第846回孟宗山の会所~2022祇園祭前祭宵山散策~その2
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進みたい方は、ここをクリックしてください。
前回ブログで長刀鉾を拝観した後、
「四条烏丸」交差点を錦小路まで北上して西を向きました。
今回は、「四条烏丸」交差点周辺の山鉾を見て回ります。
撮影日は、2022年7月14日木曜日午後3時15分。
だんだん雨足が強くなってきました。
烏丸通から、錦小路を西に向いています。
この先に占出山が立っているのですが、
2022年前祭宵山散策では
「四条烏丸」交差点周辺の山鉾を先に回ります。
錦小路から、烏丸通西側歩道を南に向いています。
烏丸通沿いに、祇園祭の山が立っていますね。
その山に、近づいてみました。こちらは、孟宗山です。
この日(2022年7月14日木曜日)は一日雨天でしたから、
山の中央がテントで覆われて、装飾品も付けられていません。
その孟宗山会所は、提灯の取り付け作業中でした。
「午後5時から、開所です」
こちらの町衆がそうおっしゃられたので、
この時点で会所に入るのは諦めました。
先に他の山鉾を散策して、約3時間経ちました。
この時点で、2022年7月14日木曜日午後6時15分です。
では、開所された孟宗山会所に向かいます。
こちらに書いてある通り、
孟宗山は2022年の山鉾巡行で「山1番」を引きました。
先程の入り口から、路地を通って会所に向かいます。
京町屋によくある路地の先に家屋がある構造です。
その路地の先は、このようになっています。
孟宗山だけに、左(南)側に孟宗竹を生やしています。
そして右(北)側が、孟宗山の会所です。
祇園祭の各会所では、粽(ちまき)やお札、手拭いなど
各山鉾オリジナルグッズが販売されています。
こちらは、2017年7月16日に購入した孟宗山の手拭いです。
細長い手拭いの下の方は、こんな感じです。
「孟宗」山ですから、「竹」をイメージした手拭いです。
ちなみに、詳細は第501回ブログを参照してください。
さらに各会所には、山鉾巡行の際に取り付けられる
各種装飾品が展示されます。
孟宗山の名物は、平山郁夫画伯が描かれたものです。
そして、こちらも平山郁夫画伯による胴掛です。
平間屋郁夫画伯の画題と言えば、砂漠とラクダですね。
日没近くに撮影していることもあり、写真がボケました。
こちらは、孟宗山のご神体孟宗の神像です。
祇園祭は八坂神社の例祭ですが、各山鉾も独立した神社です。
(八坂神社と各山鉾は、本社と末社の関係です)
孟宗山は、「三国志演義」呉の文官孟宗がモデルです。
孟宗は親孝行で有名な人物で、
「タケノコを食べたい」との病に臥せった母親に、
雪山を彷徨って冬でもタケノコを取った逸話が知られています。
その際のタケノコの品種が、「孟宗竹」と呼ばれるようになりました。
(日本に生えている竹の大半が、この孟宗竹です)
またその母親が亡くなったとき、主君孫権の言葉を無視して
喪に服して戦に参戦しませんでした。
(つまり母親の葬式を行うため、戦に参戦しませんでした。
この時、呉は蜀と荊州を巡り戦争をしていました)
これを孫権は「敵前逃亡」と断じて死刑を命じますが、
上司の陸遜による必死の助命嘆願で死刑は免れました。
孫権の死後、孟宗は呉末期の宰相となり
安定した治世を築きました。
では孟宗山の会所を一通り見てきましたので、
そろそろこちらを出ます。
ということで、またこの路地を通ります。
その路地を出たところで、もう一度孟宗山を撮ります。
この時点で日没直前でしたので、提灯に電気が燈ります。
こちらは、巡行中の孟宗山の写真です。
こちらも夕方なので写真がボケましたが、
2022年7月14日午後6時15分の写真はここまでです。
この写真から、2020年7月14日木曜日午後3時15分に戻ります。
孟宗山から、烏丸通を南に向いています。
では、ここから「四条烏丸」交差点まで南下します。
孟宗山会所から、烏丸通を約100m南下しました。
こちらで烏丸通は、四条通と交差します。
右(西)側に、ショッピングビルのLAQUE四条烏丸が見えます。
2Fスターバックスの座席の一部には、
充電用コンセントが付いています。
祇園祭散策中にデジタルカメラの充電が切れたら、
いつもこちらにお邪魔しています。
烏丸通から、四条通を東に向いています。
