奇妙な世界の片隅で 2024年09月
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10月の気になる新刊
10月2日刊 アルベルト・マンゲル『すてきなモンスター 文学作品に登場するわが友人たち』(野中邦子訳 白水社 予価2970円)
10月8日刊 ミハル・アイヴァス『もうひとつの街』(阿部賢一訳 河出文庫 予価1210円)
10月8日刊 レイ・ブラッドベリ『塵よりよみがえり 新装版』(中村融訳 河出文庫 予価1100円)
10月8日刊 E・T・A・ホフマン『ネコのムル君の人生観 下』(鈴木芳子訳 光文社古典新訳文庫 予価1540円)
10月8日刊 『ナイトランド・クォータリーvol.37』(アトリエサード 予価1980円 )
10月9日刊 ジェローム・ルブリ『魔女の檻』(坂田雪子、青木智美訳 文春文庫 予価1430円)
10月18日刊 城昌幸『みすてりい』(創元推理文庫 予価1100円)
10月18日刊 城昌幸『のすたるじあ』(創元推理文庫 予価1100円)
10月18日刊 ジョン・コナリー『キャクストン私設図書館』(田内志文訳 創元推理文庫 予価1320円)
10月21日刊 江戸川乱歩『江戸川乱歩トリック論集』(中公文庫 予価1430円)
10月22日刊 トム・スタンデージ『謎のチェス指し人形「ターク」』(服部桂訳 ハヤカワ文庫NF 予価1210円)
10月23日刊 『幻想と怪奇16 ホラー×ミステリ-ホームズのライヴァルたち・怪奇篇』(新紀元社 予価2530円)
10月23日刊 韓松『無限病院』(山田和子訳 早川書房 予価2860円)
10月23日刊 ダニエル・トゥルッソーニ『ゴッド・パズル 神の暗号』(廣瀬麻微、武居ちひろ訳 早川書房 予価2860円)
10月25日刊 ケリー・リンク『白猫・黒犬』(金子ゆき子訳 集英社 予価1970円)
10月29日刊 エドワード・ゴーリー『ウィローデールの手押し車』(柴田元幸訳 河出書房新社 予価1540円)
10月29日刊 神山重彦『物語要素事典』(国書刊行会 予価28600円)


 10月は気になる新刊が沢山です。

 マンゲル『すてきなモンスター 文学作品に登場するわが友人たち』は、著者が「子供の頃から心惹かれてきた童話、小説、神話、伝承に登場するモンスター=異形の、もしくは人間離れした、あるいは一筋縄ではいかないキャラクターたちと、その背後に広がる驚くべき文学世界が綴」った書物とのこと。
 書物や小説作品に関するエッセイ・評論で知られる著者だけに、これは面白そうです。

 城昌幸の傑作集『みすてりい』『のすたるじあ』の二冊が創元推理文庫から同時刊行です。怪奇幻想に溢れた掌編が多く集められています。それぞれの原著作品集に増補されているようで、元版を持っている人も買いですね。

 韓松『無限病院』は、中国作家による不条理SFとのこと。巨大で不気味な病院を舞台にした迷宮的な作品とのことで、これは気になります。

 ダニエル・トゥルッソーニ『ゴッド・パズル 神の暗号』は未知の作品なのですが、紹介文が気になります。あらすじ引用しますね。「 逮捕以来、一言も話さずに奇妙なパズルを作り続ける殺人鬼ジェス。パズル作家のマイクは、彼女のパズルを解き明かすように警察に依頼される。だがそのパズルには、想像もつかないほどに大きな秘密が隠されていた。それは、世界を根底から覆しかねないもので…… 」。
 SF・幻想的な作品のようなので要チェックでしょうか。

 神山重彦『物語要素事典』は、古今東西のフィクション作品から1,135に及ぶ物語要素別に分類した、延べ11,000超の作品の筋書きを紹介する弩級の文学事典。定価が30000円近いので個人で購入するのは難しそうではありますが、魅力的な本だと思います。
 もともとネット上で展開していた事典の書籍化になります。中身がどういうものか気になる方は参照ください。

物語要素事典
https://www.lib.agu.ac.jp/yousojiten/

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運命の一族たち  深見茂編『呪縛の宴 ドイツ運命劇集』
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 深見茂編『呪縛の宴 ドイツ運命劇集』(国書刊行会)は、ドイツ・ロマン派の劇作品、中でも「運命劇」を集めたアンソロジーです。
 「運命劇」とは1815年~1825年ぐらいに流行したジャンルで、簡単にまとめると、一族にかけられた「呪い」によって、登場人物たちの大部分が不幸な目に遭い、死んでしまうという作品。それに伴って、親や兄弟の家族殺し、近親相姦、重婚、子供の取り替え等、重苦しいモチーフが頻出するダークな作品群となっています。

ルートヴィヒ・ティーク「カール・フォン・ベルネック」
 ベルネック家の城主ヴァルターは海外に出征して以来、何年も帰らず死んだと思われていました。留守を守る妻マティルダは剛勇な騎士レオポルトに惹かれ恋仲となってしまいます。ヴァルターの息子カールは明朗な性格であり、騎士としても評価されている兄ラインハルトに嫉妬の念を、兄の婚約者アーデルハイトには暗い恋の炎を燃やしていました。
 ようやく帰還したヴァルターとレオポルトとの間に争いが起こり、ヴァルターは殺されてしまいます。レオポルトとマティルダに怒りを燃やすカールは、レオポルトを殺してしまいます…。
 父親である城主の留守中に、母親が別の騎士と不倫をするばかりか、父の死までを惹き起こしたのを許せなかった息子が、彼らを殺害してしまう…という作品です。
 優秀な騎士である兄への劣等感、兄の婚約者への思慕など、従来から暗い情念の持ち主である主人公が、殺人をしてしまったことでさらに絶望に捉えられてしまいます。
 兄ラインハルトにしてもヒロインのアーデルハイトにしても、カールへの同情の念を持っており、カールは救われるかのように思えるのですが、彼らの情を持ってしても、闇に沈み込んだカールの心は救えない、という徹底してダークな戯曲です。

ツァハリーアス・ヴェルナー「二月二十四日」
 スイス山岳地方の村、クンツとトゥルーデの老夫妻は 経済的な困窮から牢獄に入れられる一歩手前まで来ていました。彼らの家を訪れた見知らぬ旅人は、かって妹を殺したせいで家を出された息子クルトのことを頻りに尋ねます。既に死んだと聞かされていた息子についての話を嫌がるクンツでしたが、旅人が富裕らしいのを見て取り、彼を殺し金を奪おうと考えますが…。
 困窮した父親が知らずに戻ってきた息子を殺害してしまうという作品です。過去はどうあれ、改心し親孝行をしたいと戻ってきた善意の息子が殺されてしまうところに悲惨さがありますね。
 夫の父親がろくでもない人物で、息子夫妻に「呪い」をかけたことが言及されており、ある意味その予言が成就してしまうという点で運命劇といえるでしょうか。

アードルフ・ミュルナー「罪」
 夫カルロスの死後、夫の親友だったフーゴと結婚し、息子オトーと共に北欧にやってきた女性エルヴィーレ。しかしこの結婚に関してエルヴィーレは罪の意識を抱いていました。またフーゴもまた何か秘密を抱えているらしいのです。そんな折、カルロスの父親ヴァレロスがエルヴィーレの元に現れますが…。
 再婚した妻と新しい夫が、かっての夫に罪の意識を抱えている…というところで、その秘密は予想がついてはしまうのですが、その二人の他にも登場人物たちがいろいろそれぞれの罪を抱えている、という意味で重層的な作りになっている作品です。
 フーゴの妹イェルタは近親相姦的な愛情を兄に抱いています。またヴァレロスもまた過去に妻との間に秘密を抱えているらしいのです。その秘密が明かされた結果、犯罪を伴う不倫事件がさらに入り組んで「罪深い」ものになってしまうという、非常に手の込んだ作品になっています。

エルンスト・フォン・フーヴァルト「帰郷」
 夫の死後、森林監督官ヴォルフラムと再婚したヨハンナは、娘と息子と共に幸せに暮らしていました。家に訪ねて来た見知らぬ商人は、かっての夫ハインリヒ・ドルナーの知り合いだと話し、ヨハンナは彼を歓待しようとします。しかし商人は実は生きていたドルナー本人であり、彼女の本心を聞き出そうとします…。
 死んだと思われて再婚されてしまった妻のもとに戻ってきた夫を描く作品です。妻は今でもかっての夫を愛しており、再婚も夫が死んだと思ったがゆえであるのです。飽くまで純真な妻に対し、変装した夫がいろいろと妻の本音を引き出そうとするというところで、遣る瀬無い作品になっています。妻の本音がどうあろうと、かっての生活にはおそらく戻れないだろうことが分かってしまっているだけに、夫の心理が痛いほど感じられますね。

フランツ・グリルパルツァー「先祖の女」
 ボロティン伯爵家には、先祖の女の亡霊が出ると言われていました。罪を犯して死んだ彼女は一族が滅びるまで成仏できないというのです。幼い頃に息子を失い、娘のベルタのみになってしまった伯爵は、娘に良い連れ合いを探してやろうと考えていましたが、暴漢から助けてもらったというヤロミーアに対してベルタが思いを寄せているらしいことから、その結婚を許可します。
 折しも、周辺で盗賊による事件が頻発していることから、伯爵はその捜索に協力することになりますが、盗賊の一人によって致命的な傷を負わされてしまいます…。
 恋した相手に秘密があって、それがゆえに結ばれない…という悲劇的なラブストーリーなのですが、そこに先祖伝来の呪いが絡んでいきます。明確に亡霊が登場するお話なのですが、この先祖の女の霊が、ヒロインのベルタにそっくりで、それがゆえに父親の伯爵も恋人のヤロミーアも霊をベルタと勘違いしてしまう、というところが上手いですね。
 登場人物たちがいかに動こうとも宿命は変えられない…というトーンで、まさに運命劇そのものという感じでした。

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ドイツの生ける死者  森口大地編訳『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集』
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 森口大地編訳『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集』(幻戯書房)は、1820~1830年代に書かれたドイツのヴァンパイア小説を集めたアンソロジーです。ポリドリの「吸血鬼」(バイロン作と宣伝された作品です。)の影響下に書かれたものと、そうでないもの両方を選んだとのことです。

