第415回 八幡山の屏風祭~2016後祭散策~その3
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祇園祭宵山では、屏風祭というものも開かれています。
山鉾町の中心である問屋さんや旧家が、家宝の絵画や屏風などを
沿道の方々に見えるように展示する一種の催し物です。
バブル崩壊やリーマンショックを経て大半が辞めてしまいましたが、
それでも新町通沿いを中心に、まだまだ何軒かは続けておられます。
そして、これが新町通を中心に開催される後祭宵山の
自分にとっては最大の楽しみでもあります。
三条通から、新町通を南に向いています。
八幡山の山町である京都市中京区三条町は、後祭宵山期間中
このようにつがいのハトを描いた幕で仕切られます。
(つがいのハトは、八幡社の象徴です)
この写真は、クリックすれば拡大されます。
今回は八幡山を通り過ぎ、六角通を東に進み
黒主山と浄妙山も見ていきます。
撮影日は、2016年7月23日土曜日午後3時半。
まだまだ日差しが強い日でした。
三条通から、新町通を南へ約30m進みました。
こちらは、第407回ブログでも出てきた問屋さんです。
前祭のときとは違い、だいぶ周囲が賑やかになっています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。
さらに新町通を約20m南に進みました。
八幡山が、だんだんはっきりと見えてきました。
新町通の両脇に、たくさんの方々が集まっておられます。
ちょっと混じって、一緒に眺めてみます。
左(東)側の格子越しに屋内を見ると、こうなっています。
蒼い御座に箏を置き、左右に金と雲龍の屏風で
シンメトリーのコントラストを作られています。
そして、中央には祇園祭の象徴檜扇が生けてあります。
装飾品一つ一つも見事ですが、
それらの配置、色遣いに「町衆の心意気」を感じます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。
右(西)側の町屋には、錦絵を貼り付けた屏風ですね。
確か昨年(2015年)は、書写を書いた屏風が展示されていました。
さらに新町通を南下しています。目の前に八幡山が立っています。
八幡山の左(東)側に、たくさんの方々が集まっておられます。
そちらに、ちょっと立ち寄ってみます。
こちらが、八幡山の会所です。
この奥に、ご神体でもある八幡社の社がいらっしゃいます。
前祭の2柱の天神山同様、こちらは、
神社の祠がそのままご神体となられた山です。
……ところが、今年(2016年)は八幡社の会所がいっぱいでした。
仕方なく、中に入らず先を急ぎます。
八幡山会所の上部を撮りました。
南隣の京町家に、ブリキの表札が貼ってありました。
この写真は、クリックすると拡大されます。
八幡山会所から、新町通を南に約50m進みました。
呉服問屋さんの安売りなのですが、
たくさんの方々が立ち寄られていました。
こちらは、その問屋さんの向かい(西)側のお店です。
店は閉店されていますが、大きな金屏風が置いてあります。
昨年(2015年)も、こちらの金屏風はここに飾ってありました。
こちらは、尾形光琳の代表作のレプリカです。
ただ、そのレプリカ作者が円山応挙となれば話が変わります。
若かりし円山応挙が、練習のために書いたものです。
その円山応挙の金屏風の前で、新町通を南に向きました。
この先の「つがいのハト」の幕の辺りで、
八幡山の山町京都市中京区三条町が終わります。
その外側に、東西を貫く六角通が伸びています。
「つがいのハト」の幕をくぐり新町通から六角通を東に向きました。
では、こちらを進んでいきます。
新町通から、六角通を東に約10m進みました。
六角通の右(南)側に、こちらのお店があります。
昨年(2015年)のブログにも出てきていますね。
こちらの屏風と檜扇も見事なのですが、
今年(2016年)は商品の衣服が邪魔でよく見えません……
新町通から六角通を東に約50m進み、北を向きました。
ここから北に、衣棚通が伸びています。
衣棚通から、六角通を東に約70m進みました。
この辺りで、また室町通と交差します。
六角通から、室町通を北に向きました。
この先に、黒い山が見えますね。「黒」が象徴なのは、黒主山です。
室町通を北上し、黒主山を見上げています。
