【15-1】 - ももんたの発芽室

【15-1】

仕事が長く続かない父を責めることもせずに、母はとにかく働いていた。

今思えば、責めている余裕すらなかったのかもしれない。

日々の生活をとにかく動かすためには、お金がなければ何も出来ないからだ。

裕斗が家に戻っても、母が家にいないのは当たり前で、

おしゃれを楽しんでいるような記憶もなく、日々、駆け回っていた。


「ん? 何、新作か」


淳岐は裕斗のデスクの後ろに置いてある、小物入れを手に取った。

裕斗は『あぁ、山崎さんのアイデアだ』と言った後、佳月が書いた図案を見せる。


「おぉ……そういえばって、最初に見た時より、さらに進化していないか?」


淳岐は『もっと単純だったような』と振り返る。


「そう、そこからまた色々と考えてくれて、こうなっていった」


裕斗は佳月が残していった、小物入れの図面を見る。


「来月くらいから希望する人が選べるように、リストに並べるつもりだ」

「へぇ……前向きだね、色々と」

「うん」

「確かに図面の書き方は素人だけれど、熱心に考えてくれている。
言いたいことは充分わかるわ」


淳岐はそういうと、図面を横に置く。

裕斗は『すぐに試作品をもってきた』と、引き出しの中に入れたものを淳岐に見せた。

淳岐は『どれどれ』と言いながら、佳月の作ったものを見る。


「確かにこれなら、選ぶ人が増えるかもな」


淳岐も佳月のアイデアを認め、納得するように頷いた。


「仕事に、前向きになってくれているのはいいけどね……」


裕斗はそういうと、以前よりも、どこか仕事にのめり込んでいるように見える、

佳月のことを考える。


「何、またトラブル?」

「いや、そうではないけれど……」


裕斗が、佳月の状態を心配していることがわかった淳岐は、

自分のデスクの上にあった『プランチペット』の書類を前に出す。


「社長、来月の準備、明日から開始します。仕事、バリバリやりますよ」

「は? なんだよ、急に社長って」

「社長は社長だろ。お前が責任を負うのはこっち」


淳岐は書類を軽く叩く。

遠回しに、裕斗のやるべきことを示し、佳月からは遠ざかるようにと、

釘を刺すつもりでそう言った。


「そうだな」


淳岐の言葉に、裕斗も気付き、PC画面を別の物に変える。


「あ、そうだ、裕斗。一つ話があるんだ」

「何……」

「『ブランチペット』の打ち合わせで、ちょっと聞いた話なんだけど」


淳岐は携帯で何かを呼び出すと、その画面を裕斗に見せた。

まだ、田畑が残るようなのどかな場所にある、小さな工場が写っていた。


「『花井フーズ』? これって……」

「そう、配合飼料を作っている企業だ。そこが売りに出ると……」

「売りに? 場所は……」

「埼玉県。まぁ、奧だけれど、自然がたくさんあって、環境的にはいいと思う。
最初は不動産として売りに出すつもりだったけれど、
交通の便がそれほどいいわけではないから……」


淳岐は『規模といい場所といい、調べてみてもいいかなと……』と言うと、

裕斗を見る。裕斗は『そうだな』と言うと小さく頷いた。





仕事を辞めて欲しいと言った郁哉に、言い返した佳月。

そこからギクシャクした二人の関係は、具体的な解決方法がないまま数日続いた。

ダブルベッドに眠るものの、以前のように自然に触れ合うようなタイミングは取れず、

産婦人科から渡された基礎体温をつける紙も、部屋の隅に追いやられている。

郁哉の仕事が遅くなる日は、一人で何かを作る気持ちにもならないため、

佳月は気付くと、『FOG』への道を歩いていた。

店に入り、カウンターに座ると、すぐに『ご注文は』と聞かれたため、

佳月はメニューを見る。

以前、ここに来た時に飲んだ『アメリカンレモネード』を頼もうと思ったが、

その下にあったブルーのカクテルに視線が向かう。


「これ……」

「『チャイナブルー』ですか?」

「あぁ……そういう名前なのですね。よくわからなくて。
でも、綺麗だなと」

「それほど強いものではありませんので、『アメリカンレモネード』を飲まれた、
お客様なら、大丈夫だと思いますよ」


隆二が自分を覚えていてくれたことがわかり、

佳月は『それならこれで』とオーダーする。

隆二は『お待ちください』と言うと、すぐに準備をし始めた。

佳月は店の端に置いてある、裕斗が作った花瓶を見る。

以前来た時とは違った花が、今日も入っていた。


【15-2】



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