ゴットフリート・ペーター・ラウシュニク「死人花嫁」
 ツェレンシュタイン老夫妻は、子供を次々と失い、唯一残された息子レオドガーを溺愛していました。親類の聖堂参事会員から息子を旅に出すようにとの忠告を受け、泣く泣く旅に出すことになります。帰還したレオドガーは養女オイゲーニエと愛を育んでいましたが、突如現れた妖艶な女性ヴァル・アンブローサ侯爵夫人にレオドガーは魅了されてしまいます…。
 異国から現れた謎の官能的な女性に跡継ぎの青年が魅了されてしまう…という物語。女性の登場以前に一族の子供たちが皆死んでしまっていて、何か因縁的な不幸があることが示されるのですが、それが女性と直接関係があるのかどうかがはっきりしないところが特徴ですね。
 許嫁と幼馴染、二人の女性が主人公の青年に恋焦がれているところに、この吸血鬼(らしい)女性が登場して、奇怪な三角関係になる、というところも面白いです。

エルンスト・ラウパッハ「死者を起こすなかれ」
 情熱的で美しい妻ブルンヒルデを亡くしたヴァルターは、後妻として貞節なスヴァンヒルデを娶り、二人の子供にも恵まれ幸せな生活を送っていました。しかしかっての妻の美しさが忘れられないヴァルターは彼女の墓の前で嘆いていたところ、現れた魔法使いから、死んだ妻を蘇らせることが可能だと聞きます。死ぬまでかっての妻と別れられないという警告を受けるものの、ブルンヒルデを蘇らせてしまいます。
 ブルンヒルデに魅了されたヴァルターは、スヴァンヒルデを離縁してしまいますが、子供は死に、周囲の人間は皆離れていってしまいます…。
 甦った死者の前妻によって、男が破滅に陥るという物語です。死者ブルンヒルデはその吸血鬼的な特性よりも、取り返しがつかないまでに破滅的な状態に陥るまで男を惑わせるという「宿命の女」的な要素が強いですね。

カール・シュピンドラー「ヴァンパイアの花嫁」
 莫大な資産を持つ若き未亡人フロレンティーネが夢中になっていたのは、ナポリの良家の出だという青年デル・カーネでした。社交の場でデル・カーネを見かけた侯爵は、イタリアへの旅の途次、アンジェロという青年と知り合ったといいます。病になったアンジェロは死んだといいますが、デル・カーネはその青年にそっくりだというのです…。
 ヴァンパイアと目される男とその恋愛が描かれる作品なのですが、実のところ男は実際のヴァンパイアではなかったのです。その濡れ衣を着せられることによってその恋が破綻してしまうのですが、それを成就させるために、デル・カーネとフロレンティーネの恋愛を邪魔しようとする男女があれこれ画策する…という、ちょっと変わった展開の作品となっています。
 この邪魔をする男女、徹底的に悪女である女に対して、男の方はかすかにモラルが残っているところも対照的で面白いですね。

J・E・H「ヴァンパイア アルスキルトの伝説」
 その暴力的な傾向から自らの父を殺し、愛する女性とも離れたうえ不遇の死を遂げた男アルスキルト。多くの時が流れた後、ポール・ダムール伯爵は、敵対する隣人の息子でありながら、義侠心に富む青年ロナルドに愛娘イゾルデを嫁がせようと考えていました。しかしロナルドは伯爵を助けようとして命を落としてしまいます。ロナルドの死後、イゾルデは美青年ダマルタン男爵との結婚を望むようになります。
 アルスキルトの墓から現れた「それ」はロナルドの棺に入り込み、彼の姿を取って蘇ります…。
 不遇の死を遂げた男の霊が死んだばかりの青年の姿を取って蘇る、という物語です。魔術的な力によって魅了されてしまった女性が、その呪いを解けるのか? という展開となっていますが、終始悲劇的なトーンのお話となっています。

イジドーア「狂想曲-ヴァンパイア」
 マルシュナーのオペラについて論議を繰り返す青年たちの中で、唯一フェーリクスは言葉少なになっていました。彼は劇場に来ている銀行家の令嬢に気を取られていたのですが、同時に令嬢が夢中になっているというディ・パルマ伯爵のことも気になっていました。
恋の病に陥ったフェーリクスは体調を崩し失踪してしまいますが、一つの原稿を残しており、そこには不思議な物語が綴られていました。
 美しく高慢な女性エレンと婚約しながらも、純真なその妹リディと恋仲になっていたエドガー。しかし親に決められたリディの婚約者パーシー男爵と決闘になったエドガーは命を落としてしまいます。リディは魔法使いの老婆の力を借り、エドガーを蘇らせますが…。 ヴァンパイアの話は作中作「ヴァンパイア 霊視譚」の中で展開されています。姉妹と青年の三角関係が、青年が甦ったことで複雑な関係となっていきます。さらに「呪い」が一代で終わらず、一族の末裔にまで及ぶということが描かれるなど大河小説の趣もありますね。
 枠となる物語の方では、序盤はオペラについての芸術談義が展開されるという異色の構成。解説にもありますが、ホフマンの影響が強いみたいですね。「ヴァンパイア 霊視譚」はフェーリクスの創作なのでしょうが、その物語が現実の令嬢の物語につながっているように見えたり、フェーリクスの行方自体も分からなくなっているあたり、物語に想像の余地が残されていて、余韻のある物語になっています。

ヒルシュとヴィーザー「ヴァンパイアとの駆け落ち」
 銀行家フォン・ハルム氏には二人の娘がいました。しっかり者の姉ルイーゼに比べ、妹のマリーは変わり者でした。バイロンの『ヴァンパイア』を読んで以来、マリーは男性恐怖症になっているというのです。
 ある日森を散策していたマリーは、そこでオペラの『ヴァンパイア』に出演していた青年ヴィクトールと出会い恋に落ちますが…。
 これはコミカルでロマンティックな恋愛ストーリー。ヴァンパイア役の青年が本当にヴァンパイアなのか否か?というところでドキドキさせるのですが、最終的には大団円を迎える…というお話です。

F・S・クリスマー「ヴァンパイア ワラキア怪奇譚」
 ワラキアの寂しい荒野を横切っていた旅の一行は、互いに話をしていました。ワラキア人は、ヴァンパイアの仕業によって領地が大惨事に遭った話を明かします。一行にまぎれていた見知らぬ年寄りの男は、悪魔公ヴラドが実際に行ったという残虐行為の話を始めますが…。
 ワラキアが舞台となっていることもありますが、ドラキュラのモデルとされる領主ヴラドをモチーフとした物語となっています。彼の悪行を語った人物が、彷徨い続けるヴラド本人なのではないか…という含みをもたせるラストも印象深いですね。

 このアンソロジー、バラエティに富んだ作品が収められています。オーソドックスなヴァンパイアものだけでなく、ヴァンパイアが事実ではなくトラブルの種として使われていたりする異色の作品もありますね。
 オーソドックスなものでも、後年のヴァンパイアもので強調される「吸血行為」自体はそれほど目立たない印象です。蘇った死者が「誘惑者」あるいは「運命の女」的な立ち位置にあるものが多いように思います。メルヘンや伝説的な色合いが強いのもドイツ作品ならではでしょうか。

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運命の子供たち  エマ・トルジュ『血の魔術書と姉妹たち』
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 エマ・トルジュの長篇『血の魔術書と姉妹たち』(田辺千幸訳 早川書房)は、様々な力を持つ魔術書をめぐって、陰謀に巻き込まれる姉妹の冒険を描くファンタジー作品です。

 田舎に屋敷を構えるカロテイ家は、祖父の代から魔術を使用できる本、魔術書を保管し守っていました。貴重な書物を守るため、家には結界の魔術がかけられ、その存在は認識できないようになっていました。父のエイブが魔術書の扱いに失敗して死亡して以来、娘のジョアンナが結界の魔術を引き継ぎ、家を守っていました。
 魔術の才能がないとされた姉娘のエスターは家を出ていましたが、定期的に場所を移動していました。父から場所を移動し続けなければ危険が迫る可能性があると言われていたためです。しかし南極で勤務していたエスターは、現地で出来た恋人パールのために、約束を破り、一つところに留まっていました。それが原因で、エスターは、周囲の者が魔術らしきものを使い、自分に危険が迫っているのに気づきます。
 一方、遠い過去から一族で魔術書を管理する「ライブラリ」の末裔であり後継者ニコラスは、伯父リチャードと彼を補佐する女性マラムの庇護のもと、ニコラスのみが可能な作業、魔術書を作成する仕事を日々行っていました。しかしある日、外出した際に命を狙われてしまいます…。

 魔術書を守る家系の末裔である姉妹が、魔術書に絡んで危険に巻き込まれるというファンタジー作品です。
 この魔術書の力が絶大で、さまざまな効果を発揮します。人に真実を話せないようにするとか、家に結界をかけて認識できないようにする、鏡を通して物質を送る魔法など、その効能は多種多様。ただ条件があり、使用用には人間の血液が必要なのです。強大な力を持つ魔術であれば、それなりの対価が必要ということになっています。
 また才能がある「書士」であれば、新たに魔術書を書くことも可能です。ただしこちらも相当量の血液を使用するため、繰り返し書いていると死んでしまうほどの消耗が待っています。

 外界にはどうやら魔術書を狙う勢力がいるらしく、カロテイ家は本を守るために家に結界をかけていました。母親も家を出てしまい、父の死後、家を一人で守り続ける妹ジョアンナと、外の世界で移動しながら生きるようになった姉エスターがメインで描かれます。
 魔術の才能があるがゆえに家を守ろうとするジョアンナと、自由奔放な気質のエスター、互いに愛情を持ちながらも、過去の経緯からその関係性が複雑になってしまっている二人の関係がどうなるのか?といった部分も読みどころですね。
 さらに、ジョアンナの母で家を出ているセシリー、早くに亡くなったというエスターの母イザベル、父親エイブたちの、魔術書に絡んで家族の過去に何があったのか、という家族の物語が描かれる部分も魅力です。

 カロテイ姉妹のほかに、途中からは魔術書を書く才能を持ち、彼を保護する機関「ライブラリ」のもとで、魔術を実践する青年ニコラスのパートが現れます。
 こちらでも彼を狙う外部の勢力が現れ、違った運命に彼を導いていくことになります。生まれた時から過保護に育てられたニコラスが外の世界に放り出されたときに、彼はどう動くのか? ニコラスの成長物語的な部分もあります。ぶっきらぼうなニコラスのボディガードで、ある種の「友人」ともなるコリンズとの関係性が描かれるのも面白いですね。

 ジョアンナとエスター、ニコラスのパートが交互に繰り返され、彼らの運命がどこで交差することになるのか? 彼らを狙う勢力は何者なのか? 敵勢力の目的は何なのか? といったあたりが曖昧なまま進む前半の展開は本当にサスペンスたっぷりです。
最後の最後まで、誰が敵で誰が味方か分からなくなってくる作りで、その複雑な状況に眩暈がしてしまいます。エンタメ性たっぷりのファンタジースリラー作品です。

