2008/07/19(土)
1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:23:59.39 ID:rWUo/kw90
―――――まず1人
―――――残りは4人
―――――もうすぐ… もうすぐ……
病院の一室。
「死ね!!出てけ!!」
言葉と同時に、カメラが飛んでくる。
がしゃんと音を立てて、病室のドアのガラスが割れた。
―――――まず1人
―――――残りは4人
―――――もうすぐ… もうすぐ……
病院の一室。
「死ね!!出てけ!!」
言葉と同時に、カメラが飛んでくる。
がしゃんと音を立てて、病室のドアのガラスが割れた。
2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:25:01.52 ID:rWUo/kw90
「やめなさい、めぐちゃん!!」
ヒュンとゴミ箱が飛んでくる。
「ひっ」
ガコッと壁にぶつかり、もともと亀裂の入っていたそれが、
ぱっくりと二つに割れる。
「佐原さんに分かるわけないわ!」
「めぐちゃ…」
写真立てが、佐原と呼ばれた看護士に当たる。
「出てって!!出てってよ!!」
そう言って、めぐが病院食の器に手を掛ける。
「わ、分かったわ!出てくから!だからもう投げないで!!」
「じゃあさっさとしなさいよ!」
言い終わらない内に、佐原は逃げるように病室から出ていった。
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:28:14.11 ID:rWUo/kw90
「…………」
夕日のオレンジが、床に飛び散ったガラス片をきらきらと輝かせている。
ベッドの上。黒ずんだ瞳から、白く涙の跡が見えている。
「………」
柿崎めぐは、横になったまま、徐々に紅く染まってゆく落日を見つめていた。
「水銀燈」
かすれた声。
「いるんでしょ?出てきなさいよ」
「………」
しばらく間があった。
「影、見えてるから」
「………」
窓の影から、ひょこっと第1ドールの水銀燈が顔を出した。
「最近趣味が悪いわね」
視線を動かさないめぐ。
「……何が?」
じっとめぐを見据える水銀燈。
「人のヒステリー盗み聞きして、楽しい?」
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:31:05.50 ID:JyukUoCe0
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:31:35.04 ID:rWUo/kw90
「………」
水銀燈は視線を動かさない。
「…何でもないわ。忘れて。私、ちょっとおかしくなってるの」
「…………」
そう言って、めぐは天井に視線を移す。
「おかしくなんかないわよ」
「…え?」
めぐが再び水銀燈を見やる。
「いつもの事じゃない」
言いながら、割れたままのゴミ箱を指さす。
「5回くらい投げてるでしょ、それも」
「………」
ゴミ箱を見つめたままのめぐ。
「ふふ、そうね、いつも通りね、私…何も」
「…何も?」
「変わらないわ」
「どういう意味?」
ヒュウッと風が吹き込んでくる。
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:37:00.01 ID:rWUo/kw90
「水銀燈、今何時?」
「え」
言われて、水銀燈は病室の時計を見る。
「…18時…42分…」
「7月のこの時間になるとね」
「……?」
「夕日がだんだん紅く染まって、凄く綺麗なの」
「……」
「それは毎年一緒。この病室から見る景色は」
半身を起こすめぐ。
「私の命も、変わらない」
水銀燈がめぐを見つめる。
「いつまで経っても死ねない」
「……」
「何なのかしら、これ」
「………」
「何か悪い事、したのかしら、私」
ぼふっとベッドに倒れ込む。
「生まれてこない方が良かったのに」
「やめなさい、めぐ」
窓から、病室へと入ってくる水銀燈。
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:41:15.39 ID:rWUo/kw90
少しうつむき加減の彼女を見て、めぐが少し笑う。
「優しいのね」
「…は?」
顔を上げる。
「ね、水銀燈、これ見て」
ベッドから降り、スリッパを履いて、ガラス片の中にあるカメラを
拾う。
「なぁに、それ」
「父が昔くれたの」
言いながら、カメラを水銀燈に向ける。
「はは、見て、これ一枚も減ってないの」
「え?」
「今まで、なあんにも撮るものなんて無かったから」
虚ろな目になる。
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:38:20.31 ID:yhEqLYDJ0
きらきーでそう
とか予想してみる
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:41:46.25 ID:rWUo/kw90
>>8出るよ 今まで出さなかったけど
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:44:33.04 ID:yhEqLYDJ0
きらきー初出演期待
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:46:16.78 ID:rWUo/kw90
「ねえ」
「ん?」
「何するの?」
「写真よ」
「シャシン?」
怪訝な顔つきになる。
「知らないの?」
「ええ」
「…そう、ま、実際にやってみましょうか」
「……」
ぼふっとベッドに座るめぐ。
「水銀燈、こっち来て」
ぽふぽふと膝の上を叩く。
「何言ってるの、嫌よ」
ぷいと横を向く。
めぐはそれを見て目を丸くする。
「あら、貴女がここに来ないと出来ないのよ?面白いのになぁ」
ふう、とため息をつく。
「………」
「ね、来て。ちょっとだけだから」
「……」
しばらく横を向いていた水銀燈は大きくため息をつき、やがて渋々めぐの膝へとよじ登った。
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:50:07.51 ID:rWUo/kw90
一瞬フラッシュが光り、次いでジィィ~と紙が出てくる。
「ん……」
思わずそれを覗き込む水銀燈。
嬉しそうに微笑んでいるめぐ。その膝の上で、口を尖らせた自分が写っている。
「……鏡?」
水銀燈が呟く。
「いいえ、違うけど…姿が映る、っていう点では同じね」
めぐが嬉しそうに、写真をじいっと見つめる。
「ね、水銀燈」
「何?」
めぐは立ち上がり、床に転がっている
写真立てを手に取る。
「これ、飾っちゃっていいかしら」
「………」
「ね、いいでしょ、お願い」
「…好きにすれば」
顔を背ける水銀燈。めぐは再び微笑む。
その背後で、ほんの少し、鏡が揺らめいた。
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:54:44.49 ID:rWUo/kw90
ガチャリ、とリビングのドアが開いた。
「お」
ダイニングの椅子に座っているジュンが振り向く。
「おはよう、ジュン」
ステッキをドアノブから外し、第5ドールの真紅が口を開く。
「おはよ」
「あっ、真紅おはようかしら」
ソファの上から、第2ドール金糸雀の声。
「もう始まるですよ」
その隣、第3ドールの翠星石がリモコンをピッ、ピッ、と動かす。
「のりはまだなの?」
きょろきょろと見回す真紅。
「うん、今日は遅いな…」
真紅がため息をつく。
「しょうがないわね、ジュン、紅茶を淹れて頂戴」
「はぁ?何で朝っぱらから僕がそんな事…痛でっ!」
ジュンの顎をツインテールが弾き、椅子ごと床に倒れ込むジュン。
「うるさいわね、早くしなさい」
「お…お前…この…」
「な~にやってるですか、気が散るですぅ」
翠星石がため息をついた。
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:59:00.00 ID:rWUo/kw90
午前8時を回っても、一向にのりは下りてこなかった。
「おかしいな」
ぐぅぅ~、と音がした。
「ん?誰だ今の」
ジュンがソファを見る。
「翠星石は違うですぅ」
隣の二人を見やる翠星石。
「…金糸雀ね、はしたないわよ金糸雀」
「カナはお腹なんて鳴ってないかしら」
右端の金糸雀がきょとんとしている。
「………」
「…………」
きゅううぅぅ~、と音がする。
「あっ、真紅、お腹減ってるのですか?」
「何だ、お前か。人のせいにするなよ、みっともない」
「う、うるさいわねっ!」
「………」
3人が真紅を見つめている。
「わ、私、ちょっとのりの様子を見てくるから」
お腹をさすりながら、そそくさと出ていく真紅。
「…相変わらずだな…」
バタンと音がした後、ジュンはハア、と息を吐いた。
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:03:53.39 ID:rWUo/kw90
「全く…レディに朝っぱらから恥をかかせるなんて…」
文字通り真っ赤に染まった真紅は、ぶつぶつ言いながら
階段を上る。
のりの部屋の前に立ち、コンコン、とノックする。
「のり」
返事はない。
もう一度、コンコン、とノックする真紅。
「のり、起きなさい」
数秒待っても反応はない。
「…入るわよ。ごめんなさい」
真紅が部屋に入ると、ベッドでのりが寝ているのが分かった。
「うっ…」
つんと鼻をつく臭い。
「寝てるの?学校遅れるわよ」
近づいていく。
ふと、床に何かこびりついているのが見える。
「?」
更に臭いが酷くなる。思わず鼻をつまむ真紅。
「のり…」
顔を覗き込んだ真紅の目に映る、ベッドからだらんと垂れ下がった左手。
「!?」
「はっ…はっ…」
のりが苦しそうに震えている。
口元から見えている黄色い液体が、吐瀉物であると理解出来るのに、
数秒を要した。
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:09:56.14 ID:rWUo/kw90
ピーポーピーポー、と救急車の音が遠ざかっていく。
「………」
「びっくりしたかしら…」
二階の窓から、翠星石と金糸雀が、心配そうに見送っている。
「心配ですぅ…」
「うん…」
ぎゅっと拳を握りしめる金糸雀。
「翠星石」
「………」
今にも泣き出しそうになっている。
「……」
「だ、大丈夫かしら、ほら、ジュン君も真紅もついてったし。
元気になって帰ってくるかしら」
「……」
答えない。
「す…翠星石…?」
「わかってるですぅ」
顔を上げる翠星石。
「でも…翠星石は…これ以上誰かを失いたくは…」
レースの裾をぎゅっとつかむ。
20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:12:39.16 ID:rWUo/kw90
「翠星石…」
「チビ苺も…蒼星石も…」
翠星石が目をごしごしとこする。
金糸雀はそれを見て、雛苺の最期の姿を思い出す。
緑色の眼球が二つ、床に転がっている。
赤い靴が放り捨てられ、その横には、ピンク色のリボンとドレス。
その少し向こう。
白いイバラに覆われた肢体の傍らで光る、ピンク色の人工精霊。
かつての主の抜けがらを、ただ見ているだけしか出来ない。
その抜けがらを何度も撫で、楽しそうに笑っている、白薔薇の少女人形。
ぞくっと背中を震わせ、金糸雀はぶんぶんと首を振った。
ベリーベルが自分と真紅に見せた光景。いつか自分も、ああなる
時が来るかもしれない。
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:19:12.40 ID:rWUo/kw90
「どうしたですか…?」
いつの間にか、両肘を抱えて震えているのに気がついた。
そんな自分を、翠星石が不思議そうに見つめている。
「な、何でもないかしら」
再びぶんぶんと首を振り、金糸雀は一階へと下りていく。
「……」
翠星石はしばらく出ていったドアを見つめ、ふうっと息を吐く。
窓の外を見上げると、真っ青な空が視界に飛び込んでくる。
「………妹…か」
吸い込まれそうになる青。
「蒼星石……」
ふと、既に動かなくなった妹の名を口にする。
瞼を閉じると、やんちゃな自分に向ける困った笑顔が
鮮明に思い出される。
「う……ぅ…」
翠星石は目頭を押さえた。じんわりとこみ上げる熱いものを、
何とか、何とか鎮めようとする。
「………」
目を開けると、先ほどの青い空。
それを見つめたまま、翠星石はしばらく動けなかった。
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:24:25.34 ID:rWUo/kw90
エアコンの効いた病室。
ドアの破損部分に段ボールが張られている。
「……」
壁を背に座りこんだ水銀燈。
ちらっと、寝ているめぐを見やる。
「うぅ……」
くぐもった声。
「めぐ」
思わず立ち上がる。
傍に寄ると、汗だくになっているのが分かった。
かたかた、と少し震えている。
「……」
水銀燈は、思わずめぐの左手を握る。
自分の左手と、めぐの薬指の指輪が反応し、紫色の光を放ち始める。
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:28:35.52 ID:rWUo/kw90
「………」
めぐの呼吸が落ち着いてきた。
「ふう…」
水銀燈は安堵の表情を浮かべる。
「…水銀燈?」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「ありがとう…」
「え…あっ」
ぱっと左手を離す。めぐはそれを見て優しく笑う。
「傍にいてくれたんだ」
「や、私は別に…」
「………」
しばらく沈黙が流れる。
「…ちょっと嫌な夢を見たの」
「夢?」
「ええ」
めぐが左手を伸ばしてくる。
「たまに見るのよ、同じ夢を」
「……」
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:31:14.78 ID:rWUo/kw90
「私はここのベッドに寝ているの」
その手が水銀燈の手に触れる。
「横に、パパが立ってて」
めぐの触れた手を、じっと見つめる水銀燈。
「クマのぬいぐるみだったかしら、最初は。はしゃぐ私を見て、パパは笑ってた」
「…」
「次はオルゴール。何だったかな…イングランドの民謡だったわ。
嬉しそうな私を、パパがじっと見つめてた」
声がかすれている。
「次は絵本をくれたわ。パパはここに来る度、しゃがんで読み聞かせてくれた」
「…」
「おかしいわよね、小さい頃の事は、よく憶えているのに」
「…」
「私も女の子だったのね。そのうち胸が膨らんできて」
「…」
「普通の女の子と同じで、12歳頃に生理がきた」
「…」
「私まだ、生きてるんだなって思えたわ。でも」
「…でも?」
「嬉しくなかった」
声のトーンが下がる。
32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:33:17.97 ID:rWUo/kw90
「いつの頃からか、パパは私の傍に、座ってくれなくなった」
「…」
「笑ってもくれない。それに」
声が震えている。
「私の顔も、見てくれない」
「…」
「何も感じてくれない」
「めぐ…」
「私を置き去りにしたまま…」
「……」
「ねえ…水銀燈」
「…なぁに…」
「早く私を連れてってよ…早く…」
そこまで言うと、めぐは顔を覆い、鼻をすすり始めた。
33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:35:59.16 ID:rWUo/kw90
「よしなさい、めぐ」
「うっ…うっ…」
「私は天使なんかじゃない。貴女を連れてなんていけない」
「うぅ……」
「貴女に伝えたかしら、私」
「…」
「私はお人形。お父様に会うために、姉妹と闘っている。
そのために、貴女から力をもらっているだけ…」
ベッドによじ登る。
「もう動かなくなった妹もいる。でも」
窓の外から、ピーポーピーポーと音が聞こえてくる。
救急車が入ってきたようだ。
「私はそれに関して、何とも思っていない」
「…」
「私には私の目的がある。そのために、周りを利用しているだけ」
「…水銀燈」
「結局人は、何かにすがってもどうしようもないのよ」
めぐが両手を離す。
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:41:54.18 ID:rWUo/kw90
「ねえめぐ、死にたいなら、私の指輪に貴女を取り込もうと思えば、簡単に取り込める」
「…じゃあ、早く」
めぐの左手が再び伸びてくる。
「でも」
手がぴくっと止まる。
「もう少し自分を見つめ直してみたらどう?めぐ」
「…は?」
「本当に死にたいのなら、とっくにそこの窓から飛び降りてると思うわ」
「…どういう意味?」
「貴女は死にたいんじゃない。今の状況から逃げたいだけ…」
「……」
「だから、逃がしてくれそうな私にすがっている」
「…違うわ、知った風な口きかないで」
半身を起こすめぐ。
「違わないわ。だって」
「だって?何?」
「貴女は、自分のお父様の事を夢に見るし、鮮明に憶えてるじゃない」
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:45:48.73 ID:rWUo/kw90
「…パパは関係ないわ」
「嘘。私に話したのは、じゃあ何?私に知ってほしいからじゃないの?
『私はパパに愛されていたはずなのに、それなのに置き去りにされてる。どうしたらいいの』って」
「………」
「貴女が本当に求めているのは」
「知った風な口きかないで!!」
言葉と同時に、枕が飛んできた。
「きゃあ!」
顔面にモロに食らい、バランスを崩した水銀燈が、床に頭から落ちた。
ゴン、という音が響く。
「痛っ…」
頭を押さえ、顔をしかめる。
「貴女に何が分かるっていうの!!」
「…な、何すんのよ!」
「私は貴女みたいに強くないのよ」
水銀燈は、はっと気づく。
めぐはぼろぼろと涙を流していた。
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:48:47.90 ID:rWUo/kw90
「使えない心臓よ」
「…」
「私はクズよ。入院費も手術費も無駄なのよ。無駄。
佐原さんたちも平気で困らせるクズよ。クズなのよ」
「……」
「貴女みたいに、どこへでも飛んでいけて、
誰かと喧嘩したりなんて」
「……」
「貴女には分からないわよ!気休めはよして!
人形の貴女なんかに…」
めぐの言葉が止まる。
水銀燈が悲しそうな顔で、うつむいていた。
「……ごめんなさい、めぐ」
「……」
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:52:33.02 ID:rWUo/kw90
「私が悪かった」
「……」
「傷つけるつもりはなかったのよ」
「…」
水銀燈はそれだけ言うと、窓際に立つ。
「ごめんなさいね、さようなら」
「あ、待っ…」
水銀燈は病室を飛び出した。
「待って!!言い過ぎたわ!!」
めぐが慌てて窓辺に駆け寄る。
「待って!!水銀燈!待って!!」
その声はもう、水銀燈に届いていなかった。
43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:54:51.78 ID:rWUo/kw90
「………」
めぐはベッドの上で体育座りをしたまま、顔を伏せていた。
「ああ、またやっちゃった…」
悲しそうな顔を思い出す。
「傷つけてしまったのは私…」
めぐは自分自身が、非常に下らない人間だと思った。
馬鹿だと思ったし、幼稚だと感じていた。
「私なんて死ねばいいのに」
一度口に出すと、何かどうでもいい気分になってくる。
「私、死ね、死ね死ね死ね。めぐ死ね。柿崎めぐなんてさっさと死ね。死ね死ね」
枕をつかみ、勢いよく壁にぶつける。
「死ね。死ね。死ね死ね死ね」
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:56:45.37 ID:GJQMYWYaO
めぐ…
46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:58:43.22 ID:rWUo/kw90
しばらくその姿勢でいた後、めぐは仰向けに倒れ込んだ。
時計の針をぼんやりと見つめる。
「9時…26分…」
どうでもいい事が頭に入ってくる。いや、頭に入れてないと、どうにかなってしまう。
そんな思いがあったのかもしれない。
ふと横に目を転じると、昨日二人で撮った写真が立て掛けてある。
自分が嬉しそうに笑っている膝の上で、水銀燈が不満そうに口を尖らせている。
「………プッ」
めぐは自嘲気味に笑った。
「そうよね。当たり前よね」
胸の奥が熱くなる。
「私といたって楽しいわけないじゃない。バッカみたい」
吐く息が大きく震える。
「何一人ではしゃいでたのかしら。水銀燈もごめんね」
涙が流れ出てくる。
「迷惑よね。あは」
写真を抜きとり、額縁を壁に思い切り投げつける。
ゴッ、という音、次いでカランカランと音がした。
「ごめんなさいね。水銀燈。ごめんなさいね。写真の中の私」
泣きながら、めぐはその写真を千切り始める。
ビリッ、ビッ、という音が、病室に響いた。
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:02:40.52 ID:rWUo/kw90
「………」
細かく千切った写真を、めぐは呆けたように見つめていた。それでも、水銀燈の
顔部分だけは、破く事が出来なかったのだ。
「水銀燈…」
捨てるゴミ箱は、壊れてしまっている。
右手で写真の紙を持ち、おもむろにベッドを降りる。
「…」
窓から外を眺める。自分の心とは違い、外は真っ青な空が広がっている。
「ごめんね」
めぐは思い切り右手を振り下ろした。
3階から舞う紙吹雪は、太陽にきらきらと反射していた。
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:07:25.03 ID:rWUo/kw90
「嘔吐下痢症ですね、今日は点滴打っておきましょう」
「えっ」
待合室のジュンと真紅に、医師が告げる。
「……」
「しばらくは自宅でも近付かないで下さい。
手洗い、うがいもしっかりとして下さいね。すぐうつりますから」
淡々と述べる医師と裏腹に、ジュンは不安な表情になる。
「大丈夫なんですか」
「まあ、別に生命に関わるとか、そういうのではないんで。
ただし治りかけが一番大事ですから。弟さんも気をつけて下さい」
「………」
「点滴は2種類しますんで、ちょっと時間掛かりますよ」
「…どれくらいですか?」
「そうですねぇ」
ちらっと時計を見る医師。
「2時間くらいでしょうか」
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:11:11.85 ID:rWUo/kw90
「今9時過ぎかー。昼前になるな。お前大丈夫か、真紅?」
抱っこされた真紅は、お腹を押さえたまま動かない。
「………」
代わりにじろっとジュンを睨む。
「ああ、いや、ごめん、訊いた僕が悪かった。コンビニ行こう」
「……」
財布の中身を確認するジュン。
その腕の中で、きゅぅぅ、と真紅のお腹が鳴った。
62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:11:40.74 ID:rWUo/kw90
病院の中庭を歩きながら、ジュンはふと空を見上げる。
「うわ…」
目の覚めるような真っ青の空。
「今日は暑くなるな…」
「ええ…」
突然、茂みがガササッと動いた。
「きゃあっ!!」
真紅の身体がびくっと跳ねる。
丸々と太った三毛猫が飛び出してきたのだ。
「ひいいい、ジュ、ジュン、な、何とかして!ひいっ!!」
猫はしばらくこちらを警戒しながら、素早く別の茂みに飛び込んだ。
「ああぁぁぁあ……」
がたがたと震える真紅。
「…お前」
ジュンは真紅を抱き直し、頭を撫でてやった。
「ううう、もうダメよ、怖くて目なんか開けてられないわ」
「…じゃあ空でも見てろよ」
「ううう」
言いながら、ジュンは天を仰ぐ。真っ青な空が、真上から果てまで、ずうっと広がっている。
ふと、その青を見つめ、ジュンは思い出したように呟く。
「翠星石さ」
「?」
真紅が視線をジュンに向ける。
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:15:37.64 ID:rWUo/kw90
「もう…大丈夫かな」
「あら」
意外そうに相槌を打つ真紅。
「気にしてたの?」
「そりゃ、蒼星石があんな事になって…」
頬をぽりぽりとかくジュン。
「気にするよ、いくら僕でも」
「そうね」
真紅がほうっとため息をつく。
ジュンが立ち止まる。
「…どうしたの?」
見上げる真紅。ジュンは硬直し、前を見つめたまま動かない。
「…何でもない」
嘘だ、と真紅は思った。自分を抱く腕がかたかたと震えている。
その視線の先。5、6人ほどがこちらに歩いてきている。
家族連れだろうか。ワイワイと楽しそうに、車椅子の老人を取り囲んで、
談笑しながら近づいてくる。
65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:18:19.41 ID:rWUo/kw90
「ジュン」
「……」
ふらりとジュンが傾いた。
「ジュン」
もう一度呼ぶ。それに呼応したかのように、体勢を立て直す。
「ああ、ごめん、何でもないよ」
「そこにベンチがあるわ」
言いながら指差す真紅。
「少し、休んでいきましょう」
「…何でもないんだ、ホントに。腹減ってるんだろ?真紅」
言葉とは裏腹に、腕の震えが止まらない。
「いいわよ別に。誰も無理してまでコンビニに行って欲しいなんて、思ってないから」
「……」
「ジュン、大丈夫よ」
首筋に頭を寄せ、何度もジュンの胸を撫でる。
「大丈夫。だから、少し休んでいきましょう、ね?」
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:21:26.68 ID:rWUo/kw90
ベンチに座り、震えが少し小さくなったような気がする。
「落ち着いた?」
ジュンの右手を両手で包み、真紅が問いかける。
「……」
答えない。ジュンは少しうつむいたまま、虚空を見つめ続けている。
「……」
真紅はそれ以上質問するのを止めた。代わりに、何度もその胸をさすった。
まともに外に出るのが久し振りなのは分かっていた。だから、自分はジュンに
今日、ついてきたのだ。
医師との会話で、何かジュンが拒否反応を見せる事はなかった。だが、
先ほどの家族連れを見て、心の触れてほしくない部分に、何かが触れたのだろう。
ジュンを慰めようと思ったわけではない。
ただ、震えるジュンは、見ていたくなかった。
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:23:30.48 ID:rWUo/kw90
「…行こうか」
ぎゅっと真紅を抱く腕に力がこもり、ジュンがようやく立ち上がった頃には、
9時半を過ぎていた。
「ジュン」
視線を動かさない真紅。
ジュンがそれを見下ろす。
「無理しないでね」
と真紅は言った。
「…ああ、ありがとう」
そう言って前を向いたジュンの視線の斜め上、
何かがきらきらと降ってくるのが見えた。
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:28:36.57 ID:rWUo/kw90
「何だあれ」
走り寄るジュン。
「雪……いえ、紙…?」
真紅が目を凝らす。
その言葉で、小さな紙切れがひらひらと舞っているのだ、とジュンは理解した。
紙吹雪は少し風に流され、芝生の上へと舞い落ちた。
近づき、その中の一枚を拾う。
「う~ん…」
白い布のようなものが写っている。写真だ、と分かった。
「ジュン」
ひと際大きなものを拾った真紅が、手招きしている。
「これ、見て」
ジュンがそれを覗きこむ。
「あっ」
言葉を失うジュン。
銀色の髪。口をへの字に曲げた水銀燈が写っていた。
73 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:31:33.91 ID:rWUo/kw90
赤い光が辺りを包み、数十枚の紙切れが次第に形を成していく。
「これでいいわ」
真紅が、時間のゼンマイを巻き戻したのだ。
「これは病室ね。水銀燈を抱いてるこの子が、マスターなのかしら」
「……」
顎をかきながら写真を見つめる真紅。
そしてそれと対照的に、ジュンは目を見開いたまま動けない。
ジュンはその少女を見た事がある。
ついでに言うと、その少女の名前が「めぐ」である事も知っていた。
75 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:33:08.63 ID:rWUo/kw90
紐解かれたくない過去。
ジュンは一度、ノートに同級生の絵を描いた事がある。
お姫様の格好をした、同じクラスの桑田由奈。
幼馴染である、柏葉巴の凛とした雰囲気とはまた違い、
可愛らしい容姿で人気があった。
特にその容姿を鼻にかける事もなく、彼女はいつも
楽しそうに笑っていた。
そしてその絵が全校生徒の目に晒され、描いたのがジュンであると
公表されるまで、そう時間は掛からなかった。
便器に顔を突っ込み、喉が溶けそうになるまで吐き、
ジュンは眠りの世界に閉じこもった。
76 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:36:36.17 ID:rWUo/kw90
忘れられた世界を彷徨っていると、自分と同じように泣いている少女がいる。
一糸まとわぬ姿でうずくまり、
いつまでも顔を伏せ、涙を流し続けている。
それが第1ドール、水銀燈だった。
『…誰……?』
怯えたような表情。
『……お父様……?』
真っ暗闇で何も見えない水銀燈は、自分にすがってきた。
触れ合った事で、ジュンは水銀燈の記憶を垣間見る。
病室で彼女の髪をといている、パジャマ姿の少女。
水銀燈は少女の事を、めぐと呼んでいた。
78 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:39:08.35 ID:rWUo/kw90
「…ジュン、聞いてるの」
はっと我に返る。
「水銀燈が、この病院のどこかにいる…?」
そう言って、紙が降ってきた方向を探している。
「ねえ」
「…あ、ああ」
「私、お腹は我慢するから」
言いながらお腹をさする。
「この写真の主を、探しに行きましょう」
「……」
「ちょっと聞いてるの、ボケッとしてないで」
「いっ、痛い痛い」
ジュンの頬をむにむにとつねる。
「ほら、行くわよ」
「ああ」
ジュンはすっくと立ち上がる。
ふと、疑問がよぎる。
どうしてこの写真は千切られていたのだろうか、と。
82 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:41:46.84 ID:rWUo/kw90
「う~ん」
受付の女性が、写真を見てふんふん、と頷く。
「分かりますか」
「さあ…あっ、ちょっと」
目の前を横切った看護士を呼びとめる。
「佐原さん」
佐原と呼ばれた看護士が振り向く。
「忙しいのにごめんなさいね。この子知ってる?」
ひらひらと写真を動かす。
「え…あっ」
口元を押さえる佐原。
「知ってるんですか?」
ジュンが尋ねる。
