器を片づけに廊下に出ていく。
33 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:53:21.74 ID:GsULn9tf0
「…なあ」
二人きりになった所で、ジュンが口を開く。
「…一つ訊きたかったんだけど、いいか?」
壁際の水銀燈が、視線をジュンに向けてくる。
「ええ、どうぞ」
「どうして、真紅たちのローザミスティカを奪わなかったんだ?」
「………」
水銀燈は少し、何か考えているように見えた。
「…どうした?」
「答えた方が、いいかしらぁ?」
「ああ、いや、何となく訊いてみたかっただけなんだ。答えたくないなら、
それでいいよ、僕は」
「………」
ジュンは諦め、椅子に座り直す。
「私、気づいちゃったのよ」
不意に水銀燈が口を開いた。
「え?」
ガチャリ、とドアが開き、めぐが戻ってくる。
「ねぇねぇ、牛乳1パック余ってたから、もらって来ちゃった」
「えぇ?」
「ジュン君飲む?」
「いや、僕は」
「あらそう」
37 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:58:15.98 ID:GsULn9tf0
「じゃあ、水銀燈あげるわ。貴方いつもカリカリしてるから、こういう乳製品、
摂った方がいいんじゃないかしら」
「お黙りなさいめぐ。どの口がそんな事言ってるのかしら」
ふん、と窓の方に目を向ける。
「あら、怖い」
「………」
いつもこんなやり取りをしてるのだろうか。
「あ、ねえ、ジュン君、時間あるかしら?」
布団を畳みながら、めぐが問いかけてくる。
「え、ん、んん」
「そう、じゃあ」
ベッドから降りるめぐ。
「ちょっと、散歩しない?」
41 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:05:12.75 ID:GsULn9tf0
中庭の蝉は、より一層うるさく鳴き続けている。
「凄い鳴き声だな」
「そうね」
二人は並んで、並木道を歩き続ける。
「でもね、ジュン君」
「何?」
「蝉はね、成虫になって、一週間で死んじゃうじゃない?」
「…うん」
「だから、一生懸命鳴いているのよ、きっと」
前を向くめぐ。正面、南からの日差しが、めぐの笑顔を、一層
引き立てている。
「僕はここにいる。私はここで、一生懸命に生きている」
「……」
ジュンはめぐの横顔をじっと見つめる。
「私には、そう言っているように聞こえるわ」
「めぐ…さん…」
立ち止まるめぐ。
「どうしたの」
「ふふ」
めぐは微笑んだまま、すっと右手を差し出してきた。
「手、繋ぎましょうか」
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 01:05:42.08 ID:OWbIaskkO
メグミルク…か…
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 01:06:48.04 ID:Jxfh+OSa0
>>42
だれうま
46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 01:07:17.02 ID:LkEWHuEx0
>>42
なにげに上手いな
51 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:15:00.33 ID:GsULn9tf0
「…………」
二人の姿を、向かいから来る患者らしき人が、ちらちらと
見ながら通り過ぎていく。
「………」
ジュンは些か恥ずかしい気分になる。
「ねえ、ジュン君」
「うん?」
「私はね、目覚めたあの時」
少しうつむくめぐ。
「ああ、この世界に戻ってきてしまったんだ、って、
思ってしまったのよ」
「……」
やはりあの時の表情は、そういう意味だったのだ、と確信するジュン。
「私は本当は、パパに甘えたかった。優しくしてもらいたかった」
「……」
「水銀燈がいて、貴方がいて」
「………」
「私はこんな病気を持っていなくて、いつまでも楽しく、幸せに過ごせる日々」
「めぐさん…」
「でもね、私最近思うのよ」
胸を押さえるめぐ。
「皆、いつか終わりが来るから、一所懸命に生きるんだなぁって」
「……」
「死にたくなるほどのどん底があるから、人は幸せを幸せと捉える事が出来る」
59 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:25:35.04 ID:GsULn9tf0
「……」
ジュンは少しうつむき加減になる。
「ジュン君、ちょっと休みましょう」
はあ、はぁ、とめぐが息を荒げ、ベンチに座り込む。
「ふうーっ」
天を仰ぎ、大きく息を吐く。
「うっ」
途端、めぐは胸を押さえ、苦しそうな顔になる。
「え、ちょ、ちょっとめぐさん、大丈夫?しっかり!!」
「うう、うう」
「わ、ど、どうすれば」
「なーんちゃって」
伸びをしながら、あははは、と笑うめぐ。
「な、か、からかわないでよ!」
「あはは、ごめんなさいね、面白かったから」
楽しそうに笑うめぐ。
66 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:35:08.60 ID:GsULn9tf0
「……ねえ」
呼吸を整え、めぐが口を開く。
「ん」
「ジュン君、私、幸せに見える?」
「えっ?」
身を乗り出し、ジュンを上目遣いに見てくる。
「わ、わ」
首筋にめぐの吐息がかかり、ジュンはぞくっと身体を震わせる。
「どう?」
「ど、どうって言っても…」
「私はね、幸せよ。貴方とこうして手を繋いでいられて」
ぎゅっと手を握りしめる。
70 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:38:20.81 ID:GsULn9tf0
「ちょ、ちょっと、また引っ掛けようったって」
「あら、この目が嘘ついてるように見えるのかしら」
「……」
「よく見て」
更に二人の顔が近付く。
「ちょ……」
「もっと」
めぐの手が、ジュンの両肩に置かれる。
「う…」
「もっと……」
フウ、フウ、という、息の音まで聞こえる距離。
「………」
めぐが瞳を閉じる。
「………」
ジュンの唇に、何かとても柔らかいものが触れた。
何か温かく、それでいて、ぬめっとした感触。んぷ、んぷ、と、
妙な音が何度も聞こえた。
81 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:45:34.84 ID:GsULn9tf0
「……………」
昼が近付き、ジュンはぼーっと遠くを眺めていた。
自分の肩で、めぐが寝息を立てている。
まるで小さな子どものように、めぐが呼吸をする度に、
彼女の柔らかさが伝わってくる。
「……………」
頭の中は、真っ白なようでいて、何かふわふわとしたものが
花畑の中を舞っている。
この感覚は何だろう、とか、ジュンはそういった疑問すら
浮かんでこなかった。
ただ、そこから一歩も動く気は起きなかったし、きっと隣で
寝ているめぐも、同じ事を考えていただろう、と、ジュンは感じていた。
99 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:05:15.05 ID:GsULn9tf0
「真紅たちを?」
椅子に座ったジュンが、驚いたように言う。
「ええ、そうよ」
めぐがベッドの上から答える。
「大丈夫よ、貴方は私が壊した人形の魂を、自身の手で
呼び戻してみせたじゃないの。私知ってるのよ」
「あ……」
「ローザミスティカは金糸雀、真紅の中にある。それを貴方が直す」
「…僕に…」
「ジュン君、よく聞いて」
顔を上げるジュン。
「私は真紅と話したわ。色んな事を」
「………」
「貴方にはあの子が必要なのよ。きっとこれから訪れる、
色んな局面で」
「……真紅」
「だから、直してあげて。あの子たちの魂も、きっとそれを望んでると思うから」
ふふ、とめぐは笑う。
101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 02:07:54.35 ID:ufr6mDF/0
>貴方は私が壊した人形の魂を
って水銀燈だよな?シーンとんだ?
103 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:12:33.34 ID:GsULn9tf0
>>101
原作準拠なので、この台詞は
ブーさん人形を直した事を指します。
104 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:12:59.21 ID:GsULn9tf0
「……」
ジュンは目を閉じる。
自分がつらい時、倒れそうになった時。
いつも傍にいてくれた少女。胸の奥が苦しい時は、胸をさすってくれた。
布団にくるまっている自分を、部屋の外で、ずっと見守っていてくれた。
ローゼンメイデンの第5ドール、真紅。
そして今、彼女が迷子になっている。自分を守るために犠牲となって、
暗闇の世界を彷徨っている。
「ジュン」
壁際、水銀燈が呟いた。
「迎えに行って、あげなさい」
そう言って、少し笑った。
「…うん、分かったよ」
ジュンはこくりと頷く。
「その代わり」
めぐは言葉を続ける。
108 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:19:44.23 ID:GsULn9tf0
「あの子たちが直るまで、ここには来ないで、ジュン君」
「え?」
ジュンは思わず声を上げる。
「……」
水銀燈が、視線を伏せる。
「もう一度ここに来る時は、真紅を連れてきて欲しいの」
「そ、それはどうして」
めぐは少し首をかしげ、諭すように呟く。
「あの子には、お礼を言わないといけないの。私は」
「お礼?」
「そう、こんなに幸せにしてくれた、お礼を」
「……」
「それに、貴方の扱い方も、勉強しておきたい」
「あっ……」
扱い方。
「なぁに、勉強しちゃまずい事なのかしら。貴方の扱い方を分かっている人と、
全然分かってない人、どっちがいい?」
意地悪っぽく笑うめぐ。
「えっ……あ」
真っ赤になるジュン。
113 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:24:21.46 ID:GsULn9tf0
「決まりね」
めぐは視線を少し下に向け、安心したように笑う。
「ね」
手を組み、遊ばせながら呟くめぐ。
「直したら、真紅と一緒にここへ来て…」
ジュンはその様子を見つめている。
「また、手を繋いで、お散歩しましょう」
そう言って、右手を出す。
「約束」
「ああ、必ずまた来るよ」
頷いたジュンはめぐの手を取り、力強く握手した。
「………」
水銀燈はその様子を見ていたが、やがて窓の外に
視線を移す。
窓の外は、蝉の鳴き声がいつまでも続いていた。
119 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:31:57.89 ID:GsULn9tf0
それから4ヶ月が過ぎ、季節は肌寒い冬。
ジュンはめぐに、手紙を書いていた。
「……ジュン」
背後から、紅色の人形が声を掛ける。
「何をしているの?」
「ん、ああ」
カリカリ、という音。
「めぐさんに、手紙を書いてるんだよ」
「手紙?」
「ああ、ちょっと病室で手紙を取れなくなったらしいんで、
住所は別なんだけど」
「へえ、そうなの」
「ねえ、しんくー、ヒナのクレヨンどこ行ったか知らない?」
ドアの隙間から、雛苺が入ってきた。
「知らないに決まってるでしょ。雛苺、少しは片づけというものを
覚えなさい」
「う~、わかったの」
ととと、と二階へと上がっていく。
124 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:39:41.08 ID:GsULn9tf0
雪華綺晶が消滅した器を使い、ジュンは雛苺までを復元する事に成功した。
蒼星石は無理だったが、翠星石は、それについては納得してくれた。
今日は、直ったという知らせ、そして、いつ遊びに行けばいいかを
書いている。
これはめぐからのリクエストで、『直ったら手紙で連絡下さい』と言われて
いたためだ。
そして投函してから一週間後。
129 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:46:01.96 ID:GsULn9tf0
ジュンは有栖川大学病院の入り口にいた。
「う~、寒い」
コンビニ帰りの道、そこにこの大学病院は位置している。
「あら」
入口で、佐原と出くわした。
「こんにちは、桜田君」
「こんにちは」
ジュンを見て、ふと首をかしげる佐原。
「桜田君、身長伸びたかしら」
「え?え…どうだったですかね…」
「ええ、まあよく分からないけど、何だかカッコよくなったわよ」
ははは、と笑う二人。
132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 02:49:25.95 ID:mpG8rkQU0
あ、蒼…
133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 02:51:05.66 ID:eBFAxTfx0
え、えんじゅ…
136 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:57:52.95 ID:GsULn9tf0
「ところで、今日はどうしたの?」
「え」
不思議そうに見つめてくる。
「あ、あの、柿崎めぐさんに会いに」
「…え?」
突然佐原の表情が訝しげになる。
「最近会ってなかったから」
「……さく…最近?」
「ええ、ここ4ヶ月くらい」
「………桜田君」
「少し前から手紙も返ってこなかったんで、どうし」
「桜田君こっち来て」
言葉を途中で遮り、中庭にジュンを引っ張っていく佐原。
「な…ど、どうしたんですか」
「あの子は2ヶ月前に亡くなったわ」
137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 02:58:56.17 ID:a7WdmbFi0
なんだttー
140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 02:59:43.45 ID:nH+N8s4YO
ええええええええええ・・・・
141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:00:03.13 ID:aZQOBiAG0
おいおい悪い冗談はよせよ・・・
157 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:15:48.26 ID:GsULn9tf0
ビュオオオオオ、と、木枯らしが吹き荒れる。
「…え?」
ジュンは、一瞬目の前の女性の言葉が理解出来なかった。
「発作が、その少し前から悪化してて」
何。何?
