第60回 祇園祭宵山散策その1~三条通周辺の山鉾
今回から何回かにわたって、祇園祭の宵山の記事を連載します。
(「三条通東から西」は、しばらく休止)
全山鉾制覇に5時間もあれば十分と思っていたのですが、
6時間でも終わりませんでした……
曇った瞬間もあったのですが、基本的には日差しが強く
水分補給もしていたのですが、正直キツかったです。
まぁ、こんなこと毎年やっているわけではないのですが、
数年かけて少しずつ回るべきですね……
(いつもはお気に入りの山鉾だけ回っています)
とは言え、時間をかけてじっくり回ると、
普段は気づかないいろいろなことが見えてきます。
今回は、それが面白かったですね。
では、本編を始めます。
市営地下鉄の「烏丸御池」駅です。
本当は「四条」駅からの方が宵山散策に便利なのですが、
三条通にこだわったブログを今まで続けてきた都合で、
こちらの駅を利用します。
撮影日は、2012年7月15日日曜日12時半。
予報は雨でしたが、しっかり晴れていました!
前回ブログの最後の場面
地下鉄の「烏丸御池」駅6番出口です。
(三条通に近い出口です)
三条通のブログとのつながりの関係で、
宵山散策はここからはじまり、ここで終えます。
地下鉄の「烏丸御池」駅6番出口から烏丸通を北に向いています。
三条通と姉小路通との間にいます。
まだ車両制限は行われていません。この先の「鈴鹿山」に向かいます。
「鈴鹿山」です。
今の三重県にある鈴鹿山脈に住んでいた悪鬼を退治した
鈴鹿権現(女神様です)を祭っています。
祇園祭は祇園の八坂神社のお祭りではありますが、
各山鉾がそれぞれ独立した神社にもなっています。
各山鉾に行ったら、それぞれの「会所」に行きましょう。
「会所」には、ご神体と山鉾の装飾品を展示しています。
烏丸通の「会所」は、午後3時くらいにならないと開きません。
この写真は、午後7時前に撮り直したものです。
「会所」の中には、水引や見送りなどが展示されていました。
各山鉾では、「牛頭天王」が祭られています。
「牛頭天王」は疫病の神様で、
祇園祭が「天然痘除け」のお祭りであった名残です。
その前で小学生が童歌を歌っていました。
歌がちまきやろうそくを売る口上になっています。
山鉾の中にはテープを流すところも多いのですが、
鈴鹿山は「生」で歌っていました。
では、ここを出ます。
「鈴鹿山」の前から、烏丸通を南に向いています。
先ほど出てきた「烏丸御池」駅6番出口を通り過ぎ、
三条通まで行きます。
烏丸通を東を向きました。ここは、「新風館」です。
結構大きなファッションビルですね。
いろいろなメーカーが入っています。
烏丸通を南下して、三条通まで来ました。
右(西)側の建物は、大垣書店です。
ちょっと寄って、文庫本を買いました。
少し先に前回ブログで紹介した「みずほ銀行」が見えます。
平日なら休憩所として利用できるのですが、
この日は日曜日なので入れません。
烏丸通から三条通を西を向いています。
今からこちらに進路変更します。前回ブログと反対方向になりますね。
烏丸通から三条通を100mほど西に進みました。
三条通と室町通との角に出ました。今からここを右(北)に曲がります。
三条通から室町通を北に向いています。
今から、こちらを進みます。
室町通を三条通から約100m北に進みました。
「役行者山」が見えてきました。
役行者(えんのぎょうじゃ)は奈良時代の修験者です。
葛城山などで修業をして、山伏の始祖となりました。
毎年7月16日の宵山の午後2時から
聖護院の山伏による護摩焚き供養が行われます。
役行者山の東側の町家から、会所に入っていきます。
「うなぎの寝床」と評される通り、細い路地の奥になります。
会所に展示されていた
役行者山の見送りや水引などの装飾品です。
役行者山のご神体です。賽銭を捧げて参拝しました。
山鉾の人形は、それ自身が神様です。
左から、一言主、役行者、葛城神です。
役行者山のご神体の脇にあった石です。
「役行者の腰掛石」だそうで、触れると御利益があるそうです。
役行者山を出て、室町通を南に向いています。
では、三条通の方に戻ります。
役行者山から室町通を約50m戻ってきました。
左(東)側に、「永楽通宝」が看板のお店があります。
こちらは、手ぬぐいや布製カバンのお店です。
ちょっと、寄ってみましょう。
祇園祭の楽しみの一つに、
鉾町に多い呉服屋や小物屋のウィンドウショッピングがあります。
また、このような店や町家の中には
その家の家宝(美術品が大半)を展示する所もあります。