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愛の呪縛  チョ・イェウン『カクテル、ラブ、ゾンビ』
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 チョ・イェウン『カクテル、ラブ、ゾンビ』(カン・バンファ訳 かんき出版)は、韓国の若手作家によるホラー短篇集です。物語としての面白さもさることながら、人間同士の愛や憎しみなど、その感情が鮮烈に描かれるのが印象に残ります。

「インビテーション」
 チェウォンの喉には子どもの頃以来、十七年間、骨が刺さっていました。医者で見てもらっても骨などないといいますが、その異物感は消えずにいたのです。恋人のジョンヒョンとの仲が上手くいかなくなり始めてからは、さらに喉の痛みも加わっていました。
ある日得体の知れない女テジュがチェウォンの前に現れてから、チェウォンの現実感覚はおかしくなりつつありました…。
 奇妙な女に出会った主人公が段々と不気味な状況に追い込まれていく…という作品です。主人公の出会った女が最初は恋人の浮気相手かと思うものの、どうやらそういうわけでもないらしく、段々とその女テジュに誘われて、ついには残虐な行為に及んでしまうのです。それと同時に子供の頃から消えない喉の「骨」(実在するのかどうかは怪しいところですね)の異物感が解消される、という邪悪な意味での成長物語でもあります。

「湿地の愛」
 水辺で地縛霊となり、その場所に囚われている幽霊ムルは、自身の存在を消したいとずっと願っていました。しかし林の中でさまよっていた同じ幽霊スプと出会い交流を続けているうちに、ずっとスプといたいと願うようになります…。
 地縛霊同士の愛の交流を描くエモーショナルな幽霊譚です。死してなお生まれる愛の形が繊細に描かれています。死者の世界観の中での感情の動きが印象的な作品ですね。

「カクテル、ラブ、ゾンビ」
 退勤後に、会社の同僚と酒を飲んで帰ってきた父はゾンビウイルスに感染しており、ゾンビとなってしまいます。ニュースではとある事件が原因でゾンビウイルスに感染した人々の事件が報道されていました。当局に見つかれば始末されてしまうと考えたジュヨンとその母は父を家で匿うことにしますが…。
 ゾンビとなってしまった父を匿う家族を描く物語です。酒飲みで家族に迷惑をかけたと父に怒りをぶつける一方、家族のために愛情を注いでくれた面もまた思い出し、その両極端な感情が家族に去来する様が色彩豊かに描かれます。
 ゾンビ現象が物質的なものだけでなく、霊的・オカルト的な現象としても語られる部分もユニークですね。

「オーバーラップナイフ、ナイフ」
 事業に失敗し家族に乱暴を働いていた父はとうとう母を殺してしまいます。息子の「わたし」はそんな父を殺し、自らも自害しようとしますが、何者かの声が聞こえます。時間を戻してほしいか?という言葉を受け入れた「わたし」は、父が母を殺す前の時間に戻っていることに気付きます。
 一方、ストーカーの男につきまとわれていた女性ヨンヒは、自分を助けてくれた男性チャンソクと恋仲になります。しかしチャンソクはストーカーの男に刺殺されてしまいます…。
 DVを繰り返す父により母を殺されてしまった息子が、過去に戻りその悲劇を防ごうとする…というSF風味のスリラー作品です。ある種の「ループもの」となっています。直接的に事件を防ごうとしても上手く行かず、その原因を絶とうとさらに過去に遡ることになります。
 メインの物語とは別に、ストーカーに追われる女性ヨンヒとその恋人チャンソクの物語が描かれます。こちらのサブストーリーがメインのストーリーといかに絡み合っていくのか、といった部分も読みどころですね。
 「わたし」にせよヨンヒにせよ、事態を打開しようとすればするほど悪いループにはまっていってしまう、という悪循環が強烈です。どちらの人物も愛する人を守るため、というのが一番の行動原理なのですが、それがゆえに更なる悲劇を呼び込んでしまうという、全く救いのない物語となっています。
 タイトルの「ナイフ」も物語の重要なモチーフとなっていて、時の流れを動いていくナイフも印象的ですね。後味は非常に悪いのですが、構成面を含めてすごく良く出来たスリラーだと思います。


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ユーモアと哀愁  高橋知之編訳『19世紀ロシア奇譚集』
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 高橋知之編訳『19世紀ロシア奇譚集』(光文社古典新訳文庫)は、知られざる19世紀ロシアの幻想小説を集めたアンソロジーです。全七篇収録ですが、トゥルゲーネフ作品以外は本邦初訳とのこと。
 全体に「軽み」「ユーモア」が感じられる一方で、物哀しさや哀愁の感じられる作品も多い印象です。

アレクセイ・トルストイ「アルテーミー・セミョーノヴィチ・ベルヴェンコーフスキー」 (1845)
 馬車が壊れたため立ち寄った村で、そこの地主「アルテーミー・セミョーノヴィチ・ベルヴェンコーフスキーの屋敷に世話になることになった「私」。アルテーミー・セミョーノヴィチは発明家の奇人で、「私」にたびたび奇怪な発明品を見せて回りますが…。
 奇人で発明家の地主に出会うという物語です。アルテーミー・セミョーノヴィチの発明がどれも役立たずでシュール。永久機関を真面目に考えているなど、エキセントリックの塊のような描写が楽しいユーモア奇談になっています。

エヴゲーニー・バラトゥインスキー「指輪」 (1832)
 貴族ドゥブローヴィンは、その優しさから農民たちを助けており、経済的に困窮していました。隣人のオパーリスキーは資産家ながら、吝嗇な変わり者との噂もありましたが、ドゥブローヴィンは援助を求めて訪ねていくことになります。
 ドゥブローヴィンと対面したオパーリスキーは、ドゥブローヴィンのしている指輪も見るなり、次々と彼に支援を続けることになりますが…。
 「魔法の指輪」をめぐる幻想的な物語です。願いをかなえる不思議な指輪が登場しますが、こちらをめぐって一人の男の不遇な人生が語られることになるという、ちょっと哀愁を帯びた物語となっていますね。
 最終的に超自然性は否定されてしまうのですが、挿話の形で語られる幻想譚はとても魅力的です。

アレクサンドル・ヴェリトマン「家じゃない、おもちゃだ!」 (1850)
 家の精ドモヴォイの住む二つの屋敷には、それぞれ祖母と暮らす少年ポリフィーリー、祖父と暮らす少女サーシェンカが暮らしていました。互いに過保護な状態のポリフィーリーとサーシェンカは、それぞれの理由から違う性別の格好をさせられ、互いに性別を勘違いしていたまま友人となります。
 長じて二人は恋仲となりますが、家をめぐる対立から喧嘩別れしてしまいます。一方屋敷の改築をめぐって二人のドモヴォイの間でも対立が発生することになります…。
 繊細で世間知らずの少年少女のロマンスと共に、家の精ドモヴォイの対立が描かれる、コミカルな雰囲気の幻想小説です。
 世間知らずで繊細に育てられたため、互いに奥手な少年少女が結ばれるのか?というパートと、ドモヴォイの対立からおもちゃの家が作られるパートが併行して進むことになります。超自然的な存在であるはずのドモヴォイたちが、屋敷の住人たちの社会的・経済的な経緯にその生活を影響されてしまう…というあたりも、妙にリアルで面白いです。

ニコライ・レスコフ「白鷲――幻想的な物語」 (1880)
 ガラクチオン・イリイチは、その魁偉な容貌に似合わず、善良で有能な男でした。彼はパーニン伯爵から名を受け、県知事Pの職権乱用について調べるために現地に派遣されることになります。
 現地で美丈夫の青年イワン・ペトローヴィチと出会ったガラクチオン・イリイチは、屈託のない青年に魅了されますが、青年は急死してしまいます。その直後からガラクチオン・イリイチはイワン・ペトローヴィチの幽霊に悩まされることになりますが…。
 幽霊に憑かれた男を描く幻想小説なのですが、青年の急死の理由も分からず、さらに幽霊となった青年が生前とは全く違った態度を取るなど、不条理度の高い作品となっています。
 ガラクチオン・イリイチは、青年を邪眼で殺したと噂され、本人はそれを迷信だとしていますが、こちらも本当にそうであるのかは分かりません。結末でも突然コミカルな雰囲気になったりと、オフビートな怪奇小説となっていますね。

フセヴォロド・ソロヴィヨフ「どこから?」 (1884) 
 「私」は、知識人である友人の「彼」のもとを訪れ歓談していました。しかし気が付くと、がらんどうの部屋の真ん中に一人立っていました…。
 死者と話した男の物語です。唐突に現実に引き戻されるシーンは戦慄度が高いですね。

アレクサンドル・アンフィテアトロフ「乗り合わせた男」 (1886)
 列車内で灰色のコートを着た小男に突然話しかけられた「私」。彼は「私」が五等官であるか頻りに尋ねます。男はなんと死者であるというのです。列車の事故で肉体が破損してしまった彼は天国にも地獄にも入れなくなっているといいます。同等の官位、なおかつ同様の状況で落命した人間から、肉体の一部を借り受け、死者の国に入るためにずっとさまよっているといいますが…。
 死者の国に行くために肉体を集めて回る幽霊の物語です。死者の国に入る条件として、同じ官位の体を集めないといけない、というあたり諷刺的です。素っ頓狂な結末といい、ブラック・ユーモア怪談として面白い作品です。

イワン・トゥルゲーネフ「クララ・ミーリチ――死後」 (1883)
 叔母と共に暮らす繊細な青年ヤコーフ・アラートフ。友人のクプフェルに誘われて行った音楽会で、魅力的な女優クララ・ミーリチと出会います。クララから熱い視線を感じていたアラートフは、後日クララから逢引きしたいという手紙をもらって彼女と会いますが、一方的に失望され、傷心で帰宅します。
 直後にクララが舞台上で毒を飲んで自殺したことを聞かされたアラートフは、彼女の過去を知りたいと彼女の生家を訪れることになりますが…。
 繊細な青年が、死んだ女優に憑かれていく…という幻想小説です。クララがなぜアラートフに目を付けたのか、なぜすぐに命を絶ったのか?ということは説明されず、実際アラートフがクララの生家で情報を聞いてもそれははっきりしません。
 幽霊がアラートフの前に現れるのですが、それが実際に現れているのか、アラートフの妄想なのかどちらとも取れるようです。
クララの行動及び死に関して明確な因果関係が示されないため、いろいろな解釈ができる魅力的な幻想小説となっていますね。