何を言っている。
この佐原という看護士は何を言っている。
コンビニの袋が、どさりと地面に落ちた。
162 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:20:17.04 ID:GsULn9tf0
ジュンはメモを持って走り続けていた。
「はっ、はっ」
閑静な住宅街を突っ切り、小高い山の麓にある教会。
人が住んでいるような形跡はあるものの、庭は荒れ放題である。
「はっ、はっ」
それはつまり、誰かが忍び込んで宿にしていても、おかしくない、という事だ。
玄関口に、黒い羽根。
「水銀燈!!」
ジュンはありったけの声で叫んだ。
「出て来い!!水銀燈!!」
反応はない。
「水銀燈出て来い!!ふざけんなこの馬鹿野郎!!ふざけんな!!」
ジュンは涙が溢れてくるのを感じた。
「何で教えてくんなかったんだ!!お前分かってたんだろ!!」
物音ひとつしない。
「おい!!答えろよ!!答えろよこの!!」
ガチャガチャと門を揺するジュン。
「ジュン」
透き通った声が聞こえた。
166 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:26:10.57 ID:GsULn9tf0
上空から、黒翼の天使が舞い降りてきた。
「――――水銀燈」
涙と鼻水でくしゃくしゃになったジュンの顔を、悲しそうに見つめる
第1ドール。
「ジュン」
何かを通り過ぎてしまったような、その死んだ眼に、ジュンは言葉をつぐんだ。
「………」
「……」
しばらくの沈黙。
「―――良かったわ、今日会えて」
破ったのは水銀燈だった。
169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:28:19.16 ID:LkEWHuEx0
やっぱり、めぐは・・・・
172 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:35:12.32 ID:GsULn9tf0
「今日、渡しに行こうと思ってたの」
そう言って、懐から封筒を取り出す。切手などは貼っていない。
「………」
「気づいてしまったのね」
「………」
「ごめんなさい…ずっと、黙っていて」
その瞬間、水銀燈の胸倉をつかむ。
「きゃ…!」
「ふざけんな!!何がごめんなさいだよ。何が!!!」
喉の奥から、何か熱いものがこみ上げてくる。
「何が……う……」
水銀燈をつかんだ手を離し、ジュンはその場に崩れ落ちる。
「どうして、どうして……」
「ジュン…」
「何で、何で何で何だよおおおおおおおおあああぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
ジュンはその場に突っ伏し、嗚咽を漏らし始める。
「ジュン……」
水銀燈は口元を押さえ、その場にへたり込んだ。
「ああ、ああ、ああ、ごめんなさい、ごめんなさい、めぐ、めぐ」
ぶるぶると震えながら、水銀燈は何度も鼻をすすった。
174 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:36:13.04 ID:eBFAxTfx0
死ぬのって辛いね…
175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:36:33.75 ID:LkEWHuEx0
。・゚・(ノД`)・゚・。
177 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:42:12.37 ID:GsULn9tf0
―――ごめんなさい
―――今の私には、こうして
―――貴方の胸元にいてあげる事しか出来ない
―――許して
―――どうか許して
180 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:45:29.59 ID:GsULn9tf0
―――あの頃から、めぐの息切れが早まったの
―――きっとあの子も、もう気づいていたと思うわ
―――敏感な子だもの
―――何でも分かってしまう
―――分かり過ぎるから
―――9月に入って、めぐは別れの手紙を書き始めた
―――集中治療室に運ばれる回数も増えた
―――胸を押さえる回数が増えて
―――まともに喋れなくなって
―――食事もまた食べなくなった
181 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:46:24.93 ID:/wdXGCXt0
こうなるってわかってたから
会わなかったのよね・・・
182 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:47:12.89 ID:LkEWHuEx0
もう・・・だめなのか・・・
185 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:50:26.43 ID:GsULn9tf0
―――ベッドの衣ずれが、「痛い、痛い」って
―――何度も貴方に言おうと思ったわ
―――でも、めぐはその度に
―――言ったら舌噛んでここで今死ぬわよって
―――絶対それは許さないって
―――胸を押さえながら言うの
―――真紅たちが直ったっていう報告が来るまで
―――教えないでほしいと
―――報告が来たら、私の死を教えてほしい
―――あの子には、真紅が必要なのよ
186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:51:21.78 ID:7mIijxxe0
。・゚・(ノД`)・゚・。
187 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:52:50.97 ID:/wdXGCXt0
なんというジュン思い・・・ッ
191 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:55:25.13 ID:GsULn9tf0
―――私は死ぬ
―――でも、ジュン君は生きている
―――だったら、これから生き続ける人たちと
―――幸せになって欲しいから
―――その時に、手紙を渡してあげてほしい
―――もうすぐ書き終わるから
―――貴女はどこへでも飛んでいきなさい
―――貴女は生きている
―――野良猫になってしまっては駄目
―――キチンと幸せになりなさい
195 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:00:12.99 ID:GsULn9tf0
―――生きるっていうのは、つらいわよ
―――正直、5歳で死んでれば
―――つらい事の大半は、経験しなくて済んだのよ
―――首を吊ろうとしてみたり
―――親を騙して、睡眠薬を飲んでみたり
―――剃刀で手首を切ろうとしたり
―――でもね、よっぽど深く切らないと
―――死ぬような勢いで血は出ないの
―――睡眠薬も、ホントに大量に飲まないと駄目
―――首なんて、キチンと準備しないと苦しくて死ねない
196 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:02:56.80 ID:GsULn9tf0
―――そうしてね
―――人は、自分が死ねなかったと自覚した時
―――どうしようもない絶望を知る
―――でもね、生きてて、私は今良かったって思えるの
「それは、私たちに出会えたから」
壁を背に座り込み、ジュンは泣きながら水銀燈を
撫でている。
「…そう、めぐは言っていた」
水銀燈は何度もジュンの胸をさすりながら、すん、すん、と
鼻をすすっている。
「ねえ、ジュン」
眼を閉じ、かすれた声で呟く水銀燈。
200 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:10:08.55 ID:GsULn9tf0
「私、別のどこかへ行こうと思うの」
すん、と鼻を鳴らす。
「別のどこか……?」
「ええ……どこか遠く。どこか…とても遠い所に」
ジュンはしばらく水銀燈を撫でていたが、
やがてその手を止め、身体を離す。
水銀燈は塀の上に立ち、一度ジュンを振り返る。
「行くのか…?」
「ええ…また、縁があれば、どこかで会いましょう」
水銀燈はごしごし、と鼻をこすり、ティッシュで拭く。
「………」
震えながら、水銀燈は一度大きく深呼吸をし、
くしゃくしゃの顔に笑顔を作って見せる。
203 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:17:43.26 ID:GsULn9tf0
「さようなら、桜田ジュン。私はめぐを救えなかった。
自分の事しか考えていなかった。
蒼星石も、雪華綺晶も、私が壊したの。
全ては私のワガママから始まった。
めぐを巻き込まないなんて、都合のよい話はどこにもなかった。
私があの子と契約しなければ良かったのかもしれない。
貴方はそんな事ないって言うかもしれない。
でも、私の心の中を、後悔がいつも彷徨っている。
だから私は、この街から消える事にするわ。
でもね、これだけは間違えないで。
めぐは幸せそうに死んでいったわ。貴方にお礼を言っておいてと。
私が傍で泣き続けているのに、あの子はずうっと笑ってた。
そうして頭を撫でてくれた。
仲良くなってた看護士さんも誰も呼ばずに、そのまま…。
207 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:20:44.99 ID:GsULn9tf0
最後にね…めぐはこう言っていたわ。
『いつか、どこかで、また逢いましょう』
それじゃね、バイバイ」
水銀燈は翼を広げて飛び上がり、そのまま冬の、
灰色の空へと消えていった。
木枯らしが吹き抜ける中、舞い落ちる黒い羽根が、ジュンの
周りへと降り注いでいた。
212 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:29:32.53 ID:GsULn9tf0
ベッドの上に、手紙が広げられていた。
数枚の便せんに、びっしりと書かれた文字。
ところどころ、何か震えてペンが走ったような跡があったり、
くしゃくしゃになっている部分がある。
けれど、文字は一文字一文字が、しっかり丁寧に、
書き綴られていた。
215 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:30:37.29 ID:GsULn9tf0
桜田ジュン君へ
最初に言っておきます。この手紙が、私からの最後の言葉になります。
ごめんなさい、私はもう貴方とは会えません。
遠くへ行く事になりました。
あの316号室から、私は引っ越さないといけなくなりました。
本当は貴方にキチンと会って、謝るべきなのだと思っていましたが。
心配しないで。私は貴方の気持ちを十分分かっているつもりよ。
最初の私は、貴方にどう映っていたのかしら。
今となっては、私には推測しか出来ません。
貴方のシャツの裾を引っ張って、脇腹をつねりながら
「ねえ、私ってどんな感じだった?」なんて尋ねる事はもう出来ない。
でもあれから何度も来てくれた貴方の御蔭で、
私は幸せでした。きっと。
216 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:31:17.19 ID:GsULn9tf0
あれから病院食もキチンと食べた。
ほうれん草のおひたしも、噛めば噛むほど味が滲み出てきて、
割と美味しかったわ。知ってる?
うちの病院食ってね、1Fの集中調理室で作ってて、盛り付けしてる時には
60度を超えてるの。熱すぎじゃない?正直。
でもね、それには理由があって、私たちの所に届く頃には、
食べやすい温度になっているんですって。ちょっと意外で、知らなかったわ。
本当は、私の知らない所で、皆が優しかった。
私、佐原さんに時計投げつけてケガさせちゃった事があるの。
でもね、佐原さん怒らなかった。あの人優しかったでしょ。仕事だからっていうのもあるのかもしれないけど、
多分そういう性格なんだろうなぁ、って、今になって思うの。
私が水銀燈を追いだした時もそう。別に彼女は同情していたわけじゃない。
私に真正面から向き合っていただけ。
私はそれに気付かなかった。有栖川大学病院の316号室で、じっと
一人でうずくまっていただけ。
正直気づくのが遅すぎた気がしています。私の人生は、限られていた。
貴方たちよりもずっと。だったら、私を見守っている小さな世界だけにでも、
キチンと向き合うべきだった。
けれど私は、後悔なんてしていない。
219 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:32:37.43 ID:GsULn9tf0
これは諦めじゃない。冒頭で書いたけど、あれはウソです。
私はこの手紙で終わりにするつもりなんてない。
でも私はこれから、ずっと先まで話せなくなる
この身体はじき動かなくなって、冷たく腐ってゆく。そうなる前に
私は焼かれ、骨になって箱に入れられる。
こうなる事はずうっと昔から分かっていた事。
でもね私は貴方に出会えて、前を向く事が出来た。
負け犬同士だったけど、私は少しでも、そこから
這い上がれたかしら。
生きてる意味なんてないと思ってた。
水銀燈も真紅という人形も同じ。いずれ絶望して
滅んでしまうのなら、楽しむ必要なんてない。生きてる意味なんてない。
違ったの。皆そう、生きてる意味なんて皆知らない。
必死になって自分が生きてる意味を探す。探しあてようとする。
そのために生きているんだって分かったわ。
221 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:33:27.94 ID:GsULn9tf0
私は死ぬわけじゃない。先に向こうの世界に行くだけ。
しばらく会えなくなるだけ。またこの世界で貴方に会うために。
追いかけてきちゃダメよ。 貴方はキチンとこの世界で、
幸せになって頂戴。
学校に行けば女の子だっていっぱいいるし、
男の子の友達だってまた出来ると思うわ。
10年も経てば貴方は仕事に就いて、結婚相手を探している頃かも
しれないわね。
いいのよそれで。幸せになる事を忘れないで。
そうしてこの別れが美しい思い出に変わる頃にでも、私はまたこの世界に戻ってくるわ。
今度出会えたらもっとお話ししましょう。その時傍に水銀燈がいてくれるか
分からないけれど。
222 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:34:06.74 ID:GsULn9tf0
今、私の横で、水銀燈が泣いています。バカみたいに
わんわん泣いているのよ。ホント、バッカみたい。
ごめんね、ごめんなさいね、こんな事しか書けなくて。
もう何を書いていいか分からない。どうしていいか分からない。
でも、これだけは言える。ありがとう、桜田君。
またいつかめぐり会える時が来たなら…
私はまた、あの316号室で、待ってるから。
だから…… 身体には気をつけてね また逢いましょう この世界で
柿崎めぐ
【完】
223 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 04:35:05.17 ID:7mIijxxe0
おつでした・・・
226 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 04:36:13.70 ID:/wdXGCXt0
乙!!
いいな・・・・
タイトルとの絡ませ方が好きだ
227 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 04:36:27.93 ID:Jtar8imR0
乙・・・
233 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:40:09.66 ID:GsULn9tf0
3日超。今までで最長のSSでしたが、保守してくれてた人に
本当に感謝します。本当にありがとうございました。
以下、参考ページ貼っておきます。
日本心臓移植研究会ホームページ 心臓移植の歴史
ttp://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/surg1/JSHT/
湘南新聞-病院食事情-
ttp://www.scn-net.ne.jp/~shonan-n/news/040821/040821.html
国立循環器病センター (National Cardiovascular Center)ホームページ内
臓器移植と臓器提供 「心臓移植とは」
ttp://www.ncvc.go.jp/index.html
臓器の移植に関する法律
ttp://www.medi-net.or.jp/tcnet/DATA/law.html
京都大学医学部附属病院ホームページ 心臓病 Q&A
ttp://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/
237 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 04:41:27.58 ID:/wdXGCXt0
>>233
乙!!
やはり素晴らしい・・・
またSSまってます!!
