The Cove
野生のイルカを捕獲・調教し、人気番組『フリッパー』を生み出したイルカ調教師、リック・オバリーさんは、自分のせいでイルカが捕獲され、売られ、見世物になって行くのが耐えられず、イルカを救う動物愛護活動家になった。ナショナルジオグラフィック誌のカメラマンと出逢い、野生のイルカを大量捕獲し、全世界のイルカ・ショーに出荷している和歌山の太地町に取材に訪れるのだが、公式な取材を申し込んでも応じてもらえなかったため、強行手段に出ることにする・・・。 特に見所なのが、隠しカメラを仕掛けに夜出て行くところ。リックとルーイーは、太地町に公式に取材を申し込むのだが、立ち入り禁止区域とか、こういう取材はダメとか、細々と規制をされて実質取材できないようにされてしまう。で、これは違法にやるしかないと決心、「立ち入り禁止のところに入りたくないから、確認できるように地図をくれ」って頼んで、地図をもらってくる。 これってバカっじゃねーかと思った。でっかく赤ペンでバツしてあるところ、行くに決まってんじゃん!やるなよ、地図!わざとファジーにして置いて、入ったら逮捕しちゃえばいいのに。バカ正直だなあ。入ってくださいって言ってるようなもんじゃん。 で、この立ち入り禁止区域ですげーことしているに違いないからってことで、隠しカメラを仕掛けに行くんですけど、なんかリックさんの知り合い?かなんかの映画のセットとかやってるらしき人に頼んで、高性能カメラに石の被せ物した隠しカメラを作ってもらうんだよね。で、それを夜中にこそこそと立ち入り禁止になってる入り江に仕掛けに行くのだが、これが面白い。 仕掛け人は4、5人いるんだけど、「酸素ボンベなしで長時間潜れちゃうダイバー」とか、「世界中の危ないこと(例えば高層ビルに素手で登っちゃうとか)しまくってるチャレンジャーの男」とかをスカウトしてきて、まるで『スパイ大作戦』のよう。 で、太地町の漁師や、はたまた警察まで、コイツラが町の望まない取材をしないようにしょっちゅう見張ってるんだけど、囮の車を使って見張りをまいたりする!! で、実際その入り江に着いて、カメラを仕掛けるところも、赤外線カメラよりもっと性能のいい、温度を感知して撮るカメラ?かなんかそういうので、暗闇の中で撮影してるんだけど、ホント、普通のスパイ映画みたいって言うか、『M: I: III』なんかよりずっとすげえぞ!って書いてた映画評論家がいたくらい、すっげえワクワクするんだよね。身を乗り出して観てしまいました。 あと、この映画が印象深いのは、この元イルカ調教師のリック・オバリーさんの気持ちが痛いくらいに伝わってくるところなんだよね。だってさー、そもそもこの人が調教師になったんだって、イルカが好きだったからに違いないし、そうでなくても毎日イルカと過ごしてきたんだもん、ペットみたいに愛情が移って当然だよね。 それが、イルカの方は実はプールに囲われているのは幸せではなく、自らの生命を絶ったとなると、ちょっとショックが計り知れない。それって、自分はラブラブだと思ってた彼女が、実は自分との生活に耐え切れず自殺したってのと同じよね。 そして、自分が「フリッパー」を生み出したせいで、捕獲され、親や兄弟と引き離され、サーカスに売られていくイルカたち。太地町の漁師さんたちは、「なんだよ、イルカ、イルカって」って思うかもしれないけど、アタシはわかるなあ。私がテツの話をしていると「いいなあ、私も犬飼いたいなあ」って言う人いるんだけど、そうするとちょっと不安になるもん。自分が癒されるために犬飼って置いて、充分に世話してあげない人っているし、それにたくさんのコーギーがサーカスで芸をしていたら、辛くて観ていられない。 実際、うちの犬は本当に幸せなのかと疑問を持ったよ。私は可愛がってるけど、リックさんだってイルカを可愛がってたはず。でも動物にしてみれば、親兄弟と引き離されて、自立もできない、遊びにも行けない、食べるのもうんこもおしっこも、人間がいなければ出来ないような環境にいる・・・。