黒い山に、造花の桜が映えますね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。
黒主山の北側に、帯問屋の誉田屋源兵衛ががあります。
店頭の登り鯉は、2008年の創業270周年記念に製作されました。
こちらは木村英輝画伯の作品で、毎年1匹ずつ増えているそうです。
祇園祭後祭期間中に、毎年展示されています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。
誉田屋源兵衛の前で、室町通を南に向きました。
黒主山脇の提灯が飾ってある辺りが、ここの会所です。
次は、そちらに向かいます。
黒主山の会所に入ってきました。
こちらがご神体で、桜を見上げる大友黒主像です。
六歌仙の一人で、このような歌が「古今和歌集」に残されています。
春雨の 降るは 涙の桜花 散るを惜しまぬ 人しなければ
こちらの山は、この歌を題材にしています。
(その歌を歌う様子は、謡曲「滋賀」に出てきます)
この写真も、クリックすれば拡大されます。
黒主山の会所では、様々なものが売られていました。
面白いのは、扇子も粽もたいていが黒く染め挙げられています。
昨年(2015年)は黒胡麻を練り込んだ生八つ橋を買いましたが、
今年(2016年)は何も買いませんでした。
黒主山の会所を出て、室町通を南に向いています。
ここで、また六角通と交差する辻に戻ります。
このまま南に進むと、鯉山に行くことができます。
左(東)側には浄妙山がいらして、右(西)は八幡山から来た道です。
室町通から、六角通を東に向いています。
次は、こちらの浄妙山に向かいます。
室町通から、六角通を東に約50m進みました。
(烏丸通まで、あと50mほどです)
こちらに、浄妙山が立っています。
浄妙山の手前(西)に、浄妙山の会所があります。
こちらも、昨年(2015年)と比べて人出が多いですね。
ただ、こちらは何とか中に入れそうですね。
会所の中に、ご神体の一来法師(左)と浄妙(右)の像です。
こちらの山の沿革は、第329回ブログに詳細が載っています。
浄妙山の会所前で、六角通を西に向いています。
次は室町通の鯉山に向かうのですが、だいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでとします。
~次回は、鯉山と橋弁慶山を回ります~
祇園祭宵山では、屏風祭というものも開かれています。
山鉾町の中心である問屋さんや旧家が、家宝の絵画や屏風などを
沿道の方々に見えるように展示する一種の催し物です。
バブル崩壊やリーマンショックを経て大半が辞めてしまいましたが、
それでも新町通沿いを中心に、まだまだ何軒かは続けておられます。
そして、これが新町通を中心に開催される後祭宵山の
自分にとっては最大の楽しみでもあります。
三条通から、新町通を南に向いています。
八幡山の山町である京都市中京区三条町は、後祭宵山期間中
このようにつがいのハトを描いた幕で仕切られます。
(つがいのハトは、八幡社の象徴です)
この写真は、クリックすれば拡大されます。
今回は八幡山を通り過ぎ、六角通を東に進み
黒主山と浄妙山も見ていきます。
撮影日は、2016年7月23日土曜日午後3時半。
まだまだ日差しが強い日でした。
三条通から、新町通を南へ約30m進みました。
こちらは、第407回ブログでも出てきた問屋さんです。
前祭のときとは違い、だいぶ周囲が賑やかになっています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。
さらに新町通を約20m南に進みました。
八幡山が、だんだんはっきりと見えてきました。
新町通の両脇に、たくさんの方々が集まっておられます。
ちょっと混じって、一緒に眺めてみます。
左(東)側の格子越しに屋内を見ると、こうなっています。
蒼い御座に箏を置き、左右に金と雲龍の屏風で
シンメトリーのコントラストを作られています。
そして、中央には祇園祭の象徴檜扇が生けてあります。
装飾品一つ一つも見事ですが、
それらの配置、色遣いに「町衆の心意気」を感じます。
この写真も、クリックすれば拡大されます。
右(西)側の町屋には、錦絵を貼り付けた屏風ですね。
確か昨年(2015年)は、書写を書いた屏風が展示されていました。