238 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 04:41:29.29 ID:6RShT9LU0
>>233
おー、やっぱりいろいろ調べてたんだな
乙でしたー
読み物:ローゼン
画像掲示板
「あら、おはようジュン君」
病室のドアを開けると、窓辺で肘をついていためぐが
こちらを向いた。
「ああ、おはよう」
「今日も来てくれたのね。掛けて」
椅子をぽんぽんと叩く。
めぐはベッドには上がらず、窓の手すりに座り込んだ。
「どうしたの?」
「え」
「いや、元気だな、と思って…」
めぐが変な顔をする。
「?ああ」
自分がこうして立っている事だ、と気づく。
541 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:19:29.96 ID:+uP5qurX0
「朝は窓を開けると、涼しい風が入ってくるから」
そう言って目を閉じる。
「…今日、水銀燈は?」
「水銀燈?いるわよ」
窓の外、ちょうど右下に当たる部分に視線を落とし、
手招きするめぐ。
「…?」
首をかしげるジュン。
少し間をおいて、のっそりと黒い影が現れる。
「………」
「ほら、ジュン君よ」
気だるげにこちらを見つめる水銀燈。
「……こんにちはぁ…」
やる気が感じられない。まるで、毎朝低血圧で、一時間目だけ
眠る高校生のようだ。
「ああ、こんにちは」
543 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:26:23.25 ID:+uP5qurX0
窓を閉め、エアコンをつける。
「テレビでも見ましょうか。暇でしょ?割とここって」
「え、いや」
「遠慮しなくていいのよ、私も遠慮するつもりないし」
パチッと電源を入れる。
ふと、水銀燈が何かに気づいたように窓を開けた。
「どうしたの、水銀燈」
めぐが声を掛ける。
「何でもないわ」
言いながら、カララ、と窓を開ける。
「………」
ひょいと手すりを乗り越え。水銀燈はさっさと飛び立ってしまった。
「変な子ねえ」
不思議そうに窓辺を見ているめぐ。
「……?」
ジュンは首を傾げた。
546 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:33:13.77 ID:+uP5qurX0
「奪われた…」
その感覚は水銀燈にも伝わってきた。
ローザミスティカが2つ。
雪華綺晶が動いたのだ、と瞬時に理解する。
誰が退場したのだろう。
真紅か、金糸雀か、翠星石か。
それとも、雛苺のローザミスティカを持っている誰かが倒れたのか。
いずれにせよ、奪ったのが雪華綺晶なら、彼女はそのうちここに来る。
「………」
めぐを渡すわけにはいかない。それは大前提である。
手段は考えてある。雪華綺晶を封じ込める手立て。
「……いいわ、いつでも来なさい」
水銀燈は空を見上げ、ふうーっと大きく息を吐いた。
549 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:38:42.35 ID:+uP5qurX0
テレビではワイドショーをやっている。
「…」
ベッドの上。
めぐが頬づえをつき、ぼんやりと眺めている。
それをチラチラ見るジュン。テレビの内容など頭に入っていない。
面白いのだろうか。
「つまらないわね」
めぐが口を開く。
「そう思わない?ジュン君」
そう言ってこちらを向いた。
「…うーん、あんまり面白くは…」
「でしょお?」
呆れたようにははは、と笑う。
552 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:45:31.51 ID:+uP5qurX0
「私こんなのどうでもいいのよ。こんな病室にいたってつまんないし」
テレビの中で、何かメガネをかけた男性が喋っている。
それにふん、ふんと相槌を打つ女性。キャスターのようだ。
「貴方と散歩がしたい」
タオルケットをまくり、あぐらをかくめぐ。
「えっ?」
ジュンは口をあんぐり開けた。
「駄目かしら。こうして手を繋いで…」
近寄ってきて、ジュンの両手を包みこむめぐ。
「あわっ、ちょ、ちょっと」
思わず手を引っ込める。
「あら、驚いた?別にいいじゃない、手を繋ぐくらい」
きょとんとしている。
「そ、そうなの?」
「そうよ、それとも何か期待したのかしら」
膝をベッドから降ろし、ぐっと近づくめぐ。吐息が
ジュンの頬にかかる。
555 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:49:33.28 ID:+uP5qurX0
「い、いや、あの…」
「ウブなのねぇ」
くすくすと笑う。
一通り笑った後、めぐはベッドに上がり、タオルケットを
ぐしゃぐしゃと丸め始めた。
「たとえば、貴方は週に2回、この病院の316号室までお見舞いに
来てくれるの」
「え」
「何持ってきてくれるのかしら。私、イチゴとか好きよ、この時期なら」
構わず続けるめぐ。
「でもお菓子は駄目よ。ケーキとか煎餅とか。私は病人だし、
塩分と糖分は、控え目にしなきゃね」
手を止める。
「そうしてね…っ」
口を押さえるめぐ。
瞬間、ごほっ、ごほっ、と何度も咳込み始める。
558 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 00:51:39.28 ID:yD9Hoo5W0
羨ましすぎるJUMちょっと表でろ
559 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:51:58.84 ID:+uP5qurX0
「うっ、げほっ、げほっ」
前のめりになり、ベッドに突っ伏す。
「め、めぐさん」
ガタッと立ち上がるジュン。
「大丈夫よ、ええ、大丈夫」
口元を押さえたまま、けほ、けほ、と小さく咳込む。
収まってきたようだ。
「…朝の涼しい…そうね、今みたいな時間帯に、
貴方が私と一緒に中庭を歩いてくれている」
ティッシュで口を拭くめぐ。
「それを水銀燈が見守りながら、飛んでるの」
枕の脇に、丸めた紙を置く。
「ちょっとぶすくれてる水銀燈に、『ごめんなさいね、もう少ししたら
歌ってあげるから』って私が声をかけるとね、あの子は口を尖らせて」
「……」
561 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 00:54:40.24 ID:+uP5qurX0
「『何言ってんのよ、勝手になさい』とかって吐き捨てるのよ」
ふふ、と笑うめぐ。ジュンは心配そうに見つめている。
「歩き疲れたら、中庭のベンチに座って、私は疲れて眠っちゃうの」
顔を上げ、ジュンの目を見つめる。
「その時は、肩くらいは貸して頂戴ね。ジュン君?」
「………」
「…………」
二人の会話が止まる。ジュンがもう少し慣れた回答をしていたら、
この後の展開は、また違っていたかもしれない。
562 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 00:54:59.99 ID:JYBCLeWjO
めぐ良いなぁ
565 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 00:57:06.43 ID:Lg30nKxV0
ああ・・・
最後の2行・・
566 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 00:57:27.66 ID:Jk7MbRBk0
選択肢を間違えたのか・・・
571 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:03:05.54 ID:+uP5qurX0
めぐの顔色が変わったのは、テレビから「心臓」という言葉が聞こえた時だった。
気づいたジュンがテレビを見ると、
大きく『心臓移植について』というテロップが、画面に映し出されていた。
「………」
めぐが胸を押さえた。
「ねえ、ジュン君」
めぐの瞳は、テレビではなく、窓を見ている。
「どうして、心臓移植を外国でする事が多いか知ってる?」
ジュンが首をかしげる。
「?」
「日本で待ってても、ドナーが現れない可能性が高いからなの」
「………」
それは何となくわかる気がする。
「日本はね、15歳以下の子からの臓器提供が認められていないの」
576 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:10:20.53 ID:+uP5qurX0
「15歳?」
「そうよ。心臓は全身を受け持つポンプだから、同じくらいの年齢の、
同じくらいの機能の心臓じゃなきゃダメなの」
「ポンプ…」
イメージがつかみにくいが、理屈は分かる。
「だから、15歳から19歳くらいまでで、脳死判定を受けた人」
「脳死……脳だけ駄目になるっていう」
「そう。そして、家族の承諾も必要。極端な話、
『二度と目覚めない植物状態から、心臓を抜き取って、生命活動が停止しても
構いません』っていう許しを得なきゃいけない」
「……それって」
「許しをもらっても、心臓が患者に適合するか、調べないといけない」
そこまで言うと、めぐは両手を組み、うつむいた。
「数が少なすぎるのよ。それだけじゃない…」
「……」
「お金もかかる。日本でやるならおよそ2000万弱。分かるかしら、このお金」
手遊びを始める。
579 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:18:19.60 ID:+uP5qurX0
「テレビで見た事あるのよ。ちょうどこんなワイドショーでね。
子どもを殺された親がいて、殺した犯人に、裁判で4000万くらいの請求してたのよ」
「4000万…」
「私それ見てショックだったわ」
両肘を抱えるめぐ。
「人の命って、お金に換えられるんだって。親が決めたのかしら。4000万って。
それとも、弁護士から、『大体相場はコレくらいの額なんです』って言われたのかしら」
「……」
「私には分からない。でも、親は少なくともその額を受け入れてしまった。
納得してしまったんだって」
「……」
ジュンは何も言えず、ただ聞いているしか出来ない。
581 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:24:09.66 ID:+uP5qurX0
「同じよね。私が生きるには、少なくとも誰かが一人死ななきゃならない」
「………」
「私今から馬鹿な話するから、嫌だったら部屋から出てっていいわよ」
めぐはベッドにぼふっと倒れ、天井を見つめる。
「私の病気が治るには、数千万のお金をはたいて、どこかの誰かに
『ごめんなさい死んで下さい』って死んでもらわないといけない」
「……」
「きっと、パパは私のためなんかに数千万も払いたくないって思ってるわ」
「……」
「こうしてお金に直すとね、分かるのよ。自分の価値が。
そして、生きようとする事がどれだけ難しいか」
目を閉じる。
「仮に移植したとしても、5人に1人は5年以内に死んでるのよ。
長生きなんて……」
「そんな……」
思わずジュンは反応する。
585 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:28:02.11 ID:+uP5qurX0
「も、もっと楽しい事、考えようよ、ほら」
「…楽しい事?」
めぐが首をこちらに向ける。
「水銀燈もいるじゃないか。い、今は外に行ってるけど」
「楽しい事って何?」
めぐの声が淡々としている。
「………」
「ジュン君、教えて。私にとっての楽しい事って何?」
半身を起こすめぐ。
「え」
ジュンは思わず口をつぐんだ。
「どうしたの?教えて。私何をどう楽しめばいいの?」
目が笑っていない。
「…答えられないのね。どうしたの。反射的に口をついて出た言葉?
病気持ちでもないのに、綺麗事抜かすのはやめてくれない?」
はは、と呆れたように笑うめぐ。
「ジュン君ごめんなさい、帰ってもらえる?」
冷たく張りつめた声。ジュンの全身が震えるには、十分な言葉だった。
588 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:32:07.19 ID:+uP5qurX0
何か世界がぐらぐらと揺れている。椅子に座っている感覚も、病院の床の
冷たさも、両の膝に乗せている拳も、全ての感覚が引いていく。
「あ、う」
怒らせた、と直感で分かっていた。
だが次にどうすればいいか、ジュンには分からない。立ち上がればいいのか、
謝ればいいのか。
何をしてもこの冷たい感覚は拭えない。変わらない。
どかっとお腹を殴られたような感覚が襲った。
「うっぷ」
思わずお腹を押さえ、ごほ、ごほ、と咳込むジュン。
「帰って!!」
本を投げられたのだ、と分かった。
バサッと、もう一冊本が飛んできて、今度はジュンの顔面に当たった。
593 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:37:31.77 ID:+uP5qurX0
ああ、またか、と水銀燈は思っていた。そして、やっぱりか、とも考えた。
窓越しに見えるその光景は、予想していた通りのものだった。
「はあ」
ジュンが何か地雷を踏んだのだろう。手当たり次第にジュンに投げつけている
めぐは、看護士とのやり取りを見ている水銀燈には
さして驚くような事ではなかった。
「………」
病室の外から移動し、中庭の木の枝に座る水銀燈。
めぐはいつもそうだった。こうやって、与えてくれる人に地雷を教える事もせず、
ただ遠ざけている。
せっかくの、という言い方がしっくりくる。せっかくの出会いは、こうして
彼女自身が切り離してしまう。
めぐは諦めている。だから、自分に都合の良い「物」しか受け入れない。
自分に対してもそうだ。自分を死なせてくれる存在が現れた。白馬の王子様のように、
現実から逃がしてくれる存在が現れた。
それだけなのだ。めぐは対話など望んでいない。
「………」
598 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:42:56.57 ID:+uP5qurX0
自分たち薔薇乙女はどうだろう、と、水銀燈はふと思った。
自分たちを作ってくれたお父様は、アリスを求めている。7分の1でしかない
自分を、愛してくれているのだろうか。
腕が飛び、ネジが止まり、胸を貫かれ、奪い合い、敗者は動かなくなる。
動かなくなった6体の人形はガラクタ置場に打ち捨てられ、残りの1体はお父様と
幸せに過ごせるのだろうか。
変わらない。自分たちは愛されているわけではない。
お父様の都合の良いようにしか扱われない自分たちもまた、「物」でしかない。
真紅がジュンに向けている感情は、一体何だろうか。放っておけない弟を
見るような、ただし、真紅自身も、ジュンに依存しているような関係。
翠星石が、蒼星石に向ける感情も、相互依存に近かったような気がする。
600 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:46:13.26 ID:+uP5qurX0
「………」
長い時を生きてきた中で、7体それぞれ、経験してきた事は違う。
薔薇乙女としての宿命を捨て、互いを大事にしよう、というような。
違う。そんな事、考えるような事ではない。
アリスゲームは進んでいる。残っているのは4体か、3体か。
「………」
ふと、何か光る物体が飛んできているのに気がついた。
「あら?」
目を凝らすと、それがピンク色なのが分かる。
「ベリーベル…?」
それは水銀燈の目の前まで来ると、何度もチカチカと光り続けた。
602 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 01:47:54.20 ID:6bfitI7f0
めぐのメンヘラっぷりに引いた…JUM(´・ω・) カワイソス
605 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:52:57.90 ID:+uP5qurX0
「………」
病室を追い出されたジュンは、廊下を虚ろな表情で歩いていた。
ふらふらしながら、壁づたいに入口を目指している。
『あの子は自分が見捨てられた存在であると分かってしまった』
『鬱屈した、どろどろになってしまった、とても醜い自分をぶつける相手が欲しかったの』
『救ってもらいたいなんて、思っていない』
『だから誰にも相談しない。頼らないし、聞き入れない』
『その内分かるわ。貴方はたまたま見つけた、相性のいいオモチャと変わらないってね』
水銀燈の言葉が、何度も頭の中でフラッシュバックする。
めぐの、あの冷たい瞳を見た時、まるで凍りついた断崖を目の前にしているかのような
錯覚に陥った。
昔アルバムか何かで見た、ヒマラヤの、雪と氷の断崖絶壁。
自分ではどうにも出来ない、向こうの見えない壁。
607 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 01:57:08.41 ID:+uP5qurX0
「………」
自分はちっぽけだ、とジュンは思った。めぐは単純に、感情の問題だけで
生きる事を諦めているのではない。
数字的な根拠が出てしまえば、人はどうしたって現実を思い知る。
『裁縫やイラスト、ちょっと女性的な趣味を全校生徒の前で晒されたので、
学校に行きたくないです』というのとは、次元が違う、諦め。
「ふう…」
ジュンは天井を仰ぎ、ため息をつく。。
「……桜田…君…?」
ふと、自分を呼ぶ声がした。
608 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:02:10.18 ID:+uP5qurX0
「え」
ジュンは声の聞こえた方向を見る。
栗毛のセミロングにセーラー服。
「桜田君…だよね」
一瞬よく分からなかった。
「あ」
次の瞬間、ジュンの全身に震えが走る。
「久し振りね、去年の10月以来かな」
ぞわわ、と鳥肌が立つ。忌わしい記憶。
「分からない?同じクラスの桑田」
分かる、桑田由奈だ。
紛れもない。
何故?
どうして彼女がここにいる?
病院に何をしに?
