島原 角屋 Ⅰ: 京都を歩くアルバム・・・その1

« 宝ヶ池 京都国際会館 黄昏 | トップページ | 島原 角屋 Ⅱ »

2006/11/01

島原 角屋 Ⅰ

Imi_0243a

京都では上七軒、先斗町、祇園甲部、宮川町、祇園東の5つの花街(かがい)が知られるが、他に、かつて花街として栄えた島原があります。◆場所はここです。

私、実は「島原 角屋(すみや)」を誤解をしていました。
そこで「角屋もてなしの文化美術館」でいただいたパンフから、島原、角屋、花魁、揚屋、置屋などを説明します。

Imi_0238a

私の誤解とは、ボランティアガイドの方も仰ってましたが「江戸の吉原と混同されて遊郭だと思っておられる方が今もおられる」、私もその一人でした。「吉原ではなくて新橋のような所だったようです。(私は名前しか新橋を知りませんが)

5つの花街(祇園界隈他)からかなり距離が離れている為に廃れていったと説明を受けました。そういうこともあって、別物と思っていました。

Imi_0248a

角屋は遊廓の店ではなく、今の料亭にあたる揚屋(あげや)という業種の店です。揚屋には太夫や芸妓を抱えず、置屋から派遣してもらって、お客様に歌舞音曲の遊宴を楽しんでいただくところです。揚屋は江戸時代、民間最大の宴会場でした。そこでは遊宴のみならず、お茶会や句会なども行われ、文化サロンとしての役割も果たしていました。そのため、揚屋建築は、大座敷に面した広庭に必ず茶席を設け、庫裏と同規模の台所を備えていることを特徴とします。ちなみに、いわゆる遊廓の店には、大座敷、広庭、茶席などはなく、ほとんどが小部屋のみの構造です。下は中戸口

Imi_0265a

角屋の外観の格子は、近世初期の京都町屋に広く使用されていた格子のすがたを伝えています。したがって、江戸吉原の花魁(おいらん)を見せるための牢屋のような格子(籬 まがき)では決してありません。

Imi_0266a

揚屋(あげや)と置屋(おきや)
島原には昔から揚屋と置屋があり、揚屋とは太夫や芸妓をおいてない家で、置屋から太夫や芸妓を呼んで遊宴を行ったところで、今でいう料亭、料理屋に当たります。

Imi_0339a

天明年間(1781~1789)前後、角屋では、当時の一流画人に襖絵の制作を依頼し、石田幽汀、円山応挙、江村春甫、与謝蕪村、岸駒などの画蹟が残されています。

Dsc40334a

幕末の頃には諸大名をはじめ、西郷隆盛、桂小五郎、久坂玄瑞、坂本竜馬、山縣有朋、伊藤博文、などが角屋を利用し、西郷隆盛などの勤皇の志士たちが軍用金調達のため鴻池、加賀屋などを招き饗宴をしたと伝えられている。
新撰組の近藤勇や芹沢鴨なども出入りし、その刀痕が柱に残っている。

Imi_0268a

太夫(たゆう)とは
遊宴のもてなしを公認された女性の中の最高位とされ、美しいだけではなく、茶、花、詩歌、俳諧、舞踊、文学などあらゆる教養を身につけており、歴史上では「吉野太夫」「八千代太夫」が有名です。

Imi_0287a

網代の間です。

Dsc40323a

灯りは行燈だけです。

Imi_0328a_1

Dsc40332a

天井が網代、赤い壁も素晴らしい。

Imi_0330a_1   

Dsc40297a

2階が素晴らしいそうですが、撮影は禁止なので行きませんでした。

Dsc40322a

明日は「大座敷・松の間」の室内、襖絵、庭、そして台所をお伝えします。

今日11月1日から、御所の一般公開が始まりました。御所の過去のブログです。
百万遍の知恩寺では古書籍市も始まりました。今回、テレビでやってましたから、スゴイ人出でしょうね。(両方5日まで)京都の古書組合古書の検索が出来ます。