 こちらのアンソロジーの解説でも言及のある、ニコライ・カラムジンの短篇「ボルンホルム島」(金沢美知子編訳『可愛い料理女 十八世紀ロシア小説集』彩流社 収録)、ロシアのゴシック小説の先駆作だと言われているらしいのですが、こちらも読みましたので、一緒にご紹介しておきます。
 旅人である「僕」は、ロシアに帰るためロンドンから船に乗り込みますが、とある町で、憂鬱で悩まし気な青年がギターを伴奏に歌ったオランダ語の歌に魅了されます。その歌の中ではボルンホルムなる土地の名前が言及されていたのです。
 船旅の途次、デンマークのボルンホルム島に降り立った「僕」は、島の古城でスラヴの血を引くらしい博識の老人と出会い話をすることになります。
 夜に近くを散策していた「僕」は入り込んだ洞窟の奥に囚われているらしい衰弱した若い女性を発見しますが…。
 引き裂かれた恋人、古城に住む謎の老人、洞窟に幽閉された美女…。ゴシック小説のモチーフが多く散りばめられた短篇なのですが、それらの要素が発展しきる前に物語が閉じられてしまう、というところで、「習作」的な印象を受ける作品です。
 というのも、語り手の「僕」が出会った、青年と老人と幽閉された娘の間に何か関係があることはうかがわせておきながら、その真相が明かされないのです。
 青年と娘との間に禁断の恋があり、その「罪」のために娘は自らの死を望んでいるらしい…というところまでは読み取れるのですが、本当のところは何があったかは分かりません。作中で老人は真実を語り手に語ったことにはなっていて、それが「身の毛もよだつ話」と描写されているのに興味を惹かれますが、内容が語られないまま終わってしまうのには、ちょっと不満感が残りますね。
 ゴシック風味の作品ではあるのですが、ゴシック小説にはなりきっていない作品、という印象です。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ある人生  ディーノ・ブッツァーティ『山のバルナボ』
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 ディーノ・ブッツァーティ『山のバルナボ』(川端則子訳 岩波少年文庫)は、とある男の人生を哀感と共に描いた不思議な味わいの作品です。

 若き森林警備隊員バルナボは、その仕事と仲間との生活を愛していました。しかし山岳地帯にある火薬庫が盗賊に襲われたとき、怖気づいて岩かげに隠れてしまいます。その臆病な行為自体は隠せたものの、任務怠慢のかどで解雇されてしまいます。
 山を離れ、別の場所で別の仕事を始めたバルナボでしたが、その恥の意識は残り続けていました。数年後、名誉挽回のチャンスともいうべき機会が訪れることになりますが…。

 イタリアの作家ブッツァーティのデビュー長篇です。森林警備隊員の若者の人生を哀感と共に描いた作品となっています。
 バルナボは勇気も力もある青年なのですが、山賊に襲撃された際に怖気づいて仲間を助けられなかったことに恥の意識を持っています。解雇された後に再度挽回のチャンスが訪れるのですが、そこで彼のとった行動とは何だったのか?というところで、不思議な味わいのある作品になっていますね。

 山賊の襲撃以外は、基本あまり劇的な事件は起こらず、主人公バルナボの心的葛藤が中心に描かれていく感じでしょうか。前半で自身の臆病さで自信を無くしたバルナボが、後半その矜持を取り戻す…という話かと思っていると、そういうわけでもないのです。
山や森林の自然描写が美しく描かれているのが特徴で、バルナボたちが集団で暮らす森林警備隊員たちの暮らしが非常に魅力的に見えます。それだけにその生活を失うことになったバルナボの後悔が描かれています。

 山賊たちは結構悪質で、盗みを働くだけでなく、森林警備隊員たちを隙あらば殺そうとしています。実際隊長は殺されてしまうのです。山賊たちへの憎しみも描かれますが、最終的にそうした人間的情念が山の自然の中で無化されてしまう、といった悟りにも満ちた空気感が出てくるところも独特ですね。


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怪奇幻想読書倶楽部 第58回読書会 参加者募集です
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※定員になりましたので、締め切らせていただきます。

 2024年10月20日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第58回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。本文にお名前と読書会参加希望の旨、メールアドレスを記していただければ、詳細に関してメールを返信いたします。


開催日:2024年10月20日(日)
開 始:午後13:30
終 了:午後16:00
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
課題書 遠山明子編訳『ドイツロマン派怪奇幻想傑作集』(創元推理文庫)

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※扱うジャンルの関係上、恐縮ですが、ご参加は18歳以上の方に限らせていただいています。


 今回取り上げるのは、遠山明子編訳『ドイツロマン派怪奇幻想傑作集』。ホフマンを初めとして、ドイツロマン派の怪奇幻想小説を集めたアンソロジーです。本国の後世の作家はもちろん、イギリス・フランス・ロシアの作家たちにも多大な影響を与えたドイツロマン派の作家たちの作品を味わっていきたいと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

愛と憎悪  加門七海『真理 MARI』
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 加門七海の長篇『真理 MARI』(光文社文庫)は、生霊となった幼馴染みの妻から襲われ続ける女性を描いたホラー作品です。

 地元に帰ってきた亮子は、幼馴染の森本と再会し、たびたび彼を含めた同級生たちと飲み会をするようになりますが、そのころから、匿名の手紙や何十回もの非通知着信など、いやがらせとしか思えない行為を受け続けるようになります。
 一見大人しそうな森本の妻、真理が、自分のことを森本の浮気相手と疑っているのでは?そう考えた亮子は、真理に対して自身の無実を証明しようとしますが、その行為が原因でさらなる怨みを買ってしまいます…。

 幼馴染の男性の妻から疑われた女性が様々な攻撃を受け続けてしまう…というホラー作品です。
 亮子の幼馴染である森本の妻、真理は、清楚で可愛らしく、良妻賢母の見本のような女性でした。しかしその内実は、夫に執着し、彼に近づく女性に激しい嫉妬を向ける、異常なまでに激しい性格だったのです。
 ふとしたことから真理に夫の浮気相手と疑われた亮子は、様々な嫌がらせを受けることになります。現実的な嫌がらせだけでなく、やがては超自然的としか思えない攻撃を受け始め、これはストレスによる幻覚なのか、それとも、真理が激しい怨みによって生霊となって攻撃してきているのか、亮子にも分からなくなってくる、というあたりにはホラー小説としての味わいがありますね。
 真理のものらしき髪の毛がいろいろなところから現れたり、虫のような形で「霊」となって現れたりと、その気色悪さは本当に強烈。

 超自然味のあるストーカーもの、という感じの作品なのですが、「敵」はほぼ明確、彼女の攻撃をしのいで止めさせることができるか、といったシンプルな構造ではありながら、常時状況が変わっていくので飽きさせません。
 霊的な攻撃があるとはいえど、真理は現実世界に存在する相手ではあるので、飽くまで現実的な手段で対抗していくのかと思いきや、後半思いがけない展開があって驚きます。これによって亮子の置かれた状況がさらに悪化してしまう、というのも読みどころですね。
 ハッピーエンドになるのかバッドエンドになるのか、最後まで分からず、サスペンス味豊かなホラー作品となっています。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

決められた世界  テッド・チャン『息吹』
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 テッド・チャン『息吹』(大森望訳 早川書房)は、倫理的・哲学的なテーマを多く含んだSF短篇集です。人間の「自由意志」は幻想なのではないか?という世界観が多く登場しますが、その中でも人間の人生には価値がある…とするポジティブなメッセージが印象に残ります。

 時を超える門について語られる「商人と錬金術師の門」、肺の空気を変えることで半永久的に生きられる生命体たちの物語「息吹」、未来を予知する機械が人類を絶望に陥れるという「予期される未来」、サービスの停止されたAIペットの倫理と福祉を扱った「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」、機械で作られた「全自動ナニー」の子育てを描く「デイシー式全自動ナニー」、日常が全てライフログとして記録されるようになった世界が描かれる「偽りのない事実、偽りのない気持ち」、人間たちに送られた鳥のメッセージを描く「大いなる沈黙」、神による世界の創造が事実となった世界で、信仰の危機が起きるという「オムファロス」、端末機械により多元世界の自分の行動を確認できるようになった世界を描く「不安は自由のめまい」を収録しています。
 以下、特に面白かったものの感想です。

「商人と錬金術師の門」
 商人アッバスはバグダットでふと入った店で、店の主人バシャラートから時を超えることができるという門の話を聞きます。その門を通った人物の不思議な話を聞くうちに、自らも時を超えたいという要望を抱くようになりますが…。
 アラビアンナイトの世界にタイムマシンがあったら…という設定のお話なのですが、面白いのは過去も未来も変えられないという世界観。それでも過去や未来に向かう人間はいて、実際にそこから何かを得ることができる、というのです。決定論的な世界観でも、ペシミズムに陥らないという点でユニークな作品になっています。

「息吹」
 人工的な空気の入った肺を定期的に取り換えることによって、半永久的に生きることができる知的生命体たち。しかし空気の欠乏によって「死亡」した場合、その記憶や人格は失われてしまうというのです。記憶の謎に魅了された「わたし」は、自らの脳を解剖し、その秘密を解き明かそうと考えますが…。
 空気で生きる生命体とその宇宙を描いた作品です。脳と記憶の研究から、その世界・宇宙の危機までもが描かれるというスケールの大きさに驚きます。

「予期される未来」
 ボタンを押そうとする一秒前にライトが点くという「予言機」について語られる物語です。装置を出し抜こうとしても全くできず、人間の自由意志などはないのではないか、と悟らされてしまうというのです。
 その事実を知ったときに、人間の心理はどうなってしまうのか?という面白い着眼点の物語です。

「偽りのない事実、偽りのない気持ち」
 日常の大部分を記録に取るライフログが当たり前になった時代、娘のニコルとの間に感情的なわだかまりを持っていた「わたし」は、記憶に残っている事件について、他の人間のライフログでその事実を確認しようとします…。
 人間の記憶はあてにはならないが、自分の記憶が完全に間違っていたという事実に直面させられたらどうなるのか?という思考実験を物語化したような作品です。記憶が曖昧であるからこそ「赦し」があるのではないか…と考えさせられてしまいますね。
 「わたし」とニコルのパートのほか、アフリカの伝統的部族で、語り部が語り継いできたことと、証拠として書類化されていた事実との違いに困惑する青年のパートも語られており、こちらでも記憶の捉え方について別の考え方が示されるのも面白いところです。

「不安は自由のめまい」
 その世界では「プラガ世界間通信機器」、通称プリズムによって、別の多元世界の自分の行動を知ることができるようになっていました。違った可能性を知るため、または自分の選択の正しさを証明するためなど、様々な要因でプリズムを使う人々が増えていました。プリズムを使った詐欺行為を繰り返しているモロウから、大金を持ち掛けられたナットは、とあるカウンセリンググループに参加することになりますが…。
 自分がした選択・しなかった選択によってどう未来が変わったのかを確かめられる技術が開発された世界を舞台にしたSF作品です。有効に利用できる人がいる一方、それが原因で病んでしまい、カウンセリングを必要とする人々もいるのです。
 常に反対のことをした世界線があるのであれば、自分の選択についての道徳的重みなどないのではないか?という疑問に対して、積極的な解答がなされているのが印象的ですね。人間の選択はその時々の単発的なものではなく、人生においての積み重ねであり、段々とそれによって人格が形作られていくもの、というテーゼには、読んでいて勇気づけられる人もいるのでは。