「…え、ええ。貴方お友達?」
じっとこちらを見つめる。
「え、あ…は、はい」
「…お見舞いにきたのかしら?」
「え、ええ、そうです」
「そう」
言いながら時計を確認する。
「案内するわ」
「そうですか、ありがとうございます」
手招きをする佐原。ジュンはそれについていく。
84 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:50:31.61 ID:rWUo/kw90
「ここよ」
『316 柿崎めぐ』と書かれた病室の前で、二人は立ち止まる。
「(段ボール…?)」
ドアに張られているそれを見て、ジュンは首を傾げる。
佐原は一息ついた後、コンコン、とドアを叩く。
「めぐちゃん」
「……」
反応はない。
「めぐちゃん、お友達よ」
そう言って、もう一度コンコン、と叩く。
「……」
何も返事はない。
「困ったわねぇ…」
はあ、とため息をつく。
「寝てるんじゃないですか?」
「そうねぇ…でも…」
「でも?」
「いえ、何でもないわ。…君、ええと」
「桜田です。桜田ジュン」
「そう、桜田君、良かったら貴方が声、掛けてみてくれないかしら」
「えっ、ぼ、僕が!?」
頓狂な声を上げる。
87 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:57:45.34 ID:rWUo/kw90
「しー…。他の患者さんに迷惑よ。静かにね」
「あ、はい。…でも、僕がですか?」
「そうよ、貴方なら、返事してくれるかもしれない」
「…」
ジュンはしばらく考える。
「わかりました。よっ…と」
言いながら真紅を廊下の椅子に座らせる。
「こんにちは、柿崎めぐさん」
ゴンゴン、とドアを叩く。
「……」
やはり返事はない。
「寝てるのかしら。ごめんなさいね」
「……」
佐原がドアノブに手を掛ける。
「いや、ちょっと待って下さい。もう一度」
「え?」
ふう、と息を吐いた後。
「水銀燈と撮った写真を拾いました」
ジュンはわざと大き目の声を出した。
ばさっと中から音がする。
「誰!?」
女性の甲高い声が響いた。
89 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 04:03:25.13 ID:rWUo/kw90
数秒後、ドアが勢いよく開いた。
「誰!?」
驚いたような眼で二人を交互に見つめる。
「……っ」
少女の目が、ジュンの顔からつま先までを
不審そうに何度も上下する。
「あ、あの」
少女が後ずさる。相変わらずおろおろした態度。
驚いているにしても、少し敏感過ぎやしないか、とジュンは思った。
「これ」
ジュンは、すっと写真を差し出す。そこに少女の視線が落ちる。
「………」
「どうして…」
めぐは突然の出来事に、どうしていいか分からなかった。
何故写真が修復されている。
どうして水銀燈の事を知っている。
「……?」
めぐの視線が止まる。
「それは…」
ジュンの左手の薬指を指さす。
「ん、あ、ああ…」
瞬間、ジュンの腕がぐいっと引っ張られる。
「わっ」
「あっ」
佐原が声を上げたと同時に、バタンとドアが閉められた。
90 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 04:08:04.50 ID:rWUo/kw90
病室の中に引っ張り込まれ、ジュンは少々驚いていた。
「……」
ガチャ、とドアが開く。
「どうしたの、めぐちゃん」
ドアから顔を覗かせる佐原。
「いえ、何でもないのよ佐原さん、私大丈夫だから。出てって」
「……」
佐原がジュンに視線を送る。ジュンは戸惑いながらも、
「大丈夫です」という風に頷いた。
「…分かったわ。また何かあったら呼んでね」
そう言って、佐原はドアを閉めた。
92 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 04:13:23.24 ID:rWUo/kw90
「………」
ベッドの上。めぐが、ジュンと写真を交互に見ている。ジュンは頭をかきながら、
部屋の中を見渡している。
「何か探してるの?」
「いえ……」
あるのはテレビ、そして本が2冊。棚の上の写真立てと、置時計のみ。
「ふふ」
めぐが写真を見つめたまま笑う。
「何もないでしょ、この部屋」
「え」
「私が何でもすぐ投げちゃうから」
「……」
「性格悪いのよ、私」
ジュンは黙っている。
「これを破いて窓から捨てたのも私よ」
顔を上げるめぐ。
「ありがとう」
少し穏やかになったような気がする。
「何がですか?」
ジュンが尋ねる。
93 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 04:17:27.58 ID:rWUo/kw90
「この写真、元に戻してくれて。それはお礼を言っておくわ」
「……」
ジュンは黙っている。ぽりぽりと頭をかく。
「一つ確認させてもらってもいい?」
「…はい」
「貴方も誰かと契約してるのね?その指輪」
ジュンが左手に視線を落とす。
「あ、いえ…」
「隠さなくていいわ。水銀燈の名前が出た時点で分かった。それに余計な詮索するつもりはないし」
「………」
「私は水銀燈と契約してるの。柿崎めぐっていうの」
再び視線を落とすめぐ。
「………」
「……」
体育座りをしたまま、顔を膝の間に深くうずめる。
119 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:09:23.91 ID:rWUo/kw90
「……」
沈黙が流れる。
「…あ、あの」
「…何?」
「その水銀燈はどこにいるんですか?」
「……」
会話が再び途切れる。
「私が今朝、怒って追い出しちゃったわ」
「え」
「だって、あの子私を諭すような事ばかり言うんですもの。
『もう少し自分を見つめ直してみたら』ですって。
私が今更、何を見つめ直せっていうのかしら。いい子ちゃんね」
吐き捨てるめぐ。
「水銀燈がそんな事を…?」
傍から聞いていて、ジュンは意外な感じがした。
「ええ、私はさっさと死なせてほしいって言ってるのに」
「………」
「こんなポンコツな心臓いらないのよ、いい加減」
「心臓…?」
「私ね、先天性の心臓病なの」
120 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:13:38.47 ID:rWUo/kw90
「………」
「5歳までに死ぬ」
ジュンが思わずめぐを見る。
「その次は7歳までに死ぬ、10歳までに死ぬ」
「……」
「親たちも、いい加減悲しむのに疲れちゃったみたいよ。
お母さんは出てっちゃったし、お父さんは…」
「………」
めぐはうつむいたまま、写真立てを手に取る。
「そんな時かしらね、水銀燈と出会ったのは」
ジュンは黙ってそれを見つめている。
「おかしいのよ。私の命を使い切って欲しいって言うと、
あの子はいつも黙り込む」
122 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:17:00.74 ID:rWUo/kw90
「………」
「いつも黙り込んで、窓辺に座って私を見てる」
「あいつが…」
「意外だと思ってるんでしょ」
「え、あ」
「想像つくわよ、あの子の外での立ち居振る舞いくらい」
「……ええ」
「でもね、本当はきっと…」
「?」
「優しい子なのよ。私には勿体ないくらいに、ね」
口元がほころぶ。
「……」
嬉しそうに写真を見つめるめぐ。ジュンは、何も言えなかった。
124 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:23:43.03 ID:rWUo/kw90
「……」
会話が途切れ、ジュンが息を吐いた。
「じゃあ、僕はこれで帰りますんで」
めぐが顔を上げる。
「待って」
「?」
「私ね、この16年間、友だちが一人も出来なかったの」
2つ上なのか、とジュンは意外に感じた。
「連絡先教えて。たまにでいいから、お話しましょうよ」
「え」
「だめ?お願い出来ないかしら」
「……別にいいですよ」
言いながら、財布を棚に置き、中から連絡先のメモを取り出す。
「本当?ありがとう」
ジュンの視界で、めぐが嬉しそうに笑う。
いや、何かほっとしたような、安心したような笑顔。
「え、ええ」
ジュンもつられて笑った。
125 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:31:54.96 ID:rWUo/kw90
「桜田ジュン君…住所が…へえ、ちょっと遠いのね…」
少し残念そうに呟く。
「ええ、電車で5駅ほど向こうです」
「そう」
はあ、と息をつくめぐ。
「連絡先は家の電話で…」
「貴方いくつ?」
ジュンが顔を上げる。
「私と同い年くらいでしょ?そういえば、学校は?」
訝しげな表情。
「………」
うつむいたジュンを見て、めぐは言葉を止める。
「ごめんなさいね、忘れて頂戴」
「いえ……」
126 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:35:18.12 ID:rWUo/kw90
「ばいばい、またね」
ベッドから手を振るめぐ。
「はい」
ジュンが振り向き、小さく手を振る。
「…………はあぁ」
バタンをドアが閉まり、めぐは小さく肩を震わせる。
何か、身体全体がむず痒く感じる。
「ふうーっ」
仰向けになり、丸めたタオルケットに抱きつくめぐ。
「………」
そしてその一部始終を、窓の外から水銀燈が見つめていた。
128 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:40:33.49 ID:rWUo/kw90
病院の屋上。
「……」
水銀燈が、ぼんやりと空を見上げている。
「めぐ……」
いつものヒステリーだと分かっていた。自分が戻れば、彼女は
「ごめんなさい」と言って出迎えてくれる。
いつもの事だと思った。
だが、そこには初めて見る光景が広がっていたのだ。
「どうして……」
真紅のマスターがあそこにいた?
そればかりが頭の中を駆け巡る。
「……」
めぐは嬉しそうだった。というより、安心しきっているように見えた。
真紅が嗅ぎつけたのだろうか。いや、でもあそこに真紅はいなかった。
違う。
部屋の中にいないからと言って、真紅がめぐの事を勘付いていないとは言えまい。
「………」
何となく、あの部屋に入れなかった。
水銀燈はぎゅうっと膝を抱え、顔を伏せる。
めぐが幸せそうなら、それでいい。自分も嬉しいと思うべきだ。
だが―――
「淋しいのでしょう、お姉さま」
透きとおるような声が響いた。
129 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:43:25.08 ID:rWUo/kw90
ばっと振り向く。
「大切なマスターに追い出され」
ウェーブのかかった髪が、風でゆらゆらと動いている。
真っ白なドレスに身を包み、金色の左目がこちらを見つめている。
「まるで、居場所を失くしてしまった子どものように」
「…雪華綺晶」
第7ドール雪華綺晶は、ニッと笑い、近づいてきた。
「それ以上近寄らないで。メイメイ」
間合いは数メートル。姿勢を低くし、身構える水銀燈。
それと同時に紫色の人工精霊が現れる。
「ちょっと待って。私は争いに来たわけではないのです」
「なぁに?私が貴女を信じると思うの?」
水銀燈は動かない。
「あの人間、私が排除してあげてもいい」
水銀燈の眉がぴくっと動く。
138 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:17:52.84 ID:rWUo/kw90
「あれ真紅のマスターでしょう、私知ってますわ」
「…だから何?」
「邪魔でしょう?」
ぷいと視線を逸らす水銀燈。
「ね」
「黙んなさい」
「どうしてですか?」
「何を考えてるのか知らないけど、貴女と話す事なんてないわ」
水銀燈はそっぽを向いたまま続ける。
それをじっと観察する雪華綺晶。
「私はあります」
「あっそ」
ヒュッとその場を飛び立つ。
「ふふ」
雪華綺晶はその後を追った。
139 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:24:31.29 ID:rWUo/kw90
「ついて来ないで。喧嘩売ってるの」
「いいです。そのままで聞いて下さい。私勝手に喋りますから」
「……」
水銀燈は舌打ちする。
「お姉さまはアリスになるために、ローザミスティカを集めている」
「………」
「当然私も、真紅たちもアリスを目指している」
「………」
「でも私は、ローザミスティカは要らない」
「は?」
水銀燈が空中で止まり、雪華綺晶を見やる。
「私は別の方法でアリスに孵化する」
「どういう事かしら」
「この先は、お姉様が話を聞いていただけるのであれば…。
ただ、黒薔薇のお姉様に危害は加えない」
「………」
「約束します」
「……」
140 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:29:27.50 ID:rWUo/kw90
水銀燈は、街の一角にある林の中へと舞い降りる。
「話、聞く気になりました?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ええ、一応聞いたげるわ」
「……」
「ローゼンメイデンは7体。うち、第4ドール蒼星石と
第6ドール雛苺は、既に退場している」
「………」
「ドールのマスターは5人。
第1ドールは柿崎めぐ、
第2ドールは草笛みつ、
第3、第5ドールは桜田ジュン、
第4ドールは結菱一葉、
そして私のマスターは、オディール・フォッセー。
第6ドールは既にマスターとは契約解除している」
141 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:33:31.88 ID:rWUo/kw90
指を折りながら呟く雪華綺晶。
「それが何?」
「私がアリスになるには、マスターたちの力が必要」
ヒュウッと風が抜けていく。
「キチンと説明なさい」
「5人全員に眠りについてもらう必要がある」
「へえ、つまりめぐを眠らせて力を吸い取ろうってわけ」
水銀燈の視線が鋭くなる。
「ええ、でもそれじゃ認めてもらえない事くらい承知してますわ」
「代わりに、全員のローザミスティカを差し上げます」
「全員?」
「その力を使えば、柿崎めぐは生き長らえる事が出来るでしょう。
その効果は、蒼星石のでお姉様も理解されているはず」
「…質問するわ、雪華綺晶」
風が止む。
「何でしょう?」
「どうしてそんな提案をするの?わざわざ面倒くさいプロセスを踏む理由は?」
「私はただ、お姉様を救いたいだけ」
微笑を浮かべる。
143 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:44:09.33 ID:rWUo/kw90
「………」
はあ、とため息をつく。
「信用ならないわ、ごめんなさいね」
「そうですか」
「仮にそれが通るとして、雛苺のローザミスティカを逃がした理由が分からないわ」
笑顔が消える。
水銀燈はそれを見て言葉を続ける。
「悪いけど、一貫性がない話に付き合うつもりはないの」
やれやれ、という風に広場に向いて歩き始める。雪華綺晶から視線は外さない。
「………」
「……………」
イラつくほどにいちいち即答してきていた雪華綺晶が、黙り込んだ。
「どうしたの、儲け話はお仕舞いかしら」
睨んだままの水銀燈。じわじわと距離は離れていく。
「…わかりました。お話ししましょう」
歩いて水銀燈の後をついていく。
「私は、元々はアストラルの人形」
水銀燈の足が止まる。
「器が欲しかったのです。こちらの世界に干渉するために」
144 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:48:34.82 ID:rWUo/kw90
「……器?」
「お姉様たちにあって、私に足りないものを補うために」
「ちょっと待ちなさい、どういう意味?じゃあ…」
水銀燈がはっと目を見開く。
「そのために、私は雛苺の身体を奪った」
優しい隻眼が、こちらを真っ直ぐ見据えている。ぞくりという感覚が
背筋に走る。
「あの時、真紅と金糸雀が迫っていた。こちらの動きがバレてしまえば、
もう器を手に入れるチャンスは少なくなる。だから」
「………」
「あそこでは雛苺の器を、最優先で手に入れなければならなかった」
表情一つ変えない。
ふう、と息を吐く水銀燈。
「……それで?」
「私嘘は申してませんわ。つまり」
「器なしでは、nのフィールドから出られない。こちらの世界に直接の干渉は出来ない?」
水銀燈がわざと大きめの声で遮る。
「……そうですわ」
「じゃあ現実世界に、ローザミスティカなしのアストラル体で放り出された場合、どうなるのかしらぁ」
雪華綺晶の眉がぴくっと動く。
水銀燈はそれを見逃さない。
145 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:52:55.46 ID:rWUo/kw90
「………」
「どうしたの?答えられないの」
「……」
「たとえばローザミスティカを私に全部くれた後で私が攻撃して」
言いながら水銀燈は踵を返す。
「ぶっちゃけ、勝負は見えてると思うのよぉ」
タイミングはもう少し。1秒… 2秒…
「ねぇ、どうなるのかしら?」
ぐりんと不自然なほどに身体を捩じり、水銀燈は振り向いた。
雪華綺晶の視線が一瞬泳ぐ。
「…どうしたの?」
「………」
水銀燈は目を見開いた。
突然雪華綺晶の身体が光り始め、体内からローザミスティカが出現する。
「……さ、行きなさい、お姉様のもとへ」
ふわりと浮きあがり、水銀燈の身体の中へ消えていく。
146 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 12:14:40.58 ID:rWUo/kw90
「…ふ」
「…信じる気になりました?」
「どうやら本気でいらないみたいねぇ、ローザミスティカ」
「ええ」
「……いいわ、貴女の話に、乗ったげるわ。ただし」
胸をさすりながら答える。
雪華綺晶が再びこちらをじっと見つめる。
「条件がある」
「……」
「ローザミスティカを一つ奪う度に、私の所へ持ってくる事」
「……全てお姉さまが取得するまで、マスターはいただけないと?」
「そこまでは言わないわ。そんなの取引じゃないでしょう」
「そうですね。私もそんなの受け入れられませんわ」
「……」
同時に、ニヤリと笑う。
「今、私の中には2つ。貴女ので3つ目」
「……そうですね」
「4…いや…5つ」
左手を広げる水銀燈。
「私の中に5つ集まったら、めぐを渡してあげる」
147 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 12:21:33.22 ID:rWUo/kw90
「…」
無表情の雪華綺晶。
「なぁに?それ以上は譲らないわよぉ」
「…いいですわ。そしたらそれで」
沈黙。
「また、新たなローザミスティカを手に入れたら、お伺いします」
雪華綺晶はにこっと微笑み、飛び去った。
「………」
水銀燈は完全に姿が見えなくなるのを確認し、反対方向に飛び立つ。
『貴女がアリスになった後、めぐは普通に目覚めてくれるのかしら』
その疑問を口にしなかったのは理由がある。
ひとつは、向こうに自分を信じ込ませておくため。
そしてもうひとつ。
おそらく目覚めない、そう思っていたからである。
ローザミスティカが集まるのは好都合。だが、めぐを失うわけにはいかない。
「どうすれば…」
太陽が照りつける真夏の空を、水銀燈は飛び続けた。
149 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 12:28:06.16 ID:rWUo/kw90
桜田家。
「はあーあ、疲れたーあ」
ベッドに倒れ込み、ジュンがぼやく。
「のりは?」
「2~3日安静にしてれば大丈夫だってさ」
「そう」
紅茶を飲む真紅。
「で、どうだったの?」
「ん」
「水銀燈のマスターは」
ジュンが半身を起こして真紅を見る。
「どうって…」
「水銀燈はいたの?」
「…いや、いなかった」
「?」
真紅が首を傾げた。
157 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:20:54.85 ID:rWUo/kw90
「………」
時計の針が2時を指し、窓から蝉の鳴き声が聞こえる。
「……そう」
一部始終を聴き終えた真紅が、膝に乗せたカップを見つめている。
「意外だったよ」
「…心臓…」
ジュンが顔を上げる。
「…死に憑かれた少女」
「…?」
「ねえ、ジュン」
カップをお盆に置き、立ち上がる。
「どうした?」
「……」
おもむろにベッドによじ登る真紅。
「わ」
ジュンが驚く。
真紅は慣れた手つきでジュンの膝の形を整え、そこに座り込んだ。
「ジュン…」
つぶらな瞳がこちらを見上げる。
「し、真紅…」
「ふふ」
悪戯っぽく笑う。
158 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:26:27.61 ID:rWUo/kw90
「な、何だよふざけてんのか」
「いいえ」
ジュンの胸に手を当てる。
「私ね、淋しくなったり、つらい事があった時は、こうしてると安心するの」
寄り添ったまま目を閉じる。
「……こそばいから止めろよ」
「ええ、気が済んだら解放してあげるわ」
「………」
「貴方はつらい事があった時、いつもどうしてたかしら、ジュン」
「え?」
少し顔を離し、もう一度ジュンを見上げる真紅。
「ラプラスに苛められたり、そうね、思い出させて悪いけど、
この間、貴方の学校の先生が来たわね」
「………」
顔をしかめるジュン。
「私知ってるわ。貴方は毛布をかぶって、自分の部屋に閉じこもってしまった」
「…からかうなら出てけよ」
「もう少しだけ話があるの、それが済んでからね、ごめんなさい」
そっとジュンの胸を撫で始める。
160 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:28:52.81 ID:rWUo/kw90
「私もそう」
撫でられる胸がくすぐったい。
「腕を水銀燈に引っこ抜かれた時、私は鞄に引き籠ってしまった」
「………」
「もうね、つらくてつらくてしょうがなかったわ」
「……」
「貴方が掛けてくれた言葉を無視して」
「……」
「…落ち着いた?くすぐったかったでしょう、ごめんなさいね、ジュン」
撫でる手を止める。
「でもね、後から鞄を出て、貴方が繕ってくれた服を着たのは」
「…?」
「貴方があの時、言葉を掛けてくれたから」
見上げる真紅の顔がほころぶ。
「欠損した状態で服を着る事に抵抗はあったけど、
貴方の言葉が、私の背中を押してくれた」
「真紅…」
「つらい事があった時、ジュンの膝に乗って、こうして全身を預けていると安心する」
ジュンは照れ臭い気分になる。
「たぶんね、貴方が優しい人間だって知ってるから」
161 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:33:39.44 ID:rWUo/kw90
「………」
真紅はしばらく目を閉じていたが、やがて立ち上がる。
「きっと水銀燈たちもそうじゃないかしら」
ベッドを降りる。
「お互いが優しいって知ってるから、お互いを必要とする」
「……」
「水銀燈は、たぶん優しいんでしょうね。根っこのところで」
ふう、とため息をつく。
「ま、私の事は嫌いなんでしょうけど」
ジュンが変な顔をする。
「また今度行くんでしょう?」
「ん、あ、ああ、多分な」
「私も連れてって」
「え?」
その場に座る真紅。
「私も話してみたいわ。その柿崎めぐって子と」
「え、でも…」
カップを持つ。
「いいじゃない、水銀燈がいたって、めぐって子の前で暴れたりはしないでしょう」
162 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:34:04.68 ID:rWUo/kw90
「………ん、まぁ…」
「そうね、今度は翠星石とか、金糸雀とか、その辺も一緒に」
「いや、それはお前…」
「冗談よ、そこまでしたら水銀燈だって怒るわ」
ふふ、と笑い、真紅は紅茶を飲んだ。
ふと、きょろきょろと部屋を見回すジュン。
「そういえば、翠星石は?」
「?さあ、出掛けたんじゃないかしら。蒼星石の所へでも」
「ああ…」
ジュンが窓の外を見上げる。
快晴だった真夏の空を、東から真っ白な入道雲が覆い始めていた。
163 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:36:53.62 ID:rWUo/kw90
「あれー?」
丘の上。結菱家の窓を、翠星石がごんごん、と叩いている。
「おじじ、起きるですぅ、翠星石が来てやったですぅ」
部屋の中、ベッドに伏せっている一葉は、起きる様子がない。
おかしい。
「………」
一度、唇をぎゅっと噛み、翠星石は鞄を両手で持つ。
「おじじ、ちょっと失礼するです」
次の瞬間、窓に向け、それを思い切り振り下ろした。
165 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:40:36.80 ID:rWUo/kw90
かしゃん、と音を立てて、食器を棚の上に置くめぐ。
「…がと…敬…やめて…気持ち悪い……先……」
食器のあった場所に便せんを置き、何かを書いている。
「…から…また……」
ガタッと音がした。
めぐが窓の方を見やると、翼の生えたシルエットが浮かんでいる。
「!!」
ベッドから降り、ガラッと窓を開ける。
「水銀燈!!」
水銀燈は視線を伏せたまま、窓辺に突っ立っている。
「戻ってきてくれたの!」
「………」
答えない。めぐはそれを見てうつむく。
「ごめんなさい…私…」
「…歌って」
顔を上げるめぐ。水銀燈が、めぐの髪を小さく撫でる。
「まだ貴女を一人にするわけにはいかないの。だから」
感情を込めない声、だがどこか優しい表情。
「………」
めぐは思わず口元を押さえる。
「ごめんね、ごめんね水銀燈」
その頬に、涙が流れた。
167 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:42:50.43 ID:rWUo/kw90
「何を書いているの?」
窓辺に座った水銀燈が、ベッドの上のめぐに話しかける。
「知りたい?」
「…ちょっと気になっただけよ」
少し視線を逸らす。
「今日ね、男の子が来てくれたの」
「………」
「驚いたわ。私と同じで、ローゼンメイデンのマスターだった」
「………」
めぐが手を止める。
「驚かないの?」
「…ごめんなさい、見てたのよ」
「あら」
再び筆を走らせるめぐ。
「やっぱり貴女、趣味が悪いわ」
「……」
「今度は盗み見なんて」
「…たまたまよ」
「私はね、手紙を書いてるのよ。今日来てくれた、その子にね」
「…」
コンコン、とドアを叩く音がした。
176 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 14:41:56.12 ID:rWUo/kw90
「はい」
「めぐちゃん、入るわよ」
「……」
その声を聞いて、水銀燈は窓の外、見えない場所へと移動する。
「食器下げに来たわ。…あら」
看護士が目を丸くする。
「めぐちゃん、何書いてるの?」
「秘密よ」
ペンを止めずに答えるめぐ。
「そう…頑張ってね」
「ええ」
一息つき、食器を持つ看護士。
「あら…」
食器を見て、思わず声が漏れる。
「何?どうかした?」
「ううん、じゃあ、失礼するわね」
看護士は一度だけめぐを見やり、すぐに出ていった。
180 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:00:57.21 ID:rWUo/kw90
nのフィールド。
金色の隻眼が、二つの水晶を嬉しそうに眺めている。
水晶の中には、それぞれ人影が一つずつ。
片方には、一人で楽しそうに遊ぶ、金髪の少女。
もう片方には、相手のいないテーブルで、一人お茶を飲んでいる老人。
いずれも指に、薔薇の指輪をしている。
「…オディール、結菱一葉…これで2人…」
つい先ほど、雪華綺晶は一葉を眠りにつかせ、その精神に
根を張り終えた。
今は根を張る事で消耗した体力を、回復させているところだ。
今日はもう動けそうにない。
オディールの時もそうだった。根を張り終えた後はまともに
身体が動かず、丸一日、nのフィールドで身体を休ませなければ
ならなかった。
加えて、自分のローザミスティカを水銀燈に渡した今、
事は慎重に進めなければならない。
「残り3人……残り…4体……」
膝を抱え、現状を整理する。
181 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:03:18.10 ID:rWUo/kw90
目的はアリスになる事。
そのために自分に出来る事。
自分に出来ない事。
水銀燈。
金糸雀。
翠星石。
真紅。
桜田ジュン。
草笛みつ。
柿崎めぐ。
どのドールに何の情報がいっているか。
考えうる最悪のケース。
起こりうる、有意な可能性のあるケース。
それを乗り切るための方法。
自分の手駒。
ドールの特技は。強いドールは。弱点は。
183 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:04:52.86 ID:rWUo/kw90
雪華綺晶とて、万能ではない。得意があれば、苦手もある。
それをどう悟らせないようにするか。
どう避けるか。
どうやってこちらに引きずり込むか。
既に優先順位を決めて動いているとはいえ、一抹の不安はあった。
誤算もあった。その中で、選択肢を絞っていく。
「………」
感情のない隻眼が、二つの水晶を見つめ続けていた。
184 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:11:31.12 ID:rWUo/kw90
2日後、桜田家に一通の手紙が届いた。
「あ」
ベッドから動けないのりの代わりに、ジュンが玄関先で
それを見つける。
「柿崎さんからだ」
緑色の80円切手が貼ってある封筒の中央に、丸みを帯びた
女の子らしい「桜田ジュン様」という文字が並んでいる。
ダイニング・テーブルで封を開け、中身を確認する。
「なぁに、それ」
向かいの席から真紅が尋ねる。
「手紙だよ」
「手紙?」
4つ折りの便せん2枚を、ピラピラと広げてゆく。
「なになに……」
「私も読んでみたいわ」
真紅が便せんを引っ張る。
「んあ?ああ、あとでな」
「今読みたいのよ」
じっとこちらを見つめてくる。
189 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:16:50.08 ID:rWUo/kw90
「……お前宛じゃないだろ」
「何よ、口答えするつもり」
椅子を降り、ぎゅうっと脛をつねる。
「痛ででで何すんだ!!」
「読ませないからでしょう。せめて抱っこして一緒に読ませて頂戴」
「……しょうがないな」
はあ、とため息をつくジュン。
「どれどれ…」
『拝啓って書こうとしたけど、手紙の書式なんて分からないし、間違っていたら
恥ずかしいので止めました。
改めましてこんにちは。こないだは写真、ありがとう。あれ、貴方のお人形さんの力で
直したのかしら?そうだとしたら、廊下の椅子とかで、待ってもらってたのよね?
