京の道 今日の道 2023年01月
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第902回 伏見稲荷の屋台村~伏見稲荷初詣2023~その1

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明けましておめでとうございます
旧年中は、お世話になりました。
本年も、よろしくお願いします


さて、2023年も初詣から始まります。
本年も、ウチの氏神様伏見稲荷大社に向かいます。
午後3時ごろがいちばん混むので、
ちょっと早いうちに訪れたのですが、
結構たくさんの参拝者がいらっしゃいました。

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京都駅からJR奈良線に乗って、2駅。
こちらは、JR奈良線[稲荷」駅です。
今回も、こちらから伏見稲荷大社に向かいます。
撮影日は、2023年1月1日日曜日午後1時。
早い目に来て、満員を避けたつもりだったのですが……


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こちらが、今まで乗っていたJR奈良線の車両です。
ここまでそこそこ満員だったのですが、
ここで一気に皆さんが降りられました。


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自分が乗ってきたJR奈良線の車両が出発します。
本町通に架かる攝取院前の踏切を通り過ぎています。
こちらの車両は、このまま伏見区の中心街に向かいます。


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JR奈良線の車両「稲荷」駅ホームの南側で、東を向いています。
初詣など伏見稲荷大社への参拝者が多いときは、
こちらの鉄門扉が開き臨時改札口が置かれます。
ただ、今年(2023年)はこちらは閉じられたままです。


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JR奈良線「稲荷」駅ホームを南端から北上しています。
臨時改札口の北側に、赤レンガの小屋が建っています。
こちらは、明治時代に使われていたランプ小屋です。
JR西日本管内では、現存する最古の建造物です。


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ランプ小屋の前で、JR奈良線「稲荷」駅ホームを北に向きました。
この先に、JR奈良線「稲荷」改札口があります。


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JR奈良線「稲荷」駅ホームを北上して、右(東)に向きました。
この先に改札口がありますが、結構な人出です。


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先程の位置の先に下りの石段があって、
そこを降り切るとJR奈良線「稲荷」駅改札口があります。
さすがに、改札口の北側に臨時改札口が設置されています。
では、その臨時改札口からJR奈良線「稲荷」駅を出ます。


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JR奈良線「稲荷」駅を出て、東に向いています。
すると、目の前に伏見稲荷大社の大鳥居が見えます。
JR奈良線「稲荷」駅と伏見稲荷大社は、
本町通の道幅分の約5mの距離です。


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伏見稲荷大社大鳥居の前で、本町通を南に向いています。
右(西)側に、JR奈良線「稲荷」駅が見えますね。
約100m南下すると攝取院が建っていて、
その脇から東に進むと伏見稲荷大社への回り道です。
伏見稲荷大社参道がかなり混んでいるときは、
その回り道から伏見稲荷大社に向かいます。
(そのコースへは、第450回ブログで進みました)
さらに南下すると、cafeゆるりが建っています。


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今度は伏見稲荷大社大鳥居から、本町通を北に向きました。
約100m先にねざめ家と言う茶店が建っていますが、
これ以上の北上は不可能です。
こちらから来られる方々は、京阪電鉄「伏見稲荷」駅から
この位置にやって来られました。


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JR奈良線「稲荷」駅の前で、本町通を東に向いています。
ここから伏見稲荷大社大鳥居をくぐるのですが……
う~んかなりの人出ですね。
それを避けるために早くウチを出たのですが、
京都駅改札口でこのカメラを忘れたことを思い出したので、
そこからウチと京都駅を往復してしまいました。
おかげで、そもそもの予定より約1時間遅れています。
伏見稲荷大社初詣でいちばん混むのは、午後3時ごろです。
それより2時間早いので多少はマシと思っていたのですが、
多分午後3時にはこの数倍の人出でしょうね。


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伏見稲荷大社大鳥居をくぐり、境内を東に向いています。
ここからは伏見稲荷大社楼門までを「表参道」と呼びます。
では、このまま約100m先の伏見稲荷大社楼門を目指します。


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伏見稲荷大社大鳥居から、表参道を東に進んでいます。
例年はこの両脇に様々な露店が立つのですが、
2023年は表参道には一切立っていません。
(例年の様子は、第626回ブログ参照)


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伏見稲荷大社大鳥居から、表参道を約80m東に進みました。
ここで左(北)側に、広場があります。


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伏見稲荷大社表参道から、北に向いています。
伏見稲荷大社結構式場のビルを背後(北)に、
伏見稲荷大社の各末社がいらっしゃいます。
ちなみにこちらには規制線が張られて、
「参拝目的の方以外は、立ち入り禁止」と書かれていました。
ただ、自分はこちらに参拝目的で来ています。
ですから、この広場に侵入します。


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では、左(西)から順に各末社にお参りします。
こちらは、伊弉冉命がご祭神の熊野社です。
こちらの祠は、重要文化財に指定されています。
元旦なので、鏡餅が供えられています。


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熊野社の東隣は、舎人親王がご祭神の藤尾社です。
こちらの祠も、重要文化財に指定されています。
さらにこちらの祠にも、鏡餅が供えられています。


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さらに藤尾社の東隣に、霊祖社がいらっしゃいます。
伏見稲荷大社歴代神官が、ご祭神です。
(要するに、祖霊信仰ですね)
こちらの鏡餅が他の鏡餅より大きいのですが、
遠景で撮ったため分かりにくいですね。


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祖霊社の前で、伏見稲荷大社境内を南に向いています。
では、ここから表参道に戻ります。


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伏見稲荷大社の末社がいらっしゃる広場から、
表参道に戻ってきました。
その位置で南東に向くと、上りの石段が見えます。
あちらは、伏見稲荷大社の駐車場なのですが……


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その石段を上ると、屋台が一面に並びます。
この駐車場は、正月3ヶ日限定で屋台村になります。
実は例年表参道に並ぶ露店は、こちらに移動していました。


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この駐車場は、例年正月期間中に屋台村になります。
先程の本町通は正月期間中に自動車が走行できないので、
(参拝者の皆さんで、本町通を塞いでしまいます)
その間駐車場が利用されていました。
そうは言っても、2023年の屋台村は例年の4倍くらいの広さです。
先述の通り、例年表参道に立っていた露店がこちらに移動してます。


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その屋台村を石段から南下しています。
この辺りに露店が集中しているので、
多くの方々が詰め掛けておられますね。


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石段から、屋台村を約30m南下しました。
こちらに、アユの塩焼きの露店が立っています。


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屋台の中央に火の点いた炭が置かれてあり、
その周囲に何尾もアユが並びます。
こちらは例年は表参道に立っていたのですが、
時折そちらに立ち寄らせて戴いていました。


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では700円支払って、こちらを買いました。
そして、奥のテントに入ってこちらを戴きました。
例年は日本酒と一緒に戴いていたのですが、
2019年に脳出血を患ってからは、ビール以外の飲酒は避けています。
そのため、こちらだけを尾から頭まで戴きます。
腹びれに付く塩をときどきかじりつつ、尾から戴きます。


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自分は、アユは頭も骨も戴きます。
自分は、アユの頭と内臓が好物です。
飲食用テントの中央にゴミ箱があるのですが、
結構頭を残される方がいらっしゃるようです。


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アユの塩焼きの露店の前から、屋台村を南に向きました。
では、こちらを突き当りまで南下します。


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伏見稲荷大社境内の屋台村を突き当りまで南下して、
そのまま西に向いています。
例年なら自分が立つ位置が屋台村最西端なのですが、
本町通側に約50mほど延長されています。
向こうに見える「ケバブ」の露店は、
例年なら千本鳥居の手前に立っています。
こちらも気になりますが、
この先寄るところもありますので、ここは素通りします。


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今度は先程と同じ位置で、屋台村を東に向きました。
こちらは、駐車場の端まで露店が並びます。
次は、こちらを散策します。


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先程の位置から屋台村を東に進むと、
この2基の露店が立っていました。
小籠包は中にスープが入った肉まんで、
蟹肉棒は本物の蟹肉を入れたカニカマを焼いたものです。
コロナ禍以前は中国人が特に好んだ露店ですが、
そちらが来られなくても、日本人がかなり集まっておられました。


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小籠包の露店の前で、屋台村を東に向いています。
この先が、伏見稲荷大社屋台村の最東端です。


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屋台村北東端で、北を向いています。
目の前にラーメンの露店が立ちますが、
こちらは例年もこの屋台村でご商売されています。
その向こう(北)側にも白いテントが並びますが、
あちらはすべて露店ではありません。
中にはイスとテーブルが並んでいて、
要するにその白いテントはすべてフードコートです。
屋台村で買ったものは、このテントの中で戴けます。


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その白いテントの前を北上すると、
伏見稲荷大社境内の屋台村から出てしまいます。
その先(北側)に、伏見稲荷大社二の鳥居が立ちます。


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伏見稲荷大社表参道に戻り、二の鳥居の前で東を向いています。
この先に伏見稲荷大社楼門が建っており、
その先(東側)に、伏見稲荷大社本殿がいらっしゃいます。
ここからはその本殿に初詣するのですが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、伏見稲荷大社本殿に向かいます~

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第903回 伏見稲荷大社初詣~伏見稲荷初詣2023~その2

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屋台村に行くなどあちこち紆余曲折しながら、
前回ブログでJR奈良線「稲荷」駅から表参道を東に進み、
伏見稲荷大社二の鳥居前まで来ました。
今回はこちらをくぐり、伏見稲荷大社本殿を参拝します。
撮影日は、2023年1月1日元旦日曜日午後1時15分。
ほぼ快晴の一日でした。


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伏見稲荷大社二の門をくぐり楼門に向かう前に、
楼門の左(北)側に立ち寄ります。
こちらは、伏見稲荷大社手水舎です。
先ずはこちらで、自分の手指を清めます。


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自分の番となって、伏見稲荷大社手水舎に近付きます。
ここ数年柄杓が廃止されて、直接流し口から手を清めます。


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伏見稲荷大社楼門の前に、戻ってきました。
では手前の石段を上って、こちらの門をくぐります。


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伏見稲荷大社楼門をくぐり、東を向いています。
目の前に、伏見稲荷大社拝殿が建っています。
現在は、氏子など参拝者が供えたお酒などを奉納する場所です。
(通常は、神楽などを奉納する場所です)
よく参拝者が本殿と勘違いするのですが、
(こちらにだけ参拝して、帰られる方が多いです)
ただ、その拝殿の脇から楼門の前まで参拝者の行列が続きます。


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長い行列も気になりますが、取り敢えず拝殿の南側に向きます。
この先に、古い家屋が建っています。
そちらは、荷田春満の旧宅です。
国学の基礎の築いた人物ですが、
荷田氏の出自はこの伏見稲荷大社の神官の一族です。
ですから荷田春満自身も伏見稲荷大社の神官を勤めながら、
学者や歌人として活躍しました。


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荷田春満の旧宅の左(東)側に、東丸神社がいらっしゃいます。
ご祭神は、前述の荷田春満です。
国学者がご祭神ですから、受験など学問のご利益があります。


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東丸神社境内で、南に向いています。
境内には、数組の家族連れがいらっしゃいました。
そのどちらにも、中学生や高校生のお子さんがいらっしゃいました。
おそらく、そちらの方々が受験生なのでしょう。


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東丸神社本殿にお参りし、本殿前を左(東)に向きました。
こちらは、末社の春葉社です。
旧年中のお守りやお札をこちらに納めます。


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春葉社の北隣に、荷田社がいらっしゃいます。
荷田氏の祖霊が、ご祭神です。


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これで東丸神社に、一通り参拝しました。
ただ東丸神社社務所が、2023年は閉まっています。
ウチの甥(妹の子)の分のお守りを頼まれていたのですが、
今年(2023年)は諦めました。


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東丸神社を出て、伏見稲荷大社楼門まで戻ります。
こちらから、伏見稲荷大社本殿にお参りする行列に並びます。


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並び始めて、5分経ちました。
もう伏見稲荷大社拝殿の南側まで移動しました。
こちらに並ぶ行列自体は長いのですが、
例年より一人一人の間隔が空いていて、
見た目ほど混み合っていないのかもしれません。
まぁ韓国の梨泰院事件から、まだ3カ月経っていません。
日本の警察だけでなく、一般人も雑踏事故には神経を尖らせています。


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さらに10分経ちました。
もう伏見稲荷大社拝殿の南東角まで辿り着きました。
この写真の左(西)側が拝殿で、右(東)側が本殿です。
おそらく例年の3倍くらい早く移動しています。


