カッコーの歌 単行本 – 2019/1/21 フランシス・ハーディングの長篇『カッコーの歌』(児玉敦子訳 東京創元社)は、「取り替え子」をテーマにした、ダークなファンタジー作品です。
1920年代のイギリスの町エルチェスター、11歳の少女トリスの父ピアス・クレセントは有名な土木技師であり、町を立て直した功労者として一家は尊敬されていました。しかし長男セバスチャンが従軍して戦死して以来、一家の状態はいびつなものになっていました。 トリスは病弱だとして過保護にされる一方、妹のペンは一家の困り者として扱われていました。 ある日、トリスはグリマーと呼ばれている沼地に落ちて意識を失います。目覚めたトリスには一部の記憶が欠落していました。父母の話を盗み聞きする限り、トリスがグリマーに落ちたのには、父の知る何者かが関与しているようなのです。 また、目覚めて以来、トリスは食欲が異様に昂進していました。食べても食べても空腹が止まらないのです。さらに耳元では「あと何日」という幻聴のような言葉が聞こえます。元から姉を嫌っていたペンは、トリスのことを「偽物」だと言い続けていました…。
目覚めてから記憶に欠落を抱えている少女トリスが、あやふやな状態のまま自分や家族に何が起こっているのかを探っていく、というファンタジー作品です。何となくの記憶はあるものの、自分や家族の過去に何が起こったのか、なぜ沼地に落ちることになったのか、なぜ妹は自分を偽物だと言い続けるのか…、疑問だらけの状態のトリスが、手探りで周囲を探っていく序盤は不安を含んだサスペンスとして非常に面白い展開になっています。 最初は現実的な感覚で進んでいた物語が、無機物まで食べてしまうトリスの異常な食欲、幻覚とも見まがう不思議な生物が登場したりなど、明らかに超自然的な現象が多発し始めたあたりから、俄然ファンタジー色が強くなっていきます。
やがてトリスは、自分の真の姿を認識することになりますが、それによってまた新たな冒険が発生することにもなるのです。そして、トリスを憎んでいた妹ペン、不良娘だと思われていた長男セバスチャンのもと婚約者ヴァイオレットなど、それぞれの人物がまた違った面を見せることにもなります。 登場人物は皆印象的なのですが、特にペンは物語上でも重要なキャラクターです。姉を嫌い、わがままな行動を繰り返す「嫌な子ども」として登場しながらも、主人公と一緒に行動しているうちに、少しずつ暖かい雰囲気が生まれ、やがて互いに愛情を覚えるようになる…という過程も興味深いですね。 また、トリスの死んだ兄セバスチャンの婚約者だったヴァイオレットは、トリスの父母には不良じみて身勝手な娘として認識されていますが、実際は体面に拘らず強い意志を持つキャラクターで、後々、トリスやペンの力強い味方になる人物です。 セバスチャンの死によって魔法の呪いをかけられており、それが後半の展開の伏線にもなっています。この「呪い」自体も非常に詩的で魅力があるのですよね。
主人公を始め、その家族、関係者など、登場する人物たちの印象が次々と変わっていくのが非常に面白い物語です。敵だと思っていた人物が味方だったり、また敵ではあるものの協力することになる人物が現れたりと、時々刻々と様相を変えていく展開は、読者を魅了しますね。
失われた記憶を探すミステリーであり、自らのアイデンティティーを探す成長物語であり、家族の崩壊と再生を語る物語であり、自分の命を救うタイムリミット・サスペンスでもあるという、多様な要素を含んだファンタジー作品です。傑作といっていい作品ではないでしょうか。
テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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