奇妙な世界の片隅で 残酷な真実  モーリス・ルヴェル『夜鳥』
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残酷な真実  モーリス・ルヴェル『夜鳥』

夜鳥 (創元推理文庫) 文庫 – 2003/2/12


 モーリス・ルヴェル『夜鳥』(田中早苗訳 創元推理文庫)は、残酷物語を得意としたフランスの作家ルヴェル(1875-1926)の傑作集です。ルヴェル作品にほれ込んだ同時代の翻訳家、田中早苗(1884-1945)の翻訳を集めています。

 刺激に飢えた男が危険な曲芸の見世物に通い続ける「或る精神異常者」、不倫の恋人に麻酔をかけることになった医者を描く「麻酔剤」、目の見えない乞食に施しをして自分が資産家になった幻想を抱く乞食を描く「幻想」、不貞を働いた妻へ復讐する夫を描く「犬舎」、孤独の念に捕らわれた初老の男を描く「孤独」、書斎に置かれた頭蓋骨になぜか惹き付けられるという「誰?」、障害を持ち、老いた三人の姉弟を描く「闇と寂寞」、妻の不貞を疑う男が残酷な行為を働くという「生さぬ児」、死刑になった恋人を悼む娼婦がある男に出会うという「碧眼」、妻と主人の不貞を疑う作男が復讐を遂げるという「麦畑」、荷馬車の下敷きになった男を助けようとするものの乞食ゆえにその家族から相手にしてもらえないという「乞食」、殺した相手の前に立たされた殺人犯の恐怖を描く「青蠅」、娼婦のささやかな幸せが崩されてしまうという「フェリシテ」、ふられた元恋人に復讐をする作家を描く「ふみたば」、恋人に硫酸をかけられて失明した男が女を許し二人きりで会おうとする「暗中の接吻」、列車内で世間を騒がせる殺人事件について話していたことから事故が起きるという「ペルゴレーズ街の殺人事件」、純潔に執着する老婆が猫にさえそれを強要しようとする「老嬢と猫」、一人では育てられない赤ん坊を保育院に任せようとする若い母親を描いた「小さきもの」、死刑になろうとする息子を救うために嘘をつく母親の物語「情状酌量」、真面目なふりをして大金を盗んだ集金係の男の誤算を描く「集金掛」、遺書で母の父に対する裏切りを知った息子の逡巡を描く「父」、凄惨な列車事故に居合わせた男の告白を描く「十時五十分の急行」、自分でも分からぬうちに殺人を犯した男の奇妙な物語「ピストルの蠱惑」、思わぬ事故から一人の赤ん坊を共同で育てることになった二人の女を描く「二人の母親」、放蕩のあまり逃げ出した元画家が、かっての名前に執着するという「蕩児ミロン」、元検事が自ら死刑台に送った男が無実だったのではないかと思い悩む「自責」、医者の誤診によって家族を殺してしまった男を描く「誤診」、物凄い形相で死んでいる死体の謎が描かれる「見開いた眼」、殺人を犯した青年が自らの犯行が無駄だったと悟る「無駄骨」、空家に忍び込んだ窃盗犯の恐怖体験を描く「空家」、船での反乱のためと呼び集められた悪党たちの航海を描く「ラ・ベル・フィユ号の奇妙な航海」を収録しています。

 ルヴェル作品、人間が人間に行う残酷な行為が描かれる作品が多いのですが、それらの人物もごく普通の人間であり、嫉妬や激情など、ふとした感情から残酷な行為を働いてしまうのです。
 その原因として、最もよく取り上げられるのが、不貞とそれによる嫉妬の念。不貞を働いた妻への復讐のため、気を失った間男が死んでいると偽り犬舎に投げ込むという「犬舎」、妻の不貞を疑う男が自らの息子に残酷な行為を働くという「生さぬ児」、妻と主人の不貞を疑う作男が二人に対して復讐を遂げるという「麦畑」など、多くの作品で不貞とそれに対する復讐が描かれます。
 同じく、妻の不貞がその死後に遺書によって知らされるものの、愛する父親のためにその手紙を破ってしまう息子が描かれる「父」は、血のつながらない父子の愛情を描いていて、感動を呼ぶ作品になっていますね。

 弱い立場の人間が登場するのも特徴で、乞食、障害者、娼婦、未亡人など、社会的に立場の弱い人間が多く描かれます。その立場の弱さゆえに残酷な運命に遭遇することになるのですが、またその過酷な運命が読者の心を打つこともありますね。
 自らも死ぬ直前の乞食が、目の見えない乞食に施しをして幸福感を得るという「幻想」、一人では育てられない赤ん坊を保育院に任せるものの、捨て子をさらに拾ってしまう若い母親を描いた「小さきもの」などはそうしたタイプの作品でしょうか。もっとも、弱い立場の人間たちが悲惨な目に会うだけ、という救いようのない「闇と寂寞」のような作品もあるのではありますが。

 純粋に恐怖小説として面白い作品もあり、いちばんインパクトがあるのはやはり「或る精神異常者」でしょう。
 刺激に飢えた男が、ある日訪れた自転車曲芸の見世物。その危険な刺激に一時は興味を惹かれるものの、すぐに慣れてしまいます。しかしいつか事故が起こるのではという期待から、見世物に通い続けます。ある日対面した曲芸師は、曲芸の成功の秘訣を聞かされることになります…。
 あらゆる刺激に飽きた男が猟奇的な興味から曲芸を見に通い続けるという不穏なお話で、実際、猟奇的な結末が訪れることになります。いわゆるサイコパス的な主人公なのですが、直接手を下さず、間接的な手段で殺人を行う、というところが興味深いところですね。
 自らも分からぬ理由で殺人を犯した男を描く「ピストルの蠱惑」、物凄い形相で死んでいる死体についての謎が描かれる「見開いた眼」、空家に忍び込んだ窃盗犯が恐怖体験をするという「空家」などは、ホラーとして面白い作品になっています。

 本書には付録として、田中早苗のほか、小酒井不木、甲賀三郎、江戸川乱歩、夢野久作といった、同時代の探偵作家たちのルヴェルについての文章も収録されています。当時のルヴェル人気がうかがえますが、なかでも乱歩のエッセイ「少年ルヴェル」が出色。
 ルヴェルには少年のような心性があるとして、彼の作品の魅力を考える際に示唆的な文章となっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

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