奇妙な世界の片隅で 都会の「村」  篠たまき『月の淀む処』
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都会の「村」  篠たまき『月の淀む処』
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 篠たまきの長篇『月の淀む処』(実業之日本社)は、生活を一新しようと、中古マンションに移り住んだ女性が奇怪な体験をすることになるというホラー・サスペンス作品です。

 フリーライターの紗季は、会社の倒産と恋人との別れを経て、築40年のマンション、パートリア淀ヶ月に引っ越してきます。そこはかって、児童虐待死事件があったことでも知られる場所でした。
 やがて紗季は、親切ではあるものの、どこかおかしなマンションの住人たちの態度に違和感を感じるようになっていきます。
 紗季は、隣家に住む記者、真帆子と友人になりますが、彼女はマンションや住人達に不審な点を感じ、独自に調査をしていました。調べるうちに、ある人物が殺されたのではないかという疑いが持ち上がり、紗季は真帆子に押される形で、マンションの住人たちや過去の事件について、共に調べ始めることになりますが…。

 異様な住人たちの住むマンションに移り住むことになった女性の恐怖を描くホラー・サスペンス作品です。
 マンション内での葬儀や祭り、不審な部屋割り、謎の骨壺の存在など、マンション内では異様な風習が存在していました。マンション内はまるで村のようであり、住人たちの距離の近さにも、紗季は違和感を感じるようになります。
 隣家の真帆子に押される形で、共にマンション内を調べていくことになりますが、まともな感覚を持っていると思っていた真帆子も、どこかおかしな性格を秘めていることが分かります。
 さらには、紗季自身にも犯罪すれすれの行為を行った過去があること、非常に危うい精神を抱えていることが判明することになるのです。
 特ダネを求めて秘密を暴こうとする真帆子に表面上は協力する一方、マンションの住人たちの優しさに触れた紗季は、真帆子の行動に疑問を抱くことにもなります。住人たちは本当に犯罪を行うカルト集団なのか…?
 経済的にも苦しい状態にあるため、なるべく事を荒立てたくない…と感じていたこととも相まって、自分がどうすべきか悩むことにもなるのです。

 異様な思想を信奉する共同体と、そこに取り込まれていく女性の恐怖を語った作品といえますが、共同体側が完全な「悪」とはいいきれないこと、主人公にも後ろ暗い過去があり、罪を犯した形跡があること、などから、一方的な迫害や支配の物語にはなっていないところが面白いですね。「善悪」も視点によって異なってくるあたり、深みのあるお話になっています。
 マンション自体が「村」を思わせる共同体になっているという発想も興味深いです。田舎の土俗的な風習を描いたホラーはよくありますが、本作では、いわば都会のど真ん中にそれらの「田舎」を持ってきてしまった形なわけで、これは発想の妙でしょうか。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
ブックガイド系同人誌もいろいろ作成しています。



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