「ねえ……」
その先、ジュンは何をしたか、憶えていない。
612 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:05:33.84 ID:+uP5qurX0
土石流のような吐き気に襲われ、必死で口を押さえ、とにかく走った。
頭の中が真っ白だった。
桑田由奈の言葉も、廊下でびっくりしてよける患者も、驚いたように見ていた
入口の車椅子の老人も、ジュンの頭には入って来なかった。
613 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:07:00.60 ID:+uP5qurX0
「そう、真紅と金糸雀が…」
ベリーベルから、あらかたの事情を聴き終えた水銀燈は、頭の中を整理する。
金糸雀は1つ、真紅の中には、雛苺のローザミスティカ含め、2つ。
ローザミスティカは2つ、誰かに奪われた。
つまり、3体目の退場は真紅、という事になる。
「…おバカさんねぇ…」
ちくりと心が痛んだ。雪華綺晶を、現実世界に引きずり出せば、何とかなったかも
しれない。その情報を、自分は意図的に伏せたのだ。
「………」
向こうから、誰かが走ってきている。
「あら…あれは」
ジュンだった。様子がおかしい。
ふらふらと蛇行したかと思うと、彼は水銀燈のいる木から
3本ほど向こうのベンチの傍に倒れ込んだ。
「…?」
水銀燈はゆっくりと近づいていく。
615 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:13:50.36 ID:+uP5qurX0
「ぉ………」
胃の中から溶けるような逆流が起き、ジュンは涙を流す。
びちゃ、びちゃ、と何度も吐く。
「ごほっ、げほっ」
顔を上げる事が出来ない。
立ち上がる事も、何故か身体が拒否している。
「…うぅ…うぅ…」
吐瀉物を前に、ジュンは突っ伏している事しか出来なかった。
ジィィ~という蝉の鳴き声が、ジュンの世界に響き続ける。
自分をまるで嘲笑っているかのように。
616 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:14:59.49 ID:+uP5qurX0
「どうしたのぉ?」
甘ったるい声が、ジュンの耳に届いた。
事情を断片的ながらも聞き出し、水銀燈はベンチに
体育座りをしていた。
その傍らで横になったジュンは、つらそうな顔をして寝転んでいる。
「…」
涙を流し終え、焦点の合わない虚ろな目。
今の水銀燈には、こうして横で体育座りをしている事しか出来なかった。
雪華綺晶が来る。めぐを奪いに。
だが、今のジュンを放ってはおけない。
618 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:17:26.73 ID:+uP5qurX0
「ごめんな…」
30分ほど経っただろうか。ジュンが口を開いた。
水銀燈が横を見ると、幾分呼吸の落ち着いたジュンが、視線だけを
こちらに向けていた。
「もう少し寝てなさい。どうせ時間は…」
いや、そんなに残されていない。
「………いいよ、もう。一人で帰れる…」
身体を起こし、震えながらもジュンは腰を上げる。
「…そう、じゃあ家まで頑張んなさいな」
真紅の事を言おうかとも思ったが、やめておいた。
いずれ分かる事とはいえ、今のジュンにそれは酷い仕打ちだ、と考えたのだ。
620 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 02:18:38.52 ID:+uP5qurX0
遠ざかるジュンの姿を見て、水銀燈は胸の奥がちくちくと
痛いのを実感していた。
これはアリスゲームだ。自分がとった行動は正しい。
マスターを守るため。そして、アリスになるための。
白と灰色の混ざった入道雲が、空をだんだんと覆い始めている。
昼が近付いているはずなのに、足元が暗くなってきた気がする。
「………」
自分の中のローザミスティカは3つ。
今、雪華綺晶がどう動いているのか、分からない。
だが、めぐを守るためには、放ってはおけない。
サアア、と風が吹き始めた。ゴゴゴ、という音は、入道雲の辺りから
聞こえる。白く純粋な、しかし確実に空を侵食していく大自然。
「…荒れそうねぇ」
ぽつりと、水銀燈は呟いた。
675 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:22:28.84 ID:+uP5qurX0
「違う…」
ガチャリ、バタン、ガチャリ、バタン、と繰り返される音。
「いない……」
もう数十枚は開閉しただろうか。
雪華綺晶は、nのフィールドの扉を、片っぱしから開けていた。
金糸雀の落ちて行った方向をすぐに追ったものの、
nのフィールド内で探索を続けるのは限界があった。
水銀燈の所に向かう前に、どうしても金糸雀を捕まえておく
必要があった。より確実な方法を採るために。
「………」
だが、この調子では、何日もかかってしまう。それは避けたかった。
見通しが立たないのであれば、先にしておくべき事がある。
もうそろそろ、だ。
「いない、見つからない……」
ガチャリ、バタン、ガチャリ、バタン、と無機質な音が響き続けた。
677 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:27:23.57 ID:+uP5qurX0
ガララ、と窓を開ける水銀燈。
部屋の中央、ベッドの上で、タオルケットが丸く盛り上がっている。
「めぐ…」
声を掛けるも、反応がない。
「……」
水銀燈は諦めて壁にもたれかかった。いつもの事だ。
めぐはヒステリーを起こした後、必ずこうして布団をかぶる。
拗ねているのではない。
彼女の心は、この時後悔と自己嫌悪で埋め尽くされている。
幼稚な自分に、そこから動けない自分に対しての。
そういう時、水銀燈はいつもこうして病室の中にいる。
一度声を掛け、反応があれば話を聞いてやる。
反応がなければ、ずっとそのまま傍にいる。
いつの頃からか、水銀燈が決めた事だった。
680 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:33:08.17 ID:+uP5qurX0
「……」
ぎしっ、と音を立てて、ベッドの上の、丸まった物体が
動いた。
「水銀燈…?」
めぐが泣き腫らした目で、こちらを見つめている。焦点が
合ってない。
「少し寝てなさい。みっともないわ」
「…そうね、私…」
めぐは体育座りをし、マントのようにタオルケットを羽織る。
「私馬鹿だわ」
憔悴しきった顔を、膝にこすりつける。
682 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:39:00.46 ID:+uP5qurX0
「またやっちゃったんでしょう」
「……」
水銀燈の問いに、答えない。
「…ローゼンメイデン…」
「え?」
膝に顎を乗せ、両肘を抱えたまま、めぐはため息をつく。
「あの子は私と同じ…」
「同じ?」
水銀燈が問い返す。
「私は現実から逃げている。受け入れたくない現実があるから」
「?何を言い出すの、めぐ」
「あの子もそう」
それには答えず続けるめぐ。
「現実から逃げて、世界から外れた場所で生きている」
「……」
「私ね、水銀燈」
「何?」
「あの子と契約している真紅、という人形を見て思ったわ」
膝を抱えるめぐ。
685 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:43:47.68 ID:+uP5qurX0
「真紅はジュン君を大切に思っている」
「……」
「何とか前を向いてもらいたい。でも」
スウウ、と病室が影に覆われる。窓の外を見ると、
灰色の雲が広がってきているのが分かる。
「本当はね、人はそんなに強くないのよ」
「……」
「たった一人で立ち上がれる人なんて、この世に殆どいないと思うの」
遠くで、ゴロゴロ、という音が聞こえる。
「立ち上がれる人は、きっと、もう他人を信頼出来なくなってしまった人」
膝を握る手に力を込める。
「真紅は、ジュン君が立ち上がろうとしたその時に、私の肩を使ってくれればいい、
それまでずっと、私はあの子の傍にいる、そう言ったわ」
「……」
水銀燈は目を背けた。
「それが、人を助けるっていう事だと、私は思うのよ」
688 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:50:06.32 ID:+uP5qurX0
「……」
「ほんのちょっと、肩を貸してあげるだけでいいのよ。それだけで、
人は頑張れる生き物だもの」
「…」
「ジュン君は、きっとそうして、誰かに救ってほしいって、思ってるんだわ」
「…どこが同じなの?死にたいって」
からからと窓を開け、外を眺める水銀燈。
「貴女は全てを拒絶して」
生ぬるい風が吹き込んできて、思わず水銀燈は身震いする。
「違うの、ごめんなさい」
水銀燈の背中に声を掛けるめぐ。
「貴女には随分天邪鬼な事をしてしまった」
水銀燈が振り返る。
「ごめんなさい、私、死にたくなんてない」
めぐの肩が小さく震えている。
「独りで淋しく死んでいくなんて、本当はとても怖い」
「めぐ…」
「私だって誰かに手を取ってほしい、引っ張っていってほしい」
顔を伏せるめぐ。
「誰かに……」
嗚咽が漏れ始める。
「ごめんなさい……ジュン君……」
ぽつ、ぽつ、と、雨音が聞こえ始めた。
692 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 13:55:37.71 ID:+uP5qurX0
ざあああ、と雨が降り続ける。
「……う……」
うっすらと開く、二つの瞳。
頬に、何かちくちくとこそばゆい感覚。
「ここは…」
金糸雀は身体を起こし、きょろきょろと周囲を見回す。
「みっちゃんの…マンション…?」
視線の先、ベッドに、自分のマスターのみつが眠っている。
「みっちゃん」
ふらふらしながらも、近づいていく。
「みっちゃん」
ベッドによじ登り、ゆさゆさと揺する金糸雀。
「……」
返事はない。
ただ、呼吸による身体の動きが、生きている事を示している。
「ごめんね、みっちゃん…」
徐々に記憶が甦ってくる。
695 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:02:53.10 ID:+uP5qurX0
nのフィールド、白い水晶の中で、みつが眠っていた。
驚いて駆け寄る金糸雀の全身をたちまちイバラが縛り、首を締め上げられ、
意識を失った。そこまでの記憶だった。
チカチカ、と、黄色い光が目の前を飛んでいる。
「ピチカート」
何度も頷く金糸雀の顔が、次第に凍りついていく。
「…真紅が」
金糸雀は肩を落とした。
真紅のローザミスティカがおそらく奪われた事、
ピチカートが、落下していく金糸雀を追い続け、その先にある扉から
この部屋まで連れてきた事。
それが終わり、nのフィールドに繋がる、この部屋の鏡をピチカートが割って、
入口を遮断した事。
「ありがとうかしら、ピチカート…」
697 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:07:15.36 ID:+uP5qurX0
翠星石が事実上離脱し、マスターも3人囚われている現状。
真紅は、あとは水銀燈のマスターと、ジュンだけだと言った。
「……」
雪華綺晶は、今何をしているのだろう。
水銀燈の所に向かったのか、それとも、逃した自分を、
必死になって探しているのか。
とにかく、自分だけではどうしようもなかった。
ジュンか水銀燈に、助けを求めに行かなくてはならない。
「行かなきゃ…」
窓を開け、傘を広げる。
自分にやれる事。みっちゃんを取り戻すために。
「待ってて…!」
雨が降りしきる中、金糸雀は勢いよく飛び立った。
700 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:12:18.15 ID:+uP5qurX0
「………」
赤い光が水銀燈の傍を飛び回っている。
事情を聴き終えた水銀燈は、じっと腕組みをしていた。
ベッドの上では、先ほどの嗚咽が嘘のように、めぐが静かに
眠り続けている。
「…まずは、そうね…」
nのフィールドに入り、金糸雀を探さなければならない。きっと、
雪華綺晶も彼女を探しているはずだ。
後はここに来るだけとはいえ、厄介な攻撃をしてくる金糸雀を、
あの狡猾な妹が放っておくわけがない。
「……」
それは逆に言うと、金糸雀を味方につけておけばある程度の
策を練る事が出来る、という事でもある。
「でも…」
ちらっとめぐを見やる水銀燈。
今、めぐを一人にしておくのは危険だ。
とすると、金糸雀の捜索は諦めなければならない。
ゴンゴン、と窓を叩く音。
水銀燈は思わず振り向く。
「開けてほしいかしらー!」
びしょ濡れの金糸雀が、何度も窓を叩いていた。
702 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:14:20.28 ID:+uP5qurX0
「そういう事よ、金糸雀。雪華綺晶は必ずここに来る。だから、
今言った事を踏まえて攻撃してほしいの」
窓を背にする金糸雀を、ベッドに座った水銀燈が見つめている。
「……でも、本当にそれ大丈夫なのかしら。現実世界も、
nのフィールドも、関係ないような気がするけど…」
「あの子は、器なしでは、nのフィールドから出られないと言ったわ」
「……」
「だったら、現実世界で器を攻撃すれば」
「でも…」
金糸雀はうつむく。
「でもじゃないわよ、やんなきゃ貴女のマスターだって、帰ってこないのよ」
「あれは、ヒナの身体…」
「………」
水銀燈はイライラを隠せない。
703 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:17:06.31 ID:+uP5qurX0
「あのねえ、あんたの気持ちは分かるわよ。でも、雛苺は自分から、
真紅にローザミスティカを託したんでしょう。もう自分がこの世界に
いられないから」
「……」
「だったら――」
「あっ」
金糸雀が声を上げた。
「え」
瞬間、しゅるる、という音がして、自分の身体がイバラに縛られているのが分かる。
めぐも同様に、いつの間にか身体をイバラに覆われている。
「しまっ………」
伸びているのは鏡の中から。その瞬間、凄まじい力で水銀燈とめぐは
鏡の中に引きずり込まれた。
「水銀燈!」
金糸雀はすぐさまその後を追い、続いて5体の人工精霊が鏡に飛び込んだ。
706 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:21:43.27 ID:+uP5qurX0
「あっ、ぐっ…」
苦しそうにもがく水銀燈。
「お姉様、取引しましょう」
「な、何が」
鏡の向こうには、白い水晶が5つ。その中央、自分たちを縛っているイバラの先に、
雪華綺晶が座っていた。
「今、私の中には、彼女から奪ったローザミスティカが2つある」
すっと、右端の水晶を指さす。
「し……」
四肢をバラバラにされた真紅が、こちらを睨んでいる。
「雪華綺晶…あんた…」
身動きが取れない。
「素直にマスターを渡していただけるのであれば、このローザミスティカは差し上げます。
ただ、それが難しいのでしたら、私は―――」
キュイイイイイ、と音がして、次の瞬間、後ろから衝撃波が襲った。
「あっ」
「くっ」
雪華綺晶が吹っ飛び、めぐと水銀燈を縛っていたイバラが千切れ飛ぶ。
「めぐっ」
めぐは幸い吹っ飛ぶ事もなく、5体の人工精霊が彼女を守っていた。
「メイメイ…レンピカ…」
軽く後方に吹き飛ばされた水銀燈が、体勢を立て直す。
目の前を黄色い影が横切り、ギイイイイイ、と今度は鈍い音がした。
708 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:25:49.54 ID:+uP5qurX0
「ぶっ」
真正面からまともに衝撃波を食らい、雪華綺晶は更に奥へと吹き飛んだ。
「みっちゃん、返してもらうかしら!!」
バイオリンを持った金糸雀が、雪華綺晶の前へと立ちはだかる。
「……」
雪華綺晶はくるくると回って姿勢を取り直し、金糸雀を凝視している。
「終わりのない追走曲!!」
再び衝撃波。だが、雪華綺晶は落ち着いてそれを避ける。
「くっ」
弾き続ける金糸雀。
「金糸雀、いい事教えてあげましょうか」
ヒュン、ヒュン、とよけ続ける雪華綺晶。
金色の目が、心なしか鋭くなったような気がする。
711 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:30:32.81 ID:+uP5qurX0
「めぐ」
金糸雀たちを横目で追いながら、めぐをゆさゆさと揺する水銀燈。
だが、一向に起きない。
「どうしたの…?めぐ…?」
マスターが眠らされている以上、金糸雀とて、そう攻撃は続けられない。
水銀燈の頬に、冷や汗が流れた。
713 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:33:37.99 ID:+uP5qurX0
「どっ、どうして当たらないの」
何度も衝撃波を飛ばす金糸雀。
「どうして翠星石を閉じ込めたか」
徐々にこちらに近づいているような気がする。
「どうして、一人でいる貴女を、先に襲わなかったのか、いいえ」
すれすれの所でよけ続ける雪華綺晶。
だが、それはまるで遊んでいるかのようだ。
「どうして貴女のローザミスティカを残したか」
「はぁっ、はぁっ」
「私は最後に、貴女が手に入れば良かった」
嬉しそうに笑う。
「だって、貴女の能力があれば、誰にだって勝てるもの」
「み、みっちゃん…」
イバラがヒュンッ、と飛んできた。
717 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:39:11.36 ID:+uP5qurX0
「あっ」
ガランガラン、と遠くに飛ばされるバイオリン。
「たとえ水銀燈と取引したって」
「う…」
「そう、今の貴女のように、使い方さえ間違えなければ」
しゅるる、とイバラが伸び、金糸雀を拘束する。
「マスターを先に眠らせたのはこのため。どう?
もう力が湧いてこないでしょう」
もがく金糸雀に、コツ、コツ、と近づいていく。
「!!」
瞬間、雪華綺晶は飛び上がった。左足に、黒い羽根が数本刺さる。
「痛ッ…」
次の瞬間、左半身に衝撃が跳ねた。
718 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 14:40:40.31 ID:yD9Hoo5W0
待ってたぜ流石は銀様!!そこに痺れるぅ!憧れるぅ!