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繰り返される生  ケイト・アトキンソン『ライフ・アフター・ライフ』
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 ケイト・アトキンソンの長篇『ライフ・アフター・ライフ』(青木純子訳 東京創元社)は、記憶のないまま何度も生まれ直す女性の様々な人生を描いた小説です。

 20世紀初頭、富裕な夫婦の子供として生まれたアーシュラ。事故や病気で命を失うたび、アーシュラは生まれ直し様々な人生を送ることになります…。

 死ぬたびに生まれ直す女性の人生を語った不可思議な<ループもの>作品です。ユニークなのは、生まれ直した主人公には前世の記憶が残らないところ。そのため知識を活用して人生を切り開く…という形にはなりません。むしろ様々な困難や障害にぶつかり、子供時代から何度も死んでは新たな人生をやり直しているのです。
 記憶が残らない、とはいうものの、かすかな記憶の残滓は残るようで、前世で自身の命の危機に関わっていたきっかけには「勘」が働き、それを回避することによって新たな人生ルートが動き出す…という形になっています。結果的に人生を繰り返すうちに、様々な人生を体験することになるのです。

 幼年期は、病や事故などで命を落としてしまい、繰り返しの人生ではそれを回避したことによって別の人生が始まります。ささいなきっかけでその後の人生が全く変わってくるところが面白いですね。結婚する人生もあれば、既婚者と不倫をする人生もあり、海外で結婚し子供をもうける人生もあります。

 様々な人生が描かれていきますが、共通するのはその困難さ。どの人生のルートにあっても、戦争や災害が起こり、アーシュラの人生を困難に陥れます。さらに身近な家族や友人たちもそれに巻き込まれてしまうのです。死が身近な人生ばかりではあって、そこに無常観も感じられますね。

 何度も生まれ変わっているものの、アーシュラは常に一度きりの人生だと思っているため、それぞれの生を生き抜こうとします。家族であったり、恋人であったり、子どもであったりと、どの人生でも主人公は誰かを愛そうとするのです。
 一人の女性の人生を、複数の選択肢ごと描くというユニークな構成で、多面的な人物像と世界観があり、非常に厚みのある作品となっています。


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最近観た映画・ドラマ

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ウィラード・ハイク、グロリア・カッツ監督『メシア・オブ・ザ・デッド』(1973年 アメリカ)
 海沿いの町ポイント・デューンに住み、絵を描いていた父親からの手紙の様子がおかしくなったことに気付いた娘のアリエッティは、現地に様子を見に行くことにします。
 父は失踪しており、錯乱したような日記が残されていました。町の人々に父のことを聞いて回りますが、全く情報が得られません。それどころか町の人々の様子は尋常ではありませんでした。
 父の絵を欲しがっていたという旅行者の話を聞いたアリエッティは、モーテルに泊まり旅をしているというトムと恋人二人に出会います。アリエッティに興味を示すトムに対し、恋人のローラは嫉妬し出ていってしまいます。その間にも町では異変が生じていました…。

 呪いをかけられた町で、狂ったような人々に襲われる…という、ゾンビもののバリエーション的な作品なのですが、その雰囲気が非常に不気味な作品です。
 町がとある原因によって呪われている、とはされるものの、本当のところ何があって何が起こっているのか、といった部分が全く説明されないため、不条理な雰囲気が強くなっているのです。
 町が呪われた原因が100年前のある出来事にあることが語られたり、呪われた人々が海の前に集まり続けるなど、どこかラヴクラフト的、クトゥルー神話的な味わいもありますね。
 襲ってくる人々はゾンビ風ではあるのですが、ある種の意識はあるようで、その中途半端な人間臭さが逆に怖さを煽ります。スーパーで生肉を集団で食べていたり、映画館で映画を観ている最中にいつの間にか後ろの席に人々が沢山坐っていたりするシーンは非常に怖いですね。
 直接物語の展開と結びつかないシーンが多数あるのですが、それらも不気味な雰囲気を高めるのに寄与していています。現在ではカルトホラー映画として認知されている作品のようですが、確かに奇妙な魅力のある映画でした。



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ジェラルド・ジョンストン監督『M3GAN ミーガン』(2023年 アメリカ)
 おもちゃ企業に勤める研究者ジェマは、交通事故で両親を失った姪のケイディを引き取ることになります。姪と上手くコミュニケーションを取れないジェマは、彼女がロボットに興味を示したのに気づきます。
 独自に研究を進めていたAI人形<M3GAN(ミーガン)>を試作し、ケイディに与えることになります。
 ミーガンは、人工知能を持った自律型のロボットで、ペアリングされた子どもとのコミュニケーションによって進化を遂げていく性質を持っていました。
ミーガンにケイディを守るようにとの指示を与えるジェマでしたが、ミーガンは思わぬ方向に進化を遂げていきます…。

 子どもの友だちとして作られたAI人形ミーガンが暴走していく…というホラー作品なのですが、家族愛(疑似的な親子愛でしょうか)や友だちとの友情とは何なのか? というテーマも盛り込んだ意欲作です。
 おもちゃ会社に勤める研究者ジェマは天才肌の人物ながら、子どもとのコミュニケーションに苦手意識があり、姪との関係にも苦慮していました。開発したミーガンがケイディの気に入り喜びますが、ミーガンとケイディとの絆が深まるにつれて、自身の保護者としての権威がなくなっていくどころか、面と向かって反抗されることにもなり、疑問を抱くようになるのです。
 AIであるミーガンはケイディを守ることが第一の目的であるため、それ以外のもの(人間含む)は破壊しても構わない…と、その暴走が描かれていきます。子どものパートナーとしてはほとんど完璧な存在であるだけに、暴走したときの状態は大人でもまともに止められない、というところにホラーとしての面白さもありますね。
 ミーガンの造形もユニークです。行動としては人間とほぼ同じことができる存在ではありながら、顔は明らかに人形の顔になっているところが微妙に不気味感を出していますね。その一方、人間には明らかに不可能なポーズやアクションが展開されるところも怖いです。
 心理的にも子どもに寄りそうシーンが見られ、ケイディの悲しみを受け入れようとする態度もあります。確かにここまで自身の存在を肯定してくれるのであれば、子どもも執着するようになってしまうだろう、という説得力がありますね。
 将来的に実現不可能ではないと思わせるレベルのロボットであるだけに、妙なリアルさがあるホラー作品となっていました。



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パーカー・フィン監督『Smile スマイル』(アメリカ 2022年)
 精神科医のローズ・コッターは、ある日錯乱しているという女子学生ローラを診ることになりますが、彼女は、得体の知れない存在に憑かれていると話していました。それは人間の姿をしているものの人間ではなく、様々な人間に化けるというのです。
 落ち着かせている最中に、ローラはローズの目の前でほほ笑んだかと思うと、割った花瓶のかけらを使って自殺してしまいます。
それ以来、ローズは幻覚や幻聴を見るようになり、フィアンセであるトレヴァーともぎくしゃくするようになります。
 調べていくうちに、ローラは自殺する数日前に大学教授が自殺する現場に出くわしていたことが分かりますが…。

 笑顔のまま自殺する人間が相次ぐという、ホラー映画作品です。
 患者の自殺を目撃した精神科医ローズは、幻覚や幻聴などを体験し、自らが何か超自然的な存在に呪われたのではないかと考えます。自殺は連鎖しており、そこに何か秘密が隠されているのではと、調べていくことになります。
 「呪われた」ローズは、周囲からはおかしな行動を取っているように見え、フィアンセや姉、もとの主治医とも関係をおかしくしてしまいます。
 ローズには、かって精神を患っていた母親を見殺しにしてしまった過去があり、それがトラウマになっています。それがゆえ、ローズの行動は精神的に病んでいるがゆえと捉えられてしまうのです。ローズが追い詰められていく過程には息詰まるような迫力がありますね。
 ローズに幻覚や幻聴が起こっているのは間違いないのですが、それが精神的なトラウマによるものなのか、「呪い」によるものなのか分からない、というところも興味深いです。
 笑ったまま凄惨な死を遂げる、というシーンも強烈なのですが、たびたび登場するショッキングシーンでも、音の演出が上手く、驚かされてしまいます。
 「呪い」の正体が最後の方まで判明せず、しかもそれが笑いながら死んでしまうという得体の知れない現象なだけに、序盤から中盤までの不気味さは際立っていますね。
 テンポがそれほど良いわけではないのですが、恐怖シーンの演出が丁寧で、結構怖いのですよね。日本のホラー映画的な演出も見られます。
 近年のホラー映画の中では、かなり「怖さ」の感じられる作品だと思います。
ちなみに主演のソシー・ベーコンは、ケヴィン・ベーコンとキーラ・セジウィックの娘とのこと。



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ダニー・フィリッポウ、マイケル・フィリッポウ監督『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』(2022年 オーストラリア)
 母を亡くして心に傷を抱える高校生のミアは、親友のジェイドとその弟ライリーと共に、仲間が開くパーティーに参加します。そこでは呪術的な「手」を使った憑依のアトラクションを行っていました。その「手」を握ると霊が視え、許可を与える言葉を発するとその霊を憑依することができるのです。
 憑依に夢中になるミアたちでしたが、ライリーが憑依を行った際、降りて来た霊がミアの死んだ母親であることに気付いたミアは、母と話そうと長時間憑依を続けさせてしまいます…。

 オカルト的なアイテムを使って遊び半分に憑依現象を続けていた高校生たちが、悪霊によってとんでもない目に遭う…というホラー映画作品です。
 自殺だったとされる母親の死にわだかまりを抱えているミアが、母親の霊らしき存在と接触したことから親友の弟を傷つけてしまい、そこから破滅の道に入り込んでしまう、という物語になっています。
 実の父親とは母の死をめぐって葛藤を抱えているミアは、親友ジェイドの家に入り浸り、ジェイドの母スーや弟ライリーを自分の家族のように感じています。それだけにライリーを傷つけてしまったことによって、ジェイドの家族たちから拒否されてしまうのです。 もともと不安定だったミアの精神がそれによってボロボロになり、それと同時に霊現象を日常的にも視てしまうようになる、という流れは上手いですね。
 悪霊によって被害を受けるのは直接的にはライリーだけなのですが、彼をめぐってミアやジェイドたちの間に葛藤が生まれ、その淀んだ心理描写が丁寧に描かれていく部分に見どころがあります。
 ライリーを救おうとしたミアが、現れた霊に地獄のような場所の情景を見せられるシーンがあるのですが、このシーンの衝撃度は強烈です。死後の世界の悲惨さが暗示されており、生の世界で「孤独」を感じているミアの精神と対比的に描かれているものでしょうか。
 憑依現象そのものは複数が体験しているの真実に間違いないのですが、その後ミアが見る霊現象が本物なのか、彼女の傷ついた精神が見える幻覚なのか、といったところははっきりしません。どちらにしても、じわじわとミアを追い詰めていく霊現象の描写には迫力がありますね。



