魔女物語 (群像社ライブラリー) 単行本 – 2008/9/1 20世紀初頭に活躍したロシアの女流作家テッフィ(1872-1952)の『魔女物語』(田辺佐保子訳 群像社ライブラリー)は、ロシアの妖怪をテーマに描かれた、モダンな連作幻想小説集です。 各編、ロシアに伝わる伝統的な妖怪や化け物がテーマとなっているのですが、具体的な実体として妖怪が登場するというよりは、物語の背景や事件の原因として、それらの存在がいることが匂わされる…というタイプの作品が多くなっています。 ただ、民話・メルヘン風に語られる物語もあれば、伝聞で語られる都市伝説風の物語、語り手(テッフィ自身?)による散文詩風の作品など、そのバリエーションは様々です。 連作の序盤は理性的な語り口だったものが、後半になるにつれて語り口が熱を帯びていき、それに伴って、妖怪たちの実在感も濃くなってくる、という印象を受けますね。ことに最後の作品「ヤガー婆さん」は伝説を語ったエッセイとも散文詩とも取れる作品ですが、その語り口は非常に情熱的ですね。
魔女と噂される小間使いの不可思議な行動を描く「魔女」、ぞっとするほど醜く不気味な赤ん坊の物語「吸血鬼」、居候に押し掛けてきた母娘と娘を見守る精霊を描く「ドモヴォイ」、野性的で奔放な令嬢を描いた「レシャチーハ」、家につく家鬼の伝説を語った「家鬼」、風呂小屋に現れる邪悪な風呂魔(バーンニク)を語る「風呂小屋の悪魔」、美男子に恋した小間使いの悲劇を描いた「ルサールカ」、人間が動物に化けたり、化けさせられたりするという変身物語のエピソードを語る「化け物たち」、美しい娘に叶わぬ恋をした青年が犬に変身するという「妖犬」、自殺者が出た屋敷に怪奇現象が頻発するという「幽霊屋敷」、悪魔にさらわれたことがあるという噂のある指物師を描いた「うろつく死人」、まじない師の生まれ変わりを描いた「まじない師」、新居で不気味な召使と一緒に残された妻の恐怖を描いた「ヴォヂャノイ」、病を抱えた妻が狼を恐れるという「狼の来る夜」、バーバ・ヤガーについて語った幻想的・私的なエッセイ風小品「ヤガー婆さん」を収録しています。
作中でも長めで力作といえるのは「妖犬」でしょうか。美しく奔放な娘に叶わぬ恋をした少年は、犬になってそばにいたいという言葉から冗談半分に、娘から犬になってほしいと言われます。戦争になって後、ボヘミアン風の生活をして山師のような男から離れられなくなった娘は、彼から離れようとしますが…。 ゴースト・ストーリーと呼ぶべきか、変身物語と呼ぶべきか、結末で起こる怪異現象が現実なのか超自然現象なのかはっきりない…という部分もモダンな怪奇小説となっています。
一番怖いのが「ヴォヂャノイ」。夫と共に新居に引っ越すことになった妻クラーヴジェニカ。自分だけ後から向かうことになっていたものの、たどり着いた家には見知らぬ農婦しかおらず、夫は所用で家を空けるという知らせが残されていました。夫は先に使用人だけを雇っておいたというのです。 農婦のマーリヤを買い物にやった直後、再び雇われたという別の女クラーシャが現れますが、その体格は骨太で男のようにしか見えません。マーリヤは、あの女は実は男のイワンであり水の魔(ヴォヂャニク)だと話します。一方クリャーシャは、マーリヤは狂っており、亭主を殺したのだと話しますが…。 夫の不在中に雇った二人の使用人がどちらもおかしなことを言いだし、不安に駆られる妻を描いた作品です。片方は妖怪であり、片方は精神異常者であると、互いに言い募るのですが、どちらも精神的におかしい可能性もあるのです。孤独な妻の恐怖感が描かれたサイコ・スリラーとも読める作品ですね。
テッフィ、もともとユーモア作家として名を成した人だそうで、この作品集でもその筆致の軽やかさは目立っていますね。ロシア革命後、亡命後のパリで作家活動を続けており、この『魔女物語』もパリで書かれたそうです。 ちなみに、テッフィの本業である、ユーモア作品を収めた作品集も邦訳が出ています(町田晴朗編訳『テッフィ短編集』津軽書房 2006年)。
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