720 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:42:12.18 ID:+uP5qurX0
「あっ」
大きくのけぞり、雪華綺晶は吹っ飛んだ。
「……」
金糸雀は驚いて、飛んでいったのと反対方向を見やる。
「金糸雀!何やってるの!早くしなさい!!」
水銀燈が駆け寄ってきて、イバラをほどき始める。
722 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:47:49.18 ID:+uP5qurX0
ほどき終えた所で、吹っ飛んだ雪華綺晶を追う水銀燈。
「水銀燈!」
後を追おうとするが、めぐから目を離すわけにはいかない。
「……」
ギッ、と音がした。自らのネジが切れようとしているのが分かる。
「使えて…あと一回って、とこかしら…」
バイオリンを握りしめる。
その刹那、ドッと音がして、金糸雀の身体が揺れた。
724 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:54:36.26 ID:+uP5qurX0
水銀燈は、雪華綺晶を追って飛び続けていた。
おかしい。
吹っ飛んだ方向のどこにも雪華綺晶が見当たらない。
「何故…?」
こんな事はあり得ない。どこかで体勢を立て直して、自分に向かってくるのが――
「自分に…?」
水銀燈は後ろを振り返る。
自分が雪華綺晶ならどうするだろう。本当に自分に、真っ向勝負を挑んでくるだろうか。
「いえ――」
違う。雪華綺晶の狙いは―――
「!!」
水銀燈は身を翻し、元来た方向に全速で向かった。
726 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:57:01.04 ID:+uP5qurX0
水銀燈が元の場所に着いた時には、イバラに貫かれ、倒れている金糸雀を横目に、
雪華綺晶がめぐを愛おしそうに撫で続けていた。
「なっ……」
黒い羽根の突き刺さった左腕をだらんと垂らし、雪華綺晶がこちらを見やる。
「約束の刻ですわ、黒薔薇のお姉様」
「めぐ!!起きて!!そんな奴に惑わされないで!!」
「無駄ですわ。彼女は」
「無駄…?貴女めぐに何をしたの」
じり、と一歩近づく水銀燈。
「それ以上近づけば、首を引き千切りますわ」
首に回しているイバラを指さす。
728 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 14:58:30.76 ID:+uP5qurX0
「くっ……」
「彼女の方から、この世界に迷い込んできたのです、お姉様」
「はっ?」
「酷く悲しそうで、迷子になって、自分の名前すら思い出せない」
「…な、何ですって…」
「だから彼女は、自分から眠る事を選んだ。力を使う必要はなかった」
めぐの寝顔を見つめる雪華綺晶。
ふと、水銀燈は視界の隅で動くものに気づく。
「夢の世界を選んだ人間を、現実世界に―――」
雪華綺晶の言葉がそこで途切れ、身体が白い水晶に打ちつけられる。
衝撃で、だらんと垂れていた左腕が引き千切れた。
「金糸雀!」
倒れた姿勢で、なおバイオリンを構えた金糸雀が、こちらに笑顔を向けた。
「逃げて!!早く…!!逃げ…!」
めぐに駆け寄る水銀燈。
「逃がしませんわ」
残った右手から、雪華綺晶がイバラを放つ。
めぐを捕え、そのイバラは水銀燈の胸を狙う。
「……っ!!」
尻もちをつき、水銀燈は思わず目を閉じた。
730 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 15:00:43.32 ID:+uP5qurX0
「…?」
何ともない。
「ちっ…」
5体の人工精霊が、水銀燈のイバラを防いでいる。
「あ…あんたたち……」
「水銀燈!!」金糸雀が水銀燈の腕を引っ張り、蹴飛ばした。
「きゃあっ」
バランスを崩し、nのフィールドを落下してゆく水銀燈。
「ああああああぁぁあああぁぁ……」
遠ざかってゆく、白い水晶。
「めぐぅ!!めぐっ……!!」
何度も叫び続けるが、次第に周りが霧に包まれてゆく。
ドンッ、という音と共に、全身に衝撃が走り、水銀燈は気を失った。
744 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 16:54:09.46 ID:+uP5qurX0
「………」
ぐいっと金糸雀の頭をつかむ雪華綺晶。
喉を貫いているイバラ。目を見開いて停止している金糸雀の身体が
光り始め、ローザミスティカが現れた。
「く……」
それを手に入れ、負傷を確認する。
左腕は、もう使い物になりそうもない。左の脇腹と、足に刺さった羽根を抜く。
球体関節を集中的にやられたせいで、左足も動かない。
だが、手にした物もある。
命令の遂行を終え、ホーリエ、ベリーベル、ピチカートは自分のものになった。
そして、4人目のマスター、柿崎めぐ。
これで、残る水銀燈も、限りある力をやすやすとは使えまい。
ギシ、と身体に痛みが走る。
「しばらく動けそうにはないですわね…」
焦る事はない。残るは桜田ジュン、そして水銀燈のみである。
無理に今日、こちらが動く必要はない。
雪華綺晶は安心したように笑い、横になって目を閉じた。
747 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 16:58:24.10 ID:+uP5qurX0
「う………」
ゆっくりと開く瞼。
水銀燈は、ぼんやりと思考を取り戻していく。
映るのは、暗闇の中、かすかに見える天井。
「…?」
病院ではない。何か、埃っぽい。
鈍い痛みを感じながら、半身を起こす。
「ここは…」
目の前に、大きな鏡がある。だが、自分の姿がよく見えない。
きょろきょろと見渡しても、何が何やら分からなかった。
「…めぐ…金糸雀…?」
何の反応もない。代わりに、ぷんとカビ臭いニオイが鼻をついた。
「めぐ?めぐ??」
慌て始める水銀燈。
「ど、どこなの。返事して!めぐ!!」
鏡が揺らめき、蒼と紫の発光体が、それぞれ飛び出してきた。
749 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:01:54.54 ID:+uP5qurX0
「メイメイ!レンピカ…!」
その光で、何やら物置らしき場所だと分かる。
メイメイがチカチカと光り続ける。
「……何ですって」
水銀燈は信じられないといった風に、いやいやと首を振った。
「…どうして」
金糸雀のローザミスティカは奪われ、めぐも眠りにつかされた。
ホーリエたちは雪華綺晶につき従い、あとに残されたのは自分だけ。
「…私のせいだというの?」
結果的に、自分が雪華綺晶の誘いに乗り、真紅を見殺しにした事で、
このザマである。
自分がアリスになるため。そして、めぐを守るため。
そのための行動だったはずだ。
750 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 17:05:08.39 ID:yD9Hoo5W0
それでも…JUMなら…JUMなら何とかしてるれる!
751 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:08:20.66 ID:+uP5qurX0
真紅も、翠星石も、蒼星石も、金糸雀も、雛苺も、めぐも、
全て奪われた。
「…………」
後悔と、絶望。
「…私」
何よりも、自責。
「……私は」
放心状態で座り込んでいる水銀燈。
チカ、チカ、と瞬く人工精霊たち。
「…何?」
狭い部屋の奥に、扉がついている。
「………」
水銀燈はゆっくりと立ち上がり、扉を開けた。
753 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:13:37.06 ID:+uP5qurX0
薄暗い廊下。左手に幅の狭い扉があり、正面にまた扉。右手からうっすら光が
差し込んでいて、ざあざあという音が聞こえる。
家だ、と分かった。どこかで見た事のある。
「…真紅たちの家?」
右に曲がると、階段があった。
トン、トン、トン、と、上がっていくと、扉が4つついている。
先行して、メイメイが飛んでいく。
「あ、ちょっと…」
メイメイが止まった扉の前。
「……?」
中から、何か呻くような声が聞こえた。
「何?」
「………ぅ…」
この声は。
「……桜田…ジュン…?」
慎重にドアノブを回し、水銀燈はカチャリと開けた。
755 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:22:42.02 ID:+uP5qurX0
暗闇の中で、ベッドの上の毛布が盛り上がっている。
「う……うぅ……」
「…」
水銀燈はゆっくり近づき、顔を覗こうとする。
だが、頭まですっぽりかぶってしまっているらしく、
表情は確認出来なかった。
「ジュン…」
「………」
「どうしたの」
声を掛けると、ジュンが毛布をめくる。
「……」
「どうしたの?」
「…水…銀…燈?」
目が赤い。
「泣いているの?」
「……何で、ここに…?」
「え」
水銀燈は視線を伏せる。
757 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 17:25:11.12 ID:Lg30nKxV0
ジュン踏んだりけったりだな
759 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:28:59.67 ID:+uP5qurX0
「ああ、何でもない…ごめんな…今日は…」
再び布団をかぶる。
「僕のせいで、めぐさん傷つけちゃってさ」
「……」
「真紅たちも、どっか行っちゃったみたいだし…」
「………」
「やっぱり、僕は外に出ちゃいけなかったんだよ」
「…そんな事」
「クラスメイトに会っただけで、また吐いて」
「…違うわ」
「いいんだ、帰ってくれ、今日はもう誰とも話したくない」
「待って、違うのよジュン」
毛布をゆさゆさと揺らす水銀燈。
760 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 17:32:13.51 ID:yD9Hoo5W0
毛布ごしとは言え羨ましえん
761 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:35:03.47 ID:+uP5qurX0
「私が全部悪いのよ!!真紅の事も!何もかも!!」
必死になって叫ぶ水銀燈。
「…真紅の事?」
「私、雪華綺晶と会ったわ」
「え」
「7番目のドール。そして、雛苺の身体を奪った張本人」
「…どういう」
「それは全部説明する。時間がないの」
ジュンが、ようやく半身を起こした。
766 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:40:17.06 ID:+uP5qurX0
「…………」
呆然とした表情で、ジュンが固まっている。
「…う…嘘…だろ?」
「嘘じゃないわ。これはさっきまであった本当の事よ」
うつむいたまま、水銀燈は顔を上げようとしない。
「真紅が…バラバラにされて…」
「そうよ」
「翠星石が囚われて…」
「…そうよ」
「金糸雀も、めぐさんも、捕まって…」
「…もう、ドールもマスターたちも、私と貴方しか残っていないの」
「……」
「それは全部私のせい」
「…でも」
「お願い、私は…」
「…無理だよ、僕は頑張れない」
「え」
再び毛布をかぶってしまう。
768 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:42:23.99 ID:+uP5qurX0
「僕は弱いんだ。真紅たちが助けてくれたって、結局こうだ。
今更、そんな得体の知れない人形相手に、僕が何を出来るっていうんだよ」
「そんな事ないわ」
ベッドによじ登り、揺する水銀燈。
「やめろよ、やめてくれ」
「やめないわ。そんな事言わせない」
「嫌だ、やめろったら!」
毛布越しに、思い切り右腕を振り回すジュン。
「きゃっ」
水銀燈は勢いで床に転げ落ち、後頭部を打った。
「はっ…」
ジュンは身体を起こし、水銀燈を見やる。
「うぅ…」
「ご、ごめん…でも…」
「……ジュン」
震えながら起き上がる。
「……あの後ね、めぐは言ってたわよ」
769 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:44:09.43 ID:+uP5qurX0
「…?」
「あの子は、私と同じだって…」
再びベッドに登り、ジュンの傍へ寄る。
「水銀燈…やめてくれ」
「受け入れたくない現実があるから、逃げている。
世界から外れた場所で生きている」
目を背けるジュン。
「人はそんなに強くない」
「……っ」
「真紅が言ってたそうよ。雪華綺晶に壊される前、
病室で」
「『ジュンの苦しみなんて、ジュンにしか分からない。
あの子が乗り越えていくしかないの』」
「いいよそんな言葉は。僕には無理だって言ってんだろ」
「『私はジュンの傍にいる』」
「……」
「『あの子が逃げ出したら追っかけていく。一人にならないように。
死にたがっていたら、落ち着くまで手を握っていてあげる』」
「……」
772 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:46:59.96 ID:+uP5qurX0
水銀燈はジュンの肩をつかむ。
「わ…」
振り向かせたジュンの両手を握りしめる水銀燈。
「『いつかあの子が立ち上がろうとした時に、私の肩を使って、支えにして、
立ち上がってくれれば、それでいい』」
「………」
「もう一度言うわ、人はそんなに強くない」
「……」
「貴方は、きっと、誰かに救ってほしいって、思ってるんだわ」
「………」
「私だって、誰かに手を取ってほしい、引っ張っていってほしい」
「……」
「ごめんなさい」
「………」
水銀燈はジュンの顔を見上げる。
「それがめぐの言葉」
776 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:53:00.03 ID:+uP5qurX0
「………」
「ね、お願い、あの子は貴方を必要としているの」
「やめてくれよ、そんなの…」
水銀燈の手を振りほどく。
「助けて、お願い」
なおも水銀燈はジュンの肩をつかんでいる。
「助けて。お願いだから助けてよ」
涙声になっている。
「私がいけないの。私が」
鼻をすする。
「真紅もめぐも、奪われてしまった」
「……」
シャツをぎゅうっとつかみ、必死にこちらを向かせようとする。
「助けて。ジュン助けて」
ぐいっと肩口を引っ張る。
「わ」
バランスを崩し、仰向けに倒れ込むジュン。
778 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 17:59:26.30 ID:+uP5qurX0
「お願い、私に…」
ジュンの胸の上に登り、かたかた震えながら泣き続ける水銀燈。
「私に…私に出来る事なら何でもするから…」
「……」
「うぅ…ううう……っ」
「…」
「だから助けて、助けて…」
大粒の涙が落ちる。
「………」
「…どうして答えてくれないの」
「……」
ジュンは目を逸らしてしまう。
「どうして何も言ってくれないの、ジュン」
「………」
「どうして……」
水銀燈は顔を伏せ、声を上げて泣き続けた。
780 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:03:18.42 ID:+uP5qurX0
部屋の隅。
「………」
すっかり暗くなり、雨も止んでいるようだ。
水銀燈が膝を抱え、赤い目をこすろうともせず、床に視線を向けている。
「………」
ジュンはベッドに横になり、壁を見つめていた。
「…帰るわぁ」
おもむろに立ち上がり、部屋を出ていく水銀燈。
「………」
バタンという音と共に、部屋が真っ暗になった。
ジュンは目を閉じる。
782 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:07:03.70 ID:+uP5qurX0
――――私ね、淋しくなったり、つらい事があった時は、こうしてると安心するの
――――つらい事があった時、ジュンの膝に乗って、こうして全身を預けていると安心する
――――たぶんね、貴方が優しい人間だって知ってるから
784 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:10:49.40 ID:+uP5qurX0
――――貴方と散歩がしたい
――――駄目かしら。こうして手を繋いで
――――朝の涼しい…そうね、今みたいな時間帯に
――――貴方が私と一緒に中庭を歩いてくれている
――――歩き疲れたら、中庭のベンチに座って、私は疲れて眠っちゃうの
――――その時は、肩くらいは貸して頂戴ね
――――ね、ジュン君?