どんなに愛してあげても、これって不幸なんじゃないかと思って、むちゃくちゃ落ち込んでしまいました・・・。 この他は、この手の動物保護系ドキュメンタリーお決まりの、動物が人間が思っているより遥かに頭がいいこと、痛みや感情を感じるんだよ、ってことを強調し、さらに動物の肉は実は汚染されているから、食べるのも良くない、ということを見せる。 あ、あと面白かったのは、日本人の性質みたいなものが垣間見えたな~ってところがあった。字幕つけないで観たから、詳細が間違ってたら申し訳ないんだけど、確かこんな話だったと思う。太地町の漁師さんたちに、イルカの売買で稼げるだけの金をやるから、捕獲を止めてくれって言ったら、「金じゃないんだ、これはペスト・コントロールなんだ」って言われたって言うのね。それは、イルカが他の魚を食べちゃうんで、海の中の力バランスが崩れる、みたいな。で、なんだかんだ言うんだけど、リックさんたちの印象は、 「日本人は、白人に『あれ食うな、これやめろ』って言われて、自分の文化や生活を変えるのはイヤなんだと思う」 って。 これはその通りだなあと思った。前に、クジラも色々言われたじゃん。あん時の私の反応がまさにソレだったもんね。「なんで獲っちゃいけないの?」っていうより先に、 なんだよ、白人 みたいな(笑)。 まあさ、日本人云々じゃなくて、どこの人でも外部の人に色々言われたくねーって思うのは一緒だと思うんだけど、日本人は特に「内・外」の区別がはっきりしているので、余計そうなのかなと。なんだか、映画を観ながら自分のルーツみたいなものを「ああ~そうか」って確認できたのが面白いなと思った。 ドキュメンタリー映画って、テーマが面白くても退屈で観ていられないっていうものも多いというのに、ドキュメンタリーでここまでストーリー性と言うか、「見せる」映像を撮ったところがすごいなあと思った。こういう緊張感って、ドキュメンタリー映画ではなかなか味わえないもん。マジ、オスカー獲るんじゃないか。 |
(500) Days of Summer
これは痛いですね。観ている最中、もうトムが可哀想で可哀想で。でも泣ける、っていうのでもない、そんな風に感情的にさえならせてもらえない。ただズキズキと心を痛めながら観るしかない。 でも、私はサマーの気持ちもすっごい良くわかっちゃうので、それも辛かったなあ。サマーにとってトムはすごくいい友達だし、サマーはトムが大好きなのだ。 でも「恋」はしていない。 愛してないのに、なんで手を繋いだり、一緒にダンスしたり、パーティに招待したりするの?なんで思わせぶりなことをするの?って言うかもしれないけど、「手を繋ぎたい」とか「ダンスしたい」って感情は、愛してなくても、あるのよ。 サマーはトムが好きなのよ。で、「トムを愛せたらどんなに嬉しいだろう」と思う。いい人だし、一緒にいて楽しいし、趣味は合うし。 トムは、愛なんか幻想だというサマーに、「恋に落ちればわかるよ、それが存在するって」って言う。 「愛なんか幻想だ」とか言う人に限って、実は本当のソレを求めているんだよなあ。だってさ、トムみたいに「運命の人」の存在を信じている人は、それこそ音楽の趣味が合うとか、なんか色々な偶然が重なったりすると「この人なんだ!」って信じたいわけじゃない。逆にサマーみたいな人は、「そんな人がいるわけない」って思っているから、そういう理由付けなんかなく、心が「がくん」って相手に傾いた瞬間「これだ」って思う。 で、ほとんどの人はトムみたいな人なんだと思う。しょっちゅうデートして、手を繋いだり、ダンスしたり、セックスしたりするのなら、「これは恋なんだ」と思う。でもさ、別れる時に「あれって、幻想だった!」と思うことが一杯あると思わん? 段々よそよそしくなっていくサマーや、『卒業』を観てものすごい動揺するサマーを観ていると「これって、良くある話だよな~」って思った。相手がよそよそしくなって行くときとか、意味もなく落ち込んだり動揺したりするときって、心が冷めてくるときなんだよね~。