ここ「永楽屋」は、自社で手ぬぐいを染色して作った
美術品の展示を毎年行っています。
「永楽屋」を出て、室町通をさらに南に進んでいます。
三条通との角に戻ってきました。
直進すると「黒主山」ですが、ここは右(西)に曲がります。
室町通から三条通を西に向いています。
右(北)に見える専門学校は
以前は休憩所として開放されていたのですが、
今はそのようなことをしていないようです。
左(南)に見える眼鏡屋の隣は「鷹山」の会所になっています。
ここは、「鷹山」の会所です。
鷹山は江戸時代に焼失して以来再建されておらず、
会所の設置だけで、巡行は行いません。
鷹山のご神体です。
鷹狩をする「鷹匠」を表しています。
ちなみに、「鷹狩」とは鷹を操って獣を捕える猟のことです。
では、三条通に戻ります。
鷹山から三条通を約50m西に進みました。
新町通との北東角に、
洋菓子店「トゥレ・ドゥー」があります。
店頭で、パティシエが露店を出しています。
毎年飴細工の露店だったのですが、
今年はパフェ類の露店です。
帰りにここによって、洋菓子を買いました。
「トゥレ・ドゥー」で買って帰った洋菓子です。
抹茶味のティラミスです。
濃厚な抹茶の味とチーズが合うことが分かりました。
こちらは、オレンジのフロマージュです。
基本的には甘いのですが、
オレンジの酸味が深みを出していたそうです。
(自分は、これを食べていません)
三条新町の角です。
ずっと先に、前々回ブログの「三条会商店街」が見えます。
今回はここで左折し、新町通を南に進みます。
三条通から新町通を南に向いています。
前回ブログにも同じ所から撮った写真が掲載されていますが、
一週間で風景が一変したことが分かります。
今回は、こちらを進みます。
三条通から新町通を南に約20m進みました。
窓から民家の中をのぞいています。
ここ数年の不景気で激減しましたが、
鉾町の民家や会社の何軒かは、
この日に合わせて家宝を公開します。
大半が屏風などの美術品です。
ここのは、金屏風と水墨画との対比がきれいです。
……そういえば、以前は
「洛中洛外図屏風」をよく見たのですが、
今年は一枚も見ませんでした。
また玄関先にも入れたのですが、
今年は窓から見る形式になっていました。
(誰かイタズラでもした人がいたのでしょうか?)
屏風のあった民家の向かいです。こちらは、小物屋さんです。
窓をのぞくと書画を見ることができます。
先ほどの民家から約50mほど南に進みました。
いよいよ「八幡山」です。
「八幡山」の会所です。ここは、入り口が広いですね。
こちらの会所にも見送りなどの装飾品が飾ってあります。
「八幡山」のご神体です。
ご神体は人形以外にも祠になっているものも多いです。
こちらは、もともとこの町内にあった神社の祠です。
文字通り町内で祭られていた神様が
そのまま祇園祭のご神体となった典型例ですね。
「鈴鹿山」同様、
こちらも童歌を歌う小学生の売り子さんがいます。
実は、町内ごとに歌詞が違います。
「八幡山」を出て、新町通をさらに南に進みます。
向こうに見える松の木は、「北観音山」のものです。
「八幡山」から新町通を南に約20mほど進みました。
こちらの会社は閉まっていましたが、
玄関に屏風が飾ってありました。
その飾ってあった屏風です。
尾形光琳の代表作を土佐派の誰かが模写したものだそうです。
模写とは言え、江戸時代に製作されたものです。
先ほどの屏風から、新町通を南に約50m進みました。
ここは、新町通と六角通りとの角です。
次は、この先に見える「北観音山」に向かいますが、
それは次回とします。
今回は、ここまでです。
~次回は新町通を南に進み、四条通に至ります~
(「三条通東から西」は、しばらく休止)
全山鉾制覇に5時間もあれば十分と思っていたのですが、
6時間でも終わりませんでした……
曇った瞬間もあったのですが、基本的には日差しが強く
水分補給もしていたのですが、正直キツかったです。
まぁ、こんなこと毎年やっているわけではないのですが、
数年かけて少しずつ回るべきですね……
(いつもはお気に入りの山鉾だけ回っています)
とは言え、時間をかけてじっくり回ると、
普段は気づかないいろいろなことが見えてきます。
今回は、それが面白かったですね。
では、本編を始めます。
市営地下鉄の「烏丸御池」駅です。
本当は「四条」駅からの方が宵山散策に便利なのですが、
三条通にこだわったブログを今まで続けてきた都合で、
こちらの駅を利用します。
撮影日は、2012年7月15日日曜日12時半。
予報は雨でしたが、しっかり晴れていました!