ごめんなさいね、今度は、お人形さん連れてきてほしいわ。お礼がしたいから。
それと、敬語なんてやめて。あれで貴方がマジメなのは分かったけど、
あんなの気持ち悪いわ。私は部活の先輩じゃないのよ。
ね、私は貴方を【ジュン君】って呼ぶわ。だから貴方も私を名前で呼んで。
次に敬語使ったら、スープ投げつけるわよ。
ごめんなさい、脱線してしまったわね。
久し振りに同じくらいの歳の子と話せて、ちょっぴり楽しかったわ。
今度はお茶くらいは出すから、また近々来てね。約束よ。
有栖川大学病院 316号室 柿崎めぐ 』
190 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:23:19.74 ID:rWUo/kw90
「な、名前で…って」
「あら、意外とモテるのね、ジュン」
真紅が見上げ、ニヤニヤしている。
「なっ、何が」
「明日また行きましょう。スープ投げつけるなんて発想の出来る子、
話してみたいのだわ」
仲良く会話する二人。
「………」
その二人を、廊下から眺める翠星石。
「言うべきですかねぇ…」
ドアを閉め、壁に寄り掛かる。
191 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 15:23:48.04 ID:yhEqLYDJ0
>次に敬語使ったら、スープ投げつけるわよ。
会ったばかりの人にいう言葉じゃねえwwwwwww
192 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:25:55.99 ID:rWUo/kw90
一昨日、結菱家の窓を割って侵入した翠星石を待っていたのは、
起きない一葉、そして、空っぽの蒼星石の鞄だった。
「………」
翠星石は雪華綺晶を見た事がない。それが7番目のドールだ、という事は
分かっている。だが、雛苺の身体をあの人形が奪った、それ以外、
何も知らない。
「第7ドール…」
ぶるっと身体を震わせる。水銀燈とはまた違う、
冷たく、残酷な何かを感じた。
何をしてくるか分からない。残された自分も、眼球をくり抜かれ、
身体を奪われてしまうのだろうか。
コトリ、と音がした。
193 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:30:24.02 ID:rWUo/kw90
「…?」
キシッ、と、今度は床が軋む音。
翠星石が顔を上げる。
「あっ」
そこから動けなくなる。
視線の先。納戸の入り口に、双子の妹、蒼星石が
立っていた。
「そ…」
踵を返し、納戸に入っていく。
「待って」
翠星石が後を追う。
「蒼…!」
納戸に入ると、ちょうど蒼星石の足が、鏡の中に
消えていくところだった。
「待って!待ってですぅ!」
翠星石がnのフィールドに飛び込み、鏡が小さく光った。
194 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:36:03.79 ID:rWUo/kw90
飛び続ける翠星石の目に、蒼い人形がだんだん大きく見えてくる。
「蒼星石!!」
ようやく裾を掴める所まで来たか、という時、蒼星石は不意にこちらを向いた。
「あぷっ」
スピードを緩めた蒼星石と、翠星石がぶつかり、そこから二人は落下していく。
「きゃうっ!!」
ドスンと音を立てて、何か柔らかい所に不時着する。
「う…うう……」
目を回していた翠星石が身体を起こすと、そこは庭園のような場所だと気づく。
「びっくりしたじゃないか。何するんだよ」
驚いた表情で、妹がこちらを覗きこんでいる。
「え…そ…」
「?」
怪訝そうな表情でこちらを見る。
「蒼星石…?」
「そうだよ、…どうかしたの?翠星石」
翠星石の顔がくしゃくしゃになる。
「蒼星石ぃっ!!!うわああぁぁあん!!!」
がしっと抱きつき、翠星石は泣き始めた。
197 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:15:43.05 ID:rWUo/kw90
「ちょっ…」
「うええええええんん!!!うわあぁぁあん!!!」
「参ったな……」
そう言いながらも蒼星石は笑い、翠星石の背中に手を回した。
「まずは一人…これでいい」
白い水晶に閉じ込められた翠星石と蒼星石。いずれ自らのネジが切れるまで、
操り人形と化した妹を、姉は愛で続けるだろう。
「ふふ」
その様子を眺めていた雪華綺晶は、笑みを浮かべ、その場を去った。
198 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:28:45.52 ID:rWUo/kw90
次の日。
「翠星石、どこ行ったのかしらね。鞄置いて」
有栖川大学病院の廊下を、ジュンが歩いている。
「蒼星石のおじいさんの所じゃないのかな」
「…そうだといいけど」
腕に抱かれた真紅が、胸をぎゅっと握る。
316号室の前で立ち止まる二人。
「いいか、準備は」
「ええ」
コンコン、とドアを叩く。
「どうぞ」
今度は中から声がした。
200 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:34:29.85 ID:rWUo/kw90
「こんにちは…あっ」
ジュンが思わず立ち止まる。
「こんにちは、初めまして」
真紅は表情一つ変えず挨拶する。
バサッと、本が床に落ちる。
「あっ、こんにちは、来てくれたんだ」
ベッドの上、めぐの笑顔とは対照的に、椅子に座って本を
読んでいた水銀燈が、硬直している。
足元に落ちた本を、拾おうともしない。
「………」
「水銀燈、こんにちは」
真紅がそれを見つめ、感情を込めずに挨拶する。
「………」
ジュンの背中に冷や汗が流れる。
「…めぐぅ」
水銀燈が口を開いた。
202 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:39:51.53 ID:rWUo/kw90
「私ちょっと用事があるから、この子と」
真紅を指さす。
「え、何で?私この子にお礼言わなきゃいけないのよ」
「そう、じゃあ後にして」
「嫌よ、お礼だけなら一瞬で済むじゃない」
「………分かったわ、勝手にしなさぁい」
そう言って、窓から出て行こうとする。
「待って水銀燈、ちょっと…」
声を掛けるも、水銀燈はさっさと出て行ってしまった。
203 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:45:38.52 ID:rWUo/kw90
「…ごめんなさいね。いつもは…まあ大体あんな感じか」
はは、と笑うめぐ。
「ねえ、ジュン君」
「はい」
「はい、じゃないでしょ。手紙読んでくれてないの」
口を尖らせる。
「え、あ」
「敬語禁止って書いたでしょう」
「…ごめん、なさい」
「ごめん、でいいのよ」
「………」
ジュンは頭をぽりぽりとかく。
「面白い子ね」
じっと聞いていた真紅が口を開く。
「あら」
「何?」
めぐが身を乗り出してくる。
「ふふ、こんにちは」
「ええ、こんにちは」
ジュンの腕から飛び降り、めぐの傍に寄る。
204 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:50:37.27 ID:rWUo/kw90
「貴女、名前は?」
「…私は真紅、ローゼンメイデンの第5ドール」
「そう、真紅…紅い、っていう意味の?」
「そうよ」
「………」
見つめ合う二人。
「ね、真紅ちゃん、ココに座って」
ぽんぽん、と椅子を叩く。
「お話ししましょうよ」
「………」
「ね、いいでしょ」
「分かったわ」
そのままお喋りを始める二人。
「………」
ジュンは10分ほど突っ立っていたが、やがて病室を出ていった。
207 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:55:06.74 ID:rWUo/kw90
水銀燈は屋上の端に座り、足をぶらんぶらんと揺らし続けていた。
「………」
ぼーっと遠くを見つめる視線とは対照的に、右手はトントントントンと小刻みに
コンクリートを叩き続ける。
病室はどうなっているだろうか。真紅とめぐが、楽しそうに会話している
様子が浮かぶ。
ガン、とかかとで壁を蹴る。ガン、ガン、と何度も蹴った。
「…ムカつくわ」
続いて左手で、背後のフェンスをがしゃんと叩く。
「………」
視線は相変わらず、空の遠くの方。
白い入道雲が見える。
真っ青な空を、その内覆い尽くしてしまうのではないかと思えるような雲。
白いようでいて、その根元は灰色に染まりかけている。
208 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:57:52.42 ID:rWUo/kw90
ここ数日、雪華綺晶は何の音沙汰もない。
雛苺の時のように、誰かのローザミスティカが奪われた感覚もなく、
真紅たちの様子からして、何か干渉があったようにも思えない。
それどころか、のん気にめぐのお見舞いだ。
馬鹿にしている。
「……」
はあ、と、水銀燈は大きくため息をついた。
どうして自分がこんなにイライラしなければならないのか。
あんなのん気なメンツと一緒に話して、めぐは面白いのか。
「ばーか、ばーか。めぐのばーか。真紅のばーか」
虚ろな両の眼を、中庭に落とす。
「………?」
中庭を、誰かが歩いている。
「あれは……」
水銀燈は気づかれないように、そっと飛び降りた。
209 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:03:09.89 ID:rWUo/kw90
「あーあ」
ガニ股歩きでふらふらしているジュン。
「何で女の子って、あんなに勝手なんだろ」
二人が喋り始めてからの10分間、ジュンは空気化していた。
その場を去っていいのか、立ち尽くしていないといけないのか、
悩んだ末に出した答えが、「部屋を出て中庭を散歩する」というものだった。
「…広いなぁ」
病院内をうろつくわけにもいかず、とりあえずベンチで休む事にする。
「………」
ようやく、木陰にあるベンチを見つける。
「はぁーぁ、やる事ないなぁ、帰ろうかなぁ」
全身を投げだし、ぼやくジュン。
「そうよ、あんな高慢ちきな人形、さっさと持って帰って頂戴、忌々しい」
がばっと身を起こし、きょろきょろと見回す。
「こ、この声!おい水銀燈!お前か!」
「どこ探してんのよぉ、こっちよ、おバカさん」
見上げた木の枝に、銀髪の人形が座っていた。
211 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:08:17.31 ID:rWUo/kw90
「…お前」
「ぜ~んぶ聞いちゃったわよぉ。相手にしてもらえなかったんでしょぉ」
ぷっと吹き出す。
「うるさいな、黙れよ」
顔を伏せ、はあ、とため息をつく。
「あら、失礼ねぇ」
「……お前何で僕に話しかけたんだ?ムカつくからどっか行けよ」
「ああ、ごめんなさいねぇ、あと5分後にどっか行くわぁ」
イラっとして、水銀燈を睨むジュン。
そんなジュンを、水銀燈はしばらく見下ろしていたが、やがてジュンの横へと
舞い降りてきた。
「……何だ?」
「別に」
「…何か企んでるのか」
「さぁ、そう見えるのかしら」
言いながらジュンの横、1メートルくらいの場所へ座る。
213 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:16:44.37 ID:rWUo/kw90
「……」
「……………」
ジイィィィ~、と、蝉が鳴き始めた。
時おり、ヒュウウ、と風が抜ける。
「……なあ」
頬づえをつき、前を見つめたままジュンが口を開く。
「…何?」
同じく前をぼんやり見ながら、水銀燈が問い返す。
「結構、涼しいな、ここ」
「…そうねぇ…私はこういう場所、結構好きよ。のんびり出来て」
「………」
「……」
ちらっと水銀燈がジュンを見やる。ジュンは変わらず、ぼーっと病院の敷地の向こうを
見つめている。
「…話し相手が欲しかったのよ、あの子は」
ジュンがこちらを向いた。
214 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:21:53.97 ID:rWUo/kw90
「救ってもらいたいなんて、思ってない」
「…?」
「鬱屈した、どろどろになってしまった、とても醜い自分をぶつける相手が」
「…醜い?どこが」
ふう、とため息をつく水銀燈。
「皆醜くて、どうしようもない自分を持ってるのよ?貴方も」
「な…」
ジュンは思わず視線を逸らす。
「真紅も」
水銀燈は立ち上がる。
「私も」
「………」
ジュンは、無意識の海での出来事を思い出す。
あの時、水銀燈は裸で泣いていた。
「皆それを隠したり、それから眼を背けたりして生きている。逃げている」
「……」
216 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:27:08.27 ID:rWUo/kw90
「あの子は、小さい内に、それから逃げる術がない事を知ってしまった。
そして、自分が見捨てられた存在であると、分かってしまった」
ジュンは黙って聞いている。
「だから誰にも相談しない。頼らないし、聞き入れない」
自分の胸をつつかれている感覚。
「可哀想な子」
「…そんな風には、見えないけど…」
「そのうち分かるわ」
空を見上げる。
「貴方はたまたま見つけた、相性のいいオモチャと変わらないってね」
「………」
「さ、5分経ったわ。それじゃね」
水銀燈はそれだけ言うと、翼を広げて飛び去った。
「水銀燈…」
飛び去った彼女を、ジュンはしばらく見つめていた。
217 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:31:32.33 ID:rWUo/kw90
「…ふうん、そうなんだぁ~」
病室に響く笑い声。
「あら、笑い事じゃないわ、あの時私は猫に……あああ」
ぶるっと身体を震わせる真紅。
「うふふ、いいじゃない、今はもう何ともないんでしょう?それなら、
笑ったっていいでしょ」
「…不本意だけど、確かにそうね」
「………」
ふう、と互いにため息をつき、会話が止まる。
「……」
「ねえ、面白い話してあげましょうか」
めぐが沈黙を破る。
「何かしら」
「つい最近ね、この病院の10階に」
写真立てを手に取るめぐ。
「フランス人の女の子が運ばれてきたのよ」
「へえ」
「その子ね、何しても起きないんですって、童話でいう、眠り姫みたいに」
「起きない…?」
「ええ。…私、ずっと死にたいって思ってたけど、眠り続けるのもキレイかなぁって、
最近思い始めたわ」
218 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:36:37.27 ID:rWUo/kw90
「……」
変な事もあるものだ、と真紅は思った。
「その話水銀燈にしたら、なんて言ったと思う?」
「さあ」
「『あっそ』って言ったのよ、あの子。これ、酷いわよねぇ」
あはは、と一人で笑うめぐ。
「…私には理解出来ない領域だわ」
はあ、と真紅はため息をつき、頬づえをついた。
「ねえ、ところで、ジュン君は学校に行ってるの?」
真紅が顔を上げる。めぐが両肘を頬につき、こちらを覗き込んでいる。
「…どうして?」
真紅は首を傾げて聞き返し、ある事に気づく。
めぐの眼が笑っていない。
「だって、まだ7月の中旬でしょ。3日前に来て、今日も来て」
「………」
「行ってないんでしょ?普通に考えたらそうだわ」
微動だにしないめぐ。
220 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:41:09.95 ID:rWUo/kw90
「………」
「……」
ふう、と真紅は息を吐いた。
「行ってないわ。ジュンは引きこもりよ」
「…何があったの?」
なおも質問してくる。
「私も知らないわ。その先はジュンに訊いて頂戴」
視線を伏せる真紅。
「………ねえ」
「…何?」
「行って欲しいと思う?学校に」
随分と遠慮のない質問をするものだ、と真紅は思った。
「……」
「どう…?」
真紅はしばらく、天井を仰いだ後、ふ、と息を吐く。
「学校なんて行きたくなければ、行く必要はないでしょう」
「…へえ」
222 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:50:18.19 ID:rWUo/kw90
「規律や上下関係、協調性を学ぶ事は、生きていく上で大切な事」
「……」
「でも、だから『学校に行きなさい』『勉強しなさい』なんて、私は言えない」
「……」
「それはジュンが決める事」
「…そう」
「この間、あの子の学校の先生が来たわ」
めぐは前かがみの姿勢を直し、壁にもたれかかる。
「その後ジュンはトイレで吐いて、部屋に引き籠ってしまった」
「……」
「それからあの子は何日も起きなくなって」
「……」
「私にはどうしようもなかった。枕元にいる事しか、出来なかった」
「……」
「今はこうして、外に出られるくらいにはなったけど」
「………」
「私は何も聞かなかったし、ジュンも何も言わなかった。その時何があったかなんて」
時計の針が、11時を指した。
カタン、と音がして、真紅は一瞬そちらを見やる。
223 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:54:41.71 ID:rWUo/kw90
「…私はね、どこかの誰かに、自分を分かったつもりになられるのが一番嫌いなのよ」
手を遊ばせながら続ける。
「ジュンもきっとそう。あの子の苦しみなんて、あの子にしか分からない。
あの子が乗り越えていくしかないの」
「…そうね、その通りだわ」
「でも、私はジュンに、前を向いてほしい。光は、前を向かないと
自分に射してこないの。だから」
「………」
めぐがじっと見つめている。
「私はジュンの傍にいる。ピクニックに行くと良さそうな晴れの日でも、
土砂降りの雨の日でも、風がよく抜けて涼しい日でも」
「………」
「あの子が逃げ出したら追っかけていく。一人にならないように。
死にたがっていたら、落ち着くまで手を握っていてあげる。ずっと」
両手を膝に落とし、ぎゅっと握りしめる真紅。
226 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:17:17.24 ID:rWUo/kw90
「いつかあの子が立ち上がろうとした時に、横にいる私の肩を使って、
支えにして立ってくれれば、私はそれでいいの」
「………」
「少し脱線してしまったわね…ごめんなさい」
「いいえ、そんな事ないわ」
「…別に学校に行ってほしいとは思ってないけど、『私はジュンに、
いつか前を向いて欲しいとは思っている』、これでいいかしら」
真紅がめぐに視線を向ける。
「…ええ、素晴らしい回答だわ」
ぱちぱち、とめぐは手を叩いた。
229 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:25:15.70 ID:rWUo/kw90
ガチャリ、とドアが開いて、ジュンが入ってくる。
「あら、ジュン、どこへ行っていたの」
「ん、ちょっと散歩」
「迷子になっても知らないわよ」
「なるわけないだろ」
やれやれ、といった風に壁に寄り掛かるジュン。
「散歩に行ってたの?」
めぐが尋ねる。
「ん、ああ。結構そこの中庭、涼しくて気持ちいいよ」
「ね、もう一回、散歩に行く気、ないかしら?」
ベッドから降りるめぐ。
「え」
スリッパを履き、タオルケットを折りたたんでゆく。
「もうすぐお昼だから、暑くなる前に、ね?いいでしょう?」
「いや、僕はいいけど…」
ちらっと廊下を見やるジュン。
「あら、少しの散歩くらいで、いちいち看護士さんは咎めないわよ。気にしないで」
すたすたとドアの方へ歩いていく。
231 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:29:23.55 ID:rWUo/kw90
「ちょ、ちょっと待って」
ジュンが慌ててそれを追いかけ、二人はドアの向こうに消えた。
「……やれやれ」
真紅は開きっぱなしのドアを閉め、ベッドの傍へ戻っていく。
「……」
次の瞬間、ガララッと窓を開けた。
「きゃっ!」
窓の外、びくっと身体を震わせた水銀燈が胸を押さえている。
「盗み聞きはよくないって、めぐが言ってたわよ」
「………」
「入ってらっしゃい」
真紅が促し、水銀燈はしぶしぶ病室に入った。
232 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:31:22.70 ID:rWUo/kw90
「ん………」
外に出た所でめぐが顔をしかめる。
「眩しい」
右手で日光を遮る仕草をする。
「外に出たのなんて、何ヶ月ぶりかしら」
「えっ?」
ジュンが思わずめぐを見る。
「ふふ、驚いた?」
中庭の方へ歩き出すめぐ。
「あ、待って」
ジュンがそれを追いかける。
ミーン、ミン、ミン、ミーン、と、蝉の鳴き声が聞こえる。
ヒュウウ、と風が吹き、めぐの長い黒髪が、ふわりと浮き上がる。
「ん………」
気持ち良さそうに目を閉じ、前髪をかきあげる。
「あ…」
ジュンはその仕草に、思わずどきっとする。
234 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:35:45.87 ID:rWUo/kw90
「………」
少し先を歩くめぐ。そこから2メートルほど後ろを、ジュンが歩いている。
「暑いわね…」
めぐが額の汗を拭い、木陰のベンチに座る。
「…ああ」
めぐは袖で何度も額を拭っている。そんなに暑いのだろうか。
「エアコンの部屋から出てないからよ、これは」
心を読んだかのように、めぐが答えた。
「エ…エアコン…?」
「人はね、汗をかく生き物なの」
「……」
立ち尽くしているジュンを見て、めぐがトントンとベンチを叩く。
「ここに座って」
「え、いいよ僕は」
「いいから」
真っ直ぐ見据えてくるめぐ。
236 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:43:34.74 ID:rWUo/kw90
ジュンが横に座り、めぐは背もたれに思い切り寄り掛かる。
「ふうーーー」
目を閉じ、大きく息を吐く。
身体を反らした時、胸が膨らんでいるのに気づく。
「あ………」
16歳の女の子の胸。すぐに目を逸らす。
「私はホントに、部屋から出たことなかったから…」
身体を戻し、ふう、と息を吐く。
「かかなきゃいけない汗が、こういう時にドバッと出ちゃうの」
「へ、へえ」
ジュンは視線を適当な所に向ける。
ふと、視界の隅、茂みがガサガサ動いているのが見える。
「ん」
次の瞬間、太った三毛猫が飛び出してくる。
「あ」
「あら…」
めぐもそれに気付いた。
「おいで、おいで」
チチチチチ、と口を鳴らし、地面スレスレに手を置いて、
カサカサカサ、と動かす。
三毛猫はそれにつられ、こちらにト、ト、ト、と近寄ってくる。
237 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:46:17.27 ID:rWUo/kw90
「うっぷ、よし、イイ子イイ子」
膝をつたって飛び乗ってきた猫を、めぐは何度も撫でる。
「……」
ジュンは意外そうにそれを見つめた。
「人慣れしてるでしょ、この子」
「…うん、びっくりした」
「もう10年になるかしら」
ゴロゴロ、と喉を鳴らし始めた猫を撫でながら、めぐが視線を落とす。
「この子は捨て猫だったのよ」
「…へえ」
「たまたま病院に猫好きの先生がいて、勝手口の裏のストックハウスで、
この子を飼い始めたの」
「………」
めぐはふう、と息を吐き、撫でるのを止める。
「ジュン君、面白い話、してあげましょうか」
239 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:49:32.11 ID:rWUo/kw90
「何?」
「猫も人間も、いえ、哺乳類はみんな、一生に20億回の鼓動を打つって、
決まっているのよ」
「20億???」
「そうよ、正確には、15億から20億、くらいだったかしら。哺乳類の
心臓はそうなってるらしいわ」
「へえ……」
「高血圧の人は早死にするケースが多いのは、そういう理由があるの」
初耳だな、とジュンは思った。
「極端な話、1分間に80回の鼓動を打つ人と、60回の鼓動を打つ人で、
寿命が違うわけね。極端な話よ。全員が全員、そうだというわけじゃないのよ」
ふふ、と笑う。
「ハツカネズミは、1分間に600~700回打つとか云うし、ゾウなんてのは
1分間に20回くらい。クジラはねえ…何回だと思う?」
「クジラ?」
言い方からすると、10回前後かな、と考える。
「3回よ。1分間にたったの3回」
「さ、3回!?」
思わず頓狂な声を上げる。
240 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:52:29.13 ID:rWUo/kw90
「びっくりしたでしょ。シロナガスクジラなんかは、それもあって、
120歳くらいまで生きるらしいわよ。計算が合わないのは何でかしらね。
身体が持たないのかしら」
「………」
めぐの視線がうつむき、猫の喉を鳴らし始める。
「私の」
はっとするジュン。
「私の身体も、きっとそう…」
めぐの膝で、猫が寝がえりを打つ。
それを見て、安心したように笑うめぐ。
「………」
その眼には、猫の愛くるしい寝顔だけが映り込んでいた。
243 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 19:04:41.75 ID:rWUo/kw90
「意外だったわ」
ベッドに座った水銀燈と、窓辺に寄り掛かった真紅。
先に口を開いたのは、真紅だった。
「結構、優しいとこあるじゃないの、水銀燈」
「ふん」
「あら、褒めてるのよ。それとも、けなして欲しいのかしら?」
「………」
じろっと真紅を睨む。
「ここでアリスゲームしたって、私はいいのよぉ、真紅」
立ち上がり、椅子に右足と右手を掛ける。
「嫌よ、どうしてこんな所で」
「…なら厭味ったらしく喋るくせ、いい加減やめなさぁい」
ふん、と鼻を鳴らす水銀燈。
「分かったわ。もう少し、私ものんびりしていたいし」
言いながら、窓の外に視線を移す。
246 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 19:17:52.18 ID:rWUo/kw90
「………」
水銀燈は、少し考える。
この様子では、本当に雪華綺晶は、真紅たちに干渉
していない。
アリスゲームも、残り5体の段階から動いていない。
ローザミスティカの奪い合いがあったのであれば、姉妹全員が感覚で
分かるはずで、その辺りの話も出てきていない。
否。
奪い合いだけが、アリスゲームを進める手段だろうか?