約100m先に、前回ブログで訪れた長刀鉾が立っています。
今度は烏丸通から、四条通を西に向きました。
この先に、函谷鉾が立っていますね。
函谷鉾の先端部分を大写ししました。
「山」は松の大木を中心に立てますが、
「鉾」は文字通り長い鉾を中心に立てます。
鉾とは中国などによくある槍の一種ですが、
(要するに武器と言いますか刃物の一種です)
祇園祭の鉾は各「鉾」ごとに形状が異なります。
函谷鉾の刃先は、直角三角形の上に三日月です。
烏丸通から、四条通を約30m西に進みました。
函谷鉾の手前で、車道上に白いテントが張られています。
こちらで、粽(ちまき)や手拭いなどが売られています。
だんだん函谷鉾が、近づいてきました。
(まぁ近づいているのは、自分なのですが……)
鉾の上と会所が、渡り廊下でつながっています。
会所で一定金額(1,000円くらい?)を納めれば、
この渡り廊下から鉾の中に登れます。
函谷鉾は、中国の長安と洛陽の間にある函谷関がモデルです。
そう書くと「三国志演義」に取材したように見えますが、
実は史記に取材した鉾です。
そして、こちらが函谷鉾の会所です。
先程の渡り廊下が、繋がっているもう一方ですね。
こちらでも、粽(ちまき)や手拭いを購入できます。
函谷鉾から、四条通を西に向いています。
この辺りで、四条通は室町通と交差します。
四条通から、室町通を南に向いています。
約100m先の綾小路沿いに、鶏鉾が見えますね。
鶏鉾には、前祭宵山散策のほぼ最後の方で行きます。
今度は室町通から、四条通を西に向きました。
この約30m先に、月鉾が立っています。
月鉾も、今回連載のずっと後に向かいます。
さらに四条通から、室町通を北に向きました。
約50m先に、菊水鉾が立っていますね。
実は「四条室町」交差点は、前祭宵山で
勇壮な鉾を数多くみられる格好の絶景ポイントです。
今回ブログでは、この菊水鉾に向かいます。
四条通から室町通を北上して、菊水鉾に近づきました。
菊水鉾の会所は、目の前の大松株式会社の本社ビルのようです。
こちらが、その大松株式会社本社ビルです。
要するに、菊水鉾の会所です。
店頭にいらっしゃる方の説明では、
菊水鉾の粽(ちまき)などを購入すると菊水鉾の上に登れるそうです。
ウチはここ何年も、同じ山から粽を購入しています。
そちらで粽を買うので、ここで粽を買わないつもりです。
そういう訳で、菊水鉾の上に登ることは諦めました……
しかし、よく考えたら粽でなくても別のものを買えばよかったのです。
そのことに、これを書いている時点で気づきました。
こちらが、その菊水鉾です。
「山」と異なり、「鉾」は雨天でも装飾品を付けています。
よく見ると、胴掛などはビニールシートで保護しています。
菊水鉾が立つ位置の脇に、こちらの碑がありました。
どうやら、この位置にかつて「菊水の井戸」があったようです。
この菊水鉾は他の山鉾のように物語に取材したのではなく、
名水と評判だったこの「菊水の井戸」がモチーフです。
(「菊水の井戸」は、現存しません)
1864年のどんどん焼けで菊水鉾は消失しましたが、
1952年に再興されて現在に至ります。
(祇園祭の山鉾の中には、1864年に1回焼失した後
昭和時代に復興して現在に至るものが幾つかあります)
菊水鉾から、室町通を北に向いています。
菊水鉾から約50m北で、室町通は錦小路と交差します。
その辺りに山鉾が集中して立っていますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。
~次回は占出山、山伏山、霰天神山に向かいます~
~追記 その1~
この辺りの地図を貼り付けます。
詳しくは、ここをクリックしてください。
LAQUE四条烏丸が、起点です。
~追記 その2~
後祭は、7月21日から
かつてのイメージが強いのか、祇園祭は
7月17日以降も続くことが意外と周知されていません。
蛸薬師通以北の山鉾中心に、
「後祭」宵山が7月21日~7月23日の間開催され、
山鉾巡行と神輿巡行が7月24日に開催されます。
南観音山と大船鉾を除けば、蛸薬師通以北中心に山鉾が立ちます。
前祭と異なり露天商の屋台は立ちませんが、
各店舗が趣向を凝らせた露店が立ちます。
2022年度は、「休み山」だった鷹山が数100年ぶりに復活します。
また、新町通沿いでは「屏風まつり」も開催されます。