前回ブログの最後の場面
地下鉄の「烏丸御池」駅6番出口です。
(三条通に近い出口です)
三条通のブログとのつながりの関係で、
宵山散策はここからはじまり、ここで終えます。
地下鉄の「烏丸御池」駅6番出口から烏丸通を北に向いています。
三条通と姉小路通との間にいます。
まだ車両制限は行われていません。この先の「鈴鹿山」に向かいます。
「鈴鹿山」です。
今の三重県にある鈴鹿山脈に住んでいた悪鬼を退治した
鈴鹿権現(女神様です)を祭っています。
祇園祭は祇園の八坂神社のお祭りではありますが、
各山鉾がそれぞれ独立した神社にもなっています。
各山鉾に行ったら、それぞれの「会所」に行きましょう。
「会所」には、ご神体と山鉾の装飾品を展示しています。
烏丸通の「会所」は、午後3時くらいにならないと開きません。
この写真は、午後7時前に撮り直したものです。
「会所」の中には、水引や見送りなどが展示されていました。
各山鉾では、「牛頭天王」が祭られています。
「牛頭天王」は疫病の神様で、
祇園祭が「天然痘除け」のお祭りであった名残です。
その前で小学生が童歌を歌っていました。
歌がちまきやろうそくを売る口上になっています。
山鉾の中にはテープを流すところも多いのですが、
鈴鹿山は「生」で歌っていました。
では、ここを出ます。
「鈴鹿山」の前から、烏丸通を南に向いています。
先ほど出てきた「烏丸御池」駅6番出口を通り過ぎ、
三条通まで行きます。
烏丸通を東を向きました。ここは、「新風館」です。
結構大きなファッションビルですね。
いろいろなメーカーが入っています。
烏丸通を南下して、三条通まで来ました。
右(西)側の建物は、大垣書店です。
ちょっと寄って、文庫本を買いました。
少し先に前回ブログで紹介した「みずほ銀行」が見えます。
平日なら休憩所として利用できるのですが、
この日は日曜日なので入れません。
烏丸通から三条通を西を向いています。
今からこちらに進路変更します。前回ブログと反対方向になりますね。
烏丸通から三条通を100mほど西に進みました。
三条通と室町通との角に出ました。今からここを右(北)に曲がります。
三条通から室町通を北に向いています。
今から、こちらを進みます。
室町通を三条通から約100m北に進みました。
「役行者山」が見えてきました。
役行者(えんのぎょうじゃ)は奈良時代の修験者です。
葛城山などで修業をして、山伏の始祖となりました。
毎年7月16日の宵山の午後2時から
聖護院の山伏による護摩焚き供養が行われます。
役行者山の東側の町家から、会所に入っていきます。
「うなぎの寝床」と評される通り、細い路地の奥になります。
会所に展示されていた
役行者山の見送りや水引などの装飾品です。
役行者山のご神体です。賽銭を捧げて参拝しました。
山鉾の人形は、それ自身が神様です。
左から、一言主、役行者、葛城神です。
役行者山のご神体の脇にあった石です。
「役行者の腰掛石」だそうで、触れると御利益があるそうです。
役行者山を出て、室町通を南に向いています。
では、三条通の方に戻ります。
役行者山から室町通を約50m戻ってきました。
左(東)側に、「永楽通宝」が看板のお店があります。
こちらは、手ぬぐいや布製カバンのお店です。
ちょっと、寄ってみましょう。
祇園祭の楽しみの一つに、
鉾町に多い呉服屋や小物屋のウィンドウショッピングがあります。
また、このような店や町家の中には
その家の家宝(美術品が大半)を展示する所もあります。
ここ「永楽屋」は、自社で手ぬぐいを染色して作った
美術品の展示を毎年行っています。
「永楽屋」を出て、室町通をさらに南に進んでいます。
三条通との角に戻ってきました。
直進すると「黒主山」ですが、ここは右(西)に曲がります。
室町通から三条通を西に向いています。
右(北)に見える専門学校は
以前は休憩所として開放されていたのですが、
今はそのようなことをしていないようです。
左(南)に見える眼鏡屋の隣は「鷹山」の会所になっています。
ここは、「鷹山」の会所です。
鷹山は江戸時代に焼失して以来再建されておらず、
会所の設置だけで、巡行は行いません。
鷹山のご神体です。
鷹狩をする「鷹匠」を表しています。
ちなみに、「鷹狩」とは鷹を操って獣を捕える猟のことです。
では、三条通に戻ります。
鷹山から三条通を約50m西に進みました。
新町通との北東角に、