785 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 18:11:32.76 ID:yD9Hoo5W0
めぐ…
788 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:19:16.74 ID:+uP5qurX0
物置の鏡の前。
レンピカとメイメイが飛び交う中心に、水銀燈が立っている。
「……めぐ、待ってなさい」
胸に決意を秘め、進み始める。
「待てよ」
突然後ろから声がした。
「僕も行く」
水銀燈が振り返る。赤い目をこすりながら、ジュンがその眼を
見据えていた。
789 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:21:24.30 ID:+uP5qurX0
「ジュン……!」
「ごめんな、水銀燈」
たたた、と駆けよる水銀燈。しゃがみ込むジュン。
「わぷ」
水銀燈は、ジュンの首に手を回した。
肩口に顔をこすりつけ、ぎゅっと両手に力をこめる。
「ぷ…ど、どうしたんだ」
「しばらくこうさせて頂戴」
「え……」
「そしたら、私戦えるから」
そう言って、目を閉じる水銀燈。
「……」
ジュンは何も云わず、彼女の行為に身を任せた。
792 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 18:26:23.94 ID:+uP5qurX0
数分ほどそうしていただろうか。
「……」
水銀燈はジュンから身体を離し、しばらくジュンの眼を見つめる。
「…な、何?」
「………」
ふう、と息を吐き、その場に座り込む。
「今から作戦を説明するから、頭に叩き込んでもらえるかしら」
「え」
「気を抜いたら駄目よ。いいわね」
鋭い瞳に、ジュンは言葉を発せられなかった。
849 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:29:10.40 ID:+uP5qurX0
「本当に上手くいくのかな」
水銀燈に手を引かれ、nのフィールドを飛び続けるジュン。
「あら、信用出来ないの。なら、代案くらいは用意出来てるんでしょうね」
じろりと睨む水銀燈。
「い、いや、言ってみただけだよ」
「そう」
先を行くレンピカ、メイメイが、チカ、チカと輝いた。
「近いわ」
853 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:33:43.65 ID:+uP5qurX0
6つの白く巨大な水晶を背後に、雪華綺晶がうずくまっている。
「……」
人工精霊3体がかりでも、左足を直すのに手間取っていた。
「…これでは」
少し焦りが滲む。殆ど回復していない身体。今、水銀燈たちが襲ってきたとしたら。
「……」
後ろで停止している翠星石のローザミスティカを奪おうかとも考えたが、
水晶を消すにも力を使う。
何より、壊れた部分を直すのに必死で、他の事をしている余裕はない。
ローザミスティカは3対3。金糸雀の力があれば、五分以上に戦える。
「いざとなれば……」
背後で眠るめぐに視線を送り、ニィ、と笑う。
その直後、雪華綺晶は、何かが空気をつんざく音を聞いた。
858 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:38:29.99 ID:+uP5qurX0
瞬間、ダラララッと音がして、雪華綺晶の身体が回転する。
「あっ」
5メートルほど吹っ飛び、雪華綺晶には何が何だか分からなかった。
見ると、自分の左半身に、黒い羽根が無数に突き刺さっている。
「くっ」
水銀燈だ。
雪華綺晶は体勢を整え、飛ぼうとする。
「きゃあっ」
がくっと身体が左に傾き、視界の隅に、千切れた足が見えた。
「な……」
白いブーツを履いた足。見れば自分の左足がない。
吹っ飛ばされたのだ、と理解するまでに、数秒かかった。
「こっちだ雪華綺晶!!」
視線の先に、桜田ジュンが映る。6つの水晶の中央付近で、こちらを向いて
大声で叫んでいる。
862 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:43:12.59 ID:+uP5qurX0
瞬時にバイオリンを構え、そちらに飛びかかってゆく。
ヒュッと蒼い光が視界を遮り、ひと際キィン、ときらめいた。
「ああっ!!!」
目が眩み、思わずバイオリンを持った手で目を押さえる。
「……!!」
姑息。
いや、重要なのはそこではない。
「こっちだ!!」
声がする。雪華綺晶はそちらに向けて、弦を思い切り弾いた。
発せられた衝撃波が、ズンッ、と、何かに当たる感触。
ようやくチカチカしながらも、目を開く。
「!!!」
その先にあったのはジュンではなく、自分が作り上げた白い水晶。
根元がピキピキ、と割れ、ついには雪華綺晶の方へと倒れ込んできた。
864 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:46:21.86 ID:+uP5qurX0
「ちっ」
まだチカチカする目を我慢しながら、雪華綺晶は背後に飛び上がる。
「かかったわね!!」
「!?」
声のする方向に一瞬水銀燈が見え、更に空気を裂くような音。
「ひっ」
反射的に右手で顔を庇い、カカカッと右手、上半身、右足に羽根が刺さる。
「痛ッ……」
ドカッと腹に大きな衝撃が走る。蹴られたのだ、と感じるも、
吹っ飛んでいく自分を止める手立てが、ない。
何とかしなければ。何とか。
「あぐっ」
ドゥンッ、と音がして、雪華綺晶は壁に叩きつけられた。
867 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:51:36.91 ID:+uP5qurX0
「ぐ……」
身体中に激痛が走る。立ち上がれない。
いや、そもそも左腕と左足がないのだ。
目を開くと、真っ白なベッド、純白のカーテンに、薄暗い天井が見えた。
「……病室?」
ほどなくして、目の前の手洗いの鏡から、水銀燈とジュンが出てきた。
動けない雪華綺晶を確認し、水銀燈は鏡を羽根で割った。
「さあ」
床で苦痛に顔を歪める雪華綺晶を、水銀燈は冷たく見下ろしている。
「終わりの始まりよぉ、7番目」
872 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 22:57:26.48 ID:+uP5qurX0
右腕。
右足。
左肩。
腰の左側。
馬乗りの体勢で、水銀燈は雪華綺晶を押さえ込んだ。
「………」
雪華綺晶の瞳は、観念した様子で水銀燈、ジュンと
視線を移した。
「……雪華綺晶」
どこか淋しそうに見えたその瞳。ジュンは思わず声を漏らす。
「…ここは?」
ぼそりと呟く。
「現実世界よ。有栖川病院の316号室、貴女が何度も盗み見てた、ね」
水銀燈は吐き捨てるように言った。
877 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:08:20.90 ID:+uP5qurX0
「…私を」
更に続ける。
「…ここで消滅させるのですか」
「そうよ?何か問題でも?」
その冷徹な瞳は、窓からの逆光で暗く沈んでいる。
「……そうですか」
「メイメイは優秀でね、貴女の吹っ飛んだ方向にこの扉を
設けさせたのよ。凄いでしょう?どう?」
ハッ、と水銀燈は嘲笑った。
「その前に、一つ…うっ」
水銀燈の右手が、雪華綺晶の喉をつかんだ。
「何をほざく気かしら。今更この口が」
「……ぐ」
「お、おい水銀燈」
「すっこんでなさいジュン」
「……」
「この子は自分のために、雛苺の身体を奪った。
翠星石の優しさを利用した。動かなくなった蒼星石を操った。
真紅の身体をバラバラにした。金糸雀の喉を貫いた」
右手に力を込める。
「私は許さない」
879 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/18(金) 23:09:17.03 ID:Jk7MbRBk0
あれ・・・めぐ・・・
883 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:13:38.01 ID:+uP5qurX0
「……」
雪華綺晶の右手が、何かを求めるように動いた。
「…たし…は…」
「……は?」
「そうです…私は…自分がアリスになるためだけに……」
反射的に右手を緩める。
「利用出来るものは利用した…踏み台にした……でも」
「…何よ、言って御覧なさい」
「…それの…何が悪いのですか…?黒薔薇のお姉様…?」
水銀燈の目がピクッと動く。
「私には…正直理解出来ない…のです…」
「何が」
「私は器を与えられなかった…でも、お父様に会いたかった…だから…」
「……」
「そのために自分に出来る事をした…」
「………」
「今ここで、私を消滅させるのなら、私はそれで構いません…。
手足の無い人形など、お父様は望んでいないでしょうから…」
水銀燈の力が緩み、雪華綺晶は幾分落ち着いた表情で喋り続ける。
「でも……」
抵抗する様子はない。
890 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:24:39.26 ID:+uP5qurX0
「お姉様…貴女のマスターは」
「…」
「彼女は今、夢を見ている」
「…夢、ですって…」
「夢の中で、自分の父親、貴女、そして、そこにいる、桜田ジュンと、
幸せな時を過ごしている」
名前を呼ばれ、ジュンはハッとする。
「私が見せているのです」
「……」
「彼女は現実に絶望して、自らこの世界を放棄した」
「違う、めぐはそんな事する子じゃないわ」
「違わない…」
バキッと雪華綺晶を殴る水銀燈。
「ふざけないで!!どんなに自暴自棄になったって、あの子は…!」
「…眠らせたマスターの力、奪ったローザミスティカの力」
「やめなさい、雪華綺晶」
「私が力を送っている限り、彼女は幸せを感じながら、このまま
生き長らえる事が出来る」
「……」
『こうしてお金に直すとね、分かるのよ。自分の価値が。
そして、生きようとする事がどれだけ難しいか』
ジュンはようやく気付いた。
893 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:30:03.97 ID:+uP5qurX0
自分や水銀燈が思っているよりも、ずっとめぐは頑張っていたのだ。
生きようとしていたのだ、と。
『心臓が弱いのなら、移植の手立てはないのか』
そうして調べたのが、あの言葉。
『たとえ心臓が弱くても、日常生活に気をつけていれば―――』
それを研究して、出てきたのが、あの何気ない言葉。
今更ながらに、めぐの一言一言が、ジュンに重く突き刺さってくる。
897 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:38:49.61 ID:+uP5qurX0
「…桜田ジュン」
ジュンが顔をあげる。
「どうするのかしら、貴方は」
「…何」
「娘の顔すらまともに見ようとしない、父親」
「………」
「一歩間違えば侮蔑、でも言葉上は憐憫の眼差しを向けている、第1ドール」
「な……」
「過去に縛られ、現実から逃げ出してしまった、貴方」
雪華綺晶は無機質な目で、ジュンを見つめた。
「あの子は幸せな夢を見続けている。届いてほしかったものに手がようやく、
ようやく届いた」
「……」
899 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:39:27.27 ID:+uP5qurX0
水銀燈の肩が震えている。
「誰もいない、この世界に呼び戻すつもり?何のため?」
「…僕は」
「下らない正義感?それとも、幼稚で一時的な感情のために?」
「…黙りなさい、雪華綺晶」
レンピカを呼び、黄金色の鋏を召喚する。
「桜田ジュン」
水銀燈が鋏をピタリと喉に当てる。
「貴方はどうせまた逃げる。そうすれば、あの子は一人、淋しく死んでいくだけ」
ぐっと押し当てられる切っ先。
水銀燈は深呼吸をした。
「冷たい肉の塊になってしまった頃に、ようやく巡回の看護士が発見するのよ」
水銀燈は力を込め、その切っ先を思い切り喉に押し込んだ。
907 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/18(金) 23:56:26.77 ID:+uP5qurX0
ここから先は、エピローグになります。
残り時間とレス数的に微妙なのと、
キリがよいので、これ以降は新スレ立てます。
ローゼンメイデンの話「316号室のめぐ」エピローグ
1 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:00:34.80 ID:GsULn9tf0
『こんにちは。この間はごめんなさい。水銀燈から話は聞きました。
貴方が私を救いに来てくれたのだと、彼女は言っていました。
他にも、色々あったのだと。だから、水銀燈は、手紙を書いてあげてと
私に助言をしてくれました。何かしら、私の知らない所で何があったのかしら。
隠し事は良くないわ。キチンとお姉さんに教えなさい。
でも、疲れたのならしっかり休んでね。16歳の私でさえ、佐原さんたちと
話すのが嫌でしょうがなかったんですもの。
貴方はまだ14歳ですものね。
いいのよ、ゆっくり休んで、水でも飲んだらいいわ。
でも、一つだけお願いしちゃっていいかしら。
近いうち、またこの病院のこの部屋に来てほしいの。
貴方はまたしんどい思いをしてしまうかもしれない。
でもね、今度は違うわ。
疲れたら、私のベッドに座っていいのよ。寝転がってもいい。
でもね、変な気起こしちゃダメよ。私の心臓は繊細なのよ。
ちゃんと優しく扱ってね。
4 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:02:02.99 ID:GsULn9tf0
嘘よ。
嘘ばっかりよこんなの。
私にそんな器量、あるわけないじゃない。調子こいてたわ、
ごめんなさい。
私は知っての通り、身体が弱くて、心も狭くて、ただの淋しがりよ。
だから本当は…寄り添ってほしい。私に。
私は貴方と一緒にいたい。
別に変な意味ではありません。
ジュン君にならおっぱい揉まれてもいいです、とか、そういう
変態チックな事を伝えたいのではありません。
思春期の貴方には自制してもらって、私は好き勝手させてもらうわ。
じゃあね、また、ちゃんと来てね。
有栖川病院 316号室 柿崎めぐ 』
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 00:05:51.02 ID:mpG8rkQU0
なんという手紙
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 00:06:30.56 ID:CM4rHAIG0
さすが毒めぐ
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 00:10:29.98 ID:Jxfh+OSa0
わざわざおっぱいとか書いて思春期の少年を悶々とさせるとかwwwwwwww
なんというドS……
14 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:11:59.00 ID:GsULn9tf0
10日後。
自室のベッドに座り、ジュンが手紙を読んでいる。
「何してるです?」
パソコンを弄りながら翠星石が尋ねる。
「ん」
ペラッと2枚目をめくるジュン。
「手紙」
「誰からです?」
「お前の知らない人」
その言葉に頬を膨らませた翠星石は、椅子を降り、ベッドに
よじ登ってジュンから手紙を奪おうとする。
「おい、何すんだよ、見づらいだろ」
「いぃーから見せろです。翠星石も読みたいですぅ」
ぐぎぎ、と紙を引っ張る。
「わかった、一緒に読もう、それでいいだろ」
やれやれ、とジュンはため息をついた。
18 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:20:08.22 ID:GsULn9tf0
あの時、喉を貫いた所で、雪華綺晶は消滅した。
そこから出てきたローザミスティカは、本来水銀燈の物に
なるはずであったが、水銀燈はそれを拒否した。
理由は未だに分からない。あれほどアリスゲームにこだわっていた
水銀燈に、何が起きたというのだろうか。
話の見えないジュンをしり目に、水銀燈は3つのローザミスティカを持って、
nのフィールドに向かい、金糸雀、真紅のそれぞれに、
ローザミスティカを戻してしまった。
四肢をバラバラにされた真紅、喉に風穴が開いていた金糸雀が
それで目覚めるはずもなく、二人はジュンの部屋の鞄の中で眠っている。
唯一ローザミスティカを奪われずに残っていた翠星石を、次に起こし、
その翠星石の力を借りて、マスターたちを起こしていった。
ジュンはその時の事を思い出す。
24 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:33:34.28 ID:GsULn9tf0