「鷹峰 源光庵・悟りの窓」写真を増やしました。

------------------------------------------------------------

 ブログランキングに参加しています。クリックして応援してくださいね  
   よろしく♪    にほんブログ村 旅行ブログへこちらもよろしく☆
-------------------------------------------------------------

紅葉の名所写真 真如堂 (2004/11/12)

Dsc12845a_1

|

« 宝ヶ池 京都国際会館 黄昏 | トップページ | 島原 角屋 Ⅱ »

■散策・00 京都駅 壬生 島原 界隈」カテゴリの記事

コメント

りせさん、お久しぶりです
仔ニャン育児と、体調を崩していて、ご無沙汰しました^^;
コメントは入れられませんでしたが、ほとんど毎日、見させていただいていました
 今夜は角屋ですね
今の時代からは考えられないほど、厳しく格式のあった所だったそうです
京都の底冷えと一緒で、なんとなく背筋がピーンとなる緊張感が漂っていますね(^^)
 そういえば、金沢のひがし茶屋街のお茶屋に行った時も、女将が同じ事を仰っていました
「お茶屋は格式ある芸を楽しむ所なのに、みなさん遊郭とかん違いしている」と・・・
 ご主人に乗っ取られないように頑張ってくださいね(^^)v

 頑張るアイテム!発送済みで~す

投稿: きこ | 2006/11/02 01:35

★きこさん こんばんは♪
ホント、こんなに長くコメントくださらないから、勝手な想像してました。
島原の角屋、今は廃れていることもあって昔の「遊郭」だと思っていました。
だから、女の私がたとえ見学でも行くのを昔はためらっていましたが、ツアーもやってるしという事で行ってきました。
「今更恥かしくて聞けない」というやつですね。「聞くはいっときの恥、聞かぬは末代の恥」になるところでした。

島原の角屋は歴史がいっぱいのところでした。でも高い・・・ギョッ1000円ですぞ。2階の部屋は小部屋で見事らしいですが、プラス800円ギョギョッですぞ。だから二人で行くのは嫌なのですヨ。
2階の撮影は出来ないという事で「ほっ良かった」やってられません。映画が見れます。
この頃夫の口出しが煩くて「うざいザマス」一人でやってた方が気楽でいいわ。
体調はよくなりましたか?仔ニャンチャンカワイイですね、アイテム楽しみに待ってます。

投稿: りせ | 2006/11/02 02:34

りせさん、はじめまして!
鉢かづきさんからこちらのブログを紹介して頂きました。
私は、京都が大好きなのですが、観光客好みの有名なところしか知りませんので勉強になります。(もっとも覚えられないと思いますが・・・)
真如堂の写真綺麗ですね。私も秋の真如堂へ二回ほど行きましたが、その時の紅葉の美しさは忘れることが出来なかったのでとても嬉しく拝見しました。祇王寺、二尊院、常寂光寺、竜安寺、等持院、金閣寺、高桐院、永観堂、高台寺、清水寺、東福寺、それから、善峰寺、光明寺、金蔵寺、大原野神社など過去に私が行った場所の、目を奪われるような紅葉が甦りました。
これからも美しい京都を見せて下さい。よろしくお願い致します。

投稿: fmk | 2006/11/02 15:40

★fmkさん 初めまして♪
コメント有り難うございます。
鉢かづきさんのところではお名前は拝見しておりました。
とても優しいお方だと。
真如堂は紅葉が多いですね。階段のところも、裏に回っても見事ですね。
たくさん京都のお寺に行ってらっしゃいますね、私はまだ金蔵寺には行った事がないように思います。
京都知らずの私の友人だったらきっと半分も行っていませんよ。
今年の紅葉はどこを見て回ろうか、なかなか決められそうにありません。
何度でもブログを見に来てくださいね。

投稿: りせ | 2006/11/03 01:52

この記事へのコメントは終了しました。

« 宝ヶ池 京都国際会館 黄昏 | トップページ | 島原 角屋 Ⅱ »