そうとは限らない。雪華綺晶は別の手段で進めると明言している。
「………」
ならば、確認はしておくべきだ。
「真紅」
「…何?」
真紅がこちらを向いた。
259 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 20:45:01.12 ID:rWUo/kw90
「一つ訊いておきたいのだけど」
「…何かしら?」
言葉は選ばなければならない。
「最近…」
「?」
「何か、変わった事なかった?」
少し首を傾げる水銀燈。釣られて真紅も首を傾ける。
「何?どういう事?」
眉をひそめる真紅。
「何もない?」
「………」
答えない。代わりに、水銀燈の顔をじっと見ている。
「何もないなら、いいのよぉ、別に」
「…私にはないけど、どうしてそんな質問をするの?」
「いいえ。何でもないわ」
視線を逸らす水銀燈。
261 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 20:52:06.52 ID:rWUo/kw90
「こっちを向きなさい。水銀燈。貴女が私に質問するなんて、
珍しいじゃない。どういう風の吹き回しかしら」
「………」
こういう言い方をすれば、大抵喧嘩になる。だが、今日の水銀燈は
逃げるように視線を逸らしているだけであった。
真紅は一歩踏み込んでみる事にする。
「…そういう質問をするのは、最近貴女に変わった事があったからじゃないの。違う?」
ぐっ、と水銀燈は唾を飲み込む。
「答えなさい。貴女には答える義務がある」
「………」
水銀燈は立ち上がり、背中を向けてしまう。
真紅はそれでピンと来た。
「……白薔薇ね」
水銀燈の目が見開かれる。
「分かるわよ。その反応からして」
264 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 20:56:31.10 ID:rWUo/kw90
時計の針が、コッチ、コッチ、と時を刻む。
「…そういう取引をしたわ」
「なるほどね」
真紅の反応は、意外と淡々としたものだった。
「怒らないのねぇ」
「相手は白薔薇よ。私だって、対峙した時は、きっと誤魔化して、
全員で作戦練る選択肢を採るわ」
「……雪華綺晶」
「…え?」
「第7ドールの、名前よぉ」
「……」
ぼふっとベッドに座る水銀燈。
何か考え事をしているようだ。
「変わった事…」
「……」
「昨日から翠星石が帰ってこないわね、そういえば」
267 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:03:11.70 ID:rWUo/kw90
顎に手を当て、一点を見つめる真紅。
「翠星石が?」
「まだ雪華綺晶の仕業と断定は出来ない。蒼星石の所に
行っているだけかもしれない」
「………」
「でも、対策は練っておきたいわ。ここにいない金糸雀だって、
何かされているかもしれない。連絡を取らなきゃね」
「…真紅」
水銀燈が呟いた。
268 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:06:42.13 ID:rWUo/kw90
「あの二人は…?」
窓の外、中庭を見やる。摺りガラスとはいえ、何を指しているのか
くらいは、真紅にも理解出来る。
「…マスターたちも、ここから先、否応なしにゲームに
巻き込まれていくわ」
「……」
「眠らせて力を奪うのが目的であれば、必ず雪華綺晶は
接触してくる」
「…私、出来たら、今のあの子は、巻き込みたくないのよぉ」
ベッドに手を置く水銀燈。
「無理よ、どう考えても。取引したんでしょう」
「………」
「雪華綺晶の手が伸びる前に、私たちで防衛線を張る事は
出来るかもしれないけど」
「………」
水銀燈は、何も言わなかった。
270 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:11:49.06 ID:rWUo/kw90
「あら、めぐちゃん」
めぐの病室の前。
「あ、こんにちは」
ジュンが頭を下げる。大きなカートを押す手を止め、佐原が
驚いたようにこちらを見つめている。
「珍しいわね、散歩?」
「ええ」
にこりと笑い、カートに乗せてある食事を見る。
「美味しそうね、この煮魚」
「え」
「これおひたしかしら」
「………」
「ジュン君ごめんなさい、ドアだけ開けてもらってもいい?」
ひょいと自分の食器を取り、ドアの前に立つめぐ。
「うん」
ドアを開けると、めぐはさっさと中に入ってしまった。
271 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:16:05.42 ID:rWUo/kw90
「………」
「どうしたんですか」
放心状態の佐原に、ジュンが尋ねる。
「い、いいえ……珍しいな、と思って」
「?」
「ああ、ごめんなさい、何でもないわ」
我に返り、隣の病室の前へ向かう。
「あ、ねえ」
部屋に入ろうとしたジュンを、思い出したように呼び止める。
「はい?」
「大事にしてあげてね。優しい子だから」
そう言ってほほ笑む佐原。
「はあ」
「ジュン君、何してるの?」
中から声を掛けられ、ジュンは部屋へと入った。
272 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:20:07.25 ID:rWUo/kw90
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「ええ、ありがとう」
空っぽになった食器を下げ終え、ジュンは立ち上がる。
「………」
水銀燈がめぐを見つめている。
「真紅」
抱っこされた真紅が振り返る。
「…これで、私が持っている情報は全て伝えたつもりよぉ」
ふう、と息をつく水銀燈。
「分かったわ。金糸雀と翠星石にも伝えとくわ」
「ええ」
ジュンが訝しげな顔をする。
「なんだ?」
「何でもないわ」
「ええ、こちらの話よぉ」
真紅と水銀燈がそれぞれ答える。
「……ふうん」
274 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:22:34.12 ID:rWUo/kw90
二人が出て行き、バタンと閉まったドアを見やる水銀燈。
嘘である。
水銀燈は、一つだけ伝えなかった事がある。
「………」
雪華綺晶が一瞬だけ、目を泳がせた時のやり取り。
いざという時の切り札。目的を達成するための。
「(悪いけど、貴女には壊れてもらうわぁ。ごめんなさいねぇ、真紅…)」
心の中で、水銀燈は呟いた。
276 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:23:35.20 ID:rWUo/kw90
今日の投下はここで終わりにします。
ちょっと色々あって…
保守してくれた方、本当にありがとうございました。
282 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 21:33:41.93 ID:E1g7V4J10
リアルタイムで神に遭遇できてよかった
スレ汚しになるかもしれんがせっかく描いたからうpする
続き楽しみにしてるよ!
396 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:27:24.99 ID:8cHvSUei0
オッス投下するぜ!!保守ありがとう!!
397 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/17(木) 17:29:16.00 ID:9mF6I6zb0
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
401 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:37:42.06 ID:8cHvSUei0
コンコン。
コンコン。
コンコン。
真っ暗な部屋の中。盛り上がっているベッド。
黒髪の女性が、静かに眠っている。
ドンドン。
ドンドン。
ドンドン。
窓を叩く音が、少し大きくなる。
「みっちゃあーん」
金糸雀が、困り果てた顔で何度も窓を叩いている。
既に空には星が瞬き、金糸雀は30分以上も窓際で粘っていた。
403 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:43:56.82 ID:8cHvSUei0
「はあ……」
一向に起きる気配がない。
「仕事で疲れてるのかしら……」
言いながら、自分も疲れ果ててしまっている。
「…お腹減ったわ…」
バルコニーにへたり込み、膝を抱えてうずくまる金糸雀。
「うう…」
ふと、脇にいたピチカートが何かに反応する。
キィン、と光りながら、手すりの向こうへ消える。
「あら、ちょっとどこ行くのピチカートー」
後を追おうとして、手すりの向こうを見る。
「あっ?」
ピチカートの向こう。赤い光がこちらに近づいてくる。
「あれは……」
ホーリエだ、と分かった。
405 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:50:34.47 ID:8cHvSUei0
「…………」
桜田家のリビング。のりとジュンは、既に2階へ上がっている。
「そういう事よ、金糸雀」
二人掛けのソファに座る真紅。
その向かい、一人掛けのソファに座っているのは、金糸雀。
「………」
全てを話し終えた真紅に対し、金糸雀はあまり事情を飲み込めていない様子だった。
「雪華綺晶…」
「そう、雛苺の身体を奪った末の妹の名前。彼女は、水銀燈と取引をした」
「……そんな、私たちのローザミスティカを…」
胸を押さえる。
「翠星石がいなくなった。もうそろそろゼンマイを巻かないといけないのに」
「え」
「おそらく…」
「で、でも、ローザミスティカの奪い合いとかは」
「ええ、翠星石はローザミスティカを奪われたわけじゃないのよ、多分」
「そ、それなら……」
ぐうぅ~、とお腹が鳴った。
「う…」
「あら」
拍子抜けした声を出す真紅。
407 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:56:14.77 ID:8cHvSUei0
「何も食べてないの?もう8時半なのに」
「みっちゃんが起きないのよ。何回窓叩いても」
真紅の眉がぴくっと動く。
「だから部屋に入れなくて、困ってるのかしら」
がたっと音を立て、立ち上がる真紅。
「いつから?それは」
「え、一時間くらい前よ」
「マスターが起きない……起きない……」
何か、心の中に引っ掛かっている。何か。
「………」
腕組みをしていた真紅が、顔を上げる。
「金糸雀」
「なぁに、真紅」
「今日は泊まっていきなさい。翠星石の件もあるし、もし雪華綺晶が
仕掛けてきても、2人でジュンの傍にいれば、まだ何とかなるでしょう」
「……ええ…それは別にいいけど…」
408 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:58:40.59 ID:8cHvSUei0
真紅は目を伏せ、時系列を整理する。
水銀燈と雪華綺晶の接触が3日前。
翠星石が消えたのは昨日。
そして今日、金糸雀のマスターに異変(まだ異変とは呼べないかもしれないが)があった。
ローザミスティカの動きはない。
……何かが抜けている。
そうだ、めぐは今日の昼、何と言った?
「病院に運ばれてきた、決して起きないフランス人の女の子」
411 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:05:47.69 ID:8cHvSUei0
「金糸雀」
立ち上がろうとした金糸雀が動きを止める。
「何かしら…?」
「明日、一緒に来てほしい場所があるの」
「明日…?」
いや、それでは遅い。おそらく。
「いえ、今からよ。時間がないわ」
「い、今から??」
返事を聞き終える前に、真紅はすたすたとリビングを出て、2階に上がっていった。
「ちょ、ちょっと待ってかしらー」
金糸雀は慌てて後を追った。
413 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:10:21.31 ID:8cHvSUei0
真っ暗な薔薇の庭園。
その中にそびえる屋敷。
部屋の照明が点きっぱなしだった事が、2体のドールには幸いだった。
「やはり」
割れた窓から侵入した真紅。
ベッドで寝ている結菱一葉は、何度も揺するが、起きなかった。
「蒼星石、いないわよー」
空っぽの鞄を確認する金糸雀。
「予想通りね………」
「へ??」
部屋の隅、日めくりカレンダーを見た真紅。
日付は一昨日。つまり、2日前で止まっている。
「金糸雀、よく聞いて頂戴」
「何よ?」
「先に言っておくわ。雪華綺晶はおそらく明日、仕掛けてくる」
「え」
「………」
「ど、どういう事かしら、真紅」
「説明はしないわ。ただの憶測だし」
困惑する金糸雀を無視し、再び考え込む。
「………」
415 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:14:05.56 ID:8cHvSUei0
結菱一葉は、おそらく2日前に眠らされた。カレンダーが
そこで止まっている事を考慮し、そう仮説を立てるならば、
雪華綺晶と水銀燈の接触の次の日から、
2日目に一葉、3日目に翠星石、そして今日は草笛みつ、と、
一日毎に一人、異変が起きていると推測出来る。
病院に搬送されたフランス人の女の子が、仮にオディールだとして、
彼女は誰のマスターになる。あの指輪は。
食われる前、雛苺は契約したか分からないと言った。雛苺のマスターでないと
したら、余っているのは、残り1体しかいない。
とすると、オディールは利用された。雪華綺晶と契約を「させられた」。
そして眠らされた。そう考えれば、辻褄は合う。
418 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:19:46.37 ID:8cHvSUei0
もう翠星石もネジが切れている頃だ。雪華綺晶に捕えられたと
推測するのが自然である。
では、どうして一気に仕掛けてこないのか。
否、仕掛けられないのか?
雪華綺晶が時間を掛けているのは、ローザミスティカを水銀燈に与えたために、
続けて仕掛ける体力がないからではないか。
こちらがこうして動くのを承知で、徒に時間を掛けているとは
考えられない。
つまり、次に動くとしたら、明日。
残るは水銀燈、金糸雀、真紅、めぐ、ジュン。
水銀燈との取引を考えるなら、めぐと水銀燈は最後。
420 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:24:25.10 ID:8cHvSUei0
明日は残る3人のうちの誰か。
みつが眠らされた事を考えると、
マスターを先に眠らせ、力の供給が断たれた所を
攻めてくるかもしれない。
だとすると、次はジュンが眠らされる番だろうか?
だが、疑問も残る。
どうして翠星石のローザミスティカを奪っていないのか。
蒼星石の身体はどこへ行ってしまったのか。
421 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:27:32.44 ID:8cHvSUei0
「ちょっと真紅」
名前を呼ばれ、我に返る。
「カナを振りまわしてどういうつもり?キチンと説明しなさいよ」
「ええ…ああ」
真紅は時計を確認する。21時過ぎ。
「………」
賭けに出るべきだろうか。いや、出ないといけない。
「金糸雀、私の考えを説明するわ」
真紅が金糸雀を見据え、喋り始めた。
423 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:32:31.23 ID:8cHvSUei0
「みっちゃんが眠らされてる…?」
半ば信じられない、といった様子で、立ち尽くしている。
「あくまでも推測よ。でも、そう考えておいて、間違いはないと思うの」
少しうつむく真紅。
「………」
首をかしげている金糸雀。視線が何かを求めるように虚空をさ迷っている。
「この蒼星石のマスターも、同じように起きない。考えられるとしたら、みっちゃんさんも…」
「カ…カナは…」
真紅が顔を上げる。
「嘘よ。冗談はよしてほしいかしら。今朝はちゃんと起きてたのよ。
カナはちゃんと今日、お話したのよ…」
一歩後ずさる。
「かな……」
「嘘よ!信じないかしら!!絶対、絶対、そんな事……」
膝をつき、胸を押さえてカタカタ震える金糸雀。
真紅は、ただ黙ってうつむいている事しか出来なかった。
425 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:37:24.97 ID:8cHvSUei0
カチ、カチ、という音。
「……」
9時半を過ぎ、部屋でジュンがパソコンを見ている。
カララ、と窓が開いて、鞄に乗った真紅と金糸雀が部屋に入ってきた。
「どこ行ってたんだ?」
画面から視線を動かさず尋ねるジュン。
「ちょっとね」
「そか」
ちらっと、横の金糸雀を見やる真紅。
「ね、ねえジュン、今日、金糸雀が泊まっていきたいらしいんだけど、いいかしら」
少しどもりながら言う。
「ん…別にいいけど」
「そ、そう、ありがとう」
「………」
黙り込む真紅。
ジュンにも、全てを説明しないといけない。
たとえ巻き込む事になったとしても。
427 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:41:58.71 ID:8cHvSUei0
カタカタカタ、とキーボードを打ちこむジュン。
「何をしているの?」
「ん、ちょっとな」
「………」
真紅は視線を伏せ、ベッドに座り込む。ジュンは相変わらず、パソコンに
向かってマウスを動かしたり、キーボードを叩く作業を繰り返している。
いつもは、頬づえをついて下らないサイトを見たり、勉強している頃だが、
今日は何か調べ物をしているようだった。
「……ねえ」
「なあ、真紅」
同時に言葉を発する二人。
「あ、ごめん、何?」
椅子をキッと回し、こちらに向くジュン。
「いいわよ、貴方から言って頂戴。私は長くなるから」
「ああ。そか、悪いな」
「……」
428 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:46:33.02 ID:8cHvSUei0
「あのさ、水銀燈のマスターの事なんだけど」
「…ええ、何かしら」
「明日も行こうと思うんだ」
「そう」
ジュンはこめかみをポリポリとかき、ふう、と息を整える。
「なんか、元気にしてやれる方法ないかな」
「?」
「今日話してみてさ、何か淋しそうだったっていうか…」
「あら…」
真紅が目を丸くする。
「何か僕に出来る事があれば、してあげられたらな、とか」
「好きになったの?」
「はっ!?」
ガタッと立ち上がるジュン。
その反応を見て、真紅は思わずぷっと吹き出した。
「ふふ、まんざらでもないみたいね、ジュン」
「な、何言ってんだ、違うぞ、僕は」
「冗談に決まってるじゃない、何気分出してるの」
「………」
ジュンは顔を赤くし、椅子に座り直す。それをじっと
見つめる真紅。
429 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:06:03.83 ID:8cHvSUei0
ふと、画面に映し出されているものが、真紅の視界に入る。
「…あの子、ジュンが学校に行ってない事、見抜いてたわよ」
「えっ…」
「色々訊かれたわ。どうして行ってないのか、とか」
「……」
「行ってほしいかどうか、とか。割とお行儀がなってない子ね」
「僕の事を?」
「ええ。何か、自分に近いものでも感じたんじゃないかしら」
「………そ、そっか」
パソコンに向き直る。
会話が止まった。
ジュンはそれから頭をかいたり、天井を仰いだりして、落ち着かない。
「……」
真紅は数分間、それをじっと観察していた。
430 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:15:29.91 ID:8cHvSUei0
「…あれ、そう言えば真紅」
「何?」
「お前、何か言おうとしてなかったっけ」
「いいのよ、やっぱり何でもないわ」
真紅はジュンと視線を合わさず、一階に下りていった。
「あっ、ちょっと真紅」
追う金糸雀。
二人が出て行ってしまった後で、ジュンはパソコンに向き直った。
画面には、『心臓病Q&A』という項目が映し出されている。
「めぐさん…か…」
ぼんやりと呟いた。
432 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:21:40.82 ID:8cHvSUei0
「じゃあ、ホーリエ、ベリーベル。お願いね」
二つの光が鏡に消える。
「どうするの?」
「雪華綺晶を探してもらうのよ」
鏡に手を当てたまま答える真紅。
「……ジュン君には言わないの?」
「ええ…」
「どうして?」
真紅が振り返る。
「さっきは言おうとしたわ。でも」
「…?」
「パソコンに映っているものを見て、私は言うのをやめた」
「何が映ってたの」
「………」
「…」
「それは言えないわ。ただ、こちらから巻き込むような事は、今のあの子に対して
したくないの」
434 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:28:57.70 ID:8cHvSUei0
「…でも」
真紅はその言葉を言い終え、深呼吸をして、
自分の胸に手を置く。
そうか、と思った。
水銀燈は同じ事を言おうとしたのだ。
あれだけ自分が嫌っていた姉は、今日、自分と
同じ事を考えていたのだ。
「…金糸雀」
第2ドールは、呆けたような眼で見つめている。
「みっちゃんは、きっとまた起きてくれるわ。『おはよう』って、
帰ってきた貴女に対して」
「……ええ」
少しうつむく金糸雀。廊下の明かりが逆光になり、その表情は
暗くて見えない。
「だから、私たちは、そうなるように、頑張りましょう」
自分の胸を押さえながら、真紅は絞り出すように言った。
435 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:33:03.10 ID:8cHvSUei0
明くる日の早朝。
「じゃあ、僕行ってくるから。お前は行かないのか?」
ジュンが振り返って尋ねる。
「ええ、ちょっと用事があるのよ。めぐによろしくね」
にこっと笑い、手を振る真紅。
見送りが終わり、一息ついた頃だった。
物置から、ヒューンとベリーベル、ホーリエが現れた。
「見つけたのね」
真紅は金糸雀に促し、物置へと向かう。
「ベリーベル、あなたは水銀燈の所へ」
ピンク色の光が窓から出ていくのを見届け、
真紅と金糸雀、ホーリエ、そしてピチカートが鏡の中に
飛び込んだ。
437 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:37:24.00 ID:8cHvSUei0
nのフィールドを一直線に飛び続ける二人。
その二人を先導するホーリエ。
「…」
真紅は胸元を押さえ、目を閉じる。
とうとう、ジュンには何も言わずにきてしまった。
言えば良かったのかもしれない、と少しは感じている。マスターがいれば
心強いし、何よりこちらも力を受けられる。
「……」
どうして何も言わなかったのか、自分でもよく分からない。
「ジュン…」
438 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:42:20.63 ID:8cHvSUei0
進むにつれ、白い霧が出てきた。
真紅はホーリエに減速するように促すが、それでも見失いそうになる。
「か、金糸雀…」
すぐ隣で並んで飛んでいるはずの金糸雀に声を掛ける。
「大丈夫よ、こっちは」
声はするものの、姿が見えない。
「……!!」
自分の腕の先が見えなくなってきた。もはやホーリエは見えず、ふと前後左右、どこに
進んでいるのか分からなくなってきた。
「金糸雀!!」
声を上げる真紅。
返事が聞こえない。
「金糸雀!!返事しなさい!!ホーリエ!!」
思わず、真紅は立ち止まろうとする。
440 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:47:02.99 ID:8cHvSUei0
次の瞬間、何かが足に引っ掛かる感覚が起き、真紅は勢いで前方に
すっ転んだ。
「きゃあっ!」
違う。転んだという表現がおかしい。
転ぶには地面が必要なはずで。
間髪入れず、しゅるるっと右足に何かが絡みついてくる。
「あっ」
それは瞬く間に真紅の身体を縛り上げ、ずずず、と引っ張った。
「こ、これは」
白いイバラ。
「おはようございます、紅薔薇のお姉様」
そのイバラの先。振り向いた真紅の目に映ったのは、
嬉しそうに笑う雪華綺晶だった。
442 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:51:32.11 ID:8cHvSUei0
波が引くように、白い霧がさあっと晴れていく。
「まさかそちらから来ていただけるとは」
「黙りなさい白薔薇、いいえ雪華綺晶」
睨む真紅。
「名前で呼んでいただけて光栄です」
「……」
よく見ると、自分がクモの巣にかかっているのだ、と分かる。
違う。
クモの巣状に張られたイバラ。
「あっ」
真紅は目を見開いた。
倒れた自分の背後に座る、雪華綺晶。両の手から伸びるイバラ。
右手から伸びるイバラは自分を縛っていて、もう片方の手から伸びる
イバラが、金糸雀を縛っている。
「金糸雀!!」
「無駄ですわ」
445 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:55:16.36 ID:8cHvSUei0
金糸雀は顔を上げようとせず、ぐったりと身体を横たえていた。
「ローザミスティカを奪ったの」
「さあ、教える義理はありませんわ」
にっ、と笑う雪華綺晶。その背後に、4つの白い水晶が並んでいる。
「……!!」
ぞくっと身体に走るものがあった。
それぞれの中に、一つずつ見える人影。
一人でぬいぐるみと遊んでいるオディール。
お茶を飲んでいる一葉。
ベッドで寝ているみつ。
そして、いなくなっていた蒼星石と共に倒れている、翠星石。
「貴女がやったのね」
「ふふ」
答える代わりに、微笑を浮かべる。
446 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 20:00:27.38 ID:8cHvSUei0
「答えなさい。翠星石のローザミスティカをどうしたの」
「お姉様」
左手に抱えている金糸雀を離し、かしゃんと倒れる音がした。
そのまま、雪華綺晶は真紅に近づいてくる。
「ぐっ……」
引き千切ろうにも、全く身体が動かない。
「?」
真紅はあるものに気づいた。
視界の隅。白い水晶の後ろ、雪華綺晶から見えないところに、
黄色い光と、赤い光が見える。
「ホーリエ!!ピチカート!!」
真紅が叫んだ。
雪華綺晶が視線をきょろきょろさせる。
「うっ」
キィン、とまばゆく光ったのはホーリエ。
雪華綺晶の目が眩む。
449 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 20:05:16.60 ID:8cHvSUei0
隙をついてピチカートが、引き離された金糸雀のイバラを千切り、クモの巣から
金糸雀は落下していった。
それを追い、闇に消えていくピチカート。
「く…」
元の方角に消えていくホーリエ。
「そうよ、それでいいわ…」
にっ、と笑う真紅。
「………」
金糸雀たちが消えた方向を凝視していた雪華綺晶は、
やがて一息つき、もがいている真紅へと近寄っていく。
「別に構いませんわ。アリスになるのは、この私。もうすぐ…」
真紅の顎を持つ。
「やめなさいこの…」
歯を食いしばり、睨むのをやめない。
「だから…お姉様のローザミスティカ…もらいますね」
どつっという音がして、真紅が目を見開く。
452 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 20:07:59.66 ID:8cHvSUei0
胸に走る、何か温かい感覚。
ずずず、と、胸の一角が奥へ、奥へと押しやられているような音。
「…あ」
真紅は震えながら、自分の胸を見やる。
白いイバラが数本、確かに自分の胸を貫いていた。
「ジュ…」
かた、かた、と震えた後、真紅は目を見開いたまま、動かなくなった。
「……」
真紅の身体が光り始め、そこから2つの宝石が出現する。
「おやすみなさい、紅薔薇のお姉様」
雪華綺晶は笑ったまま、愛おしそうに真紅の身体を撫で続けた。
※その2へ
「やめなさい、めぐちゃん!!」
ヒュンとゴミ箱が飛んでくる。
「ひっ」
ガコッと壁にぶつかり、もともと亀裂の入っていたそれが、
ぱっくりと二つに割れる。
「佐原さんに分かるわけないわ!」
「めぐちゃ…」
写真立てが、佐原と呼ばれた看護士に当たる。
「出てって!!出てってよ!!」
そう言って、めぐが病院食の器に手を掛ける。
「わ、分かったわ!出てくから!だからもう投げないで!!」
「じゃあさっさとしなさいよ!」
言い終わらない内に、佐原は逃げるように病室から出ていった。
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:28:14.11 ID:rWUo/kw90
「…………」
夕日のオレンジが、床に飛び散ったガラス片をきらきらと輝かせている。
ベッドの上。黒ずんだ瞳から、白く涙の跡が見えている。
「………」
柿崎めぐは、横になったまま、徐々に紅く染まってゆく落日を見つめていた。
「水銀燈」
かすれた声。
「いるんでしょ?出てきなさいよ」
「………」
しばらく間があった。
「影、見えてるから」
「………」
窓の影から、ひょこっと第1ドールの水銀燈が顔を出した。
「最近趣味が悪いわね」
視線を動かさないめぐ。
「……何が?」
じっとめぐを見据える水銀燈。
「人のヒステリー盗み聞きして、楽しい?」
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:31:05.50 ID:JyukUoCe0