「………ここは…?」
めぐがうっすらを目を開ける。
「めぐ」
水銀燈は上から覗き込み、不安そうな表情になる。
「……水銀燈?私…」
「喋らないで」
顔が横を向き、ジュンと目が合った。
「あら……」
「め、めぐさん」
「私…ベッドに寝てたんじゃ……」
「え」
半身を起こすめぐ。
「パパは?今日家に連れて帰ってくれるって言ってたのに」
きょろきょろと見回す。
「……パ……」
驚きが、徐々に諦めに変わっていく。
「そっか……」
その沈んだ瞳を、ジュンは忘れられない。時おり見せた、
あの笑っていない眼差し。
「………」
『誰もいない、この世界に呼び戻すつもり?何のため?』
フラッシュバックする、雪華綺晶の言葉。
26 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:38:56.37 ID:GsULn9tf0
翌日。
ジュンは病院の入り口に立っていた。
「………」
だが、正直どの面下げて会いに行けばいいのか、分からない。
ドクン、と、桑田由奈の顔が思い出される。
「う…」
視界がぐらつく。
違う、自分はめぐに会いに来たのだ。
ぶんぶんと首を振り、そう言い聞かせて、ジュンは中に入っていった。
29 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:45:38.15 ID:GsULn9tf0
「あら」
ちょうど病室の中には、看護士の佐原が食事を運んできていた。
「あ、いらっしゃいジュン君」
ベッドの上から、めぐが手を振る。
「それじゃね、めぐちゃん」
にこっと手を振り、佐原が廊下へ消える。
「水銀燈は?」
「ここよ」
真下を指さす。
「へ?」
「出てらっしゃい、水銀燈」
言葉の後、ずりずりと水銀燈が、ベッドの下から
這い出てきた。
「…どうして私がこんな事……」
口を尖らせている水銀燈。めぐは気にせず煮つけを頬張っている。
「ふうーっ」
食事を終え、めぐは食器を片づけに廊下に出ていく。
33 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:53:21.74 ID:GsULn9tf0
「…なあ」
二人きりになった所で、ジュンが口を開く。
「…一つ訊きたかったんだけど、いいか?」
壁際の水銀燈が、視線をジュンに向けてくる。
「ええ、どうぞ」
「どうして、真紅たちのローザミスティカを奪わなかったんだ?」
「………」
水銀燈は少し、何か考えているように見えた。
「…どうした?」
「答えた方が、いいかしらぁ?」
「ああ、いや、何となく訊いてみたかっただけなんだ。答えたくないなら、
それでいいよ、僕は」
「………」
ジュンは諦め、椅子に座り直す。
「私、気づいちゃったのよ」
不意に水銀燈が口を開いた。
「え?」
ガチャリ、とドアが開き、めぐが戻ってくる。
「ねぇねぇ、牛乳1パック余ってたから、もらって来ちゃった」
「えぇ?」
「ジュン君飲む?」
「いや、僕は」
「あらそう」
37 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 00:58:15.98 ID:GsULn9tf0
「じゃあ、水銀燈あげるわ。貴方いつもカリカリしてるから、こういう乳製品、
摂った方がいいんじゃないかしら」
「お黙りなさいめぐ。どの口がそんな事言ってるのかしら」
ふん、と窓の方に目を向ける。
「あら、怖い」
「………」
いつもこんなやり取りをしてるのだろうか。
「あ、ねえ、ジュン君、時間あるかしら?」
布団を畳みながら、めぐが問いかけてくる。
「え、ん、んん」
「そう、じゃあ」
ベッドから降りるめぐ。
「ちょっと、散歩しない?」
41 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:05:12.75 ID:GsULn9tf0
中庭の蝉は、より一層うるさく鳴き続けている。
「凄い鳴き声だな」
「そうね」
二人は並んで、並木道を歩き続ける。
「でもね、ジュン君」
「何?」
「蝉はね、成虫になって、一週間で死んじゃうじゃない?」
「…うん」
「だから、一生懸命鳴いているのよ、きっと」
前を向くめぐ。正面、南からの日差しが、めぐの笑顔を、一層
引き立てている。
「僕はここにいる。私はここで、一生懸命に生きている」
「……」
ジュンはめぐの横顔をじっと見つめる。
「私には、そう言っているように聞こえるわ」
「めぐ…さん…」
立ち止まるめぐ。
「どうしたの」
「ふふ」
めぐは微笑んだまま、すっと右手を差し出してきた。
「手、繋ぎましょうか」
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 01:05:42.08 ID:OWbIaskkO
メグミルク…か…
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 01:06:48.04 ID:Jxfh+OSa0
>>42
だれうま
46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 01:07:17.02 ID:LkEWHuEx0
>>42
なにげに上手いな
51 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:15:00.33 ID:GsULn9tf0
「…………」
二人の姿を、向かいから来る患者らしき人が、ちらちらと
見ながら通り過ぎていく。
「………」
ジュンは些か恥ずかしい気分になる。
「ねえ、ジュン君」
「うん?」
「私はね、目覚めたあの時」
少しうつむくめぐ。
「ああ、この世界に戻ってきてしまったんだ、って、
思ってしまったのよ」
「……」
やはりあの時の表情は、そういう意味だったのだ、と確信するジュン。
「私は本当は、パパに甘えたかった。優しくしてもらいたかった」
「……」
「水銀燈がいて、貴方がいて」
「………」
「私はこんな病気を持っていなくて、いつまでも楽しく、幸せに過ごせる日々」
「めぐさん…」
「でもね、私最近思うのよ」
胸を押さえるめぐ。
「皆、いつか終わりが来るから、一所懸命に生きるんだなぁって」
「……」
「死にたくなるほどのどん底があるから、人は幸せを幸せと捉える事が出来る」
59 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:25:35.04 ID:GsULn9tf0
「……」
ジュンは少しうつむき加減になる。
「ジュン君、ちょっと休みましょう」
はあ、はぁ、とめぐが息を荒げ、ベンチに座り込む。
「ふうーっ」
天を仰ぎ、大きく息を吐く。
「うっ」
途端、めぐは胸を押さえ、苦しそうな顔になる。
「え、ちょ、ちょっとめぐさん、大丈夫?しっかり!!」
「うう、うう」
「わ、ど、どうすれば」
「なーんちゃって」
伸びをしながら、あははは、と笑うめぐ。
「な、か、からかわないでよ!」
「あはは、ごめんなさいね、面白かったから」
楽しそうに笑うめぐ。
66 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:35:08.60 ID:GsULn9tf0
「……ねえ」
呼吸を整え、めぐが口を開く。
「ん」
「ジュン君、私、幸せに見える?」
「えっ?」
身を乗り出し、ジュンを上目遣いに見てくる。
「わ、わ」
首筋にめぐの吐息がかかり、ジュンはぞくっと身体を震わせる。
「どう?」
「ど、どうって言っても…」
「私はね、幸せよ。貴方とこうして手を繋いでいられて」
ぎゅっと手を握りしめる。
70 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:38:20.81 ID:GsULn9tf0
「ちょ、ちょっと、また引っ掛けようったって」
「あら、この目が嘘ついてるように見えるのかしら」
「……」
「よく見て」
更に二人の顔が近付く。
「ちょ……」
「もっと」
めぐの手が、ジュンの両肩に置かれる。
「う…」
「もっと……」
フウ、フウ、という、息の音まで聞こえる距離。
「………」
めぐが瞳を閉じる。
「………」
ジュンの唇に、何かとても柔らかいものが触れた。
何か温かく、それでいて、ぬめっとした感触。んぷ、んぷ、と、
妙な音が何度も聞こえた。
81 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 01:45:34.84 ID:GsULn9tf0
「……………」
昼が近付き、ジュンはぼーっと遠くを眺めていた。
自分の肩で、めぐが寝息を立てている。
まるで小さな子どものように、めぐが呼吸をする度に、
彼女の柔らかさが伝わってくる。
「……………」
頭の中は、真っ白なようでいて、何かふわふわとしたものが
花畑の中を舞っている。
この感覚は何だろう、とか、ジュンはそういった疑問すら
浮かんでこなかった。
ただ、そこから一歩も動く気は起きなかったし、きっと隣で
寝ているめぐも、同じ事を考えていただろう、と、ジュンは感じていた。
99 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:05:15.05 ID:GsULn9tf0
「真紅たちを?」
椅子に座ったジュンが、驚いたように言う。
「ええ、そうよ」
めぐがベッドの上から答える。
「大丈夫よ、貴方は私が壊した人形の魂を、自身の手で
呼び戻してみせたじゃないの。私知ってるのよ」
「あ……」
「ローザミスティカは金糸雀、真紅の中にある。それを貴方が直す」
「…僕に…」
「ジュン君、よく聞いて」
顔を上げるジュン。
「私は真紅と話したわ。色んな事を」
「………」
「貴方にはあの子が必要なのよ。きっとこれから訪れる、
色んな局面で」
「……真紅」
「だから、直してあげて。あの子たちの魂も、きっとそれを望んでると思うから」
ふふ、とめぐは笑う。
101 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 02:07:54.35 ID:ufr6mDF/0
>貴方は私が壊した人形の魂を
って水銀燈だよな?シーンとんだ?
103 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:12:33.34 ID:GsULn9tf0
>>101
原作準拠なので、この台詞は
ブーさん人形を直した事を指します。
104 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:12:59.21 ID:GsULn9tf0
「……」
ジュンは目を閉じる。
自分がつらい時、倒れそうになった時。
いつも傍にいてくれた少女。胸の奥が苦しい時は、胸をさすってくれた。
布団にくるまっている自分を、部屋の外で、ずっと見守っていてくれた。
ローゼンメイデンの第5ドール、真紅。
そして今、彼女が迷子になっている。自分を守るために犠牲となって、
暗闇の世界を彷徨っている。
「ジュン」
壁際、水銀燈が呟いた。
「迎えに行って、あげなさい」
そう言って、少し笑った。
「…うん、分かったよ」
ジュンはこくりと頷く。
「その代わり」
めぐは言葉を続ける。
108 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:19:44.23 ID:GsULn9tf0
「あの子たちが直るまで、ここには来ないで、ジュン君」
「え?」
ジュンは思わず声を上げる。
「……」
水銀燈が、視線を伏せる。
「もう一度ここに来る時は、真紅を連れてきて欲しいの」
「そ、それはどうして」
めぐは少し首をかしげ、諭すように呟く。
「あの子には、お礼を言わないといけないの。私は」
「お礼?」
「そう、こんなに幸せにしてくれた、お礼を」
「……」
「それに、貴方の扱い方も、勉強しておきたい」
「あっ……」
扱い方。
「なぁに、勉強しちゃまずい事なのかしら。貴方の扱い方を分かっている人と、
全然分かってない人、どっちがいい?」
意地悪っぽく笑うめぐ。
「えっ……あ」
真っ赤になるジュン。
113 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:24:21.46 ID:GsULn9tf0
「決まりね」
めぐは視線を少し下に向け、安心したように笑う。
「ね」
手を組み、遊ばせながら呟くめぐ。
「直したら、真紅と一緒にここへ来て…」
ジュンはその様子を見つめている。
「また、手を繋いで、お散歩しましょう」
そう言って、右手を出す。
「約束」
「ああ、必ずまた来るよ」
頷いたジュンはめぐの手を取り、力強く握手した。
「………」
水銀燈はその様子を見ていたが、やがて窓の外に
視線を移す。
窓の外は、蝉の鳴き声がいつまでも続いていた。
119 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:31:57.89 ID:GsULn9tf0
それから4ヶ月が過ぎ、季節は肌寒い冬。
ジュンはめぐに、手紙を書いていた。
「……ジュン」
背後から、紅色の人形が声を掛ける。
「何をしているの?」
「ん、ああ」
カリカリ、という音。
「めぐさんに、手紙を書いてるんだよ」
「手紙?」
「ああ、ちょっと病室で手紙を取れなくなったらしいんで、
住所は別なんだけど」
「へえ、そうなの」
「ねえ、しんくー、ヒナのクレヨンどこ行ったか知らない?」
ドアの隙間から、雛苺が入ってきた。
「知らないに決まってるでしょ。雛苺、少しは片づけというものを
覚えなさい」
「う~、わかったの」
ととと、と二階へと上がっていく。
124 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:39:41.08 ID:GsULn9tf0
雪華綺晶が消滅した器を使い、ジュンは雛苺までを復元する事に成功した。
蒼星石は無理だったが、翠星石は、それについては納得してくれた。
今日は、直ったという知らせ、そして、いつ遊びに行けばいいかを
書いている。
これはめぐからのリクエストで、『直ったら手紙で連絡下さい』と言われて
いたためだ。
そして投函してから一週間後。
129 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:46:01.96 ID:GsULn9tf0
ジュンは有栖川大学病院の入り口にいた。
「う~、寒い」
コンビニ帰りの道、そこにこの大学病院は位置している。
「あら」
入口で、佐原と出くわした。
「こんにちは、桜田君」
「こんにちは」
ジュンを見て、ふと首をかしげる佐原。
「桜田君、身長伸びたかしら」
「え?え…どうだったですかね…」
「ええ、まあよく分からないけど、何だかカッコよくなったわよ」
ははは、と笑う二人。
132 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 02:49:25.95 ID:mpG8rkQU0
あ、蒼…
133 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 02:51:05.66 ID:eBFAxTfx0
え、えんじゅ…
136 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 02:57:52.95 ID:GsULn9tf0
「ところで、今日はどうしたの?」
「え」
不思議そうに見つめてくる。
「あ、あの、柿崎めぐさんに会いに」
「…え?」
突然佐原の表情が訝しげになる。
「最近会ってなかったから」
「……さく…最近?」
「ええ、ここ4ヶ月くらい」
「………桜田君」
「少し前から手紙も返ってこなかったんで、どうし」
「桜田君こっち来て」
言葉を途中で遮り、中庭にジュンを引っ張っていく佐原。
「な…ど、どうしたんですか」
「あの子は2ヶ月前に亡くなったわ」
137 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 02:58:56.17 ID:a7WdmbFi0
なんだttー
140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 02:59:43.45 ID:nH+N8s4YO
ええええええええええ・・・・
141 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:00:03.13 ID:aZQOBiAG0
おいおい悪い冗談はよせよ・・・
157 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:15:48.26 ID:GsULn9tf0
ビュオオオオオ、と、木枯らしが吹き荒れる。
「…え?」
ジュンは、一瞬目の前の女性の言葉が理解出来なかった。
「発作が、その少し前から悪化してて」
何。何?