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伏見稲荷大社拝殿殿を背後(西側)に、境内を東に向きました。
ではこの石段を上り、伏見稲荷大社本殿に参拝します。
……のですが、これ以上本殿に近付いて撮影ができません。
伏見稲荷大社では、本殿の近影とご神体の撮影を禁じています。
さらに、本殿の南側の神楽殿の神楽なども撮影禁止です。

伏見稲荷大社は、「日本3大稲荷」の一柱です。
ご祭神は宇迦御霊神ですが、菊姫大神など諸説あります。
「稲荷大明神」とすると、諸説の神様すべてを兼ねます。
豊穣神としての側面が強いので農耕神としての役割を持たれており、
そこから派生して商売繁盛のご利益も持たれています。
ただお山(稲荷山)自体をご神体と考えると、
死霊神としての側面もあります。
(人を殺す死神ではなく、死者の魂を鎮める神様です)

ちなみに、ここから約10分で本殿に参拝できました。
2023年は行列に並んでから、本殿参拝まで約20分です。
まぁいちばん混む時間帯より早いので一概には言えませんが、
通常よりは結構早く参拝できました。


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伏見稲荷大社本殿に参拝して、
本殿南側の神楽殿で巫女さんたちが奉納された神楽を見ながら、
本殿南側の通路を東端まで進みました。
背後(西側の本殿)と右(南側の神楽殿)に向かなければ、
この位置からまた撮影可能地域になります。


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その位置から、伏見稲荷大社境内を西に向きました。
目の前の行列は、伏見稲荷大社のおみくじを求める方々です。


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そのおみくじを求められる行列の途中から、東を向いています。
この先の社も祠もない場所に、賽銭箱だけが置かれています。
こちらは、お山(稲荷山)を祀る末社です。
こちらのご神体は、お山(稲荷山)自身です。
2023年はこの後お山(稲荷山)には登りませんので、
今回は熱心にこちらにお参りしました。


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お山(稲荷山)が祀られている場所の北側に、
こちらの社がいらっしゃいます。
形状から日本各地の神様を勧請して祀られた末社と思うのですが、
実は自分はここが何かよく分かっていません。
よく分かっていないのですが、自分が生まれて以来
こちらに来るたびにお参りしています。


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日本各地の神様が勧請された社から、境内を西に向きました。
こちらは、伏見稲荷大社社務所です。
とは言え、伏見稲荷大社の社務所は境内のあちこちにあります。


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伏見稲荷大社社務所に、こちらが掲げられていました。
伏見稲荷大社では、このようなものが売られています。
ウチの母に頼まれて、こちらでお札を求めました。
(2023年は、自分一人で参拝しました)


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こちらが、そのお札です。
「商売繁盛」と書かれた立派なもので、紙製ではなく木製です。


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自分がお札を求めた伏見稲荷大社社務所から、境内を北に向きました。
向こう(北側)に見える建物も、社務所です。
その向こうの伏見稲荷大社裏参道(御幸通)北側に、
神社本庁の関連施設が建っています。


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先程の位置から伏見稲荷大社境内を北上し、
御幸通(伏見稲荷大社裏参道)を東に向いています。
御幸通は伏見稲荷大社の末社である菊姫稲荷神社が最東端で、
そこから西に伏見稲荷大社境内を抜けて、
竹田街道まで伸びる約1㎞の道です。
ここからは、目の前の大鳥居をくぐります。
まぁ大雪だったときはここからが大変でしたが、
快晴の2023年は楽々ですね。


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先程の大鳥居をくぐって、石段を東に上っています。
こちらは、伏見稲荷大社本殿からお山(稲荷山)に登る道です。


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その石段の途中で、北を向きました。
こちらに、伏見稲荷大社の末社が並びます。


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石段の途中に並ぶ末社を左(西)から順にお参りします。
いちばん左(西)は、長者社です。
伏見稲荷大社の創建に関わった秦氏の祖霊がご祭神です。
(秦氏は、太秦に拠点を持つ豪族です)


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長者社の右(東)側に、荷田社がいらっしゃいます。
伏見稲荷大社の神官を代々勤められている
荷田氏の祖霊がご祭神です。
(荷田春満の先祖です)
もともと荷田氏は、伏見区深草地区一帯を治めていた豪族です。


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さらにその東隣には、様々な神様を祀る祠が並びます。
左から事代主をご祭神とする蛭子社、素戔嗚尊をご祭神とする荒尾社、
若王子社、八幡社と並んでおられます。


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そして、一番右(東)には両宮社がいらっしゃいます。
左側が伊勢神宮の外宮を右側が内宮を祀ってます。
こちらには、毎年正月になると鏡餅が供えられます。


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伏見稲荷大社の末社にお祈りしているうちに、
先程の石段を上り切りました。
その位置で東を向くと、菊姫稲荷社がいらっしゃいます。
たぶんご祭神は、菊姫大神です。
江戸時代以前は、こちらは京都御所の清涼殿内に祀られていました。
東京御幸で宮中で参拝される方がいなくなり、
明治時代にこちらに移転されてきました。
また、こちらで御幸通が突き当たります。


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菊姫稲荷社から、伏見稲荷大社境内を右(南)に向いています。
こちらの石段を上ると、お山(稲荷山)の入り口千本鳥居です。


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今度は菊姫稲荷社から、伏見稲荷大社境内を左(北)を向きました。
今回ブログでは、こちらを進みます。


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菊姫稲荷社の左(北)隣りに、末社の御供社がいらっしゃいます。
旧年中のお守りやお札などをこちらに納めます。


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その御供社の左(北)側に、東に伸びる上り坂があります。
この位置より東が、お山(稲荷山)の登山口です。
ただしこちら側からは、
千本鳥居やおもかる石へは割と回り道になります。
(千本鳥居やおもかる石へは、先程の石段から進みます)


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お山(稲荷山)の登山口から、そのまま北に向きました。
今回ブログでは、こちらを北上します。


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先程の位置から、伏見稲荷大社境内を約50m北上しました。
こちらに、朱い鳥居と賽銭箱が見えますね。


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こちらは、大八島社です。
東側にある大八島池が、こちらのご神体です。
早速こちらにもお参りします。


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そしてその北隣に、こちらが立っていました。
こちらは、お山(稲荷山)のに多いお塚です。
つまり、大八島社は末社と言うよりはお塚に分類されます。
こちらにも、お参りしました。

次はここからさらに北上して、産場稲荷社に向かいます。
ただもうだいぶ写真を貼り付けたので、
今回はここまでです。

~次回は、その産場稲荷社にお参りします~

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第904回 産場稲荷社に参拝~伏見稲荷初詣2023~その3

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前回ブログ伏見稲荷大社に初詣し、
境内の北東端に移動してきました。
目の前の赤い鳥居をくぐると、もう伏見稲荷大社境内ではありません。
今回はこのまま北上して、伏見稲荷大社の末社
産場稲荷社にお参りします。
撮影日は、2023年1月1日元旦の日曜日午後2時。
快晴続きのお正月でした。


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先程の朱い鳥居から、約10m北上しました。
左(西)側の建物は、カレー専門の飲食店です。
実はちょっと立ち寄ろうと思ったのですが、
10m近い行列ができていて入るのを諦めました。
右(東)側の生け垣の向こうは、大八島池です。
こちらをご神体とする末社には、前回ブログでお参りしました。


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そのカレー屋さんの北隣に、青山たばこ店が建っています。
店名の通りタバコ屋さんですが、茶店でもあります。
……と言いますか、むしろ茶店で有名なお店です。
店頭に人混みができていますが、
店内飲食される方々は意外と少なかったです。
(大半が、食べ歩き目的の方です)


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青山たばこ店の店内に、入ってきました。
店内にいるのは、自分独りです。
他の方々はソフトクリーム(!)やジュースを買って、
伏見稲荷大社境内の方に移動されました。


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店主の(おそらく)息子さんに注文して、暫く待っています。
周囲を見回すと、たばこ売り場でロウソクが売られていました。
近くに産場稲荷社がいらっしゃるので、その関係だと思います。


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注文してから、約5分経ちました。こちらは、甘酒(¥450)です。
甘酒は、この青山たばこ店の象徴と言えます。
青山たばこ店は、夏は冷やし飴、冬は甘酒が名物です。


904-7.jpg
青山たばこ店の甘酒を大写ししました。
京都では甘酒を米麹から作るので、
こちらはノン・アルコール飲料です。
実は京都のお店では、酒粕を入れた甘酒はありません。
ですから、かき混ぜながら戴かないと
米粒が湯呑の底に溜まってしまいます。
またこちらは砂糖を使用されていないので、
米麹由来の優しい甘さを堪能できます。


904-8.jpg
青山たばこ店には、約30分いました。
石油ストーブの前に座って、甘酒を戴きました。
これが、冬場の伏見稲荷大社参拝の醍醐味の一つです。


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青山たばこ店の店頭で、北を向いています。
目の前に、産場稲荷社の朱い鳥居が見えます。
その手前はT字路に見えますが、実は十字路です。


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その十字路で、東を向いています。
お山(稲荷山)にある三ツ辻からそのまま南下すると、
この道を経由して今立っている十字路に至ります。
つまりこの十字路が、第368回ブログから始まる
お山(稲荷山)登山の終点です。
お山(稲荷山)は伏見稲荷大社のご神体とも考えられる山で、
多くの方々の信仰の対象です。
それほど高い山ではありませんので、
観光で伏見稲荷大社に来られるなら、
こちらの登山はお勧めです。
(おもかる石の前で引き返す短縮版の登山もありますが……
そちらへは、第792回ブログを参照してください)


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その十字路で、今度は北を向きました。
では石製鳥居をくぐって、産場稲荷社境内に入ります。


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産場稲荷社の石製鳥居をくぐりました。
右(東)側に、こちらの社務所がありますが……
こちらは甘酒なども戴ける飲食店でもあります。
また、お供え用のロウソクや小さな鳥居も売られています。
(高さ30mほどの片手で持てるサイズの鳥居です)


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産場稲荷社社務所の前で、北を向きました。
左(西)側を北上するとそのまま産場稲荷社ですが、
右(東)側を蛇行しながら北上すると、
約1㎞先で東福寺の日下門に辿り着けます。


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この先に、産場稲荷社のご神体がいらっしゃいます。
もっと近くで撮ろうとも思ったのですが、
家族連れが自分の背後にいらして
そちらを撮らないようにするためここで撮影します。

産場稲荷社の辺り(大八島池北側)は、
江戸時代を通じて大きな薮でした。
当時のその辺に、野生のキツネが多く住んでいました。
特に産場稲荷が現在いらっしゃる場所で、
野生のキツネが出産していたそうです。
キツネは伏見稲荷大社の神使で、
この辺りでは神聖な動物と考えられていました。
ですからキツネの産場がそのまま神格化して、
この産場稲荷社が創建されました。
ですから、こちらは安産のご利益があります。

また墓石のような形状のご神体ですが、お山(稲荷山)に多いお塚です。
「お塚」は、千本鳥居と並びお山(稲荷山)の象徴です。
形状はお墓ですが、実は独立した神社です。
「お講」という宗教集団をそれぞれ有しており、
お参りの際はロウソクと小さな鳥居を供えます。


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産場稲荷社を背後(北)に、南を向いています。
では、この朱い鳥居をくぐって社務所前に戻ります。


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産場稲荷社社務所の前で、南を向いています。
この先に、先程立ち寄った青山たばこ店が建ってます。
ではこの石製鳥居をくぐり、先程の十字路に戻ります。


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そして、十字路で西を向きます。
ここから今回ブログでは、こちらの道を進みます。


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先程の十字路から、約20m西に進みました。
こちらは、大橋家邸宅です。
もともと大橋家はこの辺りに居住される豪商で、
水琴窟を有する庭園は、京都市指定名勝に指定されています。
(ここは個人宅なので、一切非公開です)


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大橋家邸宅の門前で、西を向いています。
次は、この道の突き当りまで西に進みます。


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大橋家邸宅から、約100m西に進みました。
ここで、今まで進んでいた道が突き当たります。


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その突き当りで、北を向いています。
蛇行しながらここから北上すると、
約1㎞先の東福寺日下門に辿り着きます。
ただここからは北上せずに、
南下して伏見稲荷大社境内に進みます。
そして本町通まで西に進み、帰宅するのですが、
今回はこれ以上書きません。
ですから、今回はここまでです。

