土木学会会長対談ー中西宏明氏

「土木とデジタル技術の連携でエビデンスに基づく解決策を」



大石会長が各界の第一人者とともに経済や社会、歴史、文化など幅広い分野と土木の関わりを議論する対談の第6回。今回のゲストは株式会社日立製作所会長で、次期経団連会長に内定された中西宏明氏を招き、インフラのあり方や、ビッグデータ時代における技術連携の可能性について意見を交わした。

中西宏明氏 (株)日立製作所取締役会長、一社)日本経済団体連合会 次期会長
大石久和 第105代土木学会会長

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自由化ありきの議論では国の“支え”が崩れていく




大石――中西会長と私は、学年が同じですね。私は1945年4月生まれ、会長は46年の3月生まれで、少しだけ私が先輩になりますが(笑)。
 最近、日立製作所の研究開発グループに所属する矢野和男さんの著書『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』を読んで大変感動しました。ランダムであっても膨大な数のデータが集まることで、一定の法則性が現われる。人間も自由意思で行動しているようでいて、データ化してみると一定の法則に則っているのだと分かってくる――。大変驚きました。こういう研究を大学ではなく企業でなさっている日立は素晴らしい会社だと思った次第です。今日はお会いするのを楽しみにしておりました。

中西――よろしくお願いします。

大石――私が土木学会会長としてつくづく思うのは、日本という国のインフラストラクチャーに対する無理解です。インフラはその国の経済競争力の根幹でありますから、企業が常に設備投資をしていくように、国もインフラの備えをし続けなければ繁栄できません。ところが、日本の政治の世界には、こうした考えはないようです。「インフラ」という言葉を使わず「公共事業」と呼んでいますが、これはフローの言葉であり、インフラがストックであるという視点が抜け落ちているのです。
 京都大学の藤井聡教授が、1995年から25年までの各国の名目GDPの推移を計算しました。それを見ると中国、カタールは500%、世界平均が約130%なのに対し、日本だけがマイナス成長です。私は、日本が長い間、公共事業費を削減し続けたことにその一因があるのではないかと考えています。

中西――日本のインフラに対する認識の浅さについては、まったく同感です。私どもの関連分野である電力もそうです。日本はこれまで、非常に質の高い電力を安定的に供給してきました。これは電力需要が高まった高度成長期に回収したお金を、地域独占ですべて投資に回してきたからです。電力債で借金をしても投資をしていきました。
 ところがある時期から、「自由競争にして電気料金を下げる」という方向に国の方針が転換しました。しかし現実は、シナリオどおりになっていません。気候変動問題への対策としてコストのかかる再生可能エネルギーがたくさん必要になり、民間を呼び込むために固定価格買い取り制度をつくりましたが、これが結局投資にまわっていない。一方で徐々に省エネが進むためにマーケットが縮小し、ビジネスモデルが壊れてしまったのです。
 これまで築いてきた安定した快適な社会の仕組みが壊れるという危機感は、電力に関しても同じです。自由化の議論ばかりしていると、国の一番の大事な「支え」をどうつくっていくかという視点が薄れてしまいます。

大石――私も調べましたが、電力の自由化をした国で電気料金が下がった国は一つもありません。それで自由化だ、自由化だと叫ばれているのが私には分からない。公共事業の世界でも、PPP(官民連携)でやればいい、とよく言われます。

中西――PPPは国がきちんと設計すれば、うまく機能する余地は十分あると私は思います。その代わり、ものすごく周到に公共の福祉とマッチングするような仕掛けを作らないと、民間からお金は集まりません。

大石――民間セクターにもっと積極的に公共事業へ投資していただけるよう、資金調達の仕組みも学会として考えていかなければと思っています。海外ではインフラ投資銀行などもあるようですが、日本の場合、一般的なインフラとなるとアレルギーが強い。そこで日本をレジリエントな国にしていくために、防災インフラの投資銀行のようなものをわれわれサイドで考え、提案していく必要があるのではないかと思っています。

防災や構造物の維持管理で期待されるビッグデータ解析

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大石――最近は自然災害が頻繁に起こるようになりました。昨年7月にも九州北部豪雨がありました。ただでさえ日本は高齢化が進み、これから災害弱者が増えていきます。これを土木の力で守っていかなければなりません。一方、避難ルートの情報をどのように提供していくかなど、合理的な支援策も必要とされています。そのあたりは日立製作所がお持ちの技術とのドッキングが可能ではないかと思うのですが。

中西――防災・減災に関しては、SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)の一環として、デジタルベースでどれだけ解析できるか、というプロジェクトを進めています。現在はビッグデータを集めて解析するコストが大変低くなり、気候の変化をよりシビアに予測したり、インフラの損傷具合を観測したりできるようになっています。こうしたデジタルの力を徹底して活用していけば、大きな社会課題に対し、エビデンスに基づいた解決策を提示していけるはずです。こうした活用への投資については、人々の理解も得やすいのではないでしょうか。防災対策は、ぜひ進めていくべきです。

大石――今回の北九州豪雨では、山の斜面があちこちで崩壊を起こしました。今話題の「トリリオンセンサー」のように、水分計、変位計、応力計などあらゆるものをセンサー化し、国土中に埋めておけば、そのデータを集めることで法面崩壊を事前に予測し、人的被害を防ぐことができます。これからは、そうしたことを目標にした取り組みも不可欠になっていくと思います。
 私としては、中西会長がおっしゃるようなデジタルの力を用いて、地方自治体を助ける仕組みをご提案いただけないかと思っています。

