ノラネコの呑んで観るシネマ あしたの少女・・・・・評価額1750円
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あしたの少女・・・・・評価額1750円
2023年09月02日 (土) | 編集 |
「次のソヒ」を出さないために。

韓国の職業高校の実習生が、過酷な労働環境に耐えられず自殺した事件を、イ・チャンドン門下生のチョン・ジュリ監督が描いた作品。
長編デビュー作となった「私の少女」から、あらゆる面で進化を遂げていて、スクリーンから全く目が離せない。
本作は特異な二部構成となっていて、前半一時間はダンス好きの快活な高校生ソヒが、学校から斡旋されてある企業のコールセンターの実習生となり、やがて自殺するまでを描く。
後半になると、ペ・ドゥナ演じる刑事ユジンが登場し、捜査を通してなぜソヒは死を選ばねばならなかったのか、社会が抱える構造的な問題を解き明かしてゆく。
韓国特有の事情もあるが、ここに描かれている非人間的な搾取の構造は、日本を含む多くの国でも当てはまるもの。
前半の主人公、ソヒ役に抜擢された新鋭キム・シウンが、深い爪痕を残す。
カンヌ国際映画祭では、韓国作品としてはじめて、批評家週間のクロージング作品に選ばれ、7分間に及ぶスタンディングオーベーションを受けた問題作だ。
※核心部分に触れています。

2016年秋。
全州の職業高校に通うソヒ(キム・シウン)は、担任から大手通信社傘下のコールセンターの仕事を紹介され、実習生として働きはじめる。
センターの仕事は、顧客の解約要求をあの手この手で阻止することで、実習生にも厳しいノルマが課される。
個人の成績が壁に掲示され、さらに複数のセンター間でも競争があり、成績の低い者は厳しく叱責される。
しかも会社は、約束されていた成果給も「実習生だから」と払おうとしない。
ある朝、直属の上司だった若いチーム長が会社の駐車場で自殺し、ショックを受けたソヒの心は次第に疲弊してゆくが、就業率が下がることを恐れる学校は、辞めることを許してくれない。
そして仕事をはじめて四ヶ月が過ぎた真冬の朝、山間の貯水池から凍りついたソヒの遺体が発見される。
捜査を担当する刑事のユジン(ペ・ドゥナ)は、同じダンススタジオに通う顔見知りだったソヒがなぜ死を選んだのか、その真相を探りはじめる・・・・・


映画のモチーフとなった、実際の事件のあらましはこうだ。
2017年1月22日に、LGグループの大手通信会社LG U+の子会社、LBヒューネットが運営する全州カスタマーセンターに勤務していた、実習生のホン・スヨンが自殺
彼女は通信事業とは全く関係のない、生物系の学科の学生だったが、学校の斡旋でカスタマーセンターに勤務することになるも、次第にうつ状態となり以前にも自殺未遂を起こしていた。
会社は自殺の原因とは一切の関係性を否定、彼女の死は小さく報道されただけだった。
しかしその後、労働団体が調査を行った結果、LBヒューネットが過酷なノルマを課しており、残業続きの長時間労働の実態や、実習生には約束していた手当を支払っていなかったこと、同じ職場では以前にも自殺者が出ていたのに、何の対策も取っていなかったことなど、問題が次々と明るみに出て、事件から5ヶ月後になってようやく会社は遺族に謝罪。
労働団体との協議で、遺族への補償、時間外勤務の中止、労働者の心のケアなどの対策を取ることとなった。

映画では自殺する少女の名がソヒとなっている以外、前半部分の事実関係はほぼノンフィクション。
後半部分はフィクションなのだが、ユジン刑事の捜査は実際の事件で判明した企業の問題に留まらず、監督官庁や学校側の問題にも切り込んでゆく。
浮かび上がるのは、強固で巨大な搾取のヒエラルキーだ。
韓国の学校は基本セメスター制で、職業高校は8月下旬に後期が始まると、10月までに三年生を企業へ実習生として送り出す、職業斡旋所の様な機能を持つ。
大学進学率が世界最高の8割を超える超学歴社会の韓国では、高卒を採用する職場は限られており、職業高校は斡旋先の企業開拓に必死。
生徒の専攻科とは無関係でも、仕事があるだけでもマシと送り込む。
要するに、企業に対して職業高校の方が弱い立場で、ある種の企業にとっては右も左も分からない実習生は、安くて使い捨てられる駒のようなもの。
劇中のコールセンターでは、働いている全員が実習生だという設定だ。