何を言っている。
この佐原という看護士は何を言っている。
コンビニの袋が、どさりと地面に落ちた。
162 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:20:17.04 ID:GsULn9tf0
ジュンはメモを持って走り続けていた。
「はっ、はっ」
閑静な住宅街を突っ切り、小高い山の麓にある教会。
人が住んでいるような形跡はあるものの、庭は荒れ放題である。
「はっ、はっ」
それはつまり、誰かが忍び込んで宿にしていても、おかしくない、という事だ。
玄関口に、黒い羽根。
「水銀燈!!」
ジュンはありったけの声で叫んだ。
「出て来い!!水銀燈!!」
反応はない。
「水銀燈出て来い!!ふざけんなこの馬鹿野郎!!ふざけんな!!」
ジュンは涙が溢れてくるのを感じた。
「何で教えてくんなかったんだ!!お前分かってたんだろ!!」
物音ひとつしない。
「おい!!答えろよ!!答えろよこの!!」
ガチャガチャと門を揺するジュン。
「ジュン」
透き通った声が聞こえた。
166 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:26:10.57 ID:GsULn9tf0
上空から、黒翼の天使が舞い降りてきた。
「――――水銀燈」
涙と鼻水でくしゃくしゃになったジュンの顔を、悲しそうに見つめる
第1ドール。
「ジュン」
何かを通り過ぎてしまったような、その死んだ眼に、ジュンは言葉をつぐんだ。
「………」
「……」
しばらくの沈黙。
「―――良かったわ、今日会えて」
破ったのは水銀燈だった。
169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:28:19.16 ID:LkEWHuEx0
やっぱり、めぐは・・・・
172 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:35:12.32 ID:GsULn9tf0
「今日、渡しに行こうと思ってたの」
そう言って、懐から封筒を取り出す。切手などは貼っていない。
「………」
「気づいてしまったのね」
「………」
「ごめんなさい…ずっと、黙っていて」
その瞬間、水銀燈の胸倉をつかむ。
「きゃ…!」
「ふざけんな!!何がごめんなさいだよ。何が!!!」
喉の奥から、何か熱いものがこみ上げてくる。
「何が……う……」
水銀燈をつかんだ手を離し、ジュンはその場に崩れ落ちる。
「どうして、どうして……」
「ジュン…」
「何で、何で何で何だよおおおおおおおおあああぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
ジュンはその場に突っ伏し、嗚咽を漏らし始める。
「ジュン……」
水銀燈は口元を押さえ、その場にへたり込んだ。
「ああ、ああ、ああ、ごめんなさい、ごめんなさい、めぐ、めぐ」
ぶるぶると震えながら、水銀燈は何度も鼻をすすった。
174 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:36:13.04 ID:eBFAxTfx0
死ぬのって辛いね…
175 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:36:33.75 ID:LkEWHuEx0
。・゚・(ノД`)・゚・。
177 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:42:12.37 ID:GsULn9tf0
―――ごめんなさい
―――今の私には、こうして
―――貴方の胸元にいてあげる事しか出来ない
―――許して
―――どうか許して
180 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:45:29.59 ID:GsULn9tf0
―――あの頃から、めぐの息切れが早まったの
―――きっとあの子も、もう気づいていたと思うわ
―――敏感な子だもの
―――何でも分かってしまう
―――分かり過ぎるから
―――9月に入って、めぐは別れの手紙を書き始めた
―――集中治療室に運ばれる回数も増えた
―――胸を押さえる回数が増えて
―――まともに喋れなくなって
―――食事もまた食べなくなった
181 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:46:24.93 ID:/wdXGCXt0
こうなるってわかってたから
会わなかったのよね・・・
182 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:47:12.89 ID:LkEWHuEx0
もう・・・だめなのか・・・
185 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:50:26.43 ID:GsULn9tf0
―――ベッドの衣ずれが、「痛い、痛い」って
―――何度も貴方に言おうと思ったわ
―――でも、めぐはその度に
―――言ったら舌噛んでここで今死ぬわよって
―――絶対それは許さないって
―――胸を押さえながら言うの
―――真紅たちが直ったっていう報告が来るまで
―――教えないでほしいと
―――報告が来たら、私の死を教えてほしい
―――あの子には、真紅が必要なのよ
186 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:51:21.78 ID:7mIijxxe0
。・゚・(ノД`)・゚・。
187 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 03:52:50.97 ID:/wdXGCXt0
なんというジュン思い・・・ッ
191 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 03:55:25.13 ID:GsULn9tf0
―――私は死ぬ
―――でも、ジュン君は生きている
―――だったら、これから生き続ける人たちと
―――幸せになって欲しいから
―――その時に、手紙を渡してあげてほしい
―――もうすぐ書き終わるから
―――貴女はどこへでも飛んでいきなさい
―――貴女は生きている
―――野良猫になってしまっては駄目
―――キチンと幸せになりなさい
195 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:00:12.99 ID:GsULn9tf0
―――生きるっていうのは、つらいわよ
―――正直、5歳で死んでれば
―――つらい事の大半は、経験しなくて済んだのよ
―――首を吊ろうとしてみたり
―――親を騙して、睡眠薬を飲んでみたり
―――剃刀で手首を切ろうとしたり
―――でもね、よっぽど深く切らないと
―――死ぬような勢いで血は出ないの
―――睡眠薬も、ホントに大量に飲まないと駄目
―――首なんて、キチンと準備しないと苦しくて死ねない
196 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:02:56.80 ID:GsULn9tf0
―――そうしてね
―――人は、自分が死ねなかったと自覚した時
―――どうしようもない絶望を知る
―――でもね、生きてて、私は今良かったって思えるの
「それは、私たちに出会えたから」
壁を背に座り込み、ジュンは泣きながら水銀燈を
撫でている。
「…そう、めぐは言っていた」
水銀燈は何度もジュンの胸をさすりながら、すん、すん、と
鼻をすすっている。
「ねえ、ジュン」
眼を閉じ、かすれた声で呟く水銀燈。
200 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:10:08.55 ID:GsULn9tf0
「私、別のどこかへ行こうと思うの」
すん、と鼻を鳴らす。
「別のどこか……?」
「ええ……どこか遠く。どこか…とても遠い所に」
ジュンはしばらく水銀燈を撫でていたが、
やがてその手を止め、身体を離す。
水銀燈は塀の上に立ち、一度ジュンを振り返る。
「行くのか…?」
「ええ…また、縁があれば、どこかで会いましょう」
水銀燈はごしごし、と鼻をこすり、ティッシュで拭く。
「………」
震えながら、水銀燈は一度大きく深呼吸をし、
くしゃくしゃの顔に笑顔を作って見せる。
203 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:17:43.26 ID:GsULn9tf0
「さようなら、桜田ジュン。私はめぐを救えなかった。
自分の事しか考えていなかった。
蒼星石も、雪華綺晶も、私が壊したの。
全ては私のワガママから始まった。
めぐを巻き込まないなんて、都合のよい話はどこにもなかった。
私があの子と契約しなければ良かったのかもしれない。
貴方はそんな事ないって言うかもしれない。
でも、私の心の中を、後悔がいつも彷徨っている。
だから私は、この街から消える事にするわ。
でもね、これだけは間違えないで。
めぐは幸せそうに死んでいったわ。貴方にお礼を言っておいてと。
私が傍で泣き続けているのに、あの子はずうっと笑ってた。
そうして頭を撫でてくれた。
仲良くなってた看護士さんも誰も呼ばずに、そのまま…。
207 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:20:44.99 ID:GsULn9tf0
最後にね…めぐはこう言っていたわ。
『いつか、どこかで、また逢いましょう』
それじゃね、バイバイ」
水銀燈は翼を広げて飛び上がり、そのまま冬の、
灰色の空へと消えていった。
木枯らしが吹き抜ける中、舞い落ちる黒い羽根が、ジュンの
周りへと降り注いでいた。
212 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:29:32.53 ID:GsULn9tf0
ベッドの上に、手紙が広げられていた。
数枚の便せんに、びっしりと書かれた文字。
ところどころ、何か震えてペンが走ったような跡があったり、
くしゃくしゃになっている部分がある。
けれど、文字は一文字一文字が、しっかり丁寧に、
書き綴られていた。
215 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:30:37.29 ID:GsULn9tf0
桜田ジュン君へ
最初に言っておきます。この手紙が、私からの最後の言葉になります。
ごめんなさい、私はもう貴方とは会えません。
遠くへ行く事になりました。
あの316号室から、私は引っ越さないといけなくなりました。
本当は貴方にキチンと会って、謝るべきなのだと思っていましたが。
心配しないで。私は貴方の気持ちを十分分かっているつもりよ。
最初の私は、貴方にどう映っていたのかしら。
今となっては、私には推測しか出来ません。
貴方のシャツの裾を引っ張って、脇腹をつねりながら
「ねえ、私ってどんな感じだった?」なんて尋ねる事はもう出来ない。
でもあれから何度も来てくれた貴方の御蔭で、
私は幸せでした。きっと。
216 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:31:17.19 ID:GsULn9tf0
あれから病院食もキチンと食べた。
ほうれん草のおひたしも、噛めば噛むほど味が滲み出てきて、
割と美味しかったわ。知ってる?
うちの病院食ってね、1Fの集中調理室で作ってて、盛り付けしてる時には
60度を超えてるの。熱すぎじゃない?正直。
でもね、それには理由があって、私たちの所に届く頃には、
食べやすい温度になっているんですって。ちょっと意外で、知らなかったわ。
本当は、私の知らない所で、皆が優しかった。
私、佐原さんに時計投げつけてケガさせちゃった事があるの。
でもね、佐原さん怒らなかった。あの人優しかったでしょ。仕事だからっていうのもあるのかもしれないけど、
多分そういう性格なんだろうなぁ、って、今になって思うの。
私が水銀燈を追いだした時もそう。別に彼女は同情していたわけじゃない。
私に真正面から向き合っていただけ。
私はそれに気付かなかった。有栖川大学病院の316号室で、じっと
一人でうずくまっていただけ。
正直気づくのが遅すぎた気がしています。私の人生は、限られていた。
貴方たちよりもずっと。だったら、私を見守っている小さな世界だけにでも、
キチンと向き合うべきだった。
けれど私は、後悔なんてしていない。
219 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:32:37.43 ID:GsULn9tf0
これは諦めじゃない。冒頭で書いたけど、あれはウソです。
私はこの手紙で終わりにするつもりなんてない。
でも私はこれから、ずっと先まで話せなくなる
この身体はじき動かなくなって、冷たく腐ってゆく。そうなる前に
私は焼かれ、骨になって箱に入れられる。
こうなる事はずうっと昔から分かっていた事。
でもね私は貴方に出会えて、前を向く事が出来た。
負け犬同士だったけど、私は少しでも、そこから
這い上がれたかしら。
生きてる意味なんてないと思ってた。
水銀燈も真紅という人形も同じ。いずれ絶望して
滅んでしまうのなら、楽しむ必要なんてない。生きてる意味なんてない。
違ったの。皆そう、生きてる意味なんて皆知らない。
必死になって自分が生きてる意味を探す。探しあてようとする。
そのために生きているんだって分かったわ。
221 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:33:27.94 ID:GsULn9tf0
私は死ぬわけじゃない。先に向こうの世界に行くだけ。
しばらく会えなくなるだけ。またこの世界で貴方に会うために。
追いかけてきちゃダメよ。 貴方はキチンとこの世界で、
幸せになって頂戴。
学校に行けば女の子だっていっぱいいるし、
男の子の友達だってまた出来ると思うわ。
10年も経てば貴方は仕事に就いて、結婚相手を探している頃かも
しれないわね。
いいのよそれで。幸せになる事を忘れないで。
そうしてこの別れが美しい思い出に変わる頃にでも、私はまたこの世界に戻ってくるわ。
今度出会えたらもっとお話ししましょう。その時傍に水銀燈がいてくれるか
分からないけれど。
222 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:34:06.74 ID:GsULn9tf0
今、私の横で、水銀燈が泣いています。バカみたいに
わんわん泣いているのよ。ホント、バッカみたい。
ごめんね、ごめんなさいね、こんな事しか書けなくて。
もう何を書いていいか分からない。どうしていいか分からない。
でも、これだけは言える。ありがとう、桜田君。
またいつかめぐり会える時が来たなら…
私はまた、あの316号室で、待ってるから。
だから…… 身体には気をつけてね また逢いましょう この世界で
柿崎めぐ
【完】
223 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 04:35:05.17 ID:7mIijxxe0
おつでした・・・
226 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 04:36:13.70 ID:/wdXGCXt0
乙!!
いいな・・・・
タイトルとの絡ませ方が好きだ
227 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 04:36:27.93 ID:Jtar8imR0
乙・・・
233 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/19(土) 04:40:09.66 ID:GsULn9tf0
3日超。今までで最長のSSでしたが、保守してくれてた人に
本当に感謝します。本当にありがとうございました。
以下、参考ページ貼っておきます。
日本心臓移植研究会ホームページ 心臓移植の歴史
ttp://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/surg1/JSHT/
湘南新聞-病院食事情-
ttp://www.scn-net.ne.jp/~shonan-n/news/040821/040821.html
国立循環器病センター (National Cardiovascular Center)ホームページ内
臓器移植と臓器提供 「心臓移植とは」
ttp://www.ncvc.go.jp/index.html
臓器の移植に関する法律
ttp://www.medi-net.or.jp/tcnet/DATA/law.html
京都大学医学部附属病院ホームページ 心臓病 Q&A
ttp://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/
237 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 04:41:27.58 ID:/wdXGCXt0
>>233
乙!!
やはり素晴らしい・・・
またSSまってます!!
238 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/19(土) 04:41:29.29 ID:6RShT9LU0
>>233
おー、やっぱりいろいろ調べてたんだな
乙でしたー
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この記事へのコメント
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名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/19(土) 17:44: :editGJだ
更新早いね -
名前: 通常のナナシ #EhHr0U/E: 2008/07/19(土) 18:17: :edit漏れのレスやたらにあってワロタ
更新早くてぷん太GJ -
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/19(土) 18:49: :editイイハナシ過ぎて死にそうになった
-
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/19(土) 19:12: :editタイトルだけ見て
白死の桜かと思った -
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/19(土) 19:34: :editいい長編二つも読んじまったなぁ…(´・ω・`)
スーパードクターなんかに吹かされてないんだからっ/// -
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/19(土) 19:35: :editぷん太いつもGJ
-
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/19(土) 20:32: :editいい話だったのにkonozamaで台無しw
-
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/19(土) 20:51: :edit何か嫌な予感がするんだ・・・。
大真面目な良い話が続けて2作。
となるとぷん太が次に持って来るのは・・・ -
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/19(土) 21:38: :edit更新いつも楽しみにしてます。
もっとお下劣なお話を載せてください。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/19(土) 22:31: :editコメでスカ誘導すんなよw
-
名前: #-: 2008/07/19(土) 23:37: :editまあ、エロ、グロ、スカ、あたりだろうなぁwwww
だが、それでいい。
こんな話ばっかりだと心が耐えられん。 -
名前: 通常のナナシ #LKq4Sz2U: 2008/07/20(日) 00:55: :editもう、当分涙出ないんじゃないかなって位に。
作者と管理人に感謝。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/20(日) 01:18: :editKAZUYAはやめれwww
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名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/20(日) 05:16: :edit久し振りに泣いた
-
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/20(日) 07:45: :editこれはぷんた史上でも類を見ない感動系の神作が続いてるな
しかしすべて伏線にすぎない -
名前: VIPPERな名無しさん #-: 2008/07/20(日) 12:07: :edit素晴らしすぎて泣いた
-
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/20(日) 17:49: :edit泣いた…が、アマゾンでちょっと涙が止まったw
ま、丁度よかったぜww -
名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/20(日) 22:46: :editめぐのおっぱいはどうした
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名前: ddd #-: 2008/07/21(月) 10:12: :editローゼン系SSは原作が未完成なせいかだんだんと洗練されていってる気がする
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名前: #-: 2008/07/21(月) 10:17: :edit某所のめぐSS読んでると、あの手紙の後どっきりでしたで終わるんじゃないかと一瞬思ってしまった
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名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/21(月) 13:01: :editすんばらC-
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名前: ナナシ #-: 2008/07/23(水) 00:06: :edit乙……久しぶりに泣けたよ…
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名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/25(金) 18:01: :edit本当にいい話だった…
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名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/27(日) 14:52: :editおれ、ちょっとめぐおいかけてみる
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名前: 通常のナナシ #-: 2008/07/29(火) 23:12: :editK出てきたら病気が治っちまうだろ
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名前: 通常のナナシ #FXbBe/Mw: 2008/08/16(土) 14:54: :editってかもうこれがローゼンのストーリーでいいだろ。
ここまで洗練されてるSSは初めてみたよ…
取り敢えず乙 -
名前: 通常のナナシ #-: 2008/09/20(土) 13:10: :edit今更過ぎるがすっげぇ面白かった
>>1ありがとう -
名前: 通常のナナシ #lWzWikrg: 2008/09/22(月) 00:12: :editガチで泣いた。
悲しいんだぜええ -
名前: #-: 2008/10/08(水) 11:22: :edit密林やめいwww
-
名前: VIPPERな名無しさん #-: 2008/12/02(火) 20:23: :editやっぱすげえなあこの人。
泣けるぜ -
名前: 通常のナナシ #-: 2008/12/23(火) 22:54: :editこの作者のSSって
「ローゼンメイデンの話」ってついてるの以外ないの?
何度読んでも、このひとが1番だわ。 -
名前: M #-: 2009/01/15(木) 23:41: :editいい話杉。
作者GJです -
名前: 通常のナナシ #-: 2009/02/26(木) 21:06: :edit※31
ついてない奴なら
真紅「雛苺が間違えてジュンの肛門に入ってしまったのよ…」
水銀燈「私のくまさんパンツがどっかいっちゃったわぁ……」
他数作があるよ -
名前: 通常のナナシ #bUOqhcfc: 2009/03/13(金) 00:34: :editめぐ(´;ω;`)
悲しいがこれはいい鬱
GJだぜ -
名前: 通常のナナシ #-: 2009/03/20(金) 17:02: :editのりは?
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名前: 通常のナナシ #-: 2009/09/12(土) 17:53: :edit巴は?
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名前: 潤 #-: 2013/02/08(金) 19:08: :edit泣いた…
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名前: 通常のナナシ #-: 2013/02/08(金) 20:50: :editAmazonのスーパードクターのせーで違う意味で涙腺崩壊したざんす
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名前: 通常のナナシ #-: 2013/02/14(木) 18:16: :edit涙腺緩くなったな俺…
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名前: 通常のナナシ #-: 2013/02/19(火) 10:25: :edit名作は何度読んでも名作だよな…解かってても泣いちまう
… -
名前: 通常のナナシ #-: 2013/02/23(土) 05:53: :edit命の尊さを思い知らされた。
おれ、もう少し頑張ってみるよ。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2013/03/01(金) 10:01: :editローゼンメイデンSS屈指の名作と言っても過言ではない程の名作
感動をありがとう!!!!!!!!! -
名前: atlas #-: 2013/04/06(土) 05:13: :edit何回読んでも泣けるッス…!
俺の妹がこんなに可愛いわけがない 黒猫 白猫Ver.