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:31:35.04 ID:rWUo/kw90
「………」
水銀燈は視線を動かさない。
「…何でもないわ。忘れて。私、ちょっとおかしくなってるの」
「…………」
そう言って、めぐは天井に視線を移す。
「おかしくなんかないわよ」
「…え?」
めぐが再び水銀燈を見やる。
「いつもの事じゃない」
言いながら、割れたままのゴミ箱を指さす。
「5回くらい投げてるでしょ、それも」
「………」
ゴミ箱を見つめたままのめぐ。
「ふふ、そうね、いつも通りね、私…何も」
「…何も?」
「変わらないわ」
「どういう意味?」
ヒュウッと風が吹き込んでくる。
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:37:00.01 ID:rWUo/kw90
「水銀燈、今何時?」
「え」
言われて、水銀燈は病室の時計を見る。
「…18時…42分…」
「7月のこの時間になるとね」
「……?」
「夕日がだんだん紅く染まって、凄く綺麗なの」
「……」
「それは毎年一緒。この病室から見る景色は」
半身を起こすめぐ。
「私の命も、変わらない」
水銀燈がめぐを見つめる。
「いつまで経っても死ねない」
「……」
「何なのかしら、これ」
「………」
「何か悪い事、したのかしら、私」
ぼふっとベッドに倒れ込む。
「生まれてこない方が良かったのに」
「やめなさい、めぐ」
窓から、病室へと入ってくる水銀燈。
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:41:15.39 ID:rWUo/kw90
少しうつむき加減の彼女を見て、めぐが少し笑う。
「優しいのね」
「…は?」
顔を上げる。
「ね、水銀燈、これ見て」
ベッドから降り、スリッパを履いて、ガラス片の中にあるカメラを
拾う。
「なぁに、それ」
「父が昔くれたの」
言いながら、カメラを水銀燈に向ける。
「はは、見て、これ一枚も減ってないの」
「え?」
「今まで、なあんにも撮るものなんて無かったから」
虚ろな目になる。
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:38:20.31 ID:yhEqLYDJ0
きらきーでそう
とか予想してみる
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:41:46.25 ID:rWUo/kw90
>>8出るよ 今まで出さなかったけど
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:44:33.04 ID:yhEqLYDJ0
きらきー初出演期待
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:46:16.78 ID:rWUo/kw90
「ねえ」
「ん?」
「何するの?」
「写真よ」
「シャシン?」
怪訝な顔つきになる。
「知らないの?」
「ええ」
「…そう、ま、実際にやってみましょうか」
「……」
ぼふっとベッドに座るめぐ。
「水銀燈、こっち来て」
ぽふぽふと膝の上を叩く。
「何言ってるの、嫌よ」
ぷいと横を向く。
めぐはそれを見て目を丸くする。
「あら、貴女がここに来ないと出来ないのよ?面白いのになぁ」
ふう、とため息をつく。
「………」
「ね、来て。ちょっとだけだから」
「……」
しばらく横を向いていた水銀燈は大きくため息をつき、やがて渋々めぐの膝へとよじ登った。
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:50:07.51 ID:rWUo/kw90
一瞬フラッシュが光り、次いでジィィ~と紙が出てくる。
「ん……」
思わずそれを覗き込む水銀燈。
嬉しそうに微笑んでいるめぐ。その膝の上で、口を尖らせた自分が写っている。
「……鏡?」
水銀燈が呟く。
「いいえ、違うけど…姿が映る、っていう点では同じね」
めぐが嬉しそうに、写真をじいっと見つめる。
「ね、水銀燈」
「何?」
めぐは立ち上がり、床に転がっている
写真立てを手に取る。
「これ、飾っちゃっていいかしら」
「………」
「ね、いいでしょ、お願い」
「…好きにすれば」
顔を背ける水銀燈。めぐは再び微笑む。
その背後で、ほんの少し、鏡が揺らめいた。
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:54:44.49 ID:rWUo/kw90
ガチャリ、とリビングのドアが開いた。
「お」
ダイニングの椅子に座っているジュンが振り向く。
「おはよう、ジュン」
ステッキをドアノブから外し、第5ドールの真紅が口を開く。
「おはよ」
「あっ、真紅おはようかしら」
ソファの上から、第2ドール金糸雀の声。
「もう始まるですよ」
その隣、第3ドールの翠星石がリモコンをピッ、ピッ、と動かす。
「のりはまだなの?」
きょろきょろと見回す真紅。
「うん、今日は遅いな…」
真紅がため息をつく。
「しょうがないわね、ジュン、紅茶を淹れて頂戴」
「はぁ?何で朝っぱらから僕がそんな事…痛でっ!」
ジュンの顎をツインテールが弾き、椅子ごと床に倒れ込むジュン。
「うるさいわね、早くしなさい」
「お…お前…この…」
「な~にやってるですか、気が散るですぅ」
翠星石がため息をついた。
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 01:59:00.00 ID:rWUo/kw90
午前8時を回っても、一向にのりは下りてこなかった。
「おかしいな」
ぐぅぅ~、と音がした。
「ん?誰だ今の」
ジュンがソファを見る。
「翠星石は違うですぅ」
隣の二人を見やる翠星石。
「…金糸雀ね、はしたないわよ金糸雀」
「カナはお腹なんて鳴ってないかしら」
右端の金糸雀がきょとんとしている。
「………」
「…………」
きゅううぅぅ~、と音がする。
「あっ、真紅、お腹減ってるのですか?」
「何だ、お前か。人のせいにするなよ、みっともない」
「う、うるさいわねっ!」
「………」
3人が真紅を見つめている。
「わ、私、ちょっとのりの様子を見てくるから」
お腹をさすりながら、そそくさと出ていく真紅。
「…相変わらずだな…」
バタンと音がした後、ジュンはハア、と息を吐いた。
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:03:53.39 ID:rWUo/kw90
「全く…レディに朝っぱらから恥をかかせるなんて…」
文字通り真っ赤に染まった真紅は、ぶつぶつ言いながら
階段を上る。
のりの部屋の前に立ち、コンコン、とノックする。
「のり」
返事はない。
もう一度、コンコン、とノックする真紅。
「のり、起きなさい」
数秒待っても反応はない。
「…入るわよ。ごめんなさい」
真紅が部屋に入ると、ベッドでのりが寝ているのが分かった。
「うっ…」
つんと鼻をつく臭い。
「寝てるの?学校遅れるわよ」
近づいていく。
ふと、床に何かこびりついているのが見える。
「?」
更に臭いが酷くなる。思わず鼻をつまむ真紅。
「のり…」
顔を覗き込んだ真紅の目に映る、ベッドからだらんと垂れ下がった左手。
「!?」
「はっ…はっ…」
のりが苦しそうに震えている。
口元から見えている黄色い液体が、吐瀉物であると理解出来るのに、
数秒を要した。
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:09:56.14 ID:rWUo/kw90
ピーポーピーポー、と救急車の音が遠ざかっていく。
「………」
「びっくりしたかしら…」
二階の窓から、翠星石と金糸雀が、心配そうに見送っている。
「心配ですぅ…」
「うん…」
ぎゅっと拳を握りしめる金糸雀。
「翠星石」
「………」
今にも泣き出しそうになっている。
「……」
「だ、大丈夫かしら、ほら、ジュン君も真紅もついてったし。
元気になって帰ってくるかしら」
「……」
答えない。
「す…翠星石…?」
「わかってるですぅ」
顔を上げる翠星石。
「でも…翠星石は…これ以上誰かを失いたくは…」
レースの裾をぎゅっとつかむ。
20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:12:39.16 ID:rWUo/kw90
「翠星石…」
「チビ苺も…蒼星石も…」
翠星石が目をごしごしとこする。
金糸雀はそれを見て、雛苺の最期の姿を思い出す。
緑色の眼球が二つ、床に転がっている。
赤い靴が放り捨てられ、その横には、ピンク色のリボンとドレス。
その少し向こう。
白いイバラに覆われた肢体の傍らで光る、ピンク色の人工精霊。
かつての主の抜けがらを、ただ見ているだけしか出来ない。
その抜けがらを何度も撫で、楽しそうに笑っている、白薔薇の少女人形。
ぞくっと背中を震わせ、金糸雀はぶんぶんと首を振った。
ベリーベルが自分と真紅に見せた光景。いつか自分も、ああなる
時が来るかもしれない。
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:19:12.40 ID:rWUo/kw90
「どうしたですか…?」
いつの間にか、両肘を抱えて震えているのに気がついた。
そんな自分を、翠星石が不思議そうに見つめている。
「な、何でもないかしら」
再びぶんぶんと首を振り、金糸雀は一階へと下りていく。
「……」
翠星石はしばらく出ていったドアを見つめ、ふうっと息を吐く。
窓の外を見上げると、真っ青な空が視界に飛び込んでくる。
「………妹…か」
吸い込まれそうになる青。
「蒼星石……」
ふと、既に動かなくなった妹の名を口にする。
瞼を閉じると、やんちゃな自分に向ける困った笑顔が
鮮明に思い出される。
「う……ぅ…」
翠星石は目頭を押さえた。じんわりとこみ上げる熱いものを、
何とか、何とか鎮めようとする。
「………」
目を開けると、先ほどの青い空。
それを見つめたまま、翠星石はしばらく動けなかった。
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:24:25.34 ID:rWUo/kw90
エアコンの効いた病室。
ドアの破損部分に段ボールが張られている。
「……」
壁を背に座りこんだ水銀燈。
ちらっと、寝ているめぐを見やる。
「うぅ……」
くぐもった声。
「めぐ」
思わず立ち上がる。
傍に寄ると、汗だくになっているのが分かった。
かたかた、と少し震えている。
「……」
水銀燈は、思わずめぐの左手を握る。
自分の左手と、めぐの薬指の指輪が反応し、紫色の光を放ち始める。
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:28:35.52 ID:rWUo/kw90
「………」
めぐの呼吸が落ち着いてきた。
「ふう…」
水銀燈は安堵の表情を浮かべる。
「…水銀燈?」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「ありがとう…」
「え…あっ」
ぱっと左手を離す。めぐはそれを見て優しく笑う。
「傍にいてくれたんだ」
「や、私は別に…」
「………」
しばらく沈黙が流れる。
「…ちょっと嫌な夢を見たの」
「夢?」
「ええ」
めぐが左手を伸ばしてくる。
「たまに見るのよ、同じ夢を」
「……」
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:31:14.78 ID:rWUo/kw90
「私はここのベッドに寝ているの」
その手が水銀燈の手に触れる。
「横に、パパが立ってて」
めぐの触れた手を、じっと見つめる水銀燈。
「クマのぬいぐるみだったかしら、最初は。はしゃぐ私を見て、パパは笑ってた」
「…」
「次はオルゴール。何だったかな…イングランドの民謡だったわ。
嬉しそうな私を、パパがじっと見つめてた」
声がかすれている。
「次は絵本をくれたわ。パパはここに来る度、しゃがんで読み聞かせてくれた」
「…」
「おかしいわよね、小さい頃の事は、よく憶えているのに」
「…」
「私も女の子だったのね。そのうち胸が膨らんできて」
「…」
「普通の女の子と同じで、12歳頃に生理がきた」
「…」
「私まだ、生きてるんだなって思えたわ。でも」
「…でも?」
「嬉しくなかった」
声のトーンが下がる。
32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:33:17.97 ID:rWUo/kw90
「いつの頃からか、パパは私の傍に、座ってくれなくなった」
「…」
「笑ってもくれない。それに」
声が震えている。
「私の顔も、見てくれない」
「…」
「何も感じてくれない」
「めぐ…」
「私を置き去りにしたまま…」
「……」
「ねえ…水銀燈」
「…なぁに…」
「早く私を連れてってよ…早く…」
そこまで言うと、めぐは顔を覆い、鼻をすすり始めた。
33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:35:59.16 ID:rWUo/kw90
「よしなさい、めぐ」
「うっ…うっ…」
「私は天使なんかじゃない。貴女を連れてなんていけない」
「うぅ……」
「貴女に伝えたかしら、私」
「…」
「私はお人形。お父様に会うために、姉妹と闘っている。
そのために、貴女から力をもらっているだけ…」
ベッドによじ登る。
「もう動かなくなった妹もいる。でも」
窓の外から、ピーポーピーポーと音が聞こえてくる。
救急車が入ってきたようだ。
「私はそれに関して、何とも思っていない」
「…」
「私には私の目的がある。そのために、周りを利用しているだけ」
「…水銀燈」
「結局人は、何かにすがってもどうしようもないのよ」
めぐが両手を離す。
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:41:54.18 ID:rWUo/kw90
「ねえめぐ、死にたいなら、私の指輪に貴女を取り込もうと思えば、簡単に取り込める」
「…じゃあ、早く」
めぐの左手が再び伸びてくる。
「でも」
手がぴくっと止まる。
「もう少し自分を見つめ直してみたらどう?めぐ」
「…は?」
「本当に死にたいのなら、とっくにそこの窓から飛び降りてると思うわ」
「…どういう意味?」
「貴女は死にたいんじゃない。今の状況から逃げたいだけ…」
「……」
「だから、逃がしてくれそうな私にすがっている」
「…違うわ、知った風な口きかないで」
半身を起こすめぐ。
「違わないわ。だって」
「だって?何?」
「貴女は、自分のお父様の事を夢に見るし、鮮明に憶えてるじゃない」
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:45:48.73 ID:rWUo/kw90
「…パパは関係ないわ」
「嘘。私に話したのは、じゃあ何?私に知ってほしいからじゃないの?
『私はパパに愛されていたはずなのに、それなのに置き去りにされてる。どうしたらいいの』って」
「………」
「貴女が本当に求めているのは」
「知った風な口きかないで!!」
言葉と同時に、枕が飛んできた。
「きゃあ!」
顔面にモロに食らい、バランスを崩した水銀燈が、床に頭から落ちた。
ゴン、という音が響く。
「痛っ…」
頭を押さえ、顔をしかめる。
「貴女に何が分かるっていうの!!」
「…な、何すんのよ!」
「私は貴女みたいに強くないのよ」
水銀燈は、はっと気づく。
めぐはぼろぼろと涙を流していた。
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:48:47.90 ID:rWUo/kw90
「使えない心臓よ」
「…」
「私はクズよ。入院費も手術費も無駄なのよ。無駄。
佐原さんたちも平気で困らせるクズよ。クズなのよ」
「……」
「貴女みたいに、どこへでも飛んでいけて、
誰かと喧嘩したりなんて」
「……」
「貴女には分からないわよ!気休めはよして!
人形の貴女なんかに…」
めぐの言葉が止まる。
水銀燈が悲しそうな顔で、うつむいていた。
「……ごめんなさい、めぐ」
「……」
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:52:33.02 ID:rWUo/kw90
「私が悪かった」
「……」
「傷つけるつもりはなかったのよ」
「…」
水銀燈はそれだけ言うと、窓際に立つ。
「ごめんなさいね、さようなら」
「あ、待っ…」
水銀燈は病室を飛び出した。
「待って!!言い過ぎたわ!!」
めぐが慌てて窓辺に駆け寄る。
「待って!!水銀燈!待って!!」
その声はもう、水銀燈に届いていなかった。
43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:54:51.78 ID:rWUo/kw90
「………」
めぐはベッドの上で体育座りをしたまま、顔を伏せていた。
「ああ、またやっちゃった…」
悲しそうな顔を思い出す。
「傷つけてしまったのは私…」
めぐは自分自身が、非常に下らない人間だと思った。
馬鹿だと思ったし、幼稚だと感じていた。
「私なんて死ねばいいのに」
一度口に出すと、何かどうでもいい気分になってくる。
「私、死ね、死ね死ね死ね。めぐ死ね。柿崎めぐなんてさっさと死ね。死ね死ね」
枕をつかみ、勢いよく壁にぶつける。
「死ね。死ね。死ね死ね死ね」
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:56:45.37 ID:GJQMYWYaO
めぐ…
46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 02:58:43.22 ID:rWUo/kw90
しばらくその姿勢でいた後、めぐは仰向けに倒れ込んだ。
時計の針をぼんやりと見つめる。
「9時…26分…」
どうでもいい事が頭に入ってくる。いや、頭に入れてないと、どうにかなってしまう。
そんな思いがあったのかもしれない。
ふと横に目を転じると、昨日二人で撮った写真が立て掛けてある。
自分が嬉しそうに笑っている膝の上で、水銀燈が不満そうに口を尖らせている。
「………プッ」
めぐは自嘲気味に笑った。
「そうよね。当たり前よね」
胸の奥が熱くなる。
「私といたって楽しいわけないじゃない。バッカみたい」
吐く息が大きく震える。
「何一人ではしゃいでたのかしら。水銀燈もごめんね」
涙が流れ出てくる。
「迷惑よね。あは」
写真を抜きとり、額縁を壁に思い切り投げつける。
ゴッ、という音、次いでカランカランと音がした。
「ごめんなさいね。水銀燈。ごめんなさいね。写真の中の私」
泣きながら、めぐはその写真を千切り始める。
ビリッ、ビッ、という音が、病室に響いた。
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:02:40.52 ID:rWUo/kw90
「………」
細かく千切った写真を、めぐは呆けたように見つめていた。それでも、水銀燈の
顔部分だけは、破く事が出来なかったのだ。
「水銀燈…」
捨てるゴミ箱は、壊れてしまっている。
右手で写真の紙を持ち、おもむろにベッドを降りる。
「…」
窓から外を眺める。自分の心とは違い、外は真っ青な空が広がっている。
「ごめんね」
めぐは思い切り右手を振り下ろした。
3階から舞う紙吹雪は、太陽にきらきらと反射していた。
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:07:25.03 ID:rWUo/kw90
「嘔吐下痢症ですね、今日は点滴打っておきましょう」
「えっ」
待合室のジュンと真紅に、医師が告げる。
「……」
「しばらくは自宅でも近付かないで下さい。
手洗い、うがいもしっかりとして下さいね。すぐうつりますから」
淡々と述べる医師と裏腹に、ジュンは不安な表情になる。
「大丈夫なんですか」
「まあ、別に生命に関わるとか、そういうのではないんで。
ただし治りかけが一番大事ですから。弟さんも気をつけて下さい」
「………」
「点滴は2種類しますんで、ちょっと時間掛かりますよ」
「…どれくらいですか?」
「そうですねぇ」
ちらっと時計を見る医師。
「2時間くらいでしょうか」
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:11:11.85 ID:rWUo/kw90
「今9時過ぎかー。昼前になるな。お前大丈夫か、真紅?」
抱っこされた真紅は、お腹を押さえたまま動かない。
「………」
代わりにじろっとジュンを睨む。
「ああ、いや、ごめん、訊いた僕が悪かった。コンビニ行こう」
「……」
財布の中身を確認するジュン。
その腕の中で、きゅぅぅ、と真紅のお腹が鳴った。
62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:11:40.74 ID:rWUo/kw90
病院の中庭を歩きながら、ジュンはふと空を見上げる。
「うわ…」
目の覚めるような真っ青の空。
「今日は暑くなるな…」
「ええ…」
突然、茂みがガササッと動いた。
「きゃあっ!!」
真紅の身体がびくっと跳ねる。
丸々と太った三毛猫が飛び出してきたのだ。
「ひいいい、ジュ、ジュン、な、何とかして!ひいっ!!」
猫はしばらくこちらを警戒しながら、素早く別の茂みに飛び込んだ。
「ああぁぁぁあ……」
がたがたと震える真紅。
「…お前」
ジュンは真紅を抱き直し、頭を撫でてやった。
「ううう、もうダメよ、怖くて目なんか開けてられないわ」
「…じゃあ空でも見てろよ」
「ううう」
言いながら、ジュンは天を仰ぐ。真っ青な空が、真上から果てまで、ずうっと広がっている。
ふと、その青を見つめ、ジュンは思い出したように呟く。
「翠星石さ」
「?」
真紅が視線をジュンに向ける。
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:15:37.64 ID:rWUo/kw90
「もう…大丈夫かな」
「あら」
意外そうに相槌を打つ真紅。
「気にしてたの?」
「そりゃ、蒼星石があんな事になって…」
頬をぽりぽりとかくジュン。
「気にするよ、いくら僕でも」
「そうね」
真紅がほうっとため息をつく。
ジュンが立ち止まる。
「…どうしたの?」
見上げる真紅。ジュンは硬直し、前を見つめたまま動かない。
「…何でもない」
嘘だ、と真紅は思った。自分を抱く腕がかたかたと震えている。
その視線の先。5、6人ほどがこちらに歩いてきている。
家族連れだろうか。ワイワイと楽しそうに、車椅子の老人を取り囲んで、
談笑しながら近づいてくる。
65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:18:19.41 ID:rWUo/kw90
「ジュン」
「……」
ふらりとジュンが傾いた。
「ジュン」
もう一度呼ぶ。それに呼応したかのように、体勢を立て直す。
「ああ、ごめん、何でもないよ」
「そこにベンチがあるわ」
言いながら指差す真紅。
「少し、休んでいきましょう」
「…何でもないんだ、ホントに。腹減ってるんだろ?真紅」
言葉とは裏腹に、腕の震えが止まらない。
「いいわよ別に。誰も無理してまでコンビニに行って欲しいなんて、思ってないから」
「……」
「ジュン、大丈夫よ」
首筋に頭を寄せ、何度もジュンの胸を撫でる。
「大丈夫。だから、少し休んでいきましょう、ね?」
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:21:26.68 ID:rWUo/kw90
ベンチに座り、震えが少し小さくなったような気がする。
「落ち着いた?」
ジュンの右手を両手で包み、真紅が問いかける。
「……」
答えない。ジュンは少しうつむいたまま、虚空を見つめ続けている。
「……」
真紅はそれ以上質問するのを止めた。代わりに、何度もその胸をさすった。
まともに外に出るのが久し振りなのは分かっていた。だから、自分はジュンに
今日、ついてきたのだ。
医師との会話で、何かジュンが拒否反応を見せる事はなかった。だが、
先ほどの家族連れを見て、心の触れてほしくない部分に、何かが触れたのだろう。
ジュンを慰めようと思ったわけではない。
ただ、震えるジュンは、見ていたくなかった。
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:23:30.48 ID:rWUo/kw90
「…行こうか」
ぎゅっと真紅を抱く腕に力がこもり、ジュンがようやく立ち上がった頃には、
9時半を過ぎていた。
「ジュン」
視線を動かさない真紅。
ジュンがそれを見下ろす。
「無理しないでね」
と真紅は言った。
「…ああ、ありがとう」
そう言って前を向いたジュンの視線の斜め上、
何かがきらきらと降ってくるのが見えた。
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 03:28:36.57 ID:rWUo/kw90
「何だあれ」
走り寄るジュン。
「雪……いえ、紙…?」
真紅が目を凝らす。
その言葉で、小さな紙切れがひらひらと舞っているのだ、とジュンは理解した。
紙吹雪は少し風に流され、芝生の上へと舞い落ちた。
近づき、その中の一枚を拾う。
「う~ん…」
白い布のようなものが写っている。写真だ、と分かった。
「ジュン」
ひと際大きなものを拾った真紅が、手招きしている。
「これ、見て」
ジュンがそれを覗きこむ。
「あっ」
言葉を失うジュン。
銀色の髪。口をへの字に曲げた水銀燈が写っていた。
73 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:31:33.91 ID:rWUo/kw90
赤い光が辺りを包み、数十枚の紙切れが次第に形を成していく。
「これでいいわ」
真紅が、時間のゼンマイを巻き戻したのだ。
「これは病室ね。水銀燈を抱いてるこの子が、マスターなのかしら」
「……」
顎をかきながら写真を見つめる真紅。
そしてそれと対照的に、ジュンは目を見開いたまま動けない。
ジュンはその少女を見た事がある。
ついでに言うと、その少女の名前が「めぐ」である事も知っていた。
75 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:33:08.63 ID:rWUo/kw90
紐解かれたくない過去。
ジュンは一度、ノートに同級生の絵を描いた事がある。
お姫様の格好をした、同じクラスの桑田由奈。
幼馴染である、柏葉巴の凛とした雰囲気とはまた違い、
可愛らしい容姿で人気があった。
特にその容姿を鼻にかける事もなく、彼女はいつも
楽しそうに笑っていた。
そしてその絵が全校生徒の目に晒され、描いたのがジュンであると
公表されるまで、そう時間は掛からなかった。
便器に顔を突っ込み、喉が溶けそうになるまで吐き、
ジュンは眠りの世界に閉じこもった。
76 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:36:36.17 ID:rWUo/kw90
忘れられた世界を彷徨っていると、自分と同じように泣いている少女がいる。
一糸まとわぬ姿でうずくまり、
いつまでも顔を伏せ、涙を流し続けている。
それが第1ドール、水銀燈だった。
『…誰……?』
怯えたような表情。
『……お父様……?』
真っ暗闇で何も見えない水銀燈は、自分にすがってきた。
触れ合った事で、ジュンは水銀燈の記憶を垣間見る。
病室で彼女の髪をといている、パジャマ姿の少女。
水銀燈は少女の事を、めぐと呼んでいた。
78 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:39:08.35 ID:rWUo/kw90
「…ジュン、聞いてるの」
はっと我に返る。
「水銀燈が、この病院のどこかにいる…?」
そう言って、紙が降ってきた方向を探している。
「ねえ」
「…あ、ああ」
「私、お腹は我慢するから」
言いながらお腹をさする。
「この写真の主を、探しに行きましょう」
「……」
「ちょっと聞いてるの、ボケッとしてないで」
「いっ、痛い痛い」
ジュンの頬をむにむにとつねる。
「ほら、行くわよ」
「ああ」
ジュンはすっくと立ち上がる。
ふと、疑問がよぎる。
どうしてこの写真は千切られていたのだろうか、と。
82 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:41:46.84 ID:rWUo/kw90
「う~ん」
受付の女性が、写真を見てふんふん、と頷く。
「分かりますか」
「さあ…あっ、ちょっと」
目の前を横切った看護士を呼びとめる。
「佐原さん」
佐原と呼ばれた看護士が振り向く。
「忙しいのにごめんなさいね。この子知ってる?」
ひらひらと写真を動かす。
「え…あっ」
口元を押さえる佐原。
「知ってるんですか?」
ジュンが尋ねる。
「…え、ええ。貴方お友達?」
じっとこちらを見つめる。
「え、あ…は、はい」
「…お見舞いにきたのかしら?」
「え、ええ、そうです」
「そう」
言いながら時計を確認する。
「案内するわ」
「そうですか、ありがとうございます」
手招きをする佐原。ジュンはそれについていく。
84 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:50:31.61 ID:rWUo/kw90
「ここよ」
『316 柿崎めぐ』と書かれた病室の前で、二人は立ち止まる。
「(段ボール…?)」
ドアに張られているそれを見て、ジュンは首を傾げる。
佐原は一息ついた後、コンコン、とドアを叩く。
「めぐちゃん」
「……」
反応はない。
「めぐちゃん、お友達よ」
そう言って、もう一度コンコン、と叩く。
「……」
何も返事はない。
「困ったわねぇ…」
はあ、とため息をつく。
「寝てるんじゃないですか?」
「そうねぇ…でも…」
「でも?」
「いえ、何でもないわ。…君、ええと」
「桜田です。桜田ジュン」
「そう、桜田君、良かったら貴方が声、掛けてみてくれないかしら」
「えっ、ぼ、僕が!?」
頓狂な声を上げる。