さらに新町通を南下しています。目の前に八幡山が立っています。
八幡山の左(東)側に、たくさんの方々が集まっておられます。
そちらに、ちょっと立ち寄ってみます。
こちらが、八幡山の会所です。
この奥に、ご神体でもある八幡社の社がいらっしゃいます。
前祭の2柱の天神山同様、こちらは、
神社の祠がそのままご神体となられた山です。
……ところが、今年(2016年)は八幡社の会所がいっぱいでした。
仕方なく、中に入らず先を急ぎます。
八幡山会所の上部を撮りました。
南隣の京町家に、ブリキの表札が貼ってありました。
この写真は、クリックすると拡大されます。
八幡山会所から、新町通を南に約50m進みました。
呉服問屋さんの安売りなのですが、
たくさんの方々が立ち寄られていました。
こちらは、その問屋さんの向かい(西)側のお店です。
店は閉店されていますが、大きな金屏風が置いてあります。
昨年(2015年)も、こちらの金屏風はここに飾ってありました。
こちらは、尾形光琳の代表作のレプリカです。
ただ、そのレプリカ作者が円山応挙となれば話が変わります。
若かりし円山応挙が、練習のために書いたものです。
その円山応挙の金屏風の前で、新町通を南に向きました。
この先の「つがいのハト」の幕の辺りで、
八幡山の山町京都市中京区三条町が終わります。
その外側に、東西を貫く六角通が伸びています。
「つがいのハト」の幕をくぐり新町通から六角通を東に向きました。
では、こちらを進んでいきます。
新町通から、六角通を東に約10m進みました。
六角通の右(南)側に、こちらのお店があります。
昨年(2015年)のブログにも出てきていますね。
こちらの屏風と檜扇も見事なのですが、
今年(2016年)は商品の衣服が邪魔でよく見えません……
新町通から六角通を東に約50m進み、北を向きました。
ここから北に、衣棚通が伸びています。
衣棚通から、六角通を東に約70m進みました。
この辺りで、また室町通と交差します。
六角通から、室町通を北に向きました。
この先に、黒い山が見えますね。「黒」が象徴なのは、黒主山です。
室町通を北上し、黒主山を見上げています。
黒い山に、造花の桜が映えますね。
この写真は、クリックすれば拡大されます。
黒主山の北側に、帯問屋の誉田屋源兵衛ががあります。
店頭の登り鯉は、2008年の創業270周年記念に製作されました。
こちらは木村英輝画伯の作品で、毎年1匹ずつ増えているそうです。
祇園祭後祭期間中に、毎年展示されています。
この写真も、クリックすれば拡大されます。
誉田屋源兵衛の前で、室町通を南に向きました。
黒主山脇の提灯が飾ってある辺りが、ここの会所です。
次は、そちらに向かいます。
黒主山の会所に入ってきました。
こちらがご神体で、桜を見上げる大友黒主像です。
六歌仙の一人で、このような歌が「古今和歌集」に残されています。
春雨の 降るは 涙の桜花 散るを惜しまぬ 人しなければ
こちらの山は、この歌を題材にしています。
(その歌を歌う様子は、謡曲「滋賀」に出てきます)
この写真も、クリックすれば拡大されます。
黒主山の会所では、様々なものが売られていました。
面白いのは、扇子も粽もたいていが黒く染め挙げられています。
昨年(2015年)は黒胡麻を練り込んだ生八つ橋を買いましたが、
今年(2016年)は何も買いませんでした。
黒主山の会所を出て、室町通を南に向いています。
ここで、また六角通と交差する辻に戻ります。
このまま南に進むと、鯉山に行くことができます。
左(東)側には浄妙山がいらして、右(西)は八幡山から来た道です。
室町通から、六角通を東に向いています。
次は、こちらの浄妙山に向かいます。
室町通から、六角通を東に約50m進みました。
(烏丸通まで、あと50mほどです)
こちらに、浄妙山が立っています。
浄妙山の手前(西)に、浄妙山の会所があります。
こちらも、昨年(2015年)と比べて人出が多いですね。
ただ、こちらは何とか中に入れそうですね。
会所の中に、ご神体の一来法師(左)と浄妙(右)の像です。
こちらの山の沿革は、第329回ブログに詳細が載っています。
浄妙山の会所前で、六角通を西に向いています。
次は室町通の鯉山に向かうのですが、だいぶ写真を貼り付けました。
ですから、今回はここまでとします。
~次回は、鯉山と橋弁慶山を回ります~