私は、相手にそういうことをされたんじゃなくて、自分がそうなったから良くわかる。「あ、この人のこと、好きじゃない」っていうか、今でも好きだし、いい人だと思うんだけど、魅かれてない、恋してない、って思うと、一緒にいるのが苦痛になってくる。相手は自分のこと特別に思っているのに、自分はそう思ってない・・・。『卒業』を観て号泣しているサマーを観て、「ああ、トムのことが好きだから、恋していないって気が付いた瞬間、ものすごく悲しくなったんだなあ」と思う。 恋愛って面白いよね。「恋」って、特殊な感情じゃない。セックスも絡んでくるし、でもそれだけじゃない。友達とか、兄妹とか、そういう方がよっぽど強い絆があるはずなのに、恋って突然やってきて、そして「唯一」の存在になってしまう。でもものすごくもろい。で、長いこと付き合っていって、「愛」を育んでいかなければ続かないのだけど、でもこの「愛を育む」という行為は、最初の「恋」がないと出来ない。 最後、トムは運命の人なんか存在しない、と考えを変え、サマーは、「トムの言ったことは正しかった」と言う。この、サマーにそういう感情があるってことを気付かせたのは自分なのに、サマーがその感情を持った相手は自分じゃないという、これって痛いよね~。 でもさあ、トムが「そういう感情」があるってことをサマーに気付かせたから、サマーは「自分はトムに恋してない」って知ってしまったわけでしょ?「愛」や「恋」が幻想じゃない、実在するんだって思わないんだったら、「自分がこの人を愛していない」って気付いて泣く必要なんてないんだもんね。 それに、「そういう感情がある」って思ったから、次に会った相手に「これだ」って思っちゃっただけかもしれない。まあ、どっちにしろトムには辛い状況だけどさ~。 私は運命の人っていると思うね。っていうのは、トムとサマーが上手く行かなかった理由は、好きとか嫌いという感情よりも、二人の「恋愛」に対するステージが違ったせいだと思うんだ。みんな色々な経験をして、「ああ、もう男は欲しくない」とか、「女がいると窮屈」とか「愛なんて信じない」とか思うわけじゃん?で、そういう時期が過ぎて、「いたら面倒くさいけど、今ならそういう人の存在をありがたいと思える」とか、そういう心持ちになっってきたときに誰か同じステージにいる人と知り合うと、「ぱーん!!」とはじけちゃうわけよ。その「人生で同じステージをたまたま歩んでいた人」が、運命の人なんじゃないかな、って。 でも、さらに言うと、サマーは運命の人と出逢って結婚したけど、そこがゴールでもないんだもんね。ひどい目にあって離婚するかもしれない。ゴールってないんだよなあ、恋愛って。運命の人かどうかなんて、死ぬまでわからない。どうせ証明できないんだったら、自分の直感を信じるしかないよなあ。信じて幸せになれる人もいれば、トムみたいに痛い目に会う人もいる。でも信じ続けるべきだよね。少なくとも恋愛は人間を成長させてくれるものだから。 ああ、そうそう、で、最後に出てくる女の子の名前がAutamunじゃん?それで思ったんだけど、『痛いほど君が好きなのに』の原題が『Hottest State』じゃない?ってことは、こういう、狂ったように人を愛する時って「熱い」ときで、だから女の子の名前が「サマー」なのかなって。きっと、ものすごい「熱い」時の恋愛って叶わないのは、まずここで成長したもの同志しか、本当の愛は育めないってことなんじゃないかなあ。 ■不思議ちゃん、サマーを好演!ゾーイ・ディシャネルの出演作品一覧 ■ナイーヴなトムくんを好演!ジョセフ・ゴードン-レヴィットの出演作品一覧 追記: 宇多丸さんの評論すげえ。すげえよ!これを聴いてくれ!http://www.tbsradio.jp/utamaru/podcast/index.html Key Words マーク・ウェブ ジョセフ・ゴードン=レヴィット ゾーイ・デシャネル |
Zack and Miri Make a Porno