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ジョーダン・ピール監督『NOPE/ノープ』(2022年 アメリカ)
 馬を調教して、映画やテレビ撮影に貸し出すことを生業とするヘイウッド家。ある日牧場に突然降ってきたコインが衝突し、父のオーティス・シニアは死んでしまいます。
 息子のOJ(オーティス・ジュニア)と妹のエメラルドは仕事を続けようとしますが、なかなか上手くいきません。近所にあるウエスタン・テーマパークに馬を売って何とかしのいでいましたが、テーマパークの主ジュープは、父が存命の時から牧場そのものを買い取りたいと話していたのです。
 たびたび牧場で謎の飛行物体を目撃したOJとエメラルドは、それを撮影しようと考えますが…。

 父を失い、牧場を維持しようと苦労している兄妹のもとに、UFOのような未確認飛行物体が現れる…というSFホラー映画です。
 父親のシニアが空から突然落ちて来た物体によって死んでしまうなど、滅多に起きない奇跡のような事故にあっています。UFOの出現もそうした奇跡的な「予兆」なのかと思って観ていると、予想とは違う方向に物語が進んでいきびっくりします。
 世間慣れして、商売っ気のあるエメラルドに対し、OJは不器用な男として描かれるのですが、その代わりOJには動物に対して対等に接しようとする視点があります。UFOが絡んでどんなにとんでもない事件が起こっても、普通に馬に餌をやり続けようとする愚直な態度は印象的に描かれていますね。
 OJとは対照的に描かれるのがジュープ。子供時代に有名ドラマの子役として活躍していたジュープは、ドラマの主役を演じていたチンパンジー、ゴーディが突然狂暴になり、出演者たちが襲われるという事件に遭遇していました。その体験が大人になった現在でも影響しており、UFO現象さえも自身のアトラクションに利用しようとするのです。
 「見ること」「見られること」が重要なテーマとなっており、そこに発生する支配・被支配関係もまた重要であるようです。動物に対する人間の態度や考え方が、未確認飛行物体に対する人間のそれにまで拡張されているのです。全てを支配し、利用しようとする人間に対する強烈なしっぺ返し、といったテーマもあるようですね。
 様々な要素が入っていて、単純に「こういう話」と言えないタイプの作品となっているのですが、魅力的な映画ではないかと思います。
 個人的に、観ていてアーサー・マッケンの小説「恐怖」を思い出したりもしました。



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バンジョン・ピサンタナクーン監督『女神の継承』(2021年 タイ、韓国)
 タイのとある町、現地で信仰されている女神バヤンの巫女を務める女性ニム。本来は巫女の後継者だったはずの姉ノイが役目を拒否したことから、妹のニムが巫女を受け継いでいました。
 ノイの息子マックは亡くなっており、さらに夫も亡くなってしまいます。残った娘のミンの様子がおかしくなり、その状態は、ミンがバヤンの巫女に選ばれたしるしだと考えたニムでしたが、母親のノイは娘を巫女にはさせたくないと考えていました…。

 ドキュメンタリー形式で、タイの女神の巫女の継承に関わる家族を描いていくホラー映画です。
 前半は、巫女であるニムへのインタビューや取材映像がメインとなっており、彼女と家族との関わりなどがじっくりと描かれていきます。途中からミンの様子がおかしくなっていく様子が描かれ、これが巫女に選ばれた前兆であり、タイトル通りの「女神の継承」が行われるのかと思った矢先から、物語が大きく動く形になっています。
 呪術や悪霊憑きといったテーマの作品といえるのですが、単純に怪異現象が起こりました、というだけでなく、そこに至った経緯や家族間の関係などを丁寧に描写しているのが特徴です。
 特に女神バヤンの巫女の「継承」に関して、ニムとノイの間に葛藤があったこと、さらに次代であるミンへの「継承」に関しても姉妹間、そしてミン本人自身にも葛藤があることが描かれています。
 後半は超自然現象・怪異現象のつるべ打ちのような状態になり、前半の静かなトーンとのギャップに驚くのですが、その部分も含めて登場する人間たちの関係性や情念が大きく怪異現象に影響していく…というのが面白いですね。
 映画の語り口にドキュメンタリー形式を採用しているのが成功しているかどうか、というのは賛否が分かれるところだと思います。特に怪異が起こる後半は、POV視点がちょっと不自然ではありますね(これはこの手のホラーが皆抱える問題ではありますが…)。
 全体にヒューマン・ストーリー味の強い呪術ホラーとなっていて、良作ではないかと思います。



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アリ・アスター監督『ヘレディタリー/継承』(2018年 アメリカ)
 グラハム家の祖母エレンが亡くなり、母との間にわだかまりを抱えていた娘のアニーは複雑な心境になっていました。夫スティーヴン、息子のピーターと娘のチャーリーと共に生活を続けようとしますが、家族の間に不思議な現象が相次ぎます…。

 とある家族に、祖母の死後をきっかけに奇妙な怪現象が続く…というホラー映画作品です。
 最初はささいな心霊現象的なものが続き、静かな心霊ホラーかと思って観ていくと、途中で衝撃的な事件が発生し、それ以後は家族間のどろどろした対立が現れてきます。それと同時に、背景にオカルト的な事件があったことが段々と判明していくという流れになっています。
 途中で起こる「衝撃的な事件」を始め、嫌な出来事のオンパレードで、それらの出来事が起こってしまった後の家族の心理を想像させるような描写が多く、観ていて本当につらくなってきてしまう、というホラーです。
 主人公的な視点人物は母親のアニーです。元々精神のバランスを崩していることに加えて、自分や家族に次々と不幸が訪れ、神経症的になってしまいます。そのことから彼女を愛する夫までが、妻の精神がまともかどうか疑問を抱くようになってしまう、という流れもいたたまれないですね。
 息子のピーターも家族間での不幸とそれに端を発した反目から、アニーに劣らず、精神的に追い詰められてしまいます。
 この二人がとにかく嫌な出来事に遭遇します。精神を壊されてしまうような事件が続くのですが、これらの出来事の意味について、クライマックスで「種明かし」がされることによって、それまでの事件や描写の意味が感得される作りになっており、二度・三度と見ると味わい深い作品ではないでしょうか(二度・三度と観られるかは分かりませんが…)。



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アリ・アスター監督『ミッドサマー』(2019年 アメリカ・スウェーデン)
 心理学を学ぶ大学生ダニーは、精神病を患っていた妹が両親を道連れにガス自殺を図って亡くなったことに深い傷を負ってしまいます。トラウマに苦しむダニーを重荷に思いながらも、恋人のクリスチャンは二人の仲を保とうとしていました。
 クリスチャンは、スウェーデンからの留学生である友人ペレの誘いで、友人たちと共に彼の故郷ホルガ村を訪ねる予定になっていました。故郷の村で90年に一度の夏至祭が開催されるのを見に来ないかというのです。
 クリスチャン、ペレ、友人のジョシュ、マークと共にダニーは現地に向かいます。ホルガ村の人々は原始的な共同体として暮らしており、その文化のギャップにとまどうものの、親切な村人と美しい自然に一行は魅了されます。しかし村人たちの異様な慣習や儀式にダニーたちは困惑することになります…。

 学生たちが、因習に満ちた異常な共同体で恐ろしい体験をする…というホラー作品です。村の人々が信奉する宗教や儀礼は、一般社会からすると異常極まりないのですが、現地の人々はそれに全く疑問を抱いておらず、そこでは人の死さえ大したものではないと見なされてしまうのです。
 因習や狂気に満ちた共同体で恐ろしい目に遭う…というテーマの作品は前例があると思うのですが、この作品の特徴は、それがダニーをメインに描かれているところ。
 主人公ダニーは、もともと病を抱える妹の関係で精神が不安定な状態でしたが、妹の自殺とそれにともなう両親の死で、そのトラウマは相当な状態です。ふとしたことからつらい記憶が誘発され、悲しみのあまり動けなくなってしまうこともあるほど。
 それがホルガ村での異常事態に遭遇して、トラウマを刺激され続けてしまいます。ダニーに感情移入していると、起きる出来事出来事がつらくなってきてしまうという作りになっています。
 上映時間がかなり長めの作品なのですが、妹の自殺事件、恋人クリスチャンとの不和、ホルガ村での異常な体験と、主人公ダニーが段々と不安定になっていく心理がじっくり描かれていて、彼女が迎える結末に説得力がもたらされています。
 正直なところ、もう一度観てくれと言われても、観たくない、と答えますが、ホラーとしてだけでなく心理ドラマとしても秀作だといえますね。



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アレックス・ガーランド監督『MEN 同じ顔の男たち』(2022年 イギリス)
 別れ話のもつれから、夫に目の前で自殺されてしまったハーパーは、心の傷を癒すために、田舎の豪華なカントリーハウスを借り、しばらく滞在することになります。家の管理人ジェフリーは変わり者ながら好人物のようでしたが、町で出会う少年や牧師、警官までもがジェフリーそっくりな顔をしていました。
 家の近くを散策していたハーパーは、裸の男に追いかけられ、とうとうその男は家の敷地内にまで侵入してきますが…。

 自死した夫とのつらい経験を癒すため、田舎を訪れた女性がそこで不条理な現象に出会う…というホラー作品です。
 滞在することになった町の男たちが皆同じような顔をしている、というのがタイトルの由来なのですが、実のところハーパーがその部分を気にしている風ではないのも不思議です。
 ハーパーが受ける「迷惑行為」に視点が向いており、それは、裸の男に追われたり、家に侵入されたりと直接的な被害はもちろんなのですが、それ以外にも、町の男たちから理不尽な態度を取られ続けることになります。少年に罵倒されたり、牧師にずけずけと物を言われたりと不快な体験を繰り返し受けることに怒りを抱くようになります。
 これは当てつけに自殺した夫に対する部分でもそうで、罪悪感を抱きながらも、自分にそういう思いを抱かせて死んだ夫に対する怒りもあるようですね。
 ただ、一方的に被害者だと思っていたハーパーが、その実、彼女も夫に対して悪い面があったのではないか…というあたりが、物語が進むにしたがって示されていくのも面白いところです。
 起こる事件や現象が完全に理不尽なので、そこに意味付けを読み取ろうとするのはなかなか難しい作品になっています。ところどころに象徴や寓意が込められているの感じるのですが、一義的にこういう意味ではないか、と断定するのは難しいです。ただ、家の庭にあるリンゴや、夫が死んだときに手が裂ける、といった部分はキリスト教的な寓意が感じられますね。ちなみに「裂ける手」というモチーフは、後半でかなり重要な意味を持つことになります。
 幻覚的なイメージの羅列と主人公の心理的なプレッシャーがメインとなるサスペンスと捉えていいのかな、と思って観ていくとクライマックスの展開には驚かされます。まるでモンスター映画かと思わせるようなグロテスクなシーンの連続があり、ここのシーンを観るためだけにこの映画を観てもいいと思わせるだけのインパクトがあります。
 作中で明確に説明されない部分も多く、全体に散りばめられた象徴や寓意などを含めて、観る人によっていろんな意見が出てくる映画だと思います。「同じ顔の男」についても、主人公にとって、男性全般が「同じ顔」に見えるのではないかとか、いろいろ意味を読み取ることはできますね。
 全体に不条理度が高いので、好き嫌いは分かれる映画だと思いますが、個人的には面白く観ることができました。