~次回で、ねざめ家に立ち寄ってから帰宅します~

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第905回 裏参道を散策~伏見稲荷初詣2023~その4

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前回ブログで産場稲荷社に参拝し、
青山たばこ店との間の十字路から西に進み、
そのまま突き当たりました。
今回はここから南下して伏見稲荷大社裏参道に進み、
本町通経由でJR奈良線「稲荷」駅に戻って帰宅します。
撮影日は、2023年1月1日元旦の午後2時半。
今回は、いろいろ買って帰りました。


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その突き当りから、南を向きました。
ずっと先に、伏見稲荷大社の結婚式場が見えます。
ここからは、そちらを目標に南下します。


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先程の突き当りから、約20m南下しました。
この先に、伏見稲荷大社裏参道が伸びています。
ですから、この辺りから車両通行止めです。


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先程の規制線から、約50m南下しました。
今まで南下してきた道が、伏見稲荷大社結婚式場で突き当たります。
あちこちに露店が見えますが、
裏参道(御幸通)は通年で露店が立ちます。


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その突き当りから、伏見稲荷大社裏参道(御幸通)を南東に向きました。
約50m先に、第903回ブログでくぐった楼門が見えます。
ちなみに、この先の露店は正月3ヶ日のみ立ちます。


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先程の突き当りのほぼ北西角に、お食事処 福稲が建っています。
スズメの焼き鳥が名物の食堂ですが、
帰宅後はおせち料理なので、ちょっと合いません。
そのため、今回は素通りです。


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お食事処 福稲の店頭で、裏参道(御幸通)を西に向きました。
この辺りは、通年で露店が立ちます。
それにしても、この日(2023年1月1日)は人が多いですね。
では、今回はこのまま西に進みます。


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お食事処 福稲から、裏参道(御幸通)を西に約50m進みました。
左(南)側の露店で、七味唐辛子を売っています。
……と言うことは、7種類の香辛料が売られていますね。


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こちらは、帰宅後に撮影しました。
七味唐辛子の露店で、こちらを買いました。
伏見稲荷大社裏参道には七味唐辛子の露店が立ち、
これがこの辺りの名物になっています。


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紙袋の中は、こちらが入っていました。
緑色の粉は山椒で、確か600円でした。
ウチは毎年元旦に1年分の山椒を買っています。
もう一つは、鷹の爪(唐辛子)の粗みじん切りです。
こちらは山椒を買ったときに、サービスで戴きました。
実は、見た目ほど辛くありません。


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七味唐辛子の露店の店頭から、
裏参道(御幸通)を西に向いています。
かなりの人出ですが、ここは一方通行なので
見た目ほどは狭い感覚はありません。
では、こちらを西に進みます。


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七味唐辛子の露店から、裏参道(御幸通)を約50m西に進みました。
この朱い鳥居をくぐると、伏見稲荷大社境内を出ます。


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その赤い鳥居をくぐり西に向くと、
御幸通は目の前で本町通と交差します。
この辺りは飲食店があちこちに建ち並び、
かなり賑やかになっています。


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本町通から、御幸通を西に向いています。
約100m西に向かうと、京阪電鉄「伏見稲荷」駅があります。
その駅からさらに約50m西で、師団街道と交差します。
その辺りに駐車場があって、
初詣の参拝者はそちらから伏見稲荷大社へ来られる場合も多く、
そのためこの交差点は、かなりの人出ごった返します。
この交差点の南西角に、ねざめ家が建っています。
豊臣秀吉が名付けた茶店ですが、元はウナギ専門店です。
現在は、むしろ稲荷ずしで有名ですね。


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ねざめ家の西側に、こちらの売店があります。
こちらもねざめ家の店舗の一部で、
土産物用の京寿司を販売しています。


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こちらが、ねざめ家売店の店頭です。
自分はほぼ毎年ねざめ家で食事して帰るのですが、
今回は母と来ていないので、こちらで買って
ねざめ家のお寿司をウチで戴きます。
「ニシンの棒煮」にも惹かれますが、
帰ったらおせち料理でしたから、
そのバランスから今回は止めておきました。


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帰宅後、こちらを撮影しました。
こちらは、ねざめ家の包装紙に包まれていますね。


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包装紙を開けると、稲荷ずし6個が出てきました。
確か、これで900円です。(1個150円)
こちらと巻きずしと鯖ずしで、こちらの京寿司セットです。
まぁ稲荷ずし発祥は愛知県豊川市ですが、
そちらと異なる京都独特の製法で昔から作られているので、
この稲荷ずしも「京寿司」と言えます。
薄い油揚げから麻の実が透けて見えるのが特徴ですね。


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プラスチック容器のふたを開けて、稲荷ずしを撮りました。
京都の稲荷ずしは三角形で、油揚げのみを出汁で煮込みます。
すし飯にも様々な野菜が入りますが、
それは各飲食店で異なります。
ただし、麻の実だけは確実に入っています。


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今回の稲荷ずしは6個入なので、
ウチの母と3個ずつ分け合いました。
この日(2023年元旦)の晩御飯は、稲荷ずし以外には
泉仙本店のおせち料理とお雑煮です。
ウチも京都なので、お雑煮は丸餅で西京みそ(白みそ)仕立てです。
料亭などでも西京みそは水だけで溶かれますが、
ウチは昆布と鰹節の出汁で西京みそを溶いています。


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ねざめ家の売店で買い物をして、本町通まで戻りました。
現在御幸通から、本町通を南に向いています。
では、ここからは本町通を南下します。


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御幸通から、本町通を南下しています。
こちらは、数年前まで浸みだれ肉まんの露店でした。
まぁ同じ肉まんですから、多分同じ方のお店でしょう。


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その露店の向かい(東)側にちりめん山椒のお店があるのですが、
その店頭に唐揚げの露店が立ちます。
以前も書きましたが、こちらはおそらくかつての稲荷センターと言う
精肉店の方が経営されておられると思われます。
普通の精肉店だったのですが、
コロナ禍以前は店頭の露店で売られる唐揚げが
異国人観光客中心によく売れていました。


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そのちりめん山椒のお店の南隣に、駐車場があります。
ただ、正月3ヶ日はこちらは屋台村に変わります。
まぁ正月3ヶ日では、この辺りで自動車が通行するのは不可能です。
そういう訳で、この辺の駐車場の多くがこの期間屋台村になります。


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その屋台村から、本町通を南に向いています。
かなりの人出ですが、この時間帯の本町通は一方通行です。
ですから、見た目以上に安全です。


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先程の屋台村から、本町通を約10m南下しました。
こちらには、豚汁の露店が立っています。
さすがに豚汁は立ち食いできませんが、
露店の南側にテーブルとイスが設置されており、
そちらで戴けるようです。


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豚汁の露店の南隣に、先程より大きい駐車場があります。
ですから、こちらにも少し大きめの屋台村が立っています。
そのため、こちらに立ち寄られる方々もかなりいらっしゃいました。


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その屋台村から、本町通を南に向いています。
本町通の左(東)側に、
「伏見稲荷大社」と書かれた看板が立っています。


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その看板の前で、本町通から東を向きました。
こちらは、伏見稲荷大社表参道です。
第902回ブログでは、こちらを進みました。
つまり、これで伏見稲荷大社周辺を1周しました。


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伏見稲荷大社表参道から、本町通を南に向いています。
目の前に、JR奈良線「稲荷」駅が建ってます。


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こちらが、JR奈良線「稲荷」駅です。
では、こちらからJR奈良線に乗って帰宅します。

~これで、「伏見稲荷大社初詣2023年編」が終了です~

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第906回 禅居庵摩利支天堂へ ~初ゑびす2023~その1

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京都に限らず、関西では正月が終われば「10日」ゑびすです。
こちらは、毎年1月10日に開催されるゑびす神社の例祭のことです。
ただ、この例祭自体は1月8日~1月11日の間開かれます。
当初は2023年1月8日に泉涌寺の七福神巡りに行く予定でしたが、
こちらの開催は1月9日成人の日であると、後から知りました。
2023年1月9日は自分はずっと仕事なので、
2023年1月8日は「初ゑびす」に向かうことにしました。


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京都駅前北側市バスターミナルから
高野方面の206系市バスに乗って、約20分。
こちらは、「清水道」バス停です。
今回はこちらから八坂通を西に進み、
臨済宗建仁寺派禅居庵摩利支天堂へと向かいます。
撮影日は、2023年1月8日日曜日午後1時。
市バスの中は、超満員でした。


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自分を乗せていた206系市バスが、
「清水道」バス停から北上します。
次の「東山安井」バス停から、東山区祇園地区に入ります。


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「清水道」バス停から、東大路を南に向いています。
約50m先に、東大路が松原通と交差する
「清水道」交差点があります。
「清水道」交差点から松原通を東に進むと、
約1㎞先に清水寺が建っています。(第18回ブログ参照)


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今度は「清水道」バス停から、東大路を北に向きました。
今回は、こちらを北上します。


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「清水道」バス停から、東大路を約50m北上しました。
ここで東大路は、八坂通と交差します。


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東大路から、八坂通を東に向いています。
このまま東に進むと、約200m先に八坂の塔が立ちます。
(第103回ブログ参照)


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今度は八坂通から、東大路を北に向きました。
八坂通以北が、東山区祇園地区です。
逆に八坂通以南が、東山区六原地区です。
ですから、この西側に六道珍皇寺が建っています。


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さらに東大路から、八坂通を西に向いています。
この先は、急な下り坂です。
ここからは、この八坂通を西に進みます。


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東大路から、八坂通を西に約100m進みました。
右(北)側に、臨済宗建仁寺派大統院の駐車場が見えます。
この辺りには、建仁寺の塔頭寺院が建ち並んでます。


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大統院の前で、八坂通を西に向いています。
あちこちに見える建物は、高級飲食店です。
何しろ「祇園の」飲食店ですから、
お値段は割と覚悟しなければなりません。
(ただし、昼食はかなりリーズナブルです)


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大統院の前から、八坂通を西に約50m進みました。
八坂通の両側に天ぷら専門店が建っていますが、
夜間はともかくランチタイムはそこまで高い店ではありません。
その天ぷら専門店の右(北)側に、小路が伸びています。


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八坂通から、その小路に向いています。
この先に見える東西の道は、建仁寺の境内です。
その途中に、臨済宗建仁寺派霊源院が建っています。
(霊源院の様子は、第643回ブログ参照)


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今度は八坂通から、その小路と反対(南)側に向きました。
こちらは、臨済宗建仁寺派六道珍皇寺北門です。
とは言え裏門に当たりますので、
こちら側から境内に入ることはできません。


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六道珍皇寺裏門から、八坂通を西に向いています。
この辺りの京町家は、大半が飲食店です。
では、ここからさらに八坂通を西に進みます。


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六道珍皇寺北門から、八坂通を約100m西に進みました。
今度は左(南)側に、小路が伸びています。


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八坂通から、その小路を南に向きました。
この道は狭い道幅ですが、
実は小店舗が多く建ち並ぶ結構賑やかな通りです。
約100m先に、地域スーパーのハッピー六原が建っています。


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そのT字路で、八坂通を西に向いています。
右(北)側に、NTT西日本の様々な施設が建っています。
では、八坂通をさらに西に進みます。


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先程のT字路から、八坂通を約50m西に進みました。
ここで、また西側に道が伸びています。


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八坂通から、その道を南に向いています。
約100m先が、東山区六原地区の中心「六道の辻」です。
(詳細は、第815回ブログ参照)
その周辺が、中世(鎌倉時代・室町時代)の埋葬地です。


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そのT字路で、八坂通を西に向いています。
約30m先に、今度は右(北)に伸びる小路が見えます。


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八坂通から、その小路を北に向いています。
この先が、臨済宗建仁寺派本山建仁寺境内です。


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そのT字路で、八坂通を西に向いています。
だんだん八坂通の下り坂は、平坦に変わります。
では、さらに八坂通を西に進みます。


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先程のT字路から、八坂通を西に約50m進みました。
こちらに、臨済宗建仁寺派本山建仁寺勅使門が立ちます。
皇族などがくぐる専用の門なので、通常は閉まってます。


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ただ建仁寺は他の臨済宗本山と異なり、
勅使門の脇から出入りできます。
建仁寺派は通常公開されていますが、今回は訪れません。


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建仁寺勅使門から、八坂通を約50m西に進みました。
こちらから、禅居庵摩利支天堂に入れます。
臨済宗建仁寺派禅居庵は建仁寺の塔頭寺院ですが、
通常は非公開寺院です。
ただ禅居庵境内に建つ摩利支天堂だけは、公開されています。


