雨と虹の日々 10 爪が嫌い
10 爪が嫌い
俺は爪が嫌いだ。
たとえその気がなくとも、使い方を一歩誤れば、他者を深く傷つけることさえある。いざという時のために、普段は決して表には出さないもの。それが爪である。むやみやたらに見せびらかすなど、とうてい考えられないことだ。
その、とうてい考えられないような、危険でみっともない真似を、平気でできてしまうのが人間なのである。
「レインちゃん、居心地はどうでちゅか?」
頭上から麗子の声が降ってきた。それだけでも十分居心地が悪い。俺の気分をさらに曇らせるのが、彼女の真っ赤に塗られた長い爪である。そのむき出しの凶器が、いつ俺の喉笛に襲いかかってくるのか。想像しただけで、肉球に汗が滲んでくるってもんだぜ。
「飼い主に似て、ずいぶんおとなしいでちゅね。ここはどうかな? チョン、チョンっと。ウフフッ」
指先が俺の鼻を突っつくたび、眼前で赤い凶器がチラついた。まったく、ヒヤヒヤもんである。何がチョンチョンだ。何がウフフだ。
虹子はといえば、やはり相変わらずの様子だった。重い口。沈んだ表情。そして黒縁眼鏡。おそらく、今鼻をチョンチョンされたとしても、絶対麗子には逆らえないことだろう。
「結構、いいんじゃないかなあ、それ」
麗子が、テーブルの上へ顎をしゃくる。太腿がわずかにグラつき、俺は反射的に前足を踏ん張った。
「あ、爪なんて立てて、レインちゃん、いけない子でちゅねえ」
魔の手が離れた一瞬の隙をついて、俺は麗子の膝から駆け下りた。俺のようないけない子は、こんな居心地の悪い場所でじっとなどしてはいられないのだ。
「虹子、こういう前向きなやつも、ちゃんと書けるんじゃない」
幸い追いかけられることはなかった。振り返ってみると、麗子の手には数枚のコピー用紙が握られていた。先ほどまで、テーブルの上に置かれていたものである。俺に対する興味は、すでにどこかへ飛んで行ってしまったらしい。
「何か、心境の変化でもあった?」
麗子はそう言って、空いた方の手で膝上の毛をはらった。こういった仕草一つ一つが、本当に無礼な女である。
「うん、いや、何となくだけど……」
気のない答えを返す虹子。眼鏡越しの視線が、俺の動きを追っているのがわかる。
「私も……」
サイドボードへ飛び乗った俺を確認すると、虹子は視線を麗子に向けて、「バンド、頑張りたいし……」と続けた。
「へえ。虹子にしては、それって、すごい革命的変化じゃない」
麗子の口調は、感心しているようにも、からかっているようにも聞こえる。
「やっぱり何かあったのね。まあ、言いたくなければそれでもいいんだけど」
「このままじゃ、いけないって思っただけ。ようやく、そのことに気づいたの」
虹子の言葉に、再び麗子が「へえ」と呟いた。そして、何やら意味ありげな笑みを浮かべる。ついに獲物を追いつめた。まるでそんな表情だ。
「それって、バンドのためにはってことよね?」
念を押すような麗子の口調。ややあって、虹子がうなずく。
「虹子がそういうことなら、私も話しやすいなあ」
鋭い爪で、獲物の首根っこを押さえつけている時のような、勝利者が浮かべる余裕の笑みだった。
「バンド活動を再開、いや、再出発って言った方がいいのかな。とにかく、私からメンバーに、一つだけ提案があるの。まずは虹子に、と思って」
「う、うん……。どんなこと?」
「ズバリ言うと、作詞の方も、私が担当してるってことにしたらいいんじゃないかなって、そう思ったの。もちろん虹子には、今まで通り書いてもらうことには変わりないんだけどね」
「ええと。何か、よくわかんない」
虹子が、困惑したように眉根を寄せている。無理もないことだ。俺にだって、麗子の提案の意味は、さっぱり理解できない。