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チョン・ヨンギ監督『オクス駅お化け』(高橋洋、イ・ソヨン脚本、白石晃士脚本協力 2022年 韓国)
 ウェブニュース記者のナヨンは、以前に書いた記事のせいで訴えられ、その示談金を会社に払ってもらうためアクセス数の多い記事を書く必要に迫られていました。友人のウウォンが働く地下鉄オクス駅で起こった人身事故の取材をしているうちに、線路に子どもがいたという目撃談を耳にします。さらにある目撃者はとり憑かれたように謎の数字を連呼しており、その直後に亡くなっていたのです。取材をしている最中にも、次々と変死事件が連続することになりますが…。

 地下鉄駅を舞台に謎の変死事件や怪現象が相次ぎ、そこに潜む「呪い」を探っていくことになる…というオカルト・ホラー作品です。
 度々目撃される子どもの霊、取り憑かれた人間が口にする謎の数字、同じく皮膚に現れる爪のひっかき傷など、共通する怪現象があり、それが事件の深層につながっていることが分かってきます。
 憑かれた人間の目の前には、黒ずんだ子どもの霊が出現し、過去の例から自分の死が近づいていることが分かるため、命を救うことができるのか?というタイムリミットサスペンス的な趣向もありますね。
 度々出現するとはいえ、子どもの霊の出現シーンは毎回怖いです。怖いといえば、主人公ナヨンたちの協力者として登場する湯灌師のヨム、この人物が何を考えているか分からない感じの人で、いるだけで怖いという妙な存在感がありますね。実際、後半ではこの人が物語の重要な鍵を握ることにもなります。
 幽霊現象の原因が因果でつながっており、その意味で理に落ちてしまうところがあります。その意味で怖さが減ってしまっているのですが、その代わり後半に思わぬ展開が待っています。最終的に奇妙なカタルシスが待っているという、ホラー映画らしからぬ味わいがあって、この作品の魅力の一つになっています。
 悪霊事件が起きるようになった事実に関して哀しい過去が語られるのですが、こちらに社会派的な視点があるのも韓国映画らしいところです。
 物語の展開的にもモチーフ的にも(井戸など)、日本の『リング』を思わせる部分が多くあるのですが、これは意図的にオマージュしているのでしょうか。



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チョン・ボムシク監督『コンジアム』(2018年 韓国)
 「ホラータイムズ」という心霊チャンネルを運営するハジュンとその仲間は、CNNが選ぶ世界7大心霊スポットにも選出された「コンジアム精神病院」からのライブ配信を企画します。動画に数十万から百万アクセスがあれば、大金を稼ぐことも可能だというのです。
 「コンジアム精神病院」ではかって患者が大量に死んだとされ、それは院長の仕業であるとも、院長自身が自殺したという噂もありました。さらに探検のために入り込んだ人間たちが何人も行方不明になっているというのです。病院内にはいくつかの心霊スポットとされる場所があり、その中でも有名なのが「402号室の呪い」。この部屋に入ろうとした者は皆死ぬというのです。
 一般人から参加者を募集し、さらに何人かの仲間を加えたハジュンたち6人は、カメラと機材を準備し、深夜病院に侵入します。順調に撮影を進めていきますが、儀式を行って霊を呼び出そうとしたところ、不思議な現象が起こり始めます…。

 廃病院を動画撮影しようとした若者たちが心霊現象に巻き込まれる…というホラー映画です。ドキュメンタリー調のPOV(主観映像)形式で描かれるのですが、そもそもが動画撮影で稼ぐことが目的、常にカメラを身に着けているのが不自然でない、という上手い設定です。
 人に見つからず探検するため深夜にカメラとライトを持って潜入することになりますが、心霊現象が起こる以前に、夜の廃病院をめぐるだけでもすでに怖いです。病院には数々の噂がまつわりついており、行方不明者が出ていることも事実のようなのです。
 最初はドアが勝手に動いたり、物が移動したり、といったささいな現象だったものが、だんだんと派手な現象が起こりはじめ、最終的には命の危険があるレベルの現象が発生します。
 仲間割れも発生し、途中で病院を脱出してしまう者も現れるのですが、彼らを含めて全員が悲惨な運命を遂げるという点で陰惨なホラーになっていますね。
 病院潜入序盤から怖いのではありますが、それが極点に達するのが後半。悪霊に憑かれたらしい仲間がおかしくなったり、異次元(?)のような場所に閉じ込められたりします。単純な心霊現象だけではなく、その怪異の現れ方が様々で、まさに「お化け屋敷」といった様相です。
 結局、病院の怪異の詳細や説明らしきものは行われないため、非常に不条理度が高くなっていますね。「お化け屋敷」ホラーとして魅力的な作品でした。



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高橋洋監督『ザ・ミソジニー』(2022年 日本)
 女優兼劇作家のナオミは、ひと夏借りた山荘で、かって自分の夫を奪った女優ミズキを呼び寄せることにします。マネージャーの大牟田と一緒にやってきたミズキは、ナオミと芝居の稽古を始めます。芝居の題材となったのは、かって視聴した番組で触れられていた事件でした。娘のすぐそばで母親が消えてしまい、後に娘も何者かに殺されてしまった、というのです。
 ミズキが任されたのは母親を殺した娘の役でしたが、事件が起きたのはこの山荘なのではないかと考え始めます…。

 母親と娘が不審な死と失踪を遂げた謎の事件を題材にした芝居。その稽古をすることになった二人の女優が奇怪な現象に巻き込まれていく…という作品です。
 屋敷で心霊現象のようなことが起こったり、芝居をしているはずの二人が憑かれたようになったり、悪夢を観たりと、ホラー的な興趣はたっぷりなのですが、必ずしもそうした方向に物語が進まないのが特徴です。
 演じているのが芝居なのか、それとも死んだ母娘に憑かれてしまっているのか…、現実と虚構の境目が分からなくなっていく、というメタフィクション的なお話ではあると思うのですが、素直に物語が進まず、断片的で悪夢のようなイメージやシーン、つじつまの合わないシーンが続いたりと、まとまったお話として捉えるのはなかなか難しくなっています。
 さらに後半現れるカルト組織とオカルト要素の部分では、唐突なアクションシーンがあったりもして、今観ている作品のジャンルが分からなくなってしまうほど。
 モチーフとなる母娘の事件はとても魅力的で、森の中で異界につながる場所があったり、それに影響されて母娘がおかしくなってしまったりと、アーサー・マッケン的なモチーフが散りばめられています。
メインとなる芝居をやっているうちに、虚構が混じり始め幻覚と区別がつかなくなる、と いう部分も面白く、こちらもホラー的な興趣があります。
ただ、高橋洋監督の恐怖演出があまりに先鋭的なので、一般の人には伝わりにくい形になっているのかなと。個人的には面白く観ましたが、かなり観る人を選ぶ作品だと思います。



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ロブ・ジャバズ監督『哭悲/THE SADNESS』(2021年 台湾)
 台湾で感染が拡大していたウイルスが突然変異を起こし、人間の脳に作用して狂暴性を増す症状を引き起こし始めます。感染者は衝動のままに暴力と拷問を行うようになっていました。恋人同士のカイティンとジュンジョーは、互いに引き離されてしまいますが、カイティンから連絡を受けたジュンジョーは生きて彼女と再会するため、彼女の元に向かいます…。

 ウイルスによって狂暴化した人間が徘徊するなか、恋人たちが再会しようと逃げ回る…という、いわゆるゾンビものパニックホラーの一種といえるのですが、特徴的なのは感染者が暴力衝動に囚われ、残酷な行為を平然とするようになること。老若男女が皆そういう状態であるため、閉鎖環境における状態はまさに地獄絵図。カイティンが乗った列車内での惨事は本当に強烈ですね。
 しかも、感染者には意志も想像力も、罪悪感さえもがあるというのです。それがタイトルの所以ともなっており、また悲劇的な結末にも結び付く形になっています。

 とにかく流血描写、ゴア描写が強烈で、全篇が血の嵐のようになっています。質が悪いのは単純な残酷描写だけでなく、そこにいじめや性暴力的を含めて、人間の「厭らしさ」が描かれているところでしょうか。
 あまりお勧めできるタイプの作品ではないのですが、ホラー映画においてここまでその「厭らしさ」を徹底して描いた…という意味では画期的な作品ではあると思います。
 人によっては嫌悪感しか抱かない、という感じの作品なので、観る人はご注意を。



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古賀豪監督『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(2023年 日本)
 アニメシリーズ『ゲゲゲの鬼太郎』のスピンオフ作品です。目玉の形をした妖怪、鬼太郎の父親である「目玉おやじ」がまだ人の姿をしていて頃に出会った事件が描かれています。妻を探す「目玉おやじ」(作中では「ゲゲ郎」と呼ばれています)と人間の水木が相棒となり、因習に満ちた村の謎と真相を探っていくというホラー・ミステリとなっています。
 スピンオフということなのですが、描かれる事件はかなり本格的なホラーとなっています。特殊な血液製剤によって日本を裏から支配する一族の跡目争いの背後には、恐るべき秘密が隠されていたのです。「ゲゲ郎」を始め、序盤から妖怪たちが当然のように存在する世界観が描かれるものの、それらが人間の欲望や利己心などによって利用される形になっており、「人間の醜さ」「人間の恐ろしさ」が強調されて描かれていますね。
 直前の戦争を体験して、人間の醜さを味あわされた水木、人間をかっては憎みながら妻の愛によって救われた「ゲゲ郎」、二人が協力し合って「日本」を救おうとする…という展開は熱いです。
 妻の行方を探し続ける「ゲゲ郎」だけでなく、水木の側にも龍賀一族の娘沙代とのロマンスが描かれます。一族のために生き、狭い村から脱出することを願う沙代の願いを水木は叶えることができるのか?というところも見どころです。
 『ゲゲゲの鬼太郎』の「前日譚」としての作りもよく出来ていて、鬼太郎出生の秘密や彼が持つアイテムの由来、父母がなぜ命を落とすことになったのか(父親の方は一応復活する形にはなってますが)などが、説得力のある形で描かれているのも感心しました。
 土俗的な因習ホラーとしても出色の出来だと思います。



