奇妙な世界の片隅で 愛情と炎  ケヴィン・ウィルソン『リリアンと燃える双子の終わらない夏』
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愛情と炎  ケヴィン・ウィルソン『リリアンと燃える双子の終わらない夏』
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 ケヴィン・ウィルソンの長篇『リリアンと燃える双子の終わらない夏』(芹澤恵訳 集英社)は、興奮すると体から炎を出してしまう「発火体質」の双子のベビーシッターをすることになった女性を描く作品です。

 うだつが上がらない生活をしていた二八歳の女性リリアンは、学生時代の友人マディソンから、自分向きの仕事があるとの知らせを受けて、彼女の家を訪れます。マディソンは、大統領候補とも噂されるジャスパー・ロバーツ上院議員と結婚し、息子のティモシーも生まれていました。
 マディソンの話では、夫には、過去に別れた前妻ジェーンと双子の男の子と女の子がいました。ジェーンが亡くなったため、双子を引き取る必要があり、その世話をリリアンに任せたいというのです。
 しかし双子には特殊な事情がありました。興奮したり動揺すると、体に火が付き燃えてしまうという「発火体質」だというのです。リリアンと双子のローランドとベッシー、三人の奇妙な同居生活が始まることになりますが…。

 興奮すると体から炎を出してしまうという「発火体質」の双子の男女。彼らのベビーシッターをすることになった女性を描く、不思議な味わいの作品です。
 双子のローランドとベッシーの父親であるロバーツ上院議員は、不倫騒動を起こしたり、離婚して妻子を放り出したりと、かなり自分勝手な人物。双子が引き取られた祖父母も問題のある人物で、双子は恵まれない生活を送っていました。自らも、問題のある母親との関係において不遇な人生を送ってきたと自認するリリアンは、そんな彼らに同情し、子どもたちを育てようと決心することになります。
 そもそも依頼を引き受ける気になったのも「親友」マディソンの助けになりたいからで、リリアンはマディソンのことをある種、崇拝しているのです。学生時代、問題を起こしたマディソンの罪をかぶる形で放校されたリリアンが、それでもマディソンに対する憧れと崇拝の念を持ち続けていることが語られます一方、マディソンの方も、自分勝手な考え方ではあるものの、リリアンを友人と考えてはいるのです。双子の子育て部分だけでなく、リリアンとマディソンの子ども時代に端を発する微妙な関係が、再会してからも葛藤をもたらす…という部分にも読み応えがありますね。

 「発火体質」の双子は、興奮したり、動揺したり、怒ったりすると、発火してしまい、自分ではその火を押さえられなくなってしまいます。リリアンは、物理的に火を押さえるのと、心理的に発火を押さえるのと、外的・内的アプローチを考えていくことになります。人間嫌いで、鬱屈したものを抱えるリリアンが、しかしその裏表のなさで双子の信頼を勝ち取り、絆が深まっていく…という流れも良いですね。
 双子が父親のもとに引き取られた、といっても、父親は終始不在。本妻であるマディソンとその息子ティモシーとは、別の場所で生活を余儀なくされる、という不遇な状況なのです。父親が双子を引き取った動機も政治的・打算的なもので、リリアンは、双子の境遇に自らの過去を重ねることにもなります。
 主人公リリアンと双子との間だけでなく、実の母親との関係、そして友人であるマディソンとの関係など、複数の人生が交錯する様が描かれており、厚みのある物語になっています。
 実のところ、母親にせよ、マディソンとその夫にせよ、リリアンの周囲の人物は自分勝手な人物が多く、リリアンの不遇な現在も周囲の人物の「身勝手」の結果起こっており、リリアンは「境遇の犠牲者」的な面が強いです。双子の世話も本来リリアンの義務ではなく、マディソンにいいように使われているのでは…と思ってしまうのですが、逆に打算ではない愛情を注ぐことによって、子どもたちの信頼を得ることになる、という展開になるのも興味深いですね。

 不思議な味わいのヒューマン・ストーリーであり、家族小説でもあるという作品です。主人公リリアンがマディソンのような資産家でもなく、双子たちのように特殊な能力を持つわけでもない、屈託を抱えた本当に「普通」の人間として描かれており、それだけに共感を呼ぶ物語になっているのではないでしょうか。超自然的なスパイスも非常に良い味を出しています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
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ブックガイド系同人誌もいろいろ作成しています。



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