「これから先のことを、想像してもらいたいんだけど……。いい? たとえば、誰かにインタビューされたとする。詞についてよ。その時、虹子、ちゃんと説明できる自信ある? ただ質問に答えればいいってもんじゃないのよ。アピールできるかってこと。答え方一つで、バンドのイメージだって、ぜんぜん違ってきちゃうんだから」
「ちょ、ちょっと待って、麗子……。私たち、単なる学生バンドじゃない」
「今はね。でもねえ……」
そこで麗子は、隣に置いてあった自分のバッグに手を伸ばした。中から取り出したものを、虹子の眼前へと差し出す。
「これって……」
どうやら名刺だったらしい。虹子が目で文字を追っている。戸惑いのせいなのか、続きの言葉がなかなか出てこない。
「この芸能事務所の名前、聞いたことぐらいあるでしょ?」
麗子は楽しげに言うと、その名刺を再びバッグの中にしまいこんだ。
「もしかしたら私たち、単なる学生バンドで終わらないかもね」
虹子の反応を楽しむかのように、少し間を置いてから、「向こうから連絡があったのよ」と麗子は続ける。
「私、前に雑誌の読者モデルやったことあったじゃない。そこのプロフィール見て、興味を持ったらしいの。ちょこっとだけ、私たちのバンドのこと書いておいたからね」
虹子は沈黙したままだったが、珍しいことに、その視線はまっすぐに麗子の瞳を捕えていた。
「最初のうちは、デモテープあったら聞かせてほしいって、それだけのことだったのが、いろいろと質問攻めにあっちゃってさ。大変だったなあ」
その口調からは、大変だった様子はまったく伝わってこない。むしろ、愉快でならないといった風だ。
「それから、作詞作曲は誰がって話になってね。それで、私言っちゃったの。作詞は私で、作曲の方は、死んだ恋人がやってたってね」
瞬間、虹子の目が大きく見開かれたのを、俺は見逃さなかった。
「というわけで……」
麗子は、一度ハアーと息を吐き「わかるでしょ?」と首をかしげた。
「もう、後に引けなくなっちゃってさ。宝田さんも、宝田さんって、さっきの名刺の人ね。彼の話もどんどん暑くなっていって、これはイケる、これはイケるって具合にね。難病で命を落とした若き天才アーティスト。そして、その彼の意志を継ぎ、バンド活動を再開させようとしている恋人。気がついてみたら、そんなシナリオができちゃってたのよ。怖いぐらいの勢いでね。もう、笑っちゃうなあ」
何を考えているのか。虹子は身動き一つせず、ただ黙って麗子を見据えている。
「とりあえず、今のところはそれぐらいかなあ……。実は、今日も呼ばれてるの、宝田さんにね」
麗子は腕時計に目を走らせると、「もう、そろそろ行かなきゃ」と、ハンドバッグを手に立ち上がった。虹子が向ける鋭い視線には気づいていないらしい。
「私たちのバンド、もしかしたら今、ビッグチャンスを掴みかけてるのかもしれない」
はしゃいだ声で言うと、麗子は、ウキウキと飛び跳ねるようにして歩き出した。ドアの前で、いったんくるりと振り返る。視線は虹子ではなく、なぜかサイドボードの上の俺に向けられていた。
「レインちゃんも、あんまり食べすぎてばかりいると、人前に出られなくなっちゃいまちゅよお」
その言葉を最後に、麗子はドアの向こうへと姿を消した。
大きなお世話である。確かに最近、少し太り気味かなと、自分でも感じることはあった。だからといって、いったいそれがどうしたというのだ。誰かに迷惑をかけたなんて覚えはないぜ。そもそも、手土産一つ持ってこないような人間に、そんなことを言う資格なんてものはないのさ。せめてフライドチキン、それが無理なら、唐揚げの一つや二つ、持ってきやがれってもんだ。まったく、不愉快極まる女だぜ。焼き鳥ぐらいなら、どこにだって売ってるだろ。何がチョンチョンだ。何が……。