「屏風まつり」とは、各職人や商人が所蔵している家宝の絵画を
各家庭が祇園祭参拝者に観覧させる
数100年年続く行事です。
~追記 その3~
前祭山鉾巡行の取材に行ってきました
文字通りです。
2022年7月17日日曜日午前8時半から、
「四条寺町」交差点に張り付いて
山鉾巡行をすべて撮影しました。
こちらの記事は、現在連載中の前祭散策以降に掲載されます。)
~追記 その4~
前祭神輿巡行の取材に行ってきました
2022年7月17日日曜日午後6時に、前祭神輿巡行に行ってきました。
こちらの記事も、前祭山鉾巡行の記事掲載以降に掲載します。
~追記 その5~
総本家 松葉が再開
先述の通り、2022年7月17日日曜日に
祇園祭神輿巡行に行ってまいりました。
その際、こちらの総本家 松葉が開店されていました。
ただ中に入ると超満員で、「40分待ち」で入店は諦めました。
そこで、店員さんに詳細を聞いております。
「祇園祭期間中(おそらく、2022年7月24日まで)は
ずっとお店を開けています。
それ以降は、事前に電話をかけて開店状況を確かめてください。
コロナウィルス感染状況が流動的ですので、
開店するかどうかは、はっきりしません。
ですから、サイトなどでは確かめられません」
とのことです。
~追記 その6~
分けると負けるで大違い
2022年7月17日日曜日に、J1リーグ第22節が開催されました。
我らが京都サンガは、京都府亀岡市にあるサンガスタジアムで
サンフレッチェ広島と対戦しました。
後半早々に失点しましたが、
終了間際に大前選手のゴールで何とか1-1で引き分けました。
もう完全にJ2リーグ降格争いに巻き込まれた京都サンガにとって、
この勝ち点1はとても貴重です。
ちなみに、この試合で松田主将が久しぶりの出場です。
ウタカ選手や川崎選手同様いるといないで大違いの選手ですので、
復帰されたのは大きいですね。
これで京都は、6勝7分け9敗の勝ち点25の12位です。
降格圏16位ガンバ大阪とは勝ち点4差です。
降格間違いなしの位置だった神戸と湘南が連勝し続けて、
とうとう降格圏から抜け出したので、
2022年のJ2リーグへの降格争いが大混乱です。
進みたい方は、ここをクリックしてください。
前回ブログで長刀鉾を拝観した後、
「四条烏丸」交差点を錦小路まで北上して西を向きました。
今回は、「四条烏丸」交差点周辺の山鉾を見て回ります。
撮影日は、2022年7月14日木曜日午後3時15分。
だんだん雨足が強くなってきました。
烏丸通から、錦小路を西に向いています。
この先に占出山が立っているのですが、
2022年前祭宵山散策では
「四条烏丸」交差点周辺の山鉾を先に回ります。
錦小路から、烏丸通西側歩道を南に向いています。
烏丸通沿いに、祇園祭の山が立っていますね。
その山に、近づいてみました。こちらは、孟宗山です。
この日(2022年7月14日木曜日)は一日雨天でしたから、
山の中央がテントで覆われて、装飾品も付けられていません。
その孟宗山会所は、提灯の取り付け作業中でした。
「午後5時から、開所です」
こちらの町衆がそうおっしゃられたので、
この時点で会所に入るのは諦めました。
先に他の山鉾を散策して、約3時間経ちました。
この時点で、2022年7月14日木曜日午後6時15分です。
では、開所された孟宗山会所に向かいます。
こちらに書いてある通り、
孟宗山は2022年の山鉾巡行で「山1番」を引きました。
先程の入り口から、路地を通って会所に向かいます。
京町屋によくある路地の先に家屋がある構造です。
その路地の先は、このようになっています。
孟宗山だけに、左(南)側に孟宗竹を生やしています。
そして右(北)側が、孟宗山の会所です。
祇園祭の各会所では、粽(ちまき)やお札、手拭いなど
各山鉾オリジナルグッズが販売されています。
こちらは、2017年7月16日に購入した孟宗山の手拭いです。
細長い手拭いの下の方は、こんな感じです。
「孟宗」山ですから、「竹」をイメージした手拭いです。
ちなみに、詳細は第501回ブログを参照してください。
さらに各会所には、山鉾巡行の際に取り付けられる
各種装飾品が展示されます。
孟宗山の名物は、平山郁夫画伯が描かれたものです。
そして、こちらも平山郁夫画伯による胴掛です。
平間屋郁夫画伯の画題と言えば、砂漠とラクダですね。