中西――それについてはわれわれも具体的に動いています。実際、土地や河川などのデータを一番多く持っているのが自治体です。すでに本気で取り組んでいる県知事さん、市長さんもいらっしゃいます。
 今、自治体で最も頭を悩ませているのが、上下水道施設の老朽化問題です。しかし、人口減少で需要が縮小していくときに、老朽化対策のために水道料金を上げるわけにはいきません。うまい仕掛けが必要です。そこで、管路は自治体が管理し、それ以外のサービスの部分は民間がその知恵を生かし、責任を持って担当する――そういうことを提案しています。

大石――ただ民営化すればいいという話と違い、そういう組み合わせが進んでいくとありがたいと思います。おっしゃるように、メンテナンスは土木の最大課題の一つです。
 NEXCO中日本が管理している東名高速道路なども今、大規模改修を進めています。けれどもベテラン技術者の不足で、人海戦術的な検査では手が回らず、機器によって支援していく必要がある。今後は橋梁にしても、何百というセンサーが埋め込まれ、ビッグデータ化してAIが判断していく、そんな時代が来るだろうと思っています。私どもの公物管理の世界と、中西会長が進めておられる世界とが、これからものすごく接近していく気がします。

情報化施工の時代にカギ握る「標準化」の実現

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中西――われわれの仕事は地下構造物が多いのです。特に鉄道や上水下水、それから電話線。電線の地下化も始まっています。しかし監督官庁がそれぞれ異なるため、年中道路を掘り返すことになる。これでは駄目だと、図面などを共通データ化するプロジェクトを進めているところです。
 熊本地震のときに水道の復旧をしに行ったところ、残っている図面が古く、役所の人も情報を把握できていないというケースが結構ありました。こういう生活に密着した現場から、地道にデジタル化していく必要があると思います。

大石―それは、私たち土木人も反省しないといけません。われわれにとって図面はものを造るためにあるもので、完成後、管理のために図面が重要になるという認識が薄い面が否めません。

中西――現状では電気、ガス、上下水道の管理者ごとに図面の座標系が異なっています。これについては、ドローンで測量すれば3次元の情報がそっくり得られますから、そのデータで管理していけばいい。やろうと思えば対応できるはずです。

大石――今、国土交通省では労働生産性を上げようと、施工の情報化、自動化をどんどん進めています。3次元の情報を持っているブルドーザーが、目標とする地盤まで自動で掘り進めることができるようになっています。ただ私が心配なのは、各社で互換性がないまま、そうした自動化のシステム開発が進んでしまうことです。

中西――私たちのグループ会社である日立建機も、自動化に取り組んでいます。メーカーにとって自動化というのは最大のノウハウですから、各社共通化はなかなか難しいと思います。けれども、少なくとも座標軸や図面化のルールなどは、今のうちに決めておくべきでしょう。

大石――そうですね。国土交通省だけでなく土木学会としてもルールの統一化には関心を持っておかなければならないと思っています。道路を管理するのに、国土交通省とNEXCOのシステムとではフォームが違うのでデータを合わせられない、というのではこれからのビッグデータ時代に困りますから。

中西――スタンダード化はまさに戦略そのもので、最初にいいものをつくったところが総取りできる。ですから企業のエゴもあれば、国際的に各国間のエゴも相当なものがあり、放っておくと大変な結果になります。国や企業のリーダーは標準化に向けて連携し、多国間条約のような形できめ細かく展開していく必要がある。学会の役割も大きいと思います。

大石――おっしゃるとおりです。学会としても何らかの働きかけを考えていかなくては、と考えています。
 最後になりましたが、中西会長は「土木」という言葉にどのような印象をお持ちですか。

中西――土木工学は英語で言うとCivil Engineeringですが、まさに「都市をはじめ、人間が豊かに生きていける環境をつくる工学」であると理解しています。

大石――安心しました。私の定義を言いますと「自然の営みの中で、人間の生存領域を確保するための知的生産のすべて」が土木だと認識しています。しかし最近では、土木が目標とする公共サービスを、土木だけで完結することは難しくなってきています。土木の究極の目標である「国民の安全で効率的で快適な暮らし」を実現するためには、他の分野で発達したさまざまな技術、ノウハウを貪欲に取り込み、土木をさらに進化させていく必要がある。そのためには中西会長が手掛けておられる産業分野とも、ますます連携を深めていくことが重要だろうと思っています。

中西――実は弊社の仕事の大きな部分は、インフラづくりです。鉄道や発電所など、EPC(Engineering, Procurement, Construction)では一括で受注しますから、Cの建設の部分がかなり大きい。その意味でも、土木とのつながりは深いのです。

大石――これからも互いに技術を磨き、協力して、よりよいものを社会へ提供していきましょう。今日はありがとうございました。


[執筆]三上美絵 [撮影]大村拓也

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中西 宏明 (なかにし ひろあき)

(株)日立製作所取締役会長、一社)日本経済団体連合会 次期会長

1970年日立製作所に入社。コンピュータの開発、設計に従事。その後、英国の販売会社の経営とカリフォルニアで磁気ディスク記憶装置の製造販売会社の経営再建を担当。2010年社長に任命され、2016年4月より現職。スタンフォード大学コンピュータ工学修士課程修了。趣味は、学生時代、登山中に腕を磨いた料理。

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