何かを引き裂く音に、俺は慌ててソファーの方を見やった。
それは、先ほどまでテーブルの上に置かれていた紙、虹子の書いた詞が、印刷されていたコピー用紙のはずだ。今は、見るも無残な状態になっている。虹子本人の手によって、ビリビリに破かれ、ぐしゃぐしゃに丸められてしまっているのだった。
俺同様、いや、その怒りは、俺以上なのかもしれない。とにかく、こんな虹子を見るのは初めてだった。彼女にも、こんな激しい一面があるのだということがよくわかった。
散らばった紙屑を前に、肩を震わせ立ちつくす虹子。今の彼女に、もし俺が慰めの言葉をかけるとしたら、迷わずこう言うだろう。
ヤケ食いなら、朝までだって付き合ってやるぜ。
虹色日記
RC、明日から生まれ変わります。そう決心しました。決別宣言です。今日までのRCは、今日限りのRCです。ダイエットのことを言ってるんじゃないですよ。もちろんそれも含まれてるんですけどね。もっともっと、大きな意味のことです。
今日、突然スイッチが入りました。きっかけはBC。彼女の身勝手さには、今までずっと我慢してきましたが、それももう終わりです。いつまでも、お姫様のわがままに付き合うわけにはいきません。
どんな人間にでも、学ぶべき点、感謝すべき点が必ずある。そうかもしれない。この言葉、Mさんからのメールにあったんです。
BCからは、自己主張の大切さを学んだ。そして、今までのRCが、いかに駄目な人間だったか、そのことに気づかせてくれた。これはやっぱり感謝すべきかもしれない。きっと今日が、RCの人生のターニングポイントだったような気がする。
奴隷は、決して王様になることはできない。されど、戦士になることはできる。
これもMさんの言葉です。RC、明日からなりますよ。戦士にです。わがまま王妃が支配する国から、必ず宝物を奪い返してみせます。HAが残してくれた宝物をね。
ああ、何だか最近、自分が変わっていくのがすごくよくわかる。これもMさんとPCさんのおかげ。それから、もちろんレインもね。
大学にも、久しぶりに顔出してみようかと思ってます。もうずいぶん休んじゃったんですよね。皆さんにもご心配かけました。将来のためにも、大学ぐらいは、ちゃんと卒業しておいた方がいいって、たくさんの人からコメントもらってたんでっすよ。やっぱりそういうものなんですかね。“将来”のことなんて、今まで真剣に考えたことなかったなあ。どんな職業につきたいとか、どんな生活をしたいとか、どんな家庭を持ちたいとか、RCには、ぜんぜん未来へのビジョンというものがない。
大学に通ってる人って、みんな何かの目標をを持ってるんですかね。RCにはそれがない。だから、将来のために、と言われてもあまりピンとこないんですよ。
たとえば、政治家の人たちってどうなんでしょう。世の中をもっとよくしたいという目標があったからこそ、政治家になったんじゃないんですかね。政治家になるために、苦労していい大学に入って、苦労してたくさんのこと勉強してきたんじゃないんですかね。
だけど、RCが知っている政治家は、世の中のことなんてまったく考えていない。それどころか、平気で人を傷つけられるような人なんです。
ああ、いっそのこと、このブログで全部言ってしまいたい。もしも、本当にそんなことしたら、RC、どうなっちゃうんですかね。謎のスナイパーなんかに、命狙われたりってことになるのかなあ。
なーんちゃって。これは、RCの単なる妄想。大丈夫ですよ。スナイパーだろうと、BCだろうと、伯父さんだろうと、誰でもかかってこいって感じです。何しろRC、明日からは勇敢な女戦士なんですから。
皆さんの明日に、どうか虹色の橋がかかりますように!