87 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 03:57:45.34 ID:rWUo/kw90
「しー…。他の患者さんに迷惑よ。静かにね」
「あ、はい。…でも、僕がですか?」
「そうよ、貴方なら、返事してくれるかもしれない」
「…」
ジュンはしばらく考える。
「わかりました。よっ…と」
言いながら真紅を廊下の椅子に座らせる。
「こんにちは、柿崎めぐさん」
ゴンゴン、とドアを叩く。
「……」
やはり返事はない。
「寝てるのかしら。ごめんなさいね」
「……」
佐原がドアノブに手を掛ける。
「いや、ちょっと待って下さい。もう一度」
「え?」
ふう、と息を吐いた後。
「水銀燈と撮った写真を拾いました」
ジュンはわざと大き目の声を出した。
ばさっと中から音がする。
「誰!?」
女性の甲高い声が響いた。
89 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 04:03:25.13 ID:rWUo/kw90
数秒後、ドアが勢いよく開いた。
「誰!?」
驚いたような眼で二人を交互に見つめる。
「……っ」
少女の目が、ジュンの顔からつま先までを
不審そうに何度も上下する。
「あ、あの」
少女が後ずさる。相変わらずおろおろした態度。
驚いているにしても、少し敏感過ぎやしないか、とジュンは思った。
「これ」
ジュンは、すっと写真を差し出す。そこに少女の視線が落ちる。
「………」
「どうして…」
めぐは突然の出来事に、どうしていいか分からなかった。
何故写真が修復されている。
どうして水銀燈の事を知っている。
「……?」
めぐの視線が止まる。
「それは…」
ジュンの左手の薬指を指さす。
「ん、あ、ああ…」
瞬間、ジュンの腕がぐいっと引っ張られる。
「わっ」
「あっ」
佐原が声を上げたと同時に、バタンとドアが閉められた。
90 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 04:08:04.50 ID:rWUo/kw90
病室の中に引っ張り込まれ、ジュンは少々驚いていた。
「……」
ガチャ、とドアが開く。
「どうしたの、めぐちゃん」
ドアから顔を覗かせる佐原。
「いえ、何でもないのよ佐原さん、私大丈夫だから。出てって」
「……」
佐原がジュンに視線を送る。ジュンは戸惑いながらも、
「大丈夫です」という風に頷いた。
「…分かったわ。また何かあったら呼んでね」
そう言って、佐原はドアを閉めた。
92 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 04:13:23.24 ID:rWUo/kw90
「………」
ベッドの上。めぐが、ジュンと写真を交互に見ている。ジュンは頭をかきながら、
部屋の中を見渡している。
「何か探してるの?」
「いえ……」
あるのはテレビ、そして本が2冊。棚の上の写真立てと、置時計のみ。
「ふふ」
めぐが写真を見つめたまま笑う。
「何もないでしょ、この部屋」
「え」
「私が何でもすぐ投げちゃうから」
「……」
「性格悪いのよ、私」
ジュンは黙っている。
「これを破いて窓から捨てたのも私よ」
顔を上げるめぐ。
「ありがとう」
少し穏やかになったような気がする。
「何がですか?」
ジュンが尋ねる。
93 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 04:17:27.58 ID:rWUo/kw90
「この写真、元に戻してくれて。それはお礼を言っておくわ」
「……」
ジュンは黙っている。ぽりぽりと頭をかく。
「一つ確認させてもらってもいい?」
「…はい」
「貴方も誰かと契約してるのね?その指輪」
ジュンが左手に視線を落とす。
「あ、いえ…」
「隠さなくていいわ。水銀燈の名前が出た時点で分かった。それに余計な詮索するつもりはないし」
「………」
「私は水銀燈と契約してるの。柿崎めぐっていうの」
再び視線を落とすめぐ。
「………」
「……」
体育座りをしたまま、顔を膝の間に深くうずめる。
119 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:09:23.91 ID:rWUo/kw90
「……」
沈黙が流れる。
「…あ、あの」
「…何?」
「その水銀燈はどこにいるんですか?」
「……」
会話が再び途切れる。
「私が今朝、怒って追い出しちゃったわ」
「え」
「だって、あの子私を諭すような事ばかり言うんですもの。
『もう少し自分を見つめ直してみたら』ですって。
私が今更、何を見つめ直せっていうのかしら。いい子ちゃんね」
吐き捨てるめぐ。
「水銀燈がそんな事を…?」
傍から聞いていて、ジュンは意外な感じがした。
「ええ、私はさっさと死なせてほしいって言ってるのに」
「………」
「こんなポンコツな心臓いらないのよ、いい加減」
「心臓…?」
「私ね、先天性の心臓病なの」
120 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:13:38.47 ID:rWUo/kw90
「………」
「5歳までに死ぬ」
ジュンが思わずめぐを見る。
「その次は7歳までに死ぬ、10歳までに死ぬ」
「……」
「親たちも、いい加減悲しむのに疲れちゃったみたいよ。
お母さんは出てっちゃったし、お父さんは…」
「………」
めぐはうつむいたまま、写真立てを手に取る。
「そんな時かしらね、水銀燈と出会ったのは」
ジュンは黙ってそれを見つめている。
「おかしいのよ。私の命を使い切って欲しいって言うと、
あの子はいつも黙り込む」
122 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:17:00.74 ID:rWUo/kw90
「………」
「いつも黙り込んで、窓辺に座って私を見てる」
「あいつが…」
「意外だと思ってるんでしょ」
「え、あ」
「想像つくわよ、あの子の外での立ち居振る舞いくらい」
「……ええ」
「でもね、本当はきっと…」
「?」
「優しい子なのよ。私には勿体ないくらいに、ね」
口元がほころぶ。
「……」
嬉しそうに写真を見つめるめぐ。ジュンは、何も言えなかった。
124 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:23:43.03 ID:rWUo/kw90
「……」
会話が途切れ、ジュンが息を吐いた。
「じゃあ、僕はこれで帰りますんで」
めぐが顔を上げる。
「待って」
「?」
「私ね、この16年間、友だちが一人も出来なかったの」
2つ上なのか、とジュンは意外に感じた。
「連絡先教えて。たまにでいいから、お話しましょうよ」
「え」
「だめ?お願い出来ないかしら」
「……別にいいですよ」
言いながら、財布を棚に置き、中から連絡先のメモを取り出す。
「本当?ありがとう」
ジュンの視界で、めぐが嬉しそうに笑う。
いや、何かほっとしたような、安心したような笑顔。
「え、ええ」
ジュンもつられて笑った。
125 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:31:54.96 ID:rWUo/kw90
「桜田ジュン君…住所が…へえ、ちょっと遠いのね…」
少し残念そうに呟く。
「ええ、電車で5駅ほど向こうです」
「そう」
はあ、と息をつくめぐ。
「連絡先は家の電話で…」
「貴方いくつ?」
ジュンが顔を上げる。
「私と同い年くらいでしょ?そういえば、学校は?」
訝しげな表情。
「………」
うつむいたジュンを見て、めぐは言葉を止める。
「ごめんなさいね、忘れて頂戴」
「いえ……」
126 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:35:18.12 ID:rWUo/kw90
「ばいばい、またね」
ベッドから手を振るめぐ。
「はい」
ジュンが振り向き、小さく手を振る。
「…………はあぁ」
バタンをドアが閉まり、めぐは小さく肩を震わせる。
何か、身体全体がむず痒く感じる。
「ふうーっ」
仰向けになり、丸めたタオルケットに抱きつくめぐ。
「………」
そしてその一部始終を、窓の外から水銀燈が見つめていた。
128 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:40:33.49 ID:rWUo/kw90
病院の屋上。
「……」
水銀燈が、ぼんやりと空を見上げている。
「めぐ……」
いつものヒステリーだと分かっていた。自分が戻れば、彼女は
「ごめんなさい」と言って出迎えてくれる。
いつもの事だと思った。
だが、そこには初めて見る光景が広がっていたのだ。
「どうして……」
真紅のマスターがあそこにいた?
そればかりが頭の中を駆け巡る。
「……」
めぐは嬉しそうだった。というより、安心しきっているように見えた。
真紅が嗅ぎつけたのだろうか。いや、でもあそこに真紅はいなかった。
違う。
部屋の中にいないからと言って、真紅がめぐの事を勘付いていないとは言えまい。
「………」
何となく、あの部屋に入れなかった。
水銀燈はぎゅうっと膝を抱え、顔を伏せる。
めぐが幸せそうなら、それでいい。自分も嬉しいと思うべきだ。
だが―――
「淋しいのでしょう、お姉さま」
透きとおるような声が響いた。
129 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 08:43:25.08 ID:rWUo/kw90
ばっと振り向く。
「大切なマスターに追い出され」
ウェーブのかかった髪が、風でゆらゆらと動いている。
真っ白なドレスに身を包み、金色の左目がこちらを見つめている。
「まるで、居場所を失くしてしまった子どものように」
「…雪華綺晶」
第7ドール雪華綺晶は、ニッと笑い、近づいてきた。
「それ以上近寄らないで。メイメイ」
間合いは数メートル。姿勢を低くし、身構える水銀燈。
それと同時に紫色の人工精霊が現れる。
「ちょっと待って。私は争いに来たわけではないのです」
「なぁに?私が貴女を信じると思うの?」
水銀燈は動かない。
「あの人間、私が排除してあげてもいい」
水銀燈の眉がぴくっと動く。
138 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:17:52.84 ID:rWUo/kw90
「あれ真紅のマスターでしょう、私知ってますわ」
「…だから何?」
「邪魔でしょう?」
ぷいと視線を逸らす水銀燈。
「ね」
「黙んなさい」
「どうしてですか?」
「何を考えてるのか知らないけど、貴女と話す事なんてないわ」
水銀燈はそっぽを向いたまま続ける。
それをじっと観察する雪華綺晶。
「私はあります」
「あっそ」
ヒュッとその場を飛び立つ。
「ふふ」
雪華綺晶はその後を追った。
139 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:24:31.29 ID:rWUo/kw90
「ついて来ないで。喧嘩売ってるの」
「いいです。そのままで聞いて下さい。私勝手に喋りますから」
「……」
水銀燈は舌打ちする。
「お姉さまはアリスになるために、ローザミスティカを集めている」
「………」
「当然私も、真紅たちもアリスを目指している」
「………」
「でも私は、ローザミスティカは要らない」
「は?」
水銀燈が空中で止まり、雪華綺晶を見やる。
「私は別の方法でアリスに孵化する」
「どういう事かしら」
「この先は、お姉様が話を聞いていただけるのであれば…。
ただ、黒薔薇のお姉様に危害は加えない」
「………」
「約束します」
「……」
140 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:29:27.50 ID:rWUo/kw90
水銀燈は、街の一角にある林の中へと舞い降りる。
「話、聞く気になりました?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ええ、一応聞いたげるわ」
「……」
「ローゼンメイデンは7体。うち、第4ドール蒼星石と
第6ドール雛苺は、既に退場している」
「………」
「ドールのマスターは5人。
第1ドールは柿崎めぐ、
第2ドールは草笛みつ、
第3、第5ドールは桜田ジュン、
第4ドールは結菱一葉、
そして私のマスターは、オディール・フォッセー。
第6ドールは既にマスターとは契約解除している」
141 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:33:31.88 ID:rWUo/kw90
指を折りながら呟く雪華綺晶。
「それが何?」
「私がアリスになるには、マスターたちの力が必要」
ヒュウッと風が抜けていく。
「キチンと説明なさい」
「5人全員に眠りについてもらう必要がある」
「へえ、つまりめぐを眠らせて力を吸い取ろうってわけ」
水銀燈の視線が鋭くなる。
「ええ、でもそれじゃ認めてもらえない事くらい承知してますわ」
「代わりに、全員のローザミスティカを差し上げます」
「全員?」
「その力を使えば、柿崎めぐは生き長らえる事が出来るでしょう。
その効果は、蒼星石のでお姉様も理解されているはず」
「…質問するわ、雪華綺晶」
風が止む。
「何でしょう?」
「どうしてそんな提案をするの?わざわざ面倒くさいプロセスを踏む理由は?」
「私はただ、お姉様を救いたいだけ」
微笑を浮かべる。
143 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:44:09.33 ID:rWUo/kw90
「………」
はあ、とため息をつく。
「信用ならないわ、ごめんなさいね」
「そうですか」
「仮にそれが通るとして、雛苺のローザミスティカを逃がした理由が分からないわ」
笑顔が消える。
水銀燈はそれを見て言葉を続ける。
「悪いけど、一貫性がない話に付き合うつもりはないの」
やれやれ、という風に広場に向いて歩き始める。雪華綺晶から視線は外さない。
「………」
「……………」
イラつくほどにいちいち即答してきていた雪華綺晶が、黙り込んだ。
「どうしたの、儲け話はお仕舞いかしら」
睨んだままの水銀燈。じわじわと距離は離れていく。
「…わかりました。お話ししましょう」
歩いて水銀燈の後をついていく。
「私は、元々はアストラルの人形」
水銀燈の足が止まる。
「器が欲しかったのです。こちらの世界に干渉するために」
144 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:48:34.82 ID:rWUo/kw90
「……器?」
「お姉様たちにあって、私に足りないものを補うために」
「ちょっと待ちなさい、どういう意味?じゃあ…」
水銀燈がはっと目を見開く。
「そのために、私は雛苺の身体を奪った」
優しい隻眼が、こちらを真っ直ぐ見据えている。ぞくりという感覚が
背筋に走る。
「あの時、真紅と金糸雀が迫っていた。こちらの動きがバレてしまえば、
もう器を手に入れるチャンスは少なくなる。だから」
「………」
「あそこでは雛苺の器を、最優先で手に入れなければならなかった」
表情一つ変えない。
ふう、と息を吐く水銀燈。
「……それで?」
「私嘘は申してませんわ。つまり」
「器なしでは、nのフィールドから出られない。こちらの世界に直接の干渉は出来ない?」
水銀燈がわざと大きめの声で遮る。
「……そうですわ」
「じゃあ現実世界に、ローザミスティカなしのアストラル体で放り出された場合、どうなるのかしらぁ」
雪華綺晶の眉がぴくっと動く。
水銀燈はそれを見逃さない。
145 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 11:52:55.46 ID:rWUo/kw90
「………」
「どうしたの?答えられないの」
「……」
「たとえばローザミスティカを私に全部くれた後で私が攻撃して」
言いながら水銀燈は踵を返す。
「ぶっちゃけ、勝負は見えてると思うのよぉ」
タイミングはもう少し。1秒… 2秒…
「ねぇ、どうなるのかしら?」
ぐりんと不自然なほどに身体を捩じり、水銀燈は振り向いた。
雪華綺晶の視線が一瞬泳ぐ。
「…どうしたの?」
「………」
水銀燈は目を見開いた。
突然雪華綺晶の身体が光り始め、体内からローザミスティカが出現する。
「……さ、行きなさい、お姉様のもとへ」
ふわりと浮きあがり、水銀燈の身体の中へ消えていく。
146 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 12:14:40.58 ID:rWUo/kw90
「…ふ」
「…信じる気になりました?」
「どうやら本気でいらないみたいねぇ、ローザミスティカ」
「ええ」
「……いいわ、貴女の話に、乗ったげるわ。ただし」
胸をさすりながら答える。
雪華綺晶が再びこちらをじっと見つめる。
「条件がある」
「……」
「ローザミスティカを一つ奪う度に、私の所へ持ってくる事」
「……全てお姉さまが取得するまで、マスターはいただけないと?」
「そこまでは言わないわ。そんなの取引じゃないでしょう」
「そうですね。私もそんなの受け入れられませんわ」
「……」
同時に、ニヤリと笑う。
「今、私の中には2つ。貴女ので3つ目」
「……そうですね」
「4…いや…5つ」
左手を広げる水銀燈。
「私の中に5つ集まったら、めぐを渡してあげる」
147 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 12:21:33.22 ID:rWUo/kw90
「…」
無表情の雪華綺晶。
「なぁに?それ以上は譲らないわよぉ」
「…いいですわ。そしたらそれで」
沈黙。
「また、新たなローザミスティカを手に入れたら、お伺いします」
雪華綺晶はにこっと微笑み、飛び去った。
「………」
水銀燈は完全に姿が見えなくなるのを確認し、反対方向に飛び立つ。
『貴女がアリスになった後、めぐは普通に目覚めてくれるのかしら』
その疑問を口にしなかったのは理由がある。
ひとつは、向こうに自分を信じ込ませておくため。
そしてもうひとつ。
おそらく目覚めない、そう思っていたからである。
ローザミスティカが集まるのは好都合。だが、めぐを失うわけにはいかない。
「どうすれば…」
太陽が照りつける真夏の空を、水銀燈は飛び続けた。
149 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 12:28:06.16 ID:rWUo/kw90
桜田家。
「はあーあ、疲れたーあ」
ベッドに倒れ込み、ジュンがぼやく。
「のりは?」
「2~3日安静にしてれば大丈夫だってさ」
「そう」
紅茶を飲む真紅。
「で、どうだったの?」
「ん」
「水銀燈のマスターは」
ジュンが半身を起こして真紅を見る。
「どうって…」
「水銀燈はいたの?」
「…いや、いなかった」
「?」
真紅が首を傾げた。
157 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:20:54.85 ID:rWUo/kw90
「………」
時計の針が2時を指し、窓から蝉の鳴き声が聞こえる。
「……そう」
一部始終を聴き終えた真紅が、膝に乗せたカップを見つめている。
「意外だったよ」
「…心臓…」
ジュンが顔を上げる。
「…死に憑かれた少女」
「…?」
「ねえ、ジュン」
カップをお盆に置き、立ち上がる。
「どうした?」
「……」
おもむろにベッドによじ登る真紅。
「わ」
ジュンが驚く。
真紅は慣れた手つきでジュンの膝の形を整え、そこに座り込んだ。
「ジュン…」
つぶらな瞳がこちらを見上げる。
「し、真紅…」
「ふふ」
悪戯っぽく笑う。
158 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:26:27.61 ID:rWUo/kw90
「な、何だよふざけてんのか」
「いいえ」
ジュンの胸に手を当てる。
「私ね、淋しくなったり、つらい事があった時は、こうしてると安心するの」
寄り添ったまま目を閉じる。
「……こそばいから止めろよ」
「ええ、気が済んだら解放してあげるわ」
「………」
「貴方はつらい事があった時、いつもどうしてたかしら、ジュン」
「え?」
少し顔を離し、もう一度ジュンを見上げる真紅。
「ラプラスに苛められたり、そうね、思い出させて悪いけど、
この間、貴方の学校の先生が来たわね」
「………」
顔をしかめるジュン。
「私知ってるわ。貴方は毛布をかぶって、自分の部屋に閉じこもってしまった」
「…からかうなら出てけよ」
「もう少しだけ話があるの、それが済んでからね、ごめんなさい」
そっとジュンの胸を撫で始める。
160 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:28:52.81 ID:rWUo/kw90
「私もそう」
撫でられる胸がくすぐったい。
「腕を水銀燈に引っこ抜かれた時、私は鞄に引き籠ってしまった」
「………」
「もうね、つらくてつらくてしょうがなかったわ」
「……」
「貴方が掛けてくれた言葉を無視して」
「……」
「…落ち着いた?くすぐったかったでしょう、ごめんなさいね、ジュン」
撫でる手を止める。
「でもね、後から鞄を出て、貴方が繕ってくれた服を着たのは」
「…?」
「貴方があの時、言葉を掛けてくれたから」
見上げる真紅の顔がほころぶ。
「欠損した状態で服を着る事に抵抗はあったけど、
貴方の言葉が、私の背中を押してくれた」
「真紅…」
「つらい事があった時、ジュンの膝に乗って、こうして全身を預けていると安心する」
ジュンは照れ臭い気分になる。
「たぶんね、貴方が優しい人間だって知ってるから」
161 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:33:39.44 ID:rWUo/kw90
「………」
真紅はしばらく目を閉じていたが、やがて立ち上がる。
「きっと水銀燈たちもそうじゃないかしら」
ベッドを降りる。
「お互いが優しいって知ってるから、お互いを必要とする」
「……」
「水銀燈は、たぶん優しいんでしょうね。根っこのところで」
ふう、とため息をつく。
「ま、私の事は嫌いなんでしょうけど」
ジュンが変な顔をする。
「また今度行くんでしょう?」
「ん、あ、ああ、多分な」
「私も連れてって」
「え?」
その場に座る真紅。
「私も話してみたいわ。その柿崎めぐって子と」
「え、でも…」
カップを持つ。
「いいじゃない、水銀燈がいたって、めぐって子の前で暴れたりはしないでしょう」
162 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:34:04.68 ID:rWUo/kw90
「………ん、まぁ…」
「そうね、今度は翠星石とか、金糸雀とか、その辺も一緒に」
「いや、それはお前…」
「冗談よ、そこまでしたら水銀燈だって怒るわ」
ふふ、と笑い、真紅は紅茶を飲んだ。
ふと、きょろきょろと部屋を見回すジュン。
「そういえば、翠星石は?」
「?さあ、出掛けたんじゃないかしら。蒼星石の所へでも」
「ああ…」
ジュンが窓の外を見上げる。
快晴だった真夏の空を、東から真っ白な入道雲が覆い始めていた。
163 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:36:53.62 ID:rWUo/kw90
「あれー?」
丘の上。結菱家の窓を、翠星石がごんごん、と叩いている。
「おじじ、起きるですぅ、翠星石が来てやったですぅ」
部屋の中、ベッドに伏せっている一葉は、起きる様子がない。
おかしい。
「………」
一度、唇をぎゅっと噛み、翠星石は鞄を両手で持つ。
「おじじ、ちょっと失礼するです」
次の瞬間、窓に向け、それを思い切り振り下ろした。
165 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:40:36.80 ID:rWUo/kw90
かしゃん、と音を立てて、食器を棚の上に置くめぐ。
「…がと…敬…やめて…気持ち悪い……先……」
食器のあった場所に便せんを置き、何かを書いている。
「…から…また……」
ガタッと音がした。
めぐが窓の方を見やると、翼の生えたシルエットが浮かんでいる。
「!!」
ベッドから降り、ガラッと窓を開ける。
「水銀燈!!」
水銀燈は視線を伏せたまま、窓辺に突っ立っている。
「戻ってきてくれたの!」
「………」
答えない。めぐはそれを見てうつむく。
「ごめんなさい…私…」
「…歌って」
顔を上げるめぐ。水銀燈が、めぐの髪を小さく撫でる。
「まだ貴女を一人にするわけにはいかないの。だから」
感情を込めない声、だがどこか優しい表情。
「………」
めぐは思わず口元を押さえる。
「ごめんね、ごめんね水銀燈」
その頬に、涙が流れた。
167 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 13:42:50.43 ID:rWUo/kw90
「何を書いているの?」
窓辺に座った水銀燈が、ベッドの上のめぐに話しかける。
「知りたい?」
「…ちょっと気になっただけよ」
少し視線を逸らす。
「今日ね、男の子が来てくれたの」
「………」
「驚いたわ。私と同じで、ローゼンメイデンのマスターだった」
「………」
めぐが手を止める。
「驚かないの?」
「…ごめんなさい、見てたのよ」
「あら」
再び筆を走らせるめぐ。
「やっぱり貴女、趣味が悪いわ」
「……」
「今度は盗み見なんて」
「…たまたまよ」
「私はね、手紙を書いてるのよ。今日来てくれた、その子にね」
「…」
コンコン、とドアを叩く音がした。
176 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 14:41:56.12 ID:rWUo/kw90
「はい」
「めぐちゃん、入るわよ」
「……」
その声を聞いて、水銀燈は窓の外、見えない場所へと移動する。
「食器下げに来たわ。…あら」
看護士が目を丸くする。
「めぐちゃん、何書いてるの?」
「秘密よ」
ペンを止めずに答えるめぐ。
「そう…頑張ってね」
「ええ」
一息つき、食器を持つ看護士。
「あら…」
食器を見て、思わず声が漏れる。
「何?どうかした?」
「ううん、じゃあ、失礼するわね」
看護士は一度だけめぐを見やり、すぐに出ていった。
180 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:00:57.21 ID:rWUo/kw90
nのフィールド。
金色の隻眼が、二つの水晶を嬉しそうに眺めている。
水晶の中には、それぞれ人影が一つずつ。
片方には、一人で楽しそうに遊ぶ、金髪の少女。
もう片方には、相手のいないテーブルで、一人お茶を飲んでいる老人。
いずれも指に、薔薇の指輪をしている。
「…オディール、結菱一葉…これで2人…」
つい先ほど、雪華綺晶は一葉を眠りにつかせ、その精神に
根を張り終えた。
今は根を張る事で消耗した体力を、回復させているところだ。
今日はもう動けそうにない。
オディールの時もそうだった。根を張り終えた後はまともに
身体が動かず、丸一日、nのフィールドで身体を休ませなければ
ならなかった。
加えて、自分のローザミスティカを水銀燈に渡した今、
事は慎重に進めなければならない。
「残り3人……残り…4体……」
膝を抱え、現状を整理する。
181 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:03:18.10 ID:rWUo/kw90
目的はアリスになる事。
そのために自分に出来る事。
自分に出来ない事。
水銀燈。
金糸雀。
翠星石。
真紅。
桜田ジュン。
草笛みつ。
柿崎めぐ。
どのドールに何の情報がいっているか。
考えうる最悪のケース。
起こりうる、有意な可能性のあるケース。
それを乗り切るための方法。
自分の手駒。
ドールの特技は。強いドールは。弱点は。
183 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:04:52.86 ID:rWUo/kw90
雪華綺晶とて、万能ではない。得意があれば、苦手もある。
それをどう悟らせないようにするか。
どう避けるか。
どうやってこちらに引きずり込むか。
既に優先順位を決めて動いているとはいえ、一抹の不安はあった。
誤算もあった。その中で、選択肢を絞っていく。
「………」
感情のない隻眼が、二つの水晶を見つめ続けていた。
184 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:11:31.12 ID:rWUo/kw90
2日後、桜田家に一通の手紙が届いた。
「あ」
ベッドから動けないのりの代わりに、ジュンが玄関先で
それを見つける。
「柿崎さんからだ」
緑色の80円切手が貼ってある封筒の中央に、丸みを帯びた
女の子らしい「桜田ジュン様」という文字が並んでいる。
ダイニング・テーブルで封を開け、中身を確認する。
「なぁに、それ」
向かいの席から真紅が尋ねる。
「手紙だよ」
「手紙?」
4つ折りの便せん2枚を、ピラピラと広げてゆく。
「なになに……」
「私も読んでみたいわ」
真紅が便せんを引っ張る。
「んあ?ああ、あとでな」
「今読みたいのよ」
じっとこちらを見つめてくる。
189 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:16:50.08 ID:rWUo/kw90
「……お前宛じゃないだろ」
「何よ、口答えするつもり」
椅子を降り、ぎゅうっと脛をつねる。
「痛ででで何すんだ!!」
「読ませないからでしょう。せめて抱っこして一緒に読ませて頂戴」
「……しょうがないな」
はあ、とため息をつくジュン。
「どれどれ…」
『拝啓って書こうとしたけど、手紙の書式なんて分からないし、間違っていたら
恥ずかしいので止めました。
改めましてこんにちは。こないだは写真、ありがとう。あれ、貴方のお人形さんの力で
直したのかしら?そうだとしたら、廊下の椅子とかで、待ってもらってたのよね?