日没近くに撮影していることもあり、写真がボケました。
こちらは、孟宗山のご神体孟宗の神像です。
祇園祭は八坂神社の例祭ですが、各山鉾も独立した神社です。
(八坂神社と各山鉾は、本社と末社の関係です)
孟宗山は、「三国志演義」呉の文官孟宗がモデルです。
孟宗は親孝行で有名な人物で、
「タケノコを食べたい」との病に臥せった母親に、
雪山を彷徨って冬でもタケノコを取った逸話が知られています。
その際のタケノコの品種が、「孟宗竹」と呼ばれるようになりました。
(日本に生えている竹の大半が、この孟宗竹です)
またその母親が亡くなったとき、主君孫権の言葉を無視して
喪に服して戦に参戦しませんでした。
(つまり母親の葬式を行うため、戦に参戦しませんでした。
この時、呉は蜀と荊州を巡り戦争をしていました)
これを孫権は「敵前逃亡」と断じて死刑を命じますが、
上司の陸遜による必死の助命嘆願で死刑は免れました。
孫権の死後、孟宗は呉末期の宰相となり
安定した治世を築きました。
では孟宗山の会所を一通り見てきましたので、
そろそろこちらを出ます。
ということで、またこの路地を通ります。
その路地を出たところで、もう一度孟宗山を撮ります。
この時点で日没直前でしたので、提灯に電気が燈ります。
こちらは、巡行中の孟宗山の写真です。
こちらも夕方なので写真がボケましたが、
2022年7月14日午後6時15分の写真はここまでです。
この写真から、2020年7月14日木曜日午後3時15分に戻ります。
孟宗山から、烏丸通を南に向いています。
では、ここから「四条烏丸」交差点まで南下します。
孟宗山会所から、烏丸通を約100m南下しました。
こちらで烏丸通は、四条通と交差します。
右(西)側に、ショッピングビルのLAQUE四条烏丸が見えます。
2Fスターバックスの座席の一部には、
充電用コンセントが付いています。
祇園祭散策中にデジタルカメラの充電が切れたら、
いつもこちらにお邪魔しています。
烏丸通から、四条通を東に向いています。
約100m先に、前回ブログで訪れた長刀鉾が立っています。
今度は烏丸通から、四条通を西に向きました。
この先に、函谷鉾が立っていますね。
函谷鉾の先端部分を大写ししました。
「山」は松の大木を中心に立てますが、
「鉾」は文字通り長い鉾を中心に立てます。
鉾とは中国などによくある槍の一種ですが、
(要するに武器と言いますか刃物の一種です)
祇園祭の鉾は各「鉾」ごとに形状が異なります。
函谷鉾の刃先は、直角三角形の上に三日月です。
烏丸通から、四条通を約30m西に進みました。
函谷鉾の手前で、車道上に白いテントが張られています。
こちらで、粽(ちまき)や手拭いなどが売られています。
だんだん函谷鉾が、近づいてきました。
(まぁ近づいているのは、自分なのですが……)
鉾の上と会所が、渡り廊下でつながっています。
会所で一定金額(1,000円くらい?)を納めれば、
この渡り廊下から鉾の中に登れます。
函谷鉾は、中国の長安と洛陽の間にある函谷関がモデルです。
そう書くと「三国志演義」に取材したように見えますが、
実は史記に取材した鉾です。
そして、こちらが函谷鉾の会所です。
先程の渡り廊下が、繋がっているもう一方ですね。
こちらでも、粽(ちまき)や手拭いを購入できます。
函谷鉾から、四条通を西に向いています。
この辺りで、四条通は室町通と交差します。
四条通から、室町通を南に向いています。
約100m先の綾小路沿いに、鶏鉾が見えますね。
鶏鉾には、前祭宵山散策のほぼ最後の方で行きます。
今度は室町通から、四条通を西に向きました。
この約30m先に、月鉾が立っています。
月鉾も、今回連載のずっと後に向かいます。
さらに四条通から、室町通を北に向きました。
約50m先に、菊水鉾が立っていますね。
実は「四条室町」交差点は、前祭宵山で
勇壮な鉾を数多くみられる格好の絶景ポイントです。
今回ブログでは、この菊水鉾に向かいます。
四条通から室町通を北上して、菊水鉾に近づきました。
菊水鉾の会所は、目の前の大松株式会社の本社ビルのようです。
こちらが、その大松株式会社本社ビルです。
要するに、菊水鉾の会所です。
店頭にいらっしゃる方の説明では、
菊水鉾の粽(ちまき)などを購入すると菊水鉾の上に登れるそうです。
ウチはここ何年も、同じ山から粽を購入しています。
