国語教師 単行本 – 2019/5/24 オーストリアの作家ユーディト・W・タシュラーの長篇『国語教師』(浅井晶子訳 集英社)は、16年を共に過ごし別れた、作家の男と国語教師の女が16年ぶりに再会するものの、そこには大きな齟齬があった…という心理サスペンス作品です。
作家のクサヴァー・ザントは、ティロル州の催す創作ワークショップの企画で、ある女子ギムナジウムを訪れることになります。その学校の担当である国語教師マティルダ・カミンスキは、クサヴァーがかって16年を夫婦同然に過ごした後に捨てた女性でした。 16年前、クサヴァーは突然マティルダのもとを飛び出し、浮気をしていた資産家の娘デニーゼと結婚してしまっていたのです。しかもデニーゼには既に子供が出来ていたことも知り、マティルダはショックを受けます。 マティルダと再会できることを喜ぶクサヴァーに対し、マティルダの態度は冷ややかでした。創作した物語を挟みながら、二人の会話はだんだんと不穏なものになっていきますが…。
16年を共に過ごした内縁関係の二人の男女が、長い年月を経て再会し、互いの人生を語り合うことになる…という心理サスペンス作品です。 偶然から再会した二人ですが、二人の間にはかなりの温度差があります。純粋に再会を喜んでいるらしいクサヴァーに対し、マティルダは一方的に裏切り、出て行ってしまったクサヴァーをなじることになります。 しかしクサヴァーの人生も順調ではなかったようで、現在では離婚をして、作家業も上手くいっていないようなのです。
物語の構成が独特な作品で、そのパートは大きく四つに分かれています。再会前のメールのやり取り、二人の過去、再会してからの二人の会話、二人が創作した物語、その4つのパートが、時系列もバラバラに散りばめられているというスタイルになっています。 クサヴァーを愛し子供を望んだマティルダに対し、彼女に甘え責任を取ることを嫌がって逃げ出したクサヴァー。彼らの過去や生い立ちを交えて、二人の人生がなぜ今のような状況になってしまったのかが説得力豊かに描かれていきます。 面白いのは二人が創作した物語のパートです。クサヴァーの方は、祖父リヒャルトを主人公にした物語。アメリカに渡ったリヒャルトには将来を約束した恋人ができますが、家族を助けるために帰国し、幼馴染みの女性と結婚することになります。しかしその選択を後々まで悔やむことになる…という物語です。 マティルダの方の物語は、さらってきた子供を言葉を覚えさせないように扱いながら監禁を続ける、という不条理かつ不穏な雰囲気の物語になっています。 二人の物語は、それぞれの人生を暗示しているようなのです。「選択」をモチーフにしたリヒャルトの物語は、クサヴァーの後悔を表しているのか? またマティルダの物語は、行方不明になったクサヴァーの息子ヤーコプのことを暗示しているのと同時に、実際には生まれなかった二人の間の想像上の子供を示しているようにも見えます。
話が進むにつれて、二人の過去、生い立ち、そしてその思いが明らかになっていきます。過ぎてしまった過去を受け入れることができるのか? 二人は新たな関係を築いていくことができるのか? といったところが読みどころでしょうか。 物語の大きな謎として、行方不明になってしまったクサヴァーの息子ヤーコプの事件が取り上げられており、この部分が本国でも「ミステリ」として評価された部分なのだと思いますが、正直、そこまでミステリ要素は強くありません。 ただ、クサヴァーとマティルダの過去の関係、そしてこれからの関係がどうなっていくのか、といった部分はサスペンスたっぷりで飽きさせません。 心理サスペンス味のある文芸作品として秀作といっていい作品ではないでしょうか。
テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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