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では、こちらから禅居庵摩利支天堂に入っていきます。
普段はあまり参拝者がいらっしゃらないのですが、
この日(2023年1月8日)は多くの方々がいらっしゃいました。


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門をくぐり、禅居庵境内を北上しています。
いつもと違い、参道の両脇に幟が建っていますね。
近くのゑびす神社の例祭中は、
この摩利支天堂も例祭が開催されます。


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禅居庵摩利支天堂には、狛犬の代わりに狛猪がいらっしゃいます。
イノシシは、摩利支天の眷属です。


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禅居庵境内で、東に向いています。
こちらを通ると、禅居庵の本堂経由で建仁寺境内に出ます。
ただ禅居庵は本堂が非公開なので、
ここは単なる通り道と化しています。
(禅居庵の様子は、第538回ブログ参照)
ではここから禅居庵摩利支天堂にお参りしますが、
もうだいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、この摩利支天堂とゑびす神社にお参りします~

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第907回禅居庵からゑびす神社へ~初ゑびす2023~その2

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前回ブログで、「清水道」バス停から八坂通を西に進み、
建仁寺の塔頭寺院の禅居庵摩利支天堂まで進みました。
現在は禅居庵摩利支天堂境内で、北を向いています。
目の前の通路を北上すると、
禅居庵本堂経由で建仁寺境内に至ります。
今回はそちらへは進まず、
禅居庵摩利支天堂に参拝した後、ゑびす神社に向かいます。
撮影日は、2023年1月8日日曜日午後1時15分。
一日中、快晴でした。


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建仁寺境内に至る通路のを背後(北)に、
臨済宗建仁寺派禅居庵摩利支天堂境内で南西を向いています。
こちらに、禅居庵摩利支天堂の手水舎があります。
ただ、こちらの水は涸れていました。
まぁコロナ禍を経由して多くの神社仏閣で手水舎が使えないので、
こちらもその一環でしょうか。


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禅居庵摩利支天堂手水舎の向かい(北)側に、
禅居庵摩利支天堂の寺務所があります。
ゑびす神社の例祭期間中は、禅居庵摩利支天堂の例祭も開かれます。
例祭期間中の寺務所では、いろいろなものが置かれています。
では、ちょっと中を覗いてみます。


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禅居庵摩利支天堂の寺務所に、入ってみました。
寺務所には禅居庵の方々がいらして、
そちらにお金を納めるとお守りやお札が手に入ります。
御朱印も、こちらで受け付けています。
ただし、例祭期間以外はこちらは閉まっています。

禅居庵摩利支天堂でのいちばん人気は、イノシシみくじです。
おみくじが、陶製のイノシシの人形の中に入っています。
こちらは一つ500円納めると、手に入ります。
ちなみに摩利支天眷属は、イノシシです。


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禅居庵摩利支天堂事務所の西隣が、禅居庵摩利支天堂です。
次は、そちらに向かいます。


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禅居庵摩利支天堂の前に、こちらが植えられていました。
あちこちでよく見かける花ですが、品種名が分かりません。
形状から、もしかするとキャベツでしょうか?


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こちらが、臨済宗建仁寺派禅居庵摩利支天堂です。
建仁寺の塔頭寺院でもある禅居庵は非公開寺院なのですが、
摩利支天堂だけは通常公開されています。
ですから摩利支天堂の境内だけ、
禅居庵の他の境内とは分離しています。
通常はそこまで参拝者が多い寺院ではないのですが、
ゑびす神社の例祭に合わせて行われるこちらの例祭期間中は
かなりの参拝者によって賑わいだします。
ただ、さすがに摩利支天堂内部は撮影不可です。
堂内には小さな摩利支天増の奥に、
大きな摩利支天増がいらっしゃいます。
堂内の奥に入るには拝観料が必要ですが、
そちらは寺務所で納められます。


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こちらは、摩利支天堂の手前です。
堂内を写さないように、線香を写しています。
線香の下にある賽銭箱にお金を納めると、
こちらの線香を摩利支天に奉げることができます。
ただ定価ではありませんので、自分はとりあえず10円納めました。


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こちらに、自分も線香を立てました。
中央の長いものが、自分が奉げた線香です。


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禅居庵摩利支天堂で、摩利支天像にお参りしました。
そして禅居庵摩利支天堂を背後(北)に、境内を南に向きました。
このずっと先に、八坂通が伸びています。
前回ブログでは、その八坂通からこちらに向かいました。


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禅居庵摩利支天堂の前で、境内を西に向いています。
ここからは、こちらを進みます。


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禅居庵摩利支天堂の前から、境内を西に進んでいます。
この辺りに、絵馬が奉納されていました。
そこは「摩利支天」堂ですから、絵馬にはイノシシが描かれています。


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絵馬が奉納されている場所から、北を向きました。
賽銭箱にお金を納めれば、ここでも線香を奉げられます。


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さらにその奥(北側)に、イノシシの銅像が置かれています。
イノシシみくじの陶製イノシシ像を持って帰らない場合、
そのイノシシ像をこちらに安置します。


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その辺りの禅居庵摩利支天堂境内で、西を向きました。
左(南)側に先程の絵馬が奉納されており、
右(北)側にイノシシの銅像が置かれています。
このまま進むと、大和大路に出ます。
では、そこから禅居庵摩利支天堂を出ます。


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禅居庵摩利支天堂を出て、大和大路を南に向いています。
約20m先で、大和大路は八坂通と交差しています。
右(西)側が工事中ですが、
こちらにはかつて京都市立新道小学校が建っていました。
(現在は、廃校になっています)
現在新道小学校の旧校舎が、解体工事中です。


907-17.jpg
今度は禅居庵摩利支天堂の前で、大和大路を北に向きました。
左(西)側が解体工事中の旧新道小学校跡で、
右(東)側が先程までいた禅居庵摩利支天堂です。
ここからは、大和大路を北上します。


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禅居庵摩利支天堂から、大和大路を北上しています。
大和大路~四条通間の大和大路は、
「10日ゑびす」期間中に自動車の通行を禁止にして、
道路の両側で露店が立ちます。
ただ、1月8日は「初ゑびす」です。ゑびす神社例祭の初日です。
しかも、まだ昼下がりの時間帯です。
(ゑびす神社の例祭は、夜間に混み合います)
ですからまだ露店は立っていませんし、
自動車も何台も通り過ぎています。


907-19.jpg
禅居庵摩利支天堂から、大和大路を約50m北上しました。
こちらに、今回ブログのメインゑびす神社がいらっしゃいます。
ただ、すぐに境内には向かいません。


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ゑびす神社の前から、大和大路を北に向いています。
先述の通り、露店はまだ立っておらず自動車も通行しています。
ただ例年の1月8日よりも、2023年1月8日は人手が多くて
大和大路がかなり混み合っています。
前回ブログでも書きましたが、この辺りに来るまでの市バスの車内も
身動きが取れないほど満員でした。


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ゑびす神社北隣の京町家は、1Fが駐車場です。
普段こちらは閉まっているのですが、
「10日ゑびす」期間中だけこちらに露店が立ちます。
こちらは京都市街地にある造り酒屋の駐車場ですから、
樽酒をコップ1杯で800円くらいで売っています。
また、店頭で酒粕も売っています。
自分は露店で「土手焼き」を買ってきて、
こちらのお酒を戴くのが恒例なのですが、
(店内にイスとテーブルが置かれます)
1月8日の「初ゑびす」ではまだ露店の準備中です。
たぶん、この日の夜から開店されるでしょうね。


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その京町家の前で、大和大路を北に向いています。
大和大路が人で溢れていても自動車が走行しているので、
かなりごちゃごちゃしています。
大和大路の路上に箱がたくさん置かれていて、
その中を組み立てるとそれぞれ露店が完成します。
つまり、この時点の大和大路では露店が組み立てられていました。


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その辺りの大和大路の路上で、西を向きました。
では、ここからゑびす神社に向かいます。


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ではこちらの鳥居をくぐって、ゑびす神社に入っていきます。
京都のゑびす神社境内の東側は東山区祇園地区で、
境内の西側は東山区宮川町です。
つまり、このゑびす神社は花街に囲まれています。
と言う訳で、この神社は花街の守護神的な役割も持っています。


907-25.jpg
先程の鳥居をくぐって、ゑびす神社境内に入ってきました。
右(北)側に見える露店はゑびす神社でもらえる笹に取り付ける
様々な装飾品を売っていますが、(笠や紙垂など、紙飾り)
1月8日昼下がり段階ではまだまだ開いていません。


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ゑびす神社境内南東端に、手水舎があります。
ただ、こちらも水が入っていません。


907-27.jpg
ゑびす神社一の鳥居をくぐり、境内を約10m西に進みました。
すると、こちらにゑびす神社にの鳥居があります。


907-28.jpg
ゑびす神社にの鳥居の扁額が、白い布で覆われています。
こちらの扁額にはゑびす神の顔と熊手が付いています。
(こんな感じです)
こちらに硬貨を投げて熊手に引っかかれば、ご利益があります。
ただ、この人混みで硬貨を投げ入れると怪我人が出てしまいます。
ですから、例祭期間中はこの扁額は使用禁止です。


907-29.jpg
ゑびす神社本殿前で、こちらが用意されていました。
こちらは、この後始まるゑびす神社の神事に使われます。
(その神事は、次回ブログに掲載します)


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ゑびす神社二の鳥居をくぐり、境内を北西に向きました。
この先の社務所で、縁起物の笹が配られています。(有料です)
さらに北側には、ゑびす神社の末社が並びます。


907-31.jpg
先程の写真の右(北)側に、石製鳥居があります。
そして、その先に末社の小松天満宮がいらっしゃいます。
先ずは、こちらにお参りします。


907-32.jpg
小松天満宮の西隣が、白太夫社です。
おそらく小松天満宮の末社ですね。


907-33.jpg
白太夫社から、ゑびす神社境内北西端を見ています。
目の前に、ゑびす神社の御朱印求められておられる
方々の行列がずっと続いています。
ただ自分が近づくと、うまい具合に通していただきました。


907-34.jpg
こちらは、ゑびす神社本殿の北側です。
18枚の歌人の肖像画と和歌が掲げられていますが、
本殿の南側にあるので計36人分掲げられています。
要するに、36歌仙を描いています。


907-35.jpg
ゑびす神社境内の北西端に、ゑびす神社の末社が並びます。
こちらは、八幡宮と猿田彦社です。
御朱印の行列は、こちらにお参りする者に
スペースを空けて並ばれています。


907-36.jpg
猿田彦社の右(北)隣に、「天神社」がいらっしゃいます。
ただ扁額の文字も掠れていて、来歴もよく分かりません。
ご神体は、どう見ても「石棒」ですし……
(「石棒」は、縄文時代の遺跡などでよく発掘されます。
おそらく何かのご神体ですが、
個人的にはインドの「リンガ」と同じものと思っています)


907-37.jpg
「天神社」の右(北)側は塀なので、東側が隣です。
こちらには、岩本稲荷社がいらっしゃいました。
こちらにも、お参りしました。


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ゑびす神社の末社に、一通りお参りしました。
そこでゑびす神社本殿へお参りしようとしたのですが……
例年以上の長い長い行列になっています。


907-40.jpg
例年「初ゑびす」ではそもそも行列ができないのですが、
2023年は、いちばん賑やかな「10日ゑびす」の
例年の長さより倍以上ですね。
とうとう行列は大和大路にまで、はみ出してしまいました。
まぁこちらに並んで、ここからゆっくり本殿を目指します。
ゑびす神社の神事は、この後に取材します。
とは言えだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでです。

~次回は、ゑびす神社の神事を取材します~

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第908回 湯立て神楽神事 前編~初ゑびす2023~その3

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前回ブログでゑびす神社境内であちこち参拝して、
いよいよゑびす神社本殿にお参りします。
……のですが本殿への参拝行列が例年になく長くて、
とうとう大和大路まで戻ってしまいました。
今回はこの行列の最後尾に並び本殿を参拝した後、
この日(1月8日)に催された神事を取材しました。
撮影日は、2023年1月8日日曜日午後2時。
まさに「貫けるような」快晴でした。


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最後尾に並びだして、数分経ちました。
ここで、再びゑびす神社境内に入ります。
こちらの行列は見かけほど混み合っておらず、
ものの何分かで本殿まで辿り着けました。