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清水崇監督『ミンナのウタ』(日本 2023年)
 人気アイドルグループ「GENERATIONS」の小森隼は、ADを通じて、リスナーから送られてきたという箱の中に「ミンナノウタ」と書かれた古いカセットテープを発見します。その後ラジオ番組の収録中にかかってきた電話でノイズと不気味な少女の声を聞いた後に様子がおかしくなり、行方が分からなくなってしまいます。
 マネージャーの凛は、元刑事の探偵・権田に捜査を依頼しますが、「GENERATIONS」のメンバーたちによれば、少女の霊らしき存在を見た者がいるというのです。メンバーが怪異に襲われていくなか、権田たちはテープを作った少女が数十年前に亡くなった、「さな」という女子中学生であることを突き止めます…。

 非業の死を遂げた少女が残した呪いのテープによって怪異が発生する…というホラー映画です。実在のアイドルたちが、そのままアイドル役で出演しているという、いささかメタな趣向もリアルさを出していますね。
 テープに吹き込まれた歌を聞いた人間は呪われる、という設定なのですが、こうすればこうなる、といった感じの論理性・因果性があまりなく、不条理な形で怪異が発生していくのが逆に面白いところですね。心霊現象だけでなく、取り憑かれた人間が異世界らしきところにさらわれていってしまうとか、怪異の現れ方が融通無碍です。
 実際、どうすれば怪異を止められるのか?といったところが明確にならないため、終始不安が続く形になっています。
 アイドルがメインなだけに、全体にそこまで暗くない画面作りなのですが、呪いの元となった少女の過去の回想シーンはひたすら暗く陰惨で、ホラー味も強いです。
なぜ数十年も経ってから怪異が始まったのか?とか、ツッコミどころは沢山あるのですが、ホラーとして悪くない作品ではないかと思います。



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『イシナガキクエを探しています』(全四話)
 1969年に失踪した女性「イシナガキクエ」を何十年も探し続けているという高齢男性、米原実次(よねはらさねつぐ)の依頼を受けて、公開捜査番組が放送される…という体裁のフェイクドキュメンタリー作品です。
 最初は普通の公開捜査番組として始まりますが、集まってきた情報から、イシナガキクエが実在しているのかが怪しくなってくるのと同時に、どうやら米原が探していた人物が普通の人間ではないらしいこと、その過去の経緯がだんだんと明かされていきます。
 キクエの目撃情報、発見された写真やビデオ映像、録音テープなど、様々なメディアが挿入されて、リアリティを高めていますね。
 情報が小出しにされ、それを総合することで何となく事態がつかめるようにはなっているのですが、はっきりした「事実」は最後まで分からない…というぼかし方が絶妙で面白いです。
 キクエの目撃情報が日本全国で見られること、米原の現在と過去の発言の矛盾点、見つかった写真やテープの断片的な情報など、提示された手がかりから全体像を推測していく面白さがありますね。
 さらに米原や、彼が関係したらしい主要人物が皆、番組開始時点で故人となっていることが、事件の全容解明を難しくしています。
 見終えると、オカルト的な「トラブル」が発生していたことが何となく推測されるのですが、それが分かった時点で米原の生涯とその目的を推測することが可能になっており、そこに極めて人間的な感情が垣間見えるところも魅力ですね。
 良質なモキュメンタリーホラー作品だと思います。



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『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』
 視聴者から募った古い番組のテープを放送するという架空の番組、というコンセプトで作られたフェイクドキュメンタリー番組です。
 1980年代にテレビ東京の深夜帯で生放送されていた『坂谷一郎のミッドナイトパラダイス』なる番組のテープが見つかったということで、その番組の録画が三回に渡って放映されます。
 その『ミッドナイトパラダイス』番組内で、さらに視聴者のビデオ投稿コーナーがあり、段々と不穏な内容、ものによっては心霊ビデオのような映像が段々と流れていきます。 それに伴い、番組の司会者・解説者たちの言動がおかしなものになっていくのですが、周囲はそれをおかしいとは感じていないようなのです。番組のテンションが明るいのですが、その言動のおかしさとのギャップが非常に不気味です。
 層が三重構造になっていて、投稿ビデオ→『ミッドナイトパラダイス』→『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』という構造になっています。一番上の階層では、実在の芸能人いとうせいこう、井桁弘恵らが番組についてコメントしているのですが、明らかにおかしな映像に対しても普通にコメントをしている、というところが怖いですね。
 三回連続となっていて第三夜では、『ミッドナイトパラダイス』の出演者たちのセリフがほとんど意味を成さないという不気味さ。
 赤ん坊や胎児のモチーフがたびたび登場し、これは『ドグラ・マグラ』を意識しているのかな、とも思いました。
 断片的な情報ばかりで、明確に「ストーリー」が紡げないようになっているのですが、これを普通のドキュメンタリーとして観ていた人は相当怖くなったんじゃないでしょうか。ホラー作家の梨も関わっている番組と言うことで、まさに映像で観る梨作品という感じでした。

こちらで視聴できます。
https://tver.jp/series/srh307bgwg



「椅子」(制作:in-facto)
 泊るためにとある部屋を借りたハルキとサクラのカップルは、管理人から部屋のテーブルの上にひっくり返して載せてある椅子に絶対に触らないようにと注意されます。
 サクラがふと椅子を触ってしまった直後に、起こった管理人が部屋に入ってきますが…。

 YouTubeで公開されている短篇ホラー映画です。
 テーブルの上の椅子を動かす禁忌を描く、不条理味の強いホラー映画です。椅子がなぜテーブルの上に置かれているのか、何の意味があるのか? 霊的・呪術的な意味があるだろうことは推測できるのですが、最後まで理由や由来は語られないため、非常に不条理味の強い作品になっています。
 カップルのうち、女性のサクラは部屋に入ってきた直後から何かに憑かれているような節もあり、何気ない演技が続く部分は心霊ホラーとして怖いですね。

こちらで公開されています。
https://www.youtube.com/watch?v=OuEy4_fVpIc

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

9月の気になる新刊
発売中 スティーヴン・キング『コロラド・キッド 他二篇』(高山真由美、白石朗訳 文春文庫 予価1540円)
9月6日刊 ステファン・テメルソン『缶詰サーディンの謎』(大久保譲訳 国書刊行会 予価3080円)
9月11日刊 遠山明子編訳『ドイツロマン派怪奇幻想傑作集』(創元推理文庫 予価1320円)
9月11日刊 E・T・A・ホフマン『ネコのムル君の人生観 上』(鈴木芳子訳 光文社古典新訳文庫 予価1540円)
9月12日刊 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ『止まった時計 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ・コレクション 1』(夏来健次訳 国書刊行会 予価2640円)
9月14日刊 ホルヘ・ルイス・ボルヘス/アドルフォ・ビオイ=カサーレス『ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件』(木村榮一訳 白水Uブックス 1980円)
9月19日刊 江戸川乱歩『江戸川乱歩座談』(中公文庫 予価1430円)
9月21日刊 サマンタ・シュウェブリン『救出の距離』(宮﨑真紀訳 国書刊行会 予価3300円)
9月25日刊 イーディス・ウォートン『ビロードの耳あて イーディス・ウォートン綺譚集』(中野善夫訳 国書刊行会 予価5280円)
9月30日刊 『タナトスの蒐集匣 -耽美幻想作品集-』(予価737円 新潮文庫)

9月下旬発売予定 創元推理文庫復刊フェア
フランシス・アイルズ『レディに捧げる殺人物語』(鮎川信夫訳)
ヒラリー・ウォー『この町の誰かが』(法村里絵訳)
F・W・クロフツ『フレンチ警部の多忙な休暇』(中村能三訳)
ドロシー・L・セイヤーズ『死体をどうぞ』(浅羽莢子訳)
ビル・S・バリンジャー『煙で描いた肖像画』(矢口誠訳)
パーシヴァル・ワイルド『検死審問 インクエスト』(越前敏弥訳)
倉阪鬼一郎・南條竹則・西崎憲編訳『淑やかな悪夢 英米女流怪談集』
ジェイムズ・P・ホーガン『時間泥棒』(小隅黎訳)


 ステファン・テメルソン『缶詰サーディンの謎』は、久方ぶりの《ドーキー・アーカイヴ》新刊。ポーランドの前衛作家による奇妙奇天烈な哲学ノヴェルとのこと。

 遠山明子編訳『ドイツロマン派怪奇幻想傑作集』は、ドイツロマン派の短篇を集めたアンソロジー。収録作が公開されていたので紹介します。有名作に混じって、珍しい作品も入っているようですね。

ルートヴィヒ・ティーク「金髪のエックベルト 」
ルートヴィヒ・ティーク「ルーネンベルク」
K・W・ザリーツェ=コンテッサ「死の天使」
K・W・ザリーツェ=コンテッサ「宝探し」
フリードリヒ・ド・ラ・モット・フケー「絞首台の小男」
ヴィルヘルム・ハウフ「幽霊船の話」
アヒム・フォン・アルニム「世襲領主たち」
E・T・A・ホフマン「からくり人形」
E・T・A・ホフマン「砂男」

 『ビロードの耳あて イーディス・ウォートン綺譚集』(国書刊行会)は、イーディス・ウォートンの幻想小悦を集めたアンソロジー。これは好企画ですね。
 ウォートンの同種の企画では、以前に『幽霊』(作品社)という作品集が出ていますが、今回のものはあまり収録作がかぶっていないようです。
 『ビロードの耳あて』の収録作も公開されていたので、こちらも紹介しておきます。

「満ち足りた人生」
「夜の勝利」
「鏡」
「ビロードの耳当て」
「一瓶のペリエ」
「眼」
「肖像画」
「ミス・メアリ・パスク」
「ヴェネツィアの夜」
「旅」
「あとになって」
「動く指」
「惑わされて」
「閉ざされたドア」
「〈幼子らしさの谷〉と、その他の寓意画」

 9月下旬には、毎年恒例の創元推理文庫復刊フェアが始まります。怪奇幻想ジャンルで要注目は『淑やかな悪夢 英米女流怪談集』でしょうか。女流作家のゴースト・ストーリーを集めた名アンソロジーです。
フランシス・アイルズ『レディに捧げる殺人物語』も異色の心理サスペンスとして面白い作品です。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
ブックガイド系同人誌もいろいろ作成しています。



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