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俺は爪が嫌いだ。
たとえその気がなくとも、使い方を一歩誤れば、他者を深く傷つけることさえある。いざという時のために、普段は決して表には出さないもの。それが爪である。むやみやたらに見せびらかすなど、とうてい考えられないことだ。
その、とうてい考えられないような、危険でみっともない真似を、平気でできてしまうのが人間なのである。
「レインちゃん、居心地はどうでちゅか?」
頭上から麗子の声が降ってきた。それだけでも十分居心地が悪い。俺の気分をさらに曇らせるのが、彼女の真っ赤に塗られた長い爪である。そのむき出しの凶器が、いつ俺の喉笛に襲いかかってくるのか。想像しただけで、肉球に汗が滲んでくるってもんだぜ。
「飼い主に似て、ずいぶんおとなしいでちゅね。ここはどうかな? チョン、チョンっと。ウフフッ」
指先が俺の鼻を突っつくたび、眼前で赤い凶器がチラついた。まったく、ヒヤヒヤもんである。何がチョンチョンだ。何がウフフだ。
虹子はといえば、やはり相変わらずの様子だった。重い口。沈んだ表情。そして黒縁眼鏡。おそらく、今鼻をチョンチョンされたとしても、絶対麗子には逆らえないことだろう。
「結構、いいんじゃないかなあ、それ」
麗子が、テーブルの上へ顎をしゃくる。太腿がわずかにグラつき、俺は反射的に前足を踏ん張った。
「あ、爪なんて立てて、レインちゃん、いけない子でちゅねえ」
魔の手が離れた一瞬の隙をついて、俺は麗子の膝から駆け下りた。俺のようないけない子は、こんな居心地の悪い場所でじっとなどしてはいられないのだ。
「虹子、こういう前向きなやつも、ちゃんと書けるんじゃない」
幸い追いかけられることはなかった。振り返ってみると、麗子の手には数枚のコピー用紙が握られていた。先ほどまで、テーブルの上に置かれていたものである。俺に対する興味は、すでにどこかへ飛んで行ってしまったらしい。
「何か、心境の変化でもあった?」
麗子はそう言って、空いた方の手で膝上の毛をはらった。こういった仕草一つ一つが、本当に無礼な女である。
「うん、いや、何となくだけど……」
気のない答えを返す虹子。眼鏡越しの視線が、俺の動きを追っているのがわかる。
「私も……」
サイドボードへ飛び乗った俺を確認すると、虹子は視線を麗子に向けて、「バンド、頑張りたいし……」と続けた。
「へえ。虹子にしては、それって、すごい革命的変化じゃない」
麗子の口調は、感心しているようにも、からかっているようにも聞こえる。
「やっぱり何かあったのね。まあ、言いたくなければそれでもいいんだけど」
「このままじゃ、いけないって思っただけ。ようやく、そのことに気づいたの」
虹子の言葉に、再び麗子が「へえ」と呟いた。そして、何やら意味ありげな笑みを浮かべる。ついに獲物を追いつめた。まるでそんな表情だ。
「それって、バンドのためにはってことよね?」
念を押すような麗子の口調。ややあって、虹子がうなずく。
「虹子がそういうことなら、私も話しやすいなあ」
鋭い爪で、獲物の首根っこを押さえつけている時のような、勝利者が浮かべる余裕の笑みだった。
「バンド活動を再開、いや、再出発って言った方がいいのかな。とにかく、私からメンバーに、一つだけ提案があるの。まずは虹子に、と思って」
「う、うん……。どんなこと?」
「ズバリ言うと、作詞の方も、私が担当してるってことにしたらいいんじゃないかなって、そう思ったの。もちろん虹子には、今まで通り書いてもらうことには変わりないんだけどね」
「ええと。何か、よくわかんない」
虹子が、困惑したように眉根を寄せている。無理もないことだ。俺にだって、麗子の提案の意味は、さっぱり理解できない。
