仕事が長く続かない父を責めることもせずに、母はとにかく働いていた。
今思えば、責めている余裕すらなかったのかもしれない。
日々の生活をとにかく動かすためには、お金がなければ何も出来ないからだ。
裕斗が家に戻っても、母が家にいないのは当たり前で、
おしゃれを楽しんでいるような記憶もなく、日々、駆け回っていた。
「ん? 何、新作か」
淳岐は裕斗のデスクの後ろに置いてある、小物入れを手に取った。
裕斗は『あぁ、山崎さんのアイデアだ』と言った後、佳月が書いた図案を見せる。
「おぉ……そういえばって、最初に見た時より、さらに進化していないか?」
淳岐は『もっと単純だったような』と振り返る。
「そう、そこからまた色々と考えてくれて、こうなっていった」
裕斗は佳月が残していった、小物入れの図面を見る。
「来月くらいから希望する人が選べるように、リストに並べるつもりだ」
「へぇ……前向きだね、色々と」
「うん」
「確かに図面の書き方は素人だけれど、熱心に考えてくれている。
言いたいことは充分わかるわ」
淳岐はそういうと、図面を横に置く。
裕斗は『すぐに試作品をもってきた』と、引き出しの中に入れたものを淳岐に見せた。
淳岐は『どれどれ』と言いながら、佳月の作ったものを見る。
「確かにこれなら、選ぶ人が増えるかもな」
淳岐も佳月のアイデアを認め、納得するように頷いた。
「仕事に、前向きになってくれているのはいいけどね……」
裕斗はそういうと、以前よりも、どこか仕事にのめり込んでいるように見える、
佳月のことを考える。
「何、またトラブル?」
「いや、そうではないけれど……」
裕斗が、佳月の状態を心配していることがわかった淳岐は、
自分のデスクの上にあった『プランチペット』の書類を前に出す。
「社長、来月の準備、明日から開始します。仕事、バリバリやりますよ」
「は? なんだよ、急に社長って」
「社長は社長だろ。お前が責任を負うのはこっち」
淳岐は書類を軽く叩く。
遠回しに、裕斗のやるべきことを示し、佳月からは遠ざかるようにと、
釘を刺すつもりでそう言った。
「そうだな」
淳岐の言葉に、裕斗も気付き、PC画面を別の物に変える。
「あ、そうだ、裕斗。一つ話があるんだ」
「何……」
「『ブランチペット』の打ち合わせで、ちょっと聞いた話なんだけど」
淳岐は携帯で何かを呼び出すと、その画面を裕斗に見せた。
まだ、田畑が残るようなのどかな場所にある、小さな工場が写っていた。
「『花井フーズ』? これって……」
「そう、配合飼料を作っている企業だ。そこが売りに出ると……」
「売りに? 場所は……」
「埼玉県。まぁ、奧だけれど、自然がたくさんあって、環境的にはいいと思う。
最初は不動産として売りに出すつもりだったけれど、
交通の便がそれほどいいわけではないから……」
淳岐は『規模といい場所といい、調べてみてもいいかなと……』と言うと、
裕斗を見る。裕斗は『そうだな』と言うと小さく頷いた。
仕事を辞めて欲しいと言った郁哉に、言い返した佳月。
そこからギクシャクした二人の関係は、具体的な解決方法がないまま数日続いた。
ダブルベッドに眠るものの、以前のように自然に触れ合うようなタイミングは取れず、
産婦人科から渡された基礎体温をつける紙も、部屋の隅に追いやられている。
郁哉の仕事が遅くなる日は、一人で何かを作る気持ちにもならないため、
佳月は気付くと、『FOG』への道を歩いていた。
店に入り、カウンターに座ると、すぐに『ご注文は』と聞かれたため、
佳月はメニューを見る。
以前、ここに来た時に飲んだ『アメリカンレモネード』を頼もうと思ったが、
その下にあったブルーのカクテルに視線が向かう。
「これ……」
「『チャイナブルー』ですか?」
「あぁ……そういう名前なのですね。よくわからなくて。
でも、綺麗だなと」
「それほど強いものではありませんので、『アメリカンレモネード』を飲まれた、
お客様なら、大丈夫だと思いますよ」
隆二が自分を覚えていてくれたことがわかり、
佳月は『それならこれで』とオーダーする。
隆二は『お待ちください』と言うと、すぐに準備をし始めた。
佳月は店の端に置いてある、裕斗が作った花瓶を見る。
以前来た時とは違った花が、今日も入っていた。
【15-2】
コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (*´∇`)ノ ヨロシクネ~♪
コメント