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ですからゑびす神社一の鳥居から二の鳥居までは、
1分ほどで辿り着きました。
ここから境内を西に進んで本殿にお参りするまでも、
約1分で済みました。


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ゑびす神社二の鳥居をくぐり、境内を西に向いています。
だんだんゑびす神社本殿が、近づいてきました。


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ゑびす神社境内南西端に社務所があって、
その左(東)側に、ゑびす神社拝殿があります。
その拝殿では、例祭期間中に巫女さんが神楽を舞われます。
その巫女さんは両手に笹を持っておられますが、
この笹はこの後参拝者に有料で配布されます。
(1本3,000円くらい?)
こちらの参拝者はこの笹を持ち帰って軒先に飾り、
「商売繁盛」を祈願します。
こちらは京都に限らず、大阪の今宮戎や
兵庫県の西宮神社など、関西の各ゑびす神社でも行われます。
「商売繁昌で、笹持って来い」ですね。


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一方で行列は、ゑびす神社本殿にさらに近付いています。
本殿参拝まで、制服姿の警察官が整列させています。
これは、明らかに韓国の梨泰院事件の影響です。
この事件は日本でも、かなり衝撃を受けましたので……


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いよいよゑびす神社本殿に、お参りします。
ご祭神は、七福神の一柱ゑびす神です。
ですから、「商売繁盛」のご利益があります。
ゑびす神の起源がインドの水神と言う説も有力ですが、
ヒルコ神を起源とする説も有力です。
(川や海沿いにいらっしゃる「蛭子」と表記するゑびす神社は、
すべてこのヒルコ神が起源です。
その場合、ご神体は水死体か水死体のお墓です)


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ゑびす神社本殿に、こちらが奉納されていました。
例年ならゑびす神社には冷凍マグロが奉納されますが、
(第23回ブログ参照)
コロナウィルスの影響がまだまだ濃い2023年は、
このようにマグロ型の蒲鉾が奉納されています。
どうも、茨木屋が奉納されたようです。


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さて午後2時も少し回りますと、
ゑびす神社拝殿前の境内中央で、窯の中の水が薪で炊かれます。
(前回ブログから、こちらの準備をされていました)
準備されている赤い法被姿の方々は、ゑびす神社の氏子衆です。
(氏子は神社近くの住民で、その神社を管理されています)


908-10.jpg
そしてその窯の周りに、神具が並びます。
いよいよ湯立て神楽が始まるのですが、
この時点でこちら側が正面ではないことに気付きました。


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そこで、ゑびす神社拝殿前に移動しました。
向こう(北)側に見える石製鳥居は、末社の小松天満宮のものです。
左(西)側に、ゑびす神社本殿がいらっしゃいます。
ただ移動したために、見物客の最前列ではありません。


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2023年1月8日日曜日午後2時を数分回りました。
ゑびす神社拝殿前に、こちらの巫女さんが登場されました。
こちらの方が、ここから始まる神事を取り仕切られます。


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続いて、束帯姿の男性が登場されます。
おそらく、こちらがゑびす神社の神主でしょう。
神主が紙垂を振るい、既に置かれた神具を清められます。


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ゑびす神社神主が、紙垂を振るい続けています。
神具は左から手桶、お神酒、盃、鈴、紙垂、榊です。
盃には、米粒と塩が入っています。


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続いて、神主は本殿の方を向いて紙垂を振るわれます。
その間、巫女さんは直立不動で静止されていました。


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神具を清め終えた神主が、ゑびす神社社務所に退かれました。
ここから、こちらの巫女さんによる神楽が始まります。
先ずは巫女さんが紙垂を持たれて、本殿に拝礼されます。


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巫女さんが、こちら(拝殿)側に向き直られました。
そして紙垂を左手に持たれ、右手に鈴を持たれました。


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巫女さんが、本殿に向き直られました。
巫女さんが右手を振るわれるので、時折鈴の音が聞こえます。


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そして、巫女さんが左右の手を交差されます。
その時々に、鈴の清らかな音色が響きます。


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やがて、巫女さんが両手を大きく広げられます。
そのまま巫女さんが両手を天上に掲げ、
くるくるとその場で回転されました。


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巫女さんは、この姿のままくるくる回り続けられます。
撮り易いポーズなので、カメラのフラッシュがあちこち光りました。


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巫女さんが、回転し続けます。
実は、他の神社(伏見稲荷大社など)とほぼ同じように舞われます。
ですから、約束事に則って舞っておられるのでしょう。



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ようやく、巫女さんの回転が止まりました。
そして、巫女さんは本殿の方に向かれました。


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続いて、巫女さんが両手を交差されました。
先程の繰り返しですが、だんだん神楽が終わりに近づいています。


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巫女さんが、こちら(拝殿側)に向かれました。
そして両手を広げて、こちらに一礼されました。


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また巫女さんが、回り始めました。
ただ今回は何周もではなく、1周だけ回転されました。


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そして、最後に巫女さんが本殿に向かって一礼されました。
これで、今回神事の神楽が終了です。


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神楽が終わり、巫女さんが鈴と紙垂をこちらに置かれました。
ただ、湯立て神事はここからが本番です。


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続いて、巫女さんがお神酒を持ち上げられます。
この中はお酒と思いますが、もしかすると水かもしれません。
巫女さんは、このお神酒を本殿前に零されました。
おそらく、お神酒を本殿に奉げられたのだと思います。


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ここで巫女さんは、巫女装束の上着を脱がれました。
ここから動きが激しくなるので、襷で袖を縛り上げられます。


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続いて、巫女さんが手桶を手に持たれます。
ここから湯立て神事に移行されるのですが、
だいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでです。

~次回は、ゑびす神社の湯立て神事を取材します~

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第909回 湯立て神楽神事 後編~初ゑびす2023~その4

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初ゑびすの本殿前で催されるゑびす神社の巫女さんによる神事は、
前回ブログで神楽を終えて後半に入ります。
現在巫女さんは紙垂や鈴を降ろし、手桶を手に取られています。
今回はこの段階から、この神事の最後まで取材します。
撮影日は、2023年1月8日日曜日午後2時15分。
「初ゑびす」でも、かなりの人出ですね。


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お膳に載せた手桶を巫女さんが釜の方に運ばれました。
そして、手桶に薪で炊いた白湯を入れていかれます。


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すると、拝殿の方からゑびす神社の神主さんが再登場されます。
巫女さんが、神主さんに白湯の入った手桶を渡されます。


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手桶を受け取られた神主さんは、そのまま拝殿に立ち去られました。
おそらく、この後こちらの白湯で茶を点てられます。


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神主さんが拝殿に立ち去られた後、
巫女さんは釜の前に立たれました。
釜の脇には、榊が2束置かれていますね。


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釜に近付かれた巫女さんは、その場で一礼されます。
そこから、また神事が続きます。


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先ずは、巫女さんは榊を持たれました。
そして、榊を白湯に漬けられました。


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白湯に榊を漬けた後、巫女さんは先を掲げられました。
そして、そのまま回転されました。


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このままの格好で、巫女さんが回転し続けられます。
撮り易い格好ですから、カメラのフラッシュが多く炊かれました。


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回りながら、巫女さんが後ろを向かれました。
今度はあちら側の観光客が、カメラで撮られました。


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1周回られた巫女さんが、再び釜の白湯の前に立たれます。
そして、榊をまた釜の中に入れられます。


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釜の白湯に榊を漬けられた巫女さんが、またその場で回られます。
ちょっと前の方の頭で、はっきりとは写ってませんが……


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ここで、巫女さんが回りながら榊を振り回されます。
周囲に雫が飛び散りますが、だいぶ冷めているので熱くありません。
まぁこの後、周囲は水浸しなるのですが……


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次に、巫女さんがまた釜の白湯の中に榊を漬けられます。
ただし、今度は榊を深く白湯の奥底にまで漬けられます。


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すると巫女さんが釜の中に榊を漬けたまま、手首を返されました。
そして、釜の中の白湯をゑびす神社本殿に向けて飛ばされます。


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まぁいくら遠くに白湯を飛ばしても、距離的に本殿には届きません。
ただ、本殿前は結構びしょびしょになりました。


909-17.jpg
そのうち巫女さんが、榊で釜の中の白湯をかき混ぜられました。
すると辺り一面に、白湯が飛び散ります。
もちろん自分を含めた周囲の参拝者にも白湯が掛かっているのですが、
冷気に当たっているせいか、掛かる白湯はそこまで熱くありません。


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さらに激しく、巫女さんが釜の中の白湯をかき混ぜられます。
どちらかと言うと、本殿の方より自分たちに向けて雫が飛んでいます。


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やがて巫女さんは榊を翳されて、一礼されました。
ただ、まだ神事が終わったわけではありません。


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その直後に、また巫女さんが榊を白湯に漬けられました。
またここから、先程のように周囲に飛沫が飛び散ります。


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また巫女さんが、釜の中の白湯をかき混ぜられます。
先ずは、本殿に向けて優しく雫を飛ばされます。


909-22.jpg
次に、だんだん激しく白湯を本殿前に飛ばされます。
先述の通り、ちょっと距離があるので
ゑびす神社の本殿には白湯の雫は掛かっていません。


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今度は巫女さんが、釜の中の白湯を意図的に周囲に飛ばされます。
ゑびす神社境内北側にいらっしゃる参拝者に、飛沫が直撃しています。
そちら側の参拝者の中には、頭を下げて
敢えてその飛沫を掛かるようにされておられる方もいらっしゃいます。
ゑびす神社の境内でこの飛沫を浴びれば、
「商売繁盛」のご利益があるのでしょうね。


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すると、巫女さんが榊を釜の中深くに潜らせられました。
これは、大量の飛沫がやってくる前兆ですね。


909-25.jpg
……と言う訳で、今度はこちら側に飛沫が飛んできました。
自分も周囲の方々も、頭から白湯を被ります。
しかし白湯がいちばん掛かってきた瞬間は、
水分がカメラに掛からないように防いでいたので、
一切写真を撮っていません。
ゑびす神社の吉兆笹はちょっと値が張るので、
(笹自体は3,000円ですが、装飾品を付ければ
5,000円~10,000円くらいまで値が上がります)
今まで笹を持ち帰ったことがありません。
とは言えここまで飛沫が掛かったので、
自分にも「商売繁盛」のご利益があるでしょうか?


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その飛沫が治まったら、巫女さんは榊を掲げて拝礼されました。
これで、湯立て神事が一段落しました。


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続いて巫女さんは榊を釜の中も放置して、鈴を手にされます。
そして、その鈴を頭上に掲げられました。


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巫女さんが釜の前に立たれて、鈴を翳されました。
巫女さんの右手が振えると、清らかな音が響きました。


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そして、巫女さんがこちら(南)側に向いて鈴を鳴らされます。
これで、初ゑびすの湯立て神楽神事が終わりました。


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ここから巫女さんは、鈴を持ったまま拝殿へ立ち去られます。
湯立て神楽神事を終えて、赤い法被姿の氏子衆が
ここから神具や釜を片付け始められました。


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ゑびす神社氏子衆が、境内に数人いらっしゃいます。
そちらの方々が、各神具を社務所の方に持ち運ばれます。
釜の片付けは、その後ですね。
ここから自分はゑびす神社裏門を出て、花街の宮川町へに抜けます。
ただだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでです。

~次回は、花街宮川町を散策します~

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第910回 宮川町散策~初ゑびす2023~その5

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前回ブログで巫女さんによる湯立て神楽神事が終わり、
その巫女さんもゑびす神社社務所に戻られました。
ゑびす神社には参拝者も多数来られていますので、
赤い法被姿の氏子衆の皆さんが後片付けを始められました。
今回はこのゑびす神社を西に抜け、花街宮川町を散策します。
撮影日は、2023年1月8日日曜日の午後2時半。
2023年はゑびす神社にも宮川町にも、観光客が多いですね。


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赤い法被姿の氏子衆の皆さんが後片付けをされている中、
周囲の参拝者の皆さんがその様子をカメラに収めておられます。
……と言う訳で、自分もその中の一人になります。


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こちらが、前回ブログで使われた白湯が入っている釜です。
巫女さんが使用された榊が、そのまま放置されています。


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赤い法被姿の氏子さんが、釜から榊を取り出されます。
そして、榊を社務所に持っていかれました。


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さらに、榊を取り除いた釜にフタをされます。
この釜は、竈ごと氏子衆の皆さん数人で運び出されました。


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そして、その竈が運び出される前に
手前に置いてあった様々な神具が社務所に持っていかれました。
さらに、それらが置かれていた台も社務所に運び込まれます。