そちらで粽を買うので、ここで粽を買わないつもりです。
そういう訳で、菊水鉾の上に登ることは諦めました……
しかし、よく考えたら粽でなくても別のものを買えばよかったのです。
そのことに、これを書いている時点で気づきました。
こちらが、その菊水鉾です。
「山」と異なり、「鉾」は雨天でも装飾品を付けています。
よく見ると、胴掛などはビニールシートで保護しています。
菊水鉾が立つ位置の脇に、こちらの碑がありました。
どうやら、この位置にかつて「菊水の井戸」があったようです。
この菊水鉾は他の山鉾のように物語に取材したのではなく、
名水と評判だったこの「菊水の井戸」がモチーフです。
(「菊水の井戸」は、現存しません)
1864年のどんどん焼けで菊水鉾は消失しましたが、
1952年に再興されて現在に至ります。
(祇園祭の山鉾の中には、1864年に1回焼失した後
昭和時代に復興して現在に至るものが幾つかあります)
菊水鉾から、室町通を北に向いています。
菊水鉾から約50m北で、室町通は錦小路と交差します。
その辺りに山鉾が集中して立っていますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
今回は、ここまでです。
~次回は占出山、山伏山、霰天神山に向かいます~
~追記 その1~
この辺りの地図を貼り付けます。
詳しくは、ここをクリックしてください。
LAQUE四条烏丸が、起点です。
~追記 その2~
後祭は、7月21日から
かつてのイメージが強いのか、祇園祭は
7月17日以降も続くことが意外と周知されていません。
蛸薬師通以北の山鉾中心に、
「後祭」宵山が7月21日~7月23日の間開催され、
山鉾巡行と神輿巡行が7月24日に開催されます。
南観音山と大船鉾を除けば、蛸薬師通以北中心に山鉾が立ちます。
前祭と異なり露天商の屋台は立ちませんが、
各店舗が趣向を凝らせた露店が立ちます。
2022年度は、「休み山」だった鷹山が数100年ぶりに復活します。
また、新町通沿いでは「屏風まつり」も開催されます。
「屏風まつり」とは、各職人や商人が所蔵している家宝の絵画を
各家庭が祇園祭参拝者に観覧させる
数100年年続く行事です。
~追記 その3~
前祭山鉾巡行の取材に行ってきました
文字通りです。
2022年7月17日日曜日午前8時半から、
「四条寺町」交差点に張り付いて
山鉾巡行をすべて撮影しました。
こちらの記事は、現在連載中の前祭散策以降に掲載されます。)
~追記 その4~
前祭神輿巡行の取材に行ってきました
2022年7月17日日曜日午後6時に、前祭神輿巡行に行ってきました。
こちらの記事も、前祭山鉾巡行の記事掲載以降に掲載します。
~追記 その5~
総本家 松葉が再開
先述の通り、2022年7月17日日曜日に
祇園祭神輿巡行に行ってまいりました。
その際、こちらの総本家 松葉が開店されていました。
ただ中に入ると超満員で、「40分待ち」で入店は諦めました。
そこで、店員さんに詳細を聞いております。
「祇園祭期間中(おそらく、2022年7月24日まで)は
ずっとお店を開けています。
それ以降は、事前に電話をかけて開店状況を確かめてください。
コロナウィルス感染状況が流動的ですので、
開店するかどうかは、はっきりしません。
ですから、サイトなどでは確かめられません」
とのことです。
~追記 その6~
分けると負けるで大違い
2022年7月17日日曜日に、J1リーグ第22節が開催されました。
我らが京都サンガは、京都府亀岡市にあるサンガスタジアムで
サンフレッチェ広島と対戦しました。
後半早々に失点しましたが、
終了間際に大前選手のゴールで何とか1-1で引き分けました。
もう完全にJ2リーグ降格争いに巻き込まれた京都サンガにとって、
この勝ち点1はとても貴重です。
ちなみに、この試合で松田主将が久しぶりの出場です。
ウタカ選手や川崎選手同様いるといないで大違いの選手ですので、
復帰されたのは大きいですね。
これで京都は、6勝7分け9敗の勝ち点25の12位です。
降格圏16位ガンバ大阪とは勝ち点4差です。
降格間違いなしの位置だった神戸と湘南が連勝し続けて、
とうとう降格圏から抜け出したので、
2022年のJ2リーグへの降格争いが大混乱です。
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