ごめんなさいね、今度は、お人形さん連れてきてほしいわ。お礼がしたいから。
それと、敬語なんてやめて。あれで貴方がマジメなのは分かったけど、
あんなの気持ち悪いわ。私は部活の先輩じゃないのよ。
ね、私は貴方を【ジュン君】って呼ぶわ。だから貴方も私を名前で呼んで。
次に敬語使ったら、スープ投げつけるわよ。
ごめんなさい、脱線してしまったわね。
久し振りに同じくらいの歳の子と話せて、ちょっぴり楽しかったわ。
今度はお茶くらいは出すから、また近々来てね。約束よ。
有栖川大学病院 316号室 柿崎めぐ 』
190 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:23:19.74 ID:rWUo/kw90
「な、名前で…って」
「あら、意外とモテるのね、ジュン」
真紅が見上げ、ニヤニヤしている。
「なっ、何が」
「明日また行きましょう。スープ投げつけるなんて発想の出来る子、
話してみたいのだわ」
仲良く会話する二人。
「………」
その二人を、廊下から眺める翠星石。
「言うべきですかねぇ…」
ドアを閉め、壁に寄り掛かる。
191 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 15:23:48.04 ID:yhEqLYDJ0
>次に敬語使ったら、スープ投げつけるわよ。
会ったばかりの人にいう言葉じゃねえwwwwwww
192 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:25:55.99 ID:rWUo/kw90
一昨日、結菱家の窓を割って侵入した翠星石を待っていたのは、
起きない一葉、そして、空っぽの蒼星石の鞄だった。
「………」
翠星石は雪華綺晶を見た事がない。それが7番目のドールだ、という事は
分かっている。だが、雛苺の身体をあの人形が奪った、それ以外、
何も知らない。
「第7ドール…」
ぶるっと身体を震わせる。水銀燈とはまた違う、
冷たく、残酷な何かを感じた。
何をしてくるか分からない。残された自分も、眼球をくり抜かれ、
身体を奪われてしまうのだろうか。
コトリ、と音がした。
193 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:30:24.02 ID:rWUo/kw90
「…?」
キシッ、と、今度は床が軋む音。
翠星石が顔を上げる。
「あっ」
そこから動けなくなる。
視線の先。納戸の入り口に、双子の妹、蒼星石が
立っていた。
「そ…」
踵を返し、納戸に入っていく。
「待って」
翠星石が後を追う。
「蒼…!」
納戸に入ると、ちょうど蒼星石の足が、鏡の中に
消えていくところだった。
「待って!待ってですぅ!」
翠星石がnのフィールドに飛び込み、鏡が小さく光った。
194 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 15:36:03.79 ID:rWUo/kw90
飛び続ける翠星石の目に、蒼い人形がだんだん大きく見えてくる。
「蒼星石!!」
ようやく裾を掴める所まで来たか、という時、蒼星石は不意にこちらを向いた。
「あぷっ」
スピードを緩めた蒼星石と、翠星石がぶつかり、そこから二人は落下していく。
「きゃうっ!!」
ドスンと音を立てて、何か柔らかい所に不時着する。
「う…うう……」
目を回していた翠星石が身体を起こすと、そこは庭園のような場所だと気づく。
「びっくりしたじゃないか。何するんだよ」
驚いた表情で、妹がこちらを覗きこんでいる。
「え…そ…」
「?」
怪訝そうな表情でこちらを見る。
「蒼星石…?」
「そうだよ、…どうかしたの?翠星石」
翠星石の顔がくしゃくしゃになる。
「蒼星石ぃっ!!!うわああぁぁあん!!!」
がしっと抱きつき、翠星石は泣き始めた。
197 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:15:43.05 ID:rWUo/kw90
「ちょっ…」
「うええええええんん!!!うわあぁぁあん!!!」
「参ったな……」
そう言いながらも蒼星石は笑い、翠星石の背中に手を回した。
「まずは一人…これでいい」
白い水晶に閉じ込められた翠星石と蒼星石。いずれ自らのネジが切れるまで、
操り人形と化した妹を、姉は愛で続けるだろう。
「ふふ」
その様子を眺めていた雪華綺晶は、笑みを浮かべ、その場を去った。
198 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:28:45.52 ID:rWUo/kw90
次の日。
「翠星石、どこ行ったのかしらね。鞄置いて」
有栖川大学病院の廊下を、ジュンが歩いている。
「蒼星石のおじいさんの所じゃないのかな」
「…そうだといいけど」
腕に抱かれた真紅が、胸をぎゅっと握る。
316号室の前で立ち止まる二人。
「いいか、準備は」
「ええ」
コンコン、とドアを叩く。
「どうぞ」
今度は中から声がした。
200 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:34:29.85 ID:rWUo/kw90
「こんにちは…あっ」
ジュンが思わず立ち止まる。
「こんにちは、初めまして」
真紅は表情一つ変えず挨拶する。
バサッと、本が床に落ちる。
「あっ、こんにちは、来てくれたんだ」
ベッドの上、めぐの笑顔とは対照的に、椅子に座って本を
読んでいた水銀燈が、硬直している。
足元に落ちた本を、拾おうともしない。
「………」
「水銀燈、こんにちは」
真紅がそれを見つめ、感情を込めずに挨拶する。
「………」
ジュンの背中に冷や汗が流れる。
「…めぐぅ」
水銀燈が口を開いた。
202 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:39:51.53 ID:rWUo/kw90
「私ちょっと用事があるから、この子と」
真紅を指さす。
「え、何で?私この子にお礼言わなきゃいけないのよ」
「そう、じゃあ後にして」
「嫌よ、お礼だけなら一瞬で済むじゃない」
「………分かったわ、勝手にしなさぁい」
そう言って、窓から出て行こうとする。
「待って水銀燈、ちょっと…」
声を掛けるも、水銀燈はさっさと出て行ってしまった。
203 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:45:38.52 ID:rWUo/kw90
「…ごめんなさいね。いつもは…まあ大体あんな感じか」
はは、と笑うめぐ。
「ねえ、ジュン君」
「はい」
「はい、じゃないでしょ。手紙読んでくれてないの」
口を尖らせる。
「え、あ」
「敬語禁止って書いたでしょう」
「…ごめん、なさい」
「ごめん、でいいのよ」
「………」
ジュンは頭をぽりぽりとかく。
「面白い子ね」
じっと聞いていた真紅が口を開く。
「あら」
「何?」
めぐが身を乗り出してくる。
「ふふ、こんにちは」
「ええ、こんにちは」
ジュンの腕から飛び降り、めぐの傍に寄る。
204 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:50:37.27 ID:rWUo/kw90
「貴女、名前は?」
「…私は真紅、ローゼンメイデンの第5ドール」
「そう、真紅…紅い、っていう意味の?」
「そうよ」
「………」
見つめ合う二人。
「ね、真紅ちゃん、ココに座って」
ぽんぽん、と椅子を叩く。
「お話ししましょうよ」
「………」
「ね、いいでしょ」
「分かったわ」
そのままお喋りを始める二人。
「………」
ジュンは10分ほど突っ立っていたが、やがて病室を出ていった。
207 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:55:06.74 ID:rWUo/kw90
水銀燈は屋上の端に座り、足をぶらんぶらんと揺らし続けていた。
「………」
ぼーっと遠くを見つめる視線とは対照的に、右手はトントントントンと小刻みに
コンクリートを叩き続ける。
病室はどうなっているだろうか。真紅とめぐが、楽しそうに会話している
様子が浮かぶ。
ガン、とかかとで壁を蹴る。ガン、ガン、と何度も蹴った。
「…ムカつくわ」
続いて左手で、背後のフェンスをがしゃんと叩く。
「………」
視線は相変わらず、空の遠くの方。
白い入道雲が見える。
真っ青な空を、その内覆い尽くしてしまうのではないかと思えるような雲。
白いようでいて、その根元は灰色に染まりかけている。
208 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 16:57:52.42 ID:rWUo/kw90
ここ数日、雪華綺晶は何の音沙汰もない。
雛苺の時のように、誰かのローザミスティカが奪われた感覚もなく、
真紅たちの様子からして、何か干渉があったようにも思えない。
それどころか、のん気にめぐのお見舞いだ。
馬鹿にしている。
「……」
はあ、と、水銀燈は大きくため息をついた。
どうして自分がこんなにイライラしなければならないのか。
あんなのん気なメンツと一緒に話して、めぐは面白いのか。
「ばーか、ばーか。めぐのばーか。真紅のばーか」
虚ろな両の眼を、中庭に落とす。
「………?」
中庭を、誰かが歩いている。
「あれは……」
水銀燈は気づかれないように、そっと飛び降りた。
209 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:03:09.89 ID:rWUo/kw90
「あーあ」
ガニ股歩きでふらふらしているジュン。
「何で女の子って、あんなに勝手なんだろ」
二人が喋り始めてからの10分間、ジュンは空気化していた。
その場を去っていいのか、立ち尽くしていないといけないのか、
悩んだ末に出した答えが、「部屋を出て中庭を散歩する」というものだった。
「…広いなぁ」
病院内をうろつくわけにもいかず、とりあえずベンチで休む事にする。
「………」
ようやく、木陰にあるベンチを見つける。
「はぁーぁ、やる事ないなぁ、帰ろうかなぁ」
全身を投げだし、ぼやくジュン。
「そうよ、あんな高慢ちきな人形、さっさと持って帰って頂戴、忌々しい」
がばっと身を起こし、きょろきょろと見回す。
「こ、この声!おい水銀燈!お前か!」
「どこ探してんのよぉ、こっちよ、おバカさん」
見上げた木の枝に、銀髪の人形が座っていた。
211 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:08:17.31 ID:rWUo/kw90
「…お前」
「ぜ~んぶ聞いちゃったわよぉ。相手にしてもらえなかったんでしょぉ」
ぷっと吹き出す。
「うるさいな、黙れよ」
顔を伏せ、はあ、とため息をつく。
「あら、失礼ねぇ」
「……お前何で僕に話しかけたんだ?ムカつくからどっか行けよ」
「ああ、ごめんなさいねぇ、あと5分後にどっか行くわぁ」
イラっとして、水銀燈を睨むジュン。
そんなジュンを、水銀燈はしばらく見下ろしていたが、やがてジュンの横へと
舞い降りてきた。
「……何だ?」
「別に」
「…何か企んでるのか」
「さぁ、そう見えるのかしら」
言いながらジュンの横、1メートルくらいの場所へ座る。
213 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:16:44.37 ID:rWUo/kw90
「……」
「……………」
ジイィィィ~、と、蝉が鳴き始めた。
時おり、ヒュウウ、と風が抜ける。
「……なあ」
頬づえをつき、前を見つめたままジュンが口を開く。
「…何?」
同じく前をぼんやり見ながら、水銀燈が問い返す。
「結構、涼しいな、ここ」
「…そうねぇ…私はこういう場所、結構好きよ。のんびり出来て」
「………」
「……」
ちらっと水銀燈がジュンを見やる。ジュンは変わらず、ぼーっと病院の敷地の向こうを
見つめている。
「…話し相手が欲しかったのよ、あの子は」
ジュンがこちらを向いた。
214 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:21:53.97 ID:rWUo/kw90
「救ってもらいたいなんて、思ってない」
「…?」
「鬱屈した、どろどろになってしまった、とても醜い自分をぶつける相手が」
「…醜い?どこが」
ふう、とため息をつく水銀燈。
「皆醜くて、どうしようもない自分を持ってるのよ?貴方も」
「な…」
ジュンは思わず視線を逸らす。
「真紅も」
水銀燈は立ち上がる。
「私も」
「………」
ジュンは、無意識の海での出来事を思い出す。
あの時、水銀燈は裸で泣いていた。
「皆それを隠したり、それから眼を背けたりして生きている。逃げている」
「……」
216 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:27:08.27 ID:rWUo/kw90
「あの子は、小さい内に、それから逃げる術がない事を知ってしまった。
そして、自分が見捨てられた存在であると、分かってしまった」
ジュンは黙って聞いている。
「だから誰にも相談しない。頼らないし、聞き入れない」
自分の胸をつつかれている感覚。
「可哀想な子」
「…そんな風には、見えないけど…」
「そのうち分かるわ」
空を見上げる。
「貴方はたまたま見つけた、相性のいいオモチャと変わらないってね」
「………」
「さ、5分経ったわ。それじゃね」
水銀燈はそれだけ言うと、翼を広げて飛び去った。
「水銀燈…」
飛び去った彼女を、ジュンはしばらく見つめていた。
217 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:31:32.33 ID:rWUo/kw90
「…ふうん、そうなんだぁ~」
病室に響く笑い声。
「あら、笑い事じゃないわ、あの時私は猫に……あああ」
ぶるっと身体を震わせる真紅。
「うふふ、いいじゃない、今はもう何ともないんでしょう?それなら、
笑ったっていいでしょ」
「…不本意だけど、確かにそうね」
「………」
ふう、と互いにため息をつき、会話が止まる。
「……」
「ねえ、面白い話してあげましょうか」
めぐが沈黙を破る。
「何かしら」
「つい最近ね、この病院の10階に」
写真立てを手に取るめぐ。
「フランス人の女の子が運ばれてきたのよ」
「へえ」
「その子ね、何しても起きないんですって、童話でいう、眠り姫みたいに」
「起きない…?」
「ええ。…私、ずっと死にたいって思ってたけど、眠り続けるのもキレイかなぁって、
最近思い始めたわ」
218 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:36:37.27 ID:rWUo/kw90
「……」
変な事もあるものだ、と真紅は思った。
「その話水銀燈にしたら、なんて言ったと思う?」
「さあ」
「『あっそ』って言ったのよ、あの子。これ、酷いわよねぇ」
あはは、と一人で笑うめぐ。
「…私には理解出来ない領域だわ」
はあ、と真紅はため息をつき、頬づえをついた。
「ねえ、ところで、ジュン君は学校に行ってるの?」
真紅が顔を上げる。めぐが両肘を頬につき、こちらを覗き込んでいる。
「…どうして?」
真紅は首を傾げて聞き返し、ある事に気づく。
めぐの眼が笑っていない。
「だって、まだ7月の中旬でしょ。3日前に来て、今日も来て」
「………」
「行ってないんでしょ?普通に考えたらそうだわ」
微動だにしないめぐ。
220 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:41:09.95 ID:rWUo/kw90
「………」
「……」
ふう、と真紅は息を吐いた。
「行ってないわ。ジュンは引きこもりよ」
「…何があったの?」
なおも質問してくる。
「私も知らないわ。その先はジュンに訊いて頂戴」
視線を伏せる真紅。
「………ねえ」
「…何?」
「行って欲しいと思う?学校に」
随分と遠慮のない質問をするものだ、と真紅は思った。
「……」
「どう…?」
真紅はしばらく、天井を仰いだ後、ふ、と息を吐く。
「学校なんて行きたくなければ、行く必要はないでしょう」
「…へえ」
222 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:50:18.19 ID:rWUo/kw90
「規律や上下関係、協調性を学ぶ事は、生きていく上で大切な事」
「……」
「でも、だから『学校に行きなさい』『勉強しなさい』なんて、私は言えない」
「……」
「それはジュンが決める事」
「…そう」
「この間、あの子の学校の先生が来たわ」
めぐは前かがみの姿勢を直し、壁にもたれかかる。
「その後ジュンはトイレで吐いて、部屋に引き籠ってしまった」
「……」
「それからあの子は何日も起きなくなって」
「……」
「私にはどうしようもなかった。枕元にいる事しか、出来なかった」
「……」
「今はこうして、外に出られるくらいにはなったけど」
「………」
「私は何も聞かなかったし、ジュンも何も言わなかった。その時何があったかなんて」
時計の針が、11時を指した。
カタン、と音がして、真紅は一瞬そちらを見やる。
223 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 17:54:41.71 ID:rWUo/kw90
「…私はね、どこかの誰かに、自分を分かったつもりになられるのが一番嫌いなのよ」
手を遊ばせながら続ける。
「ジュンもきっとそう。あの子の苦しみなんて、あの子にしか分からない。
あの子が乗り越えていくしかないの」
「…そうね、その通りだわ」
「でも、私はジュンに、前を向いてほしい。光は、前を向かないと
自分に射してこないの。だから」
「………」
めぐがじっと見つめている。
「私はジュンの傍にいる。ピクニックに行くと良さそうな晴れの日でも、
土砂降りの雨の日でも、風がよく抜けて涼しい日でも」
「………」
「あの子が逃げ出したら追っかけていく。一人にならないように。
死にたがっていたら、落ち着くまで手を握っていてあげる。ずっと」
両手を膝に落とし、ぎゅっと握りしめる真紅。
226 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:17:17.24 ID:rWUo/kw90
「いつかあの子が立ち上がろうとした時に、横にいる私の肩を使って、
支えにして立ってくれれば、私はそれでいいの」
「………」
「少し脱線してしまったわね…ごめんなさい」
「いいえ、そんな事ないわ」
「…別に学校に行ってほしいとは思ってないけど、『私はジュンに、
いつか前を向いて欲しいとは思っている』、これでいいかしら」
真紅がめぐに視線を向ける。
「…ええ、素晴らしい回答だわ」
ぱちぱち、とめぐは手を叩いた。
229 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:25:15.70 ID:rWUo/kw90
ガチャリ、とドアが開いて、ジュンが入ってくる。
「あら、ジュン、どこへ行っていたの」
「ん、ちょっと散歩」
「迷子になっても知らないわよ」
「なるわけないだろ」
やれやれ、といった風に壁に寄り掛かるジュン。
「散歩に行ってたの?」
めぐが尋ねる。
「ん、ああ。結構そこの中庭、涼しくて気持ちいいよ」
「ね、もう一回、散歩に行く気、ないかしら?」
ベッドから降りるめぐ。
「え」
スリッパを履き、タオルケットを折りたたんでゆく。
「もうすぐお昼だから、暑くなる前に、ね?いいでしょう?」
「いや、僕はいいけど…」
ちらっと廊下を見やるジュン。
「あら、少しの散歩くらいで、いちいち看護士さんは咎めないわよ。気にしないで」
すたすたとドアの方へ歩いていく。
231 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:29:23.55 ID:rWUo/kw90
「ちょ、ちょっと待って」
ジュンが慌ててそれを追いかけ、二人はドアの向こうに消えた。
「……やれやれ」
真紅は開きっぱなしのドアを閉め、ベッドの傍へ戻っていく。
「……」
次の瞬間、ガララッと窓を開けた。
「きゃっ!」
窓の外、びくっと身体を震わせた水銀燈が胸を押さえている。
「盗み聞きはよくないって、めぐが言ってたわよ」
「………」
「入ってらっしゃい」
真紅が促し、水銀燈はしぶしぶ病室に入った。
232 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:31:22.70 ID:rWUo/kw90
「ん………」
外に出た所でめぐが顔をしかめる。
「眩しい」
右手で日光を遮る仕草をする。
「外に出たのなんて、何ヶ月ぶりかしら」
「えっ?」
ジュンが思わずめぐを見る。
「ふふ、驚いた?」
中庭の方へ歩き出すめぐ。
「あ、待って」
ジュンがそれを追いかける。
ミーン、ミン、ミン、ミーン、と、蝉の鳴き声が聞こえる。
ヒュウウ、と風が吹き、めぐの長い黒髪が、ふわりと浮き上がる。
「ん………」
気持ち良さそうに目を閉じ、前髪をかきあげる。
「あ…」
ジュンはその仕草に、思わずどきっとする。
234 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:35:45.87 ID:rWUo/kw90
「………」
少し先を歩くめぐ。そこから2メートルほど後ろを、ジュンが歩いている。
「暑いわね…」
めぐが額の汗を拭い、木陰のベンチに座る。
「…ああ」
めぐは袖で何度も額を拭っている。そんなに暑いのだろうか。
「エアコンの部屋から出てないからよ、これは」
心を読んだかのように、めぐが答えた。
「エ…エアコン…?」
「人はね、汗をかく生き物なの」
「……」
立ち尽くしているジュンを見て、めぐがトントンとベンチを叩く。
「ここに座って」
「え、いいよ僕は」
「いいから」
真っ直ぐ見据えてくるめぐ。
236 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:43:34.74 ID:rWUo/kw90
ジュンが横に座り、めぐは背もたれに思い切り寄り掛かる。
「ふうーーー」
目を閉じ、大きく息を吐く。
身体を反らした時、胸が膨らんでいるのに気づく。
「あ………」
16歳の女の子の胸。すぐに目を逸らす。
「私はホントに、部屋から出たことなかったから…」
身体を戻し、ふう、と息を吐く。
「かかなきゃいけない汗が、こういう時にドバッと出ちゃうの」
「へ、へえ」
ジュンは視線を適当な所に向ける。
ふと、視界の隅、茂みがガサガサ動いているのが見える。
「ん」
次の瞬間、太った三毛猫が飛び出してくる。
「あ」
「あら…」
めぐもそれに気付いた。
「おいで、おいで」
チチチチチ、と口を鳴らし、地面スレスレに手を置いて、
カサカサカサ、と動かす。
三毛猫はそれにつられ、こちらにト、ト、ト、と近寄ってくる。
237 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:46:17.27 ID:rWUo/kw90
「うっぷ、よし、イイ子イイ子」
膝をつたって飛び乗ってきた猫を、めぐは何度も撫でる。
「……」
ジュンは意外そうにそれを見つめた。
「人慣れしてるでしょ、この子」
「…うん、びっくりした」
「もう10年になるかしら」
ゴロゴロ、と喉を鳴らし始めた猫を撫でながら、めぐが視線を落とす。
「この子は捨て猫だったのよ」
「…へえ」
「たまたま病院に猫好きの先生がいて、勝手口の裏のストックハウスで、
この子を飼い始めたの」
「………」
めぐはふう、と息を吐き、撫でるのを止める。
「ジュン君、面白い話、してあげましょうか」
239 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:49:32.11 ID:rWUo/kw90
「何?」
「猫も人間も、いえ、哺乳類はみんな、一生に20億回の鼓動を打つって、
決まっているのよ」
「20億???」
「そうよ、正確には、15億から20億、くらいだったかしら。哺乳類の
心臓はそうなってるらしいわ」
「へえ……」
「高血圧の人は早死にするケースが多いのは、そういう理由があるの」
初耳だな、とジュンは思った。
「極端な話、1分間に80回の鼓動を打つ人と、60回の鼓動を打つ人で、
寿命が違うわけね。極端な話よ。全員が全員、そうだというわけじゃないのよ」
ふふ、と笑う。
「ハツカネズミは、1分間に600~700回打つとか云うし、ゾウなんてのは
1分間に20回くらい。クジラはねえ…何回だと思う?」
「クジラ?」
言い方からすると、10回前後かな、と考える。
「3回よ。1分間にたったの3回」
「さ、3回!?」
思わず頓狂な声を上げる。
240 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 18:52:29.13 ID:rWUo/kw90
「びっくりしたでしょ。シロナガスクジラなんかは、それもあって、
120歳くらいまで生きるらしいわよ。計算が合わないのは何でかしらね。
身体が持たないのかしら」
「………」
めぐの視線がうつむき、猫の喉を鳴らし始める。
「私の」
はっとするジュン。
「私の身体も、きっとそう…」
めぐの膝で、猫が寝がえりを打つ。
それを見て、安心したように笑うめぐ。
「………」
その眼には、猫の愛くるしい寝顔だけが映り込んでいた。
243 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 19:04:41.75 ID:rWUo/kw90
「意外だったわ」
ベッドに座った水銀燈と、窓辺に寄り掛かった真紅。
先に口を開いたのは、真紅だった。
「結構、優しいとこあるじゃないの、水銀燈」
「ふん」
「あら、褒めてるのよ。それとも、けなして欲しいのかしら?」
「………」
じろっと真紅を睨む。
「ここでアリスゲームしたって、私はいいのよぉ、真紅」
立ち上がり、椅子に右足と右手を掛ける。
「嫌よ、どうしてこんな所で」
「…なら厭味ったらしく喋るくせ、いい加減やめなさぁい」
ふん、と鼻を鳴らす水銀燈。
「分かったわ。もう少し、私ものんびりしていたいし」
言いながら、窓の外に視線を移す。
246 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 19:17:52.18 ID:rWUo/kw90
「………」
水銀燈は、少し考える。
この様子では、本当に雪華綺晶は、真紅たちに干渉
していない。
アリスゲームも、残り5体の段階から動いていない。
ローザミスティカの奪い合いがあったのであれば、姉妹全員が感覚で
分かるはずで、その辺りの話も出てきていない。
否。
奪い合いだけが、アリスゲームを進める手段だろうか?