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ゑびす神社境内の今までいた場所から、西に向きました。
左(南)側がゑびす神社社務所で、右(北側)が本殿です。
第907回ブログから3回分掛けてゑびす神社境内を参拝して、
その後に催された湯立て神楽神事も拝観しました。
もう一通り参拝しましたので、目の前の通路からゑびす神社を出ます。


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ゑびす神社境内を西に移動しつつ、南に向いています。
左(東)側がゑびす神社拝殿で、右(西)側が社務所です。
拝殿で笹を持った巫女さんが神楽を舞われて、
その際巫女さんが手にされた吉兆笹を
社務所で有料で配布されています。
多くの方がその笹を求められていますが、
1本3,000円は自分には高いので、いつも眺めるだけです。


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さらに、ゑびす神社境内を西に進んでいます。
左(南)側がゑびす神社社務所で右(北)側が本殿なのは同じですが、
この先(西側)にゑびす神社裏門(西門)が見えるようになりました。


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関西の各ゑびす神社は、「横参り」が行われています。
江戸時代ごろから「ゑびす神=ヒルコ神」と解釈されるようになり、
特に関西ではゑびす神自身が視覚障害を持たれると信仰されました。
「目の見えない神様に祈願するなら、音を立てて知らせる必要がある」
そのように考えた参拝者が、やがてお参りの後
本殿の横をノックして帰るようになりました。

ところが、2023年はその「横参り」が禁止されています。


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こちらの壁に、「横参り」禁止の理由が書いてありました。
様々な方々が、同じ部分に接触することを危惧されているようです。
ただ、多くの方が、名残惜しそうに壁に触れていました。


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「横参り」の本殿の壁の向かい(南)側に、馬舎が立ちます。
こちらにも、お参りしました。


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では裏門から、ゑびす神社を出ます。
ゑびす神社の西側は、花街の宮川町です。


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ゑびす神社裏門前で、南を向いています。
右(西)側に花街の宮川町歌舞練場が建っていたのですが、
現在改築工事中なので、白い塀に囲まれています。


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今度はゑびす神社裏門前で、北を向きました。
通常はこの位置から、そのまま北上して
京阪電鉄「祇園四条」駅に向かっていました。
(第23回ブログ参照)


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さらにゑびす神社裏門前から、西を向いています。
この先に宮川町の中心街である宮川町筋が伸びているので、
今回はここを進んでいきます。


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ゑびす神社裏門前から、西に約30m進みました。
自分が知らない間に、こちらに町家カフェが建っていました。
立ち寄ろうとも思ったのですが、店内は満員でした。
ですから、今回は諦めます……


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その町家カフェから、西を向いています。
この突き当りから、宮川町筋が南北に伸びています。


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その突き当りから、宮川町筋を南に向いています。
この辺りの宮川町筋は、花街宮川町の只中です。
この時間帯はそこまで混んでいませんが、
夜になるとお茶屋などの飲食店が開店し始めるので、
かなり賑やかになります。
(花街なので、お酒を飲むのが前提のお店ばかりです)


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先程のT字路から宮川町筋を南下していますが、
この辺りに宮川町歌舞練場の正門がありました。
現在改装工事中ですが、2023年の京おどりは別会場で開催です。


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宮川町歌舞練場のかつての正門前で、宮川町筋から西に向きました。
宮川町筋は自動車が通れない狭い道なのですが、
こちらは1台だけなら自動車も通れます。
この先(西)に琵琶湖疎水沿いと鴨川に挟まれた旧川端通が伸びていて、
宮川町歌舞練場へ自動車で来るなら、
この旧川端通からこちらの道を通ってきます。
(旧川端通の様子は、第781回ブログ参照)


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宮川町歌舞練場のかつての正門前から、宮川町筋を南に向きました。
ゑびす神社からこの宮川町へ繰り出される観光客が、
結構いらっしゃいます。
では、自分もその方々と一緒に宮川町筋を南下します。


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先程から、宮川町筋を南下しています。
周囲に京町家が建ち並びますが、
花街宮川町を表す紋が入った提灯も並びます。
これらの家屋は、大半がお茶屋です。
宮川町の舞妓さんや芸妓さんと、お食事ができる場所ですね。
お酒を出す飲食店ですから、昼間は閉まっています。


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花街宮川町を歩いていると、こちらのお店が開いていました。
おそらく、雑貨屋さんですね。
様々なきれいな小物が、並んでいました。
こちらの詳細は分かりませんが、
花街には引退された元舞妓さんや元芸妓さんが経営される
小さなお店が、あちこちに並んでいます。
(祇園などにも多いですね)


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その雑貨屋さんから、宮川筋を南に向いています。
右側の京町家は分かりにくいですが、イタリア料理店です。
花街には、お茶屋さん以外の飲食店も最近増えてきました。


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改装中の宮川町歌舞練場から、宮川町筋を約100m南下しました。
ここで宮川町筋は、松原通と交差します。


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宮川町筋と松原通との辻の北東角に、
高級チョコレート専門店があります。
第718回ブログでもこちらは開いていましたが、
この後和菓子を買うので、今回も素通りします。


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宮川町筋から、松原通を西に向いています。
約100m進むと、鴨川に架かる松原大橋があります。
(詳細は、第20回ブログ参照)


910-29.jpg
松原通から、宮川町筋を南に向いています。
松原通以南の宮川町筋は、自動車が通れるくらい道幅が広がります。
こちらから、お茶屋の中に他の飲食店がさらに多く混じります。


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松原通から、宮川町筋を約50m南下しました。
左(東)側に、和菓子匠 名月堂があります。
さらに約50m宮川町筋を南下すると、千代とうふ店も建っています。
今回は、ここから名月堂でお土産を買います。


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ウチに帰宅後、こちらを撮りました。
和菓子匠 名月堂は、オリジナルのレジ袋がありません。


910-32.jpg
レジ袋の中には、こちらが入っていました。
この店オリジナルの包装紙に、和菓子が包まれています。


910-33.jpg
包装紙を取ると、プラスチック容器にはわらび餅が入っています。
確かこれで320円だったはずですが、
撮影日から日が経ってレシートを失えてしまったので、
はっきりとは分かりません。


910-34.jpg
こちらが、自分の分のわらび餅です。
残りは、ウチの母が戴きました。
ウチにあったので、なぜか凍頂烏龍茶を淹れました。


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今まで紹介してきませんでしたが、
わらび餅も和菓子匠 名月堂の名物和菓子です。
わらび餅を割ると、中は焦げ茶色です。
無色透明なわらび餅は片栗粉由来なのですが、
この色なのは本格的な蕨粉由来のわらび餅の証拠です。
蕨粉由来の独特の甘味と渋味が、
わらび餅最大の魅力です。


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和菓子匠 名月堂の店頭から、宮川町筋を北に向いています。
では、ここから宮川町筋を北上します。


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和菓子匠 名月堂店頭から、宮川町筋を約50m北上しました。
ここで宮川町筋は、再び松原通と交差します。


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宮川町筋から、松原通を東に向いています。
ここからは、この松原通を東に進みます。


910-39.jpg
宮川町筋から、松原通を約50m東に進みました。
松原通沿いにfriandという洋菓子店が建っていますが、
この日(2023年1月8日)は日曜日だったのですが、
定休日だったのでしょうか?
(このお店は、あちこちに支店を持つ洋菓子店の本店です)


910-40.jpg
その洋菓子店の前で、松原通を東に向いています。
左(北)側のラーメン店は、10年くらい前から閉まっています。
花街宮川町が近いこともあって、
ここより東は高級食材を販売するお店が建ち並びます。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、
そちらに向かうのは次回とします。
今回は、ここまでです。

~次回は初ゑんま詣の後、「清水道」バス停から帰宅します。
「初ゑびす2023」編は、次回で連載終了です~

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第911回 六道珍皇寺初ゑんま詣~初ゑびす2023~その6

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前回ブログで散策した宮川町筋から、
松原通を約100m東に進みました。
この辺りは精肉店や青果店、川魚店などの小売店が建ち並びますが、
花街宮川町が近いのでどちらも価格の高い高級食材を扱っています。
今回はこのまま松原通を東に進み続け、
東山区六原地区を通り抜けます。
撮影日は、2023年1月8日日曜日午後3時。
いつもより、観光客の姿が多いですね。


911-2.jpg
松原通をさらに約10m東に進みました。
これで、宮川町筋からは約110m東に進みました。
ここで、松原通から南に大黒町通が南に伸びています。
(目の前のお地蔵さんの右側から伸びています)


911-3.jpg
松原通から、大黒町通を南に向いています。
大黒町通は、約1.5㎞先の七条通まで伸びています。
(七条通付近の大黒町通の様子は、第309回ブログ参照)


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大黒町通最北端から、松原通を東に向いています。
目の前で松原通は、大和大路と交差します。


911-5.jpg
松原通から、大和大路を北に向いています。
約50m先で、大和大路から東に八坂通が伸びています。
(八坂通の様子は、第906回ブログ参照)
さらに約50m大和大路を北上すると、ゑびす神社がいらっしゃいます。
そのゑびす神社では「初ゑびす」が催されていますが、
2023年1月8日日曜日午後3時現在交通規制は行われていません。
(ゑびす神社周辺の様子は、第907回ブログ参照)
ですから、大和大路は渋滞していました。


911-6.jpg
大和大路から、松原通を南東に向いています。
(大和大路以東の松原通は、少し蛇行します)
また大和大路以東の松原通~五条通間が、
東山区六原(六波羅)地区です。
この辺りから、徐々に上り坂が始まります。
今回ブログは、このまま松原通を東に進みます。


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大和大路から、松原通を約100m南東に進みました。
この辺りに、松原交番が建っていますね。
京都市街地では、警察署の統廃合が進んでいます。
約12年前まで、こちらには松原警察署が建っていました。


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松原交番から、松原通を南東に約100m進みました。
この先で、松原通は六原本通と交差する「六道の辻」に辿り着きます。


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「六道の辻」では、室町時代まで野辺送りが行われていました。
「野辺送り」とは、現在でいうお葬式のことです。
また当時は裕福な者以外はお墓を作れませんでしたので、
この東山区六原地区と東隣の東山区鳥辺野地区は、風葬が通常でした。
(東山区鳥辺野地区の様子は、第617回ブログ参照)
ですから室町時代以前のこの辺りは、
あちこちに骸骨が散乱していました。
まぁ古代から存在する都市の郊外の多くが、元々墓場か霊場です。
(個人的には、それが都市の営みと考えています。
ですから、ホラー的要素は微塵もありません)
「六道の辻」南西角に、浄土宗桂光山西福寺が建っています。
境内にはたくさんの石仏がいらっしゃいますが、
こちらはお地蔵さんではなく、室町時代以前の墓石です。
(当時は共同墓地でしたので、石仏も共同使用でした)
西福寺の詳細は、第815回ブログを参照してください。


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「六道の辻」で、松原通から六原本通を南に向いています。
約100m先に、真言宗智山派六波羅蜜寺が建っています。
慶派による彫刻が多数安置されていますが、
空也上人像と平清盛像は歴史の教科書に載っています。
ただそちらまで進むとさらにもう1回ブログを使いますので、
今回はそちらへ進みませんでした。


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「六道の辻」で、松原通から北を向きました。
ここで六原本通が突き当たっていて、
目の前にみなとや幽霊子育て飴本舗が建っています。
土産物として飴が有名ですが、実は日本茶販売が本業です。


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「六道の辻」南東角に、六波羅飯店が建っています。
自分が、中学生のころから常連の「町中華」です。
今回はこの後立ち寄るところがあるので、素通りしました。


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「六道の辻」で、六原本通から松原通を南東に向きました。
六原本通は、この少し先で筋違いに北に伸びています。
ここから松原通は様々な飲食店が建ち並びますが、
その辺りを進んでいきます。


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「六道の辻」から、松原通を約100m南東に進みました。
目の前に、「ハッピー六原」の看板が立っています。


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その看板の辺りで、松原通から北に向いています。
この路地には、理髪店など様々な商店が並びます。
実は、この辺りは地域住民にとっては繁華街です。
この路地を約100m北上すると、八坂通で突き当たります。
(タバコ屋さんの角付近です)


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今度は同じ位置で、松原通から南を向きました。
こちらに、地域スーパーのハッピー六原が建っています。
この日(2023年1月8日)は晩御飯のおかずを買ってあったので、
今回は素通りします。