洋菓子店「トゥレ・ドゥー」があります。
店頭で、パティシエが露店を出しています。
毎年飴細工の露店だったのですが、
今年はパフェ類の露店です。
帰りにここによって、洋菓子を買いました。
「トゥレ・ドゥー」で買って帰った洋菓子です。
抹茶味のティラミスです。
濃厚な抹茶の味とチーズが合うことが分かりました。
こちらは、オレンジのフロマージュです。
基本的には甘いのですが、
オレンジの酸味が深みを出していたそうです。
(自分は、これを食べていません)
三条新町の角です。
ずっと先に、前々回ブログの「三条会商店街」が見えます。
今回はここで左折し、新町通を南に進みます。
三条通から新町通を南に向いています。
前回ブログにも同じ所から撮った写真が掲載されていますが、
一週間で風景が一変したことが分かります。
今回は、こちらを進みます。
三条通から新町通を南に約20m進みました。
窓から民家の中をのぞいています。
ここ数年の不景気で激減しましたが、
鉾町の民家や会社の何軒かは、
この日に合わせて家宝を公開します。
大半が屏風などの美術品です。
ここのは、金屏風と水墨画との対比がきれいです。
……そういえば、以前は
「洛中洛外図屏風」をよく見たのですが、
今年は一枚も見ませんでした。
また玄関先にも入れたのですが、
今年は窓から見る形式になっていました。
(誰かイタズラでもした人がいたのでしょうか?)
屏風のあった民家の向かいです。こちらは、小物屋さんです。
窓をのぞくと書画を見ることができます。
先ほどの民家から約50mほど南に進みました。
いよいよ「八幡山」です。
「八幡山」の会所です。ここは、入り口が広いですね。
こちらの会所にも見送りなどの装飾品が飾ってあります。
「八幡山」のご神体です。
ご神体は人形以外にも祠になっているものも多いです。
こちらは、もともとこの町内にあった神社の祠です。
文字通り町内で祭られていた神様が
そのまま祇園祭のご神体となった典型例ですね。
「鈴鹿山」同様、
こちらも童歌を歌う小学生の売り子さんがいます。
実は、町内ごとに歌詞が違います。
「八幡山」を出て、新町通をさらに南に進みます。
向こうに見える松の木は、「北観音山」のものです。
「八幡山」から新町通を南に約20mほど進みました。
こちらの会社は閉まっていましたが、
玄関に屏風が飾ってありました。
その飾ってあった屏風です。
尾形光琳の代表作を土佐派の誰かが模写したものだそうです。
模写とは言え、江戸時代に製作されたものです。
先ほどの屏風から、新町通を南に約50m進みました。
ここは、新町通と六角通りとの角です。
次は、この先に見える「北観音山」に向かいますが、
それは次回とします。
今回は、ここまでです。
~次回は新町通を南に進み、四条通に至ります~
~追記~
YAHOO知恵袋で祇園祭関連の記事を
だいぶ書かせていただいたのですが、
ここ1~2年でいろいろ状況が変わっていまして、
そこで書いたことと現状が違うことがいくつかあります。
☆ 車両通行止めは、夕方から
☆ かつての休憩所が、開放されていない
☆ 町屋の玄関に入るのが、全面禁止
昨年も宵山に行ったのですが、
仕事を終えた22時ごろだったせいか、
これらに気づいていませんでした。
……いろいろ混乱させた方には、謝罪します。
~追追記~
この周辺の地図を貼り付けます。
詳しくは、こちらをクリックしてください。
また、山鉾の配置図はこちらからご覧ください。
今回は鈴鹿山から出発して、
役行者山→鷹山(休み山)→八幡山と回りました。
YAHOO知恵袋で祇園祭関連の記事を
だいぶ書かせていただいたのですが、
ここ1~2年でいろいろ状況が変わっていまして、
そこで書いたことと現状が違うことがいくつかあります。
☆ 車両通行止めは、夕方から
☆ かつての休憩所が、開放されていない
☆ 町屋の玄関に入るのが、全面禁止
昨年も宵山に行ったのですが、
仕事を終えた22時ごろだったせいか、
これらに気づいていませんでした。
……いろいろ混乱させた方には、謝罪します。
~追追記~
この周辺の地図を貼り付けます。
詳しくは、こちらをクリックしてください。
また、山鉾の配置図はこちらからご覧ください。
今回は鈴鹿山から出発して、
役行者山→鷹山(休み山)→八幡山と回りました。
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