そうとは限らない。雪華綺晶は別の手段で進めると明言している。
「………」
ならば、確認はしておくべきだ。
「真紅」
「…何?」
真紅がこちらを向いた。
259 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 20:45:01.12 ID:rWUo/kw90
「一つ訊いておきたいのだけど」
「…何かしら?」
言葉は選ばなければならない。
「最近…」
「?」
「何か、変わった事なかった?」
少し首を傾げる水銀燈。釣られて真紅も首を傾ける。
「何?どういう事?」
眉をひそめる真紅。
「何もない?」
「………」
答えない。代わりに、水銀燈の顔をじっと見ている。
「何もないなら、いいのよぉ、別に」
「…私にはないけど、どうしてそんな質問をするの?」
「いいえ。何でもないわ」
視線を逸らす水銀燈。
261 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 20:52:06.52 ID:rWUo/kw90
「こっちを向きなさい。水銀燈。貴女が私に質問するなんて、
珍しいじゃない。どういう風の吹き回しかしら」
「………」
こういう言い方をすれば、大抵喧嘩になる。だが、今日の水銀燈は
逃げるように視線を逸らしているだけであった。
真紅は一歩踏み込んでみる事にする。
「…そういう質問をするのは、最近貴女に変わった事があったからじゃないの。違う?」
ぐっ、と水銀燈は唾を飲み込む。
「答えなさい。貴女には答える義務がある」
「………」
水銀燈は立ち上がり、背中を向けてしまう。
真紅はそれでピンと来た。
「……白薔薇ね」
水銀燈の目が見開かれる。
「分かるわよ。その反応からして」
264 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 20:56:31.10 ID:rWUo/kw90
時計の針が、コッチ、コッチ、と時を刻む。
「…そういう取引をしたわ」
「なるほどね」
真紅の反応は、意外と淡々としたものだった。
「怒らないのねぇ」
「相手は白薔薇よ。私だって、対峙した時は、きっと誤魔化して、
全員で作戦練る選択肢を採るわ」
「……雪華綺晶」
「…え?」
「第7ドールの、名前よぉ」
「……」
ぼふっとベッドに座る水銀燈。
何か考え事をしているようだ。
「変わった事…」
「……」
「昨日から翠星石が帰ってこないわね、そういえば」
267 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:03:11.70 ID:rWUo/kw90
顎に手を当て、一点を見つめる真紅。
「翠星石が?」
「まだ雪華綺晶の仕業と断定は出来ない。蒼星石の所に
行っているだけかもしれない」
「………」
「でも、対策は練っておきたいわ。ここにいない金糸雀だって、
何かされているかもしれない。連絡を取らなきゃね」
「…真紅」
水銀燈が呟いた。
268 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:06:42.13 ID:rWUo/kw90
「あの二人は…?」
窓の外、中庭を見やる。摺りガラスとはいえ、何を指しているのか
くらいは、真紅にも理解出来る。
「…マスターたちも、ここから先、否応なしにゲームに
巻き込まれていくわ」
「……」
「眠らせて力を奪うのが目的であれば、必ず雪華綺晶は
接触してくる」
「…私、出来たら、今のあの子は、巻き込みたくないのよぉ」
ベッドに手を置く水銀燈。
「無理よ、どう考えても。取引したんでしょう」
「………」
「雪華綺晶の手が伸びる前に、私たちで防衛線を張る事は
出来るかもしれないけど」
「………」
水銀燈は、何も言わなかった。
270 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:11:49.06 ID:rWUo/kw90
「あら、めぐちゃん」
めぐの病室の前。
「あ、こんにちは」
ジュンが頭を下げる。大きなカートを押す手を止め、佐原が
驚いたようにこちらを見つめている。
「珍しいわね、散歩?」
「ええ」
にこりと笑い、カートに乗せてある食事を見る。
「美味しそうね、この煮魚」
「え」
「これおひたしかしら」
「………」
「ジュン君ごめんなさい、ドアだけ開けてもらってもいい?」
ひょいと自分の食器を取り、ドアの前に立つめぐ。
「うん」
ドアを開けると、めぐはさっさと中に入ってしまった。
271 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:16:05.42 ID:rWUo/kw90
「………」
「どうしたんですか」
放心状態の佐原に、ジュンが尋ねる。
「い、いいえ……珍しいな、と思って」
「?」
「ああ、ごめんなさい、何でもないわ」
我に返り、隣の病室の前へ向かう。
「あ、ねえ」
部屋に入ろうとしたジュンを、思い出したように呼び止める。
「はい?」
「大事にしてあげてね。優しい子だから」
そう言ってほほ笑む佐原。
「はあ」
「ジュン君、何してるの?」
中から声を掛けられ、ジュンは部屋へと入った。
272 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:20:07.25 ID:rWUo/kw90
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「ええ、ありがとう」
空っぽになった食器を下げ終え、ジュンは立ち上がる。
「………」
水銀燈がめぐを見つめている。
「真紅」
抱っこされた真紅が振り返る。
「…これで、私が持っている情報は全て伝えたつもりよぉ」
ふう、と息をつく水銀燈。
「分かったわ。金糸雀と翠星石にも伝えとくわ」
「ええ」
ジュンが訝しげな顔をする。
「なんだ?」
「何でもないわ」
「ええ、こちらの話よぉ」
真紅と水銀燈がそれぞれ答える。
「……ふうん」
274 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:22:34.12 ID:rWUo/kw90
二人が出て行き、バタンと閉まったドアを見やる水銀燈。
嘘である。
水銀燈は、一つだけ伝えなかった事がある。
「………」
雪華綺晶が一瞬だけ、目を泳がせた時のやり取り。
いざという時の切り札。目的を達成するための。
「(悪いけど、貴女には壊れてもらうわぁ。ごめんなさいねぇ、真紅…)」
心の中で、水銀燈は呟いた。
276 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/16(水) 21:23:35.20 ID:rWUo/kw90
今日の投下はここで終わりにします。
ちょっと色々あって…
保守してくれた方、本当にありがとうございました。
282 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/16(水) 21:33:41.93 ID:E1g7V4J10
リアルタイムで神に遭遇できてよかった
スレ汚しになるかもしれんがせっかく描いたからうpする
続き楽しみにしてるよ!
396 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:27:24.99 ID:8cHvSUei0
オッス投下するぜ!!保守ありがとう!!
397 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/07/17(木) 17:29:16.00 ID:9mF6I6zb0
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
401 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:37:42.06 ID:8cHvSUei0
コンコン。
コンコン。
コンコン。
真っ暗な部屋の中。盛り上がっているベッド。
黒髪の女性が、静かに眠っている。
ドンドン。
ドンドン。
ドンドン。
窓を叩く音が、少し大きくなる。
「みっちゃあーん」
金糸雀が、困り果てた顔で何度も窓を叩いている。
既に空には星が瞬き、金糸雀は30分以上も窓際で粘っていた。
403 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:43:56.82 ID:8cHvSUei0
「はあ……」
一向に起きる気配がない。
「仕事で疲れてるのかしら……」
言いながら、自分も疲れ果ててしまっている。
「…お腹減ったわ…」
バルコニーにへたり込み、膝を抱えてうずくまる金糸雀。
「うう…」
ふと、脇にいたピチカートが何かに反応する。
キィン、と光りながら、手すりの向こうへ消える。
「あら、ちょっとどこ行くのピチカートー」
後を追おうとして、手すりの向こうを見る。
「あっ?」
ピチカートの向こう。赤い光がこちらに近づいてくる。
「あれは……」
ホーリエだ、と分かった。
405 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:50:34.47 ID:8cHvSUei0
「…………」
桜田家のリビング。のりとジュンは、既に2階へ上がっている。
「そういう事よ、金糸雀」
二人掛けのソファに座る真紅。
その向かい、一人掛けのソファに座っているのは、金糸雀。
「………」
全てを話し終えた真紅に対し、金糸雀はあまり事情を飲み込めていない様子だった。
「雪華綺晶…」
「そう、雛苺の身体を奪った末の妹の名前。彼女は、水銀燈と取引をした」
「……そんな、私たちのローザミスティカを…」
胸を押さえる。
「翠星石がいなくなった。もうそろそろゼンマイを巻かないといけないのに」
「え」
「おそらく…」
「で、でも、ローザミスティカの奪い合いとかは」
「ええ、翠星石はローザミスティカを奪われたわけじゃないのよ、多分」
「そ、それなら……」
ぐうぅ~、とお腹が鳴った。
「う…」
「あら」
拍子抜けした声を出す真紅。
407 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:56:14.77 ID:8cHvSUei0
「何も食べてないの?もう8時半なのに」
「みっちゃんが起きないのよ。何回窓叩いても」
真紅の眉がぴくっと動く。
「だから部屋に入れなくて、困ってるのかしら」
がたっと音を立て、立ち上がる真紅。
「いつから?それは」
「え、一時間くらい前よ」
「マスターが起きない……起きない……」
何か、心の中に引っ掛かっている。何か。
「………」
腕組みをしていた真紅が、顔を上げる。
「金糸雀」
「なぁに、真紅」
「今日は泊まっていきなさい。翠星石の件もあるし、もし雪華綺晶が
仕掛けてきても、2人でジュンの傍にいれば、まだ何とかなるでしょう」
「……ええ…それは別にいいけど…」
408 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 17:58:40.59 ID:8cHvSUei0
真紅は目を伏せ、時系列を整理する。
水銀燈と雪華綺晶の接触が3日前。
翠星石が消えたのは昨日。
そして今日、金糸雀のマスターに異変(まだ異変とは呼べないかもしれないが)があった。
ローザミスティカの動きはない。
……何かが抜けている。
そうだ、めぐは今日の昼、何と言った?
「病院に運ばれてきた、決して起きないフランス人の女の子」
411 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:05:47.69 ID:8cHvSUei0
「金糸雀」
立ち上がろうとした金糸雀が動きを止める。
「何かしら…?」
「明日、一緒に来てほしい場所があるの」
「明日…?」
いや、それでは遅い。おそらく。
「いえ、今からよ。時間がないわ」
「い、今から??」
返事を聞き終える前に、真紅はすたすたとリビングを出て、2階に上がっていった。
「ちょ、ちょっと待ってかしらー」
金糸雀は慌てて後を追った。
413 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:10:21.31 ID:8cHvSUei0
真っ暗な薔薇の庭園。
その中にそびえる屋敷。
部屋の照明が点きっぱなしだった事が、2体のドールには幸いだった。
「やはり」
割れた窓から侵入した真紅。
ベッドで寝ている結菱一葉は、何度も揺するが、起きなかった。
「蒼星石、いないわよー」
空っぽの鞄を確認する金糸雀。
「予想通りね………」
「へ??」
部屋の隅、日めくりカレンダーを見た真紅。
日付は一昨日。つまり、2日前で止まっている。
「金糸雀、よく聞いて頂戴」
「何よ?」
「先に言っておくわ。雪華綺晶はおそらく明日、仕掛けてくる」
「え」
「………」
「ど、どういう事かしら、真紅」
「説明はしないわ。ただの憶測だし」
困惑する金糸雀を無視し、再び考え込む。
「………」
415 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:14:05.56 ID:8cHvSUei0
結菱一葉は、おそらく2日前に眠らされた。カレンダーが
そこで止まっている事を考慮し、そう仮説を立てるならば、
雪華綺晶と水銀燈の接触の次の日から、
2日目に一葉、3日目に翠星石、そして今日は草笛みつ、と、
一日毎に一人、異変が起きていると推測出来る。
病院に搬送されたフランス人の女の子が、仮にオディールだとして、
彼女は誰のマスターになる。あの指輪は。
食われる前、雛苺は契約したか分からないと言った。雛苺のマスターでないと
したら、余っているのは、残り1体しかいない。
とすると、オディールは利用された。雪華綺晶と契約を「させられた」。
そして眠らされた。そう考えれば、辻褄は合う。
418 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:19:46.37 ID:8cHvSUei0
もう翠星石もネジが切れている頃だ。雪華綺晶に捕えられたと
推測するのが自然である。
では、どうして一気に仕掛けてこないのか。
否、仕掛けられないのか?
雪華綺晶が時間を掛けているのは、ローザミスティカを水銀燈に与えたために、
続けて仕掛ける体力がないからではないか。
こちらがこうして動くのを承知で、徒に時間を掛けているとは
考えられない。
つまり、次に動くとしたら、明日。
残るは水銀燈、金糸雀、真紅、めぐ、ジュン。
水銀燈との取引を考えるなら、めぐと水銀燈は最後。
420 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:24:25.10 ID:8cHvSUei0
明日は残る3人のうちの誰か。
みつが眠らされた事を考えると、
マスターを先に眠らせ、力の供給が断たれた所を
攻めてくるかもしれない。
だとすると、次はジュンが眠らされる番だろうか?
だが、疑問も残る。
どうして翠星石のローザミスティカを奪っていないのか。
蒼星石の身体はどこへ行ってしまったのか。
421 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:27:32.44 ID:8cHvSUei0
「ちょっと真紅」
名前を呼ばれ、我に返る。
「カナを振りまわしてどういうつもり?キチンと説明しなさいよ」
「ええ…ああ」
真紅は時計を確認する。21時過ぎ。
「………」
賭けに出るべきだろうか。いや、出ないといけない。
「金糸雀、私の考えを説明するわ」
真紅が金糸雀を見据え、喋り始めた。
423 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:32:31.23 ID:8cHvSUei0
「みっちゃんが眠らされてる…?」
半ば信じられない、といった様子で、立ち尽くしている。
「あくまでも推測よ。でも、そう考えておいて、間違いはないと思うの」
少しうつむく真紅。
「………」
首をかしげている金糸雀。視線が何かを求めるように虚空をさ迷っている。
「この蒼星石のマスターも、同じように起きない。考えられるとしたら、みっちゃんさんも…」
「カ…カナは…」
真紅が顔を上げる。
「嘘よ。冗談はよしてほしいかしら。今朝はちゃんと起きてたのよ。
カナはちゃんと今日、お話したのよ…」
一歩後ずさる。
「かな……」
「嘘よ!信じないかしら!!絶対、絶対、そんな事……」
膝をつき、胸を押さえてカタカタ震える金糸雀。
真紅は、ただ黙ってうつむいている事しか出来なかった。
425 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:37:24.97 ID:8cHvSUei0
カチ、カチ、という音。
「……」
9時半を過ぎ、部屋でジュンがパソコンを見ている。
カララ、と窓が開いて、鞄に乗った真紅と金糸雀が部屋に入ってきた。
「どこ行ってたんだ?」
画面から視線を動かさず尋ねるジュン。
「ちょっとね」
「そか」
ちらっと、横の金糸雀を見やる真紅。
「ね、ねえジュン、今日、金糸雀が泊まっていきたいらしいんだけど、いいかしら」
少しどもりながら言う。
「ん…別にいいけど」
「そ、そう、ありがとう」
「………」
黙り込む真紅。
ジュンにも、全てを説明しないといけない。
たとえ巻き込む事になったとしても。
427 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:41:58.71 ID:8cHvSUei0
カタカタカタ、とキーボードを打ちこむジュン。
「何をしているの?」
「ん、ちょっとな」
「………」
真紅は視線を伏せ、ベッドに座り込む。ジュンは相変わらず、パソコンに
向かってマウスを動かしたり、キーボードを叩く作業を繰り返している。
いつもは、頬づえをついて下らないサイトを見たり、勉強している頃だが、
今日は何か調べ物をしているようだった。
「……ねえ」
「なあ、真紅」
同時に言葉を発する二人。
「あ、ごめん、何?」
椅子をキッと回し、こちらに向くジュン。
「いいわよ、貴方から言って頂戴。私は長くなるから」
「ああ。そか、悪いな」
「……」
428 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 18:46:33.02 ID:8cHvSUei0
「あのさ、水銀燈のマスターの事なんだけど」
「…ええ、何かしら」
「明日も行こうと思うんだ」
「そう」
ジュンはこめかみをポリポリとかき、ふう、と息を整える。
「なんか、元気にしてやれる方法ないかな」
「?」
「今日話してみてさ、何か淋しそうだったっていうか…」
「あら…」
真紅が目を丸くする。
「何か僕に出来る事があれば、してあげられたらな、とか」
「好きになったの?」
「はっ!?」
ガタッと立ち上がるジュン。
その反応を見て、真紅は思わずぷっと吹き出した。
「ふふ、まんざらでもないみたいね、ジュン」
「な、何言ってんだ、違うぞ、僕は」
「冗談に決まってるじゃない、何気分出してるの」
「………」
ジュンは顔を赤くし、椅子に座り直す。それをじっと
見つめる真紅。
429 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:06:03.83 ID:8cHvSUei0
ふと、画面に映し出されているものが、真紅の視界に入る。
「…あの子、ジュンが学校に行ってない事、見抜いてたわよ」
「えっ…」
「色々訊かれたわ。どうして行ってないのか、とか」
「……」
「行ってほしいかどうか、とか。割とお行儀がなってない子ね」
「僕の事を?」
「ええ。何か、自分に近いものでも感じたんじゃないかしら」
「………そ、そっか」
パソコンに向き直る。
会話が止まった。
ジュンはそれから頭をかいたり、天井を仰いだりして、落ち着かない。
「……」
真紅は数分間、それをじっと観察していた。
430 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:15:29.91 ID:8cHvSUei0
「…あれ、そう言えば真紅」
「何?」
「お前、何か言おうとしてなかったっけ」
「いいのよ、やっぱり何でもないわ」
真紅はジュンと視線を合わさず、一階に下りていった。
「あっ、ちょっと真紅」
追う金糸雀。
二人が出て行ってしまった後で、ジュンはパソコンに向き直った。
画面には、『心臓病Q&A』という項目が映し出されている。
「めぐさん…か…」
ぼんやりと呟いた。
432 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:21:40.82 ID:8cHvSUei0
「じゃあ、ホーリエ、ベリーベル。お願いね」
二つの光が鏡に消える。
「どうするの?」
「雪華綺晶を探してもらうのよ」
鏡に手を当てたまま答える真紅。
「……ジュン君には言わないの?」
「ええ…」
「どうして?」
真紅が振り返る。
「さっきは言おうとしたわ。でも」
「…?」
「パソコンに映っているものを見て、私は言うのをやめた」
「何が映ってたの」
「………」
「…」
「それは言えないわ。ただ、こちらから巻き込むような事は、今のあの子に対して
したくないの」
434 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:28:57.70 ID:8cHvSUei0
「…でも」
真紅はその言葉を言い終え、深呼吸をして、
自分の胸に手を置く。
そうか、と思った。
水銀燈は同じ事を言おうとしたのだ。
あれだけ自分が嫌っていた姉は、今日、自分と
同じ事を考えていたのだ。
「…金糸雀」
第2ドールは、呆けたような眼で見つめている。
「みっちゃんは、きっとまた起きてくれるわ。『おはよう』って、
帰ってきた貴女に対して」
「……ええ」
少しうつむく金糸雀。廊下の明かりが逆光になり、その表情は
暗くて見えない。
「だから、私たちは、そうなるように、頑張りましょう」
自分の胸を押さえながら、真紅は絞り出すように言った。
435 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:33:03.10 ID:8cHvSUei0
明くる日の早朝。
「じゃあ、僕行ってくるから。お前は行かないのか?」
ジュンが振り返って尋ねる。
「ええ、ちょっと用事があるのよ。めぐによろしくね」
にこっと笑い、手を振る真紅。
見送りが終わり、一息ついた頃だった。
物置から、ヒューンとベリーベル、ホーリエが現れた。
「見つけたのね」
真紅は金糸雀に促し、物置へと向かう。
「ベリーベル、あなたは水銀燈の所へ」
ピンク色の光が窓から出ていくのを見届け、
真紅と金糸雀、ホーリエ、そしてピチカートが鏡の中に
飛び込んだ。
437 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:37:24.00 ID:8cHvSUei0
nのフィールドを一直線に飛び続ける二人。
その二人を先導するホーリエ。
「…」
真紅は胸元を押さえ、目を閉じる。
とうとう、ジュンには何も言わずにきてしまった。
言えば良かったのかもしれない、と少しは感じている。マスターがいれば
心強いし、何よりこちらも力を受けられる。
「……」
どうして何も言わなかったのか、自分でもよく分からない。
「ジュン…」
438 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:42:20.63 ID:8cHvSUei0
進むにつれ、白い霧が出てきた。
真紅はホーリエに減速するように促すが、それでも見失いそうになる。
「か、金糸雀…」
すぐ隣で並んで飛んでいるはずの金糸雀に声を掛ける。
「大丈夫よ、こっちは」
声はするものの、姿が見えない。
「……!!」
自分の腕の先が見えなくなってきた。もはやホーリエは見えず、ふと前後左右、どこに
進んでいるのか分からなくなってきた。
「金糸雀!!」
声を上げる真紅。
返事が聞こえない。
「金糸雀!!返事しなさい!!ホーリエ!!」
思わず、真紅は立ち止まろうとする。
440 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:47:02.99 ID:8cHvSUei0
次の瞬間、何かが足に引っ掛かる感覚が起き、真紅は勢いで前方に
すっ転んだ。
「きゃあっ!」
違う。転んだという表現がおかしい。
転ぶには地面が必要なはずで。
間髪入れず、しゅるるっと右足に何かが絡みついてくる。
「あっ」
それは瞬く間に真紅の身体を縛り上げ、ずずず、と引っ張った。
「こ、これは」
白いイバラ。
「おはようございます、紅薔薇のお姉様」
そのイバラの先。振り向いた真紅の目に映ったのは、
嬉しそうに笑う雪華綺晶だった。
442 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:51:32.11 ID:8cHvSUei0
波が引くように、白い霧がさあっと晴れていく。
「まさかそちらから来ていただけるとは」
「黙りなさい白薔薇、いいえ雪華綺晶」
睨む真紅。
「名前で呼んでいただけて光栄です」
「……」
よく見ると、自分がクモの巣にかかっているのだ、と分かる。
違う。
クモの巣状に張られたイバラ。
「あっ」
真紅は目を見開いた。
倒れた自分の背後に座る、雪華綺晶。両の手から伸びるイバラ。
右手から伸びるイバラは自分を縛っていて、もう片方の手から伸びる
イバラが、金糸雀を縛っている。
「金糸雀!!」
「無駄ですわ」
445 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 19:55:16.36 ID:8cHvSUei0
金糸雀は顔を上げようとせず、ぐったりと身体を横たえていた。
「ローザミスティカを奪ったの」
「さあ、教える義理はありませんわ」
にっ、と笑う雪華綺晶。その背後に、4つの白い水晶が並んでいる。
「……!!」
ぞくっと身体に走るものがあった。
それぞれの中に、一つずつ見える人影。
一人でぬいぐるみと遊んでいるオディール。
お茶を飲んでいる一葉。
ベッドで寝ているみつ。
そして、いなくなっていた蒼星石と共に倒れている、翠星石。
「貴女がやったのね」
「ふふ」
答える代わりに、微笑を浮かべる。
446 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 20:00:27.38 ID:8cHvSUei0
「答えなさい。翠星石のローザミスティカをどうしたの」
「お姉様」
左手に抱えている金糸雀を離し、かしゃんと倒れる音がした。
そのまま、雪華綺晶は真紅に近づいてくる。
「ぐっ……」
引き千切ろうにも、全く身体が動かない。
「?」
真紅はあるものに気づいた。
視界の隅。白い水晶の後ろ、雪華綺晶から見えないところに、
黄色い光と、赤い光が見える。
「ホーリエ!!ピチカート!!」
真紅が叫んだ。
雪華綺晶が視線をきょろきょろさせる。
「うっ」
キィン、とまばゆく光ったのはホーリエ。
雪華綺晶の目が眩む。
449 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 20:05:16.60 ID:8cHvSUei0
隙をついてピチカートが、引き離された金糸雀のイバラを千切り、クモの巣から
金糸雀は落下していった。
それを追い、闇に消えていくピチカート。
「く…」
元の方角に消えていくホーリエ。
「そうよ、それでいいわ…」
にっ、と笑う真紅。
「………」
金糸雀たちが消えた方向を凝視していた雪華綺晶は、
やがて一息つき、もがいている真紅へと近寄っていく。
「別に構いませんわ。アリスになるのは、この私。もうすぐ…」
真紅の顎を持つ。
「やめなさいこの…」
歯を食いしばり、睨むのをやめない。
「だから…お姉様のローザミスティカ…もらいますね」
どつっという音がして、真紅が目を見開く。
452 : ◆JtU6Ps3/ps :2008/07/17(木) 20:07:59.66 ID:8cHvSUei0
胸に走る、何か温かい感覚。
ずずず、と、胸の一角が奥へ、奥へと押しやられているような音。
「…あ」
真紅は震えながら、自分の胸を見やる。
白いイバラが数本、確かに自分の胸を貫いていた。
「ジュ…」
かた、かた、と震えた後、真紅は目を見開いたまま、動かなくなった。
「……」
真紅の身体が光り始め、そこから2つの宝石が出現する。
「おやすみなさい、紅薔薇のお姉様」
雪華綺晶は笑ったまま、愛おしそうに真紅の身体を撫で続けた。
※その2へ
ぷにコレ ローゼンメイデン・トロイメント 真紅 | |
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この記事へのコメント
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名前: kouki #QPJmzeK2: 2008/07/19(土) 18:25: :edit1ゲットだぜ!!
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名前: VIPPERな名無しさん #-: 2008/09/08(月) 18:28: :editみんな続きが気になってその2に直行したせいで
米が1しかいないことにクソワロタw -
名前: 通常のナナシ #-: 2008/10/03(金) 11:36: :editⅦ号強い
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名前: akatuki #-: 2009/01/15(木) 23:12: :edit確かに」米少ないなw
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名前: 潤 #-: 2013/02/08(金) 19:06: :edit面白いじゃねぇの…
さて、続き続き。 -
名前: 通常のナナシ #-: 2013/02/08(金) 20:47: :edit原作で柿崎めぐは最後どうなんの?
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名前: 通常のナナシ #-: 2013/02/14(木) 17:50: :editめぐちゃん…
-
名前: 通常のナナシ #-: 2013/02/25(月) 15:42: :edit※6
雪華綺晶に誘拐され鳥海皆人の手によって雪華綺晶と融合
現在連載中だし、その後どうなるかは不明 -
名前: 通常のナナシ #-: 2013/03/01(金) 09:48: :edit※2
わざわざコメントを残していく俺テラ律儀www
俺の妹がこんなに可愛いわけがない 黒猫 白猫Ver.