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「ハッピー六原」の看板の前で、松原通を東に向いています。
目の前の精肉店は、日曜日なので閉まっています。
松原通は、この辺りから真東に進路が変わります。
では、ここからも松原通を東に進みます。


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「ハッピー六原」と書かれた看板から、
松原通を東に約50m進みました。
ここで松原通沿いに、臨済宗建仁寺派六道珍皇寺が建っています。
この日(2023年1月8日)は、参拝者が多いですね。


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こちらが、臨済宗建仁寺派六道珍皇寺正門です。
八坂通にも六道珍皇寺の門がありますが、
そちらは裏門なので境内にはこの門からしか入れません。
こちらでは、毎年1月14日~1月16日に初ゑんま詣が開催されます。
この日(2023年1月8日日曜日)はそれに先駆けて、
普段非公開の本堂が公開されていました。
では、自分もこちらに参拝します。


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松原通から六道珍皇寺の正門をくぐり、境内を北上しています。
普段六道珍皇寺は屋内が非公開ですが、
通常でも境内は公開されています。
それでも普段は参拝者がほとんどいらっしゃらないのですが、
(第19回ブログ参照)
この日は結構な方々がいらっしゃいました。

目の前のお堂には最澄作と伝えられている
地蔵菩薩像がいらっしゃいますが、
この日は扉が閉まっていて内部は覗けませんでした。


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その向かい(西)側に、水子祠堂が並びます。
その左(南)側にお岩大明神がいらっしゃるのですが、
おそらく東海道四谷怪談に出てくる主人公
「お岩」を祀っているお岩稲荷がご祭神でしょう。


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その右(北)側に、石仏群が建ち並びます。
こちらはお地蔵さんではなく、室町時代以前の墓石です。
(先述の西福寺と同じです)


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その石仏群を大写しします。
よく見ると、後ろの方はお地蔵さんですね。
このような石仏群は、かつて霊場だった場所にはよくいらっしゃます。
(蓮台野とか化野とか)


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最澄作と伝えられるお地蔵さんがいらっしゃるお堂の北側に、
こちらのお堂が建っています。
中に、小野篁像とその小野篁作と伝えられている閻魔像が並びます。
もともとこの地は小野篁の邸宅跡で、
小野篁の死後この寺院が創建されました。
また小野篁は地獄で閻魔(ゑんま)に仕えていたという伝説があり、
この六道珍皇寺はその伝説を背景に成立しています。


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先程のお堂の北側に、六道珍皇寺の鐘楼があります。
こちらは、通常と異なり綱を引いて鳴らす鐘です。


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六道珍皇寺境内中央に、こちらの塚が立ちます。
こちらも「六道の辻」と呼ばれていて、
室町時代以前に野辺送り(葬式)が執り行われた場所のようです。
「六道の辻」は先述の交差点と合わせて2か所存在して、
西福寺と六道珍皇寺と異なる主張をしています。
どちらも文献や掛け軸などの証拠があり、
実は定説ではどちらが本当の「六道の辻」か判別していません。


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六道珍皇寺の「六道の辻」の北側に、
臨済宗建仁寺派六道珍皇寺本堂が建っています。
ご本尊は薬師如来で、元は平安時代以来の浄土教寺院でした。
ところが1467年の応仁の乱でこちらは焼失して廃寺になりました。
それを近所の建仁寺の僧侶が江戸時代に再興させました。
そのため、現在こちらは臨済宗建仁寺派本山建仁寺の塔頭寺院です。


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こちらは、臨済宗建仁寺派六道珍皇寺本堂の西側です。
通常本堂は非公開なのですが、初ゑんま詣期間中は公開されます。


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では、こちらから靴を脱いで六道珍皇寺本堂に入ります。
本堂内部は公開されますが、撮影は不可です。
よって、本堂内部の写真はありません。


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ただ、その前にこちらで手指消毒します。
本堂内にご住職がいらして、堂内の薬師如来像にお参りしました。
またこちらは「地獄信仰」の中心地でもあります。
「地獄信仰」は仏教の一派ですが「道徳」の側面が強く、
地獄の恐ろしさを強調することで、生前の生き方を問う思想です。
(「死後地獄に行きたくないなら、生前正しく生きよう」)
「地獄信仰」の僧侶は江戸時代を中心に日本全国を巡り、
掛け軸片手にその教えを広めました。
この日(2023年1月8日)も、堂内に数本掛け軸が掛かっていました。

さらに、こちらには小野篁が毎日地獄に通うために
行き来したとされる冥土通いの井戸が庭園にあるのですが、
この日(2023年1月8日)は公開されていませんでした。


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薬師如来像にお参りして、六道珍皇寺本堂を出ました。
では再び靴を履いて、六道珍皇寺境内に出ます。


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臨済宗建仁寺派六道珍皇寺本堂を出て、
「六道の辻」を背に境内を南に向いています。
左(東)側に、小野篁像と閻魔像が安置されるお堂が見えます。
では、ここをさらに南下します。


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さらに六道珍皇寺境内を南下しています。
では向こうに見える門から、六道珍皇寺を出ます。


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六道珍皇寺の門をくぐり、南を向いています。
ここからは、目の前の松原通に戻ります。


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臨済宗建仁寺派六道珍皇寺から、松原通を東に向いています。
もう上り坂も、だいぶ急になりました。
では、ここから松原通を東に進みます。


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六道珍皇寺から、松原通を約100m東に進みました。
ここで松原通は、東大路と交差する「清水道」交差点に出ます。


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暫く待つと、「清水道」交差点の信号が変わりました。
ここからは横断歩道を渡り、東大路東側歩道へと移ります。


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東大路から、松原通を東に向いています。
上り坂が、さらに急になっていますね。
このまま松原通を突き当りまで進むと、清水寺があります。


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今度は松原通から、東大路を北に向きました。
ここからは、東大路を北上します。


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松原通から、東大路を約50m北上しました。
こちらが、「清水道」バス停です。
ここで数分待って、206系市バスに乗って帰宅しました。

~今回で、「初ゑびす2023」編は終了です~

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第912回 壬生の中心街です~坊城通南から北~その1

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今回は、コロナ禍以降初めての本格的な「道ブログ」です。
(2022年のこの時期に、短い道の「大黒町通編」を連載しましたが)
通常のこのブログは、1本の長い道を延々紹介します。
そして、最初には写真を載せない
その道についての記述を載せます。
(次回ブログから、その道を端から端まで連載します)
この形式は、「正面通編」以来です。

今回紹介する道は、坊城通です。

千本通の東側に伸びている道で、七条通~三条通を貫きます。
ウチのブログでは、下京区西屋敷町(島原地区)と中京区壬生地区で
何回か登場しています。
坊城通の位置は、この地図で確認してください。
壬生寺の東側が、坊城通です。

平安京以来の小路
坊城小路(現在の坊城通)は、平安京が成立した際にも
朱雀大路(現在の千本通)の東側に伸びていました。
坊城通の位置は、その時以来変わっていません。
どうも当時朱雀大路の「坊門」の反対側に位置していたのが、
この道の名称の由来だったようです。

この辺りには、平安時代に東鴻臚館(外国の大使館)がありました。
ただ鎌倉時代以降京都市街地の中心がだんだん東に移って、
その頃から明治時代まで坊城通沿いは田畑だったようです。
新撰組の近藤勇が初めて壬生に来たときも、
この辺りは一面水田だったと記録しています。

元花街「島原」
坊城通最南端は、七条通です。
住宅街を北上すると、正面通以北が元花街「島原」です。
歌舞練場などが廃止されて「花街」を名乗っていませんが、
置き屋さんやお茶屋さんは現存していて、
大夫さんもいらっしゃいます。
(現在も、「花街」として機能しています)
まぁ基本的には住宅街ですが、
花屋町通中心にカフェや飲食店が建ち並びますし、
歴史的遺構も多数残っています。

壬生中央を貫く
五条通を北上すると、京都産業大学付属高校で突き当たります。
ただし坊城通は松原通以北で復活し、
それより北が中京区壬生地区です。
かつて新撰組が闊歩した地域で、今も遺構が残っています。
坊城通は壬生寺の東側の通りで、
毎年節分になるとかなり賑やかになります。
(京都では、「節分」を盛大にお祝いします)

壬生寺の参道
現在壬生寺への最寄り駅はJR嵯峨野線「丹波口」駅ですが、
かつてはJR嵯峨野線「二条」駅でした。
ですから、その「二条」駅から壬生寺までが門前町として
かなり賑わっていました。
三条会商店街も、壬生寺参道として繁栄したことから始まってます。
その名残で、今も四条通以北の坊城通には
さまざまなお店が建ち並んでいます。
なお坊城通は三条通までですので、
そこからは千本通に移って「二条」駅まで進みます。

……と言う訳で、次回ブログから坊城通を北上します。
今回は、ここまでです。

~次回は、豆の子稲荷に参拝します~

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第913回 豆之子稲荷へ参拝~坊城通南から北~その2

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913-2.jpg
京都駅北西端の33番ホームからJR嵯峨野線に乗って、1駅。
こちらは、JR嵯峨野線「梅小路京都西」駅です。
今回は七条通から坊城通を北上して、豆之子稲荷に参拝します。
撮影日は、2023年1月26日木曜日午後3時半。
まだまだ通りに、雪が残っていました。


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こちらが、自分が乗っていた園部行きの普通電車です。
「梅小路京都西」駅は2019年に成立した新しい駅なので、
ホームと線路の間に壁が設置されています。
実は1980年ごろまで、この位置に「丹波口」駅がありました。
「丹波口」駅が五条通沿いに移転したため、
この辺りにまた駅を設置する必要ができたようです。


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「梅小路京都西」駅から、園部行き普通電車が出発します。
確かこの日(2023年1月26日)のこの時間帯に、
京都府南丹市園部町は大雪警報が出ていました。
京都市の大雪警報は、2023年1月24日と25日、
1月27日と28日に発令されました。
この日だけ、快晴の一日でした。
まぁあちこち路上に、雪は残っていますが……


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「梅小路京都西」駅ホームを南下すると、
すぐにエスカレーターが姿を現します。
ではここを降りて、1Fコンコースを目指します。


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「梅小路京都西」駅エスカレーターから、
1Fのコンコースへと降りてきました。
平日は閑散としたコンコースですが、梅小路公園内の駅ですから
休日や観光シーズンにはたくさんの方々で混み合います。
では、このまま駅コンコースを南下します。


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先程のエスカレーターから、
「梅小路京都西」駅コンコースを約10m南下しました。
目の前に、京都鉄道博物館が建っています。
この辺りは、梅小路公園の敷地内です。
次はこの改札口から、「梅小路京都西」駅を出ます。


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JR嵯峨野線「梅小路京都西」駅前で、
梅小路公園内を西に向いています。
この先に、上り階段があります。
そこを上がったら、七条通までの陸橋が伸びています。
またその西側の陸橋は、もともとJR嵯峨野線の線路でした。
この時点ではただの通路ですが、
休日や観光シーズンになるとこちらに屋台村が立ちます。


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今度はJR嵯峨野線「梅小路京都西」駅から、
梅小路公園敷地内を東に向きました。
ここからはJR嵯峨野線の高架をくぐり、
梅小路公園の中央部に進みます。


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JR嵯峨野線「梅小路京都西」駅から高架をくぐり、
梅小路公園の中央部にやって来ました。
梅小路公園は「T」字型なのですが、
その交差している場所で東を向いています。
(この南側に、さらに東に伸びる道があります)
目の前にスケートリンクがありますが、
開業した2020年以来、結構人気スポットのようですね。
その右(南)側には、飲食店が入るテナントビルが建っています。


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そのスケートリンクの前で、梅小路公園を北に向いています。
この日(2023年1月26日)は平日ですが、
大学生に見える方々がサッカーや
バスケットボールを楽しんでおられました。
梅小路公園を巡ると結構楽しいのですが、
今回のメインが坊城通なので、
今回はこちらをそのまま北上します。


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スケートリンク前から、梅小路公園を約200m北上しました。
ここで梅小路公園を出て、七条通に出ます。
その七条通沿いに、「梅小路公園」バス停が立っています。
実は京都駅から205系市バスに乗っても、ここまで来られます。


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梅小路公園を出て、「梅小路」バス停から七条通を西に向きました。
JR嵯峨野線の高架の手前で、千本通が北に伸びています。