物語を通して何度も耳にするのが「ノルマ」という言葉だ。
コールセンターで働く実習生には一人ひとりにクリアすべきノルマが課され、競争がある。
そのコールセンターも本社からのノルマがあり、センター同士も競争させられている。
職業高校の教師にも生徒の就業率を高めるノルマがあり、高校間でも競い合う。
高校を監督する教育庁の職員も、それぞれが中央から課されたノルマを達成するために働いている。
つまり全てがピラミッドのようなヒエラルキー構造の中で動いていて、下に行けば行くほど立場が弱くなり、搾取されるようになっているのである。
ここには仕事をする喜びもなければ、教育者の矜持もない。
まるで誰も彼もが、ひたすらノルマという数字を消化するために存在している、全体主義の歯車だ。

しかもソヒが勤めることになるコールセンターは、顧客に解約を思い止まらせるように無理にでも仕向けるのが任務で、「子供が死んだので解約したい」という顧客に対してまで、マニュアル通りの対応をさせられる。
日常的にクレーマーに罵声を浴びせられ、さらに良心の呵責にも苦しむ仕事は、純粋な10代の若者の心を容赦なく削ってゆく。
仕事を辞めたくても、学校の担任は就業率が下がるし斡旋先とも禍根を残したくないので、辞めないようにソヒを説得し、就職先が見つかって喜んでいる両親にも心配をかけたくないので言い出せない。
いきなり弱肉強食の社会の中に放り出され、頼れる者がどこにもいないソヒは、いつしかこの世界に居場所を失ってしまうのだ。
ダンスが好きな快活な高校生だったソヒは、社会によって心を折られ、絶望の末に殺された。
それがユジン刑事の導き出した、事件の真相だ。

チョン・ジュリ監督は前半と後半で明らかにタッチを変えてきていて、後半の自由なフレーミングに対し、前半の特にコールセンターのシーンでは四方が詰まったノッペリした画作りで、あえて杓子定規さを感じさせ、ソヒの閉塞感を加速させる。
仕事を辞めたいソヒが、思い止まらせようとする教師と対話するシーンでは、完全に正対するカメラで、追い込まれてゆく彼女の心情をストレートに掘り下げる。
ソヒが自殺する直前、ある商店で最後の晩餐をするシーンで、扉の隙間から差し込んだ夕陽が、彼女の足元に届く。
ユジンが同じ店を訪れた時にも同じ描写があるのだが、ソヒが太陽を見ることは二度とない。
発見された彼女のスマートフォンに、唯一残されていたのは、まだこの社会の残酷な現実を知る前のソヒが元気いっぱいに踊る動画。
全ての真相を知りながら、一人では何もできないユジンの焦燥感が、ビターな余韻となって長く尾を引く。

原題は「다음 소희(次のソヒ)」だ。
このままの状況が続けば、ソヒの様に死を選ぶ若者が次々と出てきてしまうという、静かな怒りと危機感に満ちたタイトル。
監督の前作と関連付けたかったのかも知れないが、出来れば邦題も作品の趣旨を尊重したものにして欲しかった。
韓国では今年の春に労働基準法が改正され、職業高校の実習生の待遇は少しずつ改善されてきているという。
また実習生という言葉からは、日本では外国人技能実習生を思い出す人も多いだろうが、劣悪な労働環境に相対的低賃金、相談できる相手の不足など問題点までよく似ている。
実習生でなくとも、長時間労働やハラスメントよる自殺者も後を絶たないし、次のソヒを出しては行けないのは、日本も全く同じだと思う。

少女の体験する悪夢のような現実を描く本作には、ビターなカクテル「ナイトメア・オブ・レッド」をチョイス。
ドライ・ジン30ml、カンパリ30ml、パイナップル・ジュース30ml、オレンジ・ビターズ2dashを氷で満たしたグラスに注ぎ、ステアする。
パイナップルのすっきりした甘さと、カンパリとビターズの苦みをドライ・ジンが清涼にまとめ上げる。

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コメント
この記事へのコメント
私は単純にスマホから決定的な証拠が出てみたいな単純カタルシスに行き着くのかと思ったのですがねえ。いや、あれはあれで正しいラストと言うのも分かるのだけど。
2023/10/09(月) 22:01:47 | URL | fjk78dead #-[ 編集]
こんばんは
>ふじきさん
イヤー、、、イ・チャンドン先生の門下生がそんな勧善懲悪な話は撮らないでしょう。
まあある意味、社会に問題を告発するための映画なんだからこれでいいと思います。
2023/10/16(月) 21:38:08 | URL | ノラネコ #xHucOE.I[ 編集]
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