ザック(セス・ローゲン)とミリ(エリザベス・バンクス)は高校時代からの友達で、今はルームメイト。ザックはコーヒー屋の店員、ミリはモールでバイトしていて、今月も家賃や光熱費を払えない。ミリは、来たる高校の同窓会で、当時憧れていたフットボール部のボビーをひっかけて、熱い一夜を過ごそうと、勝負服を買い込み、ザックのコーヒー屋で着替えていると、客の高校生にその姿を携帯で撮られてしまう。
このブランダン役のジャスティン・ロング最高!オールバックにして異常に低い声でしゃべってて、最初は「私の好きなジャスティンじゃない!」と思ったけど、その後、ボビーと痴話ケンカをしているところ、もう最高!! 「うわー、普通のカップルみたいにケンカしてる!」 ってザックが言うんだけど、本当にそうなの!ブランダンが興奮して、しゃべりながら手を上げると、それを無意識に握るボビーとか、男女のカップルだと良くやるじゃん!それとか、わーっと言い合いした後、「わかってくれてありがとう、チュッ」って軽いキスしたりとか、マジ男女のカップルを見ているみたいで、すっごい可笑しい!ゲイのカップルが本当にこういう感じかどうかという問題じゃなくて、男同士のカップルが男女のカップルみたいなのがすっごい面白い。やっぱジャスティン・ロングっていいなあ。 同窓会から帰ってくると、水、ガス、電気は料金滞納で止められており、いよいよ売春でもしないと生活していけないと悩むミリにザックは、 「どうせ売春するなら、ポルノ映画を作ろう!」 と提案する。ミリは、さっきコーヒー屋で撮られた着替えの様子をゆーちゅーぶに載せられ、生理用のデカパンをはいていたため「Granny Panties(ばばあパンティ)」と呼ばれ既に有名人。ポルノを作れば売れる!ザックとミリは高校時代から友達だけど、恋人になったことはないので、もちろんエッチしたことはないのだが、 「お金のために、オレとセックスしてくれるか?!」 とザックに頼まれ、ミリは承諾する。 で、この後共演者をオーディションし、資金を調達し、「映画はタイトルが大切だ」とか言って、既存のタイトルのパロディを考えるところがむちゃおかしい。『Fuckback Mountain』とかさ。本編にも結構な時間を割いてあるんだけど削除シーンにもめちゃくちゃあって、どうやらセス・ローゲンとエリザベスのアドリブみたいなんだよね。『Cop Land』のパロディで『Cock Land』、って言ったあと、『The Cop』のパロディの「『The Cock』!」を同時に思いついてゲラゲラ笑い出したり。 でもそん中で、私的にむっちゃ受けたのが『Cocoon』のパロディで『Cocunt』!! 「『Cocock』でもいいな」 って、全然ヒネリがないんだけど、ソファから落っこった! で、最終的にザックとミリが「はっ」と思いついた究極のタイトルが『Star Whores』(爆)!!! でこの後は、映画を撮る様子をドタバタを面白おかしく見せるのですが、要は、ずっと友達だったのに全くザックに魅力を感じなかったミリが、映画作りを一生懸命やっているザックに段々魅力を感じてきて、ポルノのためにセックスしただけなのに、本気になってしまうという、いわゆるアパトー一家お得意の「男のための恋愛映画」なのですが、アパトーさんはプロデューサーじゃないんだよね。タイトルを考えるところの映画ヲタっぽい会話も、アパトー映画っぽいんだけど、脚本・監督は、ケビン・スミスという人しかクレジットされてないの。 この人も『ドグマ』や『クラークス』の監督・脚本をやった人なので(IMDbで読んだ)、才能ある人なのだろうけど、この映画は余りにジャド・アパトーしていて、パクり?!セス・ローゲンが色々口出ししたのかしら。それとも今やこれはラブコメの一パターンとして定着したのかな? Related Articles ■セス・ローゲンの映画偉人伝 ■負け犬・ミリを演じたエリザベス・バンクスがファースト・レディを演じた『ブッシュ』 ■この人、好きなんだな~ ジャスティン・ロング映画偉人伝 |