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「梅小路公園」バス停から、七条通を約50m東に進みました。
ここで、七条通は千本通と交差します。
「七条千本」交差点より南にも道が伸びているように見えますが、
こちらは梅小路公園の駐車場につながる通路です。
JR嵯峨野線の高架より西は、京都中央市場と商店街です。
ちなみに、室町通以前のこの辺りに丹波口がありました。
ちなみに現在のJR嵯峨野線「丹波口」駅は、
そもそも下京区中堂寺地区にあります。
JR嵯峨野線の駅は京都市街地が都市化するに従い徘徊しており、
駅名と所在地の地名がズレている事例が幾つかあります。
(「二条」駅も、御池通沿いにありますし……)


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「七条千本」交差点南東角から、北東角を見ています。
横断歩道の先に、京果ビルが建っています。
こちらは、もともと京都中央市場の青果市場でした。
現在は、飲食店が多く入るテナントビルです。
1Fに、听(ポンド)梅小路店志津屋 七条店が入っています。


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横断歩道を渡って、七条通から千本通を北に向いています。
左(西)側がJR嵯峨野線の高架で、右(東)側が京果ビルですね。
このまま進むと、第314回ブログのルートです。


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今度は千本通から、七条通を東に向きました。
左(北)側に京果ビルが建っていて、
目の前に京都駅行きの「梅小路公園」バス停が立っています。
ここからは、七条通を東に進みます。


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千本通から、七条通を約50m東に進みました。
約30m先に「黒毛和牛」の看板が立ってますが、
あちらが高級精肉店のイマムラ総業です。
高級和牛のお店ですが、コロッケや焼豚など
お惣菜は気軽に買えます。
そして、この位置で七条通は坊城通と交差します。


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今度は七条通から、坊城通を南に向きました。
こちらにも路地が続いていますが、明らかに私道です。
さらに約20mで、その路地も突き当たります。
ですから、そちらには進みません。


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さらに七条通から、坊城通を北に向きました。
では、いよいよ今回ブログのメイン坊城通を北上します。


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七条通から、坊城通を北上しています。
すると、こちらの立て札が住宅の壁に貼ってありました。
「下京区夷馬場町第一坊城通」と書かれています。


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七条通から、坊城通を約50m北上しました。
約5年前まではこの辺りは住宅街だったのですが、
ここ数年で古い住宅がほとんど解体されて、現在は駐車場です。
この辺りで、坊城通の道幅が急に広がります。


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その辺りで、坊城通から東に向いています。
この辺りから路地が伸びていますが、
数日前の積雪がまだ残っています。
狭い道やビルの陰など日当たりが悪いところは、
この日(2023年1月26日)はずっと雪が残っていました。


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その路地を突き当りまで、東に進みました。
この位置にお地蔵さんがいらっしゃったのですが、
現在はいらっしゃいません。


913-25.jpg
その路地の突き当りで、南を向いています。
駐車場を隔てて、約30m先にお地蔵さんがいらっしゃいました。
おそらくこの位置にいらしたお地蔵さんが、あちらに移動しています。


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さらにその路地の突き当りで、西に振り返りました。
では、ここから坊城通に戻ります。


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その路地から坊城通に戻り、北を向いています。
ただ、坊城通は約50m先で突き当たります。
取り敢えず、その突き当りまで北上します。


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坊城通を約50m北上して、突き当りまで来ました。
ここで坊城通は、北小路と交差します。
渉成園最南端を通る下珠数屋町通の延長線上の道です。


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その突き当りに、お地蔵さんがいらっしゃいます。
その脇に、町内の住民用に掲示板もあります。
おそらく、町内の地蔵盆はここで行われるのでしょうね。


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坊城通の突き当りから、北小路を西に向いています。
ちなみに北小路をこのまま西に進むと、千本通で突き当たります。
(詳細は、第314回ブログ参照)
ただ目の前で、北小路から北に伸びる道があります。
こちらが、ここから続く坊城通です。
実は坊城通は時折筋を変えたり、途切れたりします。


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先程の位置から北小路を西にズレ、
北小路から坊城通を北に向いています。
では、ここからはこの坊城通を北上します。


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北小路から、坊城通を北上しています。
この日は2023年1月26日木曜日でしたが、
しかも大雪の直後でしたが、紅葉が落ちていました。
この紅葉は、どこからやって来たのでしょうね。


913-33.jpg
北小路から、坊城通を約50m北上しました。
左(西)側に、朱い鳥居が見えます。
こちらが、今回ブログの表題にある豆之子稲荷です。
では、こちらに参拝していきます。


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朱い鳥居をくぐり、豆之子稲荷境内に入ります。
先ずはこの手水舎で、手を清めます。
写真の背後にもお地蔵さんがいらっしゃいますが、
こちらに参拝した後、そちらもお参りしました。


913-35.jpg
そして、こちらが豆之子稲荷の本殿です。
中央の提灯によると、ご祭神は稲荷大明神です。
1862年に出版された「京都指掌圖文久改正」に
この神社が載っていますので、
江戸時代末期にはこの位置にいらっしゃったことが分かります。
また「京都府地誌」と言う明治時代の書物には、
こちらの神社は「豆粉神社」と記載されています。
豆粉とは、生の大豆を磨り潰した粉のことです。
稲荷神は「死霊神」としての側面を持っていますが、
こちらはおそらく豊穣神として信仰されていると考えられます。
(この辺りは、江戸時代~明治時代には水田が広がっていました)
では、こちらをお参りします。


913-36.jpg
豆之子稲荷の向かい(東)側に写っていたお地蔵さんにもお参りし、
豆之子稲荷本殿背後(北東側)のお地蔵さんにもお参りします。
こちらのお地蔵さんは、天道大日如来だそうです。


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豆之子稲荷の脇で、坊城通を北に向いています。
では、また坊城通を北上します。


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豆之子稲荷から、坊城通を約50m北上しました。
ここで坊城通が、また突き当たります。
ただ、この東西に伸びる道の名称は不明です。


913-39.jpg
坊城通から、その小路を東に向いています。
ここからは、こちらに進みます。


913-40.jpg
坊城通から、この小路を東に約20m進みました。
この位置から、また左(北)に道が伸びています。
こちらが、さらに北に伸びる坊城通です。


913-41.jpg
その小路から、坊城通を北に向いています。
目の前で坊城通は正面通と交差しますが、
その正面通以北が元花街の「島原」です。
ただもうだいぶ写真を貼り付けましたので、
今回はここまでです。

~次回は、元花街「島原」を散策します~

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ぴのぴな

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ぴのぴなと申します。
生まれたときから50数年
ずっと京都住まいです。
中2のころから
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このブログで,
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こちらも利用して、
祇園祭宵山で回る
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実際に回るときの
参考にしてください。

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京都市交通局発行の
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各系統の停留するバス停や
バス停別時刻表が
貼り付けてあります。
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今一度確認してください。

「嵐電(京福電気鉄道)」
京福電車(嵐電)のサイトを
そのまま貼り付けました。
電車の情報もありますが、
嵯峨野嵐山など
沿線の観光情報が
詳しく書いてあります。

「きょうもいろいろ」
ここと同じ
京都観光のブログです。
許可をいただいたので、
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「アマランサス☆
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ご自身が経営されている
カフェの様子を
書かれたブログです。
この度、相互リンクさせて
いただきました。

☆カテゴリ
これまでの記事を
テーマ別に分けました。
記事は順番通り
並んでいますので、
観光コースをそのまま
追いかけられます。

「京のお店 今日のお品」
緊急事態宣言後の
京都市街地で
コロナ騒動下でも
頑張っておられる
さまざまなお店と
その商品を
紹介して宣伝します。

「未分類」
京都を書いては
いるのですが、
他の「道ブログ」とは
趣旨が違うものが
入ります。

「ここって、
何のブログなの?」
このブログの説明です。
記念すべき第1回です。

「限定公開」
パスワードがないと、
閲覧できません。
うちの家族の
個人情報満載なので、
こうなりました。
京都サンガの応援に、
東京に行った記事です。
(国立競技場と明治神宮)

「京都」
どのカテゴリにも
入らない記事です。

「京都サンガ」
Jリーグクラブの
京都サンガの 試合観戦や
イベントの様子を
記事にしました

「東福寺と泉涌寺」
ウチの近所なので、
一番よく行きます。

「伏見稲荷大社」
ウチの氏神様です。
初詣など
こちらも多くなります。

「ゑびす神社」
毎年参拝しているので、
独立させました。

「清水寺から平安神宮」
京都の東山周辺です。
京都観光の
一番有名なコースです。
これから京都観光を
考えておられる方は、
ここをご覧ください。

「京都紅葉散策」
紅葉の季節にあちこち
散策してきました。
毎年11月23日に行く
紅葉散策は含まれません。
そういうものに含まれない
短いものを集めました。

「京都桜案内」
桜の季節にあちこち
花見に行きました。
毎年少しずつ増えます。

「祇園散策」
花見小路の花街や
八坂神社・建仁寺など
祇園各地の散策です。

「祇園祭宵山散策」
祇園祭宵山を
毎年更新した記録です。
ゆっくり回ったので、
次に祇園祭に来られた時の
参考にしてください。

「節分」
毎年少しずつ増えます。

「京都のお祭り」
春から初夏を中心に
京都市内各地のお祭りを
記録したものです。

「松尾散策」
地蔵院や鈴虫寺、
松尾大社や法輪寺など
松尾を散策します。

「嵯峨野嵐山」
嵯峨野嵐山周辺散策です。

「京都駅前散策」
京都駅から
五条通にかけて
あちこち回りました。

「蹴上・鹿ヶ谷散策」
南禅寺のある蹴上や
哲学の道がある鹿ケ谷を
散策しています。

「太秦散策」
蚕ノ社や広隆寺、
映画村など太秦周辺を
散策しました。

「花園散策」
JR「花園」駅から
北側の衣笠山手前の
「きぬかけの路」に
かけて散策しました。
妙心寺や等持院など
並んでいます。

「松原通東から西」
清水寺~西小路間の
松原通を東から西へと
写真で追いかけます。
京都盆地を輪切りにして、
地域ごとの違いを
楽しんでください。

「松原通東から西」EX
松原通が終わる西小路から
京都盆地の西の端の
松尾までを書いています。
松原通の記事と
併せて読むと、
京都盆地の東西の様子が
よく分かります。

「三条通西から東」
嵐山から始まり、
名神高速道路
京都東インターまでの
三条通を西から東に
書いていきます。

「本町通北から南」
京都盆地の東側を通る
本町通を南から北に
進みます。

「寺町通南から北」
河原町通の1本西
寺町通を
五条通から北大路通まで
散策します。
[六原」経由で、
「本町通編」と
つながっています。

「烏丸通北から南」
「寺町通編」の最終回
今宮通から南に
十条通まで続きます。

「大和大路南から北」
本町通より1本東にある
大和大路を北上します。

「鞍馬口通東から西」
室町時代に
京都最北端の道だった
鞍馬口通を下鴨神社から
金閣寺まで進みます。

「きぬかけの路散策」
その金閣寺から西に
龍安寺や仁和寺経由で
北嵯峨まで進みます。

「塩小路東から西」
京都駅前の北側を
東西に貫く塩小路を
東端の智積院から
西端の梅小路公園まで
進みました。
そのあと、
七本松~佐井西通間の
{西塩小路編」も
続きます。

「千本通南から北」
平安時代の中心
旧朱雀大路である
千本通を
七条通から、
鷹峯まで進みます。

「高倉通南から北」
京都中心街を縦断する
烏丸通と河原町通の
中間を貫く高倉通を
北上していきます。
神社仏閣よりも、
飲食店の取材が中心に
なってしまいました。

「上立売通東から西」
今出川通の北側に伸びる
東西の道を散策します。
京都市街地屈指の
桜がきれいな通りです。

「若宮通南から北」
西本願寺と東本願寺の
中間点を通る小路を
北上しました。
京町家と古い商店街の
京都らしい町並みです。

「若宮通南から北」EX
「若宮通編」の最後から
三条通まで
若宮通の真北の通りを
北上していきます。

「釜座通南から北」
若宮通を真北に
延長した先の釜座通で
三条通~京都府庁間を
北上しました。
途中、二条城に
立ち寄りました。

「錦小路東から西」
四条通の1本北に伸びる
錦小路を東から西に
進みます。
錦市場から祇園祭鉾町へ
最終的に住宅街に
移動していきます。

「五辻通東から西」
上立売通と今出川通の
中間に伸びる五辻通を
東から西へと進みます。

「正面通東から西」
脳卒中のリハリビがてら、
比較的ウチに近い
正面通を
東から西に進みます。
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