「これから先のことを、想像してもらいたいんだけど……。いい? たとえば、誰かにインタビューされたとする。詞についてよ。その時、虹子、ちゃんと説明できる自信ある? ただ質問に答えればいいってもんじゃないのよ。アピールできるかってこと。答え方一つで、バンドのイメージだって、ぜんぜん違ってきちゃうんだから」
「ちょ、ちょっと待って、麗子……。私たち、単なる学生バンドじゃない」
「今はね。でもねえ……」
そこで麗子は、隣に置いてあった自分のバッグに手を伸ばした。中から取り出したものを、虹子の眼前へと差し出す。
「これって……」
どうやら名刺だったらしい。虹子が目で文字を追っている。戸惑いのせいなのか、続きの言葉がなかなか出てこない。
「この芸能事務所の名前、聞いたことぐらいあるでしょ?」
麗子は楽しげに言うと、その名刺を再びバッグの中にしまいこんだ。
「もしかしたら私たち、単なる学生バンドで終わらないかもね」
虹子の反応を楽しむかのように、少し間を置いてから、「向こうから連絡があったのよ」と麗子は続ける。
「私、前に雑誌の読者モデルやったことあったじゃない。そこのプロフィール見て、興味を持ったらしいの。ちょこっとだけ、私たちのバンドのこと書いておいたからね」
虹子は沈黙したままだったが、珍しいことに、その視線はまっすぐに麗子の瞳を捕えていた。
「最初のうちは、デモテープあったら聞かせてほしいって、それだけのことだったのが、いろいろと質問攻めにあっちゃってさ。大変だったなあ」
その口調からは、大変だった様子はまったく伝わってこない。むしろ、愉快でならないといった風だ。
「それから、作詞作曲は誰がって話になってね。それで、私言っちゃったの。作詞は私で、作曲の方は、死んだ恋人がやってたってね」
瞬間、虹子の目が大きく見開かれたのを、俺は見逃さなかった。
「というわけで……」
麗子は、一度ハアーと息を吐き「わかるでしょ?」と首をかしげた。
「もう、後に引けなくなっちゃってさ。宝田さんも、宝田さんって、さっきの名刺の人ね。彼の話もどんどん暑くなっていって、これはイケる、これはイケるって具合にね。難病で命を落とした若き天才アーティスト。そして、その彼の意志を継ぎ、バンド活動を再開させようとしている恋人。気がついてみたら、そんなシナリオができちゃってたのよ。怖いぐらいの勢いでね。もう、笑っちゃうなあ」
何を考えているのか。虹子は身動き一つせず、ただ黙って麗子を見据えている。
「とりあえず、今のところはそれぐらいかなあ……。実は、今日も呼ばれてるの、宝田さんにね」
麗子は腕時計に目を走らせると、「もう、そろそろ行かなきゃ」と、ハンドバッグを手に立ち上がった。虹子が向ける鋭い視線には気づいていないらしい。
「私たちのバンド、もしかしたら今、ビッグチャンスを掴みかけてるのかもしれない」
はしゃいだ声で言うと、麗子は、ウキウキと飛び跳ねるようにして歩き出した。ドアの前で、いったんくるりと振り返る。視線は虹子ではなく、なぜかサイドボードの上の俺に向けられていた。
「レインちゃんも、あんまり食べすぎてばかりいると、人前に出られなくなっちゃいまちゅよお」
その言葉を最後に、麗子はドアの向こうへと姿を消した。
大きなお世話である。確かに最近、少し太り気味かなと、自分でも感じることはあった。だからといって、いったいそれがどうしたというのだ。誰かに迷惑をかけたなんて覚えはないぜ。そもそも、手土産一つ持ってこないような人間に、そんなことを言う資格なんてものはないのさ。せめてフライドチキン、それが無理なら、唐揚げの一つや二つ、持ってきやがれってもんだ。まったく、不愉快極まる女だぜ。焼き鳥ぐらいなら、どこにだって売ってるだろ。何がチョンチョンだ。何が……。
何かを引き裂く音に、俺は慌ててソファーの方を見やった。
それは、先ほどまでテーブルの上に置かれていた紙、虹子の書いた詞が、印刷されていたコピー用紙のはずだ。今は、見るも無残な状態になっている。虹子本人の手によって、ビリビリに破かれ、ぐしゃぐしゃに丸められてしまっているのだった。
俺同様、いや、その怒りは、俺以上なのかもしれない。とにかく、こんな虹子を見るのは初めてだった。彼女にも、こんな激しい一面があるのだということがよくわかった。
散らばった紙屑を前に、肩を震わせ立ちつくす虹子。今の彼女に、もし俺が慰めの言葉をかけるとしたら、迷わずこう言うだろう。
ヤケ食いなら、朝までだって付き合ってやるぜ。
虹色日記
RC、明日から生まれ変わります。そう決心しました。決別宣言です。今日までのRCは、今日限りのRCです。ダイエットのことを言ってるんじゃないですよ。もちろんそれも含まれてるんですけどね。もっともっと、大きな意味のことです。
今日、突然スイッチが入りました。きっかけはBC。彼女の身勝手さには、今までずっと我慢してきましたが、それももう終わりです。いつまでも、お姫様のわがままに付き合うわけにはいきません。
どんな人間にでも、学ぶべき点、感謝すべき点が必ずある。そうかもしれない。この言葉、Mさんからのメールにあったんです。
BCからは、自己主張の大切さを学んだ。そして、今までのRCが、いかに駄目な人間だったか、そのことに気づかせてくれた。これはやっぱり感謝すべきかもしれない。きっと今日が、RCの人生のターニングポイントだったような気がする。
奴隷は、決して王様になることはできない。されど、戦士になることはできる。
これもMさんの言葉です。RC、明日からなりますよ。戦士にです。わがまま王妃が支配する国から、必ず宝物を奪い返してみせます。HAが残してくれた宝物をね。
ああ、何だか最近、自分が変わっていくのがすごくよくわかる。これもMさんとPCさんのおかげ。それから、もちろんレインもね。
大学にも、久しぶりに顔出してみようかと思ってます。もうずいぶん休んじゃったんですよね。皆さんにもご心配かけました。将来のためにも、大学ぐらいは、ちゃんと卒業しておいた方がいいって、たくさんの人からコメントもらってたんでっすよ。やっぱりそういうものなんですかね。“将来”のことなんて、今まで真剣に考えたことなかったなあ。どんな職業につきたいとか、どんな生活をしたいとか、どんな家庭を持ちたいとか、RCには、ぜんぜん未来へのビジョンというものがない。
大学に通ってる人って、みんな何かの目標をを持ってるんですかね。RCにはそれがない。だから、将来のために、と言われてもあまりピンとこないんですよ。
たとえば、政治家の人たちってどうなんでしょう。世の中をもっとよくしたいという目標があったからこそ、政治家になったんじゃないんですかね。政治家になるために、苦労していい大学に入って、苦労してたくさんのこと勉強してきたんじゃないんですかね。
だけど、RCが知っている政治家は、世の中のことなんてまったく考えていない。それどころか、平気で人を傷つけられるような人なんです。
ああ、いっそのこと、このブログで全部言ってしまいたい。もしも、本当にそんなことしたら、RC、どうなっちゃうんですかね。謎のスナイパーなんかに、命狙われたりってことになるのかなあ。
なーんちゃって。これは、RCの単なる妄想。大丈夫ですよ。スナイパーだろうと、BCだろうと、伯父さんだろうと、誰でもかかってこいって感じです。何しろRC、明